仕事先の山には徒歩で行けない事もないが、時間がかかる。
……バイク、必要かな。
その前に免許が必要か、と思う。除霊中に色々な乗り物を運転した事はあるが、全て無免許だ。
考えつつ歩く。
休日の早朝だ。いつもならば通勤ラッシュでごった返している駅前も、今日はあまり人がいない。
と、視界に見覚えのある風体が映った。
物騒な事件の多い昨今ではまず確実に職質されるマント姿の老人と、それに付き従う金髪ショートカットの女性。
「カオスとマリア?」
「む、何じゃ小僧か。久し振りじゃな」
「おはようございます・横島さん」
声をかければ挨拶が返って来た。
横島は二人に歩み寄り、会話を交える。
「そーいや久し振りだなあ。最近見なかったが、何してたんだ?」
「研究に決まってるじゃろう。最近、良い資金源を見つけたのでな」
「へー。何の研究?」
「それは企業秘密なんで言えんわ」
答えるカオスの表情は笑み。腕を天に向け、大きく叫ぶ。
「衣食住完備で採算度外視の研究し放題! これからはわしの時代じゃあ! ぬはーはっはっはっはっはっはー!!」
「Tes.、ドクター・カオス、――大声をあげると・また・職務質問されます」
「ぬ、そうじゃったな」
しまったしまった、とカオスは自分の頭を叩く。が、既に駅員が電話を手にこちらをじっと睨んでいる。
横島はマリアに軽く手を振ると、巻き込まれないうちに二人から離れた。
○
電車に揺られてついた地は、山。
木々が生い茂り、陽光は半ば遮られて薄暗い。
一見しただけではただの自然豊かな森だが、
……鳥の声がしない。
周囲に気をめぐらすが、小動物の気配もない。
「近いな」
横島は右手に“栄光の手”を生み出して警戒を強める。
鳥の声がせず、小動物の気配がないという事は、それらの脅威になる存在が居るという事だ。
そしてそれが除霊対象に違いない。
美神から聞かされた内容では、除霊対象が何なのかという事までは判明していなかった。
「悪霊……か?」
妖怪の類ならば自然に近いものであり、鳥や小動物はあまり怯えない。
だが、悪霊は違う。
悪霊の多くは人間が元であり、理性は崩壊している。枷から外れた本能が暴発し、暴れまわる。
横島は目を閉じ、静かに待った。右手は腰の辺りに構え、左手でポケットに入れた札を握る。
風が吹き木々のざわめきが聞こえる中、ただ待つ。
一分。
二分。
三分の時が無為に過ぎ、四分目にそれは来た。
「クカカカカカカカカァアアッ!!」
奇声をあげて虚空より出でるもの。
悪霊だ。
横島は目を見開き、まだ人型を残しているそれを斬った。
軌道は逆袈裟。“栄光の手”より伸びる霊波刀が、黒い影にも見える悪霊に斜めの太刀筋を刻んだ。
間髪いれず、札を叩きつける。
「グガガガガギガガガギガガガガッ!?」
断末魔の叫びを残し、悪霊が封じられる。
「逝ってらっしゃい極楽へ、っと。――ホントにあるかは知らねえけど」
呟き、悪霊を封じた札に軽い封印措置をしてリュックサックに入れる。
「仕事完了か。――これで五百万取るんだから、GSってボロい商売だよなー」
使った札は五十万。交通費を含めても余り多い黒字だ。
もう少し安くすれば良いのに、と思うこともある。だが有事の際には採算度外視して精霊石や札を使いまくってる事を考えると、仕方のないことなのかもしれないが、
……ただの見習いには、どうでもいいことか。
浮かぶ思考は自嘲。
いまだ本免許をくれない雇い主のことを思い、溜息を一つ。
「俺、そんなに頼りないかなあ……」
気落ちしつつ、帰路に着く。森の中は倒木や下草などが多く、歩きにくい。
と、
『――――』
何かが聞こえた。
……何だ?
まだ敵が居たのかという警戒心と、少しの好奇心を混ぜた感情で、横島は音の聞こえた方向へ進む。
障害の多い山の大地を踏みしめ、あるところで立ち止まる。
「……壁?」
視る。
目の前にうっすらと壁のようなものが視える。
手を出して触れようとするが、出した手指は何の抵抗も無く向こうへ抜けた。
引き抜いてみるが、変化はない。
「異相空間か何かの結界か」
かなり大規模で高度な術だと判断する。
横島はポケットに手を突っ込み、文珠を一つ取り出した。
手に持つ文珠と目の前の壁を交互に見やり、横島は逡巡。
……行ってみる、か?
何があるのかは分からない。魔族や神族の何らかの企みなのかもしれない。
考え、そして横島は文珠に“通”の文字を刻んだ。
「本当の除霊対象はこの先です、なんてのだったら困るからな。仕事はきっちりやらんと」
口から出る言葉は自分に対する言い訳にも近い。
“通”の文珠を持った横島は、概念の隔てる壁を通り抜け、違う世界へと渡った。
○
週刊ペースぐらいでまったりと進める伏兵です。
今回はカオス&マリア登場。終わクロ読んでる人なら大体の状況はわかったことでしょう。ご想像の通りです。
そしてこれは注意事項なのですが、
本作は原作の終わりのクロニクルを読んでないとわからない展開が多々あることが予定されております。
終わクロとのクロスなんですが、終わクロ勢にはあまり変化がないので、全部描写してくと原作丸写しにしかならないので。
そういうわけで、終わりのクロニクルを読んでおく事をオススメします。
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