「じゃ、そろそろ帰りますんで。美神さんもお大事にー」
「アンタ、まだ殴られたいわけー!?」
ごひゅう――
「って、すでに殴っとるやんけぇぇぇぇぇっ――――!」
そして、強制的に家路へ。
住めば都の大板荘! その二
そんなこんなで、横島は帰り道をとぼとぼと歩いていた。まだ体中が痛むものの、ギャグキャラならではの不死身っぷりを如何なく発揮し、至って普通に歩いていた。
「あー、しっかし気がつけば二十歳か……俺もいい歳になったんやなぁ」
家路をのんびり歩きながら、横島はそんな溜息にも似た一言を口にした。GS助手として働き始めた頃から変わらぬスタイルであるジーパンに同じ素材のジャンバー、そしてトレードマークのバンダナを巻いている姿は、どこか彼を実年齢より幼く見せている。とはいえ、その顔は以前とは比べ物にならないほど成長を遂げており、当時から彼と親交の深かった人間なら「男前になってきた」とでも評価するかもしれない。どこか締まらない顔をしている今も、昔では考えられないような雰囲気――例えるなら落ち着きだろうか――を湛えており、やはり時の流れは人を成長させるということを如実に示していた。
「っと……もう着いたか。それにしても――」
考え事をしながら歩いていたせいか、気がつけば我が家であるアパートについていた。外見からして、レトロそのものなのだが、実際にスペック的にも風呂なし・トイレ共用という、由緒正しき(?)アパートである。その歴史は意外に長く、戦後まもなくに建てられたというのだから、恐れ入る。古くは苦学生の住処として多くの若者を受け入れており、どうやら横島がその最後となりそうという事実は、横島にとっても、どこか物寂しさを感じさせるものであった。
「気がつけば俺一人だけだもんなー。小鳩ちゃんのところも貧乏神が頑張ってたんか、もうちっと広い所に引っ越しちまったし、それ以前に他に住んでた人もいたんだか、いなかったんだか……」
案外、大家のばーさんが隠居を決めたのも、そうしたことがあるせいかもなぁ、などと横島は考えた。ちなみに、横島は覚えていないが、横島と小鳩の家族以外にも実際に住んでいた人間はいた。まぁ、その辺りに関しては今回の話に全く関係ないので割愛させていただく。
「ま、時の流れっつーやつか」
しゃーないやな、などと呟きながら、錆ついた階段をカンカンと音を立てて上っていく。 部屋の前に来た横島だったが、ドアに鍵を差し込もうとして、ふと手を止めた。
「ん?」
それは、GS特有の虫の知らせ、とでもいうのだろうか。無視しようとしても、無視できない、決定的な違和感。
「な、なんだ――?」
雪之丞辺りが来てんのか、と横島は考えたが、同時にそんな訳はない、と理解していた。
「くっ、まさか俺を狙って――?」
一応、GSの端くれ。悪霊が逆恨みで横島のいない間に侵入したのかもしれない。何しろ、彼の雇い主は「あの」美神だ。いろいろな意味で容赦のない美神なら、恨まれることなど日常茶飯事だろう。そのとばっちりを受けたのだろうか――と横島は予想した。
そんなわけで。
「……俺も少しはGSとして経験を積んだんだ。臆する事なんてないはずだ!」
と、高らかに宣言しつつ、鍵を開けて、ドアを開けた。次いで、一気に室内へと飛び込んでいった。
そして、横島は秘策を繰り出した――!
「恨むんならあの業突張りを恨んでくださいっ! 俺は、あの女とは全く関係ないんでー!」
飛び込んだ勢いそのままに、何度も土下座をする横島。GSとしての経験がどの辺りに生かされているのか分からないが、とにかく横島は大真面目に必死だった。
そして。横島の予想通り、中には人らしきモノがいた。部屋の中心、万年床の布団の上に佇んでいる。そして、その姿は――
――女の子だった。推定年齢十歳未満の。
「ふぇ?」
きょとんとする女の子。我に返る横島。
「は……?」
二人の間に奇妙な沈黙が下りたのは言うまでもない。
「はぁ、座敷童子ねぇ――」
「そーなんですよぅ。私、ついさっき生まれたばっかで。右も左も分からなかったので、ずっと貴方を待ってたんです」
五分後。どうやら自分を狙った資格ではないことに気づいた横島は、目の前にいる少女の話を聞いていた。その少女の話によれば、彼女は座敷童子という妖怪だそうで、一種の九十九神のような存在らしい。今回についても、古くなったアパートと、そこに住んでいた横島の霊気を浴びたおかげで、誕生したのだとか。
「まー、このアパートも古いからなぁ」
横島はそう考えたが、座敷童子はフルフルと頭を振るってそれを否定した。
「もちろん、五十数年経ったアパートという事もありますが、貴方の霊力が高かった事も理由の一つとして挙げられます。本来、座敷童子というのは、九十九神の一種ですので、九十九年の歳月を経た建物が百年目に座敷童子という妖怪を誕生させるんですよ」
「はぁ、ってーことは――」
「私が誕生したのは貴方のおかげということになりますね」
にっこりと笑う座敷童子に、横島は胸が高鳴った。といっても、恋愛云々のためではなく、単に庇護欲のソレではあったが。もちろん、座敷童子が可愛いというのももちろんある。何しろ、彼女の容姿は一言で表せば日本人形。おかっぱの黒髪と、白い肌。手足は下手に触れたら折れてしまいそうな細く、どこか守ってあげたくなる雰囲気を全身から発していた。ちなみに、服装は勝手に横島のシャツ(のみ)を着ており、ちょっとフェチぽかった。その辺り、お約束だろう。きっと。
「それでですねー。私、まだ誕生したばっかなので、うかつに動けないんですよ。この建物に括られているようなものなので。で、悪いんですけど、しばらくここに住まわせていただけませんか?」
てへー、とあまり申し訳なさそうな顔をしながら、座敷童子はおねだりをした。そんな彼女の様子を見て、横島は少し考える。
(うーん。いい子だとは思うんだけどなぁ……この子がいるといろいろと困る気がするんだが。なんつーか、騒動の種にでもなりそうだし)
今までの経験が横島の頭をよぎる。何しろ、ここにはおキヌやシロがしょっちゅうやってくるのだ。説明するのが難しそうだなぁ、と横島は思った。
そんな横島の様子に、座敷童子は彼が渋っていると感じたのか、慌てて付け足した。
「あ、もちろん、貴方のお邪魔になるようなことはしません! 食事もいりませんし、なるべく静かにするつもりです。後、エッチなビデオを見る時はどっかに行ってますんで、安心して励んでください」
にっこり。そんな笑顔のまま、堂々と宣言されてしまった。対して、横島はぎりぎりと錆びたブリキのロボットのような動きで座敷童子の顔を見る。裏はない。完璧なまでに裏のない笑顔だ。だからこそ、横島は胸に見えないナイフが突き刺さった気がした。
「え、えと……どうして、そのことを?」
「あ、ほら。私、現界したのは今日ですけど、以前から意識は存在していたんですよ。で、暇で暇でしょうがないんで、貴方の事をよく見ていたんですー」
てへー、とやはりと言うべきか、あまり申し訳なさそうな笑顔を浮かべる。
「あ、男性はそうして処理するということは分かっているんで、気にしなくていいですよ。でも、大変ですねー。毎日あんなことをしなくちゃいけないなんて」
本人は本当に気にしていないのだ。よく分かっていない、というのもある。だが、横島としてはそんなこと当然のことながら関係ない。
横島の目から、ぼろぼろと涙が零れ落ちる。
「うわぁぁぁぁん! ドチクショー! オカンにも見られたことないのにー!!」
「あぁ、どこ行くんですかー!」
涙を零しながら、外へと飛び出していった横島の後ろ姿に、座敷童子はただ、声をかけるしかなかった。
「ま、まぁ、悪気があったわけではないだろうし、あの事は忘れよう。うん。忘れた方がいいんだ……」
数分後。すんすんと泣きながら帰ってきた横島は、ずーんと暗い雰囲気のまま、そう言った。GSとしての誇りはいくらでも捨てられる彼も、男として大切な何かを失ったのは相当にきつかったらしい。座敷童子の気遣わしげな視線も気づくことなく、壁の方を向いて体育座りをしているのが哀愁を誘う。
「それでー、お忙しいところすいませんが、先ほどの件はどうなったんでしょーか?」
「ん? あぁ……」
ようやく復活した横島は天を仰いで考える素振りを見せた。だが、それはあくまでポーズだけだ。すでに、彼の中では答えは見つかっている。そう、なんといっても彼は子供に甘いのだ。例え、秘密のお楽しみタイムを覗かれていたとしても(精神的なダメージは計り知れないが、それとこれとは別だと分かるくらいには彼も大人なのだ)。
「いいよ」
「え……もしかして」
「よろしくな」
「あっ――ありがとうございます!」
横島の返事に、ぶんっ、と音を立てるくらいに勢いよくお辞儀する座敷童子。何はともあれ、これで、二人の同居が始まったのであった。
――オマケ。
話も一段落着いたので、まったりお話タイム。
「そーいや、なんで俺のシャツ着てるんだ?」
「やー、それが力が足りなかったのか、服まで構成できなかったみたいです」
「……なんか、胡散臭いな、それって」
客集めか? と身も蓋もない一言を口にする横島。
「でも、男の人って、こういうのが好きなんですよね? ほら、こすぷれでしたっけ? この間、見てましたよね? そーゆーエッチなビデオ」
「って、それも見られてたのかぁぁぁぁぁっ!!」
横島、再び外へと飛び出ていく。
「あー、また行っちゃいました……」
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