朝、起きたら、死神が枕元に立っていました。
……
そいつは、馬鹿でかい鎌を振り上げ、今にも俺に一撃を食らわそうと涎をたらしていました。
俺は首ちょんぱにされたら、昨日取っておいた鯖の味噌煮が食べれなくなるのでイヤだなぁと思って、走って逃げました。
召しませ、召しませ、召しませ。
平べったくなった枕は粉々になり、鎌は床を貫通。
とっさのことで身を翻さなかったら、バルタン星人のようなパックリ二つに割れた頭になってしまうところだった。
「ぬ? よけおったな、何故逃げた!」
そして、なんとも奇妙でヘソで茶が沸きそうな台詞を吐く馬鹿野郎。
脳に蛆でも沸いているんじゃなかろうか?
「誰でも逃げるに決まってろーが、バッキャロー! この死神野郎め!!」
次の攻撃がくる前に、俺は正常人らしく下着姿のままダッシュで外へと逃げ出す。
まだ朝なので人も車も少なく、冷たい空気がツンと肺を刺激する。
サンダルをつっかけて、車道も歩道もお構いなしに走り抜く。
背後には反則気味なスピードで壁抜け、空中浮遊をお手の物といわんばかりに追跡してくる死神君。
しばしばチェイス中にも黒くて馬鹿でかい鎌は、俺の首を狙って振り下ろされまくっている。
ヤバイ、ヤバイぞ。
死神とは昔の職業の関係で一回会った事がある。
神に仕える魂の狩人、なので強い。
狙った獲物は逃げても逃げてもどこまでも追いかけて狩る。
前の雇い主が言うには、慈悲深い面もあるらしいが、基本的に狙われたらただの脅威となる。
生きたいと思う全ての生き物にとって、敵以外にも何者でもない。
俺は生きたいと思う生き物だから、ヤツは敵だ。
「えぇいっ、昔取った杵柄! ハンズオブグローリーを食らえ!!」
民家の塀を利用し、180度方向を回転して、右手に放出した霊気の剣で斬りつける。
勿論、死神がこんなことで撃退されるわけがない。
「ぐっ……」
激しい音と共に死神のボロイローブが中央で真っ二つに裂けた。
切り離された下半身はゆっくりと地面に落ち、その場で消滅していった。
ソレを見て、やったか、と思ったのだが、死神は一瞬たじろいだものの、再び鎌を振りかざしてきた。
「死からは逃れられぬ。 例えわが身を引き裂いてもな」
右足スレスレに鎌が突き刺さる。
腐った死神でさえ、パワーは侮り難い。
腐ってない死神なら尚更だ。
「死ぬのはイヤじゃぁあああああ!!」
死神を霊波の篭った足で蹴り、再び走る。
自分でも驚くことに韋駄天が乗り移ったかのようなスピードが出、目の前の景色がどんどんと変わっていく。
どこかから国家の犬とおぼしき青服の男たちが数人現れたような気もする。
まぁ、下着姿のサンダル男が、物凄いスピードで道を走りまくって、その後には色んな物が鎌で斬られたようにズタズタになってりゃあ何人も、何十人も来るわな。
「不毛なことはするな。 お前は魂の刈り入れを受け入れねばならぬ」
俺と鎌持ちのおじちゃんとの距離は大体、2メートルそこそこ、だと思う。
鎌がビュンビュン飛んできて、寝巻きのシャツの背中はもうズタズタ、勿論背中もズタズタのズタ。
さっき死神を斬り付けたとき、走ってきた道を見てみたら血の痕跡が残りまくっていた。
なんかもう鬱になってくる。
「クソっ! なんでこんなことにっ!!」
「諦めよ。 死は平等だ、人にあらねど、獣にあらねど、……神でも魔でもあらねど」
足がパンパンに腫れてきたようだ。
元々長距離を走る訓練はしていないというのに、相手が飛行と壁抜けが出来る鬼ごっこをするには今の筋肉では過酷だった。
段々と気力が萎え始めているのを、昔よく見た建物を見つけ、奮励させる。
「……くっ、居るか? 美神さん……居なかったら、終わりだかんな!!」
1、2の3でとある建物の扉を蹴り壊し、突入する。
中々頑丈な扉ではあったが、残りの力を全て使う意気で思いっきり、ピンポイントで蹴ったおかげでなんとか一発で蝶番ごと吹っ飛んでくれた。
あとはあの人に会えばいいだけ。
「ぐぬっ! 結界か……しゃらくさい」
死神が俺のちょうど後ろで、弾かれる。
まるで見えない壁に遮られたかのように、その場に立ち尽くす。
「5秒、せめて3秒もってくれよ!!」
見えない壁に向って、そして俺に死神を向けようとしたことに関知していない神様に向って祈りを贈る。
「待て。 死神を敵に回すことは許されぬことぞ」
2秒で破られ、今祈った相手を呪った。
だが、しかし。
「美神さああああーーーーん!!!」
最後のドア。
ようやくゴール地点へと辿りついた。
「助けて下さいっ! 死神に追われてるんですっ!!」
中に居た女性は、飛び込んできた俺にびっくりしたのか、はたまた俺の、鎌持ったストーカーに驚いたのか、口につけていたコーヒーをブッと吐き出す。
「あああ、いくらでも払いますから。 体で払いますから、助けてくださいーーーっ!!」
よわっちい結界のせいで失った時間を取り戻すべく、襲い掛かる鎌に霊気の剣を出現させて対抗させる。
しかし、剣は一回の攻撃で紙切れのように面白いくらいズタズタに引き千切られた。
それですら勢いを殺し切れず、疲労が溜まりに溜まりきっていた足腰が耐えきれずに、その場でしりもちをついてしまった。
「ようやく臨終の時が来たようだな。 安心しろ、一瞬で終わらせてやろう」
「う、うわわわーーー!! ナルニアのマミー、ヘルプミー!!」
かの有名な『死の直前に、生きていたときの記憶が走馬灯にように走る』という現象が起きた。
寸前にマミーなんて言ってしまったせいか、何故か包丁を掲げてこちらに向ってくるおふくろの記憶の残像がイヤに残ってしまった。
背筋がぞっとする。
「ったく、久し振りに訪ねてきたと思ったら、とんでもない珍客を連れてくるんだから」
俺の頭に向けられた鎌が、ほんの少しだけ……耳の上のほんの数ミリのところにずれる。
そして、死神の頭の部分には……一本の矢が。
「ぬうっ! また邪魔か! こやつの命を即急に神の身元へ届けねばならぬのだ!!」
そしてまた、みかけの細さとは正反対の規模を持つ霊力の篭められたボウガンの矢をほとんど無視出来る死神。
本当に底が見えない。
「ええい、八千万のお札なのに……神に忠実なる死の運び手よ、退け!」
美神さんの手のお札から、膨大な力が吹き出る。
八千万という価値に見合ったエネルギーは、死神の体を縛り、尚且つまだ余力を残し、部屋の中で激しく渦巻いた。
「くっ、それでも消滅しないか……なんてヤツだ!」
世界最強GSの、最高ランクのお札の、渾身の一撃を受けとめる死神。
表情は見えないが、まだまだ余裕そうだった。
「見逃しなさい、死神! 昔、百合子という女の子を見逃したでしょ! なんで腐っても健康体……いや、腐ってる健康体の横島君に固執するの!? 死神では禁忌の物質化された鎌も持ち出して!」
「女! 邪魔立てをするでない。 これは第1級の仕事、お主の干渉すべきことではない。 神と魔を敵に回すことになるぞ」
「質問に答えなさい!」
「答えぬ。 否、答えられぬ。 私にそこまでの権限は持ち合わせていぬ。 私のすべき事の全ては、ただこの者の命を刈り入れるのみ」
言い合いしていても、強大な力を持つ二人の攻防は熾烈。
ただ、力の限りのある人間と限りの無い死神。
どちらが勝つのかは明白である。
「チッ、今度小竜姫のヤツに会ったら問い詰めてやるんだから。 横島君、文珠出しなさい! 援護を」
「うぃっす、了解ッス」
ずっとストックしていた文珠を取り出すべく、ズボンのポケットに手を突っ込む。
「って、アレ?」
……残念ながら、ズボンなんて家に置いてきてしまっていた。
「ないッス、美神さん」
「ないッス、じゃないわよーーー! このボケ、死にたいのかーーっ!!」
「ひぃぃーーー、すんません、すんませんーーーっ!!!」
美神さんが、ほんの少し俺の方向を見、死神から視線が逸れる。
「片手間で私を縛っておけると思うなよ。 女!」
八千万のお札が、まだその効力の全てを果たす前に、死神の反撃によって焼き切れる。
美神さんの霊力があってこそお札の効力が発せられたのであって、それの無くなったものは勿論のこと役に立たなかった。
「嘘っ!? 八千万、まる損!?」
「そ、そんなことはいいですから、早く次のお札をーーーっ!!」
死神君は、ゆっくりと体を立てなおし、自慢の鎌をゆっくりとその用途通りに使おうと構えた。
再び、走馬灯。
今回は、何故か自分の価値が80円以下だということを美神さんから言われたことが鮮明に蘇った。
「やらせはしないでござるよっ♪」
不意に、部屋の外から一本の光線が飛び込んできた。
否、人狼の娘の刀の煌きが死神の体を二分にしたのだった。
「せんせーの一番弟子、犬塚シロ。 ここに健全、でござる♪」
「健全じゃねー、見参だ!」
大体、高校生くらいに成長したシロが飛び込んで俺の頬をペロペロと舐めてくる。
全然、健全じゃなかった。
「う~ん、愛しているでござるよ、せんせ~。 最近は付き合ってくれなくて寂しかったでござるよ~」
底抜けに明るい彼女だが、状況判断はいつもながら出来ていなかった。
「し、シロ。 後ろ、後ろ!」
「え? やだな~、そんな昔のぎゃぐなんて言っちゃって。 照れ隠しでござるか?」
死神君、復活完了中。
今度もやっぱり自慢の鎌を、ナイス角度で突入させようとしている。
今度の走馬灯は……何故か親父がニッカリと笑っているシーンだった。
胸糞わりぃ。
「まだよ、まだやらせはしないわっ!」
――で、今度は狐火が部屋に飛び込んできた。
死神を霊炎が包み、閉じ込める。
「ハロー、横島。 久し振りね」
「タマモ、後ろ、後ろ!」
死神君、炎を蹴散らし、鎌をあげる。
今度は走馬灯を見なかった。
振り下ろされた鎌の一撃を俺の代わりに受けたのは、一匹の霊。
……。
「あはっ、横島さんじゃないですか。 お久しぶりです」
「……」
……演歌歌手っぽかったけど、今斬られたの誰だ?
そして、また再び死神君。
右手にはシロが、左手にはタマモがガッチリと掴んでいる。
……逃げられない。
美神さんが、霊体ボウガンで攻撃してくれる。
矢は、死神に刺さることはなく、空気の分厚い層に突き刺さったかのようにポトリポトリと落ちていく。
ちなみにおキヌちゃんは、まるでスイッチが入ったかのようにオホホのホと高笑い中。
あ、悪夢だ……
「我が使命はここに終わる。 我が使命とは即ち、魂の刈り入れ……横島 忠夫なる者の魂を」
ついにこれが最後になるであろう死神君……いや、死神の野郎の鎌が持ち上げられる。
まだ傾いている太陽からの光が黒い鎌に反射し、鈍く光っているのが見えた。
「では、さらばだ」
無慈悲な一撃。
走馬灯は、ラベンダー畑。
――――― パキィィィィン
耳を揺さぶる鋭い音が辺り一面を包み込む。
「なっ!? まさか、この鎌が……」
そーっと目を開けてみると、狼狽している死神と、半分に刃が割れた鎌。
「くそっ! 何故だ、何故この場になって刃が欠ける!? 我は神の御名の元に居るのだぞよ」
た、助かったのか……?
シロもタマモもへなへなとへたり込み、どさくさに紛れて俺にしがみついてくる。
二人の心臓も俺に負けないくらいバクバク脈打っているのが、両腕に伝わってきた。
「まだよ。 死神は決して諦めないわ! 今のうちに呪縛を……!!」
「ぬっ、させんぞ! 撤退はせれど、見逃しはせぬ!」
「でりゃあーっ、もうヤケクソじゃぁ~! 半年ぶりの文珠、でろーーっ!!」
「助太刀するでござるっ!!」
「ちっ、面白くないわね、狐火っ!!」
「オホホホホ、みなさん、逝っちゃいなさい!!」
みんながみんな一斉に動いたせいで、部屋の中で乱戦勃発。
美神さんは狙いを定めず、近くにいる俺らのことをまったく考えずに霊体ボウガンをあたり構わずぶっぱなし。
死神は素手であたりをなぎ払い。
シロはバーサーカーのごとく、霊波刀を振りまわし。
そこいらのものをタマモが狐火で焼き。
おキヌちゃんが、幽霊全員集合アタック開始。
そして、俺は……
「文珠、『縛』!!」
それでもって……
「この馬鹿っ! 慣らしてもいないのに文珠使うんじゃないわよ!!」
「なっ、くっ、我が使命、果たせぬのか!?」
「ミンナ、ゴメンナサイ」
「わふ♪ 拙者は構わないでござるよ。 これからはせんせーと一緒にいられるでござるからな」
「……ま、いいけど」
文珠が発動した瞬間、それが破裂。
変な物が中から飛び出し、鳥もちのごとく俺と美神さんとシロとタマモと死神に接着。
そして、バンジーガムのように縮まり、みんなでピッタンコ。
外見はまるでおしくらまんじゅうをしているような格好へと。
そう、それはまさに……
れいのう合体、GSロボ~(in 美神除霊事務所)!!
GSロボはすごい!
こうげきりょくピカイチ、みかみしょ長!
じんつうこんと、高いおふだをつかってあくりょうをせんめつだ!
すぴーどはいちばん、さむらいシロ!
じんろうぞくのうんどうしんけいを生かして、せいぎのかたなをふりかざすぞ!
ぼんのうまじん、よこしま ただお!
らすぼすでぱるぷんてをとなえるぞ!
もとけいこくのびじょ、たまも!
むかしはぜっせいのびじょでたくさんのひとをたらしこんだらしいが、いまではいちぶのしゅみのひとでないとみむきもされなくなったぞ!
てきーかみかたか、しにがみ!
てきかな? みかたかな? とあるおんがくちーむのめんばーのしにがみとはかんけいないのでちゅうい!
……妙なものが入ったが説明再開、俺の久し振りの文珠の精製は失敗。
本来ならば破裂するはずだったのだが、あまりに慌てていてそれを無理矢理使ってしまい、俺の霊気構造と癒着したままの状態の文珠が発動してしまったのだ。
それで何が起こったかと言うと……
『縛』という字もいけなかったんだろうが、なんかみんなくっついてる。
背中合わせでみんなくっついている。
……俺を中心に。
おキヌちゃんだけかろうじて助かったが……どっちもどっちだろ。
「え~と、俺もう帰っていいっすか?」
「ダメに決まってるじゃないのよ! この馬鹿!」
「さんぽに行きたいでござる! 日帰り日本縦断ツアーを計画してたんでござるよ」
「日帰りで日本縦断してどうすんのよっ!」
「くっ……どうにかせねば……」
まさに阿鼻叫喚。
5人が5人とも喚き出し、やかましくてしょうがない。
美神さんが怒鳴り散らし、シロがはしゃぎまくり、タマモはただひたすらにツッコミをいれ、死神は悔いている。
この珍妙な事態に、みんなパニックを起こして大騒ぎ。
「横島 忠夫! この俺が、お前の命を頂戴しにきたぜ!」
空気を読んでいないのか、のんきな顔してスタッと登場。
そこで何故か悪魔ですよ。
しかも不穏当な科白を言い、不気味な姿に手にはナイフと円盤のようなもの。
殺気バリバリで臨戦体勢。
ただ、この部屋にいた変な生き物に対してほんの少し戸惑ったのが不幸中の幸いか。
「貴様かっ! 我の永遠の鎌を割ったのはっ!! 逃げろ、横島 忠夫。 ここは私が食い止める!」
足もないのにノッシノッシと歩いていく死神君。
馬鹿みたいに強い力で引っ張られていく。
「おいおいおい! 逃げろっつったって、お前と俺はくっついてるんだよ! 逃げれねーよ!!」
そう言った直後、今度は俺の真正面から数メートル先に悪魔が現れる魔法陣が展開された。
「ハ~イ♪」
めっちゃ色っぽいねぇちゃんが、めっちゃ色っぽい衣装着て、めっちゃ色っぽい声で俺に投げキッスしてきた。
そこでまた飛び込みですよ。
この状況では横島忠夫は必ず美女に飛び込む。
俺は横島忠夫である。
ならば、俺は美女に飛び込まなければならないのだ。
「と、言う事でおっねぇさーん! ボクと一緒にくっつかないかい? 出来ればベッドの上でがいいけど! いやでもおねぇさんの趣味に合わせて野外でもOKよっ!!」
「この馬鹿っ! 空気を読みなさい、あいつは敵よ!」
「あんな女狐に騙されちゃいけないでござるよっ! 大切な人は直ぐ身近に居て、というよりむしろせんせーの横にいるでござるからっ!」
ちょうど左隣と右隣に居た美神さんとシロが俺を取り押さえる。
くっついているというのにそんな無茶なことをしたおかげで、俺は地面とキスすることになってしまった。
「悪しき者よ、立ち去れ!」
幸か不幸か、ちょうど俺の反対に居たのは死神。
無理矢理ひっぱられて転んだ事に怯みもせず、ねぇちゃんを袈裟切りにする。
「あぁ、酷い……」
そう呟いたのは、俺だったか、それとも彼女だったのか。
俺にはわからなかった。
続く
あとがき
どうも、zokutoです。
あの祭りも控えているというのに、小ネタでの新作を出しちゃいました。
まさに自爆です。
まぁ、そんなことは置いておいて、短期で集中の連載、始めました。
更新スピードはどうなることかわかりませんが、それなりにペースを上げていくつもりなのでヨロシク。
延々と終わらないストーリーが多い中、はなっから終わらせようと小さくしようと試みてみました。
では。
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