―――二月十四日
―――普段は勇気の出せない女の子が、意中のあの人に思いを告げることのできる日
―――女の子がドキドキする以上に、男の子もドキドキする日
―――そして
―――多くの男の子が
―――荒れる日でもあったりする、そんな切ないお祭り
―――聖・ヴァレンタインデー
もちろん、我らが主人公横島忠夫は―――
「ちくしょう!! ヴァレンタインなんて!! ヴァレンタインなんてーーー!!!」
当然ながら、荒れるほうだった……
「あと、ほんの少しだけ(前編)」
――― 昼、学校にて ―――
ヴァレンタイン当日のお昼、横島は自分の通う学校の教室で、静かに荒れていた。
言うまでも無く原因は、ヴァレンタインデーそのものにある。
今年は去年のように、下駄箱にチョコが入っていることも無く、自作自演疑惑で憐れまれることはなかったものの、収穫はゼロ。
山のようにもらえるとは思わないが、まったくのゼロ。完全無欠にゼロである。義理もへったくれもない。
こんな日に限って、同士・タイガーは欠席。「仕事という名のずる休みだ」とは横島の弁である。
「よ、横島さん、大丈夫ですよ。美神さんの所にいけば貰えますよ」
黒いオーラを発する横島に、ピートが声をかける。そういう彼は朝から多数のチョコを貰い、困惑気味だが少し嬉しそうだ。
「……うるせぇ、チョコの匂いぷんぷんさせやがって。エミさんに呪われてしまえ」
不機嫌さを隠そうともせず、更にはピートには目もくれずに返事をする横島。
「横島さん! そんな事、冗談でも言わないでください!」ピートはぶるっと身震いすると、「本当にシャレにならないですから」と、青い顔で答える。
放課後、バイト先に顔を出せば幾つかはもらえる。そう分かってはいても、目の前でキャアキャアやられては面白くない。
なんとか横島を宥めるピートだが、状況は一向に良くならない。
と、そこに、見るに耐えたのか援護が加わる。
「はい、横島君。チョコあげる」
教室内の喧騒が止み、そこにいた全員の視線が同じ方向を向く。視線の先にいるのは、横島とピート。
そして―――机妖怪の愛子だった。
「あ、愛子〜、ありがとう〜」
涙を流しながら、両手で受け取る横島。ダーッと泣く横島を、肩を竦め、やれやれといったように見ているピート。
とりあえず、横島の負のオーラにより、教室が沈むという事態は避けられた。
――― 夕方、美神除霊事務所にて ―――
「ちわーす!!」という挨拶と共に事務所に入る横島。昼間纏っていた黒いオーラは微塵も無い。
見れば彼の手には、チョコが詰め込まれた紙袋がある。
「…なんだ、あんたか。今日は仕事無いわよ」
机の上の書類と格闘していた事務所の主、美神令子はチラッと彼を一瞥すると、再び書類に目を落とす。
そういえば、「確定申告の準備で忙しい」と言っていた事を横島は思い出す。本当は多分帳簿の帳尻あわせに忙しいんだろうな、と思ったが口にはしない、ぼこぼこにされるのはやはりごめんこうむりたいところだ。
「チョコを貰いに来ました」等とは言えず、手持無沙汰にソファに座る横島。
その場の沈黙に耐え切れず、いったん出直そうと腰を上げ、いまだ書類から目を離さない美神に声をかけようとした所で、声がかかる。
「あ、横島さん。もう来てたんですね」
「せんせー、今日は早いでござるな」
「……疲れた」
エプロン姿も可愛らしく、おキヌ、シロ・タマモと事務所メンバーがキッチンから顔を出す。
「あれ、三人揃って何してんの?」
「えーと、その、ですねー」
話し始める横島とおキヌをよそに、シロとタマモはソファに近づき、横島の荷物を漁りはじめる。
「先生ーー! このチョコ、拙者も食べていいでござるか?」
「ふーん、なんだ結構貰ってんじゃない」
「おい! 勝手に人の荷物あさんなよ!!」
おキヌから離れ、シロタマに向かう横島。残されたおキヌの顔は驚きの表情である。
よくよく気をつけて見ていれば、美神の手が一瞬止まり、すぐに動き出していたことに気づいただろう。
「先生、かなり貰ったでござるな」
「……なんか、小さいのやら大きいのやら、種類が沢山あるわね」
何が嬉しいのか、横島の腕に絡みつきながら感心しているシロ。制止を気にせず袋を漁り、一個一個見ているタマモ。
「あ〜、なんかな、同情チョコらしいぞ、それ」
実は愛子からチョコを貰うと、堰を切ったように女子生徒が横島にチョコを渡しだしたのだ。なんでも去年の自作自演に同情して、今年はあげよう、という話になっていたらしい。
が、誰もが最初に渡すのはちょっと、ということで昼休みまでずれ込んでいた。そして愛子が渡した事により、ようやく皆が渡せるようになった。というのが事の顛末らしい。
最初は横島に対し、嫉妬と殺気のオーラを向けていた男子生徒一同も、事情を知ると全員が頷いた。
こうして、誰が名づけたか「同情チョコ」が紙袋をいっぱいにするに至ったわけである。……数の多さには誰もが驚いていたが。
「という事は、全部義理とか同情なのでござるな」
「まぁ、そういうこった」
「では先生。しばし待つでござるよ」
しかめっ面になった横島に声をかけると、シロはキッチンへと姿を消す。彼女に声をかけながら、慌てておキヌとタマモも続く。
しばし待つといった事も無く、満面の笑みを浮かべたシロと、不敵な笑みを浮かべたタマモ、そして赤い顔のおキヌが戻ってくる。
「はい、先生! ほんめーチョコでござるよ!」
「まぁ、私は同情チョコならぬ、感心チョコっていったところかしら」
「横島さん、本命チョコですからね」
「おおっ!! 三人ともありがとー!!」
もらえるだろうと思っていても、実際もらえるとやはり嬉しいもので、ここでも涙を流す横島。
そんな横島を囲み、女の子三人は賑やかに話し始める。
「おキヌ殿に習った」とか、「シロはつまみ食いばかりしていた」やら「失敗はタマモが一番多かった」など、横島そっちのけで盛り上がり始める。
そして、いつもの如く横島が「これをおかずに晩御飯を」と言い出したところで、それまで一言も発せず仕事をしていた美神が大声を上げる。
「あんた達!! うっさいわよ!! こっちは仕事してるんだから静かにせんかい!!」
顔を紅潮させ、肩でゼーゼーと息をしている美神。
一瞬固まった四人だったが、恐れを知らずにシロが口を開く。
「美神殿は先生にチョコをあげないのでござるか?」
「あのねぇ、わ」
「私がそんな少女趣味なアホらしいイベントに参加するわけないでしょ!! でしたよね、たしか」
シロの質問に美神より早く答える横島。
そして今年もタイミング良く現れる西条。
「やあ令子ちゃん! 今朝はチョコレートどうもありがとう! お礼に花を買ってきたよ!」
「あ、あら」
「じゃ、仕事があるから」と言葉を残し、事務所を後にする西条。横島と視線が合うと、フフンと余裕の表情を浮かべる。
「なーんだ、しっかり参加してるんじゃない」
「忙しいと言っていたわりに、マメでござるな」
花束を受け取り、嬉しそうな美神を見ながら言いたい事を言う二人。
「んー? 美神殿のほんめーは西条殿なのでござるな」
「べ、別にそんなわけじゃ。西条さんは、」
「私が少女の頃からの『お兄ちゃん』なんですよね、ね?」
「……そのわりに毎年あげてるけどね」
思案顔のシロの呟きにあせったように答える美神。今度は茶化すようにおキヌちゃんが言葉を続ける。そしてじと目でぼそっと呟く横島。今年も西条にだけあげたのは、やはり面白くないらしい。
今度は美神を話題に騒ぎ始める。美神が口を挟もうとするたび、他の女の子三人に茶化されるといったこの事務所では珍しい光景であった。
一人取り残され、居づらくなった横島が帰宅する旨を告げると、美神を除いた三人は晩御飯を作りに一緒に行くと言う。
断る理由も無く、歓迎する横島。ワイワイと四人仲良く騒ぎながら、美神を残して事務所を後にする。
一人残された彼女は、
「ど、どいつもこいつも〜〜!! 少しは私の話を聞けーーー!!!」
その日一番の叫び声を上げていた―――。
<続く>
―なかがき―
ここまでだと普通の(?)GS美神SSなんです。まちすらしさは後編でお見せします。その予定です。
そして、タイトル欄にも書きましたが、季節感ぶっちぎりで無視しててすいませぬ〜。しかも前後編ですいませぬ〜。
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