前回までのあらすじ。
ということがあって、そういうことらしい。
「なんちゅうか、俺って人気者だったのな」
ねぇちゃんの悪魔は消滅し、場には最初に現れた悪魔だけになったと思った。
けど、その認識はまだ甘いもので……。
悪魔達は、『ネズミ算? は、なにそれ?』といわんばかりの数で増殖中だった。
部屋の中で、足の踏み場もないほど魔法陣が展開され、ニュニュニュっと色んな悪魔が召還されていく。
死神が結界を張り、かろうじてヤツらとは一定距離を保っていることが出来るが、いかんせんこの数。
いくら死神は神の使い手だとは言え、この悪魔達の数に対し対抗できるかどうか。
……そういえば、何故、死神は俺を庇っているのだろうか?
「ぬ。 横島よ、私でもこの数を相手には出来ぬ。 ここは一旦退くぞ」
「だから、俺はさっきからそーしたいっつってるのに、お前がチンタラしてるからいけないんだっつーの!」
「いいから行くわよ! 運動会じゃないんだから、絶対に転ばないでよ。 転んだらおしまいよ!」
召しませ、召しませ、召しませ。
結果は凄惨たるものだった。
やはり文珠の失敗によってくっついていたのが悪かったのか、それともみんな我が強すぎるメンバーが原因なのか、スピードは全くなく、まだこの建物を出ていないというのに悪魔との距離もドンドンと縮まっていく。
中には数匹こちらのことを指差してケタケタと笑う悪魔も居たが、そういうヤツは基本的に神通棍の一撃で沈められていた。
まぁ、そんなことは置いといて。
今はひっじょ〜にピンチです。
逃げることはほとんど不可能とわかったので、とりあえず各個撃破という流れになったのですが、多い、多すぎる。
ほとんどが有象無象のただの下級悪魔。
文珠のストックを家に置きっぱなしにしてしまったズボンのポケットに入れっぱなしで尚且つ、半年もブランクがあるというのに、もう両の指に余るほど倒した。
恐らく美神さんに至っては俺の3倍、死神ならそれ以上の数を切り倒しているだろう。
だが……一向に消える気配が無い。
一応、死神の術によって展開された結界が俺達の周りに張られているのだが、平穏にすっかり慣れ切ってしまった俺にとって、悪魔とほんの手を伸ばせば届くような距離にいることに絶大な不安感を禁じえない。
「このままでは埒があかないか。 横島、女、私はこれから今までで一番大きな術式を組む。 精神集中をしている間、私の気を散らすことのないようにな」
そう言って、何やら妖しげな言葉をブツブツと呟き始める。
片手で雑魚悪魔達をなぎ払っていると色々と考えさせられるものだ。
いやはや、一体なんでこんなことになってしまったのか。
俺はただ、鯖の味噌煮を朝食で食べたかっただけだというのに、いきなり死神が襲いかかってくるわ、挙句の果てピッタンコとくっつくわ、更に悪魔の大群に襲われると。
なんかもう、運命の女神様に見放されているとしか言い様がない。
そのくせ、死神には魅入られているとは、もう最低だ。
「……悪魔よ、消え去れ。 本来居るべき場所へと」
死神の詠唱が終わり、強力な力が解き放たれる。
球状に広がる力の波動は、俺や美神さん達に一切影響を及ぼさず、悪魔を一掃した。
「……はぁ、いちおー私、GS界トップのシェアを誇ってるんだけど、ここまで力の差を見せつけられるとげんなりしちゃうわね」
抜き身の神通棍を仕舞いつつ、珍しく弱音を吐く美神さん。
やはり、いくら現役とは言え、あれまでの戦闘はキツイものだったのだろう。
勿論、現役じゃない俺はもっときつかったが。
「スゴイでござるよっ! あれほどの力を持つものは、神族でも中々居ない者。 さすが死神殿であるなっ」
で、例外がこの狼。
ケロリと、尻尾フリフリ死神と話している。
タマモでさえヘトヘトになっているというのに、体力は相変わらず伸びているのか。
「で? 話してくれるんでしょうね? ヨコシマを狙っていると思ったら、今度は助けたり……、それにあの悪魔の量。 たしかに雑魚ばっかりだったけど、あの量は尋常じゃなかったわよ」
「ふっ、流石だな、妖狐よ。 しょうがあるまい、お主らに事の核心を伝えなければ、あるいは助力を得られぬかもしれぬからな」
死神は頭をすっぽりと覆っていたローブをずらし、顔を露出させた。
中にはナイスミドルの壮年男性。
俺の親父はクソだが、その親父からクソをとったような感じの美形だった。
「これは神と魔の戦いだ」
「嘘言いなさいよ。 今はデタント状態のはず、神と魔がそう易々と争うわけないじゃない」
「そう、その通り、今はデタントだ。 だが、本来の神と魔の役割というものをめぐる争いなのだ」
「話しがかみ合ってないわよ! デタントとか言いながら、争ってる。 一体何が言いたいの!?」
「……人間達と同じことよ。 争いとは何も武力と武力同士のぶつかりのことだけを言う訳ではない。 これは、お主等が言うスポーツというものと同じようなもの。 勝敗は簡単、横島忠夫なる者の魂を取れば勝ち、取られれば負け。 勝者は即ち今の状況でいう神と呼ばれるものとなり、敗者はまた同じようになる。 こういうことだ」
ガビーーン!
俺ってば、棒取りの棒みたいな扱いになっているということなのか!?
んな理不尽な!
「公正を期すため、人間界に送れるものは最大量が決まっている。 やつらは下級だが大群の悪魔達、そしてこちらは死神長たる私と鎌の王たる鎌のみ。 これで五分と五分の争いがされる。 だが、補充は可能とされる。 次も同数の悪魔がここへと向けられる可能性がある。 ……残党がまだここいらに残っておるがな」
素早く床を抉る死神。
すると、何時の間にか現れていた魔法陣が壊れ、かすかな断末魔があたりに響く。
「例の魔王、アシュタロスに後続する者の発生の対策ということだ」
死神がポツリと漏らした。
「ということで、お主が選ばれた理由もわかったろう。 では、行くぞ」
「行くってどこへだよ! おらぁこう見えても、そんなことで死にたくねーぞ!」
「死ぬのではない、魂を刈り入れるだけ。 ことが終われば即急に肉体へと返す。 無論、恩賞も忘れずにな」
「恩賞なんて要らねーよ! 家に返してくれ! 俺は鯖の味噌煮が食いたいんだっ!!」
それはまさに、魂の叫びだった。
そして、その叫び声に呼応するように、俺が吹き飛ばした事務所のドアから一陣の戦乙女達が。
「ホールドアップ! この場は我々魔族正規軍が制圧した。 大人しく出てこい、横島!」
先頭に立っているのは見た顔で、たしか名前はワルキューレとか言ったヤツ。
……なんてイヤなヤツだ。
「って、ワルキューレ。 お前までこんな馬鹿げたことを……」
「黙れ、横島。 お前は私の制圧下にいるのだ。 下手な動きをしたら撃つぞ! なるべく穏便に終わらせたい」
黒光りした拳銃を、こちらに向け威圧的に言い放つ。
……2、3……合計5人が突入部隊か。
ジークフリートが居ることを忘れちゃならないな。
「神の所へ行くのも、魔の所へ行くのも……はっきり言ってあんまりうれしくねぇなぁ」
とりあえず、今の所は魔の所へ行きたくない。
多分、恩賞とやらはあちらにもあるんだろうけど、どっちかというと高圧的な態度を取られると反駁してみたくなるお年頃なんだな。
「フッ。 その顔は行きたくないという表情が隠れているな? こちらに来れば神族とは違う恩賞があるぞ、ルシオラを助けてみたくはないのか?」
「昔の女に振りまわされるってのはもう卒業したんだよ。 事務所を辞めたときにな」
ワルキューレははっきりいって俺への評価を誤っている。
少々過大評価しているらしい。
あいつの実力であれば、俺をねじ伏せて無理矢理連れていくこともできるのだろうが、俺の力を測りあぐねてこんなつまらないまやかしで俺を抵抗させずに連れていきたがっているんだ。
「フン。 どちらにしろ、お前は魔界へと赴くのだ。 さぁ、悪魔と契約を交わせ、サインするだけで、お前は魔界へと行ける」
機関銃を持った兵隊が、ジリジリと距離を詰め、一枚の羊皮紙を持って近づいてくる。
「死神よ、動くな!」
行動を起こそうとしていた死神にいっせいに銃口を向けられる。
……何故問答無用で撃たないんだ?
「ルールは知っている。 だが、お前が死に、天界に戻り、再びこの場に派遣されるまで、私達は果たして横島をこの人界に留めておけるかどうか。 予想をしてみろ、死神長」
「くっ……忌々しい、悪魔どもめ!」
……良くわからないが、死神を殺してはワルキューレ達に不都合があるらしい。
「補充の問題だ、横島よ。 今は気にするな、自分の身をどうするかだけを考えよ」
……良くわからないが、自分の身は自分で守れ、ということらしい。
だけど、どうすりゃいいって話しだよ。
逃げようとしたら、パキューンだよ?
脳漿とかぶちまけちゃうかもしれないんだよ?
逃げれないっての。
美神さんやシロですら、武器を手から放して、戦意のないことを表して、俺のことをジッと見つめているけど、一体俺にどーしろと?
次の瞬間、意外や意外、俺の事を見捨てていたかと思っていた幸運の女神が、窓から現れたのだった。
「小竜姫様っ!!」
「お久しぶりです横島さん。 事情は死神長から聞いていますね。 ここは私に任せておいてください! 死神長、失った鎌の王たる鎌の補充で参上致しました。 はやく本拠地へ」
「御意! 助かったぞ、小竜姫どの!」
つづく
BACK<