その2
『昨夜未明、―――○×通り附近で若い男性の他殺体が発見されました。男性の死体は頭部を鈍器で殴られ―――』
「ううぅ……なんの因果で野郎と2人で歩かにゃならんのだ〜〜!」
『これまでに都心で発生した通り魔殺人と同じ手口から見て、警察当局は同一犯人との見方を―――』
「まだ言ってやがんのか!」
『当局は目撃者からの通報を呼びかける一方、夜間の外出は特に控えるように呼びかけて―――』
「どちくしょ〜〜! どうして俺には―――」
「やかましい!」
雪之丞は渾身の力で横島に裏拳をとばした。
場所は昨夜事件が発生したという○×通り。まだ昼過ぎなので人通りも多い。
そんな中で人目も憚らず血涙の叫びをこだまさせる横島は恥ずかしいことこの上なかった。
『なお、犯人についての手掛かりは依然つかめておらず―――」
歩道の脇にある電機店の店先に展示されているテレビはちょうど事件を報道していた。
頭を鈍器で殴られていた―――としているあたり、かなり自粛しているようだ。
雪之丞は立ち止まってそれを見ていたのだが、ちょっと目を離した隙に横島が騒ぎ出した次第だ。
雪之丞は横島を連れてきたことをちょっぴり後悔していた。
「ったく、真面目にやれ真面目に!」
「うう、ええんやええんや……。お前には弓さんがいるから所詮俺の気持ちが分からんのや」
「バカ! なにわけのわかんねぇこと言ってやがる!」
結局………2人して騒いでいた。道のど真ん中でのそれは、イヤでも人目を引いている。
残念ながら、ストップをかける人材がこの場にはいない。
しかし、天の恵みかその人材が現れた。
「………なにやってんの? あんた達」
「ちくしょ〜〜〜!! ………って、タマモ?」
2人の前に現れたのは、右手にビニール袋を提げたタマモだった。
「…………ああ、美神の旦那んとこに居候してる狐の嬢ちゃんか」
誰だったかな………と迷った雪之丞だったが、以前横島から聞いた名前で思い出した。
「で、なにやってたの?」
「あ〜いや〜、そんなことはどうでもいいんだ。それよりタマモ、お前こそこんなところでどうしたんだ?」
「ああ、私は………ホラ、これよ」
タマモはすこし腕を上げてビニール袋を示した。中に入っているのは油揚げ入りのカップうどん。それも尋常ならざる数だ。
「またキツネうどんか? ほんと好きなやっちゃな〜〜〜」
「ほっといて。それより、あんた達ほんとに何してるの?」
まずいな………と、雪之丞は不安を覚えた。
ここで正直に話してしまえば、それが美神の旦那につたわり、横島が勝手な行動をしていることがばれてしまう。
横島は学校に行くから誤魔化しているのだ。
「あ〜、タマモ。これから話すことは頼むから内緒な」
「ちょ、おい横島! いいのか、そいつが喋っちまったらお前ただじゃすまないぞ!? 下手すりゃ逆さ磔―――」
「ふっ、世のため人のためには多少の危険はやむをえんのだ!」
ビクッと震えてからの一言はかなり頼りなかった。その表情は一応笑みがあるが、半分以上が怯え混じりだ。
とにかく説明するならあんまり経緯を理解していない横島の方がいいだろ……ということで、タマモには横島が説明することになった。
「―――ってわけなんだ。だからこのことはなんとか美神さんには内緒に………」
「あっきれた。ばれたらただじゃすまないわよ?」
かなり簡潔に説明した横島に、完全にタマモは呆れ顔だった。
ふぅ、と一度溜息をついてから、しょうがないわねと頷く。
「ばれても私は一切かばわないからね」
「すまん……………美女が――――いや、生活がかかってるんだ!」
そのあと2、3言かわしてから、タマモは帰っていった。ふぅ〜……と雪之丞は安堵の溜息をつく。
「なんだ、お前がちょっとキツイ奴だっていうからどんな奴かと思ったら………」
「まぁな。最近になってわりと言うこと聞いてくれるようになったんだ」
ふぅん………と雪之丞は意味ありげに頷いた。
本格的な探索を開始した雪之丞と横島。
「しっかし貧相な見鬼くんやな〜〜」
「うるせい。俺みたいなんじゃこれくらいが限界だ」
ずたぼろの古着を着た見鬼くんを片手に、雪之丞は周囲を探索していた。
だんだんと日も落ち、すこしずつ陰りはじめていた。それにあわせるように、人通りがどんどん少なくなっていく。
………事件の影響はかなり大きいようだ。
「しかしほんまなんか? その犯人が霊能力を持っているかもしれないってのは」
「ああ。依頼人の話じゃな」
雪之丞は昨日聞いた依頼人の話を思い出した。
死体発見現場、そこでは必ず高い霊的濃度が検出されたのだそうだ。
例えば悪霊などが集まるような場所が、霊的濃度が高いと言える。
そして特に死体の傷口。そこから検出されるものが最も高かったのだという。
つまり霊的ななにかを帯びた物質で殺された可能性が非常に高い。
もう1つ。これはすこし不確かなのだが被害者は多少の差はあれ、霊能力を持っていたらしい。
特に事件発生初期の被害者は全員が間違いなく霊能力者、それもGSを含むのだそうだ。無差別な通り魔にしてはあまりに出来すぎている。
一般人からすれば、霊能力を持っていようが持っていまいが外見はなんら変わらない。
それがピンポイントで狙われたということは、犯人もなんらかの方法で霊能力を探知しているかもしれない。
さらに理由はもう1つある。これこそが、依頼人が犯人が霊能力を持っていると予想するところであり、横島が知らない、雪之丞があえて伏せたことだ。
なんにしても当てにはならないな…………とは雪之丞の感想である。
どれもこれも、もしかしたら程度の、推測の域を出ないことばかりだ。
しかし雪之丞はそれを承知で依頼を受けた。依頼人の女性の口振りが、どうにも気になったからだ。
「しっかしそれ壊れてるんじゃないのか? ずっと反応しっぱなしぱなしじゃないか」
横島の言うとおり、見鬼くんはつねに反応し続けていた。
どちらを向いても、どこへ歩いても常にくるくると同じような反応を示す。
「……所詮は安物か」
土台、発見器が役に立つはずもないか………と雪之丞は思った。
犯人は霊能力を持っている可能性もあるが、悪霊に操られているという可能性もある。
だからこそわざわざ見鬼くんを持ち出したわけだが、よく考えれば役に立つとも思えなかった。
悪霊など、それが人に危害を加えるかどうかをともかくとすれば、探せばいくらでもいる。
犯人のものをピンポイントに捜しだすなど不可能に近い。
加えて雪之丞の持っている見鬼くんは低性能の安物である。
仕方がない、と雪之丞は見鬼くんをしまった。
「こっからは地道に歩いて捜すしかないな。言ってみりゃ見回りだ」
しばらく歩いていると、だいぶあたりも薄暗くなってきた。
人通りはほとんどない。交通量も少なく、時折警察車両が通るくらい。
横島と雪之丞は周囲を警戒しながら歩いていた。
「うう、なんか感じ悪くなってきたなぁ………」
横島が震えながら呟いた。それには雪之丞もまったく同意見だった。
なにか異様な雰囲気が辺りを包み始めている。
と――――
「おい! なにをしているんだ君たちは!!」
背後から大きな声がかかった。横島と雪之丞には聞き覚えのある声だ。
横島たちが振り向くと、やはり予想通りの人間だった。
「西条じゃねぇか!」
げっ、とばかりに横島が嫌そうに言った。
後ろから近づいてきたのは、さらに後ろに数人のGメンの人間を連れている西条だった。
西条もこちらが誰なのか気づいたのか、すこし嫌そうな顔をした。
「横島くんと雪之丞くん……どうして君たちが……いや、そんなことはどうでもいい! 早く帰るんだ!」
「なんだ? オカルトGメンも動いているのか?」
早く帰れという西条にまった取り合わず、雪之丞は逆に聞いた。
「だからそんなことはどうでもいいんだ! 君たちだって最近の連続殺人事件を知らないわけじゃあるまい! 危険だから早く帰りたまえ!」
やはりかなり異常な事件であるためか、西条の剣幕もかなりのものだった。
その剣幕に横島はたじろぐが、雪之丞はそうはいくかという顔だ。
「オカルトGメンが動いているってことは………やっぱり犯人は霊能力を持ってるんだな」
「! どうしてそれを君たちが!?」
驚愕の表情を浮かべる西条。マスコミは犯人の手掛かりは依然つかめていないとしか報道していないのだ。
「なぜ―――」
「あの、西条隊長………」
西条の背後にいたGメンの隊員が不安げに声をかけた。皆一様に気丈に振舞ってはいたが、誰もが怯えを隠しきれていなかった。
「ああ、すまない。………仕方ない、僕は彼らを帰らせるから、君たちは見回りを続けてくれ。いいか、絶対に数人で行動するんだ! なにがあっても単独では動くな!」
普段の西条からは考えられない、鬼気迫る声で西条は命令した。ビクッと隊員達は震えたが、やがて元気に返事をして去っていった。
「おい西条。俺たちは依頼で動いているんだ。悪いが、帰れっていわれても帰らねぇぞ」
「………分かっているさ。君たちが素直に言うことを聞いてくれるとは思っていない。悪いけど、事情を知っているなら君たちにも犯人捜索を手伝ってもらうよ。はっきり言って君たちの力は心強い」
「そうこなくちゃな!」
「俺は帰りたいわ〜〜!! もうイヤじゃ〜〜〜!」
約1名、怯えに怯えている者がいたが、雪之丞と西条はそれに取り合わずにさっさと歩を進めた。
「驚いたな………君たちはそこまで知っているのか」
一連の事情を説明した雪之丞に、改めて西条は驚愕していた。
辺りはすっかり闇につかってしまったので、3人とも一切気は抜いていない。西条も聖剣を構えていた。
もうすでに、未明に事件があった○×通りに入っている。
「ああ、えらく詳しい依頼人でな」
「………おかしいな。そこまで知っているのはオカルトGメンと警察ぐらいのはずだ。だいたい一般人がそこまで知りうるはずが………」
「…………」
「お、お、お、お、おい! さ、西条、雪之丞! な、なんかおかしいぞ!?」
横島がほとんど奇声といってもいい声をあげた。
「どうした横島――――――!?」
雪之丞と西条が振り向く。すると―――
「な?」
雨雲――――。
あまりにも唐突に、雨雲が現れ始めた。どんよりとした、夜の闇にもまけない真っ黒な雲だ。
その雲が、横島たちを追うように迫ってきていた。つい先ほどまで雲ひとつない、月明かりの星空だったというのに………。
雲が迫る速度もまた異常だ。驚いている間には、雨雲は横島たちの上空を完全に覆っていた。
ただでさえ暗かったというのに、月明かりが遮られてさらに暗さが増す。
「ど、ど、ど、どういうことだ!?」
「…………おい西条、これもなんか関係あるのか?」
言いながら、雪之丞は魔装術を使った。上空を雲に覆われた途端、さらに不気味な雰囲気が強くなった。
横島もハンズ・オブ・グローリーを展開し、さらにポケットの文珠をまさぐる。
「そういえば………極最近の事件に限っていえば、被害者が殺される直前、雨が降っていたらしい。それも、決まって大雨が―――」
言っている間に、ポツポツと雨音がしだした。それは瞬く間に勢いを増し、本降りになってくる。
「イヤや〜〜〜〜!! 俺はまだ胴体に別れを告げたくない〜〜〜!!」
そう怯えながら言っていても文珠で剣を創り出している辺り、雪之丞と西条は横島に感心した。
まったく頼りになる奴だと、雪之丞は苦笑いする。
雪之丞は周囲を見回し、雨宿りできる場所を探した。
わりとすぐに場所は見つかり、すでに閉店した店の軒先なので犯人の襲撃に備えるにもちょうどよかった。
「おい、あそこですこし雨宿り――」
言い切らぬうちに、横島がすっ飛んでいった。そのあまりの速さに、こういう状況にありながらも雪之丞は呆然とする。
西条はくくくと忍び笑いする。
「まったく横島君らしいね。さぁ、僕たちもはやく――――」
ドスッ…………
断続的に雨音が続いているというのに、その音はやけに響いた。
口を開いていた西条の身体がぶれる。
「西条………?」
ん?………と思った雪之丞が後ろを振り向いた。
すると、そこには異常なぐらい無表情になった西条の顔があった。
西条の身体が震えだし、ゆっくりと、ゆっくりと西条は首だけで後ろを向き始める。
そこになって、やっと横島は様子がおかしいことに気づいた。
西条の背後にある、あの小さな白い影はなんだと。
ポタッ………
雨音よりも、かなり重たい音だった。
雪之丞が視線を下げる。すると、西条の足元に赤い液体―――。
そして、赤く塗れている西条の脇腹―――。
「お、まえか…………!」
西条が前に倒れるのと、その白い影が現れるのは同時だった。
西条の胸辺りまでしかない小柄な体躯。そして、全身を覆うような白いマント。顔はフードで覆い隠され、わずかに覗けるのは口元のみ。
その白い影は、赤く血塗られた切っ先をもつ幅広のナイフを握っていた―――。
ニヤリ………その白い影は、口元をさも愉快そうに歪めた。
「「―――――西条!!!!」」
ビルの上―――。
顔を隠すフードから金髪を溢れさせた純白マントが1人たたずんでいた。
その純白マントが向いている視線の先には、部分的に厚い雨雲に覆われた市街地がある。
このビルの上空には雨雲などない、たくさんの星が瞬いている。だが、その一部分だけには雨雲があった。
「………………調子にのりすぎね」
その姿には、月明かりと相まって神聖な趣があった………。
あとがき
というわけで、第2話です。
すいません、中途半端なところできってしまいました。
西条が刺されましたが、当然死なないのでご安心を。次回は戦闘描写が必要になるわけですが…………凄い不安です。
ところで見鬼くんって名前であってましたっけ?
BACK<