実技実習終了後、自分の愛馬の首筋を軽く叩いてねぎらっていた横島に西条武彦が話しかけていた。
「初めまして。関西の厩舎やっとる調教師の西条や」
「――!あの西条輝彦さんの父親の?なんのようです?」
「なあ、ざっくばらんに言うで。君、ウチに来えへんか?」
「え?」
「うちに来てくれ。君には、今の騎手には無いものがある。それは、俺の息子の輝彦にもない。そやけど、正直、今の君のもっている『それ』は、まだ磨いていない原石や」
「……」
横島は言葉も出せなかった。まさか、騎手として落第寸前の自分をここまで買ってくれる人物がいるとは、思ってみなかったのである。
「でもな、俺は原石やなくて、ぴっかぴかに磨かれた『それ』を見たことがある。感じ取ったことがある。俺を君が師匠に選んでくれるんやったら、それをぴっかぴかにしてやれると思うねん。そやから、頼む!うちに来てくれ!」
と言うと、西条は頭を下げた。
――数日後。横島が教官に呼ばれた。
「おい、横島。まだ実習の受け入れ先、決まっていないのか?決まっていないのなら、こっちで斡旋するが?」
と、面倒くさそうに横島に問い質す。その教官にしてみると、落第ぎりぎりで競馬関係者に親類のいない横島を好き好んで、自分のところに受け入れようとする調教師などいるはずが無いと決め付けていたため、そのような問いただし方になったのだが、それに対する返答は――、
「いえ、先生。決まりました」
という予想外のものだった。その言葉に驚いた教官は慌てて問い質す。
「何!?どこだ!?」
「西条武彦先生に誘われましたんで、お世話になることにしました」
「――西条先生が?何でまた……、あそこのメイン騎手なら、輝彦がいるだろうに……」
と、話が分からない教官は唖然とした――。
以前の出来事を懐かしむふうであった西条は、やおら横島に声をかける。
「――ま、騎手だけが競馬人生と言うわけでもあらへんからな。他に色々あるさかい、好きにしたらええ……。そやけど、言うとくで。お前には、騎手としていくのに、もの凄い武器を持っている。それは確かや。ほな、邪魔したな」
と、言い残すと西条は面会室を立ち去った――。
西条が去った後、横島は無意識に競馬学校内の資料館に、向かっていた。
――分かってるんや。オレが西条先生に甘えているんやって事は。――でも……、ここで教わることは、俺がなりたい騎手とは違うんや。
横島は一人そう呟いていた。
競馬学校で教わること。それは――、自分の目指す騎手像とは正反対だった。一番最初に教わった基礎馬術は、とりあえず真面目かつ真剣に取り組めた。だが、その後に教わることが、自分にはなじめなかった。
自分が目指す騎手――、それは馬の気持ちを第一にすることだった。戦術や駆け引きを抜きにして、馬を気持ちよく走らせる騎手を目指したかったのだ。
だが、学校の騎手課程で教わることといえば――、ペース配分や自分の馬の脚質によって、どうレースに乗らなくてはいけないかと言う「理論」ぽい事ばかりで、馬の気持ちを大事にしたい横島にとって、なじめないことばかりだった。
だからこそ、騎手と言う仕事に幻滅を抱き始めた。自分のなりたい気酒造を否定されるような気がするから――
そんな思いを抱きつつ、資料館のなかを歩き回っていた。
そして、歴代日本ダービー(東京優駿)勝利騎手のコーナーを足を踏み入れた。そこには、歴代ダービー騎手の写真パネルとダービー勝利時の無知が展示されていた。
――この人たちも、ここで教わった通りにしてダービーを勝ったんやろか……。
と思いながら歩き、70年代のダービー騎手の辺りに差し掛かった瞬間――、
「――うわ!?グッ……」
と、どうして分からないが、頭に衝撃が走った。そして、そのまま、横島は意識を手放した――。
――ああ、外にでるんもずいぶん、久しぶりやな〜〜〜
と、横島の頭の中で、横島のものではない声が響く。
――だ、誰や!?アンタ!?
と、その声に問い質すと――
――それよりもどうして……って、ああ、そういうわけか……。で、アンちゃん。お前の名前は?
と、一人で勝手に納得をされた挙句、逆に名前を問いただされてしまった。
――だ、誰って……。横島や。横島忠夫。この春に、西条厩舎所属でデビューする予定や。
――ああ、武さん所か。なつかしいなあ〜〜〜。
――で、アンタは誰や?
――オレか!?名前ぐらいは聞いたことがあるやろ?神永遼一や。
と、その声は、答えた――。
to be continue....
キャラ紹介
ピエトロ・ド・ブラドー
仏国出身。父は仏国の競馬関係者で、JRA初の海外出身所属騎手となる予定で、注目を集めている。藤間厩舎に所属する予定である。横島の親友でもある。
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