結論から言うと、魔兎三姉妹は違和感なく一座に受け入れられた。
無論、魔人と言う事を知っているのは織部と志都呂、そして九峪と日魅子だけである。
見た目美人だし、元々志都呂の一座は訳アリの人間も多い。
織笠なぞ、元は海人集団の長である。
色々あって集団は解散し、だったら来ないかと志都呂に誘われた訳だ。
3姉妹を見た団員達は目も覚めるような髪や目の色に驚愕したものの、九峪と日魅子の友人と言う事で強引に納得させたのである。
で、その興行団だが…。
「「ゆーきのしんぐん こおりをふんで どーこが川やら 道さえしれず〜」」
「雪なんか降ってねーぞー」
「道さえしれず〜」
「そっちは否定できねぇなぁ…」
「だから普通の道を行こうって言ったんだー!」
「………」
九峪と日魅子のヤケ気味な歌声をバックミュージックに、森の中を彷徨っていました。
元はと言えば、宴会で酒を呑みすぎ、全員が全員とも酷い二日酔いになったからである。
特別急いでいる訳ではないが、一日興行が遅れればそれだけ実入りも減る。
ことに、今回は大きな街へ向かっているのだ。
でかい街ともなれば、同業者も数多く滞在している。
良い場所を取ったり取られたりは流れと運に任せるしかないが、厄介な事は他にも存在する。
他の興行団との小競り合いである。
中には盗賊同然の興行団も存在し、そういう輩はよく他の業者に妨害工作を仕掛けてくる。
無論、ちょっとやそっとでこの興行団が揺るぐはずがない。
魔王&魔人も入っているのだから尚更だ。
しかし、公演の最中に乱入してこられてはたまらない。
だから根回しやら周囲との取り決めやら、色々とやる事があるのだ。
その辺は座長が一手に仕切っている。
それはともかく、これから行くのは過去に行った事が無いほどの大都市である。
九洲全体で見れば然程大きな街でもないが、何せこれまで貧乏興行だったのだ。
いきなり都会に乗り込んでも、色々な所から毟り取られるかアガってマトモに演技ができないかがオチだ。
この辺、兎音に言わせると「そんなのいつ行っても同じだろう。 ヘタレの言い訳だな」となる。
誰も反論できなかった。
ついでに言うと、希代の楽師を味方につけた事で、気が大きくなっているのも事実。
虎の威を借るなんとやら、である。
理由はどうあれ、前回の公演から大都市に向かう事は決まっていた。
全員、まだ見ぬ都会に胸をときめかせていたのだ。
一刻も早く行きたい、と思うのが人情というものだろう。
そんな中で、二日酔いによって丸一日潰されてしまったのだ。
おかげで無用な焦りを感じるようになり、判断をしくじってしまったのである。
「この森を突っ切ればすぐだな…」と、誰が言ったのだろうか。
かなり大きな森だったが、2日も歩けば抜けられる。
…普段なら、こんな愚挙はしなかっただろう。
大荷物を抱えて森を歩くのがどんなに大変か。
しかし焦っていた彼らは、自然と森を進んでしまったのだ。
で、遭難。
今に至る。
流石に焦ってはいるが、何せ森の中だ。
季節もいいし、このまま野垂れ死にって事は無いだろう。
この時代の人々は、現代よりずっとサバイバルが上手い。
熊? 狼?
むしろ大歓迎だ。
こっちには魔人をメンチで退ける子供二人と、殆どの人は知らないが上級魔人なんてシロモノが居るのだ。
むしろご飯に肉料理一品が追加されるからどんどん来いと言いたい。
まぁ、その魔人の気配を感じて獣は片っ端から逃げているのだが。
ちなみに、その魔人達は退屈していないようだ。
思えば人間達を襲わず、こうして近くで観察するのは初めてだ。
どうでもいいと思っていたが、興味が沸いたようである。
ちなみに、彼女達に対する契約、つまり人参は全て九峪と日魅子のナップザックの中から支払われていた。
人参以外にも、魔兎3姉妹に着せている服…この時代では考えられないデザインだ…も日魅子が取り出していた。
ちなみに気に入られたようである。
中身を確かめようとした団員も居たが、二人は断固として拒否している。
団員の一人がボヤく。
2人の歌もあり結構退屈してないが、いい加減歩き続けるのが面倒臭くなったのだろうか。
「しかし…実際ドコだろうな、ここは…」
「普通の森だったのにな…。
一直線に進んでも、こんなに風景の変化が無いなんてありえないぞ」
確かに、志都呂もおかしいと思い始めていた。
森の中だからと思って居たが、よくよく見ても本当に景色が変わってない。
森には様々な表情がある。
木々の生え方、枝の伸び方、獣の足跡に光の具合。
その全てが、一定周期で回ってくるのである。
「兎音さん、何かおかしいと思わないかい?」
「今更気付いたのか?
さっきから同じ場所を延々と歩いてるぞ」
「「「ええ!?」」」
薄ら気付いていたが、ズバリ言われると驚く。
兎華乃は周囲を見回している。
誰か居ないか探っているのかもしれないし、単に暇なのかもしれない。
ちなみに、兎音と兎奈美は大荷物を抱えていた。
「どうして先に言ってくれなかったんだ!?」
「聞かれなかったからな。
大体気付かないのがマヌケなんだ。
そもそも、私達だけじゃなくて九峪と日魅子様も気付いていたぞ。
何せ途中で歩くのを止めて、その辺で木の実を取ってたくらいだからな」
「なぬ?」
指摘されてみれば、二人が居ない。
歌声は聞こえているが、何故か進行方向の先の方から聞こえている。
なお、兎音が日魅子を様付けで呼んでいる理由は言うまでもない。
ついでに言うと、兎音と兎奈美に荷物を持つように言ったのも彼女だ。
「おーい、九峪、日魅子!
ドコだー!?」
「あいよー」
上から声。
見上げてみると、九峪がタケノコなんぞ抱えて木の枝に座っていた。
…頭からガリガリ齧った後があるな。
「日魅子はどうした?」
「あっちでイイ毒草見つけたから採取してるよ」
「…今日の晩飯、安心して食えねーな…」
九峪と日魅子は、一座の食事係に任命されている。
そこまで手間はかけられない、と団員達は言ったのだが、魔兎3姉妹との契約の事もあるし、そもそもこの時代の料理は食欲魔王にとっては少々味気ない。
料理ってのはこうやるんじゃあ!と言わんばかりに、2人は料理長の地位に納まってしまった。
正直、団員としては珍しくて美味い料理が食えるし、自分達の手間が省けてありがたい。
そのまま誰も文句を言わなかった。
ただ、食事をするたびに「うーまーいーぞーー!」と叫びつつ巨大化、あまつさえ目から謎の光線を出す体質になってしまったのが数名。
まぁ、新しい芸になりそうだ、との理由で問題なしと相成った。
「それより、ここを延々と回ってるって…」
「結界の類ね。
ただ、左術や方術の類じゃないわ。
純粋に人間の感覚に働きかける、乱破とかの術ね」
「兎華乃、よく知ってるな?」
「まぁ、何度か見た事があるから」
織部は兎華乃に意外そうな目を向けるが、本当に意外に思ったのは他の団員達だ。
このような幼女(長女と名乗っているが、信じられてない)が何処でこんな物を見たと?
そもそも、乱破と言えば闇から闇を渡る工作員で、一般市民の目に触れる機会など普通は無い。
一体彼女は何者だ?
…九峪と日魅子の連れだ。
それで全ての説明はつく。
「それで、抜け出せないのか?」
「あっさり抜けていいものやら」
「? どういう事だ、九峪?」
「だからさー」
こういう罠は、何かを隠すために仕掛けられているものだ。
特に、こんな大掛かりな罠と言うか結界を作るなら、相応の技術が居る。
しかも、術など使わずに。
これをやった乱破は、相当な手練だと推測できる。
そんな連中が何故ここに居るかはともかくとして、結界に入った一座を感知してないはずが無い。
迷い通して出るなら、まぁいい。
偶然迷い込んだ興行団が、命辛々生き延びたのだ。
が、この結界をブチ壊してしまったら?
手練の乱破が張った結界を、軽々と叩き壊したら?
「その隠してる『何か』を探してここまで来たんだ、と思われますぅ」
「おお、兎奈美にしてはちゃんと話に付いてきている!」
「九峪ちゃん殴りますよぉ?」
九峪の説明を受け、団員達は顔色を失っていた。
ちょっとした寄り道だと言うのに、とんでもない事になった。
しかし兎華乃は全く動じない。
「ま、何が襲ってこようと、私達の敵じゃないけどね」
「その台詞、日魅子様に向かって言えるか…?」
「俺は言えるよ?」
途端に黙った兎華乃はともかくとして、日魅子が懐に色々な草を抱えて戻ってきた。
「いやぁ、大量大量♪
いい食材になるよ」
「いや食わすのかよ!?」
「大丈夫、ちゃんと毒抜きするから手足がちょっと痺れるだけだって」
「抜いてない! 抜いてないよ!」
「え〜、でもちょっと痺れるのに目を瞑れば、大幅にお味がよくなるのに」
「……」
「悩むなよ茂一爺さん!」
老い先短いせいか、爺さんは食道楽に命を懸けるべきか迷っているようだ。
が、他の団員達は満場一致で反対。
日魅子は残念そうにナップザックに毒草を仕舞った。
…隙を見て使う気だな、アレは…。
「ところで、これからどーすんの?
こんな結界抜けた所で、どうとでも言い訳できるけど」
「言い訳しても、聞いてくれるかな…」
志都呂の意見も最もだ。
こんな所に結界を張って隠れている以上、まともな連中ではあるまい。
疑わしきは罰せ、を徹底しているだろう。
いくら九峪日魅子に魔兎3姉妹でも、数には限りがある。
…まぁ、不安に思っているのは団員達だけで、九峪達はちょっと強いだけの乱破が100人襲ってきてもどうとでも出来ると思っていたが。
「…おい、気配を感じるぞ。
どうする」
「え? あぁ、さっきからあっちで私達を見てるヤツ?」
兎音が日魅子に耳打ちする。
やっぱり気付いていたか、と兎音は苦笑。
日魅子は九峪を見る。
「どうする?
捕まえるのは簡単だけど、それって敵対行動と思われるよね?」
「気配からして子供だろーね。
で、俺達をつけてるのは…功を焦ったか、それとも判断ミスか…」
「……子供なんだったら、何とかできるだろ。
とりあえず捕まえてきてくれないか?
このままじゃ埒が明かない」
志都呂は少し考え、こちらを見てるらしき子供を捕らえるように頼む。
勿論手荒な事は極力無しにしてくれ、と付け加えるのも忘れない。
敵対行動ととられては元も子もない。
「じゃ、ちょっと行って来るね。
日魅子、さっきの毒草一つちょうだい。
食ったら即座に腹を下すヤツ」
「はい。
でも女の子だったら使っちゃダメだよ。
その代わり、あんまり抵抗するようだったら媚薬作用のあるこっちを…」
「へーい」
「私達も行く? 暇だしね」
「来たければどーぞー」
「じゃ、見物してくるわ」
九峪と兎華乃は、何気ない装いで茂みを掻き分けて藪の中に入る。
尾行している子供が居る方向とは、全く別方向だ。
後ろで兎奈美が一言。
「連れションですかぁ?」
「兎奈美、後で覚えておきなさい」
「…口は災いの元だな」
ピシッと固まった兎奈美に、織部が同情を示す。
捕らえに行ったのを気付かれないための偽装のつもりだったのだろうが…。
いや、兎華乃ならば相手が誰でも(日魅子除く)簡単に捕まえられると思っているので、単にからかっただけか。
一方、兎華乃と九峪は音も立てずに森の中を疾走していた。
九峪としては、兎華乃がこのような隠密行動を取れるというのは少々意外だった。
が、彼女は魔兎族だ。
兎なのだ、しかも野生の。
ことに魔界では24時間戦えますよサバイバル編をリアルで行なっているので、気配を消したり読んだりするのは必須技能である。
兎華乃も意識することなく、自然と身につけた。
兎華乃は隣を走る九峪に驚嘆の視線を向ける。
兎華乃の力は、敵または供に居る味方の力に大きく左右される。
その兎華乃が充分な力を発揮できている以上、一緒に居る九峪も尋常ではない。
日魅子もそうだが、九峪を怒らせると怖いかもしれない。
(いざとなったら、兎音と兎奈美をイケニエにしましょう…)
…まぁ、世間一般の姉又は兄の認識なんてそんなものだろう。
そのまま敵(仮)の子供に気付かれず、背後に回って近付く。
奇襲に絶好のポジションを確保して、九峪は兎華乃に向けてサインを送った。
が、日魅子ならともかく兎華乃にそんなサインが通じるはずが無い。
仕方なく耳打ちしようとするが…。
(…どっちに話せばいいんだ…?)
兎華乃には頭の上のウサミミと人間と同じ耳があった。
どちらも機能しているようだが…。
結局九峪はウサミミに耳打ちする事にした。
理由なんぞ書かなくても分かるだろう。
(傷つけたらダメだぞ。
敵意ありと判断されたら元も子もないし)
(わかってるけど…面倒ね。
報酬として、夕食に一品追加)
(む…何がいい?)
(…今日は濃厚なのがいい)
(らじゃ)
作戦会議(?)を終わらせ、九峪は標的を覗き見る。
まだ気付いていないようだ。
(…女の子…だね)
懐から、日魅子に貰った薬を取り出した。
ついでに吹き矢も取り出し、穂先に塗る。
兎華乃が手馴れた仕草を呆れて見ていた。
(…使うの? 媚薬)
(ん? これ、媚薬じゃないよ)
(でもさっきは…)
(アレは単なる冗談。
じゃ、プスっと行くよ)
(ちょっと待って、それじゃその薬って)
兎華乃の声も聞かず、九峪は狙いを定めて吹き矢を口に咥えた。
そして音を立てず、鋭く息を噴き出す。
兎華乃の目にも捉えられないほど細く鋭い矢は、高速で標的の頭に突進した。
チクッと来たのか、標的は頭を抑えて周囲を見回す。
勿論見つかるようなヘマはしない。
標的は周囲を見回していたが不審なモノは見つけられず、感じた痛みは気のせいだと思ったようだ。
この辺、まだ子供な為か状況判断が甘い。
標的の視線が監視対象…日魅子達に移ったのを見計らい、九峪と兎華乃は同時に飛び出した。
気配を消したままでもよかったのだが、ここまで近付けば無意味である。
増して九峪と兎華乃だ。
飛び出した音に反応して、子供が咄嗟に振り返る。
だが、既に遅かった。
「マウントポジション、イタダキ!」
「ぐっ!」
「先を越されちゃったか…」
兎華乃に先駆け、九峪は子供を押し倒した。
間接をロックし、絡み付いて動けなくする。
両者の顔が間近に迫った。
「を? 意外と美人になりそう」
「! はっ、はなせ!」
「はいはい、捕まったんだから大人しくしましょーね」
兎華乃が子供の身体検査をし、懐からクナイを没収した。
子供は視界を塞いでいる九峪の顔を睨みつけていたが、近すぎるためか全く怖くない。
兎華乃が日魅子達に呼びかけた。
「もう終わったわよー」
兎華乃の声に応じて、ワラワラと近寄ってくる団員達。
命を捨て駒にすらする乱破に大して無警戒な事この上ないが、それだけ九峪の力に信頼を置いているのだろう。
兎華乃はどうか知らないが。
「…!」
「こらこら、暴れるなって」
「のしかかってりゃ、そりゃ暴れるわよー!」
「ゲハッ!?」
抑え込んだままだった九峪に、日魅子が蹴りを入れる。
一見すると襲っているように見えたから、まぁ無理もないと言えば無理もないかもしれない。
子供乱破は、すぐさま立ち上がって行動しようとする。
が。
「やめろ愚か者」
「!?」
今度は兎音が動いて、子供の動きを封じた。
文字通り目にも止まらぬ早業に、団員達が目を丸くする。
蹴り飛ばされた九峪はケホケホ咳き込みながら立ち上がり、子供に向き直った。
正面から直視された子供は、ちょっと顔を赤らめる。
日魅子はそれを見て不満顔をするが、ふと気付いて九峪に合図を送った。
(…使った?)
(使った)
(外道)
(使えって言ったの日魅子じゃん。
大体こんなの、一刻もすれば効果なくなるよ。
…ところで一刻ってどれくらいだっけ?)
九峪の意識は、懐の薬に向いている。
日魅子は媚薬と言って渡したが、九峪が兎華乃に言ったように媚薬ではない。
実際はそれに近いかもしれないが…ぶっちゃけ、惚れ薬だ。
と言っても、精神的な高揚を促すだけで、好いた惚れたの錯覚を起こしやすいと言うだけだが…。
「えーと、そう怒らないで。
ちょっと話をしたいんだが、いいかい?」
「…こ、ころせ」
「チワワみたいに震えながら言われてもなぁ…」
兎音に捕らえられている少女は、精一杯の強がりで九峪を睨みつけている。
…でも惚れ薬の効果が出ているのか、顔が赤い。
九峪が押し倒した事で彼を特別意識しているようだし、暗示効果もバッチリだ。
日魅子は何も言わずに、交渉を九峪に譲った。
志都呂達にも視線を飛ばし、口を出すなと伝える。
「俺、九峪。
君は?」
「…………」
「答えないと接吻とかするぞ」
「!? き、清瑞…」
思いっきり動揺する。
接吻の一言であっさりと心の壁が壊されてしまったらしく、一つ答えてしまえば後は簡単だった。
九峪が話術を駆使し、情報を聞き出し、そして与えて清瑞の心情を引きずり込む。
5分もすると清瑞は、結界に迷い込んでしまった旅芸人一座に強く同情するようになってしまった。
「女衒の素質があるな」
とは織笠の言葉だ。
九峪に言わせれば、簡単な洗脳、となる。
何せ清瑞は、乱破としての技量が不十分にも関わらず興行団を1人で尾行していた。
気付かれないと思っているとしたら、自惚れもいい所、或いは認識不足。
的確な状況判断が出来ていれば、必ず誰かに連絡する筈だ。
それをする素振りが全く無かったと言う事は、子供らしい冒険心に突き動かされたか、さもなくば自分の技量を誇示しようとしたか。
何れにせよ、精神的な隙は大きい。
そこを突いてやれば、簡単に警戒心を叩き壊す事が出来る。
加えて、九峪が打ち込んだ精神高揚薬の効果がある。
これだけ条件が揃えば、それこそ口先三寸で丸め込むなぞ難しくもない。
「そうか…大変だったんだな。
ここは私達の里のすぐ側だから…」
「うん、それで早い所出発したいんだけど」
「…でも、それは…」
志都呂の言葉に、清瑞は表情を曇らせる。
恐らく、結界の中に入った者を勝手に見逃していいのか悩んでいるのだろう。
非情に徹する事こそ出来ないが、その程度には仕込まれているらしい。
兎華乃が口を挟んだ。
「…別に放っておいてもいいんじゃない?
私達はこの先に何があるかなんて興味ないし、ここの事を誰かに話す気もないわ。
黙って私達を通してくれて、後は何の後腐れも無し。
それでいいじゃない」
「ダメ…怒られる…」
清瑞は怖そうに身を竦める。
子供好きの志都呂としては、このような表情をさせるのは忍びない。
ならば…。
「…じゃあ、俺達を連衡するってのは?」
「座長座長、それこそこの先に何があるのか教える事になるって。
絶対怒られるよ、この子」
「あ、そうか…」
「兎音、兎奈美、やめなさい」
「「?」」
さっきから黙っていた兎音と兎華乃を、日魅子が止める。
何だとばかりに振り返ると、2人が不満顔で立っていた。
「さっきから、私達を観察してるヤツがいる。
私達を相手にデバガメとはいい度胸だ」
「そっちをグチャグチャに殴り倒して拷問すればぁ、ここから逃げる事くらい簡単ですよぉ」
「だから敵意を示すなっつーに!」
呻くような口調の織笠だった。
…相手が魔人だと知ったら、腰くらいは抜かすだろうか?
しかし、他に誰か居るなら話は早い。
「それじゃ、そっちにちょかい出してみようかね」
「だから、敵意を示しちゃダメだっていうのに…」
諦め気味の志都呂。
どっちにしろ、誰かと接触しなければどーにもならないのだ。
「いーじゃん、別に。
なるようになるって。
いざとなったら、コレで…」
と九峪は、何処からともなく(ナップザックからだが)鉄の塊を取り出した。
何だソリャ、と注目があつまる。
「パイナップル…」
「? なんだそれ?」
「果物の名前だよ」
「違う! 間違ってないけどそれ違う!
九峪が持ってるの手榴弾!」
「…問題ある?」
「ない」
「なら良し」
物騒なお子様である。
よく解からないが秘策アリ、と判断する団員達。
織部だけは妙な胸騒ぎを覚えていたが…カンのいい子供だ。
「それじゃ、とにかくとッ捕まえてみる?
清瑞にゴーモンするのも気が引けるしさ」
「ああもう何でもいいから平穏をくれ…」
志都呂の呻きを肯定と受け取り、今度は日魅子が駆け出した。
そのスピードたるや、某十本刀の天剣の如し。
隠れて監視している人間はさぞ慌てた事だろう。
年端もいかない子供が、手練の乱破である自分に気付いた上に、障害物になる木々を吹き飛ばしながら一直線に走ってくるのだ。
ドシンドシンと、折れた樹が倒れる音がする。
…自然破壊だ。
もう結界も使い物になるまい。
「ほっかく〜!」
「ぬおっ!?」
更に日魅子が瞬間的に加速し、1本の樹の枝に隠れていた男を叩き落した。
地面に付く前に体を捻って体勢を立て直そうとするが、無駄。
樹を蹴って男よりも早く落下した日魅子が、空中で雪崩式DDTを…てオイドガン!
…犬神家の一族を地面でやる事になった乱破だった。
それを団員達が気の毒そうに、九峪が面白がって、清瑞が目を丸くして見ていた。
「いや〜、ウチの子供が申し訳ない…」
「誰が志都呂さん家の子供か」
包帯でグルグル巻きになっている乱破(大人)に、志都呂が平謝りしている。
九峪も日魅子も一向に反省の色を見せないが、せめて年長者が謝っておかないと話が拗れる。
敵意がない事を示すため、包帯を巻いた以外は束縛もしてないし害も加えてない。
まぁ、それでも疑われてはいるだろう。
相手はそれが仕事の乱破である。
これも警戒心を解くための芝居、くらいには思っているかもしれない。
さっきのDDTが余程頭に来たのか、包帯越しでも顔がピクピク痙攣しているのが解かる。
「…それより、お主達は何者なのだ。
いきなり人を殺そうとしおって…」
「その節は重ね重ね…。
我々は旅の芸人一座なのです。
ちょっと近道しようと森に入ったら、迷ってしまって」
「芸人? 芸をするのか」
「そりゃ、芸で食べてますからね」
気安くは見せられません、と付け加える。
乱破は他の団員達に目を走らせる。
森の木々に凭れ掛かり、それぞれ休息をとっているようだ。
乱破としての訓練を積んでいる男の目からすれば、素人とは言わないまでも玄人と言える人材は居ない。
一般人よりは身軽で力もあるだろうが、戦闘の心得となるとまた違う。
その気になれば、男一人でもこの一座を壊滅させる事が出来るだろう。
(…この連中さえ居なければな)
九峪と日魅子、そして3姉妹。
正直、九峪と日魅子、そして兎華乃は強いのか弱いのかよく解からない。
立ち振る舞いは素人と大差ない。
だが、そのスピードは驚異的だった。
清瑞が捕らえられたシーンを遠くから見ていなければ、単なる一般人にしか思わなかっただろう。
そして残りの2人…兎音と兎奈美はケタが違う。
魔人だと言う事こそ察せ無かった男だが、彼女達にケンカを売ってはならないと直感で理解した。
(芸人一座と言うなら、まぁいい。
この5人さえ居なければ信じてもよかったが…)
全員が何かしらの目的を持った工作員とは言わない。
だが、この5人だけでも充分過ぎる脅威である。
(どうする?
我々の里に連れて行く訳にもいかん…。
しかし帰してしまっては、里の居場所が露見する危険が高い。
だが始末しようにも…)
殺れるか?と一瞬思う。
が、それに反応したように兎華乃が振り返って男を見る。
「…無謀な事は考えない事ね」
「ぐ…」
不可能だ。
勝ち目なんぞゼロどころかマイナスだ。
こうなれば自害してでも、と考えたが…それこそ却下だ。
里の事を隠蔽するのが第一で、この連中を逃がさないのは手段に過ぎない。
「…なー、おっさん」
「なんだ小童」
「清瑞だけど」
「?」
清瑞は、男に怒られると思っているのか九峪の後ろに隠れている。
いや、隠れているのではなくて盾にしているつもりらしい。
が、無情にも九峪は清瑞の腕を掴み。
「返す」
「は?」
「いや、別に捕虜にしようとか思ってないし。
単に森から出るにはどっちに行ったらいいのか聞きたかっただけで」
「…清瑞を人質にして聞きだそうとは思わなかったのか?」
「? なんで?
乱破同士の戦いじゃあるまいし、帰り道を聞くのにどうして人質が要るのさ?」
突き出された清瑞は九峪を恨めしげに見ているが、意に介さない。
乱破は混乱しつつあった。
まさかとは思うが、この連中は単に道に迷っただけだと思っているのか?
…いや、考えられない事ではない。
よくよく考えてみれば、こんな森の中に隠れ里があるとは思うまい。
いや思うだろうが、自分のすぐ側にあるとはまず考えない。
偶然森に分け入って、偶然里を隠す結界に当たる。
それこそ確立は零に近い。
だからこそ怪しいとは思うが、逆を考えると…。
(このまま帰してしまっても、里の事は気付かれない…な)
「…まぁ、そうだな。
すまんな、最近物騒なものだから、気が立っていた。
森から抜ける道なら、これから案内しよう」
「や、ありがたい。
ほら、九峪達もお礼とごめんなさいを言って」
「いやいや、お気になさらず。
今から出発しますか?」
突然フレンドリーになる。
あからさまと言えばあからさまだが、どうせこの場限りの縁だ。
別にいいだろう。
「おっちゃん、ありがとー」
「お礼と言ってはなんだけど、何かあげるー」
「いいっていいって。
でも出来ればおっちゃんは止め……て…?」
九峪と日魅子は、お礼と称してよく解からないガラクタを幾つか男に押し付けた。
実を言うと、それは正しく使えばそれこそこの世界の経済状況やら技術水準を一変させるシロモノだったのだが…ネコに小判もいい所である。
その代わり、清瑞の手の中にある鏡に目が行った。
どうやら持っていてくれと押し付けたらしい。
清瑞は鏡を不思議そうに眺め回している。
「そ、そ、そ、その鏡は…?」
「? この鏡が、何か?
九峪、日魅子、この鏡って特別な鏡なのか?」
「うん? それ、不良品だよ。
だからふりょーひんって書いてあるじゃん」
清瑞が何気なく持つ鏡。
天魔鏡だった。
が、流石に本物とは思えない。
散々落書きされているし…。
(い、いやしかし万が一と言う事も…。
伊雅様から聞いた鏡の形にソックリだし…。
複製にしても、特徴が一致しすぎている…。
そう、こうまで特徴を満たした鏡を複製として作ると言う事は、本物を見た事があると言う事に他ならない。
…天魔鏡の手掛かり、か………)
迷う男。
里まで連れて戻れば、里を危険に晒すかもしれないが、耶麻台国の神器の手掛かりが得られる。
このまま帰せば、里は無事だろうが手掛かりもない。
…いや、里が無事だと言うのは「彼らが結界の存在に気付いてない」と言う前提に立った場合だ。
もしも芝居をしているだけなら、放置して帰す訳にはいかない。
それに、神器の手掛かりはそれだけの危険を冒してでも欲するだけの価値がある。
「(危険だが、賭けてみるか…)
ふむ…。
座長殿、一つお願いがあるのですが」
「? なんでしょう?」
「実は、近くに私の住んでいる里があるのです。
何分娯楽が少なく、皆退屈をしています。
そこで、一日ほど私の里で興行をしていただけませんか?
あまりお返しはできませんが…」
「構いませんよ。
どの道、大した目的があって旅をしているのではありません。
食事だけさせていただければ、それで結構です」
団員達から「オイオイいいのかよ」と言う視線が飛んでくるが、志都呂は気にしない。
退屈している人々が居るなら、楽しませるのが彼の道。
男は上手く釣れてくれた事にホッとしながら、清瑞を連れて立ち上がった。
「それでは、里に案内します。
何、すぐ側ですよ。
少なくとも、森を突っ切るよりはずっと早いです。
屋根のある場所で眠れますよ」
…こうして、一座は森の中の隠れ里に案内される。
そこで何が待っているのやら…作者も知らない。
予断だが、日魅子は乱破の男が考え込んでいる間中、彼の視界の端で気付かれないように、ブラ下げた5円玉を揺らしていた。
…催眠術で、思考を誘導したらしい。
どうも、久々の双魔伝です。
こっちのストックはもう尽きました…次の更新はいつになるやら。
えー、明日から大阪に引っ越して、まだ電話も開通しなければインターネットも使えないので、今週の幻想砕きの剣は休刊になる可能性が高いです。
ネット喫茶と金があれば、投稿するかもしれませんが…これから初めての一人暮らしですし、色々不定期になりそうです。
それではレス返し…は恋姫†無双の方でやりましたね。
では。