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「よこしマホラ 第九話(GS×魔法先生ネギま)」

キウン (2007-02-01 20:15)
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「と、いうわけでネギ先生がなにやら修行しているらしいのじゃ」
「へー、そうっスか」

 麻帆良学園学園長室。
 修学旅行が終わってから、四日後、横島はそこへ呼びだされていた。
 麻帆良に帰ってからというもの、横島は毎日をグータラして過ごしていた。
 当初予定されていた報酬とはまた別に、エヴァンジェリンを京都に送って全て丸く収まりそうだった状況を引っかき回したことに対する慰謝料をも要求していた。
 事情を聞いた学園長はしらばっくれようとしたが、エヴァンジェリンを京都に送るために「エヴァンジェリンの京都行きは学業の一環である」と書かれた書類を五秒に一回押し続けなければならない、という苦行を行っていた。
 腰を痛めて立つこともできない学園長を、横島は足や手で揺さぶって脅し、まんまとせしめたというわけである。

「その……なんじゃね、君も修行とかはせんのか?」
「なんで俺がんなメンドーなこと。努力とか、頑張るとか、そういうのは俺の嫌いな言葉ッスよ」
「しかし、君は毎日毎日ゴロゴロしているか、ナンパしているかどっちかではないか。
 君が元の世界に戻るのだって、君があの文珠というものを使いこなせばならんのじゃろ?」

 横島は、んー、と唸って、考えた。
 お金に困らず、衣食住が完全に保証されているため、自堕落な生活に浸り、ずっとここが異世界だということを忘れていたのだ。
 美神などの幾多の美女がいる自分の世界を思い出す。

「誰かさんが京都に送ったクソ幼女のおかげでなんかよくわからないけどパワーアップはしたんだよな」

 横島は右の手のひらを開くと、四個の普通の文珠と一個の二文字用の特殊な文珠が現れた。
 日産一個ペースが、二日三個出して余裕になっている。
 霊力を集中して、全開とまではいかないが煩悩をブーストしたら、二文字用の特殊な文珠も作り出せるようになっていた。
 とはいえ、それを作り出したら、卒倒してしまった。
 誰も起こしてくれるものがいなかったために丸一日意識を失ったままだった。
 起きたら起きたで全身の筋肉が攣ったような痛みに襲われた。
 あまりの痛みに半日全く動けず、その後二日間痛みは抜けることはなかった。
 一部のチャクラが枯渇状態になったためと横島は推測した。
 美神が一度小竜姫から借りた神族の装備を使いすぎて、全身筋肉痛にさいなまれていたことを思い出したのだ。
 それと少し似たようなものであろうと思っていた。
 一日意識を失い、二日間筋肉痛になるという犠牲を払わなければ作り出せないために、横島はしばらくは作りたいとは思えなかった。

 それに、特殊な文珠は何回かの使用に耐えうるために、一個だけで十分と判断もした。

 横島は二文字用の文珠を手に取ると、ちらっと『腰』『痛』という文字を入れて学園長を牽制してみた。
 学園長は、腰が痛くて動けないところを横島に脅され、揺さぶられて地獄を見ている。
 『腰痛』という文字には特に敏感に反応し、身をすくめた。

「ま、まあ、とにかくじゃな。ネギ先生も修学旅行で色々と思うところもあったみたいじゃし。
 様子を見てきてくれんかの? ネギ先生は君のことを慕っているみたいじゃからの」
「いやー、あいつは俺よりしっかりしてるッスよ」
「しっかりしていても、まだ十歳じゃし。そばに頼れる人がいた方がええ」

 そんなもんかなー、と思い、横島は自分の十歳だったときのことを思い出した。
 子どもらしく全身全霊を使って遊びまくって、勉強は大の嫌いだった。
 自活能力なぞ皆無であり、将来や自分のことなど何も考えず、遊んで暮らしていた。
 親がそのときにおらず、世間に放り出されていたら、きっと耐えきれなかったことが予想される。

「じゃ、ま。ちょっと顔見せる程度で様子見てきます」
「そうじゃな。ネギ先生は夕方、世界樹の近くで修行しているみたいじゃから」


 そんなやりとりがあった後、早速横島は世界樹の付近へとやってきた。
 学園長の言うとおり、ネギは褐色の肌とクリーム色の髪が特徴の女の子――古菲と、組み手をしていた。
 その組み手を、アスナと刹那と木乃香が見ている。

「よう、久しぶり」

 横島は気楽に近寄って声を掛けた。
 刹那と古菲は少し離れていたときから横島の存在に気が付いていたが、それ以外は声を掛けられたと同時に横島の方に顔を向けた。
 この場に現れるのは、意外な人物だったのか、アスナも刹那も木乃香も驚きの表情を浮かべた。

「横島さん! どうしたんですか? 何かあったんですか?」
「いや、ネギが修行だかなんだかをしてるって聞いてな。暇だったから、ちょっと顔を見せようかな、と思って。
 で、ネギは何の修行してんの?」
「中国拳法です」

 中国拳法ねえ、と横島は呟いた。
 ネギは声を掛けられたときに一瞬振り向いたが、すぐに古菲によそ見をするなと咎められ、真剣に古菲と組み手をしていた。
 特に何の感慨もわかず、十歳なのによくやるよなー、と横島はそんなネギをぼうっと見ている。

「この前はおおきに。せっちゃんとアスナに聞きました。ウチのこと影ながら守ってくれはったそーで」

 木乃香が横島に声を掛けた。
 横島はネギの修行風景から目を逸らし、木乃香を見る。

「ん、まーな、仕事だったし。お嬢ちゃん、かわいーしな。俺は基本的に美女や美少女の味方なのだ」
「やーん、かわえーなんて、口が上手いんやからぁ」
「そんなことはないぞ。俺が今まで見てきた子の中でもかなりかわいい。
 ああ、数年後が実に楽しみでしょうがな……」

 横島は首に冷たいものを感じて、口を止めた。
 ちらりと後ろを見ると、そこには夕凪を抜きはなち、横島の首筋に冷たい刀身を押し当てている刹那がいた。
 刺すような殺気をびんびん感じて、恐る恐る横島は聞いた。

「あ、あの……刹那ちゃん? これは、一体、どーゆーことなんでしょうか?」
「お嬢様に手を出したら、私が許しませんよ」
「う……うわははははははは! じょ、ジョーダンに決まってるじゃないか!」
「……ならいいのですが」

 刹那は夕凪をそろそろと横島から離し、鞘に入れた。
 横島はゆっくり、刹那から後退って逃げる。

 これまった全く動じていない木乃香が、刹那に向かって、またお嬢様って言う〜、などとにこやかに言った。
 刹那はさきほどとは打ってかわって、顔を赤らめ、もじもじしながら木乃香に頭を下げた。

 その様子を見て、横島はアスナに耳打ちした。

「な、なあなあ、アスナちゃん。刹那ちゃんってあんなキャラだったっけ?
 もうちょっと落ち着いているような感じだと思ったんだが……」
「横島さんが熱で寝込んでいたときに、二人は仲良くなったのよ」

 アスナはさらりと言って、二人の掛け合いを見た。
 横島も釈然としなかったものの、追求するのは止めた。
 アスナとは違って、横島はネギの方を見た。

 ちょうど古菲がネギの足を後ろから払って、転ばせているところだった。
 ネギは尻餅をついて、痛そうな顔をしながらゆっくり立ち上がる。
 そこで、ようやく古菲が小休止を入れた。

 古菲は横島の方を見ると、興味深げに近寄った。

「アイヤー、この前の変な生き物アル」
「しっ、失礼な! 誰が変な生き物か! どっからどう見ても素敵なお兄さんだろ!?」
「エクソシストに出てきそーな奇怪な動きをするやつは素敵なお兄さんじゃないアルヨ」

 その場にいた木乃香以外がうんうん、と頷いた。
 刹那もアスナも、そしてネギでさえも古菲の言葉を否定できなかった。

「チクショーッ! なんでいきなりこんな悪し様に言われなあかんのやー!」
「ま、まあまあ、横島さん、落ち着いて」

 ショックを受けて肩を落とす横島を、アスナが肩を叩いて慰めた。

「そういえば、今まで横島さんは何をしていたんですか?
 学園長から雇われているというのは聞いていましたが、どこに住んでいるんです?」

 刹那が話題を変えるために聞いた。
 刹那も学園長から依頼されて仕事をすることがある。
 横島から見れば立場上先輩となるわけだが、所在地がどこだか聞いていなかったのだ。

「俺は麻帆良の教員寮の一室借りてそこに住んでる。
 何をしていたって言われても、今日まで何もしてなかったな。
 学校もないし、仕事も回されてなかったから、朝起きて夜寝る生活だったよ。たまに街に出たりもしたけど」
「あら? おにーさん、先生だったんか〜」
「ああ、いや、先生なんかじゃねーよ。どう見ても若いじゃんか」

 横島は言ったが、すぐ近くに横島よりも更に若い子どもが教師をやっているため、説得力はなかった。
 そこへ、その子どもがふとあることを思い出して、横島に聞いた。

「あ、そういえば、横島お兄ちゃんって異世界から来たっていうのは本当なんですか?」

 ネギはアスナからそういう話を聞いていた。
 にわかに信じがたいことで、アスナが言ったことでも、信じ切れずに横島に直接聞いてみたのだ。
 横島はネギが何故そのことを知っているのか疑問に思ったが、すぐ横のアスナの顔を見て、納得して言った。

「アスナちゃんから聞いたのか……まあ、そーゆーことになってるかな」

 横島はふと気が付いた。
 第三者がもし今自分が言っていることを聞いていたら、どんな風に自分の姿が映っているのか。
 同じことを他人が言っていたら、自分はどう反応するのか。

 嫌な予感が色々としたが、今更気が付いても遅かった。

「お、おい、一応言っておくけど頭が変になった人じゃないからな、俺は!」
「わかってますよ。
 その……横島お兄ちゃんのことは信頼してますから。
 でも、なんでこの世界に来たんですか? 何か目的があるんですか?」

 疑わしくても、横島本人が認めたならばネギはそれを信じた。
 以前よりネギは薄々横島は奇妙な雰囲気を持つ人物だな、と思っていたのだ。
 ただ奇行を演じている、ということだけではなく、なんとなくこの世界から浮いているようなものに見えたのだ。

 木乃香はまだ裏の世界についてほとんど無知といってもいいくらいなので、何が出来て何が出来ないのがわからない。
 それ故に、異世界から来た人、というのも普通にいるものなのか、と思っていた。
 一方、古菲はそもそも理解できていなかった。

「目的なんてない。出来れば俺だって来たくなかったさ。
 いつも通り部屋で寝て、朝起きたらこっちに来てたからなー。
 どうやって来たのか、どうして来たのかは、俺にもさっぱりわからん」
「じゃ、じゃあ、帰れないんですか?」
「さあなあ。文珠を使えば帰れるかも知れないが……今の俺じゃ力不足なんだ。
 異世界を越える、となると、一個や二個程度の文珠じゃどうにもならんし。
 時間移動にも十六個必要なんだぜ」

 時間移動、という単語にネギは強く反応した。
 まだこの世界で時間移動というものは、魔法でもってして不可能な芸当なのだ。
 今から百年後になってようやくとある天才が、ようやく航時機というものは創り上げる。

「じっ、時間移動もできるんですか!? スゴイ!」
「ん、まあな……ってあれ? 文珠で時間移動なんてしたことないのに、なんで俺知ってるんだろ?」

 勝手に口から出た言葉に困惑する横島。
 顎に手を当てて、どこからそういう発想が出てきたのかを思い出そうとする。

 実際、十六文字を同時に発動させれば時間移動は可能だった。
 かつて未来の横島が、歴史を変えるために時間移動してきたことがある。
 そのときのことは、自分と横島が結婚しているという事実を隠すために美神が、自分と横島に『忘』の文珠を使って記憶を抹消してしまった。
 今横島の口から不意にそのときの話が出てしまったのは、消し去った記憶が潜在的な部分に残っていたためである。

 ふと横島は周囲の人からジト目で見られていた。
 やったこともないのに出来る、という言動が不審に見えていたのだ。

「あっ、いや、出来ることは出来るぞ! 十六個の文珠を同時に使えばな。
 ただ同時に使うのにはちょっとした修練が必要で、俺はまだ……せいぜい同時に三個がいいとこなんだが」

 あはは、と笑ってごまかしている横島。
 実は今の横島では修学旅行四日目の出来事でパワーアップしたせいか四個までの制御が可能になっているのだが、試していないためにそれを知らなかった。

「文珠て何アルか?」

 そこへ古菲が口を挟んだ。
 古菲も魔法がこの世界に存在していることを知っている。
 修学旅行五日目に横島と古菲は顔合わせしているために、横島は古菲がいるところでも平然と魔法の話をしていた。
 ただ、横島の持つ能力のことはまだ知らなかった。

「文珠っていうのはな……ほれ、これだ」

 横島が右手の手のひらを上にして広げると、微かに光り出し、その少し上にビー玉より一回り大きい珠が浮遊しはじめた。
 一つだけ他の物より大きく形状も違うものが一つと、普通のものが四つ。

「おおぅ、すごいアル!」
「ふふ、そうだろ?」
「すごい手品アルネ」
「ちがわい! 手品なんかじゃないわい!」

 古菲と横島の掛け合いを横目に、刹那とアスナは浮かぶ特殊な文珠に目を見張った。

「これって、他のと違いますけど、何ですか?」
「ああ、これね。これは一つに二文字篭められる強力な奴。
 しかも、一回使っても消えずに何回か使える文珠……そうだな『スーパー文珠』とでも名付けようか」
「は、はあ……」

 横島の微妙なネーミングセンスにアスナは苦笑を浮かべて答えた。

 そこへ木乃香がひょいと顔を出して、横島の手の上に浮く文珠を覗き込む。
 木乃香はサウザンドマスターをしのぐほどの魔力を持って生まれたのにもかかわらず、魔法を知ったのはつい最近のこと。
 裏の世界のことを全くと言っていいほど知らない。
 ある意味、真っ白な状態といえる木乃香は、興味に突き動かされて、珠のことを聞いた。

「それ、何なん? ビー玉?」
「文珠、っていう名前の、まあ、マジックアイテムのようなもんさ、お嬢ちゃん」

 マジックアイテム、という言葉に木乃香は目を輝かせた。
 占い研究会所属の彼女は、そういったグッズには目がない。

「どう使うのん?」
「漢字一文字を念じて入れると、篭めた文字に応じた効果が現れる。一回使ったら無くなる」
「へぇー」

 木乃香は、へぇー、ほぉー、と仕切りに声をあげながら文珠を眺めていた。
 上から右から左から、正面から見回し、時折ちらちら横島の顔を伺っている。

「……あー、欲しいのか?」
「え? もらえるんですか?」

 横島は苦笑しながら、一個文珠を取った。
 が、木乃香に手渡す前にふと躊躇った。

「いいか、お嬢ちゃん。俺はお嬢ちゃんを信頼してこれをあげるんだからな。
 しないと思うが犯罪行為には使ってくれるなよ。
 変な文字篭めたりするのもダメだ。何が起こるのか分からないからな」
「大丈夫ですよ〜。ウチ、ずっと使わずとっておきますから」

 木乃香の言葉を聞いて、横島は手に取った文珠を再び戻した。
 そのまま右手を閉じると、文珠は消えた。

「悪いな、使わないんなら渡せない。
 二日に三個ペースで作れるとはいえ、戦闘時では一片に使っちゃうこともあるし。
 俺が文珠を渡してお嬢ちゃんの身を守れるっつーならいいんだけど、観賞用にとっておかれてもなー」
「ほか〜、残念やな〜……」

 木乃香は人指さしを口元にあてて、残念がった。
 横島の言い分はもっともだし、グッズコレクターとはいえ、他人に無理矢理せびるようなことはしない。
 断片ながら、木乃香は裏の世界の『非日常』を垣間見た。
 生きるか死ぬか、という場面に直面したときに、文珠は生き抜くためのツールであり、決して観賞用のものではない、ということに気が付いて、木乃香は少し後悔した。

 とはいえ、観賞用にはしないものの、結構横島は私事において遊ぶような使い方をしたこともあるのだが、それは今の木乃香には知るよしもないことである。

 木乃香が後ろ髪引かれる思いをしつつも諦めると、ネギが横島に話しかけてきた。

「あ、そ、そうだ、横島お兄ちゃん!」
「ん? なんだ、ネギ」
「僕を……弟子にしてください!」

 ネギはまっすぐ横島を見て言った。
 修学旅行のときに、白髪の少年と戦い、それに打ち勝ったとはいえ、かなりの実力差を味わった。
 行方不明の父親を見つけるためにも、ネギは力を必要としていた。
 そのために古菲に弟子入りし、エヴァンジェリンにも師事をしようとしている。
 少しでも多くの力を欲している少年は、横島にも頭を下げた。

「あのなあ、人を見てそーゆーことは言えよ。霊能力はあるとはいえ、俺はふつーの一般人と大差ないぞ」

 アスナと刹那は、それはない、と思った。
 奇行を繰り返し、契約執行したアスナのハマノツルギの直撃を受けて、数秒後に何事もなくケロっと復活するような手合いは一般人とは言わない。

 そんな二人の冷たい視線に気づきもしないで、横島はネギの相手をした。

「で、でも、あの、小太郎君との戦いの時は……」
「まあ、あんときは俺とアスナちゃんで二対一だったからなー。
 俺のやってたことは、棒を振り回してただけのよーなもんだ。
 剣術は、まあ、人狼の里でシロとちょっとやったけど、俺には才能がないことを悟って、すぐやめちゃったし。
 中国拳法なんてのも使えないしな、俺」

 しゅーん、と落ち込むネギ。
 よくよく考えてみれば、横島は魔法とは別系統の力である霊能力を使い、剣術やら格闘術に秀でているようではなかった。
 ただひたすら、反射神経と体力と回復力が人間離れした領域であるが、それは体質的なものであって、技能ではない。
 ひょっとしたら、何か教えてくれるんじゃないか、とそういった考えでもってネギは聞いたのだが、何もない、と言われてほんの少しがっかりしていた。

 横島はそんなネギを見て、気の毒に思った。
 一方的なネギの勘違いとはいえ、十歳の子どもが落ち込んでいるのを見て、気分が良くなるはずはない。
 ふと、横島は一つのことを思いついた。

「俺から何か教えるよーなことは出来んが、手助けすることは多分できるぞ」
「え?」

 横島は右手を開いて、再び文珠を出現させた。
 横島命名『スーパー文珠』を取り、文字を篭めて、ネギに渡した。

「これは……?」

 中に入っている文字は『上』『達』
 言わずもがな『技芸や学術が進んで上手くなること』という意味である。

「そこの子に中国拳法を教わっている間に身につけておけば、スーパー文珠の効果で、より早く物に出来るぞ。
 こういう文字篭めて使ったことないからわからないけど、多分、そーゆー効果があると思う。
 あ、一応言っておくけど、それはやったんじゃないぞ、修行が終わったら返して貰うからな」

 ネギは手渡されたスーパー文珠を見た。
 しばらく、それを眺めて、ふと気が付いて、スーパー文珠を握りしめた。
 深く頭を下げて、ネギは横島に礼をした。

「ありがとうございます!」
「そんな大したことじゃねーよ。
 それより、お前のお姉さんには、俺のことをかっこよくて頼りがいがある素敵なお兄さんだと伝えておけよ。
 あと、もしこっちに来るようだったら、絶対に俺に紹介するんだからな!」

 だぁぁ、とアスナは転んだ。
 横島らしからぬ過ぎた好意に、ほんの少し見直していたのに、最後の最後で下心を丸出しにし、台無しにしてしまったのだ。
 いまいちどういうことなのかわかっていないネギを置いて、アスナは横島の耳を掴んで引っ張った。

「いてて……な、何すんだ、アスナちゃん!」
「あなたという人はどーしてこー、毎回毎回やっぱりいい人なんだと思わせておきながら、オチを付けるんですか!」
「な、何のことだ、アスナちゃん。俺は別にオチなぞ付けてないし、付けようとも思ってない」
「天然ならなお悪いですッ!」

 アスナが横島を引っ張り、胸ぐらを掴んで詰問しはじめるのを尻目に、ネギは古菲と再び組み手をし始めた。
 ネギのポケットに入っているスーパー文珠が淡い光を放っている。
 ネギも古菲も、十分ほどでスーパー文珠の効力を身をもって知ることになった。

「す、すごい。型が頭の中に直接入ってくるような……」
「アイヤー……」

 ネギは元々天才と呼ばれるに値する才能を持っていた。
 素の状態でも、普通ならば一ヶ月かけないと覚えられない型を三時間で物にしたりしてしまう。
 十歳でオックスフォード大学を出るほどの学力を持ち、中学教師を務められているほどなのだ。

 その上で『上』『達』のスーパー文珠を使っているのだから、もはや反則気味だった。
 ネギも古菲も半ば呆れながら組み手を続けている。

 アスナも刹那を師にして、剣術の稽古を始めた。

「みんな頑張ってるなー」
「なー」

 ぽつんと残った木乃香と横島。
 地面に座って、四人がそれぞれ修行をしているのを見ているだけ。
 木乃香はネギ達とアスナ達に視線を何度か往復させていた。

 何気なしに横島に声を掛けた。

「お兄さんは、なんかしぃへんの?」
「俺? 俺はなー……修行なんてめんどいことはしたくないなー」
「でもさっき異世界がどーとか言っとらんかった? 帰るには十六文字だとか……」
「まあ、確かにそーなんだが……霊力の修行って、正直俺にもどうやればいいのか、さっぱりで」

 横島は後頭部を軽く掻いて言った。

「そーいった方向の知識はからっきしだからなあ。
 妙神山はこっちの世界にはないし……定期的に力を使ってれば……」

 不意に自分が言った妙神山という単語に反応した。
 今までずっと記憶の片隅に置かれていたものが、脳裏によぎったのだ。

 横島は思わず大声を上げていた。

「あ……あーッ! わ、忘れてた……お嬢ちゃん、ここらへんに公衆電話ある場所しらんか?」
「携帯なら、ウチ持っとるけど?」
「悪い、ほんのちょっとだけ貸してくれ」
「ほい」

 横島は木乃香から携帯を頭を下げてから、受け取ると口で覚えている番号を呟きながらボタンをプッシュした。
 繋がるかどうかは一種の賭けであり、もし繋がったら元の世界へと戻る糸口になるかもしれなかった。
 緊張に手に汗握りながら、コール音を聞く横島。

『はいもしもし、こちら妙神山です』
「あ、小竜姫様! 俺ッス! 横島ッス! やった、繋がった!」

 携帯の向こうから、女性の声が聞こえてくる。
 木乃香も耳をこっそりと傾けて、会話の内容を聞き取ろうとした。

『横島さん!? 今どこにいるんですか? 美神さん達が突然いなくなった、って大騒ぎしていましたよ』
「あああ〜、助かった……それがもう、すごく大変なことになってまして……」
『とにかく、今から担当官をそちらに送りますので、受話器から顔を離して待っていてください』
「え? ああ、はい……送る?」

 横島は言われるがままに手に持っていた携帯から少し顔を離した。
 すると、それと同時に携帯の耳に当てる部分の穴から、にゅるりと何かが出てきた。

「う、うわーッ! なんじゃこりゃあ!?」
「ウチの携帯が〜」

 ところてんのように仕切りを押し出される、何か。
 すごい勢いで、その何かはだばだばと地面に溜まっていく。
 やがて出尽くしたのか、携帯から出てくる量は減り、最後には放出は止まった。

 ただ、出てきて地面に溜まった『何か』はうねうねと動きだし、変形していった。

「なんなん!? これ〜、気持ちわる〜」
『気持ち悪いなんて失礼ね』

 粘性のある液体のように波打つ何かは、声を発した。
 今も尚変形を続けているが、段々と洗練されてきて、それが人型を取ろうとしているのが見て取れた。

 横島はその何かが放つ声を聞いたことがあった。

「まさか……」

 何かが変形を終えた。
 そこには一人の女性が……しかしそれは人間ではない。
 額に縦長の目玉がついており、手には大きなカバンを持つ、神族だった。
 両手の甲にも目玉があり、その他にも体の各部位に目玉がある上、目玉のネックレスをつけているという、目玉づくしの神族である。
 体に百の感覚器官を持ち、色んなことを見通すことが出来る神族である。
 彼女曰く『私ってば好奇心の塊なのよねー』とのこと。

「ひゃ、ヒャクメ様じゃないか! なんでここに!?」
「お久しぶりね、横島さん。
 ちょっと待っててね、体は転送し終わったけど、まだ私の感覚器官の能力は送信中だから。
 じゃ、横島さんは理解してるだろうけど、一応規則なんで簡単な説明をさせてもらいます。
 この回線は以前の神・魔・下界を巻き込んだ事件を教訓にし、下界との情報のやりとりをより円滑にしようという方針において、神族魔族両陣営の協力のもとに開かれたチャンネルです。
 主な目的は、人界においてハルマゲドンに発展しそうな事件が起きたとき、まず調査官を派遣し、事態を把握し、必要に応じて神族正規軍、魔族正規軍の特殊部隊にスクランブル要請するための……。
 って、あああーッ! か、回線が切断されちゃったーッ!」

 電話の中からやってきた神族――ヒャクメは、説明の途中に慌て始めた。

「なんで!? なんで!? 切れるなんてありえないわ!?
 まだ感覚器官の受信状況は24パーセントなのよ、このままじゃ私はヒャクメじゃなくてニジュウヨンメになっちゃう!
 横島さん、もう一回妙神山に電話して。
 一応ツールはこっちにあるから、途中からの送信で間に合うから」
「え? あ、ああ。すまんなお嬢ちゃん、もう一回電話借りるぞ……」

 ヒャクメ――ニジュウヨンメに言われるがままに、横島はもう一度木乃香の携帯を借りて、妙神山にかけた。
 木乃香は携帯電話から気味の悪いものが出てきたかと思うと、次の瞬間三つ目の女性に変化するという事態についていけず、呆然としていた。
 ネギ達も気付いて、何事か、と遠巻きに事態を見守っていた。

『この電話番号は、現在使われておりません』

 横島は固まった。
 ニジュウヨンメは横島の反応を見て、嫌な予感がしたのか、横島の手から携帯をもぎ取って耳に当てた。
 そこで聞こえるメッセージの意味を理解すると、慌てて一度電源を切り、再び番号を押し、通話ボタンに指を当てた。

『……もしもし、妙神山です。横島さんですか? 突然何らかの原因で回線が切断されたみたいですけど』
「小竜姫、私よ! よかったぁ……もう一回送信お願いね」
『ヒャク……いや、ニジュウヨンメですね。では、こちらのナナジュウロクメに指示を送ります』

 ニジュウヨンメは胸をなで下ろした。
 本来はヒャクメのはずが、ニジュウヨンメという中途半端な状態で放置される可能性があったのだ。

「……現在、受信状況36パーセント……あ……回線がまた切断されちゃった……」

 一度電話を切り、再び電話を掛けるニジュウヨンメ改めサンジュウロクメ。

『この電話番号は、現在使われておりません』

 受話器から聞こえるメッセージを聞き、顔色が一瞬にして青ざめた。
 心臓が高鳴り、最悪な結末を思い浮かべながら、もう一度、慎重に一つ一つ番号を確かめて、通話ボタンを押した。

『この電話番号は、現在使われておりません』

 サンジュウロクメは凍った。
 そのまま一分間、全く動かず、呼吸すら止めていた。

 ようやく復活すると、携帯電話を木乃香におもむろに渡し、同じく固まっている横島の胸ぐらにつかみかかった。

「こ、これは一体どーゆーことなんです、横島さん!
 なんであの回線が切れちゃうんですか!
 この回線は、通常回線ではなくて、その人の『縁』や『絆』で出来ているんですよ!?
 アシュタロスの妨害霊波でも切断されないように計算されて術式が組まれてるのに、なんで切れちゃうんですか!
 ていうか、ここは一体どこなんですか!?
 横島さん、忽然と姿を消しちゃって。
 怒り狂った美神さんに私が無理矢理霊視させられて、世界中探したのに見つからなくて。
 美神さんどころか小竜姫にまで役立たずとか言われるし。
 そんでもって、こんなとこにいるんですか!?
 こんな日本の平和そうなところにいるんですか?
 ミリ単位で日本中無理矢理霊視させられたんですよ、私!
 それでも見つからなかったのに、なんで日本にいるんですか!
 私、今ヒャクメじゃなくてサンジュウロクメだし、どーしてくれるんですか!」
「おおおおお、落ち着いて、ヒャクメ様!」
「今はヒャクメじゃなくてサンジュウロクメですッ!」
「わ、わかった……わかったから、サンジュウロクメ様……落ち着いて……」

 胸ぐらをつかみ、ぶんぶん振り回すサンジュウロクメを、横島は必死に宥めた。
 サンジュウロクメも少し冷静さを取り戻してくると、横島から手を離し、ゆっくりと息を整える。
 ネギ達は、横島とサンジュウロクメの間にある独特な空気によって近づけない。
 話に参加したら余計に話がこじれるだけだ、と理解して、一歩離れたところから事の顛末を伺うことにした。

 横島はサンジュウロクメの肩に手を置き、落ち着いたことを確認するとゆっくりとした口調で話しかけた。

「ここは、俺たちがいた世界とは違う世界だ」
「……ッ!?」
「詳しく説明するには、ちょっとお前が目立ちすぎるから、文珠を使うぞ。ほれ、これで頭を隠せ」

 横島はサンジュウロクメに『伝』の文字が篭められた文珠を手渡し、Gジャンを被せた。
 何故頭を隠さなければならないのか、サンジュウロクメには理解できなかったが、言われるがままそれを頭にかけた。
 文珠の効果によって、横島の記憶がサンジュウロクメの頭の中に流れ込んでいく。

 その横で、ようやく声を掛けるタイミングを見いだすことが出来たネギ達が横島に近寄り、代表してネギが耳打ちした。

「だ、誰なんですか、あの不思議な女性は」
「あいつは俺の世界の神族で、ヒャクメって奴だ。今はサンジュウロクメらしいが」
「……シンゾクって何ですか?」

 聞き慣れぬ単語にネギは聞き返した。

「神様ってことだよ」
「か、かみさ? 神様!?」
「落ち着け、ネギ。俺の世界とこっちの世界は大きく違うんだ。
 こっちの世界でいう、人間に好意的な妖怪のようなもんだと思えばいい」
「そ、そーなんですか……」

 ネギは改めてサンジュウロクメを見た。
 色んな目からしくしく涙を流しながら、文珠のエフェクト光に包まれている。
 確かにネギの持つ神様像から、著しく外れていた。
 神様といっても、全く違うものと考えることにさしたる抵抗はなかった。

「まあ、俺もこっちの世界に来てから、まだそれほど経ってないから把握してないけどな。
 俺の世界の方が魔族や神族っていうのは軽い存在みたいだ。
 力のある魔族が暴れて世界が滅びそうになったりしてたけど、逆に存在自体が冗談みたいなモノもいるし」

 簡単な説明をしているうちに、文珠の効果が終わった。
 サンジュウロクメはつかつかと横島に詰め寄って言った。

「異世界なんて……冗談じゃないのね〜。
 ああっ、なんで横島さんと関わるとろくなことにならないんでしょう。
 平安京に行って帰れなくなったり、飛行している巨大兵鬼から落とされたり……ついには異世界に来ちゃうだなんて……」
「平安京はそっちが俺を巻きこんだんだろーが! さらっと俺のせいにすんなよ」

 泣き言を言いながら膝を突いて手を組むヒャクメに、横島はツッコミをいれた。
 しかし、ヒャクメはそれを無視して、めそめそと泣き始めた。

「あああ、おウチに帰りたい……帰れるのかしら?」

 横島でさえ少しあきれた表情を浮かべたが、不意に思い出してヒャクメに言った。

「そーだ、俺よりお前の方が詳しそうだから聞くけど、文珠を使ったら向こうに帰れる、か?」
「文珠?」

 ぴくりとヒャクメが反応した。
 まじまじと横島の顔を見て、次の瞬間、ぽんと手を叩いた。

「そうだわ! 文珠があったわ!
 文珠なら、大量に必要になるだろうけど、次元を越える穴を穿つことも可能だわ!
 横島さん、すごい! よくそんなこと思いつけたわね、天才じゃないかしら!?」
「い、いや、天才どうこう言う前に、気付いてなかったのか、お前」
「ちょっと待っててね、今、必要な文珠の数を計算してみるから……」

 さっきまでめそめそと泣いていたヒャクメは急に元気を取り戻した。
 持っていた大きなカバンを開き、中にあったノートパソコンを取り出して、ぱちぱちキーボードを叩き始める。

 そこへ、二人の女の子が走り寄ってきた。
 両方ともネギのクラスの子であり、大きな重箱を運んできている。
 ネギが古菲に中国拳法を習っているということを聞きつけ、応援しに来たのだ。
 手に持つ重箱は、中にはびっしりと手作りのおせち料理が詰まっている。

「やべっ! じゃっ、ネギ、俺はこいつ連れて退散するから、修行頑張れよ!」
「あ、ちょっと、何するんですか、今ちょっと計算中で……」

 向かってきている女の子二人は一般人だった。
 もし横島が見つかっても学園の関係者で、ネギの知り合いと言ってごまかせばいい。
 しかし、ヒャクメは無理だった。
 平日の真っ昼間から、ヒャクメの姿は奇異過ぎる。
 体の色んなところに目がある人間なんて、普通の人なら見たことがないのだから。

 横島はヒャクメを脇に抱えて、垣根の影に飛び込んだ。

「ん? ネギ君、今の人誰?」

 かけ寄ってきた女の子が、ネギに聞いた。
 ネギは引きつった笑みを浮かべて、学園関係者で知り合いとごまかした。
 あの、体の色んなところに目があるヒャクメを見られていないか、と肝を冷やしたが、女の子はふーんと言っただけの反応だった。
 女の子はそれよりも、ネギと一緒に楽しく過ごすことを優先し、持ってきたビニールシートを引いて、手作りのお弁当を勧めた。


 なごやかに女の子達がお弁当を広げているとき、垣根の裏ではヒャクメが横島に抗議していた。

「ちょ、ちょっと、こんなところに引きずりこんでどうするつもりなんですかっ。
 もしや私を押し倒してあんなことやこんなことをッ……だ、ダメ、横島さん、まだ心の準備が……」

 地面に仰向けに倒れたヒャクメは、横島に抵抗しようと軽く手を突き出した。
 そんなヒャクメを放っておいて、横島は木の陰からネギ達の様子を観察していた。
 なんとか、バレてはいなかったようで、特に目立った動きはない。

 しばらくすると刹那がこちらに向かって軽く手を振った。
 大丈夫、という合図と取り、横島はホッと一息ついて振り返ってヒャクメを見た。
 ヒャクメが「いや、だめ、小鳥が見てる……」とぶつぶつ呟いていたので、横島は軽く顔をはたいて正気に戻した。

「アホッ! 一般人が来てたんだよ! 見つかったらやばいだろ」
「一般人? なんでですか? 別に見られるくらい……」

 横島は間の抜けたヒャクメの返答に深く溜息をついた。
 『伝』の文珠で、必要とおぼしき記憶をいれたつもりだったが、それもいまいち信用できなくなってきた。
 辺りに気配がない今、必要最低限の情報がヒャクメに伝わっているか、確かめることにした。

「ああッ、私、横島さんにあきれられてる!? そんな……」
「文珠で『伝』えた情報ってのはどのくらいだ?」
「えっと……確か、ここが異世界だっていうことを変な頭のおじいさんに言われてるとこと……。
 横島さんが見知らぬ女性とキスしてたとこの映像が頭の中に流れ込んできましたけど」
「……」

 思い出したくない記憶を伝えてしまったことに横島は少し頭痛を覚えた。
 しかし、すぐに復活して、ヒャクメに説明し始めた。

「いいか、こっちの世界じゃ、魔法や霊能力なんかの存在が秘匿されているんだ。
 妖怪とか悪霊とかは、実際にいると知っている人は極一部。
 もし大多数の人にその存在をバラしちゃったら、オコジョにされちまうんだよ」
「そーなの!?」
「俺はただ霊能力を隠せばいいけど、お前の場合は姿見られた時点でアウトだな。
 小竜姫様が来てくれればなんとかなったんだろうけど……なんでよりにもよってこんな出オチキャラなんか……」
「で、出オチキャラって酷ッ!」

 横島はそのとき人の気配を感じ取った。
 まだ数十メートル離れた地点にいるが、向けられた殺気を察知することは横島の得意なことの一つだ。
 主に、覗きをしているときに、その感覚は磨かれている。

「いいか、変に抵抗するなよ。お前の姿はおせじにいっても妖怪変化だからな。
 俺が説得するから、変に動いて話をややこしくしたりしないように」
「え? 何なの?」
「魔法先生か魔法生徒が来た」

 ヒャクメは聞き慣れない、というか、何となく間抜けなフレーズの言葉に目を丸くした。
 横島はヒャクメの背中を押して、地面に仰向けに寝かせ、頭を下げさせる。
 しばらくすると、垣根の向こう側に黒い肌の男が現れた。
 その男は横島と面識のある人物だった。

 垣根の側まできた男は、自分が見つけようとしたものの前に横島がいることに気が付いた。

「……君は」
「ああっ、どーも、ええっと、確か……ガ、ガ……」
「ガンドルフィーニだ」
「そうそう、ガンダムボーイさんだ」
「ガンドルフィーニだ」

 ガンドルフィーニは以前に横島と出会ったことがあり、彼の特殊な事情を知っている魔法先生だった。
 名前を変な風に覚えられていることを、少し不満に思ったが、顔に出したりはしない。

 それよりも、何故横島がここにいることの方が気になった。

「ええっと、実は、多分、結界内に変な生き物が現れたことに気が付いたから、来たんでしょーが……」
「変な生き物とは失礼ねー」
「こう、実は俺が不注意で呼んじゃった、カワイソウな子で」

 ガンドルフィーニは、ふむ、と顎に手を当てた。
 一瞬顔を見せて、すぐに横島に頭を掴まれ地面に伏せられたソレは、人間以外の存在であることを感じ取っていたが、さしたる力を感じない。

 ソレも発生前兆を全く感じさせないものだった。
 結界内にいる以上、横島の式神だとしても、出す前には絶対にその気配を感じ取ることができる。
 しかし、ソレは急にそこに発生したとしか言いようがない出現の仕方をしていた。
 だからこそ、たまたま近くを通っていたガンドルフィーニがやってきたのだが。

「私も学園長から君の特殊な事情を聞いて知っているのだが……。
 その、ソレも君の世界から、来た、ものなのか?」

 学園長から聞いたとはいえ、ガンドルフィーニにはそれを全て信じることは出来なかった。
 半信半疑で横島に尋ねた。

 一方、横島の方は、事情を説明せずにすんだと、ホッと一息をつく。

「え、ええ、まあ、そーです」

 横島の肯定の言葉に、ガンドルフィーニは少し苦々しく思った。
 一般人にとっては非常識な世界に住んでいるガンドルフィーニだが、少し思考が硬かった。
 家族持ちの中年男性であるから、自分の持つ世界観が完成してしまっていることが原因になっている。

 異世界からやってきた人間と『何か』
 信じたくはなかったが、学園長の指示には逆らうことができない。
 横島身辺において、「異世界」という単語が絡む事件が起きたときには、まっすぐに報告するように言われていたのだ。

「……まあ、とにかく、学園長のところまで来てもらうことになるよ?
 詳しい説明は、学園長にしてもらうことになるが、いいね?」
「はい、構わないッス。
 あ、えっと、こいつ、普通に道を歩いていると、すごく目立っちゃうので、なんとかなりませんかね?」

 ガンドルフィーニは、渋々と横島の脇の『何か』に認識阻害の魔法を掛けた。
 一時的にだが、ヒャクメの存在は一般人によって気取られなくなる。

「ありがとうございます、ガンダムボーイさん」
「ガンドルフィーニだ」

 相変わらず名前を変な風に間違える横島に、心の奥で溜息をつきながら、ガンドルフィーニは先導して学園長室へと目指したのだった。

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