平成の町。ちょっと古臭いイメージを受けるものの、れっきとした日本である。行き交う人々の顔は優しく、仮面を感じさせない。人口密度のわりに妙に温かい空気のするそれが、乱魔にとっては素敵だった。
「へぇ。浪速に住んでたんだ」
「そうなんよ。五歳の時から親父が修行やゆうから中国に行っとったんやけど、ボクが気にいっとるさかい、まだまだ関西弁のままや。……ちょっとおかしゅうなってきたて言われるけど」
女性らしい、華やかな感のする会話を楽しみながら歩く町並み。基本的によく口を開くのがらんまで、受け手が藍色の髪の少女。
「そういや……えぇと、君の名前聞いてええか？ まだ聞いてへんから」
同じくらいの身長。近いであろう年。だからか、二人はすっかり友達といえそうな仲になっていたが、まだ名前も知らないのに気付いて問いかける。少女は、忘れていたという顔で言った。
「ルシオラ。此処じゃあ変わった名前だと思うけど、生まれも育ちも日本よ」
「親が外人さんなんか？」
「うん……まぁ、そんなところ」
「そうなんや。ええ名前やんか。持ち主に似合うて可愛いで」
「そう？ ありがと……ところ、で」
「何や？」
ルシオラは立ち止まって、らんまを正面に捉える。
「何で男に戻らないの？」
「あぁ……そのことか」
らんまも立ち止まって、さも当然のばかりに言い放つ。
「だって、ルシオラちゃんは女の子やろ？ そやたら、男のボクより、女の子のボクの方が一緒にいやすいて思うんよ。ちゃうかな？」
「え……？ あぁ……そっか、うん。そうね」
「せやろ？ 初対面やし、まだ慣れてない思うから、今はこの方が話しやすいわ。せやから、このまま行こか？」
「ええ。……ずいぶん優しいのね？」
ＳＳ界において、横島という苗字に込められた意味をぶち壊さんかのごとき察しのいいらんまが不思議で言った。ルシオラにとっては、これまで一度も会ったことのないタイプの人間だったからだ。
「……女の子の体してると、なんやわかってくるんよ」
歩き出したかと思えばまた立ち止まる二人。ルシオラは目で『続けて』と伝え、先を促す。
「昔はボク、綺麗な女の人がおったら迷わず飛びつくぐらいの変態さんやったんけど、女の子になってから、それが変わった。あぁ自分なんてかっこ悪いことしとんやろとか、相手の気持ち考えてへんかったとか思うてな、それからはいっつもこうや。こんなんなったのは今でも辛い思うときあるけど、全部が全部不幸とは思てへんのよ。そうゆうのて変かな？」
「ううん。変じゃないわ」
男と女、双方を理解できる立場に置かれたらんまは、そのどちらも理解する道を選んだ。それが彼にとっての理想の人物像なのかはわからないが、人に優しくあれというのは、親からいつも言われてきたことだ。
「らんま君……こう言うと失礼かもしれないけど、男としても、女性としても、とっても素敵よ」
「……ありがとぉ。そう言うてもらえるとボクも助かるわぁ。ちょっとプライド捨てとる気がして泣きそうやねんけど」
それは友情だった。男女間に芽生えるのかどうか怪しいものとも言われるが、確かに友情。好きとか愛してるとかではなく、『好きな人間』として互いを捉える形で二人は知り合った。
「ところで、らんまはこれからどこに行くの？」
「そやそや、言い忘れ取ったな。なんや親父が、天道早雲いう人の家に厄介になるて言うから日本に帰ってきたんよ」
「天道早雲って……それ、ウチの家主さんじゃない」
「家主さんて、ルシオラちゃん、お手伝いさんでもしとるの？」
「うん。試験管ベイビーの私と、妹二人を拾ってくれたのが天道家なの。でも、それじゃあらんま君、私たちと一緒の家に住むのね」
「なんや運命感じてまうなぁ……。ルシオラちゃん優しいし可愛いからボク嬉しいわぁ」
「ほんと。そうね……私も嬉しい」
踊りだしてしまいそうに舞い上がるらんま。キラキラと輝いた瞳が男であるのを忘れさせる。ルシオラから見た横島乱魔という人間は、男といえどけっこう女の子してるように見えているが、実際その通りなので間違いはない。
「きっと二人の妹さんも可愛いんやろなぁ。どんな子か教えてくれへん？」
「いいわ。まぁ妹って言っても同い年なんだけど、いちようは私が長女なの。次女がベスパっていって、気は強いけど優しくて、容姿も綺麗よ。三女がパピリオ。背が低くて童顔だから年が離れてるように見えるかもしれないけど、同い年。性格も子供っぽくて、語尾に赤ちゃんみたいな文字が付くの。あ、ちなみに私は十四歳」
すごく楽しそうに話すルシオラに少し魅せられながらも、らんまは笑顔だった。息が合うというわけでもないが、二人は、もしかしたら親友になれるのかもしれない。
「大好きなんやな、妹のこと。なんやごっつ楽しそうでドキドキするわぁ。ちなみにボクは十五歳や」
「天道一家の人の事も知りたい？」
うんうんと頷く。話に聞くだけでも賑やかそうな家で、ずっと父と二人だったらんまには新鮮だ。
「えっと、まずは家主の早雲様。無差別流天道道場の師範で、ちょっとおかしな所もあるけど、亡くなった奥様を今でも思い続けてる優しい人。娘が三人いて、お母さんみたいであったかい長女の天道かすみ様と、自分のことをお金の奴隷だって言ってるくらいにお金が大好きな天道なびき様、それに、男嫌いだけど乙女でとっても強い天道あかね様の合わせて四人。天道道場には門下生がたくさんいて、その人達や天道ご一家のお世話をするのが私の仕事なの。メイド服っていうのを着て、妹二人と毎日、楽しくやってるわ」
「メイド服かぁ……。早雲て人、えぇ趣味しとるなぁ」
「そこに目を付けるの？」
「当たり前や！ ルシオラちゃんみたいな可愛い子がメイド服やこ着とったら、これは男として、喜ばんわけにはイカンやろ！」
「そうなんだ……」
きっぱりと断言する乱魔。まったくもってその通りだと称えたい。しかも十四歳の三姉妹が、である。羨ましいこと限りない。
「あ、ここで止まって」
辿り着いたそこは、日本中にいくつも店舗があるだろう有名なディスカウントショップ。その価格破壊には多くの主婦が助けられている。
「なんか買ってくんか？」
「うん。買い物ついでに散歩してて、それで散歩がてら海の方に寄ったのよ。寄り道って言われたらそれまでだけど」
「そんなこと言わへんて。そのおかげで救われたぁ思てるから。お買い物するなら持つで。男の役目やからね」
「ありがと」
今現在は女の体なのだが、まぁ鍛えられている分普通の少女とは比べようもない筋力がある乱魔である。見た感じはしなやかそのものだが。
一方所変わって、ある屋敷の居間でのこと。和を感じさせる木造の机越しに、一人の男と『パンダ』が語り合っていた。
「そうか……そんなことが」
『約束のことは問題ない。今でこそ女々しくなってしまったが、乱魔は男だ』
男に対し、文字の描かれたプラカードのようなものを出して返事するパンダ。なんとも異様な光景だ。
「お父さん、約束ってなんのこと？」
話を聞いていたらしい天道家の次女、天道なびきが口を挟む。少し古風な感じのする小悪魔チックな少女だ。
「ああ、そういえば話していなかったな。この横島玄魔さんの息子さんの、横島乱魔君という子がいるのだが、彼を許婚として引き取ることになっているんだ」
「許婚って、誰の？」
「年は十五らしいから、あかねが妥当だと思っている」
「へぇ……そうなんだ。でもあかねっておじさん趣味だから無理だと思うけど」
「それならなびきに――」
「絶対嫌だ」
口ごもる男。名を天道早雲という彼こそこの天道家の当主である。
『安心しろ。今の乱魔はある意味キラーだ。その気になれば簡単に女を落とす』
「そうなのか？ だいぶ変わってしまったと言うが」
『まぁ見ていればいい。親の私が言うのもなんだが、今の乱魔は天才だ』
特に女のときは……と続けるのが真実なのだが、それは言わない。言ってはいけないのだ。
「お茶とお菓子をご用意ちまちた」
その時、襖を開けて部屋に入ってきた少女が一人。輝くクリーム気味の金髪と幼い顔つきが眩しい、背の低い少女だ。小さなメイド服が世のロリコンの心をガッシリと掴む。
『この子が三人のメイドの？』
「三女だ」
『レベルが高いな』
「そうだろう。後の娘二人とメイド二人も完璧だぞ？」
『ふふふふふ』
「ふふふふふ」
「うっわぁ……何なんだろこのおっさん達」
奇怪な笑みで会話するオヤジ二人。呆れたなびきの声が、しんみりと響く。
「ただの変態でちゅよ」
「そうね。パピリオ、あんたいいこと言うわ」
陰で囁かれた毒舌に二人が気付くことはない。
☆
天道家全員参加＆メイド三姉妹、ついでに道場の門下生として陰念やら勘九朗やらを出してと、かなり賑やかな設定になっております。
ルシオラは三人の中で一番性格が普通っぽいので書きやすくて助かります。育った環境のせいか大分丸っこくなっておりますが。
そしてもはや原作の面影すらなさそうな横島……ですが、もしかしたらこうなる可能性もあったんではなかろうかという作者の妄想もとい判断で書いてます。らんま原作のままじゃあ新鮮味もないし、GS原作の横島だと『女としての魅力』に欠けるので。
ハルにゃんさん
こちらこそはじめまして。ご感想ありがとうございます。
確かにらんまこそ元祖ＴＳに当たるんでしょうか？ やたら懐かしいのを持ってきましたが、ＧＳもこれでかなり古いんだということを思い出した今日この頃です。
ルシオラはどうしてもツンデレに出来そうにないキャラなんでこんな感じです。ハルにゃんさんの言ったとおり、中国娘やらマザコンファイターやら出てきますが、他にも超女好き版九能（西条）やらＧＳと言ったら外せない守銭奴美人も出てきます。