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『倉庫襲撃事件』




   ≪2≫

 事の発端は、リーデリアがケーブ族の住処を通りがかったときのことだ。
 財宝目当てでソルティーケーブに忍び込んだ本人は、できるかぎり人目を避けていたつもりであった。しかし、そこをあっさりと洞窟の住人にみつかってしまったのである。
 そこまでは良くある話。
 けれども、そのとき彼女が返り討ちにしたケーブ族が、一本のワイン瓶を持っていたことから少々話が違ってきた。
 瓶に貼られたラベルを手がかりに、アウグスタを訪れるリーデリア。彼女は酒造人のクレミから、洞窟内のワイン倉庫を調べてくるように依頼された。
「……まあ、乗りかかった船ってやつよね」
 洞窟を歩きながら呟く彼女は、いたって気楽そのものだ。
「事件が私をほっておかないっていうか、生まれついてのヒロイン体質とでも言うのかしらね〜」
 お調子者っぽい口調で、そんなことをぶつぶつと何度も繰り返す。
「……ああっ。運命に翻弄される私って不幸だわぁ。でも、そこがまた魅力をグッと引き立てている、っていうか〜」
 陽気な魔女が自画自賛を繰り返しながら壁にもたれる。
 ところが、ふとそこで彼女の優美な眉筋がひそめられた。
「あぁん、もう! またやっちゃったぁ……」
 リーデリアは不機嫌な顔つきになって、背中についた白い粉を手で払い落とす。
「そこらじゅう塩っ気が強くて、こんなところにい続けたら肌が荒れちゃうわ」
 海が近いせいなのか湿気の多い洞窟内だが、吹き抜ける風のせいで乾いた壁面があちこちにある。そんな場所には、決まって塩の結晶が貼りついており、油断しているとあっというまに塩まみれになってしまう。それこそ、ここがソルティーケーブと呼ばれる所以であった。
 しかし、そういった自然の奇跡が作り出した風土も、今は年頃の乙女を不機嫌にさせる程度の効果しかない。
「早いところ依頼を済ませて、さっさとよそに行かなきゃね」
 彼女はうんざりとした表情で複雑に入り組んだ洞窟の先を進む。
 幾層にも重なった迷宮内において、このあたりはまだほんの入り口でしかない。
 とはいえ充分に危険な場所だ。恐ろしい人食いサソリの群れが編み目のように入り組んだ通路のあちこちにおり、無用心な侵入者を隙あらば餌食にしようとしている。
 そんな恐ろしい洞窟内をリーデリアは慣れた調子でスタスタと歩いていく。
「えっと……このあたりに、ベスティンさんって人がいるはずなんだけど……?」
 あたりを見回していた彼女が、ふいに口を閉ざし、その場で足を止めた。
 どこからともなく、ツンと鼻をつく悪臭が漂ってくる。
(動物の匂い……? でも、こんな浅いところに熊が出るはずはないし……)
 脂じみた臭気から思いつく種類の怪物はいない。今まで嗅いだことのない臭さのせいか、鼻先がむず痒くなるのを感じながら、リーデリアはあたりに気を配る。
 するとその直後、前方からカチカチと硬い足音が響いてきた。
「……!」
 リーデリアの眉の端がわずかに釣り上がる。
 ソルティーケーブにいるサソリは、大きく分けて二種類だった。そのうちのひとつである、紫がかった体表デスピンサーは、サソリ特有の激痛をもたらす毒針をもってはいる。だが、さほど硬くはないので、冒険者にとってはそれほどの脅威ではない。
 本当に恐ろしいのは、まさに食人サソリとしか呼ぶことのできないほうだ。
 他のサソリに比べてひとまわりほども大きく、褐色に染まった甲羅は周囲の地形にまぎれるがごとく、はっきりと見分けにくい。
 獲物が気づかぬ間にスッと近づいて、針のひと刺しで致命的な一撃を加える。
 標的となった者が、わずかに気づくチャンスがあるとすれば、甲殻類に特有の硬い表皮が擦れあう音だけだろう。
 今、リーデリアはまさにその音を耳にして、息を飲んだまま立ち尽くしていた。
(この距離なら……こっちにはこないはず……)
 サソリはテリトリーを犯さない限り襲ってはこない
 彼女は、自分がこの恐ろしい怪物の通り道に踏み込んでいないことを願いつつ、呼吸を止めて立ち尽くした。
 岩壁に包まれた暗闇の奥、地面の上で何かが蠢く。
「キキッ……!」
 おそらくネズミだろうか。
 小動物の鳴き声がした瞬間、ヒュンッ……と音を立てて鋭利な針先が地面に打ち込まれた。
 直後、憐れな断末魔が響く。
 一瞬の喧騒が終わると、あたりは嘘のように静まった。幸運なことに、リーデリアは硬いものを打ちつけあう音にそっくりな、忌まわしい響きが遠ざかっていくところを耳でとらえる。
「……ふぅ」
 どうやら食人サソリの脅威は去ったらしい。
 だが、不思議なことはまだ残っている。サソリが現れる直前に漂っていた悪臭は、まだ消えていなかった。
(これって……、何日もお風呂に入ってない人の臭い……かも?)
 彼女の鼻は、ようやく似た臭いを記憶の中から探り出す。
 けれども、そんな脂っこい異臭が洞窟内のどこから発せられているのだろうか。
 あたりまえだが、サソリからはそんな臭いがするはずもない。頭の中に疑問符がひしめき、ルージュを引いた唇の端が疑問に波打つ。
 ザッ……!
 リーデリアの背後で、地面を蹴る音が響く。
 思考に没頭していたせいで隙だらけだった彼女は、背後から飛びかかってくる相手にあっさりと抱きつかれていた。
「……ひゃあっ!」
 毛むくじゃらの腕が背中側から回され、優美な肢体を胴抱きにする。
「な、なにするのよっ!」
 彼女がもがこうとしているうちに、ごつい指先が這い上がり、豊満な乳房を鷲掴みにした。
 リーデリアは反射的にビクンと全身を強張らせる。見事なサイズの美巨乳であるにもかかわらず、感度の良さも人並み以上であるため、軽くタッチされただけでも強い刺激が感じられた。
 敏感すぎるため、普段から自分で触れることさえ避けているほどの鋭敏な乳房。それがこともあろうに、熊のような太い指先で豪快に揉み潰されている。
 今まで経験したことのない性的刺激が、痺れとなって豊乳を包み込む。
「や……、やめなさいっ」
「よそへ行け、この怪物!」
 唇を震わせながら静止を呼びかけるリーデリア。彼女に組みついた男は、息を荒くさせ、わけのわからない言葉を叫びながら腕に力をこめる。
 ひと揉みされるたびに、たわわな柔乳が変形を繰り返す。ムッチリとした丸みが盛大に揉み転がされ、性感の信号が少女の首筋を駆け上がっていく。力強い乳愛撫によって、落雷を受けたかのごとき疼きが胸から脳へと走り抜けていった。
(なんなの……!? なんなの、この人……)
 リーデリアは気性の強い魔女であったが、この不意打ちじみた突然の行為にすっかりと混乱させられている。
 相手が人間あることも彼女を戸惑わせる一因であった。
 洞窟内を徘徊する怪物であれば、力づくで打ち倒せばそれでいい。
 だが、相手が素手の人間とあってはそうもいかない。さらに言うまでもなく、淫らな接触に対して衝撃を感じてしまい、美肢体を痙攣させてしまうほどの驚きに見舞われている。異性と肌を重ねたことのない生娘の身とあっては、この唐突で強引な愛撫に抗えるはずもなかった。
 身じろぎするのがやっとのリーデリアを腕ごと抱き締め、男がさらに身体を寄せてくる。
「……ひゃぅ!」
 首をすくめる少女の白いうなじに、舌先が這う。
 のしかからんばかりに身を乗り出した男は、リーデリアの細首を遠慮なく舐め回した。
「ひ、ひぁ……こらっ、や……やめてってば。ひゃぅぅ……」
 熱い吐息を吹きかけられながら、白肌に唾液がなすりつけられる。繊細なうぶ毛の上を男の舌がなぞるたびに、不愉快な感触とは裏腹に、彼女の全身に快美がゾクゾクと震えを走らせていく。湿った舌粘膜が触れてくるだけで、敏感な首筋の神経からじかに快楽を押しつけられているかのようだ。
 雪色の首肌を舐め回されると、慣れない快感のせいでリーデリアはますます無防備になる。すると、その愉悦を察したかのごとく、彼女の乳房を揉んでいた男の手に力が加わった。
「ひゃぅぅぅ……や、やめ……」
「へ、へへっ……そのワインはあんたたちが手を出すもんじゃないって言っただろう!」
 大きくせり出した胸元をまさぐる手が、先端部の突起を探りあてる。
 次の瞬間、薄い生地の上に浮かび出た乳頭が、図太い指でキュッと摘まれた。
「……あぅん!」
 リーデリアの口から、思わず悲鳴が漏れる。
 男の手は容赦がない。ひとさし指を乳暈に突き立てんばかりに押し当てつつ、手のひらと残りの四本の指で乳肉全体を搾るように縊る。本格的な愛撫が始まると、波紋のように快感が胸から全身へと広がっていく。タイツに包まれた美脚から力が抜け、しがみつかれた体勢のまま、その場で崩れてさえしまいそうだ。
 これが普通の攻撃であれば彼女の対応もまた違ったであろう。
 刃物で切りかかられたり、凶暴な怪物から牙を向けられれば、戦いを受けて立つことがあたりまえだ。
 しかし、淫らがましい襲撃者の手に武器ひとつないことが、リーデリアの判断を狂わせていた。さらには男の腕力もかなりのものである。それらの要素が彼女の反撃を封じ、美肢体をいいように扱わせる原因となっていた。
 なまじ相手が人間であるだけ、始末が悪い。中年男の執拗な指遣いで性感帯をさぐられるなど、少女の経験では太刀打ちできない異常事態だ。
 危険な獣が棲む洞窟で、強引な愛撫によって性感を刺激される。
 そんな異質きわまりない出来事によって、若いウィッチの闘争心がますます怯ませられていく。
「やめてっ……あひ、ぁ……ダメぇ。やめなさい!」
「塩、うへへ。しぉ、塩をくれぇぇぇ……」
「聞きなさいよっ……くぅ、うぁぁ」
 何度も呼びかけるリーデリアの柔尻に、固いものがグッと押し当てられる。
(こ、これってまさか……)
 男の股間にぶら下がっているモノを想像して、彼女の頬が真っ赤に染まった。その予想を裏付けるように、相手はズボンの中で勃起した肉筒をグイグイと押しつけてくる。
「ちょ、ちょっとっ……じょ、冗談じゃないってば! やめ、やめなさい……」
 彼女は地団太を踏んで男を振りほどこうとする。だが、もがくとかえって尻肉が怒張に強く擦りついてしまうようだ。そのせいで背後からの鼻息はますます荒くなり、ヒップに突きつけられた穂先がますます強張りを増していく。
「やめなさい! 汚らわしいっ……はひぅ!」
 指先が胸の先端に宿る突起を強く挟みつけると、悲鳴をあげた少女は美肢体を大きく仰け反らせた。
 リーデリアは全身を強張らせ、乳頭部に生じた稲妻じみた快美をこらえる。
 その隙をついて、男は腰を激しく揺さぶりだした。力強い前後運動をかまして、ふっくらとした臀部めがけて衣服越しに鈴口のあたりを擦りつける。柔らかな丸みをそなえた美尻が牡の先端部でもみくちゃにされた。
 布地を突き破りそうな肉棒が、短いスカートをはだけさせ、デリケートな尻肌を圧迫する。力強い腕に抱かれた可憐な少女は、そこから逃れようと必死になってもがいた。その行為は当然のごとく、柔らかな尻たぼを男の局部にますます強く擦りつける結果となる。
「……や、やだっ! 本当に、やめっ……」
「お、おおぅ……ウッ!」
 男の性欲はよほど溜まっていたらしい。少女の柔尻を相手に数秒の摩擦刺激を受けただけで、滾りに滾った射精欲があっさりと頂点に達したようだ。
 ふいに喉を詰まらせたみたいに短い嗚咽を放つと、彼は腰を前後にゆさぶりながら全身をわななかせた。
 ズボンの中で放たれた精液のぬくみが、ハート型に締まった臀部にまでじんわりと押し寄せてくる。
「っ……ひゃあああああっ!」
 不快すぎる感触に、おもわず大声で叫ぶリーデリア。そんな彼女を無視して、男は荒々しく息を継いで射精後の余韻にひたっているようだ。
「あ、ああぉ……塩ぉ……塩をくれぇ……」
 中年男の自涜につきあわされた少女の頭の中で、ぷちんと何かの切れる音がした。
「塩ならいくらでもあげるわよっ!」
 彼女は抱擁から力づくで腕を引き抜くと、岩壁に手を伸ばし、貼りついていた塩の結晶をひっぺがす。
 そのまま体をねじり、男の口にその白い塊を押し込む。
「塩……もぎゅっ!」
「このっ、この……塩漬けになっちゃえ!」
 怒りに任せ、男の顔に岩塩をグイグイと押し付ける。発射の直後で脱力していたせいか、相手からの抵抗はまるでない。
「変態、スケベ、女の敵っ! あんたみたいなのは、塩に埋もれてカラカラに干からびちゃえばいいのよっ……」
 口いっぱいに塩の塊を詰め込まれ、不埒な男は悶絶寸前となった。
 意識を失い、地面に横たわった彼の薄汚れた前掛けの裾には、クレミ・レミュールの刺繍が施されている。
 リーデリアがそのことに気づき、この男こそがベスティンであると思い至るには、もうしばらく時間が必要だった。





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