彼はただ歩く。行き先はどこなのだろう。
風が西から東に吹きました。なら彼は東に向かいます。風が北から南に吹きました。なら彼は南に向かいます。
行き先はどこだかわからない。行き先を知りたいなら聞いてごらん。きっと風は答えてくれる。全ては風の赴くままに。
ナギは自分の故郷、ウェールズの山にきていた。長年の戦いの疲れからなのか、彼は弱っていた。かつての強さの面影は僅かしか残っていない。
無論そこらの奴にやられるほどではないが。
彼自身気付いていたのだろう。死期が近づいていると。もうそんなに長くない。ならばせめて故郷でというのが彼の望みだった。
もちろんみんなの前に姿を現すことは出来ない。すでに死んだとされる人間が、姿を現すなどあってはならない。
老兵はただ去るのみ。老兵と言われるほど老いたわけではないが、似たようなものだと彼は苦笑する。
別に一人じゃない。山の動物達がいる。草木が生い茂り、環境自体悪くない。まさに彼が欲した平穏があった。
「ここで終わりを迎えるのも悪くないな」
誰かが答える訳もなくただ一人つぶやく。泉の畔にある座るのにちょうどいい石に腰掛け、空を見上げる。
空はオレンジ色に染まり夜が来るのを知らせる。
「夕暮れか……早いとこ晩飯確保しとくか」
山での生活は夕暮れ時が一番危なく、野生の動物達の大半が活動を開始する。しかし、そんなことお構いなしと言わんばかりにズカズカと森の奥へと入っていった。
一時間ほど立っただろうか。片方の手には野ウサギと山菜。もう片方には薪となる枝が数十本ある。
「大量♪大量♪」
思ったよりも採れた晩飯の材料を石の椅子の前に置き、枝を組む。
「よしっ『火よ灯れ』」
呪文とともに火を手に出し枝の上に落とし火を点ける。本来この呪文は杖の先にライターの火程度の火力しかもたないが、ナギが使うと人の顔くらい大きくなり尚且つ火力も半端じゃない。
「♪〜」
鼻歌を歌いながら着々と晩飯の準備を進める。30分もしないうちに料理が完成する。メニューはウサギの丸焼きと山菜を湯がいたシンプルなもの。調味料はここにくる途中で鍋類と一緒に持ってきており味付けには困らない。もちろん、保存の効く香辛料や塩胡椒ばかりだが。
「ま、こんなもんか」
火に薪をくべながら料理を食べる。これまでの手順を見るとかなり野宿に慣れているのがわかる。
食べおわると火は点けたままで、拾ってきた枝の中から一番長いもので頑丈なものを選び持ってきた道具の中から糸と針を出し釣り竿を作る。釣り竿自体を持ってきたほうがいいだろうが、荷物になると考え持ってこなかった。
「よし、明日は釣りでもして過ごすか」
明日の予定を決めると火に薪を5、6本くべ眠りに就いた。
焚き火がパチッと音を立てながら薪を燃やし、森から聞こえるフクロウや虫達の鳴き声。夜空には満天の星が浮かぶ。まさに自然のオーケストラと呼ぶに相応しいだろう。
夜の冷たい風が吹きナギの頬をやさしく撫でるように通り過ぎていく。また今日もナギの一日が過ぎていく。
「ふう。さすがに冬になってくると冷えてくるな」
ナギが山で暮らしはじめどのくらいの月日が流れたのだろうか。吐く息は白くなり、辺りの温度の低さを教えてくれる。
焚き火をし自分の体温を調節する。火の上には鍋があり様々な山菜や何かの動物の肉の薄切り等が入っている。そう、この料理は日本が好きなナギにはたまらない冬の名物。山菜鍋である。
「どれ……おっ、けっこういけるな」
冬眠に入る動物が多いため肉は手に入りにくかった。寒さのため山菜も不作であり、今回が最後のご馳走といっていいだろう。
木の枝を削り作ったお玉や箸で鍋を食べあっという間に完食した。
「食った食った……ん?」
満足気な表情から一転して目付きを鋭くさせある方向を睨む。その方向とはナギが生まれ育った村の方向。ナギは確かに感じていた。たくさんの悪魔の気配を。
「こいつはやべえな……俺が行くまで持ち堪えてくれよ…!!」
叫びに近い声を上げる。目を鋭くさせ、ローブを被り、杖を携え、少しでも魔力消費を押さえるため杖で飛んでいく。
「『加速』」
速度を上げる、一分一秒でも速くと。
山から出てさらに速度を上げる。村が視認できるほど近くなったが、ナギの魔力を感じ取ったのか数十体の悪魔がナギに襲い掛かる。
杖に乗ったままでは戦闘がしづらいと判断し浮遊術に切り替える。浮遊術は魔力消費が激しく、現役だった頃ならまだしも弱ってきているナギにとってはかなり痛い。
「わりいが……今急いでるんでな。瞬殺させてもらうぜ!!」
無詠唱で魔法の射手を出現させ、ここぞとばかり打ち込む。無論これは牽制であり本命は
「喰らいな」
虚空瞬動により一気に距離を積め喉を潰す。ある者には蹴で腹を穿つ。
この場はナギの独擅場と化した。
瞬く間に悪魔を蹴散らすが雪達磨式に増えていき完璧に足止めを食らっていた。
徐々に削られていくナギの魔力。すでに満身創痍なのはわかり悪魔達も猛攻をかける。息も絶え絶えになりこの状況に舌打ちをする。キリがないと言わんばかりにとうとう呪文を唱えだす。
「このっ!!『雷の暴風!!』」
悪魔を消滅させるがこれが仇となりナギは地に落ちていく。なんとか地面との激突は避けれたものの全身は傷だらけ。さらには魔力がほとんどなく意識を保のが精一杯だった。
「(くそっ!!なんで体が動かない!!俺は…俺は助けたい奴らも助けることができないのかっ!!)」
目頭が熱くなり水滴が頬を伝う。ナギは泣いていた。何もできない自分を恨み、助けることのできない世話になった人達に懺悔するように……。
すると、ナギの頭に声がした。無機質で感情が感じない声が。
―――契約せよ
「!!(な、何だ?)」
―――我と…契約せよ
「契約……?」
口からフと出た疑問。ナギの疑問に答える事無く声は続ける。
―――我に死後を預けよ……さすれば汝の希み、叶えてやる
それを聞きナギは迷う事無く言い切った。
「何だか知らねえが……死後だろうがなんだろうが預けてやる……!!だから俺に……自分の生まれ育った村を、世話になった人達を、守りたい大切な人達を、救えるだけの力を俺によこせっ!!」
―――ここに契約は完了した。汝の希みを、叶えよう
そう告げた瞬間、ナギにとてつもない魔力と力が宿る。
「これは……いける!これなら助けられる!!」
そう叫びナギは村へと急いだ。
ネギは一人、世界樹の前にあるベンチに腰掛け星空を見上げていた。
「なーんだ。てっきりベソかいてると思ったんだけど元気そうじゃない」
「アスナさん……」
アスナは返事を待つ事無くネギの隣に座った。
ネギはギュッと杖を握り締め問い掛ける。
「僕は…どうしたらいいんでしょうか?」
「ネギ……」
「僕は大会後に茶々丸さん達の前で、立派な魔法使いを目指す上で父さんを追おうと思ったんです」
マスコミから逃げるとき偶々ともにした時に言ったことだ。
「でも…父さんはもう死んでて…!僕はもうどうしたらいいか……!!」
ネギは多大な重圧を感じていた。ナギの死因が自分を助けたあの日にあると、クウネルから聞いたからだ。
そんなネギをアスナは何も言わず抱き締めた。
「もう、ガキのくせにウジウジ悩んでんじゃないの!!いい、悲しいのはアンタだけじゃない。高畑先生にエヴァちゃん、ほかにも沢山の人が悲しんでるわ!!……だからネギ、アンタも素直になったら?泣きたい時は泣かないと、ね」
そう言ってネギの頭をクシャクシャと撫でる。
「う、うぅ……うわあぁぁぁぁぁ……!!」
アスナに縋りつき声を張り上げ泣く。ネギは腹一杯泣いた。溜め込んでいたものを吐き出すように。
「……嘘つき」
アスナの頬を伝う一筋の涙。ぼそっと呟いたアスナの言葉はネギの泣き声に消されていった。
ナギは駆ける。すでに村からは火が出て燃え盛り、次々と人の気配が消えていく。村に着いた頃には村人が石にされており、その光景を目にしたナギの目に怒りが宿る。
そこにいた悪魔達を瞬時に消滅させると目に入ったのは一人の子供。子供は泣き叫び、今にも悪魔に襲われようとしていた。
ナギはその間に割って入り悪魔のパンチを片手で受けとめ電気を出し拳を弾き呪文を唱える。
「『来れ 虚空の雷 薙ぎ払え 雷の斧』」
一体の悪魔を消し飛ばし、身を翻し背を向ける。それを好機とみたのか司令塔である悪魔が一斉攻撃を指示する。
そのまま振り返りざまに蹴りを繰り出し、無詠唱で悪魔達を怯ませ
「『来れ 雷精 風の精 雷を纏いて吹きすさべ南洋の嵐 雷の暴風』」
暴風とともに放たれるレーザー状の雷は悪魔を蹴散らし山を砕く。以前より威力が増した雷の暴風を見て内心驚きつつも、司令塔の悪魔は運良く生き残っており、瞬動を使い距離を詰め首を掴み持ち上げる。
『ソウカ…貴様…アノ…フ…コノ…力ノ差……ドチラガ化け物かワカランナ……』
悪魔はニイっと笑う。ナギは悪魔を睨み付けながら一気に首を――――へし折った。
「テメエに言われたくねえな……」
悪魔の死体を一瞥して残敵を倒しに向かう。町を焼き払っている数十体を確認し名乗り上げる。
「我が名は千の魔法を携え操りし者、サウザンドマスターナギ・スプリングフィールド!」
一呼吸置き呪文を紡ぐ。ナギの手は帯電し雷を宿す。
「覚悟ある者は掛かってきやがれ!!『雷の暴風』!!」
次々と悪魔を蹴散らすが相手は減ると同時に、それ以上の軍勢を引きつれやってくる。
しかし、ナギはそれを見て笑った。自分はここまで好戦的だったか?胸中に問う。
浮遊術を使いその場を移動する。悪魔達を何もない場所に誘導するためだ。
「ここなら……」
ナギは今から自分のできる最高の一撃を繰り出すつもりだ。相手は百を越える悪魔の軍勢。この一撃により此度の戦いに終止符が打たれる。
「千の魔法を(サウザンド)―――携えし杖(ウィルガ)!!」
その杖の真名を解放するとかなりの魔力が練り上げられ、杖から発せられるのは雷と風と光の奔流。それらが一つにまとめられ如何なる敵も一撃のもとに殱滅させる。
「よし、終わったな」
ナギは村に戻ることにした。無論生存者たちの救助のためもあるし、見逃しがあるかもしれないから見回りも兼ねている。
見回っていると、少女の前で泣く少年を発見し、一緒に来るよう促し村外れまで歩いて移動する。
燃えていく村を見つめながらナギは呟く。
「すまない……来るのが遅すぎた……」
見回っているときに発見した世話になった人達の石像。ナギの胸の中を後悔が埋めていく。
すると突然子供が立ち上がり子供用の杖を構え守るように立つ。
「……お前……」
その子供の顔を見てナギは気付いた。
「そうか、お前が……ネギか……。お姉ちゃんを、守っているつもりか?」
一歩一歩近づき恐怖で震える子供――ネギの前にしゃがみ込み、頭をクシャっと撫でる。
「大きくなったな…。…お、そうだ。お前に…この杖をやろう。俺の形見だ」
ニッコリと微笑み杖をネギに与える。
「……お、父さん?」
杖を受け取り重さに耐え切れずよろめく。
「ハハハ、重すぎたか」
唐突にドクン、と体が反応する。もう限界に近づいたのだろう。
「……もう時間がない。ネカネは大丈夫だ。石化は止めておいた。あとはゆっくり治してもらえ」
「え」
「悪ぃな、お前には何もしてやれなくて」
「…お父さん?」
ナギは浮遊術で宙に浮く。本当は一緒にいてやりたい。しかし、もうすぐ死んでしまうのだから早々に立ち去ろうと思った。
「お父さん!」
「こんなこと言えた義理じゃねえが…元気に育て、幸せにな!」
「お父さあ―――ん!!」
ナギは空に消えていきネギの叫びは届くことはなかった。
誰もいない所に一人倒れている。その顔には満足そうな笑みが浮かんでいた。