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「月の剣と太陽の杖 第3話 後編(サモンナイト2+WA2)」

燕 (2007-03-03 13:44)
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―――炎が踊る。

『災厄』を撒き散らし、『死』を運ぶ赤い翼が舞い踊る。

―――焔が舞う。

『災厄』を吹き飛ばし、『死』を退ける焔の剣舞。

炎の化身にして『災厄』。

焔の化身にして『英雄』。

でもそれは一つのコインの表と裏。

なら、どちらが表で、どちらが裏?

今度は表と裏、どちらがでるの?

二回続けて表がでたなら、次も表?

それとも―――


月の剣と太陽の杖

第3話 聖女  〜Brazing “K”night〜 後編


<レルム村:村はずれの高台>

マグナが天国と地獄を味わっていた頃、アシュレーは何をしていたかと言えば人気の無い村はずれの高台にやってきていた。

「このあたりならいいかな? さて……と、それじゃ始めるか」

どさり。と、担いできた荷物―――ファルガイアでも使っていたあのザック(もしくはずたぶくろ)を置くと近くの切り株に腰掛け、おもむろにバイアネットの点検を始めた。

銃身の中に溜まった火薬カスを取り、トリガーからチャンバー、弾倉、撃鉄と分解できる所は分解して清掃しながら不具合はないか確認する。

さらに刀身と銃身の結合部分は念入りに見ておく。バイアネットのような複合武器(コンポジットウェポン)はその構造上、結合部に負荷がかかりやすいため点検を怠ると後で酷い目にあうのだ。

……この世界、リィンバウムにも銃器があったことはアシュレーにとって僥倖だったと言えるだろう。

もし、似たような武器が無かったら整備するだけで一苦労だ。いや、それどころかいつ使えなくなるか分からない状態になっていたかもしれない。

「――――――よし。こっちはこんなところか。弾の方は……っと」

さすがに慣れているらしく手早く整備を終えると、今度はそれぞれのカートリッジの残弾数を確認して……ため息を吐いた。

「やっぱ少ないよなぁ……。まさかこんなことになるとは思ってなかったし、仕方ないと言えば仕方ないんだろうけど、さ」

背塔螺旋、グラブ・ル・ガブルと続いた戦いに継ぐ戦いの中で盛大に撃ちまくって来たらしい。……雑魚散らしには一番だよね?

「まあ、まだ少しは予備があるから何とかなるかな」

そう割り切るとアシュレーはバイアネットを傍らに立てかけ、荷物の中からグッズを取り出した。どうやらこれらもついでに整備するつもりらしい。

スローナイフは、まあ、いつも手入れはしているから特に手を加える必要は無し。フォトスフィアはバイアネットと同じように分解整備。そして、トレジャーコールは……

ぴこーんぴこーん

整備しようと手を伸ばしたときに偶然スイッチが入ったのかトレジャーコールがけたたましい音を上げる。

ご存知な方もいらっしゃるだろうが、これは隠してあるものに反応してそれらの位置が分かるというスグレモノである。どこぞの街にはこれを使って大儲けだなどとのたまって酒を飲んだくれるダメ人間がいるほどだ。

閑話休題。

つまりは、それくらいに便利な――便利すぎるものだということをご理解頂きたい。そう、たとえ、使い手が見つけたくないものまでも見つけてしまうほどにッ!!

「……えっと、何してるんだい二人とも?」

「……かくれんぼ。おにいちゃんが、おに、なの」

「こ、こらハサハ。しーーーーっ!!」

そう声と気配はすれども姿は見えず。

……いや、よく見れば不自然な大きさの茂みと子どもくらいのサイズの木がいつの間にかあった。おまけに木からはウサ耳(?)がはみ出している。

ちなみに、ぴこーんぴこーんとトレジャーコールはずっと反応し続けていた。

「…………とりあえず出てきなよ。もう見つかっちゃってる訳だし」

「よ、よく見破ったわねッ!! これでも同期の中では(講義をサボったのがばれて追いかけてくるネスから)隠れるのが一番得意だったのにッ!!」

ばさぁっ。と小さな木(ハリボテ)の中からトリスが出て―――えぇッ!?

「そっちかよッ!! って、いくらなんでもそれは無理があるだろッ! 人体構造無視するにも程があるってッ!!」

「まーまー、細かいことは気にしない気にしない」

「細かいことかなあッ!?」

思わず絶叫してしまうアシュレーだったが、ニ、三度深呼吸して自分を落ち着かせると、トリスのある一点を指差した。

「……で、その頭のものは何なのかな?」

「え? これ? 出店で売ってたの」

トリスの頭の上で俗にウサ耳などと呼ばれるものが風に揺れていた。

「おそろい……なの」

いつのまにかトリスの隣にやってきていたハサハがそう嬉しそうに言う。

「えへへ〜、似合うでしょ〜?」

「いや、まあ、確かに似合ってるけどさ……」

言葉を続けようとしたアシュレーだったが、あまりにも二人が楽しそうにしているのを見て水を差すのも悪いと思い、言うのをやめた。

「ところでさ、アシュレーの持ってるそれって一体何? いきなり凄い音したからビックリしちゃったんだけど」

「ああ、これはトレジャーコールっていってね。隠してあるものとかの場所を調べるものなんだよ。……人にまで反応するとは思ってなかったけどね」

「はあー。すっごいねぇ……。ネスやマグナに見せたら間違いなく分解しようとするだろーなー。あの二人そういうの好きだし」

「あはは。それは勘弁して欲しいなぁ。僕じゃ整備はできても修理はできないからさ」

そう笑いながらアシュレーは簡単にトレジャーコールの整備を終わらせると、片付け始めた。

「それにしても、一体どうしたんだい? 何かあったのかな?」

「え? あ、ううん。別に何かあったってわけじゃないんだけど……」

珍しく歯切れの悪いトリスに、アシュレーは先を促すように微笑みかける。

「その、アシュレーのいた世界のこと聞きたいなって思って」

「ファルガイアのことを?」

「うん、そう。あ、別に単純な好奇心……まあ、それもあるけどそれだけじゃなくて、もしかしたらアシュレーが帰るためのヒントになるかもしれないかなーって」

「いいよ、そんなに硬く考えなくてもさ。……それに、考えてみればちゃんと話したこともなかったしね」

そうだな……。と、アシュレーは少し遠い目をしながら話し始めた。

旅を通して自ら見てきたファルガイアのこと。

荒れ果てた大地が広がる中、逞しく生きている人々のこと。

ARMSのかけがえの無い仲間たちのこと。

そして、オデッサとの死闘と、それに次ぐ異世界との戦い。

……もちろん、全てを話したわけではない。

だが、そうと知らないトリスたちは見たことの無い世界の話に目を輝かせて聞き入っていた。

「「はあ……」」

揃って感嘆の息を漏らすトリスとハサハ。

「凄いとは思ってたけど予想以上だよ。アシュレーって元の世界じゃ『英雄』とか呼ばれててもおかしくないじゃない」

「…………!!(こくこく)」

「『英雄』、ね。僕は『英雄』なんかじゃないよ」

ふっ。とアシュレーはまた遠い目をして笑った。

「えっ……? それって一体―――」

「さてと、結構時間たっちゃったし皆を探そうか。きっと心配してるよ?」

そう言って微笑みながらアシュレーは立ち上がると、トリスたちへと手を差し出した。


<レルム村・広場>

あたしたちが広場に着いた時にはもう他の皆は集まっていた。

「ふむ、その話が本当なら、聖女の奇跡というものは対象の精神に触れ、癒すことで肉体をも癒すというものだろうな。精神に触れたから名前も悩みも分かったんだろう」

「そういうものなのか?」

「正直言って原理などはさっぱり分からないがな。奇跡と謳われるだけのことはあるということだろうさ」

……なんだか難しい話してるー。あんまし近づきたくないなぁ。

「それにしても、並んでた俺たちより先に昼寝してたマグナの方が『聖女』に会うってのはなぁ」

「フォルテ、そんなこと言ってもしょうがないでしょ」

疲れきったため息を吐くフォルテを同じように疲れた様子で宥めるケイナ。

何かあったのかな? どうもマグナが何かやらかしたみたいだけど……

「どうしたんだい? ほら、皆待ってるよ?」

「あ、うん」

四人を包む空気など気にしてない様子で先を歩くアシュレーの背中を追いかける。

アシュレー・ウインチェスター。

あたしたちのピンチにいきなり現れた異世界―――それも名もなき世界の住人。

優しげな外見とは裏腹にメチャクチャな強さを内に秘めた人。

それでいて、普段は優しいお兄さんみたいな人。

だけど、何かを――――――隠してる。

それはきっと、さっきの会話の中にでた『英雄』って言葉と関係してるんだと思う。

でも、それがどう関係してるのかまではあたしには分からない。

……ってか、アシュレー自身のことって殆ど知らないんだよね。

はぁ……

「おねぇちゃん……どうかしたの?」

「え? あ、ううん。ちょっと考え事してただけよ」

心配そうに見上げてくるハサハにそう笑いかけると、あたしたちは待っている皆のところへと足を速めた。

いつかきっと話してくれるよね? アシュレー……


「まったく、どこをほっつき歩いていたんだ君は?」

合流して早々、あたしを待ってたのはネスの呆れた声だった。

「あはは……。始めて見るものばっかだったからつい……」

「その様子じゃ、宿もとっていないんだろう?」

「あ」

思わず漏らした言葉にネスはやっぱりかという顔をするとため息を一つ吐いた。

「やれやれ、そんなことだろうと思って僕のほうでロッカに頼んでおいて正解だったな」

うぅ、言葉の端々にトゲがあるよぅ、ネス。

「ネスティ、トリスは僕の話に付き合ってもらってたんだよ。だから、そう責めないでやってくれないかな?」

「……わかってるさ、そんなことは。とにかく、僕はもう疲れた。じきに日も暮れるだろうし紹介された家に行くとしよう」

ぷいっ。とそっぽを向くとネスはどんどん歩き出す。

「えーっと、ネスどうかしたのかな?」

「まあ、そっとしといてやるのが情けってモンだろうな。あいつにも色々と葛藤があるんだろうさ」

「何訳知り顔してんのよ、アンタは……」

うぷすっ。と後頭部に一撃を受けて前のめりにつんのめるフォルテを横目に見ながら、あたしは何かに苛立っているようなネスの背中をただ見つめているしかなかった。

「珍しいな、ネスがあそこまで感情を露わにするなんてさ。そうは思わないかトリス?」

「確かにそうかもしれないけど……。でも、何でいきなり機嫌悪くなったんだろ?」

「それは……「何をぼさぼさしてるんだッ! 早く行くぞッ!!」……ああ言ってるし、これ以上怒らせない内に行こうか」

「そうね……」

はぁ。と、あたしたちはどちらともなくため息を吐いて、だいぶ離れた所にいるネスの元へと歩き出した。あたしたちから少し遅れて、それまでいつものようにドツキ漫才をしていたフォルテたちとアシュレーが続く。

「ん? どうしたアシュレー? ずいぶんとシケた顔してるじゃねーか」

「え? そうかい? 自分ではそんなつもりはないんだけどな」

「今回ばかりはフォルテの言うとおりね。アシュレー、あたしたちでよければ相談に乗るから何か悩みがあるならいつでも話してね?」

「うん、ありがとう。でも、悩みとかじゃないんだ。……ただ、ちょっと昔のことを思い出しただけさ」

空を見上げてまた遠い目をするアシュレー。

同じように空を見れば、もうすぐ日が落ちるみたいで真っ赤に染まっていて、カラスか何かの鳴き声が木霊していた。


<レルム村:民家>

ネスのあとをついていった先にあったのは、村外れにあるにしては随分と大きな一軒家だった。

「えーと、ここであってるの?」

「そのハズだが……」

「まあ、家の人に聞いてみれば分かるだろ?」

マグナはそう言うとあたしたちが止める間もなくドアをノックしていた。

「すいませ〜〜〜んッ! どなたかいらっしゃいませんか〜〜〜〜ッ!!」

どんどんどん。

「……反応ないね」

マグナが叩いているドアはごくごく普通のもので、間違っても中に音を通さないとかいう代物ではないように見える。

う〜ん。これだけ音を立ててるのに反応がないのを見ると……

「留守かな? なあネス、本当にここなんだよな?」

「ふむ、そう思うのなら君一人だけで野宿でもするかい?」

そう言ってネスは珍しくニヤリと笑みを……怖いよ、ネス。

「ごめんなさい。俺が悪かったデス。ユルシテクダサイ」

即座に土下座するマグナ。それはもう見事な土下座っぷりでした。それこそ『ごっど』な感じがするくらいに。

「どうでもいいが、お前さんたち人の家の前で何を騒いどるんじゃ?」

「へ?」

背後からかけられた声に振り返ると、そこには村に来る途中で出会った樵のお爺さんが立っていた。

「すいません。自警団のロッカさんの紹介で宿を貸して頂きに参りました」

「ああ、聞いているが……お前さんたちだったのか」

世間は狭いのう。と呟きながらお爺さんはあたしたちの横を通り抜けると、ドアに手をかけ―――横に滑らせた。

……

…………

………………って、

「「「「「「引き戸かよッ!!」」」」」」

盛大にツッコミを入れたあたしたちを豪快に笑いながら家の中に招き入れると、お爺さんは改めて自己紹介してくれた。

お爺さん――アグラバインさんの家は一人で暮らすにしてはずいぶんと大きな家だったから家族でもいるのかな、と尋ねてみたら意外というか何というか、予想もしてなかったことがわかった。

なんと! このアグラバインさん、聖女って呼ばれてるアメルさんの実のお爺さんだそうな。

これを聞いたらマグナなんて、『似てなくて良かった……』とかボソリと呟くし。

まあ、案の定ばっちりとアグラバインさんに聞かれてて、薪割りとか扱き使われる羽目になってたけどね。

そこで何の話をしてたのかはわからないけど、戻ってきたときにはずいぶん仲良くなってたみたい。

で、時間は過ぎて夕食の時間。

「わははははッ! そうか、そうか! リューグも相変わらずじゃのう! まあ、元気そうで何よりじゃ」

昼間のことを聞いてやたらと上機嫌のアグラお爺ちゃん(村の人たちから『アグラ爺さん』と呼ばれているのを聞いて試しにこう呼んでみたら気に入ってくれた)。

「あはは……。やっぱりあれって地だったんだ……」

余所者相手だからきつくなってるのかなー、とかちょっと思ったりもしたんだけど……

「いやいや、あれでもまだ落ち着いた方じゃ。小さい頃なんぞ手の付けようがないほどの悪ガキじゃったからのう」

「案外、アンタの小さい頃と似てるのかもね?」

「何言ってんだか。俺の小さい頃はそりゃーもう、周りから神童って呼ばれるくらいで、近所の女の子からもモテモテだったんだぜ?」

そんな俺と一緒にしちゃあのガキが可哀想だろ? なんて格好つけて言うフォルテだったけれど、

「へー、ほー、ふぅん……それは、よかった、わ、ねッ!!」

ぼぐしゃあっ!

……鈍すぎる音で悲鳴は聞こえませんでした。

ただ、

「あ、浮いた。すごいなー、密着した状態であれだけ浮かせられるなんて……まさか、義体(シルエット)でも仕込んでるのか?」

何と言うか、その反応はどうなの、アシュレー?

一応は心配しよーよ。ってか義体って何?

「え? ああ、義体っていうのは……そうだなー、体の悪い所とか事故で無くした手足とかを機械で補う技術でね。仲間にいたんだよ、文字通り全身凶器にしてた人がさ」

「へー、機械で体をねぇ……。それって手足がレオルドみたいになるのか?」

「あはは。そんなことはないよ。見た目じゃ全然分からないさ。まあ、いきなりワイヤー付きの腕が飛んできたときは驚いたけどね」

「…………」

「あれ? どうしたんだ、ネス? てっきり『ロケットパンチかッ!?』とか喰い付いてくるかと思った…………ゴメンナサイ、クチガスギマシタ。オネガイデスカラドリトルサンハヤメテクダサイ」

「ん? 何を言ってるんだいマグナ。君が望んでいるようだから見せてあげようと思ったんだが? と、言うわけで―――喰らえッ!! ドリルブーストナッコォッ!!」

外に向かって走り出したマグナを追いかけるようにドリトルが飛んでいく。

あ。

「レオルドー? 壊したら困るからドア開けといてー」

「了解シマシタ」

部屋の隅で充電(大きな乾電池のようなものにストローを刺して吸っていた)していたレオルドが先回りをしてドアを開ける。

「なッ!? ああもうッ!! ありがとうって言やいいのか、助けろよってツッコミゃいいのかッ!!」

「ふふふ。そんなこと言ってる暇があるのかい? ドリトル、スピードアップだッ!!」

召喚主(ネス)の言葉を受けて、ドリトル(G参式謹製と書かれたラベルが貼られている)が速度を上げてマグナに突っ込んでいく。

……G参式って何よ?

(G参式……それは特機と呼ばれる巨大ロボットの一つであり、多分に試験的なものが強く、即行で次の機体に乗り換えられる不遇の機体だトカ)

またこの電波……。誰なのよ、一体。

「トリス、聞いちゃいけない。これは野良犬なんかと同じでちょっとでも情けを見せればつけこまれるんだッ!!」

「…………ん(コクコク)」

「だからそこッ! 暢気に話してないで助け――――――ぎゃーーーーッ!!」

元気だなぁ、マグナ。

まあ、いつものことだししばらくしたら何事も無かったよーに復活するでしょ、きっと。たぶん。めいびー。


<レルム村:アグラ家>

騒々しくも楽しい時間は過ぎて、もう誰もが寝静まっていた。

そんな中、あたしは貸してもらったベッドの中で一人起きて考え込んでいた。

「聖女、かぁ……」

昼間にマグナが出会ったっていうアメルという名前の女の子は『聖女』という呼び名とは裏腹にごく普通の女の子だったらしい。

でも、癒しの奇跡に目覚めてしまったばかりに家族と離れて暮らすことを余儀なくされている。

……おかしいよ。やっぱり。

ネスやフォルテはその場所にはその場所の流儀や考え方があるから、旅人に過ぎないあたしたちが首を突っ込んでいいものじゃないって言うけど、あたしはそんなので納得できない。

だって、アメルさんのことを話してるときのアグラお爺ちゃんの顔、凄く優しいけど、それと同じくらい悲しそうだった。

たしかに二人の言うとおりあたしたちは余所者で、口出ししちゃいけないのかもしれない。……でも、あたしは―――


窓の無い狭い馬車。

ガタゴトと揺れ、どこに連れて行かれるのかもわからない。

どれだけの時間が経ったのかもわからない。

その中でただ、傍にいた兄の手をギュッと握る。

ガタゴト ガタゴト ガタゴト

あたしは、いったい、どこにいくのだろう―――?


「眠れないのかい?」

「え?」

静かな声が物思いに沈んでいたあたしを掬い上げた。

「アシュレーこそ、眠れないの?」

「あはは、どうも目が冴えちゃってさ。もし、眠れないなら少し話でもしない?」

声に振り向けば自前の毛布代わりのマントに身を包んで眠っていたハズのアシュレーがそう言いながら身を起こしていた。

「そうね……このまま横になってても眠れそうに無いし、アシュレーの意見も聞いてみたいかな?」

「……もしかして夕食のときの話かい?」

うん。と頷き、隣で眠っているハサハを起こさないように注意して布団から抜け出す。

ひんやりとした夜の空気が体から熱を奪っていく。

「あ、今火を入れたからもう少し布団の中にいた方がいいよ?」

「言うの遅いよ、アシュレー」

「ごめんごめん。ちょっと待ってて、お詫びに何か温かい物でも淹れるからさ」

そう言ってアシュレーは暖炉の火に何やら小さな薬缶らしき物をかけた。

そのお湯が沸くまでの間、あたしは暖炉の前に陣取って暖を取るのに専念する。

やっぱり毛布が無いと寒いな。などと考えていると、頭の上から布を被せられた。

「それでも羽織ってればだいぶ違うから使いなよ」

ありがと。とお礼を言うあたしにアシュレーは気にしなくていいと言うように優しく微笑んだ。

それから静かに時間が過ぎる。

聞こえるのはお湯の沸くシュンシュンという音と、アシュレーがあの大きな袋の中から何かを探してる音だけ。

あと聞こえるものと言えば、せいぜいみんなの寝息くらいかな。

虫も、鳥も、風さえもが寝静まっている中であたしたちはお湯が沸くのを待っている。

ようやくお湯が沸いた頃、アシュレーも探していた物を見つけたみたい。

……昼間のヤツ使えば良かったんじゃないの? って聞いたら、あれは音がうるさいからって苦笑してた。

まあ、確かにこんな静かな夜に使う物じゃないかも。

「はい、お待たせ。熱いから気をつけて」

「ありがと」

軽くお礼を言ってカップを受け取り、少し息を吹きかけて少し冷ましてから飲み始める。

……あったかい。けどさ。

「…………ねえ、これ、ナニ?」

「え? 普通のコーヒーだけど?」

……ネスが飲んだら、『こんなもの毒以外の何物でもないッ!!』って騒ぎそう。

そのくらい、濃くて、ニガい。

(おおッ!? なんとまあうら若き乙女がそんな言葉を口にするとはッ!!)

……なんか今、物凄い怒りが込み上げてきたんだけど。

「あ。ごめん。もしかして苦かったかな? 砂糖入れる?」

無言で頷く。

とてもじゃないけど、このままじゃ飲めないって。

差し出された角砂糖を三つ、四つ入れる。

……うん、これなら何とか飲めるかな。

「いつも眠気覚ましに飲んでたから、ついつい濃く淹れちゃうんだよね」

「確かにこの味なら眠気も吹っ飛んじゃうかも。ってか、いつもこんなに濃くして飲んでたの? 体に悪いよ?」

「うーん、完全に慣れちゃってるからなぁ。元々、野営とか見張りのときの必須アイテムって感じだったし」

「必須アイテムね……。もしかしてアシュレーって朝とか弱い?」

「ゔッ」

ぎくり。と身を強張らせるアシュレー。どうやら図星みたいね。

「参ったなぁ……」

「あは。気にすることないよ。あたしだって朝弱いし」

変なの。こんなことであたし、嬉しくなってる。

濃くて苦いコーヒーも何故だか美味しく感じてしまうから不思議。

「そ、そんなことよりさ。さっきの話なんだけど」

慌てた顔で話を変えようとするアシュレーが何だかおかしくて、あたしは少し笑った。

「うん。アシュレーはどう思う? やっぱり余所者が口出しするのは余計なお世話なのかな?」

「そうだね……確かにその場所にはその場所のやり方っていうものがあると思うよ」

「そう、なんだ……」

「でもね、余所者だからこそ見えるモノっていうのはあるんじゃないかな?」

「え? それって……」

「例えばさ、ほら、今日マグナがその『聖女』のアメルっていう娘にあったって言ってただろ? そのときマグナは彼女が『聖女』だってことは知らなくて、彼女が普通の村の娘だと思った。要はそういうことだよ」

「……ごめん、アシュレー。ちょっと分かり難いんだけど」

「うーん、簡単に言うと『聖女』っていうフィルターを外して彼女のことを見れるってこと。村の人はどうしても『アメル』を見るときに『聖女の』って付けちゃうんだよ。……『聖女の奇跡』が目当ての人たちもね」

あ、なるほど。やっとわかった。

つまり、余計な情報がないから見たまま、聞いたままのことから判断できるってことね。

「だけど、それはあくまでも自分達の考えだよ? 当の本人がどう思っているのかわからなくちゃ、良かれと思ってしたことでも善意の押し付けになるだけさ」

「あ……」

そっか……そうだよね……。

あたしが納得できないからって理由じゃあ、本当にただのお節介だ。

大切なのは、アメルが今の境遇をどう思っているのか、だよ。

なんでこんな大切なこと見落としてたかな、あたし。

「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜」

「えっ!? ちょ、ちょっとトリス? どうしたのさ、そんな重いため息吐いちゃって」

「あ〜〜、ちょっと自己嫌悪してるだけだから気にしないで〜〜〜」

「自己嫌悪、ねぇ……。そこまで落ち込むことはないんじゃないかな? 少なくとも僕は自分のためじゃなく、誰かのために怒ったり悩んだりできるのは偉いことだと思うよ」

くしゃり。と頭を撫でられる。

「ふぇっ!? あ、あ、あ、アシュレー?」

「あ、ごめん。嫌だったかな?」

って、そんな申し訳なさそうな顔されるとこっちが悪いような気がしてくるってそんなんじゃなくて何でいきなり頭撫でられてるのかなあたしはいや頭撫でられるのなんて子供の時以来だからすっごく久しぶりなんだけどってそんなのどうでもいいからああでももうちょっと撫でて欲しいとか思ったときにはもう手は離れててそれがちょっと寂しいトカ感じちゃって

「…………おねぇちゃん、なにしてるの?」

「え゛?」

後から聞こえた声に振り返ってみれば、そこには寝惚け眼のハサハ。

……あーんど、物陰からこっそり見える複数の人影。

っていうか、フォルテとかマグナはまだしも、アグラお爺ちゃんまで……

もしかしなくても……見られた?

あ、あははは……

誰かこれは夢だと言って、お願いぷりいず。


<レルム村:アグラ家前>

若干壊れた笑い声を上げて兄に仕置きを続けるトリスを横目にアシュレーは家の外へと出ていた。

何故かは分からないが、先程からやたらと嫌なモノを感じていたからだ。

「やれやれ……、邪魔をしてしまったかの?」

「いえ、そんなこと無いですよ。まあ、トリスにはちょっとショックだったみたいですけどもう少ししたら落ち着くでしょうし」

その為に犠牲になってくれ、マグナ。大丈夫、君なら生身で宇宙に放り出されても生還できるから。……僕もやったし。

などとちょっと酷いことを思いながら、アシュレーは同じように家から出てきていたアグラバインへと振り返る。

「それよりも……聞いていたんですよね?」

「……うむ。悪いとは思ったがの」

「いえ、こちらこそ勝手なことを言ってすみません」

「…………」

「だけど、彼女みたいな子もいるんですよ。それだけは」

「わかっておるよ。あの子も同じようなものじゃからのう……」

わしらに出来ることは見守ることだけじゃ。と、沈痛そうな表情で呟くアグラバイン。

家の中からはまだ騒いでいる声が響き、時折殴るような音まで聞こえていた。

「お前さんたちには感謝しておるんじゃよ」

「え?」

何について感謝しているのかまでは言わず、アグラバインはふっと笑みを浮かべる。

「ア、アシュレーッ!! 頼むから助けてくでッ!?」

あ、また浮いた。

あ、さらに追い討ち。

うわ、ファイネストアーツ。

……そろそろ助けた方がいいか、な?

「ほらほらトリス、もうそのくらいにしておきなよ?」

そう言って、アシュレーが再び家の中に入ろうとした時だった。


ドォォォォォォォォォォォンッ!!


<レルム村:アグラ家前>

爆音が響いた。

「な、何なのっ!?」

掴んでいたマグナを放り出してあたしは家の外へと飛び出す。

そこで、あたしの目に入ってきたのは、

「何よ、これ……」

村が、燃えていた。

断続的に響く爆発音と、増えていく炎。

「ただ事じゃない……ッ! 君たちはここにいるんだッ!!」

「ちょ、ちょっと待ってアシュレー! 一人でどこに行くつもりなのっ!?」

「大丈夫ッ! 様子を見てくるだけだよ。それにこういうのには慣れてるッ!!」

そう言い残してアシュレーは行ってしまった。

追いかけようとしたあたしにハサハがしがみ付く。

「くろいかげ……いっぱい、いっぱい。ちかづいてくる……炎のなかから……。こわい、こわいよぅ! おねぇちゃんっ!」

ハサハは震えていた。

そして、ハサハの言ったとおり、炎の中に黒い影の姿が見えた。

影たちは次から次へとその数を増やしていき、炎から逃げてきた人々を――

「ダメッ! ハサハ、見ないでッ!!」

ザシュッ!!

あたしは胸の中に抱きかかえるようにしてハサハの目を塞いだ。

「どうして……何でこんなことができるのよ……っ!」

そうあたしが呟いている間にも、影たちは無抵抗な人々を惨殺していく。

「二人とも大丈夫ッ!?」

「くそッ! ひでぇことしやがる」

「ケイナ……フォルテ……」

「アシュレーは一緒じゃねぇのか?」

「様子を見てくるって……こういうのには慣れてるからって……」

「そうか……となると、爺さんもだな」

「え?」

「爺さんもいねえんだよ。恐らく、いや間違いなくアメルのとこに行ったんだろ」

苛立たしげに告げるフォルテ。

それは一人で行ってしまったことに対してなのか、頼りにしてもらえなかったことに対してなのかはあたしにはわからない。

でも、今、あたしがしなくちゃいけないのは何?

……みんなを、助けたい。こんなの絶対に許しちゃいけない。

ぎゅっ。と、胸元の銀貨を握りしめる。

「助けなくちゃ……このままじゃみんな殺されるわッ!!」


<レルム村・広場>

赤。

襲い掛かる影たちを打ち倒しながらようやく辿り着いた広場で、まず認識できたのはそれだった。

一面に広がる赤、赤、赤、赤、赤。

ほんの数時間前まで、家族が寝ていたであろう家々は、これから先、何年もかけて命を、絆を育んでいったであろうそれは焔に包まれていた。

―――夥しいほどの■の赤に彩られて。

辺りを満たすのは、■■が焼ける臭い。

道には焔に抱かれて眠る人々の姿。

その中には、母親らしき人影に抱かれる子どもの姿もあった。

……気がおかしくなりそうになる。

揺れる焔、それは内なる魔神の力。

染める紅、それはかつての災厄。

「違う……」

そう、その災厄は『かつて』のもの。

今を生きる自分には遠い数百年も過去の話。

でも、もし一歩間違えていたら?

力に耐え切れずに、自分が『ヤツ』に飲み込まれていたら?

考えても仕方の無いことではある。

現実に自分は力に耐え切った。

もうこれ以上、力を使うことはない。

だから、もう、大丈夫。

自分は、自分でいられる。

約束を果たせる。

……そのハズだ。

「おいッ!! あんた無事かッ!!」

自分を呼ぶ声に我を取り戻す。

駆け寄ってくるのは、確か自警団の……ああそうだ、双子のロッカとリューグだ。

「あ、ああ。僕は大丈夫。君たちの方こそ大丈夫かい?」

「ええ。それより、ここは危険です。早く非難して下さい。無事だった人たちはもう非難しましたから……」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。まだ無事な人が……」

「「…………」」

「いない、のか……? 一人も……?」

言葉を失う。

あまりにも酷すぎる。

……揺れる炎。

燃える村。

嘆きの声も、怨嗟の呻きも、救いの祈りも、今は、もう、聞こえない。

「ちくしょうッ!! どうしてこんなことにッ!!」

「今はそんなことをいってる場合じゃないだろうッ!?」

「『そんなこと』、だとぉ……。ふざけんじゃねぇッ! 村が焼かれたんだぞッ! こんな、こんなことが許されてたまるかよッ!!」

――そう、許すわけにはいかない。

何の目的があろうと、誰かを犠牲にするなんて間違っているのだから。

だが、今は……

「落ち着くんだッ!! ……奴らの、こんなことをした奴らには何か目的があるはずだ。何か心当たりはあるかい?」

「……まさか、アメルッ!?」

アメル……そうか、『聖女』が狙いか。

「居場所はわかるかい?」

「ああ、きっと聖女の庵に……」

「そうか。なら、早く行くんだ。これだけのことを平然とする奴らだ、何をするかわからない」

「貴方も一緒に……ッ!!」

首を振る。

揺れる焔の向こうに黒い影を見つけていたから。

今、彼らと一緒に行けば、間違いなく後ろから襲われる。

「僕はまだやることがある。それに……たぶんだけど、彼女のところに僕の仲間が向かってるハズだ。彼女たちの力になってあげてくれないか?」

きっと、トリスたちならこの状況で逃げ出したりはしないだろう。

ある種の予感めいたものを感じる。

どんなにつらいときでも、決して諦めない。

彼女たちはそういう人だ。

そう、自分たちと同じように。

だから、力になりたいと思った。

誰かの為に剣を取れる人は、きっと誰よりも弱くて、誰よりも強いから。

「さあ、行くんだッ!!」

「……わかりました」

「兄貴ッ!?」

「リューグ、彼の言うとおりにするんだ。こうしている間にもアメルに危険が迫っているかもしれないんだぞ!」

「くッ……。おいアンタッ!! 絶対に死ぬんじゃねぇぞッ!! いいなッ!!」

「スミマセン……どうかご無事でッ!!」

二人が走り出す。

それを見送りながら、僕は無造作にバイアネットを向けると引き金を引いた。

「がッ!?」

回り込もうとした影の一人が崩れ落ちる。

それをきっかけに次々と焔の向こうから黒い鎧に身を包んだ影が現れた。

「悪いけど、ここから先は通行止めだ」

立ち上る硝煙。

次の弾は装填しない。

いや、する必要はない。

「無駄だろうけど、一応聞く。何でこんなことをした?」

影は言葉を出さない。

ただ、武器を構え、殺気でもって答えとした。

「……そうか」

ちらり。と焔の中の親子を見る。


「お前たちが、力で全てを押し通すと言うのなら――」


燃える村。


「僕は――」


揺れる焔。


「僕は……もう一度、この剣を振るうッ!!」


紅く染まった大地に、戦士の咆哮が響き渡る。


うおおおおおおおおおおおッ!


さあ、みなさん御一緒に。


「アクセェェスッ!!」


<レルム村:聖女の庵>

ざしゅっ!!

影たちの最後の一人がフォルテの一撃を受けて倒れる。

それが動かないのを見てあたしはようやく安堵の息を漏らした。

周りにはすでに動かなくなった影―――黒い鎧姿の襲撃者たち。

彼らの下には紅い水溜りが広がっていた。

―――気持ちわるい。

身を守るためには仕方がなかった。

アメルを助けるためには仕方がなかった。

でも、これをしたのが自分たちだと考えると気持ち悪くなってしまう。

こんなことを考えている時点で甘いのかもしれない。

やらなければ、やられていたのは間違いなく自分。

紅い水溜りに体を横たえていたのは、仲間たちだったかもしれない。

「アメル、大丈夫か!?」

「マグナ……、私は大丈夫……。だけど、どうしてこんなことに……」

震えた声が聞こえたけれど、あたしには―――ううん、この場にいる誰にもその問いに答えることは出来なかった。

ガシャン

「ほう、こんな所に隠れていたのか。随分手間がかかっていると思ったが、まさか冒険者ごときに遅れをとっていたとはな」

不意に響いた低い声。

炎の向こうから現れたその声の主は、黒い甲冑に身を包み、髑髏を模した漆黒の仮面を被っていた。

「アンタが、大将ってわけかい?」

あたしたちを庇うように前に出たフォルテが剣を構えながら油断なくそう問い質す。

それに遅れてあたしたちも武器を構える。

だけど、

「無駄な抵抗はよせ。抵抗しなければ苦痛を感じる暇もなく終わらせてやろう」

そいつは剣を抜きもせずに、そう横柄に言い放つ。

そして、その後ろから見覚えのある姿が走ってくるのが見えた。

「大丈夫か、アメルッ!!」

「よかった……間に合ったッ!!」

駆け寄ってきたロッカとリューグの姿は、所々煤けているものの、大したケガはしていないようで、内心でホッとする。

「雑魚が増えたところで何になる? 大人しく逃げていれば良かったものを……」

「うるせえッ!! てめえが、てめえがぁぁぁぁあぁぁぁッ!!」

「よせ! リューグッ!!」

逆上して仮面の騎士に襲い掛かるリューグ。

手にした斧が必殺の勢いを持って振り下ろされ―――

ガギィィィィンッ!!

「何だとッ!?」

リューグの斧はいつの間にか抜かれていた仮面の騎士の剣によって受け止められていた。

その上、

「…………フンッ!」

「うわぁッ!?」

受け止められただけならまだしも、あろうことかそのまま剣の一振りでリューグの体が吹き飛ばされる。

何よ、それ。あんなの相手に勝てっこない……

「我々を邪魔する者には等しく死の制裁が与えられる」

仮面の騎士の声を聞きながら、諦めにも似た想いが心を過ぎる。

剣をぶら下げるように持ったまま、ゆっくりと近づいてくる仮面の騎士。

炎の照り返しを受けて鈍く光を放つその姿は、サプレスの死神のようにも見えた。

「例外は、無い」

動けないあたしたちの前まで仮面の騎士が近づこうとしたその時、

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」

雄叫びと共に物陰から飛び出してきた人影が仮面の騎士にぶつかっていった。

「何ッ!?」

「わしの家族を殺されてたまるものか……。命の重さを知らぬ輩に好きにさせてたまるものかァァァァァッ!!」

その人影――アグラ爺さんの一撃を受けて僅かに、ううん、自分から後ろに跳んで距離を取る仮面の騎士。

強い。やっぱりあいつはあたしたちよりも遥かに強い。

正面からなんて論外。というかさっきまでの戦いでそんな余力は残ってない。

それなら不意打ち? これもダメ。今さら不意打ちなんてできっこないし、やったところで通用するとは思えない。

「成程、多少できる者もいるようだな。だが、例え誰であろうとも邪魔は、許さん」

すっ。と片手を挙げた仮面の騎士の両脇から炎を越えて影が飛び出す。

ダメッ! 術が間に合わないッ!!

影たちの持つ剣が鈍く光り、あたしは目の前で起こるであろう惨劇を予想して思わず目を背けてしまう。


ゴオッ!!!!!


でも、聞こえたのは予想とは全く違った音で、轟音といってもいいそれに驚いて視線を戻すと、何処かからか飛んできた拳大の焔の弾に影たちが吹き飛ばされるところだった。

「え? 一体何が起きたの!?」

「おねぇちゃん、あそこにだれかいるよ……!」

ハサハの指差す方を慌てて見る。

すると、そこに、ソレは―――――――――――――――いた。

崩れかけた教会の上に月を背に立つその姿は、一言で言えば異形。

細身の体にピッタリとした鎧と大きく膨らんだ肩当て、頭をすっぽりと覆う兜。それらの全てが闇を思わせる漆黒。

その中で、目深に下ろした面当てと、要所要所に散りばめられた水晶のような結晶体。そして、熱風に煽られてたなびく大きなマフラーが焔のような紅い色をしていた。

「はあぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

裂帛の気合を上げて黒と赤を纏った騎士が跳ぶ。

月を背に、紅いマフラーが闇夜を切り裂いた。

「ぐッ!?」

やったことはただの飛び蹴り。でも、遥か上空から襲い掛かるそれは恐ろしいまでの威力を秘めてる。

単純に考えて鉄の塊が空から降ってくるのだから、その威力というものは……考えたくないなぁ。

それを受けきった仮面の騎士も大概だけど、ね。

「……大丈夫か?」

蹴りの反動を利用して、あたしたちと仮面の騎士の丁度真ん中に降り立った黒騎士がそう尋ねてくる。

「行け。ここは私が引き受ける。お前たちは早く逃げろ」

仮面越しに響くくぐもった声。

「でも、まだ仲間が―――」

そう、様子を見てくると言って出て行ったきりアシュレーが戻ってきてない。

「彼ならば心配はいらない。今頃は逃げ道を確保して君たちを待っているだろう」

「!?」

この人、アシュレーを知ってる?

「あなた……一体……?」

「それはこちらも知りたいものだな。貴様、何者だ?」

「…………名乗る名などは無い」

だが。そう黒騎士は言葉を続けた。

「私は怒りと悲しみの連鎖を断つ者。焔の力を持って災厄を焼き尽くす者。私を呼びたければ――」

静かな、けれども確かな力を持つ声で告げる。

「焔の騎士、ナイトブレイザー」

そう、呼ぶがいい。と、黒騎士――ううん、ナイトブレイザーは言った。

「ナイト、ブレイザー……」

違う。

これはあたしたちとは遥かに次元の違うレベルの存在だ。

彼がその気になればあたしたちは一瞬で焼き尽くされる。

そのくらい力の差がある。

でも、何でだろう? そんなに力の差があるのに怖くない。それどころか―――

「さあ、早く行け。……大丈夫だ。私が、必ず、守る」

ふっ。と、ナイトブレイザーが笑ったような気がした。もっとも、仮面に隠されていたから本当に笑っていたのかは分からないけど。

「よく言った……ならばその力、見させてもらおうッ!!」

「来いッ! 焔纏う騎士の剣(ナイトフェンサー)ッ!!」

ナイトブレイザーの手の中で焔が身の丈ほどの長剣へと変わる。

互いに間合いを詰め、切り結ぶ二人の黒騎士。

「はああああああッ!!」

「おおおおおおおッ!!」

気合と共に断続的に鳴り響く剣戟。

目まぐるしく動き回りながら繰り広げられる二人の戦いは、死を含みながらも美しいとさえ思ってしまう剣舞。

見とれていたのは恐らく一瞬のこと。

その間に一体何合打ち合わせたのか。

舞う火の粉。崩れる建物。響く轟音。

その中でも二人の剣が奏でる音が消えることは無く、誰かに手を引かれて逃げる間、あたしはずっとその光景が目の前で起きているかのような気がしていた。


あたしは、この日のことを生涯忘れることは無いだろう。

自分の無力さに打ちのめされ、死の恐怖というものを始めて身近に感じた。

そして、それから救ってくれた、優しくも悲しい騎士。

優しさだけでは、意味が無い。

強さだけでは、意味が無い。

そして、悲しみが無ければ―――

そう言っていたのは、誰、だったのだろう?

空に浮かぶ月はいつもと同じで、ただ静かに夜を照らしていた。


あとがき

はいどーも。

第3話 後編 をお送りしました。

はっはっはっ。今回は我ながら黒いなー。

ダーク表記付けるべきだったかな?

これでも軽くしたのデスヨ?

前編と合わせて、序盤はいつもの通りお気楽に、中盤影の薄かったマグナに光を当てつつラヴ分を補充。

そして、終盤はひたすらナイトブレイザーをカッコよく!

……その過程でやたらと黒くなっちゃいました。てへ。

と、いうわけで、アシュレーさんの中にはまだ『ヤツ』がいます。

まあ、色々と悪巧みしてますがね。うひひ。

黒い(ナイトブレイザーの)ままなのも、彼がリィンバウムに召喚された理由にも絡んでいたり。これ以上はネタバレなので言えませんが(笑)

あえて今一つだけ言うならば、それは『本質』ですかね。

『ヤツ』の本質。

アシュレーの――『英雄』の本質。

そして、トリスたち『調律者』の本質。

どれも一筋縄にはいきません。

おまけに『調律者』にゃ、『融機人』やら『天使』なんていうややこしいのまで付いてきます。

……纏めきれるのか?

頑張ろう。うん。

ではでは、レス返しです。

アッシャ様>マグナめいい思いしやがって〜
ええ、全くですとも。ふふふ、ですが御安心を。彼にはこれからトコトン大変な目に合ってもらう予定ですから。くくく……(邪笑)


龍頭竜尾様>マグナとアメルがいい感じですね〜
どもはじめまして〜。この話を楽しみにしてくださるとは何ていい人だッ!!
筆は遅いですが何とか完結させますんで長い目でお付き合いくださいな。そしてあの二人はこれからもあんな感じで行きますよ〜(笑)


yoka様>化学かッ!?
「はうッ! 科学ッ!? 科学とくればいたし方ありませぬな科学者のはしくれとして」
待て、どっから現れたそこのトカゲッ!!
「……ふふふ、だから言っただろう奴らは必ず蘇るとッ!!」
ぎゃーッ! お、お前は前回の後きっちりと埋めといたハズの友人Zーーーッ!?
「ご覧になってますかーッ!? 現代科学の到達点は見るものにあまねく夢と希望を与えてますかーッ!?」
そこのトカゲ何いきなり雑技団紛いなことやってるーーー!?
「んー? 聞こえんなあ?(某カサンドラの人風)」
…………何、このカオス。
もう、俺には収拾つけらんない。そうか、これが、科学の内包する危険性というやつか。でも、化学と科学は違うんじゃないのかなぁ。あははははははははは……(壊)


次回! 

月の剣と太陽の杖 第4話 分かれ道 〜Parting Road〜

「私は、どうしたらいいの……」

お楽しみにッ!!

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