彼は、新進気鋭のGS見習いである。
そんな彼の日々は常に死と隣合わせの危険がつきまとう!
折檻、折檻、除霊、折檻!
そんな、彼の日常とは一体どんなものなのか――?
新番組『GS横島 極楽大作戦』、みんな見てねっ!!
「何を訳の分からないことを抜かしておるかー!」
「い、一度やってみたかったんやー! 堪忍やー!」
住めば都の大板荘! その一
「横島さん、引っ越しするんですか?」
いつものように、除霊の仕事が終わった後。事務所でいつものメンバーが食事を取っている時、そんな話題になった。
おキヌの言葉は若干の驚きを含んでおり、どこか気遣うような響きがあったが、話題を持ちかけた方――つまり、横島はそんな事を気にするような性格ではなく、行儀悪くも口一杯に食べ物を頬張りながら、むぅん、などと同意の言葉(らしきもの)を発した。
「へぇ。横島君、いつの間にそんな資金を貯めたのよ。もしかして、ヤバイ事に手を出してないでしょうね?」
アンタがヘマして、迷惑かかんのはこっちなのよ? などと、美神は続けたが、実際に本気かどうかは分からない。あんまりと言えばあんまりなセリフなのだが、横島自身は笑ってそれを否定した。
「――いや、なんか大家のばーさんが田舎に隠居するんだそーです。本当に突然だったんで、困ったんですけどねー。まぁ、しゃーないかなぁと」
横島の脳裏に、その時のやり取りが回想される。具体的にはこんな感じだった。
『へ、隠居?』
『そ。じーさんが死んで早十年。そろそろ私も自由に生きてもいいと思ってねぇ。若い男つかまえて隠居しようかと』
『ばーさん、歳考えなって』
『アンタも顔は悪いけど、今時珍しいくらい気立てがいいからねぇ。アンタさえよければ、この婆と一緒にあばんちゅーるを楽しんでみんか?』
『遠慮しておきます』
「……と、いう事がありまして」
「そ、それは……」
「……なかなか元気なおばあちゃんですね」
苦笑するしかない美神とおキヌ。確かに年齢を感じさせないやり取りである。高齢化社会となりつつある今日、こうした老人が増えれば面白い世の中になるに違いない。
「まぁ、ばーさんにも迷惑かけっ放しでしたから。シロとか雪之丞とか……」
どこか遠くを見るような目つきでしみじみと語る横島。その視線の先には、今までの騒動が浮かんでいるのだろうか。
「せ、先生! 拙者はめーわくなどかけてはいないでござるよ!」
身の潔白を訴えるシロ。まぁ、本人は自覚していないのだろう。横で黙々ときつねうどんを食べていたタマモも「何言ってんのかしら、この莫迦犬は」といった視線を向けるが、シロは全く気づいていない。
「シロ――」
横島はにっこり笑ってシロの名前を呼ぶ。その笑顔につられてシロも笑顔を浮かべた。その瞬間、横島は怒声を上げる。
「こんの、莫迦たれー! お前が無理やり鍵のかかったドアをこじ開けたせいで何回ドアを壊れたと思っとるんじゃー! その度に俺は大家に頭下げて修理費前借りしてたんだぞ!?」
ちなみに、そのやり取りは最早近所でも有名となっており、特に、シロが横島に散歩(と称したマラソン)をせがみに来る朝方は、一種の目覚ましの役割を担っていたりした。ともすれば近所迷惑ともなりかねない行為だが、横島の住んでいるアパートの周りの住人は年配の方が多く、朝早くに起床する方ばかりだというのも二人にとっては幸運だったのかもしれない。また、シロの元気な姿は近所の人からすれば微笑ましく、どこか歓迎されていた節もあるのだから、面白い。
「全く……もう少しシロも落ち着きが出ればいーんだがなぁ」
苦笑交じりにそう言った横島に対し、さすがに反論できなかったのか、きゅーんと鳴いてへこむシロ。そうは言うものの、横島もそんなシロが決して憎いわけではなく、むしろ元気に騒いでいるくらいが「らしい」と思っているのだから、あまり強くは言えないのである。
「――無理じゃない? 莫迦は何度躾けても忘れるみたいだし」
よせばいいのに、100%混じりっけなしの挑発をするタマモ。沈んでいたシロもこれには敏感に反応し、その表情は怒りに染まり始める。
「なんか言ったか、女狐?」
「あら、自覚はあったみたいね? 誰もアンタのことだなんて言ってないのに」
「こ、この――!」
「あー、うるさいうるさい。どこかの莫迦犬の無駄吠えが耳に障るわ」
そのまま、いつものように騒ぎ始める二人(というか、シロが一方的だが)。近頃はますますクールな面を見せるようになったタマモだが、シロが絡むとどうも子供っぽくなるのはどうしてなのだろうか、というのが美神とおキヌ、そして横島の専らの悩みである。
そんな二人を置いといて――美神が一喝すれば終わるのだが、頻繁に起こる二人の喧嘩に面倒見切れなくなったらしい――、話は続けられる。
「で、貯蓄はちゃんとあるんでしょうね? 引っ越しだって元手がかかるもんなのよ?」
「まぁ、そうなんですけどね……」
言葉尻を濁す横島の様子から、否応にも金銭的な余裕が感じられないのは仕方ないだろう。はぁ、と溜息を吐く横島の姿は、哀れを通り越して最早滑稽であったりする。
「そこで、相談なんですけど、しばらくここに泊めてもらえませんかねー? 寝るのはソファーで構わないんで」
それが本題だったのか、真剣な目つきで(まぁ、家がなくなるのだから、真剣にもなるだろうが)美神に相談する横島。その目には「美神さんたちと一つの屋根の下、おいしい展開やー!」などいった下心はなく、純粋に頼みこんでいることが分かった。
だが。
「やーよ。アンタがここに住むような事になったら私だけでなく、他の三人にまで危険が及ぶじゃない。飢えた狼を羊の群に解き放つ莫迦がどこにいるってのよ」
「いや、美神さんはともかく、他の三人を襲うなんてことはないっすよ。罰当たりそうですし」
「じゃあ、私は何だってのよ!」
美神の右ストレートは的確に横島のテンプルを抉り、当然のように横島はきりもみ回転で後方に吹っ飛んだ。予定調和と言うべきか、次の瞬間にはおキヌが美神を宥めつつ、横島は生命の危機を脱出しようともがいていた。
――閑話休題。
「美神さん。横島さんもその辺りのことは(身をもって)分かってると思いますし、ちょっとくらいここに置いてあげても……」
ようやく落ち着いた美神に、おキヌはそう進言する。
「おキヌちゃん」
「はい?」
「アイツの霊力の源、知ってるわよね?」
「え、ええ……」
それがどうしましたか? といった様子のおキヌに、言い聞かせるような口調で続けた。
「煩悩の塊みたいな存在のアイツが、もし夜這いしようとしたら、精霊石の結界でも持ち出さないと無理だわ。頭は悪いけど、横島君の霊力は無駄に高いんだから。文殊でも使われたらおキヌちゃんだってどうなるか分からないのよ?」
「は、はぁ……」
有無を言わせない美神の様子に、おキヌは相槌を打つだけに留まった。「さすがに横島さんでも、いや……もしかしたら」などと考えている辺り、横島の煩悩に対しての評価が窺える。
「ま、どちらにせよ、朝から横島君の顔を見るなんて不快以外の何物でもないから、却下ね」
「ひ、ひでぇ……」
ばっさりと容赦ない一言に、ようやく復活した横島は涙を流す。
「美神さん……」
おキヌも咎めるような目つきをしており、さすがに美神もばつが悪くなったのか、渋々といった様子で代替案を出した。
「ま、まぁ、横島君も頑張っていないわけではないし、今回は急な事だし、仕方がない――ほんっとうに仕方がないけど、お金を貸してあげるわ」
この辺りが彼女の素直になれない、不器用な優しさというのだろうか。まぁ、横島が引っ越しの費用を用意できないのも、元は美神のドケチが原因であるのだが。第一、赤貧のGSなんて、珍しすぎるのだ(横島の周りにはバトルマニアや神父などが存在しているが、それは例外としておく)。危険がつきものの職業ゆえに、その報酬は簡単なものでも数十万円を越す。横島とて、見習いながらもGS免許を取得しているのだから、勤めている場所が場所なら、すでに高級マンションに住んでいてもおかしくはない。
そうしたことを考えたことすらないのだから、ある意味、横島は奇特な存在である。
何はともあれ、珍しくも美神が他人を助ける、ということを言ったわけだが――
「美神さん……」
ふるふると涙ぐみながら震える横島。それを見た美神は頬を微かに赤く染めて、そっぽを向く。
「お、お礼なんていらないからね。横島君のお礼なんて貰っても嬉しくないし、そこまで私も落ちぶれてないわ」
だが、いつまで経っても横島はふるふると震えているばかり。ふと気がつけば、おキヌも驚愕の表情のまま、固まっているし、シロとタマモも口喧嘩を止め、こちらを見ている。
「美神さん……もしかして」
「な、何よ……」
「頭、おかしくなったんじゃ――」
「誰がじゃー!」
その瞬間。ごひゅう、と空気を切り裂く、神に愛された者のみが放てる右ストレートが現世に光臨した。背景に小宇宙(と書いてコスモと読む)が展開し、横島の体躯は宙を飛んだ。
これで、とりあえずは収まったと美神は思ったが、おキヌやシロ、タマモは深刻な表情で次々に美神の容態を心配し始めた。
「美神さん、びょ、病院行きましょう! 今なら、まだ間に合うはずですからっ!」
「でも、手遅れのような気が……」
「天狗の妙薬、効けばいいのでござるが……」
あんまりと言えばあんまりな発言に、美神もさすがにへこむ。
「あ、アンタたち……」
美神の一言は空しく宙を漂い、消えていくのであった。
そんなこんなで、次回に続く――
――オマケ。
忘れ去られた横島は血の海に沈みながら、ぶつぶつと呟いている。
「じ、次回、『君の知っている横島忠夫は死んだ……文字通り』。また、都合により次回まで俺が保たない場合、放送中止の場合がございます。ガクッ」
《余裕あるじゃないですか……》
人口幽霊一号の呆れ混じりのツッコミはすでに横島には聞こえていなかった。
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