*絡みらしい絡みはありませんが、一応果物表記させていただきます。
そして。
「…結局不寝番なわけね…はぁ」
忠代が、美神の前に座りながら、ため息をついていた。
美神はもうかれこれ1時間ぐらい前に眠りについている。
すうすうと後ろから規則的に聞こえてくる寝息。幽霊退治に来ているのに、のんきなものだ、と忠代は悪態をついた。
「……」
何を思ったのか、忠代は美神の方を向いて、座りなおした。
じっと、美神の寝顔を見つめる。
長いまつげに、すっと通った鼻筋。小さな唇。
同じ女なのに、こんなに差があっていいのだろうか、と忠代は思った。
「ん…」
急に、美神が鼻にかかった声を上げた。それを耳にした忠代の体がびくぅ、とはねる。
「…忠代ちゃん…」
「――!?」
急に、自分の名を呼ばれ、目を真ん丸くする忠代。何かしたっけ、何もしてないよね…と心の中で呟く。
「もっと早く来ないと、給料下げるわよ…むにゃ」
「夢の中でもそれかぁっ!? …っと、大きい声出したら起きちゃうよね…」
あわてて口を押さえて、小さな声で自分を戒める。
だが、美神は何の反応もなく、眠り続けている。
「…ちょっとだけなら、大丈夫だよね…」
そう自分に言い聞かせ、美神の頬に、自分の唇をそっと寄せていく。
この人が悪いんだ。自分は悪くない。うん。
これは、そう、お礼みたいなものよ。
そんなことを心の中で繰り返しながら、そっと、そっと近づけていく。
五センチ、四、三、二…一センチ。
そこまで唇が近づいたところで、忠代は背中に視線を感じた。
いやな予感を振り払いながら、ゆっくりと後ろを振り向く。
忠代の視界に入ったのは…一人の、いや、一体の幽霊であった。
「―――っ!?」
大声を上げそうになったが、それは何とかすんでのところで押しとどめて。
びくびくと震えながらも、忠代はそれを認識することにした。
『助けて…助けてください…』
しくしくと、なきながら助けを請う幽霊。
(そ…そうだ!! 結界…!! この中にいれば、美神さんも私も大丈夫なんだっ!)
そう強気になってみるものの、体はだんだんあとずさっていく。
『聞いてくれます!? 私ってかわいそうな幽霊なんですうぅっ!!』
女の幽霊は、忠代の気も知らず、べったりと結界にはりついた。
「きゃああっ!? 分かった、聞くから結界にはりつかないでーっ!!」
幽霊の顔のどアップを直視してしまい、泣きながら幽霊に頼む忠代。
『聞いてくれるんですか!? あ、ありがとうございますっ!』
「どうでもいいから早く話始めてっ!!」
『あ、はい。では…』
素直に話し始めた幽霊を、忠代は冷や汗を流しながら見ているのであった。
幽霊の話を要約すると、出前のラーメンを運んできたら、鬼塚にそれをこぼしてしまい、切れた鬼塚に殺された、とのことであった。
『――それっきりでした。まだまだ人生これからだったのにいい…』
「…………」
しくしくと、いまだに泣き続ける幽霊に、忠代は冷や汗をかきながら乾いた笑いを返すことしかできなかった。
『ところで、あの女の人やな女ですね』
突如ころりと話題を変えた幽霊。
「…は?」
忠代はそれについていけず、また頭にはてなマークをうかべた。
『あんな女にアゴで使われて、女としてのプライド保てますか?』
「うっ…」
ぐさり、と彼女の確信を突く言葉に、忠代はうめいた。実を言うと、プライドを捨てようかどうか迷っていたところである。
『で、モノは相談なんですが。私があの女に取り憑いて、あなたと一緒に平和に暮らすというのはどーでしょう?』
幽霊の誘惑、悪魔のささやき。
忠代の心がぐらりと揺らぐ。
「平和に…暮らせたらいいなぁ…とは、思うけど…」
『私があの女に取り憑けば、GSから足を洗って、平和に暮らせると思うんですが…少しおまけで、露出もアップしたり…とにかく、出血大サービスをお約束しますわ!!』
胸の前で手をぐっと握り、力説する幽霊。
「…この世に生まれて十七年…やっと春が来たわーっ!! 私は何をすればいいっ!? さあ話して、すぐ話して、今話してっ!!」
魂だって売っちゃうわよっ! と、忠代。
『………』
忠代の勢いに、少し引きつつある幽霊。だが、にやっと笑って。
『してもらう事は簡単ですわ!』
忠代に、ぼそぼそと案を伝え始めた…。
「えっと…まず結界を壊して…」
ごしごし、と足で結界を消す。
「皮膚の上に、印を描いて…と」
きゅ、きゅきゅきゅっ、と音を立てて、美神の額にペンを滑らせる。
きゅぽん、とマジックのふたを閉めて、忠代は結界の外にいる霊にサインを送った。
『もらったあああっ!!』
サインを見た霊が、勢いよく美神の額へと飛び込んでいき…
ばっ!
バシッ!
『う゛あ゛っ!!』
これまた勢いよく起き上がった美神が放ったボウガンの矢を、これまた額に受けて。
『ギャ――ッ』
額を押さえながらどこかに逃げていった。
「特製の霊体ボウガンよ! 刺さったら最後、成仏するまで抜けないわ!」
その霊の後姿に向かって、美神が勝ち誇ったように叫ぶ。
そして忠代はといえば。
「……あ…仕方なかったんです〜〜〜!! しかたなかったんです〜〜!!」
美神の顔を見た瞬間、そう泣き叫んでいた。
「やかましいっ!! 追うわよ!!」
美神は、ティッシュで額の印を拭いながら彼女を一喝し、幽霊の後を追っていった。
勿論、後ろには未だに泣いている忠代をつれて。
ボウガンに結び付けておいた紐をたどって、階段前へと辿り着いた美神と忠代。
「こっち!」
忠代を促して、階段を駆け上がる。少しして、霊体の気配を感じた美神。
「!!」
気配を感じた方向に視線をやると、さっきの幽霊がうめいていた。
『う…うがあああっ!! あああっ!!』
先ほどとはまったく違う様子に、忠代は口を押さえた。
「ははーん。その壁の裏に何かあるのね。矢がジャマで中に入れないんでしょ』
ニヤニヤ笑いをしながら、美神が幽霊に問いかける。
「あの…その霊は違うんです…その…」
忠代が恐る恐る美神に話しかけるが。
「あなたはだまされたのよ。こいつは鬼塚よ! 女性のふりをしてるだけ!! 悪霊は人間の弱い部分を狙ってくるからね、こうなることは最初っからわかってたのよ」
…逆に、教えられてしまった。
美神の台詞を聞いて、幽霊が姿を変えていく。
『く…くそったれえええ――っ!!』
女の幽霊から、鬼塚へと変化していくのを見て、美神はすっきりしたように笑った。
「…ね?」
「…そんなぁ…」
美神とは反対に、忠代はがっくりと肩を落とした。
「さーて、何があるのかなーっと」
美神は楽しそうにそういい、目の前の壁を探り始めた。
『あ! な…何もないわい!! 開けるな――っ!! 開けたら殺すぞっ!!』
鬼塚が焦ったように美神を止める。何かを隠していることは一目瞭然である。
「スイッチみっけ!」
美神がかちり、とスイッチを押すと、年季の入った音を立てて扉が開いた。
『わ――っ!! 見るな――っ!! やめろ――っ!!』
未だ壁にはり付いたまま、叫ぶ鬼塚。
「何?」
美神がその部屋に入り、一番最初に見たものは、本棚であった。
かなりの数のノートがそこに収められている。
美神は、その本棚からノートを一冊取り出し、手にとって開いてみた。因みに、忠代は美神の横で懐中電灯を持っていたりする。
「『鬼塚畜三郎 愛の詩集 第568巻』?」
「『愛…それは僕の心をせつなくぬらす朝露の輝き…』 …何、これ?」
美神があきれたように鬼塚を見やる。
『知らん! わしゃ知らんっ!!』
鬼塚は焦ったように美神に言い返す。
「知らないわけないでしょ! ここに逃げ込んだってことは、あんたにとってものすごく重要な場所だってことよ」
美神はため息をひとつつき、ノートをぱたん、と閉じた。
「これを世間に知られるのが恥ずかしくて成仏できなかったわけ? え?」
あきれたように笑いながら、ぐさぐさと鬼塚にとげを突き立てていく。
『うあああ゛あ゛っ!!』
「『夢で出会ったスイートハート、君は一体誰?』 …うぷぷっ」
『やめてくで――っ!! 読むな――っ!!』
おまけに、忠代にまで笑われて、鬼塚は今にも精神崩壊しそうである。流石、似たもの同士のコンビだけはある。容赦ない。
「鬼塚、アンタ…バカだわ!」
馬鹿らしいを通り越して、いっそすがすがしいまでの笑みを浮かべ、美神は鬼塚に言い放った。その手に、ノートを広げて。
『ぐわわーっ! あ……あ……』
相当なショックだったのだろう、鬼塚は最後にそう叫ぶと、ひゅうううっ、と消えた。
「最後のよりどころを失って成仏したようね」
除霊が終わってすっきりしたのか、美神はあっさりと言い放った。
「む…むごいなぁ…」
その後ろで、忠代はそんな感想をこぼしていた。
「後は不動産屋にかけあってギャラを吊り上げるだけねっ! 楽勝!」
ぐぐっ、と体を伸ばす美神。その際に腰の骨がぽきりとなったがそれは気にせず。
「…美神さんは最初っから私を利用してたんですね」
「へ?」
忠代の声に、何事と後ろを振り向く。
「いくらなんでもひどくありません? 最初から分かってただなんて…! 若者の心をもてあそんで…!」
忠代が美神に詰め寄った。額にはイゲタマークも浮かんでいる。
「…あ、そ、そーね!」
美神ははっと気づいたように相槌を打った。少し焦ったような感じも抜けないが。
「今回はあなたのおかげで片付いたんだもの、お礼しなきゃね…!」
「じゃあ、美神さんの体で――!」
今度こそ、と美神に飛びかかっていく忠代。
「馬鹿な事言うんじゃないの! ほら、おごってあげるからご飯食べに行きましょ!」
すぱん、とどこから取り出したのかハリセンで忠代の頭をはたくと、荷を置いている部屋へと向かう。
「あ、待ってくださいよーっ!!」
少しの間地面に突っ伏していた忠代だが、美神の台詞を聞き、起き上がると美神のあとを追っていった。
食事を終え、事務所へ戻る道すがら。
「…ったく、食べるだけ食べて寝るんじゃないわよ…」
美神は、助手席で眠っている忠代をみ、そう毒づいた。
…一晩中の不寝番を頼んだ人の言う台詞か。まあ、彼女を彼女に至らしめているのは、そういう思考だったりするのだが。
「…ま、今日ぐらいはいっか」
美神はふ、と柔和な笑みを浮かべると、アクセルをもっと強く踏んだ。
心地よい向かい風が、彼女の髪をなでていく。
「むにゃ…美神さーん…」
「…あきれるわね。夢の中で何してんのよ、この子は」
忠代の寝言に、くすくすと笑いながら突っ込む。
(…この子といると、飽きないわねぇ。何でかしら)
ふと、そんな事を思った。
だが。
「――理由なんていらないわね、こんな事に」
飽きないから、飽きない。それでいい。
深く考え込むなんて、私の性にはあわないわ。
からり、と思考を変えて。
「さて、事務所に戻ったら、書類作らないとね!」
楽しそうに、そう零した。
赤いスポーツカーは、雨上がりの空に照らされ、眩しく輝いた。
そして、そのスポーツカーを運転している女性は、心底楽しそうに笑っていた。
…いつまでも、いつまでも、笑っていた――…
…極楽亡者の再構成が何でこんなに長くなったんだろう(挨拶)
こん○○わ、一話書くのに四日も五日もかかっている明です。
前回の話は、余りにも原作からかけ離れていなかったので、今回はラストを少しひねってみました。
そして、何故か百合っぽくなってます。
…なんででしょうか。分からないので、一応電波のせいに(略)
PS.
何故か返信機能が使えないので、こちらで返信させていただきます。
Yu-sanさん>
こちらこそ初めまして。
百合モノに…なりますね、はい。書いててどうしようか考えましたが、結局それが一番ストーリー的にも進めやすいかな、と思いまして。
『スール』の契り…結んだりして。(…しなかったりして。)
>タダヨは"唐巣神父の愛人”説
…そーですねぇ。それを覆せるような小説がかければいいのですが(爆)
タダヨと言えば唐巣神父ですからねぇ…(遠い目)
ではまた、次回作にて。
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