第二話




「じゃあ俺行ってくるけど、大丈夫だよな?」

A4サイズの茶色い封筒に出来たばかりの原稿を入れながら、ウソップは心配そうに念を押した。

「おー」

今日も相変わらず縁側で日向ぼっこをしているルフィが、抜けたような声でそう返す。

「ホントにホントに大丈夫か?」

「だいじょーぶだって!」

「・・んじゃあ行くけど・・・、」

「早く行けって。遅刻するぞ?」

「・・・うん。いってきます」

「いってらっしゃい」

頑張れよーと、玄関を抜けたウソップに向かって縁側から手を振るルフィに、まだ少し心配の表情を浮かべながら手を振り返して家を出て行った。



今日は出来上がった原稿を、馴染みの出版社に寄稿しに行く日だ。わざわざ出版社に行かなくてもポストへ投函すればいい話なのだが、ウソップは元々人と話すのが大好きだったりするので、作家を始めてからそこそこ名が知れるようになった今でもそうしている。

出版社の人間も、そうしてくるのは今となってはウソップだけで、また人当たりの良いウソップのことを悪く思っていないようだった。



「心配性だなぁ、ウソップは」

ウソップの姿が庭先から見えなくなると、ルフィはそのままごろんと横になった。



ウソップがいない間のルフィがやることといえば、だいたい決まっている。

寝る。日向ぼっこ。野良猫とじゃれる。のいずれかである。家事など、ウソップがやってくれるので、というより自分は出来ないのでやろうとも思わない。

これで住み込みのお手伝いと言えるのか、と突っ込んだところで、俺そんなこと言ったっけ?と返されて終わりだ。



今日は天気もいいのでこのまま昼寝でもするか、とルフィがうとうとし始めたとき、一枚の紙がひらりと飛んできた。

それはウソップの原稿用紙。

「ん・・?」

それを掴んでから、ごろん、と、仰向けから腹這いの状態になって部屋に目をやる。

「あ、あそこから飛んできたんだな」

基本的に窓は開けっ放しにしてあるので、風で飛ばされないようにと、すべての原稿用紙の上に本や文鎮など重しになるものを載せている。その中で、一箇所だけなにも載せていない原稿用紙の束を見つけた。

ルフィは立ち上がるとその前にしゃがんだ。

それの上にさっき飛んできた原稿用紙を置いて、重しになるものはないかとキョロキョロ部屋の中を見渡す。

机の上にいくつか本が重ねてあったのを見つけて、その中の一冊をその上に載せようと、ふと原稿用紙にまた目を移した。

そういえばウソップの書く話、一回も読んだことなかったなぁと思い出し、ルフィは本を載せる前に飛んできたそれを手に取った。

それはなぜか仮名ばかりで。ウソップって漢字書けなかったっけ?と他の原稿用紙に目を移してみたが、他はきちんと漢字を使ってあった。

仮名ばかりの作品はそれだけで、ルフィはなんとなく興味を惹かれそれを読んでみることにした。

さすが仮名ばかりの作品だけあって、内容は子どもが喜びそうな昔話だった。桃太郎とか浦島太郎とかかぐや姫とか、誰もが知っているような昔話を全部ごちゃまぜにした、ひとことでは表現出来ないような作品だった。

設定もごちゃごちゃしていて、到底出版社には出せないような作品だったが、ルフィは一枚読んだだけですっかりその話の中へ入ってしまった。

一枚、また一枚、原稿用紙をめくっていく。時折、「おー」とか「うわー」とか言いながら、気分はすっかり物語の中の主人公だ。




「なにやってんだ?ルフィ」




どれくらい時間が経ったのか、いつの間にかウソップが帰って来ていた。

「どくしょ。」

「あ、そう」

ウソップは荷物を机の上に下ろすと、ルフィの周りに散らかった原稿用紙を片付ける。

「読書すんのはいいけどさ、散らかすなよ」

「あー、ごめん」

そうは謝るが、今ルフィは読書に忙しいのでウソップの方へは見向きもしない。

「めずらしいな。おまえがそんなのに興味示すなんて」

原稿用紙はおろか、本すら触ったことのなかったルフィが、今うつ伏せになって原稿用紙の中へ入ってしまっている。

「腹減ったろ?今夕飯作るから」

とんとん、とルフィが読み終わった原稿用紙を揃えると、ウソップは立ち上がった。

「ん?もうそんな時間なのか?」

言われてみればお腹が空いているような気もする。原稿用紙から外の景色に視線を移せば、まぶしい夕陽と目が合って視界がチカチカした。

「気づかなかったのかよ。・・まぁいいや、これから作るから」

「んー」

そう言ってウソップは台所へ向かった。








今日の夕飯は鶏肉の入った野菜炒めに味噌汁。

「なーなー、あの話の続きは書かねぇのか?」

それをめいっぱい口に頬張りながらルフィがそう尋ねた。

「うん、書くよ。時間空いたら。つか、口に物入れてしゃべるな」

「いつ!?いつ書く!?」

「わかんねぇよ」

ずず、と味噌汁を啜った。

「じゃあ、あれ本にはしねぇのか?」

「しねぇよ。ていうか、あんなの出版社に持ってっても追い返されるのがオチだし」

「なんでだ!?すげーおもしれぇのに!」

「あれは近所のガキに配る用」

「あぁ!なんかうまそうな名前の奴らだろ?」

よくうちに遊びに来る三人組を思い出した。

「にんじん、たまねぎ、ピーマンな」

「じゃあ!じゃあ!俺にも書いて!」

「どーせ読まねぇくせに」

「読む!絶対読む!」

「・・いいけど・・・、そんなに早く書けねぇぞ?」

「うん、それでもいい!」

「・・わかった。いーよ」

今までルフィからそんなお願いをされたことは一度もなかったので、ウソップは快くそれを承諾した。

「約束だぞ!」

それを聞いたルフィはうれしそうに、ししし、と笑った。






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