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「幻想砕きの剣 13-9(DUEL SAVIOR)」

時守 暦 (2007-03-14 19:19/2007-03-14 19:21)
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 延々と大騒ぎを続けていた救世主クラス+α。
 結局、朝食が冷めるのに気が付いたリコが焦りの叫びを上げた事で収束した。
 まぁ朝っぱらからこんだけ騒げば腹も減るだろうし、腹が減っていてはまともに頭も働かない。
 細かい事は後にして、朝食に集中していた。


「…で、出撃は何時からだっけか?」


「13時くらいです。
 昼食の後、一休みしてから大暴れという訳ですね。
 10時くらいからミーティングがあるので、各部隊長及び救世主クラスは集まるように、との事です」


 流石に委員長気質というべきか、ベリオは今後の行動をちゃんと把握している。
 まぁ、それが普通ではあるのだが。


「カザミは連れて行くべきかな?」

「別にどっちでもいいでござろう。
 策は概要だけ説明すればいいのでござるし。
 まぁ、不安を言うならば、集まった席でカザミ殿を敵視する者が居るやも…。
 ユカ殿と戦った時に、カザミ殿の姿を見た者が」

「うーん、それなら尚更顔を見せておくべきだと思う。
 いきなりカザミが戦場で姿を見せたら、襲撃に来たと思われるかもしれないし」

「…カザミさんは、どうしたいのですか?」


 リコからの問いかけに、カザミは、ちらりと視線を投げて応えた。
 視線はリコからユカにシフトする。


「…ユカさんと一緒に居たいそうです」


「ユカは…一応動けるなら、会議に顔を出すべきじゃないかしら?
 仮にも“武神”と呼ばれる程の彼女が、動けない程の傷を負ったとなれば、士気だって落ちるでしょうし」


「それなら、どこかでトレーニングしていると言った方がいいでしょう。
 元々ユカさんは、強力な戦力ではあっても一人の兵でしかありません。
 部隊を纏めている訳でもないし、何も会議に顔を出す必要は無いのですよ」


 イムニティの意見に、ミュリエルが反論する。
 そういうものなのか、とイムニティは意見を引っ込めた。
 組織の事については、彼女は全くの素人と言っていい。
 今までは、コンビを組んでも精々救世主とその数人の仲間程度。
 基本的に単独行動なのだ。


「ま、いいんじゃないの…ユカちゃんの看病を任せるって事で。
 さっきも言ったけど、ユカちゃんとカザミちゃんが傍に居る事で多少回復が早まる可能性もあるんだから」


「…言ったっけか、そんな事?」


「言ったわよ。
 最初は言おうとしたら未亜ちゃんとダーリンが騒ぎ始めて、ミュリエルに言った時はみんな大騒ぎしてたけどね。
 ま、要するにカザミちゃんの中にある魂と、ユカちゃんの魂が触れ合って、それで魂が活性化する可能性がある…って事よ。
 あくまで可能性の話だけどね」


 どこか不貞腐れたように言うルビナス。
 説明を遮られたのが、余程頭に来たらしい。


「それじゃ、ボクとカザミはここに残るって事で?」

「おや、意外ですね。
 平気だと言い張って、会議に出るかと思いましたが」

「…ボク、難しい話苦手だから…」


 会議のようなシチュエーションは苦手らしい。
 いかにもユカらしいと言えばユカらしい。
 今までの会議でも半分以上は聞き流していたり、解らないままにコクコク頷いていたようだ。


「さて…飯も食ったし、次はどうするかな…」

「私はクレア様に書簡を書かねばなりません。
 “破滅”にあるクローン施設の事、謝華グループの人体実験…。
 色々と知らせる事はありますからね。
 カザミさん、まだ聞きたい事があるので付き合ってほしいのですが」

「…ユカの傍じゃダメ?」

「いえ、別に構いませんが」


 微笑ましいモノを見る目を向けるミュリエル。
 カザミは意外と甘えん坊だ。
 しかしユカは『セックスしよう』発言の恐怖が甦ったのか、何処となく緊張して見える。


「じゃ、私はあのデカブツの様子を身に、見張り櫓に行って来るわ。
 ルビナス、貴女も興味はあるでしょう?」


「そうね…。
 私も付き合うわ」


「リコ、今日使う召還陣の点検に行くわよ。
 …あんな代物、なんだってミュリエルが知ってたのかしら…」


「そうですね…流石に呆れました」


 間違いなく、今までの長い生涯で最大級の召還対象となるだろう。
 こんなモノ召還して大丈夫なのか、とも思うが…。


「まぁ、ご主人様は喜びますね」


「喜ぶでしょうね、マスターなら」


 それは確定だ。
 確実に感涙に咽び泣く。
 そしてパイロットとなっているリコに嫉妬するだろう。


「…後でご機嫌取りが大変なんじゃない?」

「…何かこう、趣向を凝らした特殊なプレイでも考えておいたほうがいいのでしょうか…」


 頭を抱えるリコと、それを見て内心で笑っているイムニティ。
 二人はテーマソングを口ずさみつつ、既に描いている魔法陣の点検に向かった。


 暫し好き勝手に時間を過ごす救世主クラス。
 仕事をしている者も居れば、ここ数日で仲良くなった兵と話している者も居る。
 …この兵達は、戦いの後に生きているのだろうか。

 大河は透と何やら話しこんでいる。
 …なんか、まだ理性は保っているのかとか聞いてからかっているようだが。
 ちなみに、透の理性はそろそろ本格的に限界らしい。
 昨晩も、『最後かもしれないから』と縁起でもない事を(口先だけで)のたまう女性達が、寝所に偲んできたらしい。
 まぁ、寝所と言っても同じ天幕を使っているから、ちょっとばかり布団から布団に移動しただけだ。
 …が、透はその時丁度ドム達と無限召還陣破壊作戦について打ち合わせをしており、寝所に帰ってきた時には、まるで合戦上後のような有様だったらしい。
 力尽きて眠る機構兵団プラスα。
 どうやら夜這いがカチ合い、透が帰ってくる前に排除しようとして全滅したらしい。
 カチ合わなくても、同じ天幕の中に居る以上、自分以外を排除しないと透と情事は出来ない。
 こうなるのは、ある意味決まっていた事だったのだろうか。
 ちなみにカイラと洋介はさっさと撤退し、どっかにシケ込んでいたそうな。
 …もし透が帰ってくるのがもう少し早ければ、彼は複数名に美味しく頂かれてしまった事だろう。
 ここまで運良く(悪く?)すれ違いが続くと、最早作為的なモノすら感じる。
 ボロボロになっていた機構兵団を適当に布団に投げ込み、透はさっさと寝てしまった。
 …破れた服の間から覗く柔肌に、ちょっとどころではなく理性が掻き乱されたようだが。

 そして時間が経ち、ミーティングの時間。
 一際大きな天幕の中に、部隊長格の武将達が集まっている。
 ドムとタイラーは、大きな黒板に貼り付けた地図を示して状況説明を始めた。


「さて…皆も知っての通り、我が軍はあのデカブツ…通称デビルガンダムによって、多大な損害を蒙った。
 幸いな事に貴奴の攻撃対象には“破滅”も含まれており、我々だけが一方的に叩かれた訳ではなかったが…。
 それでもアレを放置しておく訳にはいかん。
 とにもかくにも、デビルガンダムを撃破する事が急務と言える」


「とは言え、あれだけの射程と連射力、破壊力を振りまかれると、近づくだけでも一苦労。
 そこで、僕達は囮を立てる事にした」


 囮、と言われて場がざわめく。
 デビルガンダムの凄まじい攻撃力は、彼らの目にも焼きついている。
 狙って連射されたら、まず回避は不可能だ。
 どこをどうやって囮を勤めろというのか?
 いくら命知らずの兵達でも、犬死はイヤだ。
 死ぬのは兵であって将でないとしても、後始末が死ぬほど大変だ。

 不安げにざわめく将達に、タイラーは朗らかに微笑みかけた。
 それだけで、不安が若干和らぐ。


「心配しなくても、囮を勤めるのは君達じゃない。
 救世主クラスの召還師が、凄い物を召還できるらしくてね?
 それに囮役を務めてもらい、その間に僕達はデビルガンダムに接近。
 コアとなっている部分を切り離すんだ」


「コアになっているのは、“破滅”に利用された一人の少女だ。
 名はアルディア。
 彼女を引き剥がせば、恐らくデビルガンダムは休眠、そうでなくてもかなりの損害を負う。
 …とは言え、奴には自己修復能力もあるようだしな…。
 それだけで倒すのは、難しいかもしれん」


 ドムが懐から幻影石を取り出した。


「これはデビルガンダム出現から今朝にかけて、観測師が調べ続けたデビルガンダムのデータだ。
 …と言っても、奴はずっと静止したままだったがな」


「ドム君、それこないだの幻影石と違うよね」


「違うわ。
 余計な事は言わんでいい」


 と言いつつもちょっと不安になったのか、張られているラベルを点検するドム。
 ラベルに目を走らせて、すぐに幻影石を起動させた。

 一枚の画像が、空中に映し出される。
 デビルガンダムの異様な姿が浮かび上がり、それを目にした将達の間からどよめきが漏れた。


「…中々の美少女ですな、顔だけ見れば」
「うむ、しかし我のストライクゾーンからはやや幼すぎる…」
「そこは個人の好みでしょう」
「何にせよ将来が楽しみだ」
「いやいや、今が一番輝く時期…」
「むしろ若返ってほしい…」
「ランドセルか?」
「むしろ園児服を…」
「待て、そもそも彼女の年齢は幾つだ?」


「…何を話しておる阿呆ども」


 チョークを適当に投げつけるドム。
 適当に、と言ってもドムがやるとヘタなモデルガンより破壊力がある。
 頭を抑えて蹲る者数人。
 …ま、やる気は上がったのではないかな。
 美少女を助け出すって事で。
 しかし、セルが聞いたら暴れだしそうだ。


「とにかく!
 デビルガンダムの何処かに、アルディア嬢は取り込まれている。
 デビルコロニーになっているなら内部に侵入できるだろうが、この大きさだとそうも行かん。
 ならば肉体を切り裂いて引きずり出すか、表に浮かんできた所を切り離すしかない訳だが…」


 映し出されている映像が変わった。
 新しい映像には、デビルガンダムの右肩部分にアルディアが取り込まれていくシーンが写っていた。
 何故右肩なのかは、恐らく聖銃が右腕に取り付けられていたからだろう。


「見ての通り、彼女が取り込まれているのはデビルガンダムの主兵装のすぐ傍だ。
 迂闊に近づくと、攻撃の余波だけで吹き飛ばされる恐れがある。
 よって、彼女を切り離すのは主兵装をどうにかしてからだ」


「その辺は、囮役にどうにかしてもらう手筈になっているから。
 今回の作戦は、どちらかと言うとゲリラ戦に近いんだ。
 攻撃力よりも、機動力、そして隠密に長けた部隊が望ましい。
 なので少数精鋭の部隊で戦う事になる。
 それ以外は、後詰め待機。
 デビルガンダムを倒した後に、“破滅”が押し寄せてくるかもしれないからね」


 リヴァイアサンを倒した後のように。
 何せ、まだ無限召還陣から召還された魔物達は山のように残っている…というか、現在進行形で増殖しているのだ。
 放置しておくと、デビルガンダム以上の脅威となるだろう。


「と言う訳で、そろそろ部隊の選別に入るよ。
 先ほど言った条件に合う部隊で、すぐに戦える状態にある部隊の将は手を挙げて」


 ババババ、と数本の手が挙げられる。
 何人か口惜しげにしているのは、条件に合っているが損害が大き過ぎた部隊の将だろうか。


「歩兵部隊と…弓兵部隊。
 騎兵も居るか…。
 しかし、騎兵はあまり多くは出来んな」


 騎兵は隠密には向いてないのではないか、と思われるかもしれないが、それは必ずしも真実ではない。
 馬の蹄に細工をしたり、ゆっくり移動させるなど、足音を殺す方法は意外と沢山ある。
 それに、希望的観測になるが、馬一頭くらいならデビルガンダムは反応しないかもしれない。
 現に昨日一日の観測では、単体の魔物や動物には全く反応していなかった。
 一纏めにせずにバラバラに移動させれば、上手く接敵できる可能性はある。
 分がいいとは言い辛い賭けだが、リターンはかなり大きい。
 攻撃力よりも、その機動力が。
 アルディアを切り離した後、他の兵達を乗せて素早く撤退する事が出来る。
 攻撃力についても、小型の大砲を持って行かせれば、結構な戦力になりそうだ。


「…いいだろう、お前達に行ってもらう。
 総員、準備にかかれ!
 タイラー、進行ルートを選別するぞ」

「わかった。
 さっき手を挙げた部隊の人、自部隊の移動能力とかを纏めて持ってきて」


 これでミーティングは終わりだ。
 座っていた将達は、各々の仕事の為に動き出す。

 ちなみに、無限召還陣破壊作戦については極秘の為、機構兵団と救世主クラス以外には公開しない。
 ドムとタイラーは、早速地図を相手に格闘を始めている。
 出来るだけ隠れる場所が多いルートが望ましい。
 歩兵・弓兵は、気付かれずに接近するのは然程難しくないだろう。
 先程も述べたように、デビルガンダムは単体で移動するモノにはあまり反応しない。
 それが絶対確実とは言わないが、信憑性はある。


「やはり森の中を突っ切るのが最も確実だろうな」


「でもさ、やっぱり同じ事は“破滅”軍も考えていると思うんだ。
 何だかんだ言っても、デビルガンダムは“破滅”軍にとって有効利用できる存在だ。
 何と言っても、アレが居る限り進軍できないんだから」


「そうだな…。
 デビルガンダムに手を拱いている間にも、我らがホワイトカーパスで魔物達はどんどん増えているという訳だ」


 吐き捨てるドム。
 やはり相当頭にきているのだろう。


「と言う事は、デビルガンダムを守るべく、幾らかの戦力が配置されている可能性は高い…」

「…十中八九、中級の魔物だろうね。
 大型の奴だと、デビルガンダムに狙われる可能性が高い。
 後は…それに付随する小型の魔物が…多くて2体ずつ、かな」


「それらが点々と配置されているのか…。
 ……同じくスリーマンセルで行動させるとして…遭遇した場合を考えると、少々きついな。
 4人、いや5人居れば確実に勝てるだろうが…隠密に倒すには…」


「火力が足らない、か…。
 救世主クラスでどうにかするといしても、ちょっと数が足りないしね」


 暫し考え込むドム。
 地図を見つめて、何やら顔をしかめた。


「この際だ、大博打を打ってみるか…」

「博打?」

「単体で行動する者には、デビルガンダムは反応しない。
 ある程度まで近づけば別かもしれんがな。
 ならばこの際、文字通り小細工なしで直進する」

「直進って…」


 ドムが示したルートは、駐屯地からデビルガンダムまで、文字通り一直線。
 そこには遮蔽物も隠れる場所も無い。
 つまり、このルートには魔物は一切出ないと確信できる。
 念の為に観測師に探らせるが、その時点で魔物の影が発見できなければ、ある意味最も安全なルートと言えるだろう。


「いやいくら何でも……ん、そうでもないかな…?
 …召還した巨大ロボットで気を逸らせば…」


「接近しても、気付かれない可能性もある。
 何より、あれだけの巨体なのだから、我々人間から与えられる傷など些細な事と割り切れるだろう。
 少なくとも、巨大ロボの撃破の方が優先度が高いのは間違いない」


 かなり現実味が出てきた。
 加えて言うなら、隠密行動の必要が無くなるかもしれない。
 巨大ロボの方に掛かりきりになっているなら、土煙を上げて接近しても放置される可能性もある。
 あくまで可能性だが。


「…よし、この線で行こう!
 ……となると、進行経路と合流場所は…」

「…救世主クラスの行動は…」

「攻撃のタイミング…」

「撤退ルート…」


 策が決まったとなれば、後は具体的な形にするだけだ。
 この辺の作業はお手の物である。
 たちまちの内に、幾つもの事態を想定した行動パターンを組み上げていった。


「セル、汁婆?」


『…大河か』


 ミーティングでは目だった出番もなく、一通り話しだけ聞いて大河はセルの所にやってきた。
 未亜とベリオも一緒である。

 しかし、当のセルは何やら座り込んで鼾なんぞ掻いていた。


『もう少し寝かせてやれ
 昨晩はずっとアルディアとやらの居る方を向いてブツブツ言ってたんだ
 それはもうサイコさんのような表情だったぞ』


「それだけ必死だったのでしょうね。
 とは言え、あまり時間はありませんよ?
 セル君にも色々伝えねばなりませんし」


『五分程度でもいい
 それだけでも幾らかマシになる』


 よくよく見れば、セルの目の下に隈が出来ている。
 一睡も出来なかったっぽい。
 ついでに言うと、座り込んでいるセルの後頭部にでっかいタンコブがある。


「…踵落とし?」

『いやフライングニールキック』

「…そ、その体重でやるとキツかったんじゃないかなぁ…」

「相手はセル君ですよ?」

「…うん、別に問題ないね」


 あっさり心配を放り出した。

 それはともかく、未亜は持ってきていた人参満載のバケツを汁婆に差し出す。


「はい、遅くなったけどご飯」


『オウ、すまねぇな』


 早速ぼりぼり貪る。
 どうやら汁婆もそこそこ疲れているらしい。
 ひょっとしたら、眠らなかったセルに付き合ったのかもしれない。


『で、何がどうなった?』


「ちょっと汁婆、食べながら話さないでくださいよ。
 …午後から決行です。
 進軍ルートはまだ未定ですが、少数精鋭の、恐らくはほぼ全員単独行動となると思われます」


 ベリオはミーティング前にリリィから聞いた情報を片っ端から話す。
 あまり大勢で移動しているのでなければ、デビルガンダムは反応しない。
 標的もとい奪還対象たるアルディアは右肩部分に。


『ふん……?
 つう事は、セルの役目があるとすれば接近してからか』


「そうなるな。
 …まぁ、デビルガンダム本体が囮にかかりきりになったとしても、まだ不確定要素が2体ほど居る。
 ほら、“破滅”の将の二人がな。
 ベリオ、奴らは発見できなかったのか?」


「リリィ達が見た限りでは、周囲には居なかったそうです。
 特に八逆無道に関しては、あれだけの巨体で隠れられるとも思いませんから、本体に融合したと考えるのが自然でしょう」


 もう一方…シェザルに関しては、何処に潜んでいるか解ったものではない。
 仮に融合していたとしても、分離が可能とかいうオチがつくかもしれない。


「て言うかさ…デビルガンダムなんだから、触手みたいなのが在るんじゃないの?
 ほら、地下を掘り進んでいきなり出てくるヤツ」


「可能性はあるな…。
 それを使って警戒網を張り巡らせているかも」


「いえ、観測師達が地下も調べたそうです。
 精度に関しては決して高いとは言えませんが、それでも巨大な物体が存在しないのは確かでしょう」


 随分と不完全なデビルガンダムだ。
 原作のメチャクチャさ加減を鑑みるに、それでも安心は出来ないのだが。


『なるほどな…
 わかった、時間までセルが起きなかったら叩き起こして連れて行く』


「はいよ。
 出番が無くなってスマンね」


『文句なら時守に言うさ
 ま、出番があろうが無かろうが、己の仕事を全うするのがハードボイルドってもんだ』


 何処まで行ってもやたらと男前な馬である。
 私立探偵か、マフィアのボスとかが似合いそうだ。


 セルの分の食事も持ってきていたので、置いておく。


「セルのアルゾール、まだ使えるよな?」


『一応聞いておいたが、少なくとも今日の夕方までは保つそうだ
 作戦には影響ないだろう』


「そうか、解った。
 それじゃ俺達は次に行くから」


『次?』


「ロベリアの所だよ」


 ロベリアの体が、ルビナス・ナナシに捕獲されたのが、一昨日の夕方。
 そして体を凍結(凍らせたのではなく、停止させた)するまで、大体1時間から2時間程度。
 その2時間程度の間に、ロベリアは尿意を催した。
 ルビナスはそれにも構わず体を凍結させ、更に魂をぬいぐるみに封じ込めた。

 そしてどういう理屈かは知らないが、ロベリアの体は凍結されていても、人形の中の精神に体の感覚は伝わっている。
 つまり…少なくとも一日以上、ロベリアは尿意に耐え続けているのである。
 出そうとしても体はピクリとも動かないし、人形の体では用を足す事なんぞ出来ない。
 然程強い尿意ではなかったからいいものの、延々と我慢させられ続けて、ロベリアの…何かこう、色々と大切なモノはかなり崖っぷちに追い詰められている。

 だから。


「じゃ、体に戻すけど、暴れちゃダメよ?
 悪いけど色々と体に仕込ませてもらったから」


『わーかったから早くしろーーーー!!!!!』


 ルビナスに言い様に反発する事すらなく、涙目で(しかも人形の目で。涙腺が無くても泣けるけど、何故か用は足せない)絶叫した。
 追い詰められているが、それでもまだ理性は保たれているし、妙な性癖にも目覚めてはいないらしい。
 タフな女だ。


「それじゃナナシちゃん、やっちゃって」


「ハイですの!
 行くですの、ロベリアちゃん!
 えいっ!」


 ナナシが妙な手袋を付けて人形の背中をパァンと叩いた。
 それに押されるようにして、


『おおおぅ!?』


 ロベリアの魂が人形から飛び出し、凍結を解いたロベリアの体に向かう。
 すっぽん、と妙な効果音付きで、ロベリアの魂は体に吸い込まれた。
 …そして。


「あ、あ、あ、あぁぁぁ〜〜〜〜〜……」


 ちろちろちろちろ…


 …ロベリアが着ている緑色の服に、何やら染みが出来ていく。
 それと同時に、覚えのある臭いが周囲に立ち込めた。
 ルビナスが「あっちゃ〜〜…」と言わんばかりに、顔を覆っている。


「ダメじゃないナナシちゃん…。
 いきなり背中を叩かれた上魂が移動したら、驚いて緊張も弾けるってものよ…」


「ロベリアちゃんが漏らしちゃったの、ナナシのせいですの!?」


 どう考えても元凶は、トイレに行きたいと叫ぶロベリアも無視して体を封じ込めたルビナスなのだが。
 ビクビクビク、とロベリアは時折痙攣しながらも排泄を続けている。
 ずっと溜め込んでいた為か、それともロベリアの精神が散々焦らされたからか、結構な勢いだ。


「…ルビナスちゃん、このシーンを撮っておけば、ロベリアちゃんは大人しくしてくれますの」


「…ナナシちゃん、案外鬼畜ね…ダーリンが感染ったのかしら…?
 ま、いいか。
 写真写真」


「取るなヴォケェッ!!!」


「アウチ!?」


 ごそごそ幻影石を探すルビナスに、涙交じりのハイキックが炸裂した。
 錐揉み上に吹っ飛ぶルビナス。
 綺麗に入ったが、何故かロベリアはイヤそうな顔をした。


「…な、生暖かい…」


 泣いている。
 どうやらアンモニアで濡れた下着及び服が、イヤな感触を与えてくれたらしい。


「まぁまぁロベリアちゃん。
 着替えをあげるから泣かないで、ですの」


「お、おま、誰のせいだと…くうぅぅ…」


 やっぱりルビナスに関わるのが間違いなんだ、他の人間にとっちゃどうか知らないがあの女が私の天敵で“破滅”なんだ、とブツブツ呟くロベリア。
 つくづく苦労人である。
 それでもノソノソ着替え始めるロベリア。
 敵愾心とかいう以前に、今の状態が耐えられないのだろう。

 一緒に渡されたタオルで内腿辺りを拭きながら、裸になるロベリア。
 ナナシは濡れた服を手近な洗濯籠に放り込んだ。
 後でナナシが自分で洗濯するつもりのようだ。

 その時。


「おーいルビナス、ナナシ、ロベリアは……あれ?」

「………」

「………」

「………」

「………」


 沈黙。
 なんともラブひな的タイミングで、大河達が様子を見に来た。
 勿論、バッチシロベリアは裸な訳で。

「何覗いてんのよーーーー!!」


「斬岩剣−−−!」


「へぶろっ!?」


 集中攻撃炸裂、同じくラブひな的に吹っ飛ばされる大河だった。
 何やらベリオが新スキルを使ったようだが、まぁこういう場合はどんな技術でも使えるのがお約束ってものだ。

 空高く舞い上がった大河だが、どうせ無傷だろう。
 だってラブひな的だし。
 うむ、素子萌え。
 成瀬川は微妙にアンチ入ってるような入ってないような。

 で、ロベリアはと言うと。


「み、見られた…見られた…私の醜い体を…いや、そう言えばもうルビナスの体だったっけ。
 いやでもそれでも私の裸を見られた事には変わりないし、いややっぱりルビナスの体か?
 この体を辱めようとか思ってた事もあるが、やっぱり自分の体になるとそれも躊躇われるし…。
 いやそういう問題じゃなくて、見られた、見られた…」


「いいからさっさと服着なさいよ」


 自分の体を隠す事も忘れ、何やら妙に純情っぽいというか何処かズレている自分会議を開いていた。


「で、まぁ当然の如く無傷な訳だが」


「それはいつもの事でしょ」


「…コイツもアルストロメリアの同類か…」


 ぴんぴんしている大河と、それに向き合ってウンザリ顔のロベリア。
 彼女は意外と常識人なのかもしれない。
 二人を囲んで、ルビナスと未亜、ベリオが座っている。
 ナナシはロベリアにおんぶされてご機嫌だ。
 時々ナナシの頭を撫でている所を見ると、悪い気はしてないらしい。


「ふむ、まぁ先程はスマンかった。
 まさか“に゛ょ”をしてるとは思わなかったもんで。
 ところで、“に゛ょ”はもう拭いたのか?
 “に゛ょ”は放っておいても乾くけど、結構匂うぞ?
 というか人としてどうよ」


「セクハラしてんじゃありません!」


 ゴツッ、とベリオのユーフォニアが大河の後頭部にフルスイングで直撃した。
 抵抗するでもなく、素直に殴り飛ばされてバランスを崩す大河。
 思い出して微妙に自己嫌悪入っていたロベリアの胸元に、見事に顔面をぶつけてしまった。
 ふにょん、と柔らかい感触。
 あまつさえスリスリ。


「だからセクハラするなって!」

「ぐおっ!?」


 今度は未亜からアッパーカットが直撃。
 でも顔がニヤけていた所を見ると、収支黒字っぽい。

 ロベリアは多少不快そうな表情をしたものの、暴れだそうとはしなかった。
 経験者だけあって、少しは余裕があるのだろうか?


「ダーリン、ロベリアちゃんにセクハラはダメですの〜。
 ナナシやルビナスちゃんなら、幾らでもオッケーですのに。
 なんでわざわざロベリアちゃんにするんですの?」


「ふっ、解ってないなぁ、ナナシは…。
 セクハラってのは、相手が多少なりともイヤがるからセクハラなのさ。
 ナナシ達にやったって、喜ばれるからセクハラにはならない!
 喜ばれるのはいいんだが、たまにはこう、イヤよイヤよも好きの内っつーか、ムリヤリっぽいアブノーマルな行為もしてみたいのだ!
 いや、勿論冗談で治まる範囲でね?」


「昨晩の記録を見る限り、冗談の範疇に治まるとは思えないんだけどねー」


「え?」


 無駄な事に熱意を傾ける大河の演説。
 ボソッと呟く未亜を振り返ると、何処から持ち出したのか幻影石を持って再生させている。
 画面の大きさ・音量共に極小だが…。


「…あの、未亜サン?」

「なーにお兄チャン?」

「その幻影石に記録されている映像は何ですKa?」

「ユカさんとお兄チャンのラブの記録ですYo?」

「………」
「………」
「………」
「………」

「ダビングしてくだサイ」

「ユカさんがどういう時に多感症になるのか、教えてくれたらいいよ?」


 ニヤニヤと、小悪魔のような笑みを浮かべている未亜。
 予想外の条件を突きつけられて、大河は言葉に詰まった。
 流石にこれは言えない。
 未亜に教えるのも危険だし、そもそも言いふらす事ではない。
 が、あの幻影石は是非欲しい。
 個人的な楽しみにも使えるし、ユカをもっといぢめるのにも使えるだろう。
 個人的な欲望の為に他人様のプライベートをばらすのにも抵抗があるが、しかし大河と関係を持った以上は遠くない内にばれるだろうし…。

 頭を抱えて悩む大河。
 ロベリアが生温い視線を投げていた。


「…いつもいつも、救世主候補ってのはこんなのばっかりか…」


「あら、自覚はあったんだ」


「その言葉、そっくりそのままお前に返してやる。
 ったく、昔のルビナスとは大違いだ…」


「あら、違う?
 そりゃーダーリンと付き合うようになって、エロい方面の経験地積んだり、男女間の色々にも多少の理解が出てきたけど」


「ああ違うね、昔と違ってブレーキが緩くなってやがる。
 あの頃のお前なら、今は敵とは言え戦友を拘束するようなマネはしなかっただろうしな。
 それが気に入らなかった訳だが。
 …ったく、こんなモンまで刻みやがって…」


 ロベリアの表情が忌々しげに歪み、その手が目隠しをなぞる。
 ロベリアの体は嘗てのルビナスのモノで、千年経った今もその造詣は変わってはいない。
 彼女が羨んだ、傷の無い肢体も、質のいい髪も、ボディラインも、何も変わってはいない。
 かつてルビナスがその体を所有していた頃と、何も。
 しかし、一箇所だけ違う点がある。
 それは目だ。
 というより、目の周辺だ。

 まず、肉体の所有者がロベリアに移ったためか、目付きが変わった。
 ロベリアの元々の体の目付きなのだが、彼女にとっては拭いきれない醜い過去の象徴に思える。
 いつぞやシェザルが「美しいモノは完璧でなければならない。一箇所でも穢れた点があれば台無しになる」と語ったが、正にそれだ。
 他の部分が綺麗なままだっただけに、醜い…とロベリアは思っている…自分の影が一部でもある事に耐えられなかった。

 そして目に光が宿っていない。
 ロベリアが体を乗っ取ったと言っても、この体はあくまで死体である。
 ロベリアのネクロマンシーでは、生者の体を乗っ取るのは至難の業だったし、何より救世主になる為には、ルビナスの息の根を止めなければならなかった。
 死体になったルビナスの体に特殊な措置を施して、改めて乗り移ったのである。
 その結果、どういう理屈かは不明だが、眼球に光沢が全く無くなった。
 それこそ、某歪曲王のような目である。

 何より、目の周りには奇妙な紋様が刻まれているのだ。
 ルビナスの体を奪う為の特殊な措置…その一部がこれだ。
 結構強い酸性を持つ塗料で描かれたこの文様。
 それを塗られた体が無傷でいられる筈もなく、紋様が刻まれた部分だけ変色していたり焼けていたりするのである。

 これらを隠すためにロベリアは目隠しを巻いている。
 特に紋様に関しては要注意だ。
 これが乱されると、ロベリアの魂とルビナスの体が不具合を起こし、ヘタをすると分離するか、最悪体と魂が崩壊してしまう。
 言ってみれば、紋様は免疫抑制剤のようなものだ。

 なので、紋様に触れされるのは自殺行為な訳だが…ルビナスは構うもんかとばかりに、紋様の上に新しい紋様を上書きしやがった。
 上から落書きしてもロベリアの体と魂に影響が出ないように描いたのは流石だが、そんな事はロベリアにとっちゃ何の救いにもならない。


「何考えてこんなモン刻んだルビナス!?
 ええ、言ってみろ、言ってみろコラ!
 そんなに私をオモチャにして楽しいか!?
 私にヨゴレ役を押し付けるのがそんなに楽しいのかオイ!?」


「ごめん、正直言ってすっごく楽しい」


「ぐがああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 汚れ役を引き受けてくれる事には感謝しているし、申し訳ないとも思っている。
 が、ヨゴレ役…ギャグに関しては、ロベリアをからかうのが楽しくて仕方がない。
 ちなみに今回は…。


「まぁ余計な事しなければ、自分で自分のハズカシー過去を暴露しなくて済むわよ。
 他にも色々組み込んだもんねー、ドジョウ掬いとか一人恥ずかし固めとか、ロベリアが昔何気に憧れていたフリフリ付きのゴスロリ服でブリっ子(死語)しながら練り歩くとか、『お兄ちゃん起きて、朝だよ』を実演するとか、幼稚園児に混じってお遊戯とか」


 笑いが止まらない、と言わんばかりのルビナス。
 確実にロベリアが知っていた頃の彼女より、性格が悪くなっている。
 夢見がちというか理想主義な一面が弱くなっている分ロベリアの気に障る部分は少し減ったが、それ以上に…。


「ロベリアちゃん、元気出すですの!
 何かあったら、ナナシも付き合うですのよ」


「…何の救いにもなってねーけど、ありがとうよ…」


 沈みまくっているロベリアをナナシが慰めるも、あんまり意味はないようだ。
 以前のロベリアなら、『目的を達成できるなら恥が何だ!』と言い切っていただろうが…甦ってから、外聞を必要以上に気にするようになったようだ。
 恐らく、以前の体であれば元々傷だらけだったので恥を掻いても開き直れるが、なまじ綺麗な体を手に入れてしまったため、極力傷つけたりしないようにしているのだろう。

 丸一日尿意に焦らされて精神を削られたし、ロベリアは色々と弱っているようだ。


「クソッ、抵抗する気も失せる…」

「真面目にやったらバカを見るだけだって、今更気付いたんですの?」

「やかましい」


 八つ当たり気味にナナシの首を引っこ抜き、ブンブン振るうロベリア。
 だがそれもナナシには遊んでもらっているのと同じらしい。

 激しい交渉を繰り広げている大河と未亜を、ユーフォニアで叩いて説教しているベリオはともかくとして…。


「ま、何にせよ暫く拘束させてもらうからね。
 恥を覚悟で反抗するなら、してもいいわよ?」


「…テメーみたいに面の皮が厚いヤツが、反抗された時に恥を掻かせるだけの筈がないだろう。
 大方他にも色々仕込んでるんじゃないのか?」


「あ、わかった?
 何か妙な事したら、今度はえっちぃ事してイク寸前に凍結をかけようかと思ってたんだけど」


 本っ当に性格が変わったな、とルビナスを睨みつけるロベリア。
 殺気すら篭った視線を受けても、ルビナスはへらへら笑っていた。
 …が、ふと真顔になる。


「ところでロベリア。
 千年前に私の体を乗っ取った時の事だけど」

「ああ?
 今更なんだ?」

「私が自分の体に何も仕掛けをしてないと思った?」

「………………………………………」


 沈黙が舞い降りた。
 ロベリアの表情は凍り付いている。
 そしてイヤな汗が徐々に浮き出てくる。


「……冗談…だよな?」

「うん。
 ………装置とか、イイよね」

「真顔のままで何を抜かしやがる!
 吐け、吐きやがれ!
 自分の体まで改造して、一体何を仕掛けやがった!?
 自爆か! 自爆なのか!?
 はっ、まさかあの時の戦いは!」

「ぴんぽーん、実を言うとワザと負けました。
 いや、全力でやっても共倒れが見えてたし。
 救世主の誕生を防ぐなら、私がワザと負けて、浮かれている貴女を封じ込めるのが一番確実だったの。
 あの浮かれ具合は、意識が薄れていく中でもハッキリ覚えてるわよ?
 いや、あのツッコミ時以外は冷静だったロベリアが、喜びのあまりマツケンサンバを踊りだすなんて…」


「ぬあああああ!
 忘れろ、忘れやがれ!
 ってか、ワザと負けただと!?
 アンタはー!
 そうやって私の事を嘲笑っていたんだな!
 何処まで私をバカにすれば…!」


「まぁ、確かにロベリアの踊りは見ていて笑いたくなったけど。
 妙に慣れてるし…ひょっとして練習してた?」


「ああ練習したさ、練習してたさ!
 アルストロメリアのヤツが『忘年会での宴会芸に』なんて言い出して練習に付き合わされて、フリツケまで全部叩き込まれたさ!
 衣装まで作ったね!
 ああ悪かったな、実を言うと途中から楽しなってきて、忘年会での披露が楽しみだったさ!
 じゃなくて!」


「ロベリア、被害者妄想も大概にしないと引かれるわよ?
 はー、お茶が美味しい…」


 かなり真剣に怒るロベリアと、怒気を柳に風と受け流すルビナス。
 真っ向から怒りを受け止めてもヒートアップするのが目に見えているからだ。

 しかし、ロベリアの怒りは並大抵のモノではあるまい。
 ロベリアは自分の事を、ずっとルビナスの陰に隠れている日陰者だと思っていた。
 実際、人当たりのいいルビナスと、現実的でシビアなロベリアでは、ルビナスが人に好かれやすいのは仕方ないだろう。
 ロベリアにとってルビナスは、目の上のタンコブ、それ以上に自分の路を遮る障害物だった。
 ずっと日陰者に甘んじてきて、ようやくルビナスを殺し、体を乗っ取って掴んだ勝利。
 それすらもルビナスの掌の上だった。
 ルビナスに勝った、と思っていたロベリアは、滑稽な操り人形だったのだ。

 結局、ロベリアの勝利はルビナスの計画を進めただけだった。
 曲がりなりにも救世主は誕生したため、千年前の“破滅”は終わった。
 救世主となったロベリアも封じ込められた。
 殺さなかったのは、ルビナスの意思なのか、それとも残されたミュリエルとアルストロメリアの甘さか。
 ロベリアと違って、時が流れた後の事まで視野に入れていたルビナスにとって、ロベリアに殺される事は敗北でも何でもなかった。
 あまり気の進まない手段ではあっただろうが、想定していた手段の一つに過ぎなかったのだろう。

 ルビナスにロベリアを弄んだつもりがなくても、ロベリアにとっては一人で舞い上がっていた事には変わりない。


「! あ、アルストロメリアは!?
 この事を知ってるのか!?」


「いいえ。
 全部事後承諾にさせたわ。
 アルストロメリアにもあの頃のミュリエルにも、ロベリアを欺けるようなお芝居が出来る筈が無いじゃない。
 今は………忘れてんじゃないの…アルストロメリア、寿命で死ぬまで半世紀以上あったんだし…。
 痴呆症とかにはかかったのかしら…?」


「…在り得る…」


 暢気にご飯を貪るアルストロメリアを思い浮かべて、思わず同意してしまうロベリアだった。

 ルビナスは湯気を立てる緑茶を飲み干し、ロベリアに悲しそうな視線を向けた。


「…どうして貴女はそうやって、私にばっかり被害妄想を持つのかしら…。
 私はロベリア、貴女の事も大好きなのに…。
 ずっと汚れ役を引き受けていてくれた貴女に、私は感謝していたのよ?」


「よくもヌケヌケと…!」


 ルビナスの言葉は本心だった。
 彼女はロベリアが好きだったし、誰もが目を逸らすような暗い部分にも真っ直ぐに目を向けるロベリアの強さを尊敬すらしていた。
 ロベリアの発言はいつも苛烈で耳に痛いものだったが、それは誰かが言わねばならない事だった。

 しかし。


「…あー、ルビナスさん、ちょっといい?」


「ん? 何かしら、未亜ちゃん?
 今ちょっと取り込み中だから、なるべく短くね」


「いや…ルビナスさんの言い方だと、ロベリアさんにしてみれば『貴女が汚い事を引き受けてくれてたおかげで、私のキレイな部分が強調されたわアリガトー』ってな具合に聞こえるんじゃ…」


「………あら?」


 そうなの?とロベリアに視線を向けるルビナス。
 答えは人を殺せそうな視線で返ってきた。
 同じく被害妄想と言ってしまえばそれまでだが、そりゃールビナスが感謝すればするほど自分が惨めになるだろう。
 理論的に論理的に、を旨とするルビナスだからこそ、ロベリアの胸中は読み取れなかったのかもしれない。
 なまじ客観的に物事を捉えようとする為、歪められた情報を信じている人間の事を忘れてしまう。


(…こりゃ幾らなんでも…)


 そう簡単には仲直りできそうにない。
 じゃれつくナナシも無視するロベリアからは、嫌悪やら憎悪やらが色々と発散されている。
 ヘタな事を言うと本気で爆発する…が、何も言わずに逃げる事もできない。


(…どうしたものかしら…)


 内心で頭を抱えるルビナス。
 結局のところ、長い時間をかけて新しい関係でも築いていくしかないのだろう。
 溜まりに溜まった不満や憎悪が、そう簡単に消える筈もない。
 しかもロベリアは何気に粘着質だ。

 黙ってみていた大河が不意に口を挟む。


「好奇心半分で聞かせてもらうが…ロベリアさん、アンタ結局ルビナスをどうしたい訳?」


「ああ?
 どうしたいって、それは…」


 言葉に詰まるロベリア。
 改めて言われると、具体的にどうしたい、というのは思い浮かばない。
 確かにルビナスの事は憎んでいて、殺したいとも思っているが、殺した所で、どうにかなるものではない事は、頭では理解している。
 ルビナスに、自分と同じような気持ちを味わわせたい?
 それこそ無意味だ。
 ルビナスが泣いたところで失ったモノは戻ってこないし、何より彼女の望みは『自分が安らげる場所』だ。
 ルビナスが消える事は、その手段というか邪魔者排除の一環でしかない。
 個人的に死んでほしいのも確かだが。
 何より、安らげる場所は既に彼女は持っている。
 アルストロメリアとの時間が、何よりも安らげる時間だ。

 しかし、ロベリアは常に不安を抱えている。
 それは…。


「…私から、もう何も奪われたくないんだよ…!」


「…ルビナスに奪ってるつもりはないだろうが…。
 要するに、アンタの友達か何かがルビナスに靡くのが気に入らない訳か」


「まぁそうだな」


 結局、単なる独占欲というかヤキモチなのだろうか?
 他にも色々と積もり積もったモノが問題を激化させているだけで、根っこは限りなく単純らしい。


「あぁ、だからアルストロメリアさんにルビナスさんと接触するなって命令してあったのか…」


「やかましい」


 アルストロメリアと遭遇した時に事を思い出して、一人で納得する未亜。
 …それにしても、何やらロベリアが大人しい。
 怒気を振りまいていたというのに、今はもう割と冷静になっている。
 怒りがルビナス個人に向いているからだろうか?
 或いは、背中にぴったり引っ付いているナナシに癒されているのかもしれないが。

 何れにせよ、この雰囲気はあまりよろしくない。
 ルビナスはちょっとばかり自己嫌悪に沈んでいるし、未亜もそっちの世話で手一杯だ。
 ベリオはロベリアを警戒していて、ナナシは無邪気に笑っている。

 ルビナス−ロベリア間の空気が、物凄く居心地が悪い。
 このままでは、このテンションのまま出撃しなければならなくなる。


(大河君、ここらで一つ、空気を変えた方がいいですよ。

 そうだねぇ、ここのまま出撃なんて事になったら、ルビナスとロベリアの不仲が完全なモノになっちまう。
 何かいい手はないかい?)


(そりゃあるけどよ…)


 チラリとロベリアを見る大河。
 …これを言えば、空気は変わってくれるだろう。
 しかもギャグ調に。
 だが、その分色々と精神的な負担がかかりそうで…。


「(…仕方ないか…。)
 ……なぁロベリアさんよ、もう一つ聞かせてほしい」


「…いい加減にしろよ、しつこいぞ」


「いや、今回はコレで最後だ。
 ……千年前のルビナスの所業を」


 ピタリと動きを止めた。
 微妙に顔色を悪くしつつ、大河に視線を向ける。
 大河はその視線を受け止めて、生温かい視線をロベリアに向けた。


「…ああ、きっと思い出すのも苦しい過去なんだろうな…。
 でもそういうのは他人に話すと楽になるぞ?
 俺も多少はそういう経験があるからな。
 ルビナスの発明に振り回された事もあるし、ルビナスじゃないがマッドな連中と一緒に生活して、眠る時には拉致監禁改造に備えて枕元に短剣を置き、飯を食う時には必ず毒見役が必要だった日々。
 いっそ自分もそっち側に行けば楽になるかな、なんて思いつつも、それをやったら何か大切なモノを失ってしまうんじゃないかという葛藤。
 あまつさえ、そいつは人当たりが無闇やたらと良くて、どんなに無茶をしても危険人物だと認識されず、されたらされたで『まぁ、彼女だし』の一言で済まされてしまう。
 おかしいよな、不公平だよなぁ!?
 なんだって「フン!」へぶっ!?」


 なんか途中からトラウマでも甦ったのか、涙まで流しながらロベリアに向かって滔々と語る大河。
 間違いなく非常識人の大河がこんな事を言うのもアレだが、まぁ大河とて最初は普通の子供だったのだ…多分。
 未亜の味方が自分だけだと思い込むようなガキだったし。

 なんか好き勝手に言われている事が気に障ったのか、ルビナスが大河の後頭部を殴り飛ばして演説を断ち切った。


「ったく、ダーリンったら人聞きの悪…?
 ………ちょ、ちょっとロベリア?
 何してるのよ?」


 殴り飛ばされ、顔面から地面にダイヴした大河。
 そして、それを優しく引っこ抜く…ロベリア。
 彼女が大河を見る目には、友愛…はないがある種のシンパシーが浮かんでいた。


「何をしているって…いや、仲間…むしろ戦友としては見捨てておく訳にも…」

「…戦友?」

「ああ、戦友だ。
 コイツは私の敵だが、同じマッドに振り回された経験を持つ戦友だ!
 その点だけは、私とコイツは解り合える。
 ほらしっかりしろ、えーと…当真大河?
 マッドの圧政に負けるんじゃない!」


「お、おぅ…平気平気。
 しかしロベリア、やっぱり苦労してたんだな…」

「ああ、一時期このバカが仮○ライダーに嵌りやがって、一晩の内に4回も襲撃を受けたんだぞ。
 やめろショッカー、なんて私はやりたくないっての」

「そりゃまた…。
 しかし、救世主クラスには無断で改造されたヤツまで居るぞ。
 本人も気付いてなかったし、今ではもう気に入ってるみたいだが」

「本気で一線を越えたな…。
 一体誰がルビナスの餌食に?」

「そこに居るベリオだ。
 ちなみに母乳が出るようになった」


「ちょ!?」

「まぁまぁベリオさん、何かいい雰囲気だから堪えて」


 プライベートな秘密を漏らされて抗議しようとしたベリオだが、後ろから未亜に抑え付けられた。
 ロベリアと大河は、何だか妙に友好的な雰囲気を醸し出している。
 ナナシは二人が仲良くしていて嬉しそうだ。


「大体なー、何だってそうポンポン人体実験したがるんだよ?
 仮にも自分で作ったモノなんだし、人に対する効果を調べようと思ったらまず自分で試すのが筋ってモンだろ。
 料理だって、人に出す時にはちょっとくらい味見をするのが最低限のマナーってものじゃないか」

「言えてる言えてる。
 人徳というかギャグで見えなくなってるけど、あれって明らかに薬事法違反だよな。
 それに人権侵害。
 人権なんて当てにしてないけど。
 しかも周りの連中が慣れちゃって、怖がっても制止しようとしないのがまた拍車をかける…」

「制止したくないのも、解らないでもないけどな。
 誰だって自分から火事に飛び込むのはゴメンだろうし」

「しかも、その火事現場には爆弾が満載と」

「付け加えて言うなら、後から油を追加してくるんだよなぁ、マッドって連中は…」


 愚痴っている。
 そのマッドが横に居るのも忘れて愚痴っている。
 ロベリアの愚痴の勢いは、それはもう素晴らしいものだった。
 どうも、こんな愚痴を言える相手は居なかったようだ。
 千年前では、アルストロメリアはルビナスの行為を普通に受け止めていたし、ミュリエルはアレな実験に巻き込まれても、生来の甘さと優しさから何処か遠慮していた。
 思いっきり本音を暴露して、そして共感してくれる人物とは初めて会ったのかもしれない。
 このまま放っておくと、屋台かどっかでグダを巻きながら潰れるまで呑みかねない。
 …ちなみに、その屋台にはきっと焼酎をカミュと言い張る同心やマダオとかが屯しているんだろう。
 某GODさんのレスで頂いたネタの如く。

 抗議しようとするルビナスを、ナナシが後ろから抑えて天幕から引き摺りだしていった。
 せっかく友好的な雰囲気なのだから、水を差す必要もなかろう。
 それに、これなら自然に退散できる。


「あー、私達も退散するわ。
 放っておくと、ルビナスさんが八つ当たりに実験開始しかねないし」


「ん、そうか?
 すまんなぁ、千年前はそういうのは私の役割だったんだが」


「本当に苦労してたんですねぇ…。
 今度、ルビナスさんを抑えるコツとか教えてくれません?」


「ああ、酒でも飲みながらな…。
 ちなみにワインより日本酒がいいぞ」


「はいはい」


 なんかもう、飲まずに酔っ払ってる感じのロベリアだった。
 先程までの敵意も溶けて、人生に疲れた中年オヤジよろしく大河に向かって愚痴を垂れている。
 大河もロベリアの愚痴に相槌を打っていた。
 …ロベリア懐柔の為の演技なのか本心なのかは、微妙な所である。


「あ、愚痴の肴持ってきてくれ」


「…それってお酒を要求してない?」


「いや、流石にこれからドンパチだってのに呑む訳には…」


「ドンパチ…そういや、お嬢はどうなったんだ?」


 愚痴り続けていたロベリアが、ふと興味を示す。
 捕縛されてから、尿意に苛まれたり千年前の苦労が甦ったりで気にする暇もなかったが、アルディアはどうしたのだろうか?


「ん? 気になるのか?」


「……まぁ、好きではないにしても、一応私の血縁なんでな」


 苦々しげな表情のロベリア。
 暫し考える大河。


「…ちっと素朴な疑問があるんだけどな、ロベリア?
 アルディアちゃんって、ダウニー先生の子供だって聞いたんだが」


「ん? ああ、そうだが…誰から聞いたんだ?」

「カザミ…ユカのクローンから」

「…死んだか?」

「いや、色々あって生きてる。
 それはともかく、確かダウニー先生は、ロベリアの…」

「…子孫だな。
 あんまり認めたくないが。
 …私にもあのアフロに繋がる遺伝子が入ってんのかと思うと頭痛がしてくる」


 どうやらダウニーは、“破滅”に行ってもアフロのままらしい。
 “破滅”の将や魔物達を相手に、その見事なアフロで威厳を見せ付けるダウニー。
 …大河の背筋に、別の意味で戦慄が走る。


「ロベリアって子持ちだったのか…?」


「…………いや、どうだろうなぁ…?」


 首を傾げて考え込むロベリア。
 確かに、子供が出来るような行為をした事はある。
 記憶を遡れば、かつて幼馴染と最後に体を重ねた時期を鑑みるに、子供が出来ていても気付かなかった可能性は高い。
 逆を言えば、子宮の中に育っていた命は、気付けない程度にしか成長していなかったと言う事。


「確かにルビナスの体を奪う前には、ちょっとばかり月のモノが遅れてたけど、確証になる程じゃなかったし…。
 体を奪ってすぐに封印されたから、その後私の体がどうなったのかも…。
 聞いた話じゃホワイトカーパスに潜伏していた“破滅”の民が、かっぱらってずっと隠してきたそうだが…」


 仮に本当にその通りだったとしても、抜け殻になったロベリアの体から、形を為したばかりの赤ん坊を取り出して育てるなど、幾らなんでも不可能だろう。


「妹とか姉とか居た?」

「なんで兄と弟については聞かないんだ?
 …まぁ、居なかったと思うぞ。
 と言っても、私は家出娘だったからなぁ。
 その後の家で誰かが産まれたかも…」

「家出ぇ?」

「そうだ、何か文句があるか?」

「いや、俺と未亜だって預けられてた家が気に入らなかったから、ちょっとばかり派手に悪戯して飛び出したからな。
 しかし何でまた…いや、余計な事だったな」


「単にネクロマンシーを学びたい、って言ったら猛反対されたから飛び出しただけなんだが…。
 うーん、しかし考えてみると、ダウニーと私の血の繋がりを証明する方法は無いな…」

「あったところで、千年も間が空いてるんだぞ?
 何代前のご先祖様だよ?
 大体20年から30年で誕生・結婚・子供製造を成すとして、単純に考えて30代から50代。
 近親結婚でもしてなきゃ別だが、子供には半分しかロベリアの血が流れてない。
 だから2の30乗で…1ギガバイト?」

「なんの単位だ。
 まぁそれはいいとして。
 お嬢…アルディアのヤツ、一体何があったんだ?
 いきなりあの閃光をバカスカ撃ってきやがって、裏切りかと思ったぞ」


「いやそれがな…」


 アルディアが聖銃に乗っ取られている事を説明する大河。
 聖銃についても、幾らか触れた。


「…あの銃、そんなにヤバい代物だったのか…」


「不完全なヤツだからいいものの、本物だったらどうなってたか…。
 ダウニー先生は、アルディアちゃんを戦わせる事についてどう思ってるんだ?」


「…どっかの木星帝国皇帝よろしく、『血の繋がりなどまやかしに過ぎん。これは戦争なのだぞ』とか言ってたな。
 …ドゥガチと違って、強がっているのが見え見えだったが。
 何だか知らんが、ちょっと前からいきなりアルディアを気にし始めて…以前だったら、自分の娘でも道具扱いするのを躊躇わなかったのに」


 何処か面白くなさそうなロベリア。
 性格が変わったダウニーが気に入らないのだろうか?
 確かに、今更と言えば今更なのだが…。


「むぅ…だったら…何とか上手くコンタクトを取れれば、アルディアちゃんを助け出す間だけでも…」


「…同盟や和平を考えてるならやめとけ」


 ロベリアは冷ややかな表情で、大河を見据えた。
 考えていた事を見透かされて、多少動揺する大河。


「…やっぱり無理か?」


「無理…というか、前提が間違ってるんだよ。
 確かにダウニーは、お嬢の事を気にしているし、遅まきながら父親だって事も自覚した。
 だが、ダウニーはそれ以前に“破滅”の主幹だ。
 自分の目的の為なら、どんなに苦痛だろうが、何もかもを利用して憚らない…。
 そして、お嬢があんな風になってるのは、多分ダウニーにとって好都合なんだよ」


 一拍。
 大河がロベリアの言う事を理解するのに必要とした時間である。
 その後、急激に怒りが湧き上がる。
 子供は親の道具ではないのだ。
 苦痛を覚える?
 だから何だ、結局実行しているではないか。
 苦しもうが苦しむまいが、大河にとって気に入らない事には変わりない。

 が、ロベリアは冷たい視線で見据えたまま、大河が口を開くよりも前に忠告する。


「私はお前が気に入ってるから、今のうちに言っておく。
 もうダウニーは止まらない。
 何が目的なのかはわからないが、良心も理性も何もかもを捨ててでも、何かを成そうとしている。
 私達が口を挟んだ所で、何の意味も無い。
 当然、アルディアを助けるって父親の心に訴えかけても、もう無駄だ。
 …それだけだよ」


 喋りすぎた、とばかりにロベリアはそっぽを向いた。
 話が合うので、つい気が緩んでしまった事に気付いたようだ。


「ロベ「うるさい、もう行け。 私は寝る。 暴れたり出来ないから心配するな」


 それだけ言うと、ロベリアは近くにあった枕を引き寄せて寝転んでしまった。
 どう見ても不貞寝以外の何者でもない。

 大河は溜息をついた。
 まぁ、ロベリアとある程度仲良くできたのは確かだし、そろそろ出陣の時間だ。
 昼飯を食って一休みするとしよう。


「…それじゃな、ロベリア」


 寝転がったままのロベリアは、全く動かなかった。


 時間は少し遡り、場所も移る。


 眠った。
 起きて飯も食った。
 顔も知らないご先祖様に、人類軍を裏切った事を詫びて虚空に向かって土下座もした。
 壊れたのかと汁婆がガックンガックンしてきたが、些細な事だ。

 セルは最後にアルゾールの中にあるエネルギー残量を確認し、出撃の準備を完了する。
 若干後頭部が痛むが、完全回復と言っていいだろう。

 大きく息を吸い込み、自分が妙に落ち着いている事に気がついた。
 達人が果し合いに行く直前や、死期を悟った老人はこんな気分なのだろうか。


(…いやいや、前者はともかく後者はいかん。
 アルディアさんを助けるまで、俺は絶対に死ねない…)


 贅沢を言えば、助けた後に幸せにするまで、なのだが、状況が状況だけにそんな事も言っていられない。
 何が問題かって、その後のアルディアだ。
 助けるまではいい。
 が、何せ彼女は“破滅”の主幹の娘である。
 トップの二人は人質なんて事は考えないだろうが、有象無象の中には考えるやつが絶対に出てくる…それがいい悪いは別として。
 そもそもアルディアの血縁関係を機密にしておけばいいのだが、それにしたって彼女が“破滅”の関係者だと気付かれるのは、想像に難くない。
 何より、その“破滅”に連れ去られて死んだ筈のセルと一緒に居たら?
 明らかにおかしい、と思う人間がぞろぞろ出てくるだろう。


「…いずれにせよ、これがセルビウム・ボルトの最後の戦って事かね…」


 もう自分は、剣を持つ事は許されないだろう。
 命の保障は、大河達がある程度までは庇ってくれると思うが…。

 セルは周囲を見回して、顔を隠せる兜やマスクを探した。
 とにかく、自分の姿を見られるのは好ましくない。
 …のだが。


「…なんつうか、血が騒ぐな…漢の血がッ!」


 経緯はどうあれ、これからセルは素顔を隠して出撃する。
 いや、顔だけ隠せばいいってものでもない。
 とにかく死んだ筈のセルだと気付かれてはいけないのだから、服装も変えねばなるまい。
 武装については…セルの剣は珍しい物でもないし、気付かれはしないだろう。
 そもそも、アルゾールのお陰で別の剣に見えるし。


「くくく…クァックァックァックァッ…!」


 …どこぞの会社のマッドサイエンティスト(最終的には自分も魔物になりました)のような笑い声が漏れる。
 後ろで汁婆が必殺の気迫を高めているが、セルは気付かなかった。


「ふ、不謹慎ながら…願掛けも兼ねて……一丁楽しませてもらおうかねぇ…!
 真面目に戦うより、ギャグキャラ状態の方が強いしな、俺はッ!」


『…自分で言ってて悲しくならんか?』


「ならないねッ!
 道化の方が人生楽しめるしな!
 悲惨なピエロはゴメンだが、滑稽なピエロならまぁ良し。
 よっしゃ、そうと決まれば早速衣装調達だ!」


 古来より、正体を隠す為に変装をしているキャラや覆面をしているキャラは、通常時よりも遥かに大活躍できるという法則がある。
 某紳士服仮面しかり、某忍者ファイターしかり、某電池で動くロボのパイロットのママしかり。
 セルもそれに肖ろうと、この短時間で何かしらの変装をする事に決めたようだ。
 …しかし、生半可な変装ではそこまでの活躍は不可能だろう。
 変装を通り越して、いっそ傾く(かぶく)と表現するくらいに派手にやらねば。


「いやいや待て待て、落ち着けよ俺。
 ここで血迷って、男だってのに制服月みたいな格好をしてみろ。
 それこそ別の意味で大活躍になっちまう…。
 ここは亀有じゃないんだから、そんな特殊なデカ…もとい兵士は受け入れ…られる気がするな」


 色物キャラとしてなら、受け入れられる気がする。
 無言で石を投げられる可能性もかなり高いが。
 しかし受け入れられたら受け入れられたで、妙なファンが出来てしまう可能性もある。
 まさかと思うだろうが…軍にも何気にアホというか特殊な性癖というか、何処か美的感覚がズレている人間が結構多いのだ…少なくともこの世界では。


「どっかその辺を探ってみるか…。
 何かいいアイテムが落ちてるかもしれん」


『…見つかるなよ』


 汁婆の投げやりな忠告を書いたフリップがセルに投げつけられたが、彼は気にも留めなかった。


…暫し経過。


『で、どうだった?』


「…結論から言おう。
 ……予想以上だったよ…この軍は」


 セルが戻ってくると、何処から持ってきたのか風呂敷包みを背負っていた。
 その表情は、何処か複雑なモノがある。


『誰かに見られたか?』


「いや、少なくとも俺を知ってる人には見つからなかった。
 …あと、これは全部黙ってかっぱらって来た」


 それこそ軍法会議モノでは?
 まぁ私物だし、戦乱のゴタゴタで紛失してしまった物など珍しくもないと思うが…。

 どっこいしょ、と風呂敷包みを地面に下ろすセル。
 汁婆も多少興味があるのか、近くに寄ってきた。


『で、何が予想以上だったって?』


「いや…まぁ、見れば解るよ」


 風呂敷を広げると、まぁ有るわ有るわ意味不明な物体が。
 いや、ある意味、意味はよーくわかるのだが。


「…仮面…だよな」


『何のアニメの仮面だ?』


「さぁ…こりゃ小太刀か?」


『…マント?
 しかし、何だよこの刺繍は…』


「大ふべんもの? …誰だ、傾こうとしてたのは…」


『朱槍まであるぞ…が、こりゃオモチャだな
 全然重くない』

「…兜? でも頭の上にドリルが…取りあえずこれは使いたいな」

『なんだこのファンシーな杖…いや物差し?は…
 一体誰の趣味だ?』

「あ、それ知ってる。
 アニメでやってる美少女建築士なんたらだ。
 俺の趣味には合わなかったんで、あんまり興味は無かったけど」


『…ライトセイバーとか、探せばあるんじゃないか?』


「…? これは…なんだ?」


 セルが手にしたのは、アヴァターでは見た事のない金属製の筒だった。
 大河や未亜ならば、それが懐中電灯と呼ばれている物だとすぐに解っただろう。
 或いはシュミクラムを扱う機構兵団も、似たような物を見た事があったかもしれない。


『赤いボタンと青いボタン…。
 …ここがスイッチか?』


「そのようだな。
 せっかくだから、俺は赤いボタンを選ぶぜ」


『何も無い方を向いて押せよ
 さっきも言ったが、実はライトセイバーで柄の先に居た俺にザックリなんてのは勘弁だ』


「はいはい。
 それじゃ空へ向けて、ポチっとな」


 もうお約束と言うにも手垢が付き捲っている台詞と共に、懐中電灯(仮)のスイッチが押された。
 そして…。


「…何も起きないな」


『ある意味斬新な展開か」


 青いボタンを押しても、結局何も起こらない。
 興味を失い、念の為にボタンをオフにして放置する。

 …しかし彼らは気付かなかった。
 何も起こらなかったのではなく、実際は光が放たれていた事に。
 真昼間だったため、懐中電灯(仮)の光に気付かなかったのだ。
 そしてやっぱり気付かなかった。
 …光が触れた枝や葉が、大きくなったり小さくなったりしていた事に。


「ま、誰の物だか知らないが、ちゃんと返しておかないとな。
 俺らにとっちゃガラクタでも、実は誰かの形見だったりするかもしれないし」


『それなら最初からかっぱらって来るな』


「それを言われると辛いな…」


 しかし、返そうにもセルはこんなアイテムを目にした記憶が無かったりする。
 何時の間にやら風呂敷に入り込んでいた、というのが実情だ。
 従って返そうにも返せず、結局適当に放置と相成った。
 その後も引き取り手が現れず、結局このアイテムは処分される事になったと言う。

 なお、ルビナス製の道具ではない事を記述しておく。


「やっぱこれが一番ナウい(今という割には、既に石器時代の言葉)かな?
 蝶のマスクに、全身タイツ」


『それも今時ではないと思うが
 と言うか、やめておけ
 パピヨン繋がりで一纏めにされた日には、ブラックパピヨンがお前を抹殺しに来るぞ』

「?
 何でブラックパピヨンが?
 この辺には居ないだろ」


『……』
(居るんだよ、実は…)


 追記

 ス○ールライトでもビッ○ライトでもありません。
 アレはスイッチが一つしかないので。
 あのアイテムは、如来光です。
 詳しくはキテ○ツ大百科を参照。




今日もネカフェっす…。
そして家でネットを使えるようになるのが…19日!?
キツイ…。
しかも今日から研修です。
ああ、マジで疲れた…慣れない事をすると気力が削られる…。
いや、しんどくは無いんですけどやる事が無くて…みんな自分の仕事で手一杯だし。
食後の眠気は地獄ですよ。
まぁまだ初日だし、気合入れて行きまス!
やる事ないから、自主研修はあと3日程度しか行かないけどね。

逆襲!パッパラ隊キターーーー!!
それではレス返しです。


1.シヴァやん様
妊婦のようにですか…ふむ、いい表現ですねぇ…w
妊娠プレイはいつになるやら。

カザミだったら、頼めば多分あっさりと呼んでくれますぜ。
恥じらいがあるかは別ですが。

色々と伏線というかヒントは出していたつもりだったのですが、アルディアとダウニー。
ああ、そうか…子供のクローンを使い捨てにしてんだよなぁ…そこに気付かなかった…。
まぁ、使い捨てにしなくても寿命は短いですが…。

フノコについては、多分ダウニーは既に受け入れていますw


2.シズル様
むぅ、次のエロはいつになるやら…。
カザミとユカとの3Pはやりたいけど、難しいです…。

意表を突けたでしょうか、ダウニーとアルディア。


3.悠真様
ダウニー産のお子さんは、年齢がいくつなのか時守にもわかりませんw
いやいや、一応お相手はオリキャラですよ。
まぁ、多分レギュラーとして登場する事は無いでしょうが…。

黄金竜も思えば哀れ…当常時は凄かったのになぁ…。
これも時代の流れでしょうか。
…やっぱ悲しいですけど、登場すると何となくホッとするという気持ちはよくわかりますw


4.悪い夢の夜様
ネカフェから投稿してるんですが、あんまり遅くなりたくないんですよ。
だって遅くなると帰りが寒いし。
ユカがネコ…ネコ…ねこ…だとすると全表記ひらがなで…うーん、性格的にはカエデ並みに犬なんだけどなぁ。

アルディアとダウニーの繋がりとかは、アルディア登場時から考えていました。
この時点で、ダウニーとセルが義親子になるのは確定ですw
母親はオリキャラ、アルストロメリアは……ま、まぁジュウケイもまだ残ってますし、餓死はしてないのでは?

変身中に掘られる…前? 後ろ? 両方?


5.アレス=ジェイド=アンバー様
カザミは健気で、かつ無頓着なのですw
でも好奇心が疼くと、周りを考えずに突っ走るので奇行が多いw

ナナシとカザミの会話…なんだろう、物凄く癒されるような、余計に疲れるような。
セルは強く生きてもらうしかないでしょうね…強くというか図太くですかw


6.powerL様
原型が無いのは今更でしょうw
いやぁ、運命とかも案外遺伝で伝わったりして…。
特に幸運とか不運が。

そうですねぇ、呼ばねばなりませんねぇ…いっそ一生呼ばないという手もありますが。


7.浪人生s様
いや、突然変異というより、母親が凄い人なんでしょう!
某先生の天使のような奥さんみたいに…。

ユカとカザミの濡れ場…あったとしても、当分先になると思います…。


8.イスピン様
ネタにするならカザミドリ、ですよw
このままカザミのペースを乱さずに行けたらいいですね〜。

フノコは…まぁ、一応美形ではありますからね。
まぁ、結婚というのもちょっと違うんですが。
やはり悲惨ですね、フノコの子供になるというのは…。

いつもいつもいいネタがある訳ではありませんからね…ああ、最近電波が遠い…。


9.ソティ=ラス様
いいエピソードでしたね、あの辺の話は…。
特にポップは凡人代表って感じなのに、大魔王と喧嘩するある意味人類代表w
人気投票の結果も頷けるというものです。

ヒムが最も輝いたのは,時守的にはグランドクロスを使った時の「俺もまた不死身だぁ〜!」の所です。
あれは凄かった…。

ロベリアの苦労人遺伝子は、どこまで遺伝しているのでしょうかw

東京…って、ああ、実は全部一目見た時の妄想だったというある意味とても共感が持てるアレですかw
エロは通常の文の3倍くらい疲れますからねぇ…。
何と言うか、場面の変動が無いから詰まったら突破しにくいし…。

お祝いの言葉、ありがとうございます!


10.カシス・ユウ・シンクレア様
ジュウケイの事とか、そこかしこで“破滅”との繋がりは匂わせていましたからね。
ん? という事は、ロベリアはお婆ちゃんとか呼ばれるのか…複雑だろうなぁ。
はい、ジュウケイさんが幹部なのはその為ですね。

カザミはこのペースで進めたいと思っています。
さらっと爆弾発言をするようにw


11.DOM様
ありがとうございます!
うまくカザミの天然具合が演出できているようで、一安心です。
合体技ですか……やはり最初の合体技はベッドの上で!

流石に即座に姉妹丼は無理ッスw
やりたいけど遠い…(涙)
アフロに娘というのは、流石に予想外だったでしょう!

双子か…ユカ・カザミに、リコイム、更にルビナスナナシ…3組も!?


12.竜の抜け殻様
アフロの使者…当時は違いましたが…のお相手はオリキャラとなっています。
いっそカザミを養娘に…なんてのも考えましたが、それは流石にw
大河とダウニーが義親子になりかねないw

戦闘パートはあとちょっと先のようです。
むぅ、また話を引っ張るクセが出てしまった…。


13.蝦蟇口咬平様
ユカとの関係やトレイターの正体と同じくらいの、特大級の爆弾ですからね、アルディアの事はw
薔薇ゴール…あれ?
なんでモーホーな関係が浮かぶんだ?
実はアルディアさんがショタっこだったとか!?
うおっ、セル報われねぇ…いや、ここまで来たら気にしないか。


14.JUDO様
エロス度を自己新しましたからねぇ。
もうアレを超えるのは書けないだろうなぁ…なんて事を、ネコりりぃ&ネコミュリエルの時にも言ってたのですがw
いやいや、残念ながら濡れ場は当分先です。
かなり話がややこしくなりそうなので…。

リヴァイアサン編での会話…な、何だっけ(汗)
ダウニーとジュウケイの会話ですかい?
自分で伏線張っときながら忘れるおばかな時守です。

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