1−Bのあの子、なんか男の家に入り浸ってるんだって。
え〜 なにソレ? 誰々!
確か氷室って言ったかな? もう色々やってんじゃない
色々ってなによ〜 やっぱヤリまくりってのかな
そんな話題が彼女の耳に入ってきたのはただの偶然だった。最近はつるむ事がなくなった自分の取り巻き達の会話。やっと友達と思える人間に出会えた彼女には、ただ自分の回りで騒ぐだけの人間は不要になっていた。
「どういう事?」
知らず知らずのうちから自らの立場への苛立ちを、高圧的に回りに振る舞う事で発散していた自分。自分でも嫌な女だと今なら自覚できる。その自分を今の自分に変えてくれたかけがえの無い友達、氷室キヌ。確めなくては。彼女はそう判断し、噂話にふける同級生に話しかけた。
「かおり?」
「あ、弓さん こんにちは」
「ええ、こんにちは。それより先ほどの話を私にも詳しく聞かせてもらえないかしら」
彼女達の話によると氷室キヌには彼氏がいて、その彼氏の家に入り浸っている。何人かの友達がその姿を目撃している。制服のままだったり、私服だったりと頻繁にその姿は目撃されているらしい。
「ほら、彼女って純粋っていうか世間知らずっていうか、そんな雰囲気あるじゃない? そんな子が実は男関係じゃバンバンってギャップがね」
「どんな子でもヤル事ヤッてるってだけの話なんですけど」
かおりにも彼女達の言っている事は理解できた。好きな異性といっしょに居たい。好きな人と一緒になりたい。何故ならば、かおりも最近気になる男性が出来たから。
「あなた達、そういった話題は学校では控えなさい。先生方の耳に入ったら氷室さんにいわれの無い処罰が行われるかもしれません」
「でも、確かに友達が見たって!」
「黙りなさいラッセル子! この話は私が預かります」
このような経緯で、弓かおりはクラスメートにして友人の氷室キヌの男性関係の調査を行う事になったのだった。
「なんで私がこんなこと」
ブツブツと呟き不満を漏らすかおり。もう一人の友人に同行を求めたのだが、生憎とその友人、一文字魔理には用事があり同行は断られた。結果、かおりは一人でキヌを尾行する事になったのだ。
「これでは私がストーカーみたいじゃない! まったく」
彼女自身、自分の行っている行為がプライバシーを侵害する行為である事を承知していた。だが彼女には一人キヌの相手の男性に心当たりが合った。普段からキヌが名前を出す男性。敬愛する美神令子の事務所でキヌとともに働く男、横島忠夫。かおりには理解できないが、キヌはその男に好意をもって接している。
「これも彼女の為とはいえ ふぅ、まったく」
おそらくキヌと件の横島との関係は噂のようなものではないだろう。そのような事、キヌの保護者でもある美神令子が許すはずないからだ。仮に二人の間に恋愛関係が成立していたとしてもそれは極めてプラトニックなものであるに違いない。
「いや、あの男のほうに問題があるのかも。氷室さんには悪いのですけど、私にはあの人は信用できません」
美神除霊事務所の助手にして一番弟子、横島忠夫。本来ならかおりは彼を尊敬すべきはずなのだった。自分の尊敬する人物に一番近い人なのだから。だが実際は違う。かおりは横島をほとんど軽蔑していた。その一番の理由は横島の軽薄さ。女性を性欲の対象としか見ていない行動、それを煩悩と呼び恥ずる事もしない態度。厳格な家庭で育ったかおりには、横島は自分の理想の男性像から大きく離れた存在だったのだ。
「まさか、いえそんな! 私よりも先に大人の女性にステップアップなんて事ありませんよね! 信じてますわ」
漠然とした不安。それは友達に置いて行かれる事にたいしてか、それとも友達を信じきれない自分にたいしてか。もやもやとした気持ちを抱えたまま、商店街に向かって進むキヌをかおりは追いかけた。
「さすがおキヌちゃん! ものを見る目が確かだね。よっしゃこいつも持ってけ!」
商店街にある八百屋で買物をするキヌ。この商店街は彼女が住むエリアではない。にもかかわらず、観察する状況から見て彼女はこの店の常連である事がうかがわれる。先ほど寄っていた肉屋でも同じような状況だった事からも推察できる。
「つまり頻繁に氷室さんはこの商店街で買物をしている。それも食料品店で。それは即ち、彼女は学校帰りに横島さんの自宅に赴き食事の世話をしているという事に繋がりますわね」
悪ノリしてかけたサングラスの隙間から、キラリと目を光らせるかおり。後は実際にキヌが横島の自宅に入るところに偶然を装って現れれば良い。多分キヌは多少照れる事はあっても隠さず話してくれるだろう。
「なにをやってんでしょう私」
こんな事してる暇が在るのなら、自分も男を誘って映画にでも行ってるべきだ。去年のクリスマスにキヌを通じて知り合った男性。多分、自分とあの男は付き合っているのだろう。と、いう事はあの男は自分の彼氏になるのだ。ならば自分も彼氏と一緒に幸せな時間を過ごすべきではないか? かおりは幸せそうに食材を選ぶキヌを見ながら考え込んでいた。
「私も食事くらい作ってあげるべきなのかしら」
初めての男性と付き合う事になっている自分。付き合っている? 一緒に出かけて食事して、たまにプレゼントを買って貰う。これは付き合っている事になるのだろうか? あまり自信が無い。自分はあいつ、伊達雪之丞と唇を重ねた事すらないのだ。
「彼氏も喜ぶよ! しっかり栄養つけて頑張ってもらわなきゃ!」
「もう、そんな! うふふ」
キヌと店主の会話。頑張る? なにを? ああ、そうか。かおりはその考えに思い至った。食事を作り、一緒に食卓につき そしてその後。自分がまだ知らない領域の事をかおりは夢想する。不潔な! そういう思いとそれを羨む思い。背反する感情に苛まれながらも、かおりはそれを受け入れようと努めた。自分だってもうすぐ通る道なのだから、と。
「はぅ! いけない!」
しばらくぼおっとしていたのか、気がついたらすでにキヌは通りの向こうに消えて行く寸前だった。かおりは横島の自宅を知らない。ここで見失った折角ここまで追跡していたのが台無しだ。慌てて小走りにかおりはキヌを追いかけたのだった。
「見失う所でしたわ」
今にも取り壊されそうな古いアパート。その2階への階段をキヌは上っていた。その足取りは軽やかで、これからの事を想像してるのか、その顔に幸せそうな笑みが浮んでいる。
「幸せそうにしちゃってもう」
胸にあった小さな嫉妬心すら消してしまうキヌの笑み。念の為に横島の顔を確認したらさっさと帰ろう。そして今度の休日の予定でもたてるのだ。確か雪之丞はアクション映画が好きだったはずだ。そんな感じで脳内予定帳にメモをしていたかおり。しかし彼女はすぐに心が凍りつく事になった。
「よう、また来たのか」
「こんにちは雪之丞さん」
これはどういう事なのだろう? あの男は伊達雪之丞、間違い無い。で、そこに尋ねて行ったのは氷室キヌ、これも間違い無い。
「あれ? うそ、え? ええ?? なに?」
雪之丞に促され、室内に消えていくキヌ。そして呆然とし、現実を否定する呟きだけを行うかおり。感覚的に永遠に近い数分、かおるは電柱の影で立ち呆けていた。予想外の現実。信じる事が出来ない状況。何かの間違いであって欲しい。方法は簡単、今すぐ部屋に訪ね、直接問いただせば良いのだ。
「できるわけないじゃない」
そんな勇気は無い。あればこんな所で立ち尽くしいてるはず無い。気がついたら彼女の膝は小さく震えていた。唇も変色し震えている。
「どうしました? 気分が悪いんですか」
ついに自力で立っていられず、電柱に寄りかかる形になっていたかおりに一人の女性が話しかけた。セーラー服を来た高校生であろう少女。今にも倒れそうなかおりを見付け、彼女は見過ごす事が出来なかったのだ。
「なんでも ありません!」
自らの口から出た弱々しい言葉を強引に荒荒しいものに変えるかおり。
「ご、ごめんなさい。でも」
その剣幕に驚き、思わず謝ってしまう少女。それでも少女はこの場を少女は離れなかった。恐怖心よりもかおりを心配する気持ちが強かったのだ。
「立てますか? 救急車を呼びましょうか?」
「気遣いは無用です! すいません。あなたに怒鳴っても何も意味が無いのに」
少女が自分を心配して声をかけてくれたのは理解できる。しかし人に心配されるような状況にある自分が情けなくていらつく。怒鳴る事、他人にあたる事で気持ちをがまかそうとする自分のなんと情けない事か。とりあえず、かおりはこの自分を心配する少女にこれ以上不快な思いをさせない事にした。
「ちょっと体調が優れなくて」
「そこのアパートに私の部屋があるんです。良かったら休まれてはどうですか?」
純粋な親切心から出た言葉なのだろう。しかし、今は人の好意が自分の惨めさを際立たせるみたいに感じ、かおりは素直に好意に甘えることが出来なかった。
「気にしないでください。自宅に戻りますので」
「そうですか。大事にしてください」
この場には居たくない。何か自分の汚い部分が胸から飛び出してきそうなのが嫌だ。アイツが氷室さんと楽しく一緒に居るアパートなんて。
「あ」
気がついた。最後の希望にすがってみる。
「貴方、このアパートに住んでらっしゃるのですよね?」
「はい、そうですけど」
それが何か? 少女はかおりの問いに答える。
「変な事を聞いて申し訳ないのですけど、その、あの部屋に何時も私と同じ制服の女性が訪ねてくるって事は、あ、ありませんですよね?」
「え おキヌさんの事ですか? よく来られますよ」
もう認めるしかない。キヌが通っていた相手を。雪之丞の本当の相手を。
「ふふ」
自嘲の笑みを浮かべ、一度大きく深呼吸した後、かおりは自分的にはしっかりと力強く立ちあがった。
「惨めですわね」
そう呟いた後、フラフラと立ち去るかおりの背を見守る少女。
『小鳩、あの娘まさか』
気が動転していたかおりは気がつかなかったが、少女はその背に子供のような大きさの神霊を宿していた。その神霊の声に小鳩と呼ばれた少女が答える。
「うん、おキヌさんの事にショックを受けてたんだもん。きっとね」
『あのクソ餓鬼も女泣かせやのう』
「私だって負けられないんだから、負けないんだから!」
「こら美味い! これまた美味い!」
「てめこら! 少しは遠慮しやがれ!」
狭いテーブルをはさんで食事を奪い合う二人。
「肉ばっか食いやがって! ざっけんな! そいつは俺んだ」
「うるせ! 滅多に無い動物性タンパク質の摂取のチャンスを逃すものかよ! あ、飯お代わりたのむ」
「3杯目はそっと出しやがれ!」
家主の横島の制止を無視し、二人の様子を見て笑っているキヌに茶碗を差し出す雪之丞。
「3日分は材料を用意したのに、もう買置きが無くなっちゃいましたよ」
「ったく、飯の匂いに釣られやがって。どんなセンサー内蔵してんだコラ!」
食わなきゃ食われる。そう思うと明日の為に食材を残すなんて余裕はない。そう判断した横島は、キヌの差仕入れを出来るだけ沢山食す事にした。
「言えねえな。これが戦場で生き残る為の秘訣よ。あ、ありがとな。この野菜炒めのご飯の進む事、進む事」
ご飯のよそわれた茶碗に野菜炒めをのせ、かきこむように頬張る雪之丞。そんな彼の様子を嬉しそうに見つめるキヌ。誰であれ、自分の作った料理を褒めてもらえるのは嬉しいものだ。
「何でお前が俺より飢えてんのかがいまだに疑問だ。お前だけだぞ! 俺にたかるやつは」
「ま、気にするな親友!」
「ほざけ!」
最後に残った肉の欠片を戦士の動きで奪い合う男達。
「ほら、食べ物で遊んじゃだめですよ」
そんな彼らにたいし、優しい笑みを崩さずキヌがお茶を差し出す。
「あ、わりい」
お茶を受け取り、照れ隠しに頭を掻きながらそれを受け取る雪之丞。その隙を見計らって肉を素早く口に投げこんだ横島。
「ん、勝利は我にあり」
「うあ! 人の所業とは思えねえ残酷な事しやがって!」
「けっ! 戦いの最中に余所見をするやつが悪いのよ」
満足げな笑みを浮かべ、楊枝で歯を磨きながら腹をさする横島に牙を剥く雪之丞。こんなに喜んでもらえるのならまた来よう。そう思いながら喧騒を後に食器を片づけるキヌだった。
つづく
俺オッパイ党。君達何党?(挨拶)
初めての人にハジメマシテ。知ってる人はお久しぶりです。NTRとはナンゾヤと思った人はあと数話お付き合いください。知ってる人は、えっと、わかって読んでくださったのですよね? あ、タイトルに深い意味はありません。ではでは
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