アシュタロスの事件から3週間が過ぎたある日の深夜。
あるアパートの一室では一人の男性が悶え苦しんでいた。
「…あっ……あかん……ダメや……ダメなんやー!」
ガバッ!
どうやら目覚めたようだ、荒い呼吸が部屋に響く。
「あっ、危なかった…。あと少しでイッてまうとこだった…。
このままじゃー限界は近いぞ。いったいどうすりゃーいいんだ。」
頭を抱える横島、顔にはかなりの憔悴が見られる。
「ルシオラ…、俺…、俺どうすればいいんだろう?」
顔を上げ、天井に答えの返らない問いを投げかける。
「やっぱり美神さんに相談してみるしかないのかな?
でも内容が内容だけに話して良いものかどうか…」
こうして横島は悶々としたまま、朝まで一睡も出来ないのであった。
魂の在処は?
所は替わり、ここは美神除霊事務所である。
とぼとぼと力無く近づいてくる横島。
『こんにちは、横島さん。』
俯いていた顔を上げて応える横島
「よう人工幽霊一号、元気そうだな。」
建物に元気そうだと言うのも……なのだが。
『はい、おかげさまで。でも横島さんの方は元気がありませんね。
何かお悩みでもあるのですか?』
「ああ、まあ色々とな。ところで美神さんはいるか? あとおキヌちゃんは?」
『はい、美神オーナーは事務室で書類整理をされています。
ミスおキヌは学校の研修旅行に行かれています。』
「えっ、また除霊合宿か?」
『いえ、今回は除霊活動は無い研修のようです。』
「そうか、サンキュー」
『いいえ、どういたしまして。』
人工幽霊一号との会話を終え、横島は美神のいる事務室へと向かう。
軽くノックをした後ドアを開け、
「ちゃーす! 横島っス」
いつものように軽い挨拶をする横島。
「あらっ、横島クン早いわね………どうしたの?」
横島の空元気も効果無く、目つきが変わる美神令子。
(あっちゃー!やっぱり美神さんにはもろバレか)
俯き頭を掻くことしかできない横島であった。
「…横島クン!…」
どんどんきつくなる美神令子の目つきに、遂に訳を話す決心をする横島。
憔悴を隠せない目で美神の目を見つめ、横島は話し始めた。
「美神さん!……」
「なっ、何よ…」
美神の頬が赤みがかって見えるのは気のせいか。
「実は、実は俺……溜まってるんです!」
「こん馬鹿たれー!!」
ドキャー!、美神の右ストレートにより、入り口ドアの横まで吹き飛ぶ横島。
「きさまー、そんなことを言うために来たのかー」
怒りで全身を震わせながら、ズンズンと横島に近づいていく美神令子。
「ちょっ、ちょっと待って下さい美神さん。まだ話の続きが…「問答無用!!」
虹を描きながら宙を舞う横島、いったいこの事務所の天井はどれほど高いのだろう?
嵐のような攻撃が止み、美神令子が落ち着きを取り戻すまで20分、更に横島が復活するまで30分の時が流れた。
「で、一体どうゆうことなの? 詳しく話しなさい!」
ドッカとソファーに腰を下ろした美神令子の前の床に、キチンと正座をしている横島。
主人と丁稚という言葉がピッタリくる光景である。
「ハッ、ハイ! 実はルシオラのことが関係あるんですが…」
徐々に小さくなる横島の言葉、美神も怪訝そうな表情をしている。
「ルシオラと? 横島クンのその………溜まっているというのに、どんな関係があるのよ?」
「美神さん言いましたよね、俺の中には大量にルシオラの魂が入り込んでいるって。」
「まっ、まあ確かに。」
「そしてルシオラの転生先が、俺の子供かもって。」
「ええ、そういう可能性も有るかもって…」
突然横島が顔を上げて言い放つ。
「そっ、その場合ですよ、おっ、俺のあのー…、つっ、つまり俺の精液にはルシオラの魂や、霊基構造が含まれているかもしれないじゃないですか!」
「うっ…」
美神令子は絶句する。
「その俺を助けるために死んだ、最愛の女性の魂が含まれているかもしれないモノを、オっ、オナニーや何かで排泄して捨てるなんてできるわけないじゃないですか!」
「……」
「俺は確かに煩悩野郎ッス、まだ若いから溜まるモンは溜まるんッス。でも! それは! そんなことは出来ないんスよー!!」
横島は涙目だ。対して美神令子は俯いてしまう。
「ここ何日か連続して嫌らしい夢を見るようになって、夢精する寸前まで言ってしまうんス。その度に目が覚めて自己嫌悪を感じてしまって、ろくに眠ることも出来ないんです。」
「…横島クン…」
「ルシオラの想いを裏切りたくないんです。例え親と子供の関係になったとしても、今度こそ幸せにしてやりたいんです。そのためには、軽々しく出すわけにもいかないんスよー。ウッウッウアーーーー」
遂に泣き出してしまった横島、美神は動けないでいる。
「すいませんでした美神さん。こんな仕方のないことを言ってしまって。」
「…いいのよ横島クン。私達の考えが足りなかったばかりに、そんなに悩ませてしまって…」
ようやく横島は顔を上げた。美神令子の顔は暗いままだ。
「美神さん、そんな暗い顔をしないで下さい。きっと何か方法はあるはずですから。」
横島が泣き笑いを浮かべる。
「…横島クン…」
美神令子も笑おうとするが、うまく笑えなかった。
そのままどのくらいの時間が過ぎたのであろうか。
『美神オーナー、お客様です。』
人工幽霊一号が淡々と報告する。
「誰? お客なら悪いけど帰ってもらって。」
『いえ、美神美智恵様です。』
「ママ? こんな時に…」
どうするか悩む美神令子。
「いいっスよ美神さん、俺が帰りますから。」
立ち上がろうとする横島。
「でも横島クン、そんな状態じゃ…」
帰すのを躊躇する美神令子。
お互い見つめ合ったまま、次の行動に移れない。
その時ドアが開く。
「何を待たせるのよ令子…と、横島クン?」
美智恵が入り口の所で怪訝そうな顔をし、立ち止まっている。
「マッ、ママ!」
「隊長!」
ようやく再起動を果たす二人であった。
「で、一体どうしたの二人とも? 訳くらい聞かせてくれないかしら?」
三人がソファーに座り、紅茶を一口含んだ後の美智恵の言葉である。
「そっ、それは。」
さすがの美神令子も内容が内容だけに、口ごもる。
………………………………無言のままの時間が過ぎてゆく。
「ふー、仕方ないわね。人工幽霊一号!」
『はい、何でしょう美神美智恵様』
「二人とも話しにくそうだから、会話を再生してちょうだい。そうね、話の核心に入る少し前からのね!」
「なっ! ママ! 何を言うのよ。止めなさい人工幽霊一号!」
美神令子の口調が荒くなる。ちなみに横島は下を向き、小さくなったままだ。
「いいじゃない令子、内容が判らないままじゃ、助言も出来ないでしょ。年長者のアドバイスが救いになる場合もあるんだから。」
笑顔でそう言われては、黙るしかない美神令子であった。
「それじゃあよろしく、人工幽霊一号」
『了解しました』
……………再生中……………
「ふーん、そういうことだったの。」
美智恵も理解したようだ。
「で、横島クン」
「なんですか? 隊長」
「あなたはどうしたいの? 直ぐに子供を作りたいの? それとも作る行為がしたいだけ?」
美智恵のあまりにストレートな質問に絶句する横島。
見た目よりも遙かに内面が純情な美神令子も固まっている。
「どうなの横島クン?」
美智恵の追求にようやく口を開く横島
「た、確かに我慢の限界は近づいていると思います。」
「でもそれにしては変ね? 何でいつものように令子に飛び掛からないの?」
「ママ! 何てことを言うのよ!」
美神令子の顔は真っ赤になっている。どっちの理由かは不明だが。
「まあまあ落ち着きなさい令子。で、どうしてなの横島クン?」
「そっ、それはルシオラの想いを汚したくないからです。俺みたいな男に惚れてくれたルシオラの想いを。
それをいつもの冗談半分の行為でおとしめたくなかったんス。」
「ふーん、まあいいわ。そうそう良かったわね令子。冗談は半分だけなんだって。」
真面目な話をしてると思ったら一転、娘をからかう。本当に食えない女性である。
「…クッ…」
美神令子は何も言えず母を睨むだけだ。ただし顔は赤いままだが。
母娘がほのぼの(?)としたやり取りをしている間、横島は美智恵のお腹を見ていた。
その視線に気づいた美智恵が横島に尋ねる。
「どうしたの横島クン、私のお腹をじっと見て?」
これを聞いた美神令子は横島を睨む。
「横島ー、あんた嫌らしい目で見るんじゃないわよ!」
慌てて横島が応える。
「ち、違います。今この時も隊長のお腹の中で夫婦の愛の結晶が育っているんだなーて、そしてそれを育てている隊長と言うか、妊婦さんってとても綺麗だなーって思って。」
「あ、あら。ありがとう横島クン。」
美智恵も満更ではないようである。
「フン! 横島のくせに生意気言うんじゃないわよ!」
美神令子は面白くなさそうだった。
「で、話を戻すけど横島クン。これからどうするの?」
美智恵の質問に横島が答える。
「妙神山に行ってみます。ヒャクメに調べてもらいたいというのもあるし、斉天大聖老師なら性欲を押さえる方法を知っているかもしれませんから。」
「奥さんになってくれる女性を、探すんじゃないの?」
一気にコケる美神令子と横島。
「いきなり何を言うんスか隊長ー。そんな女性がいるわけないでしょう。」
「そうよママ! 変なことを言わないでよ!」
「まあまあ落ち着いて二人とも。でも横島クン、あんたの霊力って煩悩が源でしょ。それを押さえてどうするのよ。」
「まあ隊長の言う通りなんスけど、ついでに別の方法で霊力を出す修行もしてきますよ。」
俯いて美神令子が話す。
「全部ルシオラのためなのね。」
「そっ、そういうわけでもないですけど、俺もいつまでも煩悩少年ってわけにもいかないですから。」
「…そう。」
応えた美神令子は少し寂しそうだった。
「というわけで美神さん。しばらくバイト休ませてもらえますか?」
「……まあいいわ。このところ大物の除霊も無いしね。ただし、出来るだけ早く帰ってくるのよ!」
「ありがとうございます。」
横島は笑顔で感謝した。
「あら令子って、理解のある上司だったのね。」
クスクス笑いながら、美智恵がからかう。
「フ、フン。荷物持ちがいないと困るからよ。それだけなんだから!」
顔は赤いが、やはり美神令子は美神令子だった。
夕暮れの美神除霊事務所玄関前
「それでは美神さん、隊長、行って来ます。」
「行ってらっしゃい横島クン。あまり令子を心配させないでね。」
「ママー! 後で覚えてなさいよ。」
「あ、あの美神さん?」
「とっとと行って来い! バカ横島ー!!」
「ハイー!」
猛スピードで駆けて行く横島、それを見送る二人の美神。
「ねえ令子、行かせて良かったの?」
「仕方ないじゃない。あんなに悩んでいるところを見せられたら。」
「でもねー、令子が横島クンの情熱を受け止めてあげれば、こうはならなかったんじゃない。」
「な、何を言うのよママ! 何であたしがあんなやつの………」
今日の美神令子は顔の血管が拡張しっぱなしのようだ。
「…まあいいわ。そろそろ部屋に戻りましょうか令子、少し冷えてきたし温かい紅茶が飲みたいわ。」
言いながら事務所に向かう美智恵。美神令子はその後を歩きながら一度立ち止まり振り返る。
(横島クン、早く帰ってきなさいよ。そしていつか、あなたの想いをあたしが……)
「令子?」
「今行くわママ。」
美神除霊事務所の扉が静かに閉まった。
『あとがき』
はじめまして、ペンネーム「小町の国から」です。
拙作を読んで下さった方々、どうもありがとうございます。
私はルシオラーなので、横島&○○(お好きな女性の名前をどうぞ)に、蛍や蛍子といった子供が生まれる作品は大好きです。
ただ疑問に思っていたのが、ルシオラの霊基構造が一番濃く含まれるのは、やはり事件後の初物(爆)なのではないかということでした。
アシュタロス事件後の時点では、本編後半のヒロインクラスがまだ登場していません。よってこのような消化不良な作品になってしまいました。
こんな作品ですが、感想、指摘、指導等いただけたら幸せです。
どうかよろしくお願いします。
それでは。
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