死んだら何処に逝くのだろう?
天国?
地獄?
そんな事、考えた事もない。
僕は死なない。
何故か?
最初から空っぽだからさ。
僕なんて最初から存在してなかったのさ。
だから・・・こんな僕を生み出した世界なんて消えちゃえば良いんだ。
「ん……」
緑の髪と瞳を持った少年―シンクは重い瞼を開いた。
簡素な木の天井とコトコトと鍋の中で何かが煮えている音がした。
「ここ……は……?」
「あら、目を覚ました?」
「!」
声をかけられ、シンクは意識がハッキリとなる。
今、自分は間違いなく『民家』にいる。
「大丈夫?」
そう穏やかな声をかけて来たのは、金髪が綺麗な女性だった。
黒い修道服を着ており、白い手がシンクに伸びる。
「近寄るな!」
思わず声を荒げ、その手を跳ね除けた。
驚く女性を睨み、シンクは窓の外を見て質問する。
「ここは……何処だ?」
「イギリスのウェールズ地方……その山奥の村よ」
「イギリス? ウェールズ?」
聞いた事のない地名にシンクは眉を顰める。
「キムラスカか? それともマルクトか?」
「なぁに、それ?」
世界を二分する国の名前を知らない女性にシンクは驚く。
そしてベッドから身を乗り出し、窓の外を見る。
見慣れない服を着ている人々が歩き、談話している長閑な光景が見られる。
「おい……レプリカはどうした? エルドラントは!? 堕ちたのか!? ヴァンはやられたのか!?」
「ちょ、ちょっと待って……」
急に剣幕を立てられ女性は戸惑いながらも答える。
「アナタの言ってること理解出来ないわ。どういう事?」
「…………世界地図……ある?」
半ばシンクは今、自分が置かれている状況を理解しつつも、まるで何かを望んでいるかのように声を絞り出す。
女性は不思議そうにしながらも世界地図を持って来てシンクに見せた。
一目見てシンクは顔を手で覆い、小刻みに震える。
違う。
世界の形が自分と知っている世界とまるで違っていた。
「(ココは……僕の世界じゃない)」
別の世界……つまりは異世界。
「どうして……」
シンクは自分の最後の記憶を思い出す。
オリジナルとレプリカ。
それぞれの世界を懸けた栄光の大地エルドラントでの最終決戦。
そこで彼はレプリカ世界を目指す男の同志として戦った。
レプリカ……即ち模造品として生まれ、そして粗悪品として生まれてすぐに火山に捨てられたシンク。
そんな彼が世界を恨むのは当然の事だった。
しかし、彼は負けた。
オリジナル世界を望む者達によって。
最期の最期まで自分を生み出した世界を憎み、無に帰る筈だった。
「まだ……生きてる……僕は……は、はははは……」
突然、彼は笑い出す。
そしてその瞳からポトリ、と涙が落ちた。
「何でだよ……何でまだ僕は生きてるんだよ? こんな知らない世界で……何で生きてるんだよ!?」
あのまま消えた方が幸せだった。
生まれた時から何も無い空っぽの存在。
その自分がこうして生きている。
オリジナルでもレプリカでもない……全く知らない世界で。
運命は何を思って自分をこんな世界に連れてきたのだろう?
答えの出ない疑問がシンクの頭の中を駆け巡る。
頼れるものなど無い。
再び世界に復讐しようにも出来ない。
死に物狂いで手に入れた力を使う道すらない。
「何で……何で何で何で何で……」
自身、世界、運命に対し、疑問の言葉を吐き続ける。
その時だった。
ふと掌に優しい温もりが重ねられた。
顔を上げると、女性が彼の手に自分の手を重ね、微笑んでいた。
「ハーブティー……飲む?」
「…………」
「弟が好きなの……まずは心を落ち着かせて……ね?」
「…………」
「私はネカネ……ネカネ・スプリングフィールド。アナタの名前は?」
「…………シンク……」
女性、ネカネに対し、シンクは何故か名乗った。
良い香りのするハーブティーの入ったカップを両手で持ち、シンクは俯きながら自身の境遇を語った。
ネカネは当初、驚いていたが、シンクがこの世界の地名を知らず、そしてまた、文字も知らない事、何よりも語る彼の様子に嘘らしいものがなかった。
「そう……辛かったのね」
「辛い? はっ! そんな生易しいもんじゃないね! アンタには想像つくかい!? ただオリジナルの代わりに生み出され、望まれた能力を持っていないと分かると、生きたまま火山に放り込まれる! 生まれたばかりの……まだ何も理解出来ない状態でさ!」
憎しみの満ちた目でネカネを睨みつけて激昂するシンク。
ネカネは顔を俯かせ、「ごめんなさい……」と謝る。
ソレに対してバツが悪そうに、彼は唇をかみ締め、舌打ちした。
「この世界じゃ何も出来ない……! 僕が生きる価値なんて……!」
シンクは叫ぶように言うと、窓辺にカップを叩きつけて割った。
そしてその破片を指で挟み、咽へ突き刺そうとする。
「! 駄目!」
咄嗟にネカネが手を伸ばした。
普通なら届かない。
しかし破片が彼の咽に突き刺さる事は無かった。
破片は咽の皮一枚の所で止まっている。
「な……!?」
シンクは驚愕する。
ネカネの体から不思議な力が流れ、彼の身体の動きを封じていた。
「これ……は……?」
「魔法……アナタ達の世界で言う譜術……だったかしら? それに相当するものよ」
「く……!」
カタン、とシンクの手から破片が落ちた。
次の瞬間、パァン、と乾いた音が響く。
ネカネの掌がシンクの頬を叩いていた。
赤く腫れた頬を押さえて呆然となるシンク。
「何があっても自分で自分の命を絶つなんてマネは絶対にしちゃ駄目……それは最も愚かな行為よ」
「最も……愚か……」
「私がこの世界の事を教えて上げる……その後で、アナタが何をするのか決めなさい。元の世界に戻る方法を探すか、この世界で生きていくか……答えが見つかるまでココにいても構わないから」
「どうして……アンタはソコまで……」
この世界の者ではない、ましてや元の世界では悪人と言われている自分にそこまでするのかと尋ねる。
ネカネは笑顔を浮かべて、その問いに答えた。
「弟が傷だらけで倒れているアナタを森で見つけたとき言ってたわ……何だか『助けて』って言ってるようだったって」
「!」
「助けを求めている人を助けるのが私達、魔法使いの仕事……なら私達はアナタを助けるわ」
「ただいま〜!」
不意に扉が勢い良く開かれた。
すると眼鏡をかけた男の子と、赤い長い髪が特徴的な女の子が入って来た。
共に10歳ぐらいに見える。
「紹介するわね、シンク君。この子がアナタを見つけた私の弟……ネギ・スプリングフィールドよ」
シンクがネカネ、ネギ姉弟の家に住む事に対し、ネギは反対しなかった。
未だ傷の癒えていないシンクは、ベッドの上からキッチンで料理をするネカネ、そしてテーブルに本を広げて魔法の勉強をしているネギとその幼馴染のアーニャの光景を見る。
ネギとアーニャは、共に魔法学校の生徒で来年の春に卒業するそうだ。
「シンク君、何か好きな食べ物はある?」
「…………無いよ……」
シンクが異世界から来た事は、ネカネと彼だけの秘密にする事にした。
魔法学校卒業を間近に控えたネギ達に話して彼らを混乱させたくないし、何よりシンク自身の境遇は易々と他人に語ってはいけないものだとネカネに釘を刺された。
「な〜に、こいつ? 無愛想な奴ね〜」
「うっさいよ……」
文句を垂れるアーニャに、シンクはぶっきらぼうに返す。
すると勉強しながらもチラチラ、と自分を見ているネギに気が付き、ジト目で見返す。
「…………何? 何か言いたい事でもあるの?」
「あ、い、いえ……すいません」
「何で謝るのさ?」
「え、あ、その……」
「フフ……シンク君は、初めてネギが助けた人だから喜んで貰えてるのか気になってるのよ」
尤も今のシンクの状態を見ていたら逆に『助けてって頼んだ覚えは無いのに余計な事して』と思われていても仕方が無い。
なのでネギは不安だった。
将来、『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』になり、沢山の人を助け、喜んで貰える事を目指しているネギにとって、シンクは初めて命を助けた人物だった。
シンクからしてみればネギの行為は『余計な事』以外何ものでもない。
どうせなら野垂れ死にしたかったぐらいだった。
そうすれば何も知らず、ただ死んでいけた筈だった。
そう吐き捨ててやろうとした矢先、シンクは不安そうなネギと目が合った。
「………………感謝……してるよ」
搾り出すように答えるシンク。
ネギはパァッと表情を輝かせた。
「あ、よ、良かったです! えへへ……」
「ったく、素直にありがとうぐらい言えないのかしらね〜?」
「フン……」
シンクはソッポを向いて窓の外を見る。
「(調子狂うな……クソ!)」
自分らしくない、と思いながらシンクはベッドの中で包まった。
シンクがこの世界に来て3日。
驚異的な早さで怪我も治り、シンクは一人、村の見渡せる丘の上で、早朝トレーニングを行っていた。
ネギとアーニャの通っているメルディアナ魔法学校も良く見える。
ちなみに彼の着ていた白と黒の肌に密着したスーツはボロボロだったので、ネカネが男でも着れる服を提供してくれた。
ジーンズに白いカッターシャツ、下には赤いシャツを着ている。
手には愛用の黒い手袋をし、拳を振るう。
そこから更に蹴りの動作に入り、肘打ち、膝蹴りなど体術の型を取る。
そして最後、手に力を集中すると、その手が淡く光った。
「!?」
そこでシンクは動作を止めた。
手を開いたり閉じたりしてジッと見つめる。
そこから再び構えを取り、掌を地面に叩き付けた。
「アカシックトーメント!!」
すると地面に巨大な陣が浮かび上がり、周囲の草が消滅した。
「…………どういう事だ?」
シンク達の世界では音素と呼ばれる力を行使し、術を使う。
しかし、この世界に音素は無い。
故にシンクには術が使えない筈だった。
「…………魔力とかいうやつか」
そこで思い当たるものが魔力だった。
ネカネから教えて貰った話では、魔力とは万物に宿るエネルギーで、魔法使いはそのエネルギーを体内に取り込み、呪文を用いて魔法を使うと聞いた。
音素も同じく、体内に取り込み、術を発動させる。
「(…………音素乖離して消えかかった僕の体が、この世界に現れるときに魔力で再構築された……か)」
彼の仲間だったある男は、消えかかりそうになった己の肉体を、ある方法で音素を取り入れて一命を取り留めた。
それと似たような現象で、音素を魔力と置き換えれば容易に想像が出来た。
「ネギ……か」
ギュッと拳を握り締めると、シンクが呟く。
すると、背後の木の後ろから、恐る恐るネギが顔を出す。
「何か用?」
「い、いえ……その……凄いなぁと思って」
「凄い?」
「はい! シンクさんって、凄く強いんですね!」
小走りにシンクの元へ駆け寄って来て尊敬する眼差しで彼を見上げるネギ。
確かに、手を地面に触れさせただけで周囲の草を消滅させた技には、凄いと形容するしかないだろう。
しかし、今のシンクには皮肉にしか聞こえなかった。
「(どんな力があっても僕は負けたんだ……)」
強い、凄いなどと言われても目的が達成されなければ意味が無い。
そして自分は負けた。
目的を果たせない力など、あるだけ虚しいだけだ。
「あの……シンクさん」
「ん?」
「怪我が治ったら、その……出て行っちゃうんですか?」
「…………」
「あの、僕……シンクさんなら、きっと良いマギステル・マギになれると思うんです!」
「僕が?」
余りに意外な言葉をぶつけてくるネギに、シンクは呆気に取られる。
「はい!」
「…………お前に僕の何が分かるんだい?」
「え?」
「お前は僕の何を知っている? ひょっとしたら僕は昔、とても悪い奴で何人も罪の無い人を殺した殺人犯かもしれないぞ?」
「え……?」
「そんな僕がマギステル・マギになんてなれると本気で思ってんのかよ?」
シンクは内心、こんな子供(とは言っても、厳密にはネギの方が年上だが)に向かって本気で怒っている。
ぶつけようのない怒りをネギにぶつけて発散させている事を頭では理解できていた。
ネギはシンクの辛辣な言葉に呆然となっていたが、勢い良く首を横に振った。
「ぼ、僕はシンクさんの事を知りません。で、でも僕が知ってるシンクさんは、とっても優しい人です!」
「…………優しいだと? 僕が?」
「はい。もし、本当に罪の無い人を殺して来た悪い人なら、今ので僕もそうしてた筈です」
「!」
指摘されてシンクは言葉を詰まらせる。
ネギが家を出る時から付いて来ていたのには気付いていた。
確かに先程のアカシックトーメントの試し撃ち、ネギも巻き込もうと思えば出来た。
しかし、しなかった。
今までの自分なら、最高の威力で試し撃ちをしていた筈だ。
誰が巻き込まれても関係無いと考えて。
「…………訓練の邪魔だ。どっか行って」
「あ、はい……ゴメンなさい」
ネギに背を向けて言い放つシンク。
ネギは少しだけしゅん、となってシンクに背を向けた。
「おい……ネギ」
「は、はい?」
「僕は、お前が思ってる程、優しくもないし、イイ人間でもない」
それどころか純粋な人間ですらないと心の中で付け加える。
「マギステルなんとかになるつもりも毛頭ないよ」
「……………」
「けど……僕は自分が何をしたいのか見つけるまでココにいる……それでも構わないか?」
「あ……はい!」
嬉しそうに笑って頷くと、ネギは走って戻って行った。
チラリ、とネギの幼い背中を振り返り、シンクはクスリ、と笑う。
「! 笑った? 僕が?」
他人や自分を嘲笑する事は多かったが、今の笑いは何かが違った。
「…………異世界……チキュウか」
ネカネから聞いたこの星の名前をポツリと呟き、空を見上げる。
「ヴァン……アンタは勝ったのかい? あのいけ好かない奴らに……それとも……。
僕はそっちに戻ってアンタと再び戦うべきか……それとも……」
同じ空の下にいない同志に問いかけるシンク。
しかし、答えは返ってこない。
これより半年後、ネギとアーニャは魔法学校を卒業し、ネギは日本という島国へと旅立つ事になる。
たった一人、見知らぬ世界に放り出されたシンク。
そして、なぜ自分がこの世界に現れ、そこで何をすればいいのか……その答えを見つける為の彼の第二の人生が始まる……。
後書き
作者的TOA一押しキャラのシンクが主人公のネギまクロスです。不幸続きだった彼には幸せになって貰いたいと思い、未熟ながらも筆を執りました。(実際は筆じゃなくてキーボードですが)
やや無理があるかもしれないクロスですが、超歪んでルークとは別の意味で自虐的な性格のシンクと、幼い故に純粋で生真面目なネギが、互いを知り合って生長する物語にしたいです。