今、ここでは何百年ぶりかの儀式が執り行われようとしていた。
(ふわぁ〜、綺麗やぁ〜)
が、その主役である横島は、目の前の小竜姫にみとれ他のものは何も目に入っていない。
もっとも、それはやむえをえないところだろう。小竜姫は中華風花嫁衣裳で着飾り、感激と照れを含んだ笑顔を向けているのだから。
もちろん、横島も中華風花婿衣装。
幾多のライバルと正々堂々と渡り合い、ついに想い人と結ばれたのは小竜姫だったというわけである。
「さあ、横島さん」
「はい」
小竜姫と横島は手を取り合って進み出て、ひざまづいた。
そこにいるのは天界でも屈指の実力者、竜族の長、竜王その人である。
「太子・天竜童子と前右府・斉天大聖、両君の推挙により人間・横島忠夫を竜族の一員となす。相違ないか?」
「ございません」
天竜童子と斉天大聖が頷く。
「妙神山門守護武官・小竜姫。人間・横島忠夫を貴官の婿として竜族の一員となす。異議はないか?」
「ありません」
静かに、しかし、はっきりとした強い意思をもった声だ。
「人間・横島忠夫。貴君を小竜姫の婿とし、竜族の一員となす。異議はないか?」
「……ありません」
こちらは些かの感慨をもってこたえる。
「では、貴君に竜族としての名を授く。今後、忠竜皇と名乗るがよい」
「つつしんで承ります」
さすがに殊勝な横島。
しかし、周囲ではちょっとしたざわめきが起きる。“皇”の字は王族に連なる血筋や、王や太子に近い側近中の側近にしか与えられない字なのだ。つまり、横島はそういった役割を与えられるということである。
(さすがは陛下。<b><font size=+2>わたしの</font></b>横島さんの実力をよくご覧になっておられるわ)
小竜姫も誇らしげな気持ちになる。
「では、婚姻の誓いを」
横島と小竜姫が立ち上がる。
そして、二人の顔が近づき、唇が重なろうとしたその瞬間。
「な!?」
突然の閃光が二人の周囲に発生した。
「これは、サイキック猫だまし!?」
横島は自分の技を思い出していたが、理屈は一緒。霊力光による目くらましだ。
そして、次の瞬間、二人の周囲の気配が変わった。
「結界ですって! そんな、竜王殿は霊的にも完全に防護されている筈!」
横島のライバルだった女性達とはちゃんと話がついていた。
というより、愛する横島本人の決断である以上、彼女達は快く二人を送り出してくれたのだ。それななのに、二人を妨害し、しかも、これだけの霊力をもった相手とは、一体……
「横島さん。僕達をおいていってしまうなんて、ひどいじゃないですか」
「わっしの厚い愛情をうけとめて欲しいんじゃー」
「横島。俺とお前で新しい世界へ旅立とう」
ピート、タイガー、雪之丞である。
小竜姫は目が点になり、横島は顔に縦筋を入れたまま硬直していた。
(よ、横島さんって、男の方にももてたんですね……)
まだまだ人界のことは修行がたりない。
小竜姫がそう思った瞬間だったが、次の瞬間には真剣にならざるをえなかった。
「小竜姫! 横島クンは帰してもらうわ!」
そう、美神令子が登場したのだ。
そのちっぽけなプライドのために、横島に告白することがついぞできず、正式なライバルとして認められることはなかった彼女だが、最後の最後にきた爆発したらしい。
そして、野菜軍団と手を組んで横島奪回作戦を実行したのだ。
「美神さん。冷静になりなさい。ここは竜王殿ですよ。たしかに貴方がたはトップレベルのGSですが、神族にはかないません」
「甘いわね、小竜姫。この結界は反応結界よ! 霊力が強ければ強いほど、弾き返す力も強くなる!」
その言葉どおり、二人を救出すべく飛び込もうとした武官が弾き飛ばされた。
人間は単純な霊力からいえば神魔に著しく劣る。だが、それを補うための“手段”を追求し続けた結果、いわゆる魔法技術は冥界より大きく発展ているのだ。この結界もそうした技術の一つである。
「もっとも、その分、霊力の低いのは通れちゃうんだけど、このメンバーなら問題ないしね」
下級の竜族兵士が結界の中に飛び込んできた。が、野菜軍団に叩きのめされる。
「さあ、横島クンを返してもらうわよ」
近づく美神と野菜トリオ。
よく見れば手には「転」「移」と記された文珠がある。美神の事務所に横島がいた頃にくすねていたのだろう。
(一気に横島さんを奪回して逃げるつもりね)
小竜姫は戦闘態勢をとる。
横島も一応は態勢を整えるが、彼には美神らを傷つけることはできまい。
かといって、おそらく超加速の能力も封じられているであろう、この結界内。結婚式とあって装具や武器をもっていない小竜姫では四人同時にはとめられない。
「さあ、いくわよ!」
「横島さん!」
「ワッシにまかせんしゃい!」
「横島!」
絶対絶命。
と、そのときだ。
「……それはダメ……」
突然の第三者の声に全員が振り向いた。
その声をだしたのは少女。
竜神の装具に酷似したヘアバンドに中華風の胸甲、耳には白蛇をかたどったイヤリングがあり、ミニスカート風の衣からはすらりとした足が伸びている。
しかし、自分の身長の二倍以上はあろうかという大きな鉾を地面から斜めにつきたてるようにして構えている様は、少女が武官であることを示していた。
「チビメド!」
少女の名を、横島が逃げろ、という感情を含んだ声で叫んだ。
「怪我しないうちに帰るのね。容赦はしないわよ」
そして、美神もタカをくくっていた。
事態がややこしくなることを恐れて、チビメドの素性を美神に話していなかったこともあるが、この結果の中に入ってこれたということは、大した霊力ではないということだからだ。実際、今のチビメドからは高い霊力を感じない。いいところ、式典用に見栄えを整えただけだろうと予測したのである。
「私は忠竜皇と小竜姫が親衛武官長チビメド。パパと小竜姫ママを守るの!」
毅然と言い放つチビメドの凛とした姿。
それは、父親代わりを自認する横島をして“美しい”と思わせるだけの凛々しさがあった。
だが、チビメドが横島と小竜姫の個人的なボディーガードの職にあるのは幾つかの要素が重なったものである。小竜姫や斉天大聖のおかげで神族に復帰できたのだが小竜姫と横島からは(お互いに)離すことはできいないだろうということや、小竜姫や横島の役職などに関係なくプライベートな時間も含めて常に側にいられるなどが、その主たるものだ。戦闘能力そのものでは横島にも小竜姫にも劣る。いざという時は横島や小竜姫がチビメドを守るつもりでいたのだ。残念ながら、決して実力でのポストではない。
「いいわ。聞き分けのない子はお尻ぺんぺんしてあげる!」
神通棍を握り締めた美神がチビメドに迫る。
「チビメドーっ!」
横島が慌てて文珠を生成しようとしたその時だ。
「!?」
全員が自分の感覚を疑った。
チビメドから放たれる霊力が急に強くなったからだ。
「……パパとママを傷つけるひとは絶対に許さないの!」
「なにをっ!」
美神は怯みつつもうちこんでいこうとする。
しかし、チビメドはそのきしゃな身体からは想像できないような速さで、軽々と鉾を振り回した。直撃をうけなかった美神だが、放たれる霊圧だけで吹き飛ばされてしまう。
(これはメドゥーサの霊気か)
横島は肌でそれを理解した。
考えてみればチビメドはメドゥーサの“生まれ変わり”ではない。分離した幼生体ではないかというのが月神族の分析だったが、いずれにしても、ある意味でメドゥーサそのものである。元の姿の頃の霊力が、その身体に眠っていたのだろう。
そして、もっとも愛するものを守るためにそれが発動したに違いない。
「いなくなってーっ!!」
横島は、チビメドの叫びというのを初めて聞いた気がした。
その叫びとともに最大値に達した霊力で結界は内側から破壊される。同時に美神と野菜トリオも吹き飛んでお星様になったが、『やな感じーっ』と叫んでいたので、まあ、特に心配するようなことはあるまい。
「……ふわぁ……」
と、チビメドの身体から力が抜けていく。
倒れこんで地面に激突寸前のところを、横島が抱きかかえた。
「この身体にはあの霊力は大きすぎますね。大丈夫、しばらく休めば回復します」
小竜姫の言葉に横島はほっと胸をなでおろす。
自分たちを守るために限界以上の、眠れる力までよびおこしてくれたことに、横島は感激していた。自分達が親代わりのようにチビメドに注いでいた愛情に、チビメドも同じように愛情で返したくれたことに。
「ありがとう、チビメド」
横島は、チビメドの頬にキスをした。
○
「ムニャ……ぱぱ……小竜姫まま……」
「あらあら」
小竜姫は、その寝言で、遊びつかれたチビメドが昼寝にはいってしまったことに気づいた。
「風邪ひかないようにしないとな」
横島も毛布をかぶせてやる。
ことチビメドについては目尻が下がりっぱなしだ。
「なんか楽しそうにしてるなぁ」
「ほんとうですね。きっと、いい夢を見ているんですよ」
「我が家のお姫さまが見る夢は、どんなものかなぁ〜」
横島は、チビメドの頬にキスをした。
「……ぱぱ……大好き……」
横島家は今日も幸せであった。
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