――― 再び、美神除霊事務所にて ―――
「……ふんだ、どいつもこいつも人の話を聞きもしないで」
一人愚痴を言いながら、豪快にグラスを空ける美神。最初のうちは彼女のヤケ酒を止めていた人工幽霊一号も、すでに諦めたのか彼女に声をかける気配は無い。
「だいたいさぁ、今年は参加しない、な〜んて誰も言ってないじゃない」
どうやら今年は参加する気だったらしい。もっとも、西条にあげている時点で立派に参加している事になるのだが、それは彼女の中では別問題らしい。
「…でも、まぁねぇ、あげるったってさ、この私が……簡単にあげられるわけ無いじゃない……」
怒りもあらわに愚痴をこぼしていたそれまでとは一変して雰囲気が変わり、今にも泣き出しそうに俯き言葉をもらす。
だが、すぐに顔を上げると、またぶつぶつと愚痴りだす。
「あーっ! もうっ! イライラする!! 別に私はあいつのことなんて、なんとも思ってない!! うん、そう!!」
そして、一際大きな声を出すと、またもや豪快にグラスを空ける。
「…ん〜、すっきりしたけど、やっぱりいらつくわね。きっちりお礼をしないと」
支離滅裂な事を言いながら、パンチの具合を確かめるように素振りを始める美神令子。
ヴァレンタインデーの夜にヤケ酒を飲みながら、シャドーボクシングをする女。
シチュエーション的には、当日に相手の浮気が発覚した挙句に振られた可哀想な女性、としか言いようが無い。もっとも彼女はそんなことには気づいていないのだろうけれども。
ソファに座り直し、鼻歌交じりに上機嫌でお酒を飲み始めたところで、事務所のドアが開き、見慣れた姿が入ってくる。
「こんば、うわっ! 酒くさっ!! 美神さん、どんだけ飲んでるんですか?」
「な〜によ、横島じゃない。なに? もしかしてチョコでも貰いにきたの?」
「美神さんから貰えるなんて思ってないっすよ。あーもう、こんなに散らかして」
何を企んでいるのか、嬉しそうに絡んでくる美神の元に到達するために、散らかっている空き缶やら空き瓶やらを分別しながら片付ける横島。このゴミ量から察するに、自分達が帰った後、すぐに飲み始めたのだろうと考える。美神がこれだけ飲む時は、よほど心が鬱屈している時だ。
「な〜に、ボーッと突っ立ってんのよ。ほら、隣! 来なさい!」
バシバシと自分の隣を叩きながら呼ぶ彼女に逆らえず、のろのろと近づく。
ソファに腰を下ろそうとしたところで、
「せーざ!!」
「……は?」
「やっぱりそこに正座しなさい。ほら! 注いで!!」
新たな指令が下り、有無を言わさずにその場に正座させられる。そして座るや否や、すぐにグラスが差し出されお酒を注がされる。
普通ならムッとするところだが、何と言っても横島である。
正座させられた彼の頭の中は、
(ぬおっ!! 目の前に太ももが!! そしてこの目線の高さ!! 上手くいけば、ぱ、ぱ、ぱんてぃが見れるかもっ!!)
(…ぬぅ、これで足でも組んでくれれば一発なんだが。……しかしこれは、もしや誘っているのか!?)
(だが、ここで飛び掛っては何時も道理。ならばここは座して時を待つのが上策か……)
悲しいくらい煩悩まみれだった……。
「………しまっ! 横島!! こらっ! 人の話し聞いてんのかー!?」
「いでっ! 聞いてます! 聞いてますから!! いたっ! 耳離して下さいって、いたっ!」
「ふふ〜ん、あんた、やっぱり隣に座りなさい」
目の前の桃源郷に目を奪われていた横島は、美神の話などもちろん聞いておらず、耳を引っ張られ意識を引き戻させられる。
そして、そのまま美神の隣に引っ張られ、少しばかり行儀悪くソファに納まる。その際、横島が「イテテ、痛いよ姉さん」と呟いたのは芸人根性の表れだろうか。
「んで、なんすか?」
密着している、と言っていいくらいに隣に座っている。なのに酒臭さのせいでどきどきが台無しじゃー、等と思いつつ、ひりひりと痛む耳をさすりながら、美神に尋ねる。
横島の問いに即答せず、行儀悪くつまみをいじりながら、「ん〜」と考え込んでいる美神。
しばらく言葉を待ち続け、いっそこのまま寝てくれたほうが楽でイイナァ、と思い始めた頃、ようやく美神が口を開く。
「……あんた、なんだってこんな時間に来たの? 三人は?」
「あぁ、夕方来た時にカバン持って帰るの忘れたんですよ。なんで取りに来ました。あ、三人はウイスキーボンボン食べたらしくって、俺んちで、ぐーすか寝てます」
「あ、そう」
素っ気無く答えた美神がグラスを空けるのを待ち、視線で続きを促す。
「……今日って何の日か、知ってるわよね」
「美神さんには関係ないイベントの日っすね」
「んもう、いちいち突っかかるわね。別に私に関係がないわけじゃないわ」
「……でしょうね」
そういや、西条にはあげてんだよなぁと思い出しつつ、テーブルの上のつまみに目をやる。それは美神がいじった跡はあるが、口にはしていないらしい。
「そもそも、日本のヴァレンタインがおかしいのよ」
「……」
「ヨーロッパなんかだとね、男も女も関係なくプレゼントをするのよ。それで……」
延々とヴァレンタインに関する薀蓄を語り始める美神。彼女が何を言いたいのかまったく分からなくなり、あいまいな返事をするしかなくなる横島。しばらくそんな間抜けな時間が過ぎ、薀蓄の終了と同時に沈黙がその場を支配する。せめてボタンがあれば何とかなったのに。
とりあえず沈黙を破ろうと、横島が「へぇ〜」を口にする覚悟を決めた時、意外にも美神のほうが口を開く。
「飲め」
「……は?」
「で、食べなさい。命令よ」
空いているコップに酒を注ぎ、横島の前に置く。ついでにつまみも横島の前へ。
「いや、流石にこのつまみはちょっと…」
「なによ! 私の手作りよ!!」
「それは良いんですよ。ただ、これは合わないんじゃないかと」
「男のクセにうるさいわねー! とりあえず食べなさい!!」
覚悟を決め、酒を飲み、つまみを口にする。が、やはり口から出るのは否定の言葉。
「…美神さ〜ん、やっぱ合わないっすよ。お酒とは」
「なによ、美味しくないって言うの!? 私が作ったのに!?」
「いや、美味いは美味いんすけど、酒とは合わないんですよ。第一美神さんだって食べてないんでしょ、これ?」
「べ、別に私が食べようと思って作ったわけじゃないもん」
「酒とは合いませんよ、チョコレートケーキは」
「う……、はっきり口にするな!!」
可愛らしくそっぽを向いた美神に対し、それ以上強くは出れずにケーキを口に運ぶ。
結局、アルコールを甘めのカクテルにしてもらって、なんとか丸ごと一つ完食する。
そんな横島を、時折「作る時そこが難しかった」とか「このチョコ、高かったんだからね」と話しかけながら、美神は嬉しそうに見ていた。一番多かった言葉が「美味しいでしょ」と言うあたりに彼女らしさが伺えて、横島は苦笑をこらえるのに困ったが、それよりも嬉しさや楽しさが上回り、いつしかケーキも美味しく感じられていた。
「ふぅ、ご馳走様でした。美味しかったです」
「当たり前でしょ、私が作ったんだから」
「まぁ、それはそうでファ〜、ン〜」
「何よ、眠いの?」
ケーキ一個を一人で食べ、それなりの量のアルコールも口にした。眠くなるのも当然だと言いたいが、口を開くのも億劫に感じて、横島は黙ったままソファに横になる。中途半端に美神のひざに乗る形になり、当然文句を言われる。
「あんたね〜、横になるなら反対側に倒れなさいよ〜」
文句を言いながらも、自分の体と横島の頭を動かし、膝の上に頭が来るようにしてやる美神。そのまま横島の髪を撫でつけながら、優しく話しかけ始めた。
――― そして、二人は ―――
―――今日は二月十四日
「私のオトコになろうって奴がこれくらいで潰れてどうすんのよ」
―――女の子が勇気をもらえる日
「でもさ、ケーキ、全部食べてくれてありがとね」
―――少しだけ素直になれる日
「ねぇ、ご褒美にキスしてやろっか」
―――意中のあの人に思いを告げられる日
「………………」
―――今ここに、滑り込みセーフで一組のカップルが
「………………」
―――誕生しました、ってあれ
「………………」
―――ほら、チュ―って
「……うぷっ、おえっ……」
「…おわっ、ちょっ、まっ! ストップ! ストップ!! 美神さん!!」
「……もう、だめ。ごめんね、横島君……」
「そんな芝居がかる余裕があるんなら、トイレ、トイレでっ!!」
―――え、と、
―――気を取り直して
―――二人に多くの幸があらんことを
―あとがき―
えー、改めまして美神派(立場低い・弱い)のまちすです。今回はなるべく原作の二人らしさが出せるように頑張ってみました。うまくいっていれば良いのですが。
今後もぼちぼち出現すると思いますので、その際はかまってやってくださいませ。では。
業務連絡(?)
この場を借りまして米田様にお伝えしたい事があります。リンク張らせて頂きました。
事後承諾な上、連絡が遅くなってしまい本当にすいません。
今度こそ本当に、では。
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