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「神様協会、新人二人。 第一話(GS+かみちゅ!)」

竜の庵 (2007-02-06 23:48)
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 「ん……ふう」

 ふわ…ああ、今日も清々しい朝のようですね。
 障子を透かして柔らかく降り注ぐ陽光は、早朝であっても暖かく気持ちのいいものです。
 しっかりと肩まで掛かっていたお布団を捲くり、私は上体を起こしました。浴衣の襟元を整えて、眠気を追い出します。
 さあ、身支度をして朝の日課をこなさないと。怠けると仏罰が落ちてしまいますよ。

 いつもの着物に着替えて、神剣を腰に差す…前に顔を洗ってきましょう。剣を握る己に驕らないよう、身を清め、心を平常に保つ…武神としてではなく、一人の神族、小竜姫として恥ずかしくない振る舞いをしないと。
 …ほんとは、冷水で禊をするのが良いのですがー…1月も半ばを過ぎて、汲み置いた水の冷たさは半端じゃないんです。老師様には内緒ですけどね。
 台所に向かい、桶にしびれるくらい冷たい水を張ります。

 「ひゃ…っと」

 …思った以上の冷たさに声が出てしまいました。パピリオに聞かれていたら、からかわれるところでした。危ない危ない。
 まだ少しだけ残っていた眠気は、数度顔を冷水で引き締めることで完全に払拭。手拭いで顔を拭き、ぱしんと頬を両手で叩いて終わり。

 「さて、と」

 自室の枕元に置いてある剣を取り、今度こそ腰へ。うん、やはりこの重さがないと始まりませんね。
 毎朝の日課として、私は神剣の素振りと剣舞を行っています。剣舞は型の確認を行うのに最適ですし、素振りだけでは鍛錬の内容として物足りません。あまり魅せる剣は得意では無いのですが、これもまた修行の内です。

 妙神山には異界に繋がる扉があります。毎朝の鍛錬と、修行はその先で行うのです。
 …下界から来られる修行者の方々は、一様にここの脱衣場を見て不思議そうにするのですが…何故でしょうね? 機能美に溢れた素晴らしい設備じゃないですか。体重だって量れますよ!

 扉を開いた先には、地平線が360度見渡せる広大な空間が広がっています。
 ここがもう、異界の地。どんなに暴れようが現実世界に影響を及ぼすことは………

 ………………………ほとんどありません。ほとんど。

 正気を失ったお茶目な竜が暴れたりしない限りっ。あははは………。でもあれだって、出入口をこじ開けてあの人達が逃げたりしなければ…ああいえ、何でもありません。

 ふう。

 気を取り直して、日課と参りましょう。まずは素振り千回!


 「999………1000、と!」

 ぴたり石床の寸前で切っ先を止めます。単純な反復作業ですが、腕に掛かる負担は回を増す毎に苦痛となり、ともすればぶれる剣先を全身を使って制御するのは、なかなかの重労働。慣れましたけど。

 「うん、快調です。さて次は…」


 「かぁーーーーー……………」


 「あら?」

 …なにか聞こえませんでしたか? 今は修行に来ている霊能者の方もいない筈ですが…気のせいでしょうか?
 耳を澄ませても、霊気を探っても…うん、私以外には誰もいません。勿論、神魔の類も。
 魔神のクーデター以降、同様の行為で天界・魔界との接点を失う事態に陥らないよう、妙神山を含めた地上108箇所の霊的拠点は結界強度を見直されました。
 例え天界最強の結界破りをもってしても易々とは落ちませんよ、今度のは。
 という訳で侵入者の可能性は、御山に対する信頼から却下です。空耳決定っ。

 「…心が乱れているようです。精進が足りませんね、私も」

 心の迷いは剣の迷いに直結します。武神たるもの、剣を持つ手は真っ直ぐでなければなりません。素振り千回追加です!


 「みぃーーーー…………………」


 !?

 言ったそばからまた声が…!
 しかし、声の出所が判然としません。空高くから聞こえるようでもあり、己の身の内から囁かれているようでもあり…
 今はっきりと言えるのは、間違いなく空耳ではない、という事実のみ。老師やパピリオの声でもありません。
 ヒャクメがふざけている訳でもない…でしょう、多分。彼女がいくら暇でも太陽が昇るかどうかの早朝から、大してリアクションが面白いでもない私相手に、悪戯を仕掛けてきたりは……

 ………………………

 ああああ、否定材料があんまりありません!?

 とにかく、ここは一旦屋敷へ戻って老師に報告を。これが何らかの異変の前触れであるなら、老師の霊感にも必ず引っかかるはず。
 お小遣いを減らしましたから、新作ゲームに夢中になったりはしていない…と思いますし。


 周囲を警戒しながら、私は扉に手を掛けました。…開いた先に広がっている景色に気付きもせずに。


 「ちゅーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 今度こそはっきりと聞こえた声に背中を押されるようにして…


 私は、開いた扉の向こう…真っ青な世界へとどうしようもなく足を踏み出したのでした。


 これが、私と…彼女達とのお話の、始まりだったのです。


            神様協会、新人二人。                     
                 第一話 「屋上に降臨。」


 「―――――――――――――――――!?」

 最初に見えたのは、純白に輝く太陽。
 最初に感じたのは、身を包む風の冷たさ。

 「え? な、え!?」

 何が起こったのか、認識する間もなく。いえ、それより何より、今我が身に降りかかっている災難の正体を、武神の本能が気付かせました。

 落ちてます。超落ちてますよ私!?

 風が冷たいと思ったら、物凄い速度で墜落中ですよ! 流石1月は空気も冷える…ってレベルじゃありません!
 命を大事に! 命を大事に!
 疑問で飽和状態の私の頭がまず判断したのは、自己の保全。幾ら私でも、この速度で地面に落ちれば大怪我では済みません。横島さんじゃないんだから。

 ………あ! 私飛べました! そうでした!

 パニックは人の判断力を曇らせるもの。仰向けに落下中の身体を、まずは減速して、っと………雲が近いですね。これはまた、随分と高空に投げ出されたものです。
 くるっと身を捻って地面を見ます。
 …眼下には、人間の町が広がっていました。海も見えます。空の青さを反射して揺らめく、活発に船が行き交う内海のようですね。ぽつぽつと島影も見えます。

 「っと、早く停まらないと…ん、あ、あれ? あれーーーーーっ!?」

 空中で停まろうとした矢先、私の体は有無を言わせぬ強さで再び降下を始めました。まるで抵抗出来ません。この力、高位の神族か魔族の仕業…!?
 ぐんぐんと眼下の町が近づいてきます。このままでは地上に被害が…!
 私の真下には、人間の子供達が通う学校が見えます。いけません、太陽の高さから察するに、まだあの中では授業が行われている時間帯のはず! 建物に叩きつけられたら多くの人々を…子供達を巻き込んでしまいます!

 「く、くあああああああああああああああっ!?」

 落下軌道は一直線に建物…校舎の真上を目指しています。全力で謎の引力に抵抗してみても、まるで…全くびくともしません。手足をじたばたさせてみたところで、周囲の空間ごと根こそぎ運ばれているようで埒が明きません。

 !! まずい! 屋上に複数の人影が見えます!

 「逃げてーーーーーーーーーーーっ!!」

 私の声は、周囲を圧し包む風に遮られて届きません。この状況では超加速の発動も難しい…霊力はさっきから全開で制動を掛けているのだから。

 ―――――――――――――――!! 

 落下速度が上がっている!?

 あくまで私を逃さないつもりですか! 誰の仕業か知りませんが、何の罪もない子供達を巻き込もうというのなら、こちらにも考えと覚悟があります!

 「はあああああああああああああああああああっ!!」

 制動に割いていた霊力を全て掌に集中。
 全開霊波砲の反動で、軌道を無理矢理捻じ曲げる!!

 「はあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

 校舎の脇には広場…校庭があります。そこに落ちれば被害は最小限に…って!?

 「霊波砲が出ないーーーー!? えええええええええ!?」

 撃った霊波砲が海へ着弾するよう、方角を計算して突き出した腕からは、霊波砲どころか微塵の霊波も発せられなかったのです。

 …そんな。

 万策、尽き果てました。もう校舎は目の前です。落下する私の姿に気付いた3人の女生徒が、驚きの表情で見上げているのがはっきりと視認できる距離。ああほら、早く逃げて!

 せめて、体術の限りを尽くして落下の衝撃を散らすしかありません。…気休めにもならない緩和措置でしょうが。
 見る見るうちに近づいてくる校舎と、女生徒達。狙ったように3人のど真ん中へ私は落ちていきます。
 メガネを掛けた子が、下級生でしょうか、小さな子を庇うように抱き締めました。黒髪の子は、落ちてくる私を見開いた瞳で呆然と見つめてきます。
 そんな事は確認出来るのに、他に為す術が無い…!
 ごめんなさい、私が至らないばかりに怖い目に遭わせてしまって…不甲斐無い己に、腹が立つ!


 「逃げてーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 今は叫ぶことしか、出来ない。
 目の前に迫った校舎を見ながら、最後まで私は抵抗を続けます。このふざけた試練に打ち克つために、無駄とは知りつつも。

 …どうか、彼女達だけでもお救い下さい…

 ああ、祈ることも出来ました。誰かに、届いてーっ!

 そうして、私の身体は校舎へと激突しました。体術とか、そんなもの使う余裕も無いままに………


 ぽてん、と。


 「ぽてん?」

 道端で転んだような姿勢で、私は校舎の屋上に座り込んでいます。激突による衝撃も、痛みも、破壊音も何も無い。あるのは、呆れるほどに澄みきった高い青空と、私を見つめる3対の視線のみ。

 「ちょ……ちょっと、ゆりえ!? あんた何お願いしたの!?」

 「え、えーっ!? 私、言われた通りに風よ吹けーってやっただけだよう!?」

 「ひ、人? それとも…」

 事態についていけず呆然と座り込む私を囲んで、3人は弾かれたように話し始めました。困惑しているのはお互い様のようです。

 「えっと、大丈夫、ですか?」

 「え、ああ、はい…」

 私を気遣うように覗き込んできたのは、先ほど小さな子を庇った眼鏡の子です。

 「あの、もしかして…神様、ですか?」

 「え? えっと…一応…神族ですが…」

 「親族?」

 そりゃ、首も傾げますよね。霊能者でもない一般人相手に神族だ魔族だと言ったところで、通じるわけがありません。
 でも私自身、あまり一般の方とお話する機会は少ないので…どうにも言葉が続きません。世間知らずも程々にしないと、こういう時に困ります。

 「…そちらの皆さんも、お怪我はありませんでしたか?」

 「あ、はい。…ゆりえも三枝さんも、怪我してないわよね?」

 「平気よ。それより貴女は誰? 親族って、ゆりえの家族のこと?」

 「いえ、私は…小竜姫といいます。えっと…」

 何者かによる強制転移にしろ、異空間を繋いだ扉の事故にしろ。
 彼女達は無関係でしょう。私を襲った現象に、たまたま巻き込んだ…それが妥当な結論です。これも、私の力不足が招いた事態ですね…くっ!
 とにかく状況の把握に努めましょう。

 「私は三枝祀。こっちが心の友で、そっちがその友。あ、もしかして神族って、神様一族って書くの?」

 「神様一族? 私は竜神族の一人です。あの…私自身混乱していて…ここは一体…」

 三枝さんと名乗った彼女は、顔を覆って天を仰ぎました。

 「これってもしかして、ゆりえが呼んじゃったんじゃないの? 風を呼べる他の神様をさ」

 「えええーー!?」

 「だってそうとしか考えられないわ! ゆりえの呪文に反応して、空から降ってきたんだから!」

 ゆりえの呪文…? 他の神様…?
 この言いようではまるで、この場に違う神族がいるかのようです。でも三枝さん達以外に人影や霊気は見当たりません。

 「ゆりえの呪文とは、何のことでしょう?」

 この事態に一番関連がありそうなキーワードは、それです。偶然唱えた祝詞や呪文が力を持ち、雑霊を呼んでしまうケースもありますから。
 …雑霊と同じですか私。うう、言ってて情けない…

 「あ、あの…私です。一橋ゆりえって言います。えと…私が唱えた呪文があって…」

 三枝さんが紹介した心の友1号さんが、私にお辞儀をしてきました。2号さんが庇っていた小さな子です。あら、怪我でもされているのでしょうか…左手にハンカチを巻いています。

 「あ、私は四条光恵って言います。しょうりゅうき様って、どんな字を書くんですか?」

 2号さんは四条さんですか。…何でしょう、やけに物怖じしない方々ですね? 空からこんな格好の者が降ってきたら、もっと取り乱すなり大人を呼ぶなりあると思うのですが。それとも、本当に彼女達が関わっている…?
 自己紹介し合ってる場合じゃないのでは…

 「小さな竜の姫、と書いて小竜姫です」

 まあ答えちゃうんですけど。

 「へー…あ、思い出したわ! 竜神様って、確か風雨を司る神様なんじゃ無かったっけ?」

 「そうなの? じゃあやっぱり、私呼んじゃったの?」

 三枝さんのはきはきした台詞を受けて、一橋さんが不安げに私を見ます。庇護欲をそそる子犬のような視線と表情…しかし、私が呼んじゃった、とは一体。

 「まあ、呼んじゃったもんは仕方ないわよ! それに、これでゆりえに凄い力があるって事は証明されたわけだしね!」

 「そんな無責任な…呼ばれた小竜姫様はどうすればいいの?」

 やけに存在感のある三枝さんと、おろおろと左手のハンカチを弄る一橋さんに挟まれて、四条さんは真っ当な質問で三枝さんのテンションを鎮めます。

 「あの! 呼んだっていうのは…?」

 「ああ、ゆりえ、神様だから。正確には昨日の夜だっけ? なったの」

 「うん」


 …………………………………………はい?


 「何の神様なのか調べるつもりでかみちゅーって、やらせてみたんだけど…まさか他の神様引っ張ってくるとはねー」

 「初っ端から他の神様頼みだなんて、ゆりえらしいって言えばゆりえらしいわねー?」

 「光恵ちゃん!」

 ぷーっと可愛らしく頬を膨らませて四条さんに抗議する、この子が…?
 いえそれ以前に…神様に、なった?

 「あの、意味が…」

 と、私が質問しようとした矢先、きーんこーんと鐘の音が鳴り響きました。

 「あーもうっ! いいところだったのに…まあいいわ。続きは放課後にしましょう」

 「5時間目、始まるよー」

 「テスト…どうしよう…」

 授業再開の合図でしたか…あからさまに一橋さんの表情が暗くなりました。

 「小竜姫様、悪いけど放課後までここで待ってて…ってのは罰当たりね。一緒に教室来る? もしかしたら、神様効果でテスト無くなるかもよ?」

 「ほんとー!?」

 「んな訳ないでしょ…観念しなさい」

 「ぶー…」

 聞きたいことは山ほどあるのですが…学業の邪魔は出来ません。というか、山積した疑問を一度整理する時間が私にも必要です。自称神様の一橋さんのことも、私自身の事も。
 私は立ち上がると、こほんと一つ咳払いをしました。

 「私、ここでお待ちしていますから。学生の本分を全うして下さいな」

 「いいの? あ、だったら…ほら、あそこ。青いビニルシートで屋根かけてるとこ。書道部って看板あるでしょ? あそこで休んでて!」

 三枝さんが指差したのは、屋上出入口の上。確かに青い屋根が風を孕んで揺れています。
 あ、落下中にも見えてましたね、青い四角形が。

 「放課後、迎えに来るから!」

 ぱんぱん、と私に拍手を打ってから、三枝さんは友人2人の後を追い、扉の向こうへと元気良く走り去っていきました。後ろ手にばたんと扉が閉められれば、屋上に取り残されるのは私一人だけ。

 「…はあ……」

 一気に脱力感というか無力感が、全身を包みます。落下中に足掻いたせいで、霊力もかなり消費してしまいました。これでは飛ぶこともままなりません。
 のたのたと扉横の梯子を登り、足元を走るパイプを跨ぎ。
 青い屋根の下には小さな和箪笥一棹と、書道用具一式の乗った文机があります。和の佇まいが、混乱した心を落ち着かせてくれるようです。

 「お邪魔します…」

 一応断りの挨拶を入れてから、座布団に正座。強い日差しが直接降り注がないだけでも、随分と快適になるものですね。


 …強い日差し?


 妙神山修行場が山頂にあるとはいえ、下界と夏冬ほども気温の差が出たりはしません。しかし、明らかに1月の空気とは違います。三枝さん達も夏の装いでした。

 「…これは…もしや時間移動? とすると、一橋さんは美神美智恵さんと同じ能力を?」

 古来、超能力や霊能力に長けた人間を祭り上げ、神と称して敬う風習は日本中、いえ世界中に存在しました。
 現代のように霊能力が世間に認知されてからは、そのような習わしも廃れてきましたが。一部の地方、それもずっと田舎ならば残っている可能性もあります。
 が、この辺はそんな田舎にも見えません。学校も立派な近代建築ですし。
 一橋さんが突然強い霊能力に目覚め、周囲の人々が神様だと崇め始めた…そんな図式かとも思ったのですが…

 「いや…駄目ですね。説明出来ないことが多すぎです…はふ」

 結界に守られた妙神山であったこと。
 全く他人の霊気を感じなかったこと。
 扉を潜った途端、空へと投げ出されたこと。
 私の霊波砲が封じられたこと。
 引き寄せられるように、彼女達の前に落ちたこと。
 時間移動だけで、説明のつく状況ではありません。却下、ですね…
 いえそもそも、彼女からはそんな霊力を感じませんし。

 思わず机に突っ伏してしまいました。墨の匂いが気分を落ち着かせてくれます。

 「ふわああああ……ああ、いけません。こんな状況で……」

 魔族の仕業、という線も捨てられない現状…無防備に寝姿を晒すわけにはいきません。

 でも、何だか…とっても空気が優しくて……時間の流れが穏やかというか…

 「……誰か…何かに…常に守られているような安心感…でしょうか…」

 周囲を包み込む、見えざる抱擁の暖かさに。

 私は、武神の矜持も緊張感も忘れてだらしなく机に顔を伏せ、いつしか寝入ってしまったのでした。


 「小竜姫様! 小竜姫様!」

 「はひいっ!?」

 あ、ごめんなさいパピリオ! 直ぐにご飯に……?

 「…さっすが神様、順応早すぎ」

 ……飛び起きた私を、三枝さんが見下ろしていました。驚いたような、感嘆したような顔で。

 「熟睡してるんだもん。起こしていいのか迷ったわよ」

 正座していた足が、鈍く痺れています。あれからずっと寝入っていたようで…お恥ずかしい限り。

 「ほっぺた赤くなってるわよー」

 あう。

 「さ、行きましょう。私んちに案内するわ!」

 校門前で待っていた四条さん、一橋さんと合流して…あの、私の格好、校内で凄く目立ってたんですけど…ここまで、お咎めも何もありませんでした。おおらかというか、大雑把というか…そういう土地柄なんでしょうか。

 お昼の続きは、三枝さんのご実家で行うこととなりました。由緒ある神社だそうで、八島様と仰る神様を祀られているとか。残念ながら、寡聞にして存じ上げない名前です。

 道すがら、私は一橋さんは神様になったけど何の神で、何が出来て、何をしていけばいいのか全く分からない等という話を聞かされ…苦笑しました。ある日突然神様に、なんてお話はおとぎ話でしょう。感受性の強い年頃なのですね、きっと。

 鎮守の森に覆われた来福神社へ至る道は、三枝さんはともかく、四条さんと一橋さんには境内へ続く長い階段が苦痛のようです。
 特に体の小さな一橋さんには辛そうでした。四条さんが何度も振り返っては、彼女のことを心配しています。面倒見の良いお姉さん、といった風。

 「大丈夫ですか、お二人とも」

 「は………はい……ゆりえ、大丈夫?」

 「だい、じょう、ぶ〜……」

 …自称神様の一橋さんは、息も絶え絶えに階段の最後の一歩を登りました。どこから見ても普通の女子中学生ですよね…
 三枝さんは流石にけろっとしてます。

 「支度してくるからちょっと待ってて」

 彼女は軽く息を吐いただけで、お家の方へと行ってしまわれました。足取りに疲れは見えません。

 「あちらでお水でも…」

 階段のすぐ左手に手水舎があります。お清めついでに喉を潤しましょう。ふらふらと歩み寄る一橋さんの背中に手を添えて、私も一杯頂くことに。

 「小竜姫様って、何の神様なんですか?」

 「私は妙神山という霊山で、修行場の管理人をしています。霊能者相手に稽古をつけるお仕事ですね」

 喉も潤って、汗も引いて。
 三枝さんが戻るまでの手持ち無沙汰な時間は、私への質問タイムとなりました。質問したいのはこっちなんですけどねー…

 「霊能…? それって、あなたの後ろには死んだおばあちゃんが〜…とか言う人ですよね?」

 「私は武器を振るって戦うしか能の無い武神ですから、霊視は得意ではありません」

 親友に、余計なことまで見抜いては場を混乱させる、傍迷惑なスペシャリストはいますけど。

 「ゴーストスイーパー、という職業はご存知ですか?」

 「ゴースト…? 光恵ちゃん、スイーパーって掃除する人の事だよね?」

 「幽霊掃除屋なんて仕事、電話帳には載ってないと思うよ」

 平和そのものといった風情のこの町。GSのような殺伐とした職業は成り立たないのかも知れません。
 それに、ここへ至る道中、私は警戒がてらずっと霊視をしていたのですが…悪霊は愚か、浮遊霊の類すら見つけられませんでした。でも人の住む町である以上、強力な祝福を受けた土地でもない限り、霊というのは寄ってきてしまうもの。
 この来福神社にしても、そこまで神格の高いお社とは思えません。実際、拝殿やその奥の本殿から感じる霊力は微々たるものです。ご本尊が留守にしているのでは、と勘繰ってしまいます。
 霊のいない町…普通は不気味に思うところですが、学校からずっと感じている優しい空気のせいか、勘繰る気力を萎えさせます。

 「…私が稽古をつけた中には、日本でも有数のGSが大勢いるんですよ。美神令子さん、という名に聞き覚えはありませんか?」

 私の知る限りで、最も有名な人物の名を挙げてみました。彼女は業界の外でも有名人だった筈です。尤も、空間転移と同時に時間移動もしているようですから、今が彼女の生まれていない過去の可能性もあります。
 後で日付を確認しましょう…気付くのが遅すぎですね。反省…

 「みかみ…知らないですね。ゆりえのお父さんなら知ってるかな?」

 「うちのお父さんは駄目だと思うよ。自信満々でウソ吐くんだもん。お母さんしか騙せないけど」

 …まあ、こんなものでしょう。美神さんが幾ら有名とはいっても、それは大人の間の話であって、子供達の世界ではもっと大切な事が沢山ありますよね。
 …美神さん、子供ウケする性格でもなかったしなぁ…

 「あっ!」

 と、一橋さんが社務所の方を見て目を輝かせました。とたたた、と小走りにそちらへ向かいます。
 ああ、おみくじですか。一生懸命に御神籤箱を両手で振っています。ハンカチを巻いた左手は…怪我をしているのではない様子ですね。神様になるお呪いだったりして。
 手水舎の日陰から出ずに、私はお二人がおみくじの内容に一喜一憂する姿を眺めます。神族の私が引くのもおかしいでしょう?


 注連縄の巻かれた御神木の御前に奉納された絵馬を見ていると、三枝さんが勢い良くお家の玄関から飛び出してきました。その後ろから、巫女姿の小さな…こちらは一橋さんと違って、本当に年下のようです…おかっぱ頭の女の子が慌て気味についてきました。妹さんでしょうか。

 「妹のみこ。こっちは心の友と、その友。んでもってこちらは何と! 小竜姫様っていう正真正銘の神様よ!」

 一息に三枝さんは私達全員の紹介を済ませてしまいます。四条さんと一橋さんは、改めて名乗ってましたが。

 「三枝みこです。お姉ちゃんが、いつもお世話になっています。ええと、小竜姫様もようこそ来福神社へお越し下さいました。何も無いところですけど、ゆっくりしていって下さい」

 みこさんは礼儀正しく、お行儀良く私に接してきます。神様と聞いて多少は驚いたようですが、動じた風でもなく。お人形のように可愛らしい子です。

 「ね、何の神様だか分かる? ついでに小竜姫様も!」

 三枝さんに押し出された一橋さんとみこさんが、じーっと見つめ合います。
 …な、なんて微笑ましい光景でしょう。思わず自分が置かれている状況を忘れそうになりました。うう、パピリオは元気にしてるかな…
 みこさんは私にも上目遣いの視線をくれるのですが…なるほど、彼女は霊視が出来るのですね。

 「分かるの?」

 「この子、そういう力があるから」

 四条さんの不思議そうな問いに、三枝さんが答えます。

 …霊視が出来るということは、みこさんは霊能者です。三枝家が神社で、みこさんという霊能者が身近にいる環境だというのに、GSを知らない…?
 神社仏閣の責任者がGSを兼任するケースは、珍しくありません。そもそも、除霊やお祓いを先んじて行っていた場なのですから。
 全くオカルト業界と無縁でいられるとも、思えません。微妙に納得いきませんねー…? 親御さんなら知ってるかな?

 「…ごめんなさい。でも、お二人からすっごい力は感じます」

 みこさんは首を振って、そう謝りました。霊視の深度にもよりますが、他人の霊格を正確に読み取るのは難しい作業です。
 私の霊視でも一橋さんからは何も…って、ん?

 「…一橋さんからも力を感じるのですか? 三枝さん」

 「ああ小竜姫様? 私らのことは名前で呼んでちょうだい。知らない仲でもないんだしさ」

 「お昼休みに会ったばかりじゃない…」

 「祀でいいわよ、祀で。みこもいいでしょ?」

 「え、あ、うん。えと、小竜姫様から感じる力と、ゆりえさんから感じる力、どこか少し違うんです。でも、どっちも大きくて神々しいです」

 違う力…? まさか、魔力…なら私が気付かない理由にはなりません。ふむ…?

 「ねえ、八島様に聞けない? 同じ神様だし、きっといけるわ!」

 同じ神様って…あのう。
 三枝さん…祀さんは気安くそう言いますが。人間が神の声を聞く、というのはそんな安易な事ではありませんよ。紛れもない神事ですし、厳格な手順と儀式が必要です。神社の娘ならそのくらいは…

 「……今は駄目みたい」

 困ったように拝殿を振り返ったみこさんは、小さな声で言いました。当然です。
 どうやら祀さんは、神事部門のお仕事をみこさんに一任しているのですね。もっと実務的な部分の担当なのでしょう。
 祀さんからは、美神さんに通じるものをそこはかとなく感じます。

 「私も神族の端くれですから、もしも一橋さんに大きな霊力があるなら分かりそうなものですが…」

 「でも小竜姫様を呼んだのは、紛れも無くゆりえの力よ?」

 うーん…嘘を言っている風ではないんですよね、皆さん。心底から一橋ゆりえ=神様の図式を受け入れています。謎です。

 「あれ…? お姉ちゃん、小竜姫様のお姿見えてるんだね?」

 「へ? …そういえば不思議ね。八島様はもう見えないのに」

 有名な神族や魔族の場合、人間界にそのまま降りては混乱を招く恐れがあるので、姿を人に似せたり、透明にしたりと工夫をするものです。
 私は無名ですから、全く気にしません。精々が着物を今風にするくらい。
 八島様という方も、地元では有名なのでしょう。『もう見えない』という件が、若干引っかかりますが…祀さんも昔は霊力があったのかも。

 「小竜姫様、ほんとに神様? ただの角の生えた人間なんじゃないの?」

 ひどっ!?

 「祀ちゃん…そっちの方が怖いよう…」

 「そうよね。神様のゆりえや神社の子の三枝さんならともか…」

 「ま・つ・り。光恵も私は祀って呼んで。これから長い付き合いになるんだから」

 光恵さんの言葉を遮って、祀さん。てっきりお友達同士だと思っていたのに、今のやり取りだと知り合って間もない感じですね。まあ、この様子だとすぐに仲良しになれるでしょう。
 祀さんにそう言われた光恵さんの表情の綻びが、それを物語っています。

 「…じゃあ、祀で。ゆりえや祀ならともかく、普通の私にも小竜姫様は見えてるもんね。んー? そしたら、ゆりえもいずれ見えなくなるってこと?」

 「え、私見えなくなっちゃうの? 嫌だよそんなのっ」

 ぎゅっとまた左手のハンカチを握り締めて、ゆりえさんはお友達2人を交互に見回します。

 …ゆりえさんが人間なのか神族…神様なのかはさておき、彼女を表す肩書きで最もしっくりくるのは…『ただの中学生』、でしょうね。一番似合ってますし自然です。

 「自分が何の神様か分かんないうちは、きっと平気よ。もっと神格を高めて、ゆりえ神社が出来るくらいになったら認められるんじゃないの?」

 「そうなったら、来福神社は商売上がったりね」

 「あ、そっか…じゃあウチで八島様と二枚看板ね!」

 「いいのそれって…?」

 …やっぱり祀さんって……
 私と光恵さんの浮かべた表情が、期せずして揃いました。

 「よし、そしたら…イベントでもやってみようか? 八島様が頼りにならないなら、ね」

 いやいや。仮にも祀っておられる神様にそんな言い方は。ほら、みこさんも俯いてしまったじゃないですかもう…


 こうして。

 真冬の妙神山から、真夏の小さな町へと放り出された私、小竜姫は。

 学校の屋上で自称神様のゆりえさん、来福神社の巫女・祀さん、それにしっかり者の光恵さんという3人と出会いました。

 今はまだ、何も分からない状況ですけど、もしも。

 もしも、私を狙った事件に彼女達を巻き込んでしまったというのなら…

 今後、悪意ある者が私の周囲に現れるというのなら…

 我が名と我が剣、我が誇りにかけて、必ず彼女達を守ってみせます。


 ………………


 でもなんとなーく、そんな事にはならないような気も。この町にいる限り、争いとは無縁の生活が続きそうな予感もします。

 もしかしたら、本当に私は…自称神様だというゆりえさんに呼ばれたのかも知れませんね。


 小さな海沿いの町で、私の新しい生活が始まります。


 後書き

 よろず板には初投稿させて頂きます、竜の庵と申します。どうぞよろしくお願いします。
 先日観たかみちゅ! の雰囲気にやられ…GSとクロスで小説書けないかのうと思案した挙句、このような体裁を思いつきました。小竜姫視点のお話です。
 というか、クロス作品書かれてるSS作家さんは凄いな! 世界観擦り合わせるだけで一苦労ですよう…尊敬します。
 それと、かみちゅ世界はTVアニメ版です。コミックスは読んでません。時間軸もそっちに合わせて、GSキャラはゲスト的に散りばめて登場させようかと考えています。色んな形で。

 初クロスということで、ご意見ご感想をいただけると嬉しいです。手探り状態なもので…

 では次回。小竜姫様、価値観崩壊…「台風に接近。」でお会いしましょー。

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