―――私にとって、母は頼りになる存在であると同時に、あまりに高すぎる壁だった。
女手一つで私を育てて十数年。
その苦労が分からないほど子供ではないつもりなのだが、どこをどう眺めてもその”苦労”が母には一ミリも感じられなかった。
不況の最中、それでも高給取りの仕事……いわゆるGS(ゴースト・スイーパー)と呼ばれる所謂『祓い屋』のトップに立つ母には、一人娘を育てる為の金銭面の負担など―――それこそゴミのようだ。
育児に関しても、苦労はまったく感じていないと思う。
こう言ってはなんだが、母は育児と調教を勘違いしてるのではないだろうか?
……まあ、それはともかく。
子供の目から見ても母の颯爽とした姿は綺麗で、格好良く、憧れるに値していた。
数多のオカルトグッズを振るい、霊障を片っ端から解決していくその姿は正直尊敬モノだ。
母から受け継いだ霊能力に振り回される私からすれば、余計に。
『才能はあるくせにね。まったく宝の持ち腐れだわ』
確かにその通りだけど……傷心の子供に対してその言い草はどーかと思います、お母様。
しかし、どう言い繕おうと、母の言う通りなのだ。
原因は分からないのだが―――母曰く集中力と根性と努力が致命的に不足しているそうだ―――自分の意思で霊力を表に出せず、従って霊波攻撃どころか破魔札の一つも使えない。辛うじて霊視こそ出来るものの……”視”てしまう、ということは霊とチャンネルを合わせてしまう、という事。
つまりはまあ……悪霊達から見れば、私は無防備に鳴いている美味しそうな豚さんと変わりないわけで。
―――自分で言ってて、あまりの無能ぶりに恥ずかしくなってきた。
おかげで一枚一千万円もする護符を常に持ち歩く、超非経済的娘な訳だ。私は。
いつだったか、そんな無能な私が嫌で嫌で仕方なくて、母に八つ当たりしてしまった事がある。
『わたし、母さんの娘じゃないんだっ……だから、だから、こんな駄目な子で……』
……言った次の瞬間、右ストレートで5mは吹っ飛ばされた。
『自分の不出来を他人のせいにするんじゃない、この馬鹿娘!』
もうちょっと言いようがあると思います、お母様。
ちょっとでも道を逸れようものなら、文字通り引っ叩いて軌道修正してくれる母。
きっと母に出来ない事はないんじゃないだろうか―――私の無能を治すこと以外は。
で、だ。
母が原因じゃないなら、見も知らぬ父のせいではないのか、なんて思って未練がましく質問した事もあったのだけれど。
どうやら、父も非常に有能なGSだったらしい。
『戦闘能力だけで言ったらあたしを超えてたわね。霊能力もバカバカしくなるぐらい反則だったわ』
私の父さんのくせにーー! と、叫んで今度は左ストレートで家の外に叩き出されたりしたのも……若気の至りだ。
母曰く『その学習しない馬鹿な所だけは似てるわよ』との事だ。
劣性遺伝子だけは残してくれたらしい。涙が出る。
その父の事だが、知ってる事はあまりない。
何でも私が生まれてすぐ亡くなったそうなのだけれど。
母があまり話してくれないのもあるが、母の友人・知人が揃って誰も知らないのだ。
そんな強力なGSだったのなら、記録の一つも残っていてもいい様なものだが……物の見事に何も残っていなかった。
私が知っている事といえば、極稀に母が零す言葉だけが私の父がいた証拠だった。
いや―――もう一つだけあった。
母の事務所にある仕事机、その上段の引き出しに大事に仕舞われている……数個の青いビー球のような丸い玉。
たまに母が手にとって、それをぼんやり眺めているのだけれど。
前に無断で触ろうとしたら、殺されるんじゃないかってぐらいに怒られた。
『ただでさえ劣化してるのに―――』
危険な代物だから、という言い訳だったが私は母が漏らした独り言を聞き逃さなかった。
私のような拙い霊視でもはっきり見える、玉から漏れる巨大な霊力……。
しかも、そこから感じるのは母の霊力とは違うその波長。
壊れないよう、大事に扱ってるその仕草から見て、アレは父が作ったオカルトグッズなのではないかと踏んでいる。
つまり、父の―――母にとっては夫の形見。
父の事を誰も知らない事から、母の相手は世間様に言えない様な人物、もしくは相手が誰なのかも分からない……なんて陰口があるのを知っている。
だけど、きっとそんなことはない。
だって、父の形見を見る母は、どんな時にも見せないような和らいだ顔しているのだから。
さて、感動秘話、ちょっと泣ける話はここまでにしておいて。
「あったあった……これね」
私はやけにボロボロの赤い布に包まれた、青い玉を手に取った。
思ったよりも―――凄い。
触っているだけなのに、ビリビリと霊力が伝わってくる。
「かーさん、ごめんなさい。明日はちょっっっぴり自信がないので、父さんの手助け借ります」
パンパンとおざなりに手を合わせてから、ビー玉もどきを一つだけ摘んだ。
透き通るような薄い青、空色と言った方がいいかもしれない。
掴んだ手から暖かさがじんわり伝わってくるようで……なんとなく、母さんの気持ちが分かったかもしれない。
やっぱり紛失しちゃったり、中の霊力使い果たしちゃった時のために持って行くのは1個だけにしようっと。
「顔も知らない父さん、ありがとう……絶対に六道に受かって見せるから、天国からわたしを見守っててねっ!」
やはっ♪とイイ顔した父さんが空色の玉に浮かんだ(気がする)。
明日は何と言ってもあの名門、六道学院女子高等部の受験日。
あの悲しく情けなかった六道学院女子中等部の受験から早3年。
今度こそは、今度こそは落ちれない!
ぷしゅー
「ほんのちょびっとでも良いから、あの母さんより強かった父さんの有能さ、ぷりーづぎぶみーっ!!」
言っておきますが、私は成績優秀です。
だけど、全ては入学試験に霊波測定試験なんて物を組み込んでる六道が全て悪いんです。
「こ、今度合格できなかったら母さんに絶対殺されるのよーっ! いやーっ、恋人も出来ないうちに死ぬのは嫌ーーっ!」
ぷしゅー
「って、さっきから何、この音?」
まるでタイヤに穴が開いて空気が漏れるような音。
その音を辿って……手元を見ると、何やら煙を噴き出し始めているビー玉。
「……れ、霊力漏れてるーーーっ!?」
手で抑える暇すらあらず、あっという間に玉から噴き出した煙は部屋を覆い付くし―――
『この馬鹿娘ーっ! あんた、一体何を……!』
それとほぼ同時に、部屋の扉の外から母さんの怒鳴り声。
ま、ま、まずいー! 折檻どころか、コロサレルー!?
そうやって、慌てていたのがまずかったのか。
助かりたい―――というよりは、逃げたいと一心に願ってしまったのが悪かったのか。
いつの間にか、手に持った一つ以外の玉も、眩いばかりに光り出し。
「蛍ーーー!」
「うわぁぁっ、ごめんなさいごめんなさい、仕方なかったのよーっ!」
ドアを突き破った母さんの神通棍―――それに込められていた霊力が、ただでさえ気体状の霊力が蔓延している部屋に飛び込み。
一気に、爆発した。
「そ、空から姉ちゃんが降ってきたー!? こりゃあ恵まれない俺に神様からのプレゼント! ありがと神様仏様小竜姫様ー!」
「……はへ?」
続くかもしれない
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