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『AMBIVALENCE』  by Riko







久しぶりに着いた、少し大きめの街。これまた久々にまともな宿で、たっぷり
夕飯を食って。腹ごなしに路地裏をブラついていたところで、建物の壁に背を
預けて気だるげに煙草を吹かしている女の人を見かけた。艶やかな色の袖なし
のワンピース、薄い肩に掛けられた光沢のあるショールと、俺だったら三歩も
歩けないような、踵の高い靴。どんなに鈍い俺の目から見ても一目でわかる、
『夜の世界の人』だった。

何を熱心に見ているのか、その瞳は僅かに上空へ向けられている。視線の先を
辿っていくと、そこには軒下に吊り下げられている角灯があった。
少し懐かしい作りのそれは電球の付いている普通の物とは違い、どうやら中に
油を入れて燃やす仕組みらしい。少し分厚い感じのガラスの向こうでは、橙色
の炎がゆらりと揺らめいていた。

薄暗い路地裏で、ぽぅ…っと燈る灯りに誘われて、小さな羽虫が集まる。大半
の虫は周囲をチラチラ飛んでいるだけだが、時折り狭い隙間から内側に入り込
んでしまうヤツもいる。その中の一匹が…おそらく炎に近付きすぎたんだろう
───ジジ…ッと音を立てて、薄い羽が、燃えた。

「あ…っ」

無意識に声を上げていた俺に気付いた女の人が、こちらを振り返る。ほんの少
しの間様子を窺うように俺を見ていた彼女は、すぐにゆうるりと微笑った。

「…『飛んで火に入る夏の虫』って言葉、あるじゃない?」

不意にそんな風に話しかけられて、俺は「う、うん…」とぎこちなく頷く。彼
女は再びその視線を角灯へと戻した。

「アレってさ…『わざわざ危険な中に入っていくバカなヤツ』って意味じゃな
い?でもたぶん…虫はわかってるのよね。自分自身が燃やされちゃうかもしれ
ないってわかってて…それでも飛び込まずにはいられない『何か』を、虫は炎
の中に見てるんだわ…きっと。」

静かな声で言葉を紡ぐその人の眼差しは、此処とは全然違う場所を見ているみ
たいに、何だかとても遠い。俺は何も答えることが出来なくて、ただその横顔
を見ていた。
やがて勝手口らしい木の扉が小さく開き、中から客の指名が入ったという声が
聞こえてきた。彼女は「ハイ」と短く答えて、地面に落とした吸い殻を爪先で
揉み消した。

「いきなり話しかけてゴメンなさいね…おやすみなさい、いい夜を。」

もう一度俺に向かって薄く微笑ってみせた彼女は、ひっそりと扉の向こうへ消
えて行った。



月明かりを受けて、光が弾けるように輝く金の髪を見上げる。
コレは、いつまで経っても慣れない。
焼きゴテでも押し付けられたみたいに熱くて、溺れて肺に水が入ったみたいに
苦しくて。自分の身体なのにちっとも思い通りにならなくて、何が何だかわか
らなくなる。
この苦しさの原因は、自分を易々と組み敷いている目の前の男で。
でも「苦しい」と縋りつけるのは、やっぱりこの背中しかなくて。
普段の素っ気無さが嘘みたいに何度も髪を撫でてくれるのに、
身体の奥底から何もかもを暴こうとする容赦のない手を、
決して止めてはくれない。
息苦しくて恥ずかしくて、逃げ出したい。
でも他の誰より、一番近くにいてほしい。

「聞かせ…て…」

繰り返す荒い呼吸を、ドクドクと脈打つ鼓動を、俺の名前だけ呼ぶ声を。
もっと。もっと、もっと。
がむしゃらにもがいているのが自分だけじゃないんだと、
カラダで、ココロで、この内側の何処かにある『魂』で、確かめさせて。

「ア…ツ…熱…い…熱い、よ…」

これ以上何も暴かれたくない。
違う。自分が持つありったけを攫ってしまってほしい。
もう何も壊さないで。
嘘だ。俺の手になんか何一つ残らなくってもいい。

「…何考えてる…?」

怖いくらいキレイな紫の瞳に、自分だけが映ってる。
俺は馬鹿馬鹿しいくらい泣き出しそうになりながら、精一杯笑ってみせた。

「…別に…何にも。それよりもっと…深く、キテ……」


ごた混ぜの想いが胸の奥でせめぎ合いながら、
それでもこの心は、アナタだけを求めてる─────。





意識して火蛾となる夜のありはあり
          時実新子


                            …endless.




《戯れ言》
何と言うか…表現の仕方がひどく稚拙でこっ恥ずかしいんですが、コイツは
こういう雰囲気のモノをやりたかったらしいです(苦笑)
「空気の感じ」みたいなモノが伝わったのなら、コレ幸いと言ったところで。







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