太陽の光を派手に反射して疾走する一台のサイドカー付きバイクを操りながら、北川潤は隣で眠る相棒に目をやった。
いつものジャケットにいつもの黒い皮グローブをはめた青年、相沢祐一の寝顔は決して穏やかではない。
発火寸前のダイナマイトのような危うさを漂わせた、そんな寝顔だ。
「ん・・・・・・」
狭いサイドカーの座席で器用に寝返り、太陽に顔を向けてしまい苦しがる相沢から視線を戻した北川は、ここからでもビルの合間に見える目的地までの地図を頭に描いていた。
うめき声をもらす相棒をとっとと叩き起こす口実を作る為にバイクを規定速度以上に加速させて急ぐ。突入した後のプランを練ることも忘れてはいない。
「間に合うか? いや、間に合わせないとな。なんとしてでも」
風にかき消されるぐらいの言葉を呟き、北川は後ろから追跡してくるN−HORY交通機動隊の白バイ集団をいかにして撒くかを考え始めた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
思い体と香里を引きずってなんとか帰宅した相沢を、これまた非情なる風景が出迎えた。
「・・・・・・どーなってんだ」
改築したばかりなのに、弾痕と熱風にによってボロになってしまった我が家を見て、相沢はうめき声を上げた。
寝室がある2階の被害は比較的少ないが、それでも吹き込む隙間風が冷たいこの時期の夜にはやや辛いものがある。
「・・・相沢か」
香里を肩に抱えながら悪態を吐く相沢に気付いた久瀬が、ドアを消失し本来の役目を果たせなくなった玄関から顔を出した。
「久瀬! 一体何があった?! コッチはコッチで香里の家が凄いことになってたし、何が起こってるんだ!」
「分からん、俺もここに着いたとたんに銃で武装した連中に襲われたんだ。
現状を把握しようとしたが、ここら一帯の電話回線を切られたようなので先ほど携帯から水瀬隊長に電話したが天野さんが出てな、隊長はみな・・・名雪さんを連れて今こっちに向かってるそうだ。
イーリャンは電源を切っているようだし、今ここを動くとあゆちゃんを守れるのが半死人の北川しかいないから再び襲撃された時のことを思うと迂闊に動けん」
「北川! アイツはどうしたんだ?!」
「アバラが完全にくっついていないのに無理な運動したからな、また折れたりしなかったみたいだが2階で寝てるぞ。戦闘は止めておいた方がいい、骨折や脱臼は癖になりやすいしな」
相沢の問いに分かる範囲で答えきった久瀬は、やや強引に相沢の肩から香里を自分の肩に移そうとした。相沢はとっさに久瀬の腕を弾き、その手を睨みつけた。
「なにすんだよ・・・」
「とぼけるな。お前も明らかに息遣いが荒いぞ」
「さっき叫んだからだ!」
「その青い顔もか? どうせまた何か無茶したんだろう」
「してねえ! 火事消しただけだ!!!」
「明らかに無茶だろうが!! お前まで倒れたら、隊長が来るまで俺一人でここを守らなければいけないんだぞ! あゆちゃんも心配していたしお前も休んでおけ!」
双方ともに顔をギリギリまで近づけ叫びあった結果、相沢が折れてゆっくりと香里を久瀬に預けておぼつかない足取りで玄関に向かった。
「っち・・・言っとくけどお前に言われたから休むんじゃねーぞ」
「当たり前だ、俺もあゆちゃんに言われたから、だ」
最後にお互いを鋭く一瞥したあと、彼らは秋子を待つ為に屋内へと場を移した。
「言っておくが、お前のベットはあゆちゃんが使用中だ。ソファーを使うことをお勧めする」
「オイ!!!」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「すいませーーん」
「・・・秋子さんか?」
「声から判断するとな。相沢、済まんが出迎えてくれ。俺は茶を淹れてくる。お前が美味いのを淹れられるなら別に俺が出迎えてもいいぞ?」
「ちっ、行ってくるよ」
相沢は重たそうに体をソファーから起こし、少しでも休んだせいで不完全燃焼した苛立ちを持て余しながら玄関へ向かった。
玄関口から射し込んで来る光のおかげでシルエットは水瀬親子だと確認できる。
気だるそうな相沢の姿を遠目で確認した名雪は勢いよく相沢に駆け寄った。
「祐一無事だったんだね。心配したよ〜」
「当たり前だろ。俺があの程度でどうにかなるかよ」
「でも、顔色悪いね。まだ休んでたほうが・・・」
「――久瀬も同じ事言ってたけどよ、そんなに疲れてるように見えるのか?」
名雪にげんなりした顔を見せた相沢は、靴を脱いで上がって来た秋子に顔を向ける。
「秋子さん、俺そんなに疲れてるように見えますか?」
「そうですね・・・・・・肉体ではなく、精神が疲弊しきっているように見えます。アルターを限界以上に行使すればこうなりますが、いったい何が?」
「いや、その、実はですね・・・」
首を傾げた秋子に、相沢はばつが悪そうに火事を怒りに任せてアルターで消し止めたことを説明した。
「まさか融合装着用、しかも純粋な戦闘用のアルターで・・・・・・」
「凄いよ祐一、N−HORYにもそこまで出来る人は少ないもん」
「ああ、まあな・・・・・・」
相沢は何処か煮え切らない表情のまま、2人の賛辞を受け取り、ようやく秋子の背後にいたもう1人に気が付いた。
「秋子さん、その人は?」
「ええ、先ほど近くでお見かけしたものだから、少し手伝ってもらおうと思いまして」
そう言って秋子は体を横に移動させて後ろにいた男を相沢に引き合わせた
歳もあってややくすみ始めた紫色の髪の男。仕事の途中であったらしく、表にはやや表面が焦げた使い古された軽トラが放置してある。
「お久しぶりですね相沢君」
「え・・・・・・アンタ誰?」
「僕の家に泊まってまだ2週間も経ってませんよ?!」
「あ、ナイスさんだっけ」
「なんでそのネタ知ってるんですか!? 橘! た・ち・ば・な!です!」
開口一番、偶々現場近くで秋子に拾われ連れてこられた橘あすかの一言を、緊迫した雰囲気ごと微塵に打ち砕いた相沢であった。
「エタニティーたちよ、癒せ」
液晶が割れて使い物にならなくなったTVを分解して構築された3つの球が、傷の癒えていない相沢たちの頭上で淡い蛍雪を降らし始めた。
緑色の光が3人の持つ生命力に働きかけ、少しづつではあるが北川と香里の顔色にも朱が戻りつつある。
「・・・・・・あと数分はそのままにしておいてください。骨折のような大きな傷が癒せるわけではありませんが、何もしないよりはかなり良くなるはずです。」
「けっこう楽だなコレ。北川、どうよ?」
「そだな、さっきよりはかなりいい感じだ。コレなら銃撃戦の2〜3回は「何考えてるんですか・・・」
温泉にゆったりと浸かっているようにリラックスしながら、相沢はポキポキと指を鳴らした。
北川も軽口を叩くが、あすかにさえぎられて不満そうな顔をした。
「僕の能力では傷の直りを早くしたり体への負担を和らげるだけで精一杯です。相沢君も、これ以上アルターを使ったらどうなるか分かりませんよ。精神に対する治癒力がどれ程のものかも分からないですから」
よろしいですね? とまだ不満そうな2人に釘を刺して、あすかは今だ虚ろな瞳をした香里に目を向けた。
「外傷もそれなりに酷いですが、医者が良かったのでしょうね。完璧に縫合されています。激しい運動をしたら傷が開く可能性があるから安心は出来ませんが、血は足りているし、大人しくしていれば大丈夫です」
「大丈夫ってな風には見えないけど」
「・・・・・・先程も言いましたが精神、つまり心までは僕も範疇外です。癒すことが出来るのは精神感応型のアルターぐらいですが、知り合いはこの市から急いでも2日はかかる町に住んでいますから」
香里の症状を説明し終わったあすかは用意された自分の席に座って置かれていた紅茶でのどを潤した。
「少し表で軽トラの手入れをしています。まだいますんで用事があったら呼んで下さい」
あすかが席を立ち、無事だった時計がチクタクと針を動かす音が沈黙を助長していく。久瀬にしては珍しく、落ち着かずに伊達眼鏡を何度も掛け直していた。
何倍にも引き伸ばされた数分が過ぎ去り、相沢たちの顔色がそれなりに良くなってきた頃、秋子は鞄から一台のノートパソコンを取り出した。
「さて、ここで紅茶をすすっているだけでは何も解決しません。そろそろ動き出すべきです」
「でもどうするのお母さん? 手がかりが何かないと動けないよ?」
「名雪、仕事中は隊長と呼びなさい・・・・・・それは後にしますけど、何も手がかりがないわけではありません。コレを見てください」
秋子はパソコンを起動させて、ドライブCの自分個人のフォルダを要求されたパスワードを打ち込みながら開いていく。そしてある一つのフォルダを開いて画面を皆に向けた。
それは保存されたWebページであり、表示されたロゴには英語でMarbleと表記されていた。
「実は天野さんにも全部は知らせていないのだけど、おそらくは今回の事件の犯人はコイツらよ」
「あの、話が飛びすぎてよく分からないんですけど」
「ええ、私だって詳しくは話したくないわ。思い出すだけで吐き気がする」
秋子は口元を少しだけ歪ませながら、ロゴをクリックしてそのページの内部を表示した。
「・・・ダメだ、パソコンはパス。北川に任せる」
「すまん、俺もよくわかんねぇ」
「お前らなぁ、TV以上の電化製品は扱えないのか?」
『サッパリ』
同時に飛び出た言葉に久瀬は頭を抱えて頭を垂れた。
「もういい。隊長、俺が説明します」
「そうですね、コレは予想外でした」
久瀬は画面を相沢と北川の正面まで移動させて、その画面を指で押さえた。
「いいか、インターネットぐらいは分かるよな」
「まあ、なんとか・・・・・・いろんな情報を入手したり違法データ拾って楽しんだりするって程度には」
「一部激しく間違っているがそれは置いておく。では、買い物が出来るというのは?」
「え?」
「知らないのか? 支払い方法は多々あるから省略するが、ネット上に商品を出してオークション形式で企業に仲立ちしてもらいながら個人レベルでの取引を行う。ネットオークションというやつだ」
「ああ、聞いたことぐらいはあるな。ここはパソコン自体ないからやったことないけど」
(・・・・・・後で無理やりにでも買わせて繋がせよう)
久瀬は名雪から聞いた家計簿の状況を思い出しつつ次のファイルを開く。
「そしてこれは保存した編集で保存したWebページだ、そのオークションのな」
そこまで説明した久瀬は画面を覗き込み、怪訝な顔をして秋子に向き直った。
「隊長、ここはどの企業ですか? 東天市場でもライブフーズでもない。個人レベルでこんなに豪華な設計は不自然だ」
「そこからは私が説明を引き継ぎましょう。まずは取扱商品の一覧を。値段は先月末のものですが、特に問題はありません」
現在のファイルを閉じて新たな4つのファイルを大きさを調整しながら表示した。
「昆虫、鳥獣・・・・・・そしてビデオゲームやトレーディングカード等のホビー」
「待ってください!!」
その品目をつらつらと眺めていた久瀬は、血相を変えてある一点を指し示した。
「これは・・・ありえない」
「どうしたんだよ久瀬?」
「相沢! カタカナぐらいは分かるだろう!」
「当たり前だ!!」
「じゃあコレを見ろ!」
「えっと・・・・・・原産地ロストグラウンド!?」
「嘘だろ・・・!?」
その異常性に気付いた相沢と北川がそろって驚愕の表情となる。秋子のとなりに座っていた名雪もそれを聞くやいなや顔を青くしながら相沢の隣に移動して、その事実を目の当たりにする。
ロストグラウンドにおける動植物の取引はその危険性から国際法上A級犯罪と認定されている。それを堂々とオークションで販売しているということはどういうことか。最初に口を開いたのは久瀬だった。
「ネットにおけるブラックマーケット、なんですか?」
「はい、その通りですよ。ここを見つけるのは本当に苦労しました・・・・・・情報部にもかなり無理してもらいましたしね」
香里がピクリと反応したのに気付いた秋子はその画面を閉じて別のファイルにカーソルを動かし、右クリックして『開く』を反転させた。
そしてその場にいる全員を試すような目線で眺めた後、こう続けた。
「さて・・・・・・これは序の口です。皆さん、この続きを見る気はありますか? 見れば敵の牙城を崩す為の布石を打てるかもしれませんが、心が耐つかは保障しかねます。故に、ここから先を望むなら挙手を」
そう言って秋子は目を瞑って手を上げる。
先陣を切ったのは相沢と久瀬だった。
「相沢、別にここから先はお前が関わるべき領域ではない。俺達N−HORYの受け持つべき領域だ」
「そっちこそ、受け持ってくれなんて俺がいつ頼んだ?」
お互いを挑発しあうその光景に苦笑いを浮かべながら北川と名雪も手を上げた。
かたや腐れ縁に近い友情を、被保護欲に近い親愛を抱き、彼らは付き添うことにした。
「落ち着けって2人とも」
「仲良くして、ほら香里も見てるよ〜・・・って香里! もう大丈夫なの!?」
「当たり前よ、ずいぶん楽にはなったわ」
香里はそう言ってやや影のある笑みを浮かべながら、白く引き締まったその腕を挙げた。
「美坂、本当にいいのかよ?」
「見くびらないで。ここでこれ以上折れているわけには、いかないのよ。秋子さん、お願いします」
北川の言葉を跳ね返した香里の目を見つめ、秋子は反転していた『開く』を左クリックした。
冷却装置からやや大きめの雑音が響き、保存されてなおじっくりと画像を表示していく。
そして、全員が目を開き品目分類の題名に注視した。
「品目、ロストグラウンド産の、人間・・・!!!?」
それは誰が発した言葉だったのだろうか。僅か一息で言い切れるほどの言葉だというのに、全員の顔に恐慌の色が浮かんだ。
「そんな・・・・・・嘘だよね、お母さん!!!」
「名雪、よく、最後まで見なさい。それが、義務よ」
名雪の絶叫に近い悲鳴を、何かを耐え忍ぶような声で答え、秋子はいつか見せた無表情のままに目を閉じた。
「――No.67、菅野心太・・・・・・販売済みだと!」
「杉谷信二・・・・・・右手のみ・・・!」
黙々と新たなページを読み続けていた久瀬が噛み締めすぎた歯から血を流しながら、1人づつ読み進めていく。
相沢にいたっては今すぐにでもPCを睨み殺しそうな瞳で睨みつけながら、久瀬に準じていく。
「・・・・・・・・・秋子さん?」
「ロストグラウンド生まれというだけで、拉致され、人権を剥奪されるといった事件は少なくは無いのよ」
北川の絶対零度の問いかけを抑えきれない嫌悪を滲ませながら秋子は言い切った。
「これも、その一例に過ぎないわ。さらに酷いケースなら、かって列強と呼ばれた国々の研究機関に買われて細胞の一欠けらまでも」
“バキィッ!!”
秋子がその言葉を最後まで口にするまでに、限界を突破し柳眉を逆立てた香里の拳がテーブルを文字通り粉砕した。
間一髪PCは秋子が手元に引きずり寄せたが、その拳圧で表面に傷が入っている。
「・・・・・・秋子さん、栞は」
「間違いないわ、この連中に連れ去られた。証拠だって、あと一日あれば揃える自信がある」
「証拠は要りません」
香里は音もなく立ち上がりポケットから出したゴム紐で邪魔にならないよう髪を括り即席のポニーテールを作る。
「問題は場所と頭、この二つです」
「――独りで征く気みたいね」
「当然」
周囲が無言で見守る中、簡潔に用件を伝え手のひらを差し出した香里に、秋子は一枚の紙を渡した。
「プリントアウトしておきました。持って行ってくれて構いません」
「感謝、します」
「香里!! 何で独りなの! 栞ちゃんがさらわれたんだよ!! 私だって」
テーブルの残骸を回り込んで襟首を掴んだ名雪の手に香里はそっと自分の手を添えて、うつむきながら優しく握り締めた。
「気持ちは嬉しいわ。だけど、ダメなのよ」
「なんで! 友達でしょ!!?」
「秋子さんは言ったわ、「証拠だって、あと一日あれば〜」って。それがどういうことか、貴方なら分かるはずよ・・・・・・じゃあ行くわ。さようなら」
玄関へと身を翻し、先程までの疲れを感じさせない動きで悠々と歩いていく。
迷いなどあるはずもなく、大切なものの為にこの身を投げ出す血意と共に、彼女は去っていった。
「――証拠が、揃っていないのですね。隊長」
香里を見送った久瀬は、やり切れないといった苦悶の表情で、苦虫を噛んだような声を出した。
「その通りよ久瀬隊員・・・・・・乗り込むだけの物を集めるには1日、長くて4日は必要なのよ。法を守る者としての鎖は、それほどに頑強なのだから」
「しかし! 守れないものがある法に縛られては!」
「その守れないものを守るために法があるのです! それを忘れてはいけません!!!」
その、あらん限りの音量と共に発された言葉で久瀬は気付いた。秋子は、かってないほどに怒っているのだと。
「法を破ることほど簡単な行為はない」数世紀前の哲学者が言った言葉だ。確かに、石を投げて窓を割るだけでも器物破損罪になる。投げた石が人に当たったら傷害罪だ。
このようなことを起こさせない為に罰という抑止力が存在し、その抑止力を為すために法が存在する。久瀬はその事を反芻しながら、ゆっくりと事件を振り返った。
隊長の推理によれば、今回のテロおよび誘拐はクジャータ逮捕を発端とした一連の事件であり、またその主格はネットにおける暗黒市場の主催者でもあるという。
その態度からも事実を裏付ける根拠があるのだろう。しかし・・・・・・証拠が、ない。
なるほど、これは不味い。N−HORYはあくまで治安維持が優先であり、超法規的愚連隊型集団ではないのだ。
仮に強行突入したとしても、何も成果が上がらずただ暴れて帰るといった勝手は出来ない。絶対に結果が求められる、そういった組織なのだ。
確かに、集団の長として隊長は正しい。正しいのだ・・・・・・
――――だが、それでいいんだろうか。人1人攫われ、その子はまだ子供なのに、今にも全てを奪われようとしているというのに、救えるのに救わないというのは、正しいことなのか。今から行ったら、きっと、間に合う――――
「俺は、何を、迷っている」
「・・・・・・もういいか北川?」
「ああ、なんとかな。ガレージに行って準備してくる」
治療の終わりを示すように3つの球は虚空に消失し、緑の光も露と消える。
立ち上がってゆっくりと指の関節をほぐした相沢が骨折の具合を確かめていた北川を誘った。
誘われた北川はバイクの鍵を指で回転させて、足をよろめかせながらガレージの扉を開けた。中から油や排ガスの混じった車庫独特の臭いが漂ってくる。
「秋子さん、誰か留守番頼とあゆあゆのお守り頼めます?」
「貴方も征く気なのですね?」
秋子の問いに、相沢はその顔を横に振って、からかうような笑顔で答える。
「少し違いますよ。俺たちはね――」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「・・・・・・行きましたか」
表から聞こえてくる鋼鉄の雄馬の雄叫びがそれを物語っている。行った、彼らは行ってしまったのだ、戦場へと。
秋子の隣で名雪がしょんぼりとして、久瀬君が前の席で苛立っている事を歯牙にもかけずに、私が渡した地図を頼りにして。
普通の者が聞けばこう言うだろう。「馬鹿らしい」。だがどんなに馬鹿らしく滑稽であろうと、彼らが決めたその答えは、確かに彼らを動かすには十分なものだった。
名雪は頑張って止めていたがやはり効果は無かった。心に火を持つものが止められるわけないのだ。
今回の事件は彼らはどちらかというと、ただ巻き込まれただけであり、別にここまでする必要はない。あれはただの御節介とも取られてしまう。
しかし、そんな理屈に振り回せされるような人間では分かった。
そこらへんは二人揃って親譲りだ。
そんなことを思いながら、秋子は次のターンを即座に計算し始めた。
相沢、北川、美坂、三つの要素がこの盤面にどう絡むかをはじき出した秋子はノートパソコンを仕舞って立ち上がり、隊長としての威厳と共に命令した。
「整列!!」
「「!!!」」
名雪と久瀬は習慣からすぐに反応し、秋子の前で直立不動の構えを取る。一拍置き、秋子はその声を崩さないままに命じた。
「名雪隊員は美坂香里の! 久瀬隊員には相沢、北川両名の監視を命じます!!」
「・・・・・・え?」
おもわずキョトンとした名雪に微笑み、秋子は背中を向けた。
「復唱せよ!!」
その言葉を聴いた名雪は、待ってましたと言わんばかりに白い具足――ホワイト・スノーラビットを装着する。
「りょ、了解! これより監視任務に移ります!!!」
ホワイト・スノーラビットの踵が内部構造を覗かせた刹那、吹き荒れた突風で割れていた窓が完全に消失し、名雪は床を蹴ってその跳躍力で一気に道路に着地し、クラウチングスタートの姿勢になる。
「よ〜〜〜い、どん!!!」
強化された脚部で踏み抜かれたアスファルトが砕け、土ぼこりのを尾に引きながら名雪の姿は、数秒で確認できない位置まで走り去っていった。
香里の位置が分かっているのだろうか
久瀬はそんなことを考えながら名雪の巻き起こした土煙を呆然と見つめていた。
「久瀬隊員!」
「了解しました。早速相沢、北川両名を追跡します・・・・・・質問はよろしいでしょうか」
「許可します」
「隊長は、いったいどちらへ」
秋子はしばし外を確認し、含むような笑顔で久瀬に振り向いた。
「ええ、少しですが、無礼な留学生共に礼儀というものをレクチャーしてきます」
困惑する久瀬をよそに秋子は階段を登りあゆがいる部屋に向かう。世話を美汐にさせるという算段をしながら。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「黒い車体に金のライン走らせた上にナンバー隠して明らかに違法改造しているバイク!! 今すぐ現逮した上にブタ箱にブチ込んでやるから止まれぇ!」
「止まるかジャリポリがぁ!!!」
先頭の白バイに悪態を吐いて更にエンジンの回転数を上げる。気を抜いたらウィリーして転倒しそうな車体を押さえ込み、体を少し寝かせて左足でバックパックを蹴り上げ一つのボトルを取り出した。
「ククク・・・・・・D〜〜〜〜ie」
左手の銃ででボトルを空中で破裂させ、中にぎっしり詰まっていたオイルが当たり一面に撒かれる。白バイ隊の進路上にも。
「あああぁぁぁぁ!!!!! 総員とまれ! 止まってぇぇぇ!!・・・・・・ィィイヤァァァァ!!!」
先頭車両の転倒に巻き込まれた別車両たちが更に転倒し、擦れあった車体が火花を撒き散らす。そしてオイルにも火花が飛び散った瞬間。
「The End」
北川が親指を下につき立てたその後ろで、紅蓮の炎が喝采を上げて白バイ隊を飲み込んだ。隊員たちの悲鳴をバックコーラスに、一刻も早く焦げ臭さから逃れる為に速度を90まで上昇させた。
「ふっ、生き延びたらまた会おう」
「いや、お前のやってること連中とかわんねーぞオイ」
「あ、起きたのか相沢」
「後ろからパトランプが点灯する音が聞こえてきたからつい起きちまった」
「いいタイミングだ。あれを見ろよ」
「お?」
北川の見上げるその先――白川総合物産と呼ばれるビルに目を向けた相沢は、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。
「あれか」
「次の曲がり角だ。準備しとけよ」
スピードを保ったまま左にカーブする為にエンジンの回転数を上げて、アスファルトとタイヤの擦過音が辺りのビルに反響して増大していく。
カーブに侵入する直前、摩擦力がほとんどなくなったタイヤを流すようにドリフトさせながら一気に突破した!
「相沢ぁ!!」
「おうよ!」
何台車を追い越してきたかなんて数えていない。信号は何個無視したか分からない。だが、それでも間に合ったかどうか。
そんな考えを払拭すべく、相沢は秋子に言ったセリフを思い出した。
『貴方も征く気なのですね?』
ああ、征くさ。放っておけない、許せない、我慢なんて出来ない。
『少し違いますよ。』
俺を狙うのは良かった。だけど他のヤツを巻き込んでなんざ絶対に認めねぇ!
『俺たちはね――』
なら俺たちがやることは一つ!
不安定なサイドカーの上に仁王立ちして右腕を突き出す!
―――ドンッ!
路上に違法駐車されていた一台の車の右半分を分解。
―――ドンッ!
交差点から出ようとしていた車を止めるため、道路を分解。
―――ドンッ!
街路樹も分解して紅の弾丸へ再構築!
バイクの行く手に浮かぶ虹色の粒子たちが作った《鈍虹の航路》に突入し、相沢の腕が虹を纏いて烈火へと変貌する。
一の腕は赤く金のラインが入った薬室へ。
二の腕は薄金の鎧となり、肩に現代の翼といえるものが装着される。
既に指は黒に覆われた破壊の為の凶器と化していた。
指を人差し指から小指、最後に親指の順に折り曲げ、何かを掴むように強く握り締める!
開放された薬室に紅の弾丸を装填、腰を深く落とし完全に姿を現したその破壊腕――ジェットブレイカーを左手で押さえつけ、挑むように狙いを定める!
「いくぜ!!」
「まかせろぉぉぉぉ!!!」
何を狂ったか、北川はハンドルを大きく横に切ってバイクをスピンさせた!それと同じくして相沢の肩のブースターに火が入り、その回転は助長され大型の独楽となった!
ただの回転ではない。前進する速度が緩まる気配は全くなく、速度を安定させて更に速く回っていく!
竜巻となった回転が臨界に達した瞬間! 北川はサイドカーを大きく跳ね上げた。
その数万分の一の刹那、相沢はサイドカーを殴り飛ばし、空中に弾丸の如く発射される!!
「必殺のジェットブレイカァーー!!!」
北川の叫びと共に相沢は空を斬り裂きビルのちょうど真ん中の階に向かってその体躯を砲弾と為す!
バイクの回転と速度+ジェットブレイカーの速度。必砕以上の超威力が相沢の拳を赤熱化した!!
「ブリット・シューーーート!!!!」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
大気との摩擦で発火した弾丸は一直線にビルへと猛進し、その破壊力を存分に発揮した。
触れたガラスは割れながらも融かされ、その進路上にいた人間たちは誰一人と無事では済まずに劫火に焼かれて倒れ臥している。
「・・・・・・あっち〜、やっぱりこれけっこうきついな」
全身を苛む火傷と激痛に襲われながら、相沢は元は何かの柱だった瓦礫を押しのけて姿を現した。
突入には成功したが、本人のダメージの方が大きい辺り成功かどうかは疑わしい。
真ん中の柱を突き抜けて、反対側まで来てしまっていた。
「――やっぱり馬鹿ですか君は」
「!!」
自らが打ち砕いた外壁の外より聞こえてきた声に過敏に反応し、新たな通常弾が装填される
「ジェットォ・・・「まってくださいって!!!」何!?・・・・・・あれ」
空中に立つ人、違う足元には八つの球体が足場となって浮かんでいる。
その球体を操る男、あすかはゆっくりと瓦礫だらけの床の無事なところに降り立った。
「君はそこまで彼に似ますか?」
「って何でここにいるんだよ!?」
「急ぎましょう、早くしないと警備が来ますよ」
「・・・・・・答える気なしかよ」
あすかは更に五つの球を作り出して、即席の盾とした。先程の球は剣となって右手に収まっている。
「そういう君も、なにしに来たか、はっきりと答えられますか?僕は、偶々近くに娘が来ていた。その仕返しですよ。娘の顔に傷を付けられて黙っている親なんていません」
「――とぉーぜん」
『俺たちはね――』
警備兵の足音が少しづつ近づいてくる中で、相沢は構え、拳を握り締める。
「喧嘩売りに来ただけだ!!!」
後書きらしくない後書き
夜華の残照より一時的に非難・・・・・・復帰しだいもどろうっと。
今回はどうもスランプ気味ですね。これ以上のモノが書けそうにない・・・
レスも、疲れてるんでお休みです。
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