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「神様協会、新人二人。 第二話(GS+かみちゅ!)」

竜の庵 (2007-02-13 22:57)
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 世界には理が存在します。

 私、小竜姫が存在した世界にも理に則ったルールがあり、その中で私達は暮らしていました。

 とりわけ、私のような神族はルールに縛られる傾向があります。理そのものを体現したかのような容姿・性格・言動…引き摺られた、形。

 だから、と言うのは少々卑怯かも知れませんが。


 「せいっ! はあっ! とああああああああああっ! …くううう!」


 夕暮れの来福神社境内。
 傾いた太陽が地平線の果てに沈むまで、剣を振るい、体を捌き、一心不乱に動き続ける私の姿は…

 理から外れた者として、決して恥ずかしくないものですよね? ね?


 「出なーーーーーーーいっ!? やっぱり霊波が出ませーーーーんっ!? お空も飛べないし、超加速のちょの字も発動しませんっ! これでは本当に角の生えた只の人間ですよーーーっ!!」


 …恥ずかしくないですよね? ね? 誰か頷いてえええええええっ!!


           神様協会、新人二人。

                第二話 「台風に接近。」


 お話は、昨日の午後…みこさんを紹介された時に遡ります。

 祀さんの一言で、私達…自称神様のゆりえさん、光恵さん、それに私の三人はイベントというか祭祀を行うこととなりました。
 神聖な儀式を一纏めにイベント、と言ってしまう祀さんはある意味大物です。一応目の前に自称も含め神様が二人もいるのに。うーん…美神イズムってどこにでもあるものですねえ。

 「取り合えず、ゆりえからね。みこ! ゆりえを案内して着替えも手伝ってやって! 光恵と小竜姫様は先に奥で待っててくれる? 私も着替えるからさ」

 「ちょっと祀…小竜姫様にお茶とか出さないでいいの? 何だったら私やるよ?」

 「ああいえ、お構いなく。行きましょう、光恵さん」

 あまり気を遣わせてはいけません。私は光恵さんを促して皆さんと別れました。

 来福神社は拝殿が幣殿の役割も果たす構造なのですね。小さな神社ではよく見られる形です。掃除も行き届いていますし、みこさんが頑張っておられる証拠でしょうね。

 「小竜姫様の神社も、どこかにあるんですよね? やっぱりこんな感じなんですか?」

 祭祀を執り行う拝殿内は、どことなく妙神山の屋敷を思い出すいい香りがします。雰囲気的にも、私の趣味と合う場所です。
 光恵さんは部屋の隅に積まれていた座布団を持ってくると、二つ並べながらそんな質問をしてきました。

 「残念ですが、私如きの神格では皆さんに奉られる資格はありませんよ。精々が剣の稽古をつけてあげるくらいです」

 座布団に正座すると、気が引き締まります。こう、ぴりっとしますね。光恵さんもそんな私の姿を見て、同じく正座。最近の子にしては、背筋を伸ばしたきちんとした姿勢を守っています。私が側にいるので緊張してそうなっているのかな。

 「ああそうだ、光恵さん。少々伺いたい事があるのですが」

 「あ、はい。私に答えられる事なら」

 「有難うございます。では…あの、今日の正確な年月日を知りたいのです。実は、私がいた御山とは季節が違っていまして」

 「え…それって、タイムスリップしたってことですか? ゆりえのせいで?」

 タイムスリップ…そこはかとなく懐かしい響きに聞こえるのは私だけ?

 「ええまあ…あちらは真冬でしたから。ここはどう見ても真夏ですよね」

 「うわあ…ゆりえ、すっごい事しちゃったわね…。ええと、今日は198×年7月×日です。もう少しで夏休みなんですよ」

 …………ああああ、やっぱり移動してます。
 過去に飛んでますよう……
 うわあどうしましょう…時間移動を諌める立場なのに…あうう。

 …ん…しかし。

 しかしです。
 時間移動は神魔族の両最高指導者の手により、厳重に封印を施されていたはず。誰の手による仕業だとしても、三界最強の封印術式を破って時を越える真似など…
 いえそれ以前に、何故私を? それだけの力を持つ組織なり犯人なら、もっと標的にすべき高位の相手がいるでしょうに。人界駐留の一武神程度に何故…?

 「…小竜姫様? 大丈夫ですか?」

 「! …ええ、済みません。予想以上に深刻な事態で…巻き込んでしまって申し訳ありません」

 黙り込んでしまった私を心配してくれる光恵さんに、心から謝意を述べて頭を下げます。

 「巻き込むって、そんな。巻き込んだのは私達ですから。ゆりえったら、凄い神様になったんだなあ…」

 うー…どうにも危機感が伝わりませんね。実年齢以上にしっかりして見える光恵さんに、私も少し甘えてしまっているのでしょうか。横島さんなんかよりずっっっっっと大人びて見えるんですよねー。

 「お待たせー! 光恵、はいこれ。準備出来たら再生してね」

 とんとんとん、とちょっとだけお行儀悪く大股で現れたのは、巫女装束に着替えた祀さんです。手に持った機械を光恵さんに渡して、電線を壁際まで引っ張っていきます。

 「ラジカセ? …うわゆりえ…七五三みたい」

 「光恵ちゃん!」

 祀さんに続いて、こちらは厳かにみこさんの先導で歩いてきたゆりえさんも、それらしい紅白の衣装に着替えています。光恵さんと好対照に子供っぽいんですよね、彼女は。

 正面の壇上にちょこんと正座したゆりえさん。祀さんは脇に据えてある太鼓の前でスタンバイ。ばちが似合う、って褒め言葉になるのかな。
 みこさんは金色の鈴が連なった祭具…神楽鈴を手に、ゆりえさんの正面で静かに目を閉じています。

 「いいわよ光恵。お願い」

 祀さんの合図で、光恵さんがラジカセ? のスイッチを入れました。静まり返った拝殿に、雅やかな雅楽の調べが流れ始めます。へええ…音楽の再生機なのですね。
 生音でやるのが本式ですが、祀さんも和楽器の心得があったなら太鼓を叩いたりはしないでしょう。彼女らしいです。

 しゃん しゃん しゃん

 鈴の音と、ちょっぴり雑音の混ざった雅楽の音色。
 音楽に合わせたみこさんの舞は、なかなかどうして堂に入っています。ゆりえさんはひたすらに居心地悪そうですけど。
 この舞はゆりえさんに捧げられているものです。舞だけではなく、この場に設えられた全ては祀り上げられたゆりえさんのため。我慢ですよ、ゆりえさん。

 どん どん どん

 祀さんのばち捌きも、慣れたものです。みこさんの呼吸にきちんと同調しています。

 ん、隣の光恵さんが足を崩しました。まだ10分にも満たないんですけど…もう限界なんですね。でもまあ、ぺたんと座っているほうが女の子らしいです。
 …と思っていたら、壇上のゆりえさんまで姿勢が危うくなりました。息の合ったお友達同士ですねえ…微笑ましい。

 「あう…」

 ゆりえさんが微かに呻いて、左手で…あら、ハンカチはまだ巻いてあるし。足をさすりました。祀さんが目敏くその仕草に気がついて声をかけます。 

 「何か来たー?」

 「分かんない…」

 「反応してるわ! もう一息よ!」

 太鼓のテンポが上がりました。祀さんのテンションも。

 「! 何か…これは…? 霊気…いえ…もっと純粋な…」

 「小竜姫様も何か感じたんですか?」

 そうです。拝殿を覆う雰囲気が、変わり始めました。あたかも祭祀に反応するかのように。
 でも私の知る霊圧や気配の変化とはどこか…それに、出所もゆりえさんというよりは…この来福神社そのもの…いえもっと大きな世界の枠組みから変化してきています。どうしてか、私には分かるのです。

 「光恵さん、注意して下さい。何か起こりそうです」

 「え?」

 しゃん しゃん しゃん しゃん 
 どん どん どん どん

 鈴と太鼓の音に、ゆりえさんの体が反応しています。
 みこさんが捧げ持ち鳴らし上げる鈴が一際強く振られて…祀さんのばちが、最後にどん、と祭祀の締めを飾りました。

 「!?」

 ぞくっ、と。背後から膨れ上がってきた『何か』の気配が、ゆりえさんの全身に吸い込まれていきます。次の瞬間、ゆりえさんの体が震え…


 「ふぇっくしゅっ!!」


 可愛らしいくしゃみと共に、拝殿の中を吹き荒れました。気構えの出来ていた私以外は誰も反応出来ません。

 「みこさん!」

 突風の真正面に立っていたみこさんの小さな体が後方へ吹き飛ばされたのを、咄嗟に私が受け止めます。ふう。

 「あ…小竜姫様、有難うございます」

 「ちょっと、みんな大丈夫!?」

 その場で尻餅をついていた祀さんの声に、周囲の惨状を改めて確認します。光恵さんはひっくり返って…えー、少々女の子としては恥ずかしい格好ですが大丈夫。

 「みこさんもお怪我はありませんね? あ、ゆりえさん!」

 この風を巻き起こした張本人…なのでしょうね。ゆりえさんは、壇上でくてっと倒れていました。みこさんを降ろして、駆け寄ります。

 「あううう……眠いよう……」

 …これは、典型的な霊力消費による疲労状態です。しかし、さっき感じた力の大きさと異質さは…霊力や魔力では説明がつきません。しかし、しかし…本当にこの子の力だと言うのなら…私を呼んだのも…!?

 「ゆりえ! ゆりえ、大丈夫!?」

 「小竜姫様、ゆりえは!?」

 光恵さんと祀さんも、私の両側から倒れたゆりえさんを心配して覗き込んできました。ああっと、自分の事よりまずはゆりえさんです。

 「大丈夫、疲れてしまっただけのようです。一晩ゆっくり休めば回復しますよ」

 「うわー…よかったあ…」

 「んじゃあ、今日はこれでお開きね。初日の成果としては望外の結果よ!」

 安堵のあまりその場に座り込んだ光恵さんと、ほっとした表情もそこそこに力強い笑みを浮かべてばちを握り締める祀さん。ゆりえさんは眼がもう、とろとろに溶けて眠ってしまいそうになってます。

 「ほらゆりえ、着替えましょう。家まで送ってってあげるから」

 「うん…ごめんね光恵ちゃん…」

 「小竜姫様は、家のお客様として歓迎するわ。父さんにも紹介して、来福神社に復興の兆しあり、ってところをアピールして元気出してもらわなきゃね!」

 ゆりえさんはふらつきながら、光恵さんとみこさんに肩を借りて退出。お疲れ様でした、ゆりえさん。
 私は散らかった部屋の片付けを祀さんと進めます。お供物が廊下にまで飛んでいました。
 でもさっきの力…霊力よりも神々しくて、でも温かな…ええと…確かうってつけの名前が…

 「しっかし、ゆりえの神通力凄かったわねー…」

 「あー! それです! ど忘れしてました!」

 「うわっ!? 何言ってるの? 小竜姫様だって使えるでしょう、神通力。神様なんだから」

 神通力!
 そうですそうです! 普段使わない言葉なのですっかり忘れていました!
 先ほどのゆりえさんの力…まさしく神通力と呼ぶに相応しい力です。霊力でも魔力でも、超能力でもない、一つ飛び越えた力。正しく神の御業…世界そのものが書き換わったかのような、あの感覚!

 「神通力…いえ、私が使えるのは普通の霊力でしかありません。あんな…あんなとんでもない力はとても」

 「とんでもないー? 風は凄かったけど、別にあれくらいなら他の神様でも出来るんじゃないの? それに、あの風だって昼間の続きみたいなもんだろうし」

 …やはり、一般の方には分からない感覚でした。

 ……!

 ああ、思い出しましたよう…妙神山で朝稽古をしていた時に聞こえた声…
 完璧にゆりえさんの声でしたよう。ああああああああ………今頃気付くなんて、自分の愚かさ加減に腹が立ちます…

 つまり、です。

 私は、魔族の陰謀や異空間を結ぶ扉の事故でもなく…

 「言ってなかったけど、昼間にやった実験ってのはね、風を起こすもんだったの。私がゆりえに、『風の強い日の屋上で好きな子に告ったら絶対上手く行く』って炊きつけてさー……」

 祭壇に適当にお供え物を置き直して、祀さんはくすくすと当時の様子でも思い出したのか、おかしそうに笑います。私には全然笑い事じゃありません。

 「するとやっぱり、私はゆりえさんの神通力の影響でこの地に召還されたと…?」

 「ごめんね、小竜姫様。でも来ちゃったもんはしょうがないから、もうちょっとだけ付き合ってくれない? 来福神社一世一代のチャンスかも知れないのよ! ゆりえと貴女、それに八島様の三人も神様のいる神社なんて、絶対受けるわよ!」

 私の両手をとって、きらきら…ぎらぎらした瞳を向けてくる祀さんに、私は返す言葉もありません。これでは…八島様と仰る本来祀られている方をあまりに蔑ろにし過ぎています。
 それに先ほど絵馬を見た際にも気付いたのですが、この町の方々は、心から来福神社を大切に思っています。みこさんからもその想いは伝わりました。

 「…祀さん。いけませんよ」

 「え?」

 「そのような心がけでは、八島様が悲しみますよ。古くからこの地を守ってきた神様なのでしょう? その巫女たる貴女が八島様を蔑ろにするような態度では、ご加護が薄れてしまいます」

 お説教をする立場ではないのですが、彼女のためにも一言釘を刺しておかないといけません。
 けれど、私の言葉を聞いた祀さんの反応は、予想の上を行くものでした。

 「ああ大丈夫大丈夫。前にね、本人からも気にするなって言われてるから。どんな形であれ、来福神社が賑わうのなら好きにしてくれって」

 「本人とは…?」

 「八島様」

 「へ?」

 きょとんとした顔で、祀さんは言いました。もう一度言いますが、神の声を聞くというのは大変なことであって…いくら巫女でもそう易々と…

 「私はもう見えなくなったんだけど、みこは毎日話してる筈よ。だから八島様と話がしたいときは、みこに代弁してもらってるの。本殿にいっつもいるからね」

 …えーと?
 この気安さは何でしょうか。
 そりゃあ確かに、かの菅原道真公のように、全国的に慕われておられる神族なら人界で彼らのために働くこともあるでしょう。信仰の強さが神族の力となるのですから。
 でも一般的な神族は天界におられます。有名無名に関わらず、滅多に人の前に姿を現すことはありません。
 私のような役職の者ならともかく、ですけどね。
 失礼ですが、そのルールはここのような地方神社でも変わりありません。人前にひょいひょい現れるなんて…信じられない行いです。

 「八島様、気が弱くてさー…こう、積極的に来福神社の名を広めようって気になってくれないのよね。このままじゃ借金塗れで潰れちゃうってのに」

 呆けたように立ち尽くす私の前で、祀さんの八島様講評? は続きます。
 彼女の口調は身近な人を評しているようにしか、聞こえません。嘘を吐く理由もありませんが、こんなほらを吹く意味もないです…となると、残るは真実を話している、としか。
 …これは、八島様なる神族にお会いしてみるしかありませんね。天界に一度戻って…って、私、戻れるのかな? 飛べないし、霊波出せないし…うう…

 「祀ー? まだ片付けてるの? ゆりえの着替え終わったから、連れて帰るわよー?」

 思考の陥穽に陥っていると、拝殿の外から光恵さんが呼びかけてきました。今行くー、と元気に祀さんが返答します。
 てきぱきと残りの作業を終わらせて、正面から表へ。お賽銭箱の前に、しゃがみ込むゆりえさんがいました。
 学校から来福神社までは徒歩だったのですが、ここから距離的には程近い学校にお二人とも自転車を置いてあるそうで。そこまで戻り、光恵さんがゆりえさんを乗せて帰るのだとか。
 …ふむ。

 「では私が学校までゆりえさんをおんぶしますよ。光恵さん一人では大変でしょう」

 「えー…そんな、大丈夫だよう……恥ずかしいし…」

 「そんなふらふらでは、階段をきちんと降りられませんよ。こう見えても私は武神です。ゆりえさんを一人抱える程度、仔犬を抱っこするのと変わりません」

 幸い、霊力関係に異常が見られるだけですしね。不幸中の幸いです。

 「ゆりえ。今日はお願いしといたら? 神様の力、初めて使って疲れてるんだから」

 光恵さんが労わるように言って聞かせます。もしかしたら、ご兄弟が多いのかも知れませんね、彼女は。眼の優しさが、妹を見るようです。
 渋々ですが、ゆりえさんもお姉さんの説得で頷きました。

 「じゃあ…小竜姫様よろしくお願いします」

 「はい。では祀さん、みこさん。行ってきます」

 「行ってらっしゃーい。晩御飯のリクエストとかある? ん、小竜姫様は何食べるんだろ?」

 「八島様は食べないよね…」

 いや私もお腹空くんですけど…とりわけ今日は色々あって疲れましたし…でも甘えていいものやら。

 「普通の神様と違って見えるし、準備しとくわ。野菜はいっぱいあるしね」

 祀さんは私の返事を待たずに、そう決めました。ここは好意に縋っておきましょう。
 …断じて空腹に負けたわけではありませんよ?

 よいしょ、と背負ったゆりえさんは予想以上に軽いです。それに、本当に疲れていたようで…すぐに寝息を立て始めました。ふふ…幼子のようですね。

 「んじゃ、ゆりえ、光恵。また明日学校でね!」

 「お疲れ様でした、ゆりえさん、光恵さん」

 三枝姉妹が見送る中、私達は長い階段を降りていきました。若干風が強くなってきましたね…夕暮れ空に浮かぶ雲の流れが速いです。
 神社から学校までは段差や階段が多く、自転車が使い辛い。ですから、祀さん達は徒歩で通学しているそうです。足腰の鍛錬にもいいですしね。

 「少し不思議に思ったのですが…」

 光恵さんのペースに合わせたのんびりとした歩みの中、ふと思い出した疑問。

 「こちらの方々というのは、神族…神様と親交が深いのですか? 私、明らかに町では浮いていると思うのですが…じろじろ見られたりしないもので」

 「私だって、本物の神様に会うのは小竜姫様が始めてですよ。ゆりえは…元々友達だから、神様って言われてもピンと来ないし。さっきの儀式で風が起こるまでは正直、信じてませんでした」

 九十九折の階段を歩みつつ、光恵さんは眠っているゆりえさんを見て言いました。

 「そこです。本来神とは、容易に出会うことの出来る存在ではありません。にも関わらず、貴女方は私やゆりえさんをあっさり神様と受け入れてしまう。何故ですか?」

 「え、だって…本当の事でしょう? それに小竜姫様は空から降ってきたし…その小竜姫様を降らせたのは、かみちゅーってやったゆりえだし」

 「かみちゅ?」

 それは妙神山で聞こえた、ゆりえさんの声です。かみちゅ…え、呪文ですかコレ。

 「祀が考えたんですよ。神様で中学生だから、かみちゅでいいんじゃないかって」

 うわあ即席。しかも簡単。祝詞や呪文の重々しさ皆無ですね! そんなので呼ばれた私って一体?

 う…私、認めちゃってますね、もう。ゆりえさんが私を召還した、と。状況証拠しかありませんが…

 「それに…神様って、小竜姫様が言うほど遠い存在じゃない気もします。いつも身近にいて、優しく見守っててくれる…ううん、違うかな。見えないだけで、神様は神様の生活をしてるんじゃないかって。一緒に、この町に住んでるんですよ」

 ごく自然に、光恵さんは…一つの理想を語りました。
 人間と神族の共生…私は知っています。それがどれほど難しいことか。
 人間よりは近しい筈の魔族とすら、私達は争いを繰り返しています。デタント、という言葉が生まれた背景には、数え切れないほどの戦乱が隠されているのです。

 「ゆりえが何の神様なのか、結局分からず仕舞いだったけど。そんな神様もいていいんじゃありませんか?」

 …こんな、こんな素直な意見が14歳の女の子から出ますか。私達神魔族が何千年も議論して得られたデタントという結論が、ひどくちっぽけで薄っぺらく見えます。
 この町では、皆さんが光恵さんのような考えなのでしょうか? だから、私を見ても驚かず、すぐに受け入れたのでしょうか?

 「……………凄いですね、光恵さんは。何者か問わず、しかしありのままを受け入れる。それは生半可な境地ではありません。この私にしても」

 「そんなっ。大げさですね、小竜姫様って。真面目な性格って言われませんか?」

 「よく言われます。友人にも、仲間にも」

 「やっぱりー」

 「ふふ」

 私と光恵さんは、まるで仲の良い友人同士のように…学校までの間をお喋りしながら歩くのでした。

 ちなみに、ゆりえさんは光恵さんの自転車に乗せるまで起きませんでした。この子も大物です。


 ざあああーーーっと…鎮守の森がざわめく音がここまで聞こえてきます。夕方の風が本格的な強風に変わってきたようです。

 「小竜姫様、お肉食べれる? 神様ってベジタリアン多そうだけど」

 「べじたりあって何ですか? 私は仏道に帰依する者ですから…肉と魚は食べられません。お手間をお掛けしますが」

 学校から戻って、三枝家の居間に通された私は…みこさんの淹れてくれた煎茶を飲みながら、夕飯の準備が整うのを待っていました。テレビも見せてもらってます。うわー…やっぱりカラーテレビは綺麗ですねえ…
 食事に制限のある身なので、私も支度を手伝おうとしたのですが…お客様の神様にそんな事させられません、とみこさんに台所から追い出されちゃいました。しっかりした子ですねー…ご両親の教育が良いのでしょう。

 「そう言えば、ご両親はまだお勤めの最中なのですか? ご挨拶をしなければ」

 「母さんならそこの仏壇。父さんはこの暴風で心配だからって畑に行ってる」

 「えっ…あ、これは失礼しました。お母様は…」

 居間から姿は見えませんが、台所から聞こえた祀さんの声は普段と同じものでした。…でも、ほんの少しだけ、口調に強張りがあったようにも。ああもう、私ってば…!


 『6時半になりました。ここからは予定を変更して台風情報を中心にお送りします。気象庁は先ほど、徳之島沖で発生したと思われる台風『ゆりえ』を…』


 ぶぴるっ


 「なー!? ちょ、なーっ!?」

 自分の不用意な発言を恥じていた、その時です。テレビになんというか…とてもシュールなものが映りました。
 …えっと。

 『中心がゆりえさんの怒った顔の、台風』、です。

 思わずお茶を噴き出しました。だって有り得ませんよ!? 何ですか台風ゆりえって!? ゆりえってあのゆりえさんですよね!? 何ですか、この頃の台風には女子中学生の名前を付けるしきたりがあるんですか!?

 「どうしたの、小竜姫様…え、ええええええっ!?」

 私の叫び声に居間へやってきた祀さんも、流石に驚いた声を上げてテレビの前へ詰め寄ります。そのまま身じろぎもせずに真剣な表情で、流れる情報に聞き入っています。

 「これ、これって、どういう事でしょう? 何故ゆりえさんの名が…っていうか顔が!? 目が顔です! いえ台風の目が顔であって顔が目じゃ…あ、あれ!?」

 「…私の責任よ。私がゆりえに風を起こせってやったから…その影響が出たんだわ」

 「はあ!? ま、まさかこれもゆりえさんの神通力のせいだと!?」

 自然現象まで操る!? 局所的に天候を操る神魔族なら存在しますが…こんな、こんなことまで出来る存在なんて…それこそ最高指導者かそれに近いクラスじゃないと…!
 ゆりえさんが神通力に目覚めたのは昨晩だと伺いました。いくらなんでも、不可能です。今日の午後だって、突風一つでくたくたになっていたのに!

 「行かなきゃ…! あの子、きっと来るわ!!」

 祀さんはそう叫ぶと、居間を飛び出していきました。慌てて私も追従します。しなければならない、そんな気がしたから。

 「あ、お姉ちゃん、小竜姫様!?」

 「みこ! 父さんと待ってなさい! ちゃんと雨戸閉めるのよ!」

 廊下ですれ違ったみこさんへ、私も軽く頷いて。ぽかんとするばかりの彼女を置いて、玄関から外へ飛び出しました。

 「っと、いけない! 準備準備!」

 「祀さん、一体どこへ!?」

 「学校よ! ゆりえ、絶対学校に来るわ! 台風を止めに!」

 雨こそ降っていませんが、外は暴風が吹き荒れています。儀式時とは比較にならない強さの風が渦巻いて…え!?

 空を、異形の影が飛んで!? 透明な、青い金魚のような…海でもないのに、悠然と泳いで……

 『たいふうがくるぞぉー』

 「なー!? え、な、ええええっ!?」

 ついさっきまで、そんなものはいませんでした。まるで台風の接近と呼応するかのように…空に大小様々な青い金魚が飛んでいるのです。妖気や霊力は感じません。いえ、感じるのは…祭祀のときと同じ、神通力!?

 「小竜姫様! 手伝ってくれる!?」

 母屋へ舞い戻っていた祀さんが、リュックを担いで駆け寄ってきます。私は呆然と空を眺めるばかり。

 「お願い、小竜姫様! 一刻も早く学校へ行きたいの! なんか方法無い!?」

 祀さんは切羽詰った声で、私の肩を揺さぶりました。我に返った私も、彼女の只ならぬ様子に気を取り直し、彼女を見ます。黒髪が風でばさばさです。
 …真剣な眼です。どうして学校なのか、そこで何をするのか…一切説明はありません。でも、彼女の瞳に浮かぶのはとても強い意志。吹き荒れる風にも負けない、揺ぎ無い覚悟。

 「…分かりました。お手伝いします」

 「! 有難う小竜姫様! で!? 竜の姿にでもなってくれるの!?」

 そんな事したら、この町が無くなっちゃいますよ! 火の海ですよ!

 「いえ。祀さん、失礼しますよ」

 私は祀さんを抱き上げると、学校の方角を向いて呼吸を整えます。ここから学校へのルートは夕方に把握済みです。

 「な、何するの?」

 不安げに聞いてくる祀さんに笑顔を返して。

 確かに今の私は空を飛べません。

 でも。


 『跳ぶ』ことなら!


 「しっかり掴まっていて下さい!!」

 竜神の身体能力は健在です。膝を撓めると、全身に力が漲るのが分かります。これはまるで…誰かに力を与えられているよう。
 今は、その誰かに感謝を!

 「うっひゃあああああああっ!?」

 暴風を突破する一陣の疾風と化した私に、祀さんの声は届きません。ごめんなさいね?
 境内から一気に飛び出し、山門の屋根を蹴って、鳥居を眼下に見下ろし。
学校への最短ルート、即ち一直線に屋根を、壁を、柱を足場に駆け抜けていきます。

 「しょお、しょ、小竜姫様ああああああっ!?」

 「舌を噛みますよ!」

 青い金魚が周囲を同じように泳ぎ回る、不思議な空を。私は出来うる限りの速度でぶっ飛ばしていきます。祀さんが何か言っているようですが、構わず全速力!

 見通しの悪い夜でも、私の眼は目標をしっかりと捉えます。
 目標は、あの…青いビニール屋根! 書道部の部室? です!

 「学校が見えました。どこへ行けば?」

 「せせせせせ…正門前に降りてぇぇえぇええぇぇ…」

 歯の根が合わなくなっている祀さんに頷き、ラストスパートを懸けます。

 …あら?

 今、青い屋根のところに人影が見えたような…もしや、ゆりえさんでしょうか? いや、先ほどのゆりえ台風情報を見て駆けつけたのなら、早すぎます。見間違いでしょう。

 祀さんにも目視できる距離まで学校に近づいて、私は道路へ降りました。もちろん、スピードは殺さず一気に学校正門まで駆け抜けます。

 「ぜえぜえぜえぜえぜえ……今が夏で良かったわ…」

 正門前に辿り着き、地面へ座り込んだ祀さんは寒そうに両手で自分を抱き締めて呟きました。
 ちょっぴりやり過ぎましたか。反省。

 「まだゆりえは来てないわね…よし、じゃあ準備を始めるわよ!」

 すぐに立ち直った祀さんの号令は、力強いものでした。


 …台風はもう、ゆりえさんの顔が確認出来るくらいにまで接近しています。顔。顔がありますよテレビで見たのと同じゆりえさんの怒り顔がっ!? ええええええ!?


 「顔、って…あっはっはっは…ゆりえさんの顔、ほんとに付いてますよー…どうなってんですか一体全体?」


 …ここ、私の知ってる日本じゃないかも。

 助けて神様ああああああっ!!


 後書き

 竜の庵です。
 まだアニメ第一話が終わりません。
 原作部分と創作部分の兼ね合いが難しいですねー。分量も多い、かな…
 小竜姫の語り口調も試行錯誤中。もう少し煮詰めないとです。

 ではレス返しを。


 YASU様
 初めまして、よろしゅうですー。
 あ、褒められた。うわーい。よろず板は雰囲気的にアクション物が多い気がしたので、こんなものもありかと思い書いてみました。読みやすかったのなら嬉しいですね。
 かみちゅって物語自体が緩急の曖昧な、それこそインパクトとは無縁のゆるゆるっとしたお話なので、難しいですな。インパクトとほのぼのの両立を目指して精進しますね。壁高っ!


 エセマスク様
 初めまして、何故にロシア風シチュー…!
 GS主要キャラ以外の異世界物、というカテゴリは少ないのでしょうか? 自分では単純に神様繋がりと動かしやすさで、小竜姫を選んだだけなんですがー…サブキャラの中では情報量も多いですしね。
 本作はアニメ沿いです。今後の展開、イベント等もアニメ準拠になると思いますので…まあSSは別として、ほんわかと面白いお話ですから観てみると良いですよー?
 一時のテンションに身を任せるとえらい目に。まったりとお待ち下さい。


 スカートメックリンガー様
 GS世界がオカルトを『認知』している世界だとすると、かみちゅ世界は『肯定』している世界ってな感じでしょうか。根本的な接し方が違っているように思えます。小竜姫には世界の違いについても戸惑ってもらいましょう。おろおろと。うふ。
 或る日突然神様になっても、「あ、神様になっちゃった」で済ませられる世界ですからね。まあぶっちゃけそんな事は些細なこと、です。些細なことに過ぎない世界観であるとしか、言いようがありません。作り手側にしたらちょっと卑怯かも…でも、そのお約束ありきの空気ですから。
 ゆるーく読めるものであろう、と狙っているので…ほのぼのしてもらえれば。


 スケベビッチ・オンナスキー様
 自分もかみちゅ漫画版は知らなかったり。来福神社が八島神社だったり、細かい差異があるそうですが。
 ほのぼのー、がお好きならゼヒDVDでご覧になると良いかと。癒されますぜ?
 妙神山の小竜姫は描きやすかった…彼女は好きなキャラですから、同志が増えるのは素晴らしいですな。段々かみちゅ世界にも馴染んでいくでしょう。
 かみちゅ世界は人と神様が極めて身近にいる世界です。で、お互いのんびりやっている、と。本作で空気感の一部でも感じて頂ければ。
 小竜姫はどんどん染まっていきますよ。現状ではまだ危機感のようなものを持っていますが、いつまで保つやら。


 以上、レス返しでした。皆様有難うございました。


 では次回。更なるかみちゅワールドが小竜姫を襲う、「家出神様に天誅。」でお会いしましょー。

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