イジメダメゼッタイ。 * 2

 高校時代の『お気に入り』は二人いた。
 そのうちの一人は、違うクラスのガリ勉くん。何の面白みもない、興味も持てないつまらない奴だったけど、彼には可愛い彼女がいた。ひとつ年下の下級生、まだまだ恋に恋してるような純真な女の子。佐伯としては遊び慣れたタイプの女子が好きだったけれど、他人のものだと思うとそんな子も欲しくなってくるものだ。
 佐伯は強引にその子との約束を取り付け、自分の部屋まで引っ張って、半ば無理矢理彼女を犯した。面白かったのはその翌日からだ。
「――佐伯! てめえ、人の彼女に手を出しやがって……!」
 登校するなり眼鏡のガリ勉くんが、顔を真っ赤にして佐伯を怒鳴りつけてきたのだ。クラスの奴らが遠巻きにそれを見ている。彼は日ごろ冷静な奴だったけれど、人のいないところへ佐伯を連れて行くという発想はできなかったらしい。それほど激昂していたのだ。わざわざ朝から違うクラスに乗り込んでくるなんて、暇な奴。
 佐伯はふっと笑いながら答えた。
「あれえ? あの子、そのことお前に言っちゃったんだ? 内緒ねって言っといたのに、オカシイなあ?」
「ふざけんな、てめえ! 強引にあんなことを――、自分のしたこと、分かってんのか!?」
「分かってるって。おまえ、まだ手え出してなかったんだな。処女だったぜえ? ぷるぷる震えちゃって可愛いの何の、ごめんな、俺のチンコで処女破っちゃって」
 どっと教室内に笑いが起きた。声の主は、佐伯がいつも仲良くしていた柄の悪い連中だ。そのときクラスにいた奴らはほとんどが引き、中には嫌悪の表情を浮かべている者もいたけれども、とにかく響いたのは笑い声。眼鏡のガリ勉は、怒りのあまりぶるぶると拳を震わせ、絶句していた。
「ろくに毛の処理もしてなかったよ? でも、手マンしてたら体びくびくさせてたし、あの子絶対一人エッチしまくってるよ。チンコのこと考えながら、アアン、イッちゃううって――」
 そこまで言ったところで、体が宙に浮いた。次に感じたのは背中への強い衝撃。次いで頬の痛み。殴り飛ばされたのだった。
「ってめ!」
 自慢の顔を殴られ、佐伯はがばりと起き上がると即座に相手のことをはり倒した。それからは揉み合いだ。殴って殴られて、それを教師が慌てて止めに来るまで繰り返した。

 だが、奴はガリ勉とはいえやっぱり馬鹿だった。佐伯の顔を殴ってきていたのだ。それに対して佐伯が攻撃を加えたのは、腹や腕。服に隠れて見えない部分である。
 思わぬ反撃を食らい苛立った佐伯は、例の子に会いに行った。そして殊勝な顔をして謝った。この顔? あいつにやられたんだよ、でも気にしないでくれ、俺が悪かったんだから。ごめんね。俺、前から君のこと可愛いと思ってて、……最低なやり方だったと思ってる。
 始め、彼女は佐伯に対し、怯えに似た怒りを見せていた。だが謝罪を続けるうちそれが戸惑いに変わり、……最終的に佐伯は、彼女をガリ勉くんから奪うことに成功した。彼女があの男を振ったときの様子を佐伯はこっそりと観察していたが、そのときのあいつの顔と言ったら! あんなにも面白いものは滅多にない。
 それからガリ勉くんは、塞ぎ込んで意気消沈とした風になった。けれど、佐伯がそれだけで許してやるはずもない。傷心の彼を佐伯はいじめ抜いた。
 清純だったその彼女は、佐伯と付き合ううちすっかり普通の女になってしまって、飽きてきたので捨てた。俺のチンコでアンアン喘ぎまくってた中古だけど、欲しかったらやるよ? そう言っても彼はもはや、佐伯に掴みかかってくることなどなかった。

******

 ずっと遠いところにあった意識が、持ち上げられて覚醒していくような感じ。その感覚を佐伯は覚えた。なぜかやけに両腕が痛い。まるで、吊られてでもいるみたいに。寝違えたかな、そう思って目を開いたとき。そこにはいつもと全く違う景色が広がっていた。
「……え」
 驚いて一息に目が覚める。そして更なる驚愕をせざるを得なくなった。両腕が、縛られていたのだ。両の手首が縄状のもので結ばれ、がっちりと固められていた。そして後ろに回させられている。それだけではない。衣服が全て剥ぎ取られ、裸になっていた。
「えっ? えっ!? ええ!?」
 信じられない状況に、まだ夢から醒めていないのかと辺りを見回す。すると人がいた。眼鏡の男に、明るい茶髪の男。ああ、そうだ、自分はテレビ局の人に会っていたんだった。訳の分からない状況なりに見知った相手が出てきたもので、心ならずもほっとする。
 しかしその安心は即座に消え失せた。だって、こんなのはおかしいに決まっている。気を失う前、自分は何をしていた? この二人と話していたのではないか。ならば、自分にこんなことをしてきたのは、彼らに決まっている――!
 先ほどまで揃って笑みを浮かべていた二人は、今、冷たく凍えそうな瞳で佐伯のことを見下していた。その眼差しにぞっとする。
「おい、何してんだよ! 何で俺、裸なんだよ! 離せ、服も返せ!」
 動揺しながらも言葉をぶつける。けれど彼らは、まるで佐伯が妙なことを言ったかのように顔を見合わせて苦笑いするだけだった。怒りと羞恥で頭がカッと灼けそうになった。
「ちくしょー、おまえら何なんだよ! 初対面の俺にどうしてこんな……!」
「違うよ」
 きっぱりと、途中で否定が入る。佐伯は口を挟んできた彼のことを睨み付けた。
「違う? 何がだ、離せ、何のつもりだ縛りやがって、この!」
「……やれやれ。本当に覚えてないみたいだな」
 呆れたように首を振っているのは、生真面目そうな眼鏡の男。佐伯は視線を緩めることなく彼が言葉を繋ぐのを待った。
「やった方は忘れちゃうって、本当なんだね」
「ああ。ますます腹が立つ」
「いてっ!」
 苛立ったように言うと、眼鏡の男が足を蹴ってきた。思い切りだ。じんじんと足首が痛む。堪えつつ佐伯は、自分のことを知っているらしい彼らのことを思い返そうとした。
(やった方は忘れる? 何のことだ!? それに、俺の高校時代のことも知って……)
 そのとき。怒りを持って見据えてくる彼らの瞳に佐伯は、妙な既視感を覚えた。そうだ、以前にもこんな目で誰かに見られたことがある。それが余計に面白くって俺は。……眼鏡と、…この顔。高校時代の知り合い。もしかして。
 呆然と佐伯は呟いた。
「松原に、木戸……」
 男二人が、いや、松原と木戸が、やっと思い出したかという風に顔を歪めた。
「ようやく思い出したか。……あのときは散々なことをしてくれたよな!? ずっと、てめーが憎くて堪らなかったんだよ!」
 眼鏡の縁を光らせながら松原が怒鳴り、再び足の裏で蹴り付けてくる。ひっ、いてっ、と佐伯は情けなく叫んだ。
「……はは。すっかりチンコ縮み上がってるじゃん。びびってるわけ? でも、呑気に寝てるときからして情けないサイズだったよ。俺のことデカチンとか言ってきてたのは、コンプレックスの裏返しだったのか?」
 屈辱的なことを言ってきているのは、木戸だろう。こちらは松原と違い、記憶にすんなり結びついてはこなかった。佐伯の中で木戸は、常に俯いている暗い奴だったからだ。
「おまえら、嘘だったのかよ!? 騙して俺をここに連れてきたのか!?」
 恐怖と怒りを持って佐伯が叫び、腕の戒めを解こうと暴れると二人は声を立てて笑った。
「馬鹿じゃないか? 本当におめでたい奴だよな、佐伯は! まさかあんなのに引っかかるとは思わなかったよ!」
「小学生だって引っかからねえぞ、あんな嘘! そこまでの顔かよおまえ!」
「な――!」
 愕然とした。嘘! あれだけ人を期待させておいて、テレビの話は嘘だったのだ。何て酷い奴らなのか。だが、その憤りよりも先に、不安が一度に襲ってきた。冷や汗が伝い、かたかたと手足が震える。
「あ、お、おまえら、まさか……、まさか当時のこと根に持ってそれで、俺を、殺す気じゃ……!」
 言いながらぞっとしてしまう。いじめられた奴がうじうじといつまでも根に持つというのは、十二分にあり得ることだ。特にこいつらはいじめ甲斐を佐伯が感じるだけあって、根暗で陰気な奴だった。
 だが二人はそれを笑い飛ばした。
「そんなことするかよ」
 その言葉に、取りあえずは安堵する。しかし。
「俺たちがやろうとしてるのは、レイプだよ。散々屈辱を味わわせてくれたおまえのこと、めちゃくちゃに犯してやる」
「なっ……!?」
 続いたのは信じられない内容だった。レイプ。そんな単語が、男である自分に向けられている。愕然として佐伯の思考は停止した。その間に彼らは、打ち合わせをしている。
「どうする? いきなり突っ込むか?」
「まずは写真からだろ。ばっちり、何もかもの記録を取ってやろうぜ」
「そうだな。じゃあそっちの足持って」
 はっとしたときには、彼らに両足を持ち上げられていた。
「よせ、やめろ、ボケども! 何してんだよ、信じられねえ、糞野郎! 死ね! 死ね! 死んじまえ! 殺すぞ、こら!」
 思いつくままに暴言を怒鳴る。足も思い切りばたつかせた。だが、腕を縛られ転がされた一人に、二人が群がっているのだ。抵抗虚しく足は大きく割り開かれた。足と足の間に冷えた風が通る。両尻の狭間、これからいじられんとする部分が寒さにぎゅっと収縮した。
「うわあ。何でケツの穴締めてんだよ、期待してんじゃねえぞ」
 上からその部分を覗き込みながら、松原が嫌悪するように言ってくる。寝転がされた体勢から、足だけを持ち上げて広げられているのだ。とても情けない、格好の悪い姿勢だった。しかもその体勢からアヌスを二人に見られている。羞恥と気味の悪さと恐怖、どれを感じたらいいのだかすらも分からない。
「木戸、おまえ撮れよ。俺が両足抑えててやるから」
「暴れないようにしっかり抑えててくれよ。暴れたら殴って」
 これが人間に対する物言いだろうか。まるで物か何かのように扱われている自分のことが、信じられない。
 木戸は机の上からデジタルカメラを取り、それを手に持つと足の間を覗き込んできた。異常な事態にひくひくと反応する肛門にレンズが向く。
「あんたさあ、散々俺のこと、いじめてくれたよな。女子の前でまでデカチンっつって。羨ましかったの? おまえのチンコ、皮は被ってるし小さいし、最悪だよ。こんな風にケツまで丸見えにさせて恥ずかしくないのか?」
「やめろ!」
 必死に叫ぶが、何に対しての「やめろ」なのか、自身でも分からない。叫んでも無駄だということも分かっていた。足も必死に動かそうとするが、睡眠薬が抜けきっていないのかろくに力が入らない。
 更に信じられないことには、木戸は尻の両方に手を添え、力を込めてそれを開いてきた。閉じられていた部分が強制的に外気に晒される。
(あり得ねえ……! ケツ、ケツ見てやがる、木戸の野郎!)
 木戸は、すぐには何も言わなかった。羞恥に佐伯は瞳を強く閉じる。早く目を逸らしてくれと強く念じていた。祈りが通じたのか、それからじきに木戸の右手が離され、尻を掴んで開いているのが左手だけになる。――そして、ジイイ、カシャという音が響いた。
「ひっ!?」
 何だ今の音は。まさか、まさか。恐ろしい想像に、佐伯は体を起こそうとした。けれど下肢を抑えつけられているのに上半身を動かせるはずもない。何が起きているのかも分からないまま、パシャ、カシャ、ジイイという機械音ばかりが響いていく。一度、二度、三度、四度。途中から数えることをやめた。
 尻を開く木戸の指が、アヌス沿いに置かれたり、尻の外側から強く中を開いたりと、あちこちに移動していく。そのたびぐいぐいと刺激がその穴に走り、無意識のうちにぎゅっと力を込めてしまう。すると一層強く内側を割り開かれた。
「こうして写真って記録を残してやってる俺らに感謝しなよ? 佐伯。おまえのケツ、これから散々チンコ入れられてグズグズになって、もう二度と今みたいに締まった状態には戻らないんだからな」
「うあああ、あ……!」
 もはや何を言われているのかすらも分からないほどに思考が乱れていた。めちゃくちゃに佐伯は叫ぶ。そのことに、過去さんざ屈辱を受けさせられた木戸は気をよくしたらしい。
「おまえさ、自分のケツの穴見たことある? ないだろうね。俺が教えてやるよ。おまえの穴さ、結構皺が深くて、その辺り一帯が濃い色になってる感じだよ。穴は狭くてよく見えないけど、ぎゅうぎゅうなっててきつそうだ」
「やめろよ! 何言ってんだよ、そんなことして楽しいのかよ! 死ね! ホモ野郎ども!」
 とても聞いていられなくて佐伯は無茶苦茶にがなり立てた。あまりのことに感情が高ぶって涙が滲む。
「ホモ? そんなはずねえだろ、俺は彼女がいたんだぜ。てめえに取られたがな」
「仮にホモだったところで、何で俺らが佐伯みたいな、ゴキブリ以下のゴミクズ野郎のこと掘らなきゃいけないのさ」
「そう。俺たちはただ味わわせてやりてえんだよ、俺らが受けた屈辱を少しでも、おまえに」
「殴るのじゃ一瞬だ。それに肉体しか痛くない。……だから、これなんだよ。徹底的に痛めつけるために――」
 口々に佐伯のことを罵りながら、二人はそう言った。
 あり得ない。たかだか高校時代のちょっとした暇つぶしじゃないか。それを何年も経っても根に持ってこんなことをするなんて、酷すぎる。体が震え、呼応してアヌスがひくんとなった。

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