日常のどこにでも非常識な出来事は転がってる。ただそれに気づかないだけだ。と言ったのは誰だったか?
普段と変わらない通勤通学風景の中でその少女は異彩を放っていた。そりゃあ、通学路の真ん中を下り坂をものともせず爆走するピンク色のママチャリと、涙目になりながらも必死にそれをこぐ学校ジャージ姿の少女を見れば通行人も驚くというものだろう。
ましてや少女が全速で向かう先は直角コーナーになっていたりする。
すれ違う人々は一様に振り返るしかなかった。その目には驚愕以外にも悲劇や喜劇の観客のような色もうかがえたが…
「へぁ〜」
と速度の割には気の抜けた掛け声を上げながら少女はスピードを落とすことなくコーナーに突入、それと同時に車体をバンクさせ後輪をスライドさせる。
「奥義〜!四輪ドリフト〜!」
だが二輪車での四輪ドリフトはまあなんというか…国語的にも物理的にも無理だった…。案の定、側面からの加重を受け止め切れなかったママチャリはそのままスライドし、歩道の縁石の下端にその前輪をぶつけるとそこを支点とし、少女を古代の投石器並みに理想的な角度で投擲するという離れ業をみせながらクルリと回転した。
死ぬ。あれは死ぬ。確実に死ぬ。と通行人の誰もが声も無く見つめる中、物理の教科書にあるような美しい放物線を描きつつ飛行する少女の着弾予想地点には、やや長めの髪をバンダナでまとめた少年とその少年の周りをまわりながら楽しげに語りかける銀髪に赤いメッシュの入った長髪の少女がいた。
ガション!と言う音に思わず振り向いた横島は自分に向かってパタパタと手を振りながら飛んでくる人間砲弾を視認した。
(え!何!何がおこってるんじゃ!)と一瞬パニックになるものの、微妙に回転しつつ飛来する砲弾が、見た目女子中高生(しかもなかなか美形)と判断する動体視力と判断力は伊達じゃない。
着弾地点を予想し砲弾を真正面から受け止める愚を冒さぬよう一歩前に出る。
(3…2…1…)「今だっ!」と叫ぶなり頭上を飛び越えようとする少女の腰の辺りを飛びつきざまがっちりとホールドする。
だが…うまくいかないのが人生って奴なわけで…。
横島の誤算は砲弾の運動エネルギーが予想外に大きかったことと、自分の足腰が愛犬(狼)とのハードな朝の散歩により激しく疲労していたということと、今日が生ゴミの収集日であることを忘れていたことだった。
いきおいを殺しきれなかった横島は着地と同時に二三歩後方によろけた。
それでも何とか少女を落とさないように踏ん張ろうとしたところで足元にグニャリとした感触を感じる。
そう。そこにあったのはあの伝説のお約束トラップ「必殺!バナナの皮」。
過去に幾多の勇者をコケさせては危機に追いやり、最近では最強の魔人にさえダメージを与えた凶悪なトラップに横島が抗えるわけも無く、往年の闘魂レスラーを彷彿とさせるような綺麗なブリッジを描きつつ横島は派手に転倒した。
「先生!大丈夫でござるか!」
一連の流れに呆然としていたシロがハッと我に返ってあわてて横島に飛びつく。
「痛って〜。思いっきり頭打った〜」
それでも両手で頭を押さえながら起き上がってくる師匠にホッと胸をなでおろす。
「それにしても見事なコケっぷりでござったなぁ。」
と苦笑交じりに言う弟子に横島も
「両手がふさがっていたからなぁ。受身がとれんかった。」
と苦笑いしつつ頭をさすりながら返答してハタと気づいた。
「シロさんや・・・・・」
「何でござるか?先生?」
「あ〜。聞くのが怖いんだが…。聞かないともっと怖いことになりそうだから聞いておく…」
なにやら嫌な汗をかきつつシロに尋ねる。問われたシロも質問の内容を予想したのだろう、キョロキョロと周囲を見回していたが、その視線が横島の背後に止まると横島同様にダラダラと汗をたらしはじめた。
そのシロの様子に嫌な予感を増大させつつ、(逃げちゃ駄目だ…逃げちゃ駄目だ…逃げちゃ駄目だ…逃げちゃ駄目だぁっ!)と自らの心を叱咤しながら横島はシロに問うた。
「あの娘は…?」
「う…」
「う?」
「後ろを見るでござる…」
そう言うなり目をそらすシロの様子に嫌な予感をレッドゾーンまで引き上げながら恐る恐る振り返った横島の目に…
生ゴミの入ったポリバケツから生えた二本の足がパタパタともがいている光景が目に入った…。
その日、その場にいた通行人たちはそれぞれの職場や学校で
「空飛ぶ女子学生を空中で受け止め、すかさず投げっぱなしジャーマンを極めた男」
の話で盛り上がることとなる。
皆様、初めまして。いつも皆様の作品を楽しく読ませていただいている犬雀と申します。
皆様のSSに刺激を受けまして私も駄文をしたためました。
何分にもPC・SSともに素人の若輩者でございますがご指導くださいますようお願いいたします。
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