※本編の時間軸やあらすじをまったく無視しています
 それでもよろしい方のみどうぞ


 あなたはだぁれ?
 わたしはだぁれ?

   失ったものと得たもの 前篇

 惨憺たる戦闘跡を藤堂は念入りに見て回った。負傷者の回収や残党の始末などこなすべき事柄は意外と多い。後ろについてきていた朝比奈が軽く嘆息するのが通信モニター越しに見えた。
『藤堂さん、負傷者もあらかた回収したし、もう何もないと思うんですけど』
「そうだな…」
戦闘場に長居は無用だ。残党の返り打ちにあう可能性は滞在時間に比例する。完全にシャットダウンされていないのか焦げた臭いが鼻をつく。露骨に人体の焼ける臭いではないのが救いだ。機体の爆破の衝撃に人体は耐えられない。無残に転がる機械の腕や頭部が生々しい。辟易したらしい朝比奈の様子を見て取って、藤堂は踵を返そうとした。
 ピュ、と朝比奈が口笛を吹いた。
『藤堂さん、あれ。絶対幹部クラスですよ、やるなぁ、だれがやったんだろう』
指示された方には大破した機体があった。機体は確かに大量生産型のそれではなく特別仕様を思わせる姿をしている。操縦席の方は損傷も少ない。そちらへ向かう藤堂の様子に朝比奈が慌てた。
『ちょっと、藤堂さん! 危険じゃないですか?!』
「負傷者がいるなら拾って行ってやらなければならないだろう」
藤堂は軽やかに操縦席を開くと大地へ飛び降りた。生身をさらしても反応がない。最も機体は攻撃を可能とする状態ではないのが一目で判るほどだ。内部はそれこそどうなっているか判らない。
 藤堂が近づいてもその機体は何の反応も示さなかった。朝比奈は油断なく辺りを窺っている。藤堂は非常用のレバーを引いて操縦席を開いた。
「…――!」
思わず息を呑む様子に朝比奈の機体は動かない。周りから一切の反応はない。伏兵もいなさそうだ。藤堂は目の前の青年を操縦席から引っ張り出した。結い紐が解けて黒褐色の長髪がはらりと広がった。それを見た朝比奈は操縦席を開けて藤堂に抗議した。
「そいつ、ギルフォード卿って呼ばれてたやつじゃないですか! 助けるんですか?!」
藤堂はそれに返事をせずギルフォードを地面の上へ寝かせた。軽く点検するが衝撃で脳震盪でも起こしているのか反応がない。四肢を触ってみるが目立った骨折はない。額を切ったのか、鮮烈な紅が彼の美貌を縦に割っていた。目立った外傷がないことに安堵してから慎重にギルフォードを抱き上げる。身軽く飛び降りてきた朝比奈が手伝おうか思案している。
 「連れてかえる。手当は早いに越したことはない。朝比奈、手を貸してくれ」
「オレは、連れて帰らない方がいいと思いますけど。そいつは、敵じゃないですか。捕虜だった時、何をされたか忘れたわけじゃないですよね」
藤堂は思案するように朝比奈を見た。まだ年若い朝比奈は感情のままに行動する感が否めない。敵方なら捕らえて捕虜にして交渉の切り札にでも、と理性的に考える反面で彼らに屠られてきた仲間への感情がある。藤堂の灰蒼の瞳が朝比奈を見つめた。暗緑色の瞳が困ったように揺らいだ。丸い眼鏡の奥で若い感情と聡明な理性がせめぎ合っているのが見えるようだ。バリバリと頭を掻いた後、朝比奈は藤堂に倣ってギルフォードを抱えあげた。
「言うのが藤堂さんじゃなきゃ、断ってるとこですけど。そういうお人好しなところは嫌いじゃないんで」
二人がかりでギルフォードを藤堂の機体の操縦席へ乗せる。広くもない操縦席だ、手狭を感じながら藤堂は現在地点を搭載の機器に保存してから閉じると一気にエンジンをかけた。
 ギルフォードの機体は置いてきた。持って戻ることは物理的に無理だし、厄介事の種になるだけだ。ブリタニア軍の回収もあるだろう。それを感じながらギルフォードを連れてきてしまった感情に藤堂自身が戸惑っていた。敵軍だって負傷者や捕虜の回収をしているだろう。それを待ってもよかったのだ。手当は早いに越したことはないのは事実だが、それ以上にギルフォードの鼓動を真っ先に確かめていた。小動物のようなそれに藤堂は一瞬にして捕らえられてしまった。拾ったそばからこんな無理は通らないだろうという懸念と後悔とが藤堂を襲っていた。朝比奈が通信モニター越しに念を押した。
『オレは止めましたからね? ゼロに怒られたって知りませんよ』
「…私の弁護はしなくていい」
苦いような何かを感じながら藤堂は手狭な操縦席で体を折って動かないギルフォードを見た。

 辺りのざわめきを無視して藤堂は医務室へギルフォードを運んだ。朝比奈は黙ってそれを手伝う。ベッドへ寝かせると医療に詳しいスタッフに指示を仰ぐ。
「発見時から意識が戻らない。額を切っているらしい以外に外傷は見当たらないのだが」
スタッフは戸惑いながら藤堂とは違う手慣れた手つきでギルフォードの体を点検した。関節や筋肉の具合を見ている。パイロットスーツを脱がせると均整の取れた体つきがあらわになった。華奢ではないが適度に鍛えられた体つきだ。敏捷性も期待できる。
 スタッフはてきぱきと応急処置を終えてギルフォードを襟繰りの開いた医療患者服へ着換えさせた。藤堂もそれを手伝う。朝比奈は医務室には入らず部屋の前で不機嫌そうに待っていた。
「外傷は言うとおりないと思います。おそらく、頭部を強打して意識が混濁しているのではないかと…脳震盪の可能性もあります。精密な検査をしてみなければわかりませんが、そのための意識混濁では」
そこでスタッフの言葉が途切れた。彼はおののくようにギルフォードを見ている。藤堂もそちらへ視線を向けた。薄氷色の瞳が開いてスタッフと藤堂を無感動に映していた。上体を起こして辺りを見回している。
 「気がついたか」
敵軍人に怯えるスタッフを押しやって藤堂が問うた。ゆっくりと藤堂の方を振り向く。視界がぼやけるのだろう、何度も目をこする。藤堂は念のために拾ってきた眼鏡を手渡した。ゆっくりと礼を言ってそれを受け取った彼は眼鏡をかけると藤堂を仰天させた。
「つかぬことを伺いますが、あなたはどなたですか? ここはどこなのでしょうか」
藤堂自身はギルフォードと何度も対面している。藤堂自身、『奇跡の藤堂』として名が売れているうえに捕虜になっていた期間も長い。ギルフォードと対面したときだって何度もある。
 「藤堂、面白いものを拾ってきたらしいな」
ヴォイスチェンジャーを通したような機械音声にギルフォードが小首を傾げた。小柄な体躯の彼の登場に、藤堂は困ったような表情を向けた。
「お世話になっていながら申し訳ないのですが、あなた方はどちらさまでしょうか? 私が何か無作法をしていなければいいのですが」
詫びるようなギルフォードの台詞にゼロは息を呑んで固まった。しばらくその無機的な仮面のごとく動かなかった彼だが、ようやく動きを取り戻すと嘆息と同時に言葉を吐いた。
「どうやら厄介事を拾ってきてくれたようだな、藤堂」


 精密な検査の結果、深刻な症状は彼の記憶喪失のみだということが判った。好ましい人物かどうかの判断もできるし一貫性もあり、簡単な計算や読み書きもできる。ただ近年の記憶と自身についての記憶がぽっかり抜けているらしかった。ここは黒の騎士団だと嫌味交じりに宣言した朝比奈にギルフォードは戸惑ったようにどちらの所属ですかなどと問うていた。
「だーから、絶対、いらないと思ったんですってば、オレは!」
敵方であるというギルフォードの立場と記憶喪失である状態が事態をより複雑化させていた。キャンキャンわめく朝比奈を置いて藤堂はゼロと二人きりになった。ゼロは仮面を取るとルルーシュへと変貌する。まだ幼さの残る顔立ちだが美貌だ。印象的な紫苑の瞳が意味ありげに煌めいた。
「忘れているのが最近であることがまだ救いだな。過去を失っているだけなら切り札にも使うんだが、ああも他意なく見つめられるとな…」
目元まで引き上げていた布地を指先で引っかけ、首あたりまで下ろすとルルーシュは嘆息した。
 「すまない、迷惑をかける」
「気にしなくていい。俺もギルフォードとは知らぬ仲ではないからな…こんな厄介が起きるなんてな」
ルルーシュは体を投げ出すようにゆったりとしたソファへ腰かけた。スプリングが軋む。裾広がりのマントが髪のように自在に動いた。艶を放つそれはマントと似た色合いの黒髪だ。短いが上品な長さに整えられている。
「一応、ギルフォードは捕虜として扱おう。記憶喪失は伏せる。居心地は悪いだろうが倉庫にでも入れておけばいいだろう…医務室に置いておくには始末が悪すぎる」
了承の意を示して部屋を出ようとする藤堂の背に揶揄するようなルルーシュの声がかかった。
「ギルフォードの存在はブリタニアには伏せる。…好きにしてもかまわないと言ったらお前は、どうする」
「…一般的な対応をするまでだ」
「おまえが拾ってきた姫君だ、せいぜい大事に扱ってやれ」
藤堂は黙って扉を閉めると待ち構えていた朝比奈の不満にぶつかった。


 部屋に入ってきた藤堂にギルフォードは淡く微笑した。頭や腕に包帯があることを除けば欠陥などないかのようだ。怪我人に無理をさせなければいいがと無為な懸念をしながら藤堂は倉庫へ移ってほしい旨を告げた。
「…判りました。私はどうやら、好ましくない所属のようですね」
「すまないが、そのあたりの詮索や不便は勘弁してほしい」
緊急的にギルフォードを押し込めておくのは倉庫として使われていた空き部屋だ。医務室からの距離もなく、内部構造を覚えられることもないだろうという思惑が働いている。
 ギルフォードは腰を上げた。打ちつけた四肢が痛むのか、時折怜悧な顔を歪める。ぐらりと傾ぐ体に藤堂はとっさに腕を滑り込ませて支えた。しがみつくようなギルフォードの指先が震えていた。
「すみま、せん…」
笑おうとする努力の跡が見える顔でギルフォードは笑った。
「…ギルフォード」
ギルフォードの薄氷色の目が煌めいた。その様は涙に濡れたそれに似ていて藤堂は動けなくなる。
「それが、私の名前」
「ファースト・ネームは知らない…おそらく、ファミリー・ネームだ」
「ギル、フォード」
ギルフォードは確かめるかのようにゆっくりと発音した。しがみつく指先が藤堂の腕に食い込んだ。皮膚を裂きそうな威力を持ったそこに手加減はない。結い紐を失った黒髪は細波のように肩で波打っている。あらわな額は秀でていて彼の聡明さを示してもいる。割れた眼鏡のヒビが痛々しい。取り換えようと言うのを視力と一致する度数があるからと断ったのは彼だ。申し出た朝比奈も納得して申し出を引っ込めた。元より朝比奈にはギルフォードによくしてやろうという気はない。ただ滲んだ視界では威力を発揮できないこともあると言うだけの話だ。
 「あなたの、名前は」
藤堂は黙って首を振った。ギルフォードが目に見えて気落ちする。強く掴んでいた指先に気づいて慌てて離す。その勢いで倒れこんでしまうのを藤堂が支えようとして二人して倒れこんだ。冷たい床の上で打ち付けた箇所が痛む。不意に温い何かが触れた。それが唇だと気付くのに藤堂は時間がかかった。目の前に広がる薄氷色のそれは、幸せだったころ共にあった碧色の瞳をした少年や、今現在を共にする紫苑色のそれらと似ていた。潤んだようなそれは泣きだす直前のように瞬き、息づいている。
「…すみません」
反応しない藤堂をどう思ったのかギルフォードはその眼差しを伏せて謝った。その眦から一筋雫が滑り落ちる。温い頬を滑って落ちる雫は冷たい床の上で弾けた。藤堂の腕が意識する間もなくギルフォードを掻き抱いた。体躯は二人とも同じ程度に引き締まっている。
 「すまない、本当にすまない…」
ギルフォードを連れて帰ったのは藤堂自身の意志だ。朝比奈の言う通り、置いてくるのが賢い選択だったのだろう。だが藤堂はそれをできなかった。目の前で意識をなくしされるままになっているギルフォードを放っておくことができなかった。息づく薄氷色の瞳は無垢に藤堂を見つめてくる。
「…どうしてあなたが謝るんですか」
藤堂は返事をせずにギルフォードを助け起こすと、倉庫へ連れて行った。空き部屋になっているそこは無為に広く、物資もない。部屋から出た藤堂の後をついていた朝比奈が空のバケツを蹴りこんだ。
「それをトイレにしなよ、ブリタニア!」
「朝比奈!」
揶揄を含んだそれを鋭く叱責すると朝比奈は不満げに唇を尖らせた。
 「藤堂さん、なんであんな奴に肩入れするんですか」
「肩入れなど」
「惚れてるんすか」
「無駄なことを訊くな」
答えない藤堂を朝比奈は不満の眼差しで見た。ギルフォードは困ったようにバケツを部屋の隅へ設置したりしている。長い黒髪が彼が動くたびに波打つ。
「すみません」
困ったように笑うその顔から逃れたくて藤堂は扉を閉めた。
 自我すら失ったギルフォードの不安や戸惑いを思えば同情の余地もわく。周りも自身すらも危うい状況を受け入れるには時間がかかるだろう。そんな彼を手厚く保護してやれない不甲斐なさに藤堂は意味もなく苛立った。拳を握った手が壁を殴りつける。藤堂のいつにない激しい感情の発露に朝比奈は驚いたように口を利かない。
「とう、どう、さん」
「…私は、何もできないのか――」
ただ、無力。なすべきこともなせるだろうこともなく。
「私が見張ろう。朝比奈は戻ってくれて構わない。ゼロにもそう伝えてくれ」
「でも、藤堂さん」
「大丈夫だ…――逃がしたりは、しない」
「…信じますよ、それ」
朝比奈はいつもの軽薄と評される笑みを浮かべて立ち去った。それが藤堂を安堵させると朝比奈は知っている。だからこそ朝比奈は平常を保つ。これ以上藤堂の心配事を増やしたくはなかった。
 藤堂はずるずると扉を背にして座り込んだ。この薄い扉越しに彼はいる。
「無力、か――」
ギルフォードを逃がす気はない。元より記憶や現状認識の薄いギルフォードを野に放ったところでブリタニア側にもこちら側にも利益などない。扱いに困るのは目に見えている。
「ギルフォード…ギルバート」
一度だけ牢の中で聞いた彼のファースト・ネーム。彼にミドル・ネームがあるのかどうかも定かではない意識の中で聞いた記憶だ。あやふやなそれを彼に教える気はなかった。
「すまない――」
藤堂は心から詫びた。

私はあなたに何もできない


→後篇

妙に長くなった…後編もこれだけの内容を維持できるのか危ういところが泣けてくる(汗)
なんで前後編になっちゃったんだろう…もう誤字脱字さえなければ(そこか)
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