小屋で話し合った七人を除く、龍種・ドラゴン種を含む数百万の幻想種達全員の最初の反応は―「人間が闘う!?正気か!?」―純粋な驚きだった。
驚くものたちはエリスを預けるにあたって預ける相手である和樹の力を確かめるという理由を聞くと、幻想種達の中で人間に好意的なものでさえ、コントラクターの和麻ではなくその弟子がということに呆れて首を振った「その少年は正気ではない」と。
そして、人間の大気汚染や森林伐採や海洋汚染などの環境破壊行為。
様々な動植物を絶滅させ品種改良という名の幻想種からして見れば改悪以外の何者でもない手前勝手な改造をする人間たちに憎悪と怒りと、自分たちまでいつか人間に滅ぼされるか、
滅ぼされないまでも飼われるのではないかという危機感と恐怖を抱いているほとんどの幻想種達は、露骨な蔑みの言葉―「人間などという低俗なものが、闘うだと!逃げ惑い命乞いした末にぼろ布のようになるのがオチだ」―を言い放ち嘲笑した。
だが、人間に好意的なものにしても悪意的なものにしても、この「人VS龍」「人VSドラゴン」の“戦い”になりはしないだろうが、和麻の弟子という事から考えて面白そうな場面がありそうな二つの闘いに関して無関心でいられなかった。
だから、住処に残した者に戦争の回避という知らせと一緒にこの楽しそうなイベントのことを知らせた。商売のチャンスだということも合わせて……
それを受けた居残り組みは、テレビのような機能を持つ直径数メートルの巨大な水晶球を用意し指定されたチャンネル(のようなもの)を合わせて、子供等がこの娯楽を見逃さないようにした。
そして、このお祭り騒ぎで利益を得るために同時に年齢や体の後遺症のため今回の戦争で戦えないとされ残された大人には種族の特産品をあるだけ送らせるように伝え、送らせたのだ。
さらに、生産を司る幻想種達は大量の飲食物も送らせた。
そして、現場にいる土木工事が得意な者たちは、水晶球へ映像を向かわせる小型の水晶の形の中継器を死角が無いように置いた。
東京ドーム千個分くらいの大きさの白亜の大理石で作られたアリーナ―岩・丘・川・湖など自然そのままの試合場と数百万の座席及び四隅にスクリーン状の水晶を置き観客がどこからでも戦いを見ることの出来るようにした上に飲食を完備した売店まである―を数時間ほどで作った。
それと同時に、巨体のためや水中から出られないため等の様々な理由で入れない者や、それ以前に席が足りないため入れない者用にアリーナと同等の設備の付いた施設並行して作られた。
そして、施設の完成と共に売店は開きそれぞれの幻想種に対応した飲食や種族の特産品が売られ、勝負の行方に対する賭けがギャンブルを司っている幻想種の手で開かれて大金が動かされていた。 いつの間にかそこには巨大な市が出来てスリ等の犯罪も無く整然かつ熱狂的に商売が行われていた。
実に商魂豊かな方達である。 翌日行われる予定の戦いのことを聞いて半日もせずにこれだけのことをやったのだから……
だが、盛り上がる幻想種達に対して、ドラゴン・龍は盛り上がりが無かった。
人間と戦うということに驚きはしたが、そこには最初から興奮が無かったのだ。
なぜならば、自分たちの“力”を理解する彼らにとって、和麻のようなコントラクターみたいな例外の相手以外は、攻撃する必要すらなく一睨みするだけで充分だということを両種ならば産まれたばかりの赤ん坊以外は誰もが知っているし何度も実行したからだ。
さらに、和樹の十歳という幼い年齢と精霊魔術を覚え始めて三年という短すぎる実績が、彼らのやる気をほとんどなくした―「いかに才能が有るものでも自分たちと戦うには足りなさ過ぎる」―という幻想の大地に住む誰もが納得する理由で。
それでも彼らの中で代表者が決まったのは、王に言われたからという理由と、くじで彼らにしてみれば運が悪く当たったからだった。
――このときの、両種の態度は龍・ドラゴンという生命を知る者たちからすれば、当たり前のことだった……例外とは、ほとんどないから例外と呼ばれるのだから
その頃、和樹はというと自分たちに与えられた通常エルフが使っている宿舎の自室にいた。
抗魔力の高い魔獣の革を材料として最高位の職人が数年かけて丹念に作り上げた、通常では大きすぎるため大男でも着られない服だが、身に付けて呪文を唱えると全身を隈なくフィットして覆うようになる耐弾・耐刃・耐衝撃能力も高い黒い防護服を手に取って、
掠りでもすれば鯨が即死する毒を塗った暗器を仕込みながら、明日の戦いのことを考えていた。
周囲に、自動発射装置・ステルス機能・自動給弾装置を取り付けた対船舶用バズーカー(ダイヤモンドコーティングされた弾つき)十数基。
『危険!!触るな!!』と書かれたラベルが貼られ、投げナイフ・ボウガンの矢が琥珀色の液体に浸けられた大き目の容器が一つ。
『相手に天国へ逝ってもらう薬です♪』とラベルに書かれた八個の毒ガス発生装置に入れるための金粉らしきものが浮いた緑色の液体が入った手のひらサイズの容器が毒ガス発生装置分。
『サイキックアカデミーが送る♪美しい川への片道切符!!』と書かれたラベルが張られた一口サイズのビンに入れられた言葉では表せない色をした液体を、強化した刃に塗られた画鋲数個。
ある幻想種が見たら「我が種の宝が何故そこに!!」と叫んで掴みかかってきそうな、紋様が彫られた卵大の黒光りする石などの、先程下見をして明日使えそうだと判断し、まだアリーナに取り付けていない武器の山に囲まれながら。
大量の罠を張り巡らしただけではなく、最初握手をして相手に画鋲に塗った毒を叩き込もうとする和樹を卑怯というものもいるかもしれない。
だが、和樹が和麻から教わり、これまでの戦いから会得した戦い方は、目的を果たし生き抜くためには、相手の情報をできる限り集めて、ありとあらゆる手段を考え、その手段のための準備を過剰と思えるくらい備えて、実行するときは論理を捨てて躊躇すること無く実行するものだ。
だから、和樹にしてみれば相手の情報をろくに調べず憶測で相手を判断し、考えなしに突っ込み、準備を怠った挙句、絶望して泣き喚くほうが「卑怯」としか思えない。
この戦い方を和麻は「勝てば官軍」「出来る限り楽に目的を果たす」と言ったので、和樹はそれに答えて「正々堂々ですね」と言っている。
この戦い方と、彼らの勝利条件が「目的を果たす」という状況によっては相手と直接戦う必要がない―というより殴りあわずに目的を果たすほうが多い―条件なため。
今回のような力を示すため戦うという条件で無ければ、必要もなく強い相手と殴りあうことはまずやらない。
ちなみに今回和樹が罠を張ったりすることは、龍・ドラゴンを含む幻想種達も予想していながら黙認している。
その程度のハンデが無ければどうしようもない―有っても変わらない―ということを今までの経験から理解しているからだ。
そのため、彼らの賭けの対象には和樹がどういう罠を使うかということも入っているし、その事に卑怯とか言うつもりは全く無い。というよりも、戦いにもならないはずの和麻の弟子がそういった罠を使って見せ場を作らないほうが失望する。
そのことをケルベロスの王から聞かされ、“自分の力を相手に認めさせる”という目的に必要な“相手の心情を悪くしない”という条件を満たしていることに安心して、「やるなら勝とう」という少年らしい心境に「勝つべき理由」が合わさり熱心に明日の準備に取り組む和樹。
だが、その準備の速度は控えめに言っても低調だった。肝心の龍・ドラゴンに対する情報が、全く入ってきていなかったからだ。
その理由は、両王が種族の代表者を紹介するという理由で両種の詳しいことを知っている者の数少ない者の一人である和麻を呼んだことが大きい。
そのため、仕方なく数十人の人間に好意的な幻想種に聞いたが誰一人として詳しいことを知らなかったし、精霊に聞くという方法は向うが結界みたいなものを張っているため断念した。
だから、和麻が戻ってくるまで自分の知る限り最も威力がある手頃な近代兵器―魔術道具は効かなそうだから―で準備だけはしたが、情報の不足に困りきって頭を抱えていた。
そのため、帰りを待っていた和麻がいつの間にか自分の部屋に入ってきていたということに、和麻が声を掛けるまで気付かないという失態をしてしまった。
失態に気付いて赤面した俯いた和樹だったが、普段ならすぐに来る師の注意―頭蓋骨をきしませながら片手で自分を持ち上げる「たかーい、たかーい」―が来ないのに気付いたのでおずおずと顔をあげた。
するとそこには、部屋に置いた武器を見て呆れた表情をした和麻が居た。
きょとんとしている和樹を他所に和麻は何かを思い出した顔をして、ポンというように拳を作った右手で平手の左手を叩き
「そういや。龍とドラゴンについて詳しいこと言ったことなかったな」
参った参ったと呟いて、和樹にちょっぴり殺意を抱かせた。
「最初に言っとくが、あれ無駄だぞ」
「そうですか」
自分の半日の苦労を無駄と言われても、和樹は別に動揺しなかった。
充分な情報があったのならともかく、とりあえず使えそうなものを憶測で用意したものだからだ。
その和樹の反応を見て和麻は、自分の弟子が情報の重要さを理解していることに満足して頷き、和樹が否定の言葉を言ったときに言おうとした言葉を引っ込めた。
「何でかっていう理由よりも先に、明日の相手の名前を言うぞ」
「はい」
「龍はパオ・リーでドラゴンはヒューイだ。両方とも龍・ドラゴンにしては若い。先にヒューイ、次にパオって順番になった」
和麻が先に磐上に会いに行ったことに対して、文句を言うドラゴン側の幻想種たちの一部に対する対応として決まった順番だった。
「ヒューイにパオですか……わかりました。だから、龍とドラゴンについて教えてください」
急がなくては罠を仕掛ける時間が無くなる、という焦りを出す和樹を見ながら和麻は答え始めた――圧倒的な身体能力を
「外皮は、対艦ミサイルの直撃を受けても傷一つどころか焦げ後すらつかない強度を誇っている上に再生力も桁違いだ。腕一本が斬り落とされても二分もすれば、例え戦闘中でもあいつらが意識しなくても生えてくる。そうそう、牙と爪はダイヤより硬いからな」
「…………」
とんでもない内容に和樹は表情を強張らせながらバズーカーに目を向けて――見なかったことにした。
「毒も効かない。古今東西・異世界全ての病原体・細菌・毒素に対する抗体を持っているし、例え特定の抗体がない毒でも毒が入り込んだ一秒後には桁外れに強い両種特有の抗体に消される」
無言で防護服から毒塗りの暗器を取り出す和樹。
「それに加えて、あんな巨体の癖に、一つ一つの動作がチーターとかの肉食獣よりしなやかで俊敏な上に、俺たちが普段使っている箸があのでかい手で使えるくらいに器用で繊細なんだ。ついでに、半年何も食わなくてもその能力に衰えが無いくらいにエネルギーの消費効率も非常に高い。……ドラゴンが本気でその足と手を使って走れば時速四百キロ近くで走る。」
「走り出してすぐにトップスピードに持っていける瞬発力と、一ヶ月速度を落とすことなく休まずに続けることが出来る体力もある。龍は普段から地面から浮いているから分からんが……飛んでいるときの最高速は、音速を超えていたそーだ。それに比べるとドラゴンは翼があるとはいえ、亜音速ぐらいの大人しい速度だ」
宙を仰いで、音速に近い速度の六メートル・数トンを超える物体が掠めたとき、人間は衝撃のため液体化するということを思い出す和樹。
「視力は、六十キロ先の人間の顔がはっきりと見えるような眼を持っている。動体視力も抜群だ。音速くらいの速度なら蚊ぐらいの大きさでも見逃さないくらいに……言っとくが真後ろに陣取っても無駄だからな、どういう仕組みかは知らんが後ろに目がついているように見えるらしい。嗅覚と聴覚は、犬の数十倍に達する。」
泣きたくなった和樹。
「加えて、知能も非常に高い。それだけの身体能力を生まれつき揃えている上に死ぬまで衰えることは無いんだ……ドラゴンと龍が『至高にして究極の生物』『生物界のピラミッドの頂点』『肉を持つ生命最強』とか呼ばれるのは……当たり前だな」
問答無用でそれに頷きながら、和樹はふと恐いことに気付いた。
「先生……魔力は、どうなっているんです?」
震えながらも疑問を口に出した和樹に、和麻は眼差しに弟子の冷静さに対する憐れみと賞賛を込めて言った。
「無尽蔵と思ったほうがいい」
「え!?」
「俺たちみたいなあいつら以外の生物を、石炭焚きの産業革命直後の船だとすると、奴らは原子力機関を積んだ最新鋭の船だ。こっちが、飯食ったり寝たりするとかの材料を使って回復しているものを、奴らは突っ立っているだけでこっちより遥かに早い速度で生産して回復している。それ専用の器官を持っているから出来ることだな」
瞑目する和樹。
「その溢れるほどある魔力で奴らは常に全身を覆っていて、戦闘時はさらにそれが増えるから……その時の防御力は、核の直撃食らっても耐え切るだろうな。その上、戦闘状態の奴らに生身で触れたら向うが何もしなくても人間なんか消滅する。ああそれと、さっき言った回復力については数倍増しを見積もっておけ――」
核で巨大化した不死身の日本最強の怪獣が頭に浮かんだので、目を開いた和樹。
「ただ、その分速度とか視力とかに関しては両種が“種族数維持”を前提としているからあまり増えない。最も、奴らがそっちを優先にしたら話は違うがな。それと、火・風・土・水・霊の全部の属性を持っているから、弱点はない。だから、生半可な魔術は魔力の覆いで止められるか弾かれるから皮まで届かない……分かったか」
「はい、よく分かりました。彼らはどうあがいたところで、今の僕が勝てる相手ではないということが」
そう言いながらも和樹には、畏れも怯えも無かった。 何故なら――
「……和樹、俺たち魔術師は超人じゃない」
初めて妖魔を殺して、その戦いが楽だったため増長しかけて自分が人間以上の存在だと勘違いをし始めた自分に対し師は言った。
自分が生意気にもその時、違うのかと聞いたら師は静かに語った。
「確かに、俺たち魔術師の手は他の人間に比べて長い。だから、より遠くまで届く……でも、それだけだ。人を超えてなどいない。……それどころか、長い手のおかげで見えないものの方が多い」
自分はその時何故そんな事を言うのかと聞いた、自分にとって師は超人だったから。
「手をどれだけ伸ばしても届かないところや相手があるからだ……いつか分かる――」
そういうと師は、自分の頭を撫でながら一つの質問をした。
「もし、お前が手の届かない相手に会ったとき。どうしてもそいつらと戦って目的を果たさなければならないとき、お前はどうする」
その時自分は、伸ばした手の先に道具を持ったり自分の足元に台を置いたりするような工夫をして届くようにすると答えた。
「それじゃあ、ただでさえ圧倒的に劣っているこっちに道具や台なんていう分かりやすい致命的な弱点が増えることになる。……そういう時はな、相手をこっちの手が余裕で届くところまで連れてくるんだよ」
アリーナは熱狂の中にあった。 常に変わりのない日々を生きている彼らにとって、戦争のような歓迎すべきものではないイベントが、今始まろうとしていたからだ。
その熱狂はアナウンサーが、ヒューイと和樹を紹介し彼らが出てきたところで頂点に達して――急速にざわめきに変わっていった。
最初にそれに気付いたのは、透視能力を持った幻想種たちだった。
彼らが、様々な罠を駆使して戦うと断じ、大金を賭けた少年が罠どころか、二振りのカットラスの形をした無銘の魔剣―ドワーフがいい出来だといった―しか持っていないように見えたからだ。
そのため、自分たちの目を疑った者達は、アリーナに取り付けていると思われる武器を探しても見つからなかったので、より強力な透視能力や相手が持っている武器を知る能力を持つ幻想種たちにそのことを聞き始めた。
それらの者達に聞くまでの間に「和樹は罠を張っていないし武器もあれだけしか持っていない」という話は急速に広まり、それらの者達がその話を事実だと断言したことで、全員あっけに取られて、それが聞こえたため同じくあっけに取られたヒューイに近づく少年にその視線を集中させた。
ゆっくりと和樹は視線を右から左にめぐらせて、何時しか無言になった大観衆、龍族の集団、右手中央の一段高いところにある貴賓席に和麻・磐上親子・エリス・ユーマ親子の順番で座っている光景、ドラゴンの集団、それから最初の地点まで続く席を埋め尽くした大観衆を見た。
「正気か?我に対して準備なしで挑むなど」
和樹が視線を目前に戻すと同時に、六メートルの巨躯を誇る褐色の肌に鋼色の瞳をした御伽噺そのままの形をしたドラゴンがよく通る重厚な声を掛けた。
「ええ、その通りです。僕は、この体とこの剣であなたに挑みます」
目前のドラゴンから来る圧迫感のため黒の防護服で覆われた背中に冷や汗をかきながら、和樹は冷静な表情ではっきりと言った。
「……汝は愚かだ。蛮勇と勇気の区別がつかない」
「そうですね、僕は愚か者です。ある条件が認められれば、あなたに勝てると考えているのだから」
「……条件?それを認めれば我に勝つと汝は言うのか?」
「そうです」
「どんな条件だ」
「最初決められた決着方法は、相手を戦闘不能に追い込むか、まいったと言わせるでしたよね……そこに一つ付け加えてください。あなたに限って地面に倒れたら負けというルールを」
その言葉が、周囲に浸透するまでに時計の秒針が五回動く必要があった。
そして、次に起こったのは――大爆笑だった。 ほとんどのものが笑った、それがどれだけ無理なことかを知っているが故に。
そのほとんどのもの以外の一人であるヒューイは笑わなかったが呆れていた。ドラゴンにしても龍にしても抜群のバランス感覚を持っている。
だから、彼らが倒れるということは、命を落としたり致命傷を負ったりした時のみだ。それを知らないのならともかく、少年の表情からして知っているとしか思えない。
だから興味を持った、それだけの大言壮語を放つことが出来るような自信を少年が持っている理由に
「受けてもいいが……こちらからも条件がある。……汝の力を少し見せてくれ」
その言葉が言い終わると同時に、少年の体が緑の炎に覆われた。
その炎は見るものに巨大な樹海を思わせるものだった。全ての生命を癒しながら終わらせる、深く静かで誰も全てを見ることが出来ない底知れなさを持つ樹海。
その炎を見た瞬間大笑いしていた大観衆はその笑みを止めて驚愕した。
人の極限と言っていいほどの“神炎”を僅か十歳の少年が、自らの体を覆う薄い膜のようになるまで圧縮するだけでなく、剣や服に対してまでそれが出来るほどにまで制御するほどに使いこなしているという事実に。
次にその炎の召喚速度の速さに驚愕した。少年が、第一級の風術師を越える速度で召喚したからだ。
そしてその秘密を見抜くことが出来た僅かな者達は絶句してその目を疑い、さらに少数の千年前のある男を知る者達は、男の直系である和麻のほうを見た。
和樹が少数の精霊を自身の精神の一部と一体化させて“精霊でありながら和樹、和樹でありながら精霊”という存在にして常に自らの中―精神や魂―に容れていることを理解したからだ。
そしてそれが、自身と一体化した精霊に一体化してない精霊を呼ばせるという手順を踏むことで「人間という召喚者ではなく、(和樹の精神と一体化したことで)個我を持った仲間に呼ばれた」と一体化していない精霊に錯覚させて、圧倒的な召喚速度と密接で強固な精霊との繋がりを得ているということを意味することに。
この現象の何が凄まじいかというと、「個我を持った精霊」とは通常精霊王のことを指しているということにある。 神を騙るようなものだから洒落にならない。
だが、その分この技法の効果は圧倒的だ。
習得したものは、召喚速度の大幅な増加・精霊を召喚する場合の必要魔力及び意志の大減少・精霊との密接で強固な繋がりからくる威力の増大、という精霊術師から見たら垂涎モノのことが、精霊王を騙っているも同然ということを気にしなければ―気にするものはいないだろうが―リスクなしで得ることができる。
だが、この技法を得るためには、僅かとはいえども世界の一部である精霊を自らと一体化するための巨大な魔力と強固な自我だけではなく。
普段から“精霊でありながら和樹、和樹でありながら精霊”という数百以上もの“自分とは似ているが同じではない意志”を制御して自我を保ちながら鼻歌を歌えるような、努力してもどうにもならない産まれもっての才能が必要となってしまうため。
使用者は現在和麻と和樹の二名しかいない。 第一この技法の存在を知っている者さえ僅かだ。
その理由はこの技法を創り出した千年前のある男が、この技法のことを自らの家族に教えるどころか、人前では使おうともせずに、炎の精霊王から貰った剣にだけ詳細を教えたことにある。
その剣はめぐりめぐって炎術師として無能とされた和麻を担い手とし、男の技法を余すことなく伝えたのだ。当然、和樹は和麻に教わった。
この全てを神凪さんのお家の方が知ったら憤死するかもしれない。
和麻が知り合いのケルベロスの王などに「精霊王から半独立した存在」と賞賛を込めて呼ばれるのは、いざとなればこの技法と仙法を駆使して精霊王と召喚合戦をして、僅かな時間―それ以上は無理―とはいえ対等に渡り合うことが出来るからだ。
最も、風の精霊王は契約後に和麻が身に付けたのを考慮しているし、和麻がその力を使って世界の調和を破壊しようとしないため、苦笑するだけで済ませている。 ちなみに炎の精霊王は、この技法のため躊躇して契約する資格を持っている和樹との契約をしていない。
ヒューイは男のことは知らなかったが、少年の炎を見て正確にその秘密は理解した―というより龍・ドラゴンは全員理解している―
「……我は汝を賞賛しよう。よくぞ、そこまで才を磨いた」
「師がよかったからです。……それで、先程の返事は?」
「諾」
その端的な一言を聞いて和樹は、相手を自分の手に届くところまで連れてくることに成功したことを確信して安堵した。
昨日、頷いた自分に師はドラゴン・龍が持つ“特殊な直感能力”の話をすると部屋を出て行った。
そして考え抜いた結果「相手に現在の勝利条件で勝つのは不可能。そのため相手が納得できて自分が何とか出来そうな勝利条件を出す」という結論に至った。
それならば、師が部屋に出ていくときに言ったことに合致する。
「卑怯な手で勝っても、周りは理解してはくれるが納得はしない」
それは自分にとって盲点だったが、考えてみれば当たり前のことだった。 今回の最終目標は磐上とユーマに自分の力を認めさせることではなく。 “
エリスを預けるに相応しい相手”ということを証明することにあり、その証明は磐上・ユーマだけではなく、幻想種全体にしなければならないのだ。
なぜなら、エリスが龍・ドラゴンの合いの子であり、両王の孫という難しい立場にいるのだから……
和樹が勘違いしても無理はない。
磐上とユーマがわざと和樹が勘違いするように、罠を使っても認めるという万人が納得する噂を流したりして仕向けたのだから。
最も悪意からの行為ではなく、和樹に対する見極めが二割に、他の幻想種と同じく罠に対する期待八割から行ったのだ……実にはた迷惑な爺どもである。
そんな事は知らない大観衆は、その返答を聞いて高い戦闘能力を持っていることが判明した人間が正々堂々とドラゴンと闘うといった潔さに対する大歓声をあげた。
その歓声に消されそうになりながらも開始の合図がその場に響き渡ると同時に――
式森和樹は、右手の一刀を空中に投げると炎を纏わせて流星のように相手に向かわせると同時に、身に纏った炎をジェット噴射のようにして自らの体を地上数センチ浮かせながら時速五百キロ近い速度で斬りかかった。
その全く同時に迫る前方の空間を埋め尽くした緑の炎の突撃を、ヒューイは、その巨体に似合わない敏捷さで軽く後ろに跳ぶと
――次の瞬間空中から誰もいない空間を斬りかけている和樹の頭上に現れてオーバーヘッドキックのように蹴りつけようとし
――それを予測していたかのように神速の速度で駆け抜けた和樹から、先程和樹が剣に宿らせた炎が変化した中位妖魔さえ一瞬で焼滅させるプラズマ弾八発を、八方から同時に叩き込まれた。
それが、開始直後まばたき二,三回に満たない時間の中で行われたことだった。
一度当てたら相手が魔術等で弾かない限り相手の体を燃やし続ける自分の炎が、ドラゴンを覆っているのを完全に目視できる場所でどよめきを聞きながら、和樹はこの人間の限界を超えた動きが、このレベルまで自分を強化した仙法の限界時間の約七分か、同じく強化に使っている魔力が尽きるまでだと考え。
先程の奇襲に近い攻撃を受けたドラゴンの敏捷さが肉食動物なんてかわいいものではないことと、さっきの一撃は皮には届いたものダメージを全く与えてないことにため息をつきたくなったが
一キロ近く離れたこの場所に0,三秒後ドラゴンの爪が来ることを精霊眼で付加された予知能力で“視た”ので、瞬時に仙法と炎で自身を先程のレベルに持っていった。
観衆は全員、飲食もせず歓声もあげずにこの闘いに魅入っていた。
彼らは、今回の闘いは少年が攻撃したり罠を使ったりしてもドラゴンも龍も微動だにせず余裕で笑ってそれらを適当にあしらうというものを予想していたのだ。
だから彼らが見に来た理由は、普段戦う光景が見られない自分たちが崇める守護者の強さを再確認したい―動く仏像があるから見たいと言う仏教徒と変わらない心境―が大半で。
それ以外には、人間という基本的に嫌われている者達の無様な姿を見て笑うといった悪意のある笑いと、戦争が回避できたのだから罠の奇抜さで楽しく笑いたいというコメディーを見るのと大差の無い笑い声をあげるという理由しかなかった。 それが、人間の出来る限界―和麻みたいな例外ではないのだから―だと思っていたのだ。
だから、現在目前で行われている。半分以上の者が、何が起こっているのかわからないため、わかる者たちとリンクして観る必要があるほどの超高速戦闘で人間が渡り合っている光景など夢想だにしていなかった。
だが、現実にそれは起こっている。
最強の幻想種の一撃を全て人間が最小限としか思えない動きで避けながら、ドラゴンに斬りつけたり炎を叩き込んだりして、ドラゴンに対して押しているようにさえ見えるのだ。
彼らの予想は完全に外れた。
だが、観衆は自分達の予想が外れたことを残念がらなかった。 彼らは確かに仏像やコメディーを見る心境でここに来た。だが、血わき肉踊る殺し合いに近い闘いを見てそんな考えは地の彼方まで押しやられた。
今彼らに「今の心境は?」と聞いたらこう返ってくるだろう
「これほど興奮する闘いを見せられたら、そんな考えなど比べるまでも無い!今はただ、この闘いを見させろ!!」
観衆の大部分が、自分がドラゴンを押していると見ていることを知ったら、和樹は言い返しただろう――この猛撃を避けながらでは無理だが……
“最小限の動きで避けているように”見えるかもしれないが、事実は“最小の動きしかさせてもらえないんだ”――と
仙法での強化はともかく炎の強化の分までフォローしていないので、軋みをあげる筋肉と骨に構わず。
和樹は予知した上段からの―向うからの攻撃はほとんど上段だが―右爪の振り下ろしを左に避けながら右翼上方の裏側に最初のプラズマ弾と同じ大きさだが、破壊力は十倍近いプラズマ弾を三発叩き込むことで相手の体勢を崩して一度下がり立て直す時間を稼ごうとしたが――
爪で引き裂いたところの空間がまたも断絶され、その空間を世界が修正するときに起こる衝撃波―アフリカ象が吹き飛びかねない―を燃やしながら、あれだけの炎を叩き込んでも体勢を崩さないヒューイの左膝を―ほぼ同時に来る左爪を予知したので
――踏み込んでヒューイに至近距離からの爆発を与えることで“自分を後ろに飛ばして避け”、同時に体を半周してきた尻尾を避けながら、眼球を高速でめぐらせて視界内に限定された予知を働かせて
――尻尾を未だ自分の目前に置きながら、自らの斜め後ろの死角に悪夢のような敏捷さで回り込もうとしているのが“視えた”。
(桁外れなんてものじゃない。比較することが出来ないくらいに、存在している場所が違う!)
最初見たとき“全ての異能の力を見抜く眼”である精霊眼が全く反応しなかったので眼に異常が起こったのかと思ったが、付加能力である予知能力がちゃんと働いているためそれはありえないし、ここまで続けられたら認めるしかない。
ヒューイだけかドラゴン全体なのかは知らない―事実はドラゴン・龍全員―が、向うは魔術などの異能の力を使わずに、自然に爪を振っただけで空間断絶が出来るということを――認めたくなかったけど……
(先生が朧を振ることで、出来ることを生まれつきなんて――)
斜め後ろからの正拳突きを、体を捻るようにして避けながら、和樹は和麻の言った「どうやっても届かない相手がいる」という言葉の意味を理解した。 百三十センチ・三十キロの自分に対し、六メートル・数トンの巨体が、一つ一つの行動の敏捷さが圧倒的に上なのだ。
しかもその相手は、一度岩陰に隠れようとした和樹に対して、空手の裏当てで岩を破壊せず和樹のみ破壊できるような技量―達人でも実戦で実行出来る者は少ない―を“生まれつき”持っている。
そんな相手に対し真正面から闘っている和樹を愚かということはできない。 この正面きって短期決戦で闘って相手を倒すという方法が、この時の状況において和樹が取れる最高で最良の戦法なのだから……
だから、“巨体に対しては接近して動き回ったほうが戦いやすい”という蟻が象を倒すことから伺える常識に従って接近戦を挑んだのだ。
しかし、結果としてみれば相手より動くべき和樹が、ほとんど身動きが取れず必死で防戦しているものでしかない。その理由は唯一つ、相手が蟻より象のほうが足の動作が早いといったような常識を放り捨てた桁外れだったからだ。
しかも、その常識外れは防御力のほうにもはっきりと出ている。
それは一度も相手の攻撃を防いだり弾いたりせずに、相手の無防備な皮膚のみ斬りつけている魔剣―原作で和麻に会う前の綾乃が持っていた戦闘起動中の炎雷覇並みの強度と切れ味と破邪の力を和樹の炎によって得ている―にひびが入っていることがよく表している。
(予知能力がかったら、最初のオーバーヘッドキックで殺されていた)
実は、和樹は殺し合いをするつもりは最初から無かった。
しかし今、周りにそうとられているのは、向うの攻撃が常に自分を十回殺してお釣りがくるようなものだということと、何故か向うが殺る気満々だからだ。
そのため、必死になって対応しているうちに自然と殺し合いのときのような精神状態にならざるを得なかったのだ。
その追い詰められて崖から片足を踏み外そうとしている和樹が、理解していることがもう一つある。
(目の前にいるドラゴンは、一度も魔術を使っていない)
事実だった。ヒューイは、体を覆う魔力の量こそ戦闘状態にしているが、一度も魔術も有名なドラゴンブレスも使わずに、限界まで能力を底上げして魔術を使う自分を肉体のみで相手をしているのだ。
もし向うが、空間断絶能力の異端さに驚愕している時、いや驚きは冷めたものの衝撃は未だ続いている今からでも魔術を使うようになれば……
(せんせいの嘘つきー!!いつも言っている「敵対する相手の能力は高めに見積もれ」っていうのはどこいったんですかーー!!言った内容より桁外れじゃないですかーーー!!!)
絶望的な心境になって発狂してもおかしくない状況だが、和樹は(泣き言は言っても)全く絶望していなかった。
その理由は、大きく分けて二つある。
アルマゲストに捕まっていた時は今より遥かに状況として最悪だったし、自分にはあの時無かった力がある。 その力は大したダメージでもないしすぐに回復するとはいえ一応最強の生物に効いているという自負―ほんのちょっぴり―が一つ。
そして、もう一つ「ヒューイはなぜ魔術を使わないのか?」という、確かめていないため過大な希望は抱けないが、もしかしたら何らかの糸口になるかもしれない疑問だった。
式森和樹という少年は、若干十歳という幼さだが“状況を冷静に判断し、余分な絶望も生半可な希望も抱かずに行動できる”という殺し合いにおいて生き残るための鉄則のうちの一つをすでに身に付けていた。
お茶のお代わりを頼もうとした和麻だが、注文する相手が全員この試合に魅入られているので諦め、こんなこともあろうかと用意していた魔法瓶からお茶を注ぎ足し
「和樹の奴、今俺に対して文句言わなかったか」
現在死地に居て大ピンチの自分の弟子の心の叫びが聞こえたような気がして、眼は試合に向けたまま朧に話しかけた。
『……お前は、子供の隠し事を謎の直感で見抜く母親か……』
今までの経験から考え、今回も当たっていると思える和麻の勘を朧は一言で表した。
「やっぱ、空間断絶のことだと思うか?」
『ああ、そうだろうな。しかしそれは……』
「お前らも、知らないからな」
一分ほど話し合った結果。和樹の文句の内容が空間断絶を含む、ドラゴンの力だというだと検討をつけた和麻たちにユーマが試合から眼を逸らさずに言った。
「悪い。邪魔したか」
「いや、私もちょうどお前に話を聞きたいと思っていたところだ……何者だ、あの少年?」
「俺の弟子だ。――あの時、ここまではすぐに至るとわかったから、弟子にすることが出来た……弟子だ」
「あの時」や「弟子にした」ではなく「弟子に出来た」という言葉に気を取られはしたが、それ以上に言葉にこめられた感情に気を取られた。 試合を見ながら横目で和麻の表情を確認したユーマは、良い意味で自分の宝物を誇らしげに語っているような、最初に会ったときの和麻からは想像するのが難しい表情を見て、驚いた。
「そうか……いや、お前の弟子だということは判っている。私が聞きたいのはあそこまで、ヒューイと闘える理由を聞きたいのだが」
和麻の珍しい表情に驚き、当初の質問を忘れて引き下がりそうになったが、この疑問は自分の初孫―もあるが半分は純粋な好奇心―のためにするべき質問だった。
「お前ならわかるだろ」
その笑いを含んだ言葉を聞き、和樹が卑怯な手段を使わず己の力のみで、人がドラゴンと渡り合うという奇跡を行っていることに確信を抱き、和樹のことを認めた。
「しかし、どうしてヒューイはあそこまで殺る気なんだ?お遊びのつもりじゃなかったのか?」
昨日、くだらない遊びを嫌々やらされることになったと全身で表していた奴と、同一人物とは思えない。
生き生きとして至福の絶頂を噛み締めているとしか思えない表情で、ほぼ同時に七の爪撃を叩き込もうとしているヒューイを指差しながら和麻は聞いた。
「それはだな――」
「周りの龍とドラゴンを見たほうが、早くその疑問の答えが出るぞ」
聞かれるだろうと思っていた質問に対して答えようとするユーマの言葉を、磐上が遮った。
ユーマが涼しい顔をした磐上に対して噛み付きそうな視線を送っているのを無視して、和麻は視線をめぐらせ。
羨望と嫉妬の視線をヒューイに送るドラゴンと、代われという視線を、三日間何も食べなかった時目前にご馳走を置かれて「ちょっと待て」と言われた時のような顔のパオに送る龍を見た。
「……和樹は敵じゃないぞ」
「だが、我々と闘うことが出来る相手だ」
「そうか。……まいったな」
「愚かな理由だと思うだろうな」
「……戦いの理由は馬鹿げたものばっかりだ。後で気づくかその時気付くかの違いがあるだけの(それでも戦わないときはいくらでもあるが、今回は違うな)……まあ、これも修行だな」
「修行!?弟子を殺す気か!?」
「死んでねーよ――今のところ」
その言葉の恐るべき意味を把握した磐上とユーマは、和樹が三年でここまで強くなった理由の一端を見た気がした。
「いつもこれを」
『大抵は』
磐上が朧に聞くと、想像通りの答えが返ってきた。 沈黙する二人は――闘いを見ることに没頭することにした。
そしてその頃和麻は最悪に近い状況に和樹が追い込まれ、その上相手が殺す気で魔術を使えば―使わないとは思えない―最悪の事も起こりうる現状から、内心である決意をしてした。
(目的―王に認めさせる―は果たした、やばくなったら止めるべきだ)
その結果、幻想種達を不満にさせ、これから色々と面倒なことになるかもしれない。が、和麻にとってそんな物と和樹の命を比較すること事体耐えられないことだった。
そのためにはエリスを犠牲にしても全く痛痒は感じない。和麻がエリスに対する解決策を提示したりしてエリスに親切だった理由は「和樹が拾ってきた」というものなのだから……
そんな考えをしていることに気付かずに和麻に対しエリスは舌足らずな声で、和樹に対する心配の声を出した。
その声を聞き和麻は「大丈夫だ」と答えて、自分と同じく和樹を心配している少女の頭を和樹に対してするように撫でた。出来るならこの少女を犠牲にしたくは無いと思いながら……
ヒューイは、戦える相手と巡り会えた喜びに絶叫しそうだった。
ドラゴン・龍は、戦いに存在意義を持つ唯一の生物だ。故に、彼らは戦いに特化した能力を持って生まれて来る。
その彼らの仕事は超越種と呼ばれる存在と戦うことだ。だが、超越種と戦うのは数百年に一度あるかないかの少数であり。そして戦うときでさえ、超越種と戦う者は常に王だった。
その間、王以外のほとんどの者は何もしない―というより、戦いの事さえ事前に教えられない―。 だから、彼らは暇で何もすることがなく不満をためていた。
その現状を見たある龍王が、自分たちに庇護を求めて集まってきた幻想種達の王に自分たちがなることによって、彼らの揉め事の仲介という新しい仕事を彼らは得ることができた。
彼らは、そこで仲介するために戦えるのだと考え、期待を胸にその仕事を行った。
だが、現実は違った。争っていた幻想種達は、彼らが現れた瞬間ひれ伏し争いを止めた。だから、彼らの中には生涯一度も戦わないで死ぬ者も珍しくなかった。 そしてそのことは、戦闘本能が圧倒的に高い彼らにとって、唯一の恐怖だった。
この爪は!この牙は!一体何のためにある!! 敵を切り裂くために有る筈だ!飾り物ではない! 戦いたい!一度だけでいい!敵が欲しい――
だが、敵などいない。彼らと渡り合える者達も戦おうとしない。彼らは生まれながら最強だから……
そして、どれほど敵が欲しくとも、その強固な意志と責任感によって、争いを引き起こしたり超越種に戦い―周囲に絶大な被害を与える―を挑んだりしない、生まれながらの生物の王だから……
何を食べても、異性を抱いても彼らが生まれながら持つ特有のもう一つの胃袋は決して満たされなかった。 それは、闘争でしか満たされない胃袋。
(ハ、ハハハハ。また、避けるか)
突きからフェイントを混ぜ掴みに続けた。直線から捻りへと移り最後に握りつぶさんとする攻撃。
それを和樹は避けながら左腕の肉が薄い部分に斬撃。これで、四十七。炎か斬撃かの違いがあれど、弱点である部分を見極めて以来全く同じところにこの少年は攻撃を加える。 たも、痛みが走る。千年以上もの間感じたことがない痛みが
(これだ――我が焦がれていたものは……この痛み、この肌触りがある闘いを!)
すぐに消え始める痛みと炎に恋人に去られたような感傷を覚える。 なぜならその痛みがある限り、この宴が続いている確たる証拠になるのだから
(詫びねばならんな。昨日お祭り騒ぎだと蔑み、八神和麻が相手ではないことに落胆したことを)
そして、その時自分に対して「もしかしたら、やるかもしれん。何事にも例外がある」と慰めてくれた友人に「例外などほとんど無いから例外と言うんだ」と言った自分の不明を。
(このような例外なら大歓迎だ!)
次々とその爪をふるう。今までふるう相手の居なかった爪を――
和樹が疑問に思った「なぜ魔術を使わないのか」の答えは、和樹の使えないのではという期待とは違い、夢中になって忘れているだけだったりする。
その渾身の一撃を全て和樹は避ける。
(後天的な視界限定の予知能力だ。全くとんでもない小僧だ。精霊という世界の一部と同化することで、原初の法則の一端を見るとはな)
そして、その技は和麻から伝えられたということも判っている。
だが教えられたにしても、そんな桁外れを僅か三年で和麻のデットコピーにならずに。
この高速戦闘において予知範囲外からの攻撃すらも避けられる程完全に自らのモノとした少年は、彼らをして化け物と呼ばせるに足るものだった。
賞賛の想いを込めながら、さらに苛烈な攻撃を。
最初のときヒューイが自分より敏捷だと判明して以来、一度も地面から離さない“自分より相手が倍以上大型なのに身のこなしが敏捷な場合、地に足を着けて戦う”という鉄則を厳密に和樹は守っていた。
和樹は、人類トップクラスの魔術の才能に比べ、体術に対する才能は中の中もしくは中の上でしかない。
だから、基礎を疎かにせずに無駄に派手な戦いはしなかった。 僅か十歳でこれほどの才を持ちながら溺れずにそこに至ったことに対してもヒューイは、敬意を抱かずにはいられず
「素晴らしい。汝は―――」
賞賛の言葉を出そうと動きを止めたところで、瞬時に数百メートルの距離を開けて建て直しを始めた和樹に百近いプラズマ弾を、さっきまで和樹が攻撃を続けた左腕と右足に重点的に叩き込まれた。
「和麻の弟子だな、抜け目ないところがそっくりだ」
「うむ、エルフの里で和麻が暴れたときのことを思い出す」
「それよりも、殺し合いの最中に棒立ちになった一族を恥じれよ」
またも炎に包まれたヒューイを見ながら磐上・ユーマ・和麻はコメントをした。
「所でお前の弟子は、何をしているんだ。追撃の好機ではないか?」
精霊眼と脳以外の体の機能を最低限にして体力と魔力を回復させる“練気”を行う和樹を見て磐上が聞いた
「お前らと一緒にするな。人間は、ああやって少しでも回復しないとすぐへばる」
「……そういえばそうだな。忘れていたが……いかん!」
白色の破壊の光が炎の中から飛び出し、和樹の後方に位置していた観客席に飛び込もうとしたのを両王が止めた。
回復に勤しむ和樹の精霊眼にこの戦いで始めて、異能の力の反応が“防御不可能、回避可能”と出た。
「……ドラゴンブレス。……破壊の力」
“全てを破壊する”白色破壊光線を回避したものの、その光線で破壊された空間の修復で起こる衝撃と、破壊された空気の分を周囲が補おうとするときに起こる吸引力で、崩れようとする体勢を炎で整えながら、和樹は「相手は魔術を使えないかもしれない」という疑問の答えには冷静でいられた。
だが、一度も視線を逸らさないしこちらも逸らさない目前のドラゴンの伝説のドラゴンブレスには、冷静ではいられなかった。
ドラゴンはその口から、炎も吐く冷気も吐く風も吐くが、それはドラゴンブレスとは呼ばれない。
唯一ドラゴンブレスと呼ばれるのは、この物質だけではなく、空間・重力・魂・精神・情報・音など存在するもの全てを破壊する、白い光のみ。
「汝の言いたいことはよく解った。言葉など不要。力でのみ語り合うということだな。幸い王が居られる今、周囲に対する気遣い等も無用だ」
戦慄して「一日あればそれだけで星一つ破壊できる」という言葉を思い出す和樹に、勘違いしている言葉が放たれた。
「あの、言葉っていうのは重要だと思いますよ。戦いじゃ、何も解決できないんですから、なおのこと」
和麻から念話で《ギブアップしたらどうだ》と言われ《勝ちたい理由があるからまだやります》と答え。朧に反対されながら、和樹は至福の絶頂にいらっしゃる相手を落ち着かせようとした。
「それに、僕なんて子供に本気になるのは、大人気ないと――」
和麻と朧が不承不承頷くのを念話で確認しながら、和樹は体力回復の時間稼ぎをした。
――が、相手は途中で大笑いをして、「年齢など関係ない、汝は強い、それだけが事実だ」と言い。 またもドラゴンブレスを放った。
その一撃を避けた次の瞬間目を疑った
(嘘……じゃない)
小島など消滅させかねない一撃を、ヒューイは魔力を溜める動作も無く連続で放った。
これも何とか避けた。しかし、その光が通り過ぎたときにはすでに次の一撃がきていた
(まずい……これは、避けられない!)
周囲はドラゴンブレスの影響で、空間など全部目茶苦茶。 どうあがいても避けられないし、自分では防ぐことも出来ない一撃だった。
「切り札一枚使ったか」
周囲のドラゴン・龍の「空間転移!?炎術師が!?」「あの目茶苦茶になった空間を!!」「炎で道を造った?……奴は人間か!!」「なぜ私はあそこに居ない!!」「パオ代われ!!」驚愕・絶賛・失意・羨望の叫びを聞きながら、和麻はそう呟いた。
『熱を利用した空間転移――いや熱間転移か。使わなければ死んでいたな』
「別に責めてない。使い時のよさを褒めたいくらいだ……その後、すぐに攻撃に転じず間合いをあけたこともな」
『攻撃していたら、今頃死んでいただろうな』
「ああ、俺でもあの時はそうする」
目前で、ヒューイが起こした魔術の嵐を見ながら和麻と朧は語り合った。
後ろから迫る風の刃を周囲の熱で感知してできる限り避けながら、視界に捕らえているヒューイから転移した直後に放たれた蛇のように動く水流と打ち合わせて消滅させようとした。
が、同じ術者から放たれた、相反する属性の魔術は、消滅せずに合体した。
(複数の属性の魔術を同時に使えて、相反する属性なのに合わせられるなんて技量――生まれつき持たないでよ!!)
内心で文句を言いながら、和樹は防御だけしか出来ず、攻撃に移る余力のない現状をひっくり返す手を、炎で合体した蛇を逃げられない距離に来たので全て焼き尽くしながら考えて――ヒューイがドラゴンブレスをまた放とうとする光景で一つ考え付いた。
(ここまでか……)
目前の和樹に熱間移動―細かいことは解らないが、特別な空間転移だと周囲は理解している―どころか空間転移する精霊すら残ってなく。今から、集めても間に合わないことを理解したヒューイは、冬の早朝の布団を無くしたような気持になっていた。
(この一時は楽しかった。炎において汝は我を上回っていたぞ。)
先程まで、風と水と土は使っても炎を使わなかったヒューイは、せめて自分の瞳でその最後を確認しようとした。……すっかり、この闘いが遊び半分だということを忘れて……
そのヒューイの耳に和樹の妙な発音をした声が聞こえた。
「ユラギ」
その言葉を呟くと同時に和樹の体が突然分裂して、ドラゴンブレスを避けた。
「質量と熱を持った残像だと!馬鹿な!これだけの大技を使えるだけの精霊をあの状況で集められるはずが――」
同時に現れて自らの周囲をお互い等間隔の距離で置かれた十八の残像―いや分身―にヒューイは驚愕の叫びをあげた。
「そうか、先程の呪文!あれは、汝と一体化した精霊に対する暗号か!」
だが、すぐに和樹が自分と一体化した精霊の一つに、一体化したときあらかじめ暗号を入力することによって、あの一言だけに反応するようにしたことを理解した。
そうすることで、技を発動するとき足りない精霊をその暗号を入力した精霊が核になることで瞬時に集めることが出来たことも……
「……たいした人間だよ。本当にたいした人間だ。周囲の空気の熱を調節して温度と映像を隠すだけではなく匂いまでも燃やすことで、炎術師でありながら完全な隠形を行ったことも含めて……」
周囲の分身は全て贋物だということをヒューイは理解していた。だが、和樹の狙いと、今どこに居るかは理解していなかった。
言葉が終わった数秒後周りの分身に雷撃を撃ち込もうとしたヒューイは、雷撃を撃つと同時に、和樹に集中して攻撃された右足の膝上のある場所に、翼の後ろから突如現れた和樹に魔剣を突き立てられた。
「集え!」
魔剣を突き立てられると同時に驚愕もせず、尻尾と大量の音速超える速度の岩石で攻撃したヒューイの耳に、尻尾を避け岩石を燃やしながら急速に離れる和樹の声が聞こえた。
その瞬間、分身としてヒューイの周囲にあった物は、炎の激流となって魔剣に集い。
限界を超えた魔力を込められた魔剣をヒューイの体の中に向かって爆発させた。
ドラゴンの膝から噴出す赤い鮮血を眼にした観客からおこるどよめきを聞きながら、和樹はあれでも倒れなかったことに呆れ半分畏れ半分の気持を抱いた。
(膝を確実に粉砕したはずなのに……倒れないのか)
今の一撃は、自分の持っている技の中で破壊力において上位に入るものだった。 特に体に与える衝撃は尋常のものではない。
なのに、ヒューイは片足で、同時に叩き込んだ火球の爆発すらも耐え切った。 そして、その傷はもう癒え始めている。
だが、今はチャンスだった。相手の片足は未だ動かない絶好のチャンスだった。
(魔力があればの話だけど)
暗号で精霊を瞬時に集めるという方法は便利だが、必要魔力が普通に集めたときの十倍近い。
だから今は“練気”を行い少しでも魔力を回復させなければならない。
まだ、ヒューイに勝つ術は必要な魔力があれば残っているのだから……
その考えを読んでいたようにヒューイは未だ膝が完治していないのに、和樹を中心とした半径一キロ深さ三百メートル分の地面の土を一瞬で周りに移動させる大魔術を何の動作も無く瞬時に発動した。
その魔術の内容が精霊眼に視えた時“練気”を行っていた和樹に出来たのは、残り少ない魔力と仙法を使って飛ぶだけだった。
(しまった!飛んじゃった!)
周囲に突如として現れた地下三百メートル・半径一キロ・周囲の高さ三百メートルのクレーター上空を時速五百キロでジェット機の要領で飛びながら、急停止・直線からの直角の方向転換など、ジェット機では出来ないことを魔術で物理常識を無視した飛行を和樹は行った。
音速に近い速度で飛んでくるヒューイを予知しながら避けるために……
(地面に戻らないと……空中戦じゃ殺される)
そう考えながらも相手の巧みな飛行と魔術の一撃やドラゴンブレスにより逃げるのが精一杯で、地面に戻るチャンスなど全く見つけられないまま時間だけが過ぎていく。
そして、とうとう仙法が切れて残り魔力も飛行が続けられる量ではなくなる時が来た。
そしてその時は丁度、ヒューイの尻尾回しを避けた直後の肘打ちが迫っているときだった。
残った魔剣を盾にして火球を爆発させることで距離を稼いだので、直撃を免れ左腕に掠る程度に済ませることが出来た。
しかし、掠っただけでもその破壊力は絶大で、左腕の感覚は無くなり。
その体は、地面に向けて亜音速の速度で突っ込んでいった。
(さいごの……まりょく……)
高度三千メートルからの亜音速落下の影響で、意識が朦朧としながらも和樹は残った魔力で炎を召喚して地面に向けて発射して速度を落とすことに成功した。が――
「あ……が……」
落下の衝撃こそ消せたが、ヒューイの一撃のダメージは深刻だった。
直撃した左腕は完全に砕け原型を留めず、砕けた骨が飛び出して血が吹き出している。
そしてその衝撃を次に強く与えられたため折れた左肋骨によって左肺が圧迫され呼吸困難の状態にあった。
そんな、半死状態の和樹の耳に誰かが言ったのか
「なんで、闘ったんだ。こうなることは解っているのに――」
(なんでって……)
そう考えながら、貴賓席から落ちそうな体勢で自分のほうを涙ながらに見ている小さな銀の娘を見た。
「いやだったんだ……はりつけたように……わらうのをみるのが……」
聞き取りにくい声で和樹は呟き始めた
「ただ……仲の悪い……王の孫にうまれただけなのに……周りから何処かに閉じ込められて、お父さんにもお母さんにも会えなくなっちゃった……閉じ込められた所じゃまわりのみんなが、エリスが話しかけても無視する……だから、あのこはまだ二つなのに周りに怯えてばっかりで、いやな顔で笑う」
最初会ったとき自分に怯えて震えながら、エリスは貼り付けたような笑顔をしてきた。 笑っているから構って欲しいというような悲しい笑顔を……
「あの子のおじいさんに会ったときもそうだった……あんなにあの子のことを愛している二人相手でも……あの子は僕とせんせいのときのように可愛い顔で笑ってくれない……笑わないとじぶんをまた無視するっていうようにしか笑わない……そんな時先生が、教えてくれたんだ……あの子が偶にしか会えなくても、家族と笑うことが出来る方法……」
ゆっくりと右腕を使って体の上半身を浮かせる
「それを聞いたあと、僕はやくそくしたんだ……あした、僕が勝ったらあの笑顔は二度としないことを……まわりの幻想種たちを怖がらずに胸を張って笑うことを……だから、闘って……勝ちたい」
泣き止んで怖がらずに笑って欲しい。
それが、和樹の闘う理由だった。
「あいつは……」
それ以上は言葉にならず和麻はため息をついた。
先程の言葉は、龍・ドラゴンだけでなく。この会場中の聴覚の強い幻想種とリンクした幻想種達に聞こえ、会場にいない映像を見ている者達にも聞こえた。彼らが一つ残さず聞こうとして昨日準備していたからだ。
故に先程の一言は、ある者には感動をあるものには嘲笑をあるものには恐慌という違いはあれど。式森和樹という少年を、人間が嫌いな幻想種たちにも「幻想種の子供を心配する変わった人間」と強く印象付けた。
だが――
「朧、戦闘準備」
『そうするか』
「ああ、大言壮語を吐くのはいいが、現実はヤバイ。今ので上で飛んでるお方はすっかりやる気だ」
『魔力が尽きた和樹に対して手加減などしないか――了解した主。あなたに我が全てを委ねる』
「ああ、やっかいな王様は――」
少し離れた場所で感涙にむせんでいる孫馬鹿を一目見て、大丈夫だと判断した。 ついでに、隣でこれも感涙にむせんでいる親御さんに抱きしめられている少女は――ついでに連れて行こうと決意した、何処か甘い現実家の和麻だった。
「じゃ、行くか」
『了解――ちょっと待て、和麻――』
「……あのガキ――本当に、可愛くない弟子だこと……がんばれ」
上げた腰を下ろしながら和麻は笑いながら、天まで届く火柱をあげ始めた愛弟子を応援した。
(どうしよう……魔力は尽きてるし仙法も尽きてる)
立ち上がりはしたが、最悪に近い現状は好転していないことを和樹はよく解っていた。 途方にくれて、地面にこびりついた自分の血を見た和樹の脳裏にふとある光景が浮かんだ。
泣いている女の子……悲しい笑顔を浮かべる女の子……勝てばその笑顔をしないと約束した女の子
泣いている女の子……顔も名前も覚えていない女の子……“魔法”を使って泣き止んでくれた女の子
(“魔法”……お父さんが死んでから使わなかったもの……僕の記憶を無くしたもの……先生に弟子入りしてから考えたことも無かったけど……)
地面についた血が語りかけているように感じた。
『魔力が尽きた……本当にそう考えているのか?……この血に宿っている魔力が本当に尽きたと……魔法を思い浮かべろ……お前の中にはまだ残っている』
意識を集中して、精神の奥に潜る。魔力は一本の川の流れのようなもの……その流れに無ければ魔力は尽きている。
(無いじゃないか)
自分の血に対して文句を言う。
『魔法を使おうとしてないだろ、魔法は体内の流れを揺らせて氾濫させるんだ。魔術みたいに流れから汲み取ろうとはしない……そうだ、そうやって流れを揺らせろ』
ガン、ガン、ガン、ガン
その音は内にのみ響く音。流れを揺るがせる音。流れの真ん中あたりの壁を崩し、川の支流のように別れていたのに今まで隠れていた小さな流れを出す音。
瞬間、尽きていた流れに魔力が戻る。
『ハ、ハハハおめでとう。それじゃあ、早速――って魔法を使わないつもりか!?』
(魔法じゃ、あいつを地面に倒すことが出来ないから、ありがとう教えてくれて、これなら出来そうだ)
魔力で精霊を呼ぶ、それは急速に和樹の傷を癒す炎となり、火柱となった。
『ちぇ、しょうがないな。あばよ』
その火柱で、血が消えると共に声も消える。 その声に「ありがとう」と呟いて、和樹は火柱を消して空を悠然と構えている王者を見た。
火柱が見えた瞬間、ヒューイは先程までの空中から襲うという考えを捨てた。
(死力を尽くして、我と闘おうとするものにあまりにも無礼だ)
ゆっくりと地上に降り立って、最初のときのように全身に炎を滾らせた少年を見る。 間違いなく現在人類において上位百名を幻想種に選ばせたとき、その名が記されているであろう少年を。
「では、我の渇きを癒してくれ」
その言葉をヒューイが発すると同時に、和樹はその両手をヒューイに向け精霊を集め始めた。今までの数倍、否十数倍の精霊を。その炎は、太陽の中心点の部分をそのまま持ってきたかのような熱とエネルギーに満ちていた。
そして、その己の魔力の残りほとんどを込めた大火球を和樹はヒューイに向けて打ち出した。
(遅い!)
その火球は直撃すれば、ヒューイが防御しても倒すだけの威力は充分にあった。 そして、その火球の速度は第一級の炎術師の速度ではあった。だが、先程までの和樹の炎である第一級の風術師を遥かに凌駕するものと比べれば、あまりにも遅すぎた。 故に、たやすくヒューイは避け和樹に向けドラゴンブレスを放とうとした瞬間。
至近距離にあった“大火球に”和樹は残された魔力を使って転移し、“自分の炎を作り変え”音速の数倍以上の速度でヒューイに向けて突っ込んだ。
この技こそ「相手に確実に命中して、最低でも戦闘不能の重傷を与えるのが必殺技」と教えられた式森和樹の必殺技である。
この炎は、絶大な破壊力だけではなく。数百万度の熱と絶対零度の熱が十万分の一秒で移り変わるため、どれほど強固な防御力や結界を誇る相手でも貫通されてしまう貫通力を誇っている。
加えて、自分の身近でゆっくりとした速度のために余裕で避けたはずの炎が瞬時に超高速と貫通力を併せ持つ必殺技に変わるのである。
精神的にも肉体的にも余裕が無く避けられない。
その回避不能の技を叩き込まれた、未だに頭でも皮膚感覚でも全く気付いていないヒューイの反応も凄まじかった。
その尻尾と左腕と左足に他の全身の魔力を掻き集めることで、その三つが千切れ飛びながらも三つに間に合わなかった魔力を集めた腹で和樹の肉体を止めたのである。 そして、和樹が止まるのを見越していたように、その右爪が和樹の肉体を自らの腹ごと引き裂こうとしたのだ。
この反応こそ、龍・ドラゴン種特有の“不敗の本能”。
彼らは、外敵によって殺されそうになったとき。頭や皮膚感覚で気づいてなくともその本能によって、自らの生存と敵の抹殺の最良の方法を実行できる。
それは、もはや因果の逆転に近い。彼らは“殺されて負ける”という未来を“生き延びて勝利する”というものに変えてしまうのだ。
故に、彼らはその魔力と身体能力とこの“不敗の本能”によって“最強”という称号を持っているのだ。
だが、今回和樹はそのことを昨夜和麻から聞かされ知っていた。
そのため、技を仕掛けるときに“相手に止められそれ以上進めない場合、大爆発を起こして相手を地面に倒す”というようにしていたのだ。
結果、この一部始終が見えなかったほとんどの観客の目前に現れたのは
癒えきらないまま技に回したため、骨が突き出て血を流す左腕を持ちながら立って顔を俯かせた和樹と
左腕の上腕部下全部と左膝下全部と尻尾の三分の二を失い地面に横たわるヒューイの姿だった。
ヒューイは地面に倒れながらも屈辱など覚えていなかった。彼の頭を占めていたのは純粋な歓喜。
(素晴らしい。この少年――いや和樹は、後どれだけこのような技を持っているのだ。二つか三つか、どれほどあるか分からん。だが――)
「我は、その全てを味わうぞ!」
絶叫して癒え始めた肉体に眼もくれず――ドラゴンブレスを和樹に向けて放ち
「何の真似だ、八神和麻」
この世界の風を全て集めたような力を宿す剣を、右手に持って和樹の目前に立った和麻にその剣で止められた。
「それは、こっちの科白だ。試合終了なのに何やってやがる。忘れたのか……お前は、倒れたら負けだ」
「なん……だと」
それは、ヒューイのみならず何時の間にか審判を含む全員が忘れていたことだった。
「そ、だからこの闘いは、こいつの勝ちだぞ」
そう言いながら和麻は、和樹の頭に手を置いた。がんばったなという意思を込めて。
「まて、待ってくれ!八神!我はまだ……」
「満足していないとでも言うつもりか」
「……その通りだ。恥ずかしい話だが、我は初めて戦える相手に会えたんだ。だから……聞いているか和樹!汝は我と――」
「聞いてねえよ……「何!?」……聞こえてないんだ。すっからかんになったからな。お前とは違って人間って奴は、力尽きるんだよ」
「そう……か」
ヒューイは、その言葉を聞き和樹が力尽きて立ったまま寝ていることにようやく気付いてうなだれた。
その言い争いを聞いた審判が、和麻に向かって「それでは引き分けではないのか」と聞いたので、和麻は笑って「石でも投げてみろ」と言って和樹から離れたので、審判が石を投げた。 すると和樹の目前でその石は燃え尽きた。
「精霊が、自ら望んで守っているというのか……王を騙っているはずの和樹を」
呆然とその光景を見て誰かが呟いた。
今のは石。炎ではないから加護する義務はない。それなのに和樹を精霊は守っている。
まるで、この少年が精霊たちにとってかけがえの無いもののように……
「和樹は、意識が無いが戦闘手段はまだある。だから、戦闘不能じゃない。でも、ヒューイは倒れた。疑問の余地があるのか」
「しかし――」
「我の負けだ」
まだ文句を言おうとする審判をヒューイの安らかな声が遮った。
どよめく周囲に構わずヒューイは和樹の傍まで行くと
「誇りに思う式森和樹。我の生涯最初で最後かもしれない闘いの相手が汝でよかった」
大歓声が巻き起こった。
そしてこの瞬間、幻想種達において式森和樹という名は「八神和麻の弟子」という和麻のおまけではなく「ドラゴンに勝利した人間」という独立した一個の個性として認識された。
第一回戦 ヒューイVS和樹 勝者:和樹
ちなみに、この闘いの賭けで最も大儲けしたのは、八千倍の配当金である和樹の勝利に大金を賭けた和麻だというのはまた別の話。
自分の文章力の無さに、国語からやり直そうかななんて思っている。いくつか省いたのに、外伝の癖に三話構成をしてしまった愚か者です。
技法の習得する資格は色々と書いたのですが、月姫風に一言で言うと“根源と繋がっている”ということになります。
ではレスを
>福庵様
孫馬鹿は、宇宙の真理のようです。
自分では、気をつけたつもりなんですが、読みにくかったらご指摘ください。
>雷樹様
ええ、勿論復讐しました。
でも、一番大ダメージを受けたのは和樹です。もはや、運命としか
>陽炎様
煉は、そろそろ一度出てきます。 和樹とは残念ながら会いませんが・・・・・・弟対決はいずれやります。
綾乃は、まあいろいろと・・・・・・
>・・・様
ご指摘ありがとうございます。
今回もよろしければ、感想をお願いします。
>カッァー様
私の駄文を、貴重な時間を割いてここまで綺麗に纏められるなんて、感激です。
私にわかるように具体的に書いていただいたことに対してもありがとうございます。
>D,様
この話は、和樹の昔話で夕菜たちに話していません。
おにいちゃんネタは、勿論報復です。
御しにくい和麻より御しやすい和樹を狙った。
>柳野雫様
後で、まぶらほ編でビデオの件で一騒動起こします。
今の和樹は、ただやられるだけでは終わりません。
>アポストロフィーエス様
威厳については大丈夫です。 彼らは、ごまかしがとてもうまいのですから。
ウルグさんは、ある意味究極のキャラですから。トランプのジョーカーみたいに
>マネシー様
描写が足りないという指摘だけでなく。
貴重なお時間を使って具体的にここまで書いていただいて、ほんとうにありがとうございます。
>紫苑様
和樹が、過去の姿に一日だけ戻ったという話なら、書く予定ですが
どうでしょうか
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