「ごめんくださーい」 静かな家に突然大きな声が響いた。 商店街の外れにある細い路地をずっと辿ったところにある、小ぢんまりとした古い和装家屋。狭い庭は、わりと綺麗に整えられていて、季節の花と一緒にたんぽぽなどの雑草も仲良く咲いている。 見るからに貧乏そうな家だからか、それともこの家の主人がそういうことを気にしない性格なのだろうか、雨戸は開きっぱなしで庭先から部屋の中が丸見えだ。 「ごめんくださーい!」 玄関から大声を出したのに家の中からは誰も顔を出さなかったので、ルフィはもう一度さっきより大きな声で叫んだ。 「はーい」 ようやく中から声が聞こえる。そのあとすぐに足音が聞こえて、この家の主人が玄関に顔を出した。 「・・・どちらさま?」 長い鼻と分厚い唇が印象的な、やけに特徴があり過ぎる顔を持った主人は、見慣れない顔に頭をひねった。 「今日からここに俺を住まわせろ!」 「・・・・・は?」 これがルフィとウソップの出逢いだった。 私信 「住まわせろって・・、」 「おじゃまします」 困惑するウソップをよそに、ルフィはずかずかと部屋の中へ入っていった。 「ちょ・・っ」 ルフィが部屋の中へ入ってまず目についたのは、たくさんの本と原稿用紙。 この家の主人であるウソップは、そこそこ売れている小説家で、有名な同人誌にも度々名前が載るくらいだ。 「おまえ一体何者・・?」 「住み込みのお手伝い。」 怪訝な目を向けてみたが、ルフィは悪びれる様子もなくあっさりそう言った。 「住み込みのお手伝いって・・・。俺そんなの雇ってないし、募集もしてないし」 「お願いします!」 直角90度綺麗にお辞儀されたが、ウソップの気持ちはそう簡単には変わらない。 「頼まれても困るし。・・ほら、うち貧乏だから」 「金はいらない」 「いや、そういうわけにも・・・」 「俺、住むとこねぇんだ!頼む!住むとこが見つかるまででいいから!」 「でも・・っ、」 「なんでもするから!」 根っからのお人好しだったウソップは、困っている人を見るとどうしても放っておけないタチで、ルフィの名前すら知らなかったが別に悪い人ではなさそうな気がしたので、仕方なくルフィを雇うことにした。 「なぁ・・、あれ嘘だったの?」 原稿用紙にペンを走らせながら、ウソップはルフィにそう聞いた。 「なにがー?」 暢気に縁側で日向ぼっこをしながらルフィは抜けたような声で聞き返す。 「住み込みのお手伝い。」 「俺そんなこと言ったかー?」 「言ったよ!なんでもするって言った!」 あれから3ヵ月ほど月日は流れたが、住み込みのお手伝いだと自ら宣言してウソップの家に上がり込んできたルフィはまったく仕事をしていない。 最初は、まだ慣れない場所だから仕方ないだろうと思ったが、一週間経ってもルフィはなにもしようとしなかった。 いい加減怒ったウソップが、なにもしないなら追い出すぞと忠告したところ、ようやく10日目の朝、朝食を作ってくれた。 なんだやれば出来るじゃないかと、誉めてやろうと思ったのも束の間。テーブルの上に並べられた物を見て絶句した。 卵焼きだと思われるそれは、ただの真っ黒い塊で、きっと焼き魚だと思われるそれはもう、なんの魚だかわからない代物になっている。ご飯に至っては、どこの手順を間違えたらそうなるのか、茶碗一杯の水の中に白い米が沈んでいた。 更に、流しの中もコンロの上もごちゃごちゃで、まるで地震が起きたあとのような状態だった。 それ以来ウソップは、ルフィに食事の支度は任せなくなった。 ならば掃除くらいは出来るだろうと任せようとは思ったが、あの台所の惨事を思い出すと掃除すら任せられなかった。 「でもよー、ウソップがなんもするなって言うし」 「そりゃ言ったけど、うまく出来るように努力するとか勉強するとか、普通するだろ?」 「ウソップが全部出来るんだからいーじゃん」 「・・・じゃあおまえ、うちになにしに来たの?」 所持金ゼロ、仕事もナシ、完全にヒモ状態のルフィに、ウソップは呆れるしかなかった。 「ここに住みたかったから。」 「・・・普通こんな貧乏な家、住みたいと思わないよ」 変な奴、と付け足してウソップはまた原稿用紙にペンを走らせる。 そんなウソップをしばらく見つめたあと、ルフィは庭先に視線を戻し眩しそうに空を見上げた。 next top |