≪1≫ フランデル大陸南端の沿岸部に位置する港町ブリッジヘッドから、北東方面の山岳部に進むと洞窟がある。 ソルティーケーブと呼ばれるそのダンジョンは、秘宝を隠し持った怪物の棲家としても名が知れていた。そしてまた、命知らずの冒険者たちが姿を消すことでも有名でもある。迷宮の最深部には、はるか古代より生き続ける恐ろしい吸血鬼が住むとも言われ、帰らぬ者たちはその牙に倒れたとも噂されていた。 一攫千金の夢にとりつかれた未熟者たちは数多くいる。 彼らを待ち受けるのは吸血鬼ばかりではない。 洞窟の入り口近くで侵入者を狙うサソリや、ハサミで人間を両断することすら可能なほどの巨大なカニ。さらには内部を徘徊する無数の亡霊、野生の熊といった危険な猛獣。いずれも経験の浅い冒険者であれば、ひとたまりもなく倒されてしまうことは確実といった、じつに剣呑な生き物が生息する場所となっていた。 洞窟の数層にわたって生息する未開のケーブ族も、そんな危険な住人の一部として知られている。 今日も、その危険きわまりない原住民の住居に、一人の男が踏み込んでいた。 「ギャア! ギャア!」 縛り上げられた男の周囲で、異様な格好をした原人が棍棒をふりかざしては何事かわめき散らしている。 ギョロリと大きな目玉を持つ顔を模した、極彩色の装飾に身を包んだ異形。一部の人々が彼らを文明化に導くべく交易を行っているが、頑なに洞窟から出ようとせず、閉鎖的な暮らしをしている民族であった。ささいな誤解や、ほんのわずかな風習の違いから、争いに発展することが絶えないほど凶暴な連中だ。 先程から叫び散らしているケーブ族は、意味のあることをしゃべっているようではあったが、縛られた男の耳には奇怪な叫びにしか聞こえない。たとえ他の者が聞いていたとしても、この状況では彼同様になんの意味もわからないだろう。 額に汗を浮かべている男の足元に、ケーブ族の鈍器が乱暴に打ちつけられた。 「やっ……やめてくれ! ヒィッ!」 「ギャア! ギャア!」 男は、財宝目当てに洞窟に忍び込んだ盗人であるらしい。 運悪く捕まったというよりも、ずいぶんと甘い算段でこの洞窟に入ってきたようだ。 なにしろ動くものにはとりあえず襲いかかってくる。そんな危険な習性をもった生き物ばかりがいる場所に、さしたる勝算もなく乗り込んできた。それは勇気というより、ただの無謀と言わざるを得ない。 「金は返す。盗んだ物もだ。だから、命だけは助けてくれっ……」 そんな彼の嘆願などに耳を傾けることもなく、ケーブ族の集団は棍棒をふりかざしては大声で叫ぶことを繰り返す。 男の命は風前の灯火であった。 いずれ死ぬより恐ろしい目にあわされ、周囲のトーテムポールを飾る頭蓋骨の仲間入りは確実だ。 いよいよ、その時期がやって来たらしい。 「ギャア! ギャア!」 ケーブ族の一人が棍棒を振り上げて男に迫る。 「うわあっ! や、やめろっ……」 「ギャ……」 身をすくめる男の前で奇妙な出来事が起きていた。 今にも棍棒を振り下ろそうとしてたケーブ族が、その場を足をじたばたと前にばたつかせている。 前に進もうとしているようだが、その位置はまったく変わらない。滑稽な光景だが、本人は頭から赤い湯気をたちのぼらせるほど必死そうな様子だった。 「ギャア! ギャア!」 わめきながら地団太を踏むケーブ族。その足元に、白いものがちょこまかと動き回っている。 「ウサギ……?」 男の口から疑問めいた声がでた。そんなものがどうして、こんな場所にいるのかはわからない。 緊迫した空気にそぐわない愛らしい小動物たちが、棍棒を振り回すケーブ族を取り囲むように、くるくると走り回る。 「キー!?」 棍棒を振り下ろそうとすると、ウサギはサッと遠ざかった。 悔しそうに足踏みするケーブ族。野蛮な原住民は捕らえた男のことも忘れ、ウサギを仕留めようと腕を振る。だが、身軽な小動物たちはぴょんぴょんと軽いステップで鈍器の一撃を避けていく。 攻撃がかすりもしないことにいらだった原人は、まるで子供のように地面を蹴って怒りの叫びを放つ。 そんな野蛮な原人を叱責するような、凛とした声が響き渡る。 「はい、そこまでよ! 頭カチ割ったら、人間死んじゃうんだからね」 声とともに姿を現したのは、一人の少女だった。 スラリとした長身のシルエットを包んでいるのは、レオタード状の赤い衣装。タイツに包まれたしなやかな足のラインが瑞々しく張りつめて、見事な脚線美を誇っている。腰の周りをめぐるミニのスカートはこれまたフリルで飾られており、背中側から尻尾のように伸びるコサージュが特徴的だ。 先端が星型になっているワンドを携える手はほっそりとしており、手首を守るように包む袖パーツからのぞく純白の肌が目にまぶしい。華奢な肩口は毛並みの良いファーで飾られ、グッと大きく前にせり出した胸元と同様、女性的な肉体美を強く主張している。スリムなくびれを描くウエストからゆったりと広がる柔腰の曲線を生かした、じつに華やかなコスチュームであった。 そして、そんな服装の彼女も、華美な衣装に恥じない美貌の持ち主だ。 少女らしい丸みをほんのりと残した瓜実顔に、パッチリと大きな瞳。薄いルージュを引いた唇は凛々しく引き締められ、高い鼻梁とあわせて、高貴な空気を放っている。そのままでは人を遠ざけそうなほどの硬質感が漂う容貌だが、綺麗に手入れをされている細眉が全体的な特徴をやわらげて、親しみのある柔和な雰囲気を作りあげていた。 勇ましさと女性美の絶妙な組み合わせが体現した姿。 それこそまさにフランデル大陸を旅する冒険者の職業のひとつ、世の人々にリトルウィッチと呼ばれる魔法の使い手であった。 彼女はワンドの先で円を描くようにクルクルと回しながら、きらめく青い瞳でケーブ族を射る。 「そんな乱暴なこと、このリーデリアが許しませんから」 名乗りをあげた少女は颯爽と細腕を上げ、武器の先端を相手に向けた。 「守れ! 族長がいるはずだ!」 「私は族長を狙ったりなんかしないってば……」 まったくちぐはぐなことを叫ぶ敵めがけて、リーデリアがひょいとワンドを振る。 すると、燐のように細かい光の粉があたりに散った。リトルウィッチが使う魔法の武器には、光によって幻惑し、敵を混乱させる特殊な仕掛けが施されている。 「あなたたちが盗んだものを取り戻しに来ただけよっ」 ぶん、とワンドが振られると、光の粒子を撒き散らしながら星型の輝きが飛ぶ。 その光に打たれたケーブ族たちは大きくのけぞった。一見、派手なだけに見える攻撃だが、ワンドの一撃には魔力がこめられているため、なかなかの威力を発揮する。 最初の一撃を当てて景気づいた勇ましい魔女は、よく通る声で大きく見得をきった。 「さあ、かかってらっしゃい!」 「ギャア! ギャア!」 あたりにいたケーブ族たちが、彼女めがけて一斉に襲いかかってくる。 「まとめて相手にしてあげるわっ」 荒々しく振り回される原人たちの棍棒が空中を薙ぐ。 リーデリアは踊るような足運びで、当たれば骨さえ砕くやもしれぬ一撃を軽々とかわしていく。 腰の裏に縫いつけられている、足元まで届く長いコサージュ。その白い布地をなびかせながら華麗なステップを繰り出し、彼女はリズムを刻むように肩を揺らした。 ダンスのように軽やかな予備動作によって魔力が高まると同時に、彼女は頭上にワンドを高くかかげ、その場でくるりと一回転。 「レッツ・ダンシング!!」 高らかなかけ声とともに、ケーブ族の頭上に七色の光が降り注ぐ。 虹色にきらめく輝きを浴びると、彼らは競うように足踏みを始める。 不器用なステップで踊る敵が隙だらけになったと見るや、リーデリアは大技を放った。 「とどめよっ……」 手首をねじるようにワンドを回転させながら、ワンドを振りかざす。 すると、彼女の背後に黒い穴がぽっかりと開いた。穴の内部には無数の光がまたたき、まるで夜空のように吸い込まれそうな色あいを帯びている。 「ウルトラ……ノヴァーッ!」 次の瞬間、深淵を思わせる暗闇の中から、無数の光芒が放たれた。 光のシャワーは輝く矢となって、ケーブ族を打ちのめしていく。 あきらかに物理的な作用ではなかった。これこそが、星界の力を自在に操るリトルウィッチの魔法。ウィザードが使う魔術とはあきらかに異なる効果を発揮するため、一説には彼女たちが宇宙から来た存在だなどと語られる所以である。 神秘的な魔法の力をそなえた少女は、瞬く間にあたりの敵を一掃した。 それまで状況を見ていることしかできなかった囚われの男の口から、思わず感嘆の呟きがもれる。 「すげぇ……」 そんな男の声に気づいた様子もなく、リーデリアは地面に立て膝をついてケーブ族たちが持っていた荷物をあさっていた。 「あったあった。これで……五本目だったかな?」 見目麗しい風体にそぐわないこそ泥じみた手つきでずた袋をさぐると、そこからワインの瓶を取り出すリーデリア。 「さて……。次、次っと」 「お、おい。待ってくれ……」 瓶を片手にそそくさと立ち去ろうとする彼女を呼び止める声があった。 縛られていた男が、必死そうな顔つきでリーデリアを見ている。 「お、俺を助けてくれるんじゃないのか?」 「あ」 そこで彼女は、ぽん、と手を打つ。 どうやら男の存在をすっかりと忘れているようだった。美貌にあからさまな愛想笑いを浮かべ、リーデリアは縄をほどき始める。 「えへへ。ごめんねぇ。今、助けてあげるからね」 「…………」 男は完全に解放されるまで、お茶目な笑顔を見せる少女に、ものすごく不安そうなまなざしを向けていた。 |