彼は歩いていた。目の前に広がる広大な草原を。明確な目的地などありはしない。自が最後を迎える為に、誰にも見つからない場所を求めて……ただ彼は歩いていた。
一体どれほどの戦場を歩いただろう。仲間達と共に幾度の戦争を止めただろう。―――一体どれほどの人を殺しただろう。
もはや数を数えるなど不可能。十助けるために一殺した。百救うために十殺した。数えきれない人たちを救い助ける為に、数えきれない人を殺した。
全てを助けるなど不可能。その事を理解したのはいつだっただろうか。
無論、覚えていない。
こういうことを繰り返していたら、いつのまにかこう呼ばれるようになった。――――英雄、と。
そう呼ばれるのを望んだわけじゃない。自分のできることをしていただけなのだ。自分にはたくさんの人達を救うだけの力があった。そしてそれを使い人々を助けた。
何が英雄―――全員がそう呼ぶわけじゃない。自分が殺した関係者達から見たらどうだろうか。―――ただの、人殺しだ。
その事を考えると眠れない日が何度あっただろうか。そして―――いくつの後悔があっただろう。
そんな毎日を繰り返し、やっと戦争が終結した。仲間達と別れ、一人で世界を回った。戦争中にはできなかった不幸に嘆く人々を救うために。
内心ホッとしていた。もう人を殺さなくていい。人を殺すためにこの力を使うのではなくただ人を救うために力を奮えることに。
しかし、現実は甘くなかった。各地で繰り広げられる紛争に戦争。いつの時代でも争いが絶えることはなかった。
そして、また力を使いたくさんの人達を殺した。
そうした分、救われた人もいたが結局、自分は繰り返していた。
仲間達と再会し、再びチームを組んだ。チーム名は―――【紅き翼】
とある山奥
ナギ達は逃げていた。数は軽く千は越えるだろう悪魔の軍勢から。
「おいおい……奴さんも随分な数連れてきたな」
「まったくだな。一人の女の子に対してよくもまあ……」
「呑気に言ってる場合ですかっ!!」
苦笑混じりに半ば呆れながらナギとガトウは愚痴っていた。すぐ後ろに着いてくるのはタカミチ。彼は片手に少女――アスナを抱えながら泣き叫ぶ。
「ちっ!これじゃすぐに追い付かれちまう!先行け、ガトウ、タカミチ!!」
いくら魔力により強化した体とはいえ、生身の人間がスピードやスタミナで悪魔に適うはずもない。
「一人残る気ですか!?敵は千は越える悪魔。しかも全部が伯爵級の強さですよ!?」
普通の、いや歴戦の戦士や魔法使いといえどこの軍勢を相手に一人残るなど愚の骨頂だろう。タカミチの言葉は至極当然だ。
「……わかった」
「師匠っ!?」
しかし、ただ一人。ガトウだけは違っていた。無論彼とてそこらへんの魔法使いや戦士だったら止めただろう。だが、残るのが彼だからこそガトウは止めない。
彼は今を生きる英雄、サウザンドマスター、ナギ・スプリングフィールドだからだ。
「そうと決まればさっさと行け!!」
「ナギさん……!!」
「おいおいタカミチ……さんは余計て言ったろ」
この状況でも笑える。そんな彼を尊敬し憧れた。なら、自分のすべき事はただ一つ。
「……必ず戻ってきてくださいね、ナギ」
「おう!!」
タカミチの言葉に笑って答える。
「……ナギ、どっかいっちゃうの?」
アスナが小さい声で尋ねる。騒がしいその状況でも彼女の声ははっきりと聞こえた。
「ああ、ちょっと遠くにな。だけど安心しな、必ず戻ってくるからよ」
「……うん、待ってる」
ナギの言葉に硬かった表情に笑顔が見れた。
「また逢おうぜナギ」
「またなガトウ」
仲間であり戦友でもある二人にこれ以上の言葉は不要。お互いに再会の意志を確かめ合い別れた。
「……さあて。来いよ。相手してやるぜ」
堂々と正面に立ち挑発する。少しでも意識をこちらに向けるためだろう。そして、呪文を紡ぐ。
「『来れ 雷精、風の精!! 雷を纏いて吹きすさべ南洋の嵐!! 雷の暴風!!』」
ラテン語によって紡がれる呪文。それに従い引き寄せられる数多の精霊。それらを強大な魔力によって束ね、射つ。
木々を焼き払い、悪魔の軍勢を吹き飛ばす。消滅した数は二百はくだらないだろう。その一撃は大地を穿ち山を貫く。悪魔といえどひとたまりもない。
「まだまだ終わらねえぜ!!『風の精霊199柱 魔法の射手・連弾・雷の199矢!!』」
広範囲に放たれる魔法の矢。左右に広がった悪魔を駆逐していく。しかし、悪魔もバカではない。広範囲に放った分威力は弱く合間を掻い潜り接近する。
「甘いっての!!『来たれ 虚空の雷 凪ぎ払え 雷の斧!!』」
接近した悪魔数十体が消し飛ぶ。彼だからこそこの威力を引き出せる。そこらの魔法使いならばこれほどの威力を出すことは不可能だ。
彼の二つ名、サウザンドマスターは千の魔法を操り使うのではない。ナギ自身まともに使えるのは5、6個程度だ。従って彼の二つ名は本来の魔法の威力を千倍にして引き出せることに由来する。
まあ、そうは言っても実際には千倍ではなく数十倍だろうが……
「へっ!!まとめて掛かってきやがれ!!」
「……師匠」
「なんだ?」
「ナギさ……ナギは大丈夫ですかね……?」
タカミチは不安そうな顔で答える。不安なのは変わらない。
「バーカ。あいつが必ず戻るって言ったんだ。なら俺たちのすることは……」
「……ナギを信じて待つ」
ガトウが続けるより先にアスナが答えた。その顔は信じて疑いのない顔だった。
「その通りだ嬢ちゃん」
その顔に一瞬呆けながらもニカッと笑う。
ならばとさらに加速する。再会を約束したのだから必ず生き延びなくてはいけない。ガトウとタカミチは小さい女の子にそのことを思い出させてくれた。
「はあ…はあ…はあ……クッ『雷…の暴…風!』はあ‥はあ‥はあ‥‥」
残りの悪魔も消滅させ、ナギは息は絶え絶えになっている。それはそうだろう。千を越える悪魔の軍勢をたった一人で退治したのたがら。
「ちいっと、無茶しすぎたか……わりぃ……逢うのは、まだ…先に…なりそうだ……」
その言葉を最後にナギは気を失った。辺り一面は焼け野原となり、先程までおこっていた戦いの凄まじさを彷彿させる。すでに草木一本も残っておらず、あるのは悪魔の死体とナギだけだった。
まほら武道会会場
舞台の上で刹那と明日菜の試合が終了していた。勝ったのは刹那。まあ、当然の結果といえるだろう。
「か、勝ったか―――」
エヴァンジェリンは心底ホッとしていた。なぜなら負けたら恥ずかしい格好で舞台にあがり試合をせねばならなかったからだ。
しかし、それを提案したクウネルは実際は慌てふためく姿を堪能したかっただけのようだ。
「貴様……それよりさっさっと情報をよこせ!!」
「学祭後なんてどうです?積もる話もあるでしょうし……」
「やかましい!!さっさと言え!!」
そう言って胸ぐらに掴み掛かる。
「やれやれ……15年待っておいて今さら2、3日などなんでもないでしょう。それに―――」
そこで言葉を止める。その目には確かに哀愁が漂っていた。
「こういった話はきちんとした席を設けて言いたいですからね」
「私が賭けに勝っただろうが!!」
普段のエヴァンジェリンならば気付くだろう小さな変化に、ナギの情報を手に入れれるためか頭に血が上り、周りが一切見えていないため気付かず胸を揺さ振る。
「―――わかりました。では結論だけ先に申し上げましょう……。彼は、ナギ・スプリングフィールドは―――もうこの世にいません。不本意ですが私が……そう保証します」
「えっ……。な、何を戯言を言っている!!ふざけるなっ!!坊やが……坊やが六年前に杖を貰っているのを……」
当然のごとくエヴァンジェリンは切れた。待ち望んだナギの情報が訃報だったのだから。
「それも本当です。彼は確かにその時まで生きていました。彼が死んだのはその直後です」
エヴァンジェリンは掴んでいた腕を放し、糸の切れた人形のようにその場に泣き崩れた。
「……すみませんが、誰か試合の棄権を言ってきてください。棄権するのはエヴァンジェリンです。あっあとカモミール君。今の話……ネギ君達には秘密でお願いします。学祭後にきちんと説明したいので……」
「あ、ああ……」
カモはただ頷くことしかできなかった。今のクウネルの顔は先程と打って変わって真剣だったのだ。
「うっうぅ……そ、そんな…ナギ……うっうわぁぁぁぁ」
突然泣きだしたエヴァンジェリンを見て会話を聞いていなかった楓、古、そして舞台から下りてきた刹那と明日菜はクウネルに問い詰める。
「ち、ちょっとエヴァちゃんどうしたの!?アンタ、一体エヴァちゃんになにしたのよ!!」
実際問い詰めたのは明日菜だけだが刹那達も無言で睨む。
「私は別に何もしていません」
「だったらなんでエヴァちゃんがこんなに「いや、こいつの言ってることは本当だぜ姐さん」……カモ?」
「こいつはエヴァンジェリンには何もしちゃいません」
いつになく真面目な態度のカモに若干引き気味な明日菜は困惑した。
「だったら何で……」
「エヴァンジェリン、古き友よ。未練が残るのなら決勝を観にくるといいでしょう」
その言葉を残し、クウネル・サンダース―――アルビレオ・イマはすうっと消えていった。
「うっ……俺は確か……そうだ!悪魔相手に……」
ナギが目を覚ますとそこは辺り一面の焼け野原、つまりはさっきと同じ場所である。違う点といえば大量にあった悪魔の死体がないことだろうか。
「アスナ達は逃げ切れたかな……っと。速いとこここから去らねえとな」
そう言ってフラフラと立ち上がる。先程の戦いで魔力はほとんど残っておらず正直立っているのがやっとだろう。
「どこかに身を隠さねえとな。どこにいくか……」
彼は立ち上がり砂を掴み、手を胸の位置まで上げパッと手のひらを広げる。
風が吹き、手のひらの砂がさらさら流れる。
「まあいい。風に導かれるままに、ってな」
ニカッと笑い彼は歩きだす。行き先は風だけが知っている。
これが切っ掛けとなり彼、サウザンドマスター、ナギ・スプリングフィールドは行方を眩ます。
そして1993年、彼は死亡と公式的に記録された。しかし、彼はそれから四年後一人の少年の前に姿を現す。その日が自分の命日となるとも知らずに……
―――後編に続く
あとがき
と、言うわけで短篇をお送りしましたが如何だったでしょうか?どうもさくらです。
御覧になられた通りこの話は全体的にオリジナルでできています。
じつはここだけの話、この一話だけで終わるつもりだったのに予想以上に長くなり前編、後編と分けることにしました。
次回は設定のみとある物を使用しますが、勘のいい方はもうお気付きでしょうね。
次回の投稿も近日中にしたいと思ってます。長さ的には同じくらいになるので。あと次回は多少のネタバレ?みたいな物があるかも知れないので『魔法先生ネギま!』コミックス派の方はご注意ください。
さらに『こんなSS見たことあるなあ』と思った方がいるならできれば静観してくださいね?
では、次回もお付き合いのほどよろしくお願いします。
最後に、最後まで読んでくれた貴方方に感謝を。