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「まぶらほ〜鬼を宿すもの〜第一章(まぶらほ)」

名前負け (2006-08-28 19:08)
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まぶらほ〜鬼を宿すもの〜


第一章   動き出した歯車


式森和樹は頭痛と腹痛と血尿が併発して大変なことになっていた。
少なくとも、早退届の文面を見れば、そういうことになっているのだ。
もちろん事実は違う。午後の授業を丸々使った魔力診断をエスケープした、
それだけのことである。
本来、魔力診断とは命の灯火とも言える魔力回数を計測する重要な検査であり、
そうやすやすとエスケープして良いものではない。
しかし、事情を知っている養護教諭紅尉清明の計らいによって、式森和樹の魔力診断とその他諸々の検査は前日に行われている。
よって現在、式森和樹は『彩雲寮』の門をくぐり、自室への道のりをトボトボと歩いていたのである。
和樹の部屋は二一二号。廊下の一番端にある。
ほとんどの生徒は授業中なので寮にはいない。
先ほど、散々自分のコンプレックスの元である話題で盛りあがっていた級友は、
現在魔力診断中である。
そういったこともあって、不機嫌さが力加減に出てしまったらしい。
思いのほか大きくなってしまったドアを閉める音につい声が出そうになった。

「キャッ!?」

変な声が出てしまった――いや、男から出る声の高さではなかった。
驚いて前を見ると、下着姿の女の子がこっちを見ていた。
清潔感のある髪を、後ろ髪で二つに縛った少女だった。
人の見た目には主観がはいるが、和樹は可愛いと思った。
何故、このような少女が自分の部屋にいるのか? 
その疑問の解決の糸口を見つける前に、思考は強制的に中断させられた。

「きゃああああっ!!」
「す、すいません、ごめんなさい、申し訳ありません」

少女の叫び声に、和樹はありったけの謝罪の言葉を連呼しながら部屋から出て
廊下を走った。
どうやら、部屋を間違えたらしい。
そこで和樹の脳裏に疑問が浮かぶ。

「ここって男子寮じゃなかったっけ?」

じゃあ、何故女の子がいるのか、確かめなければ。
それに女の子は下着姿だった。もう一度見なければ。
こうして、和樹は一握りのエロ心を勇気に変えて、もう一度自室のはずであるドアの前に立ち、ややあってドアを開けた。

「お帰りなさい、和樹さん」
「は、はあ、ただいま」

反射的に返答はしたものの、やはり先ほどの少女が部屋の中にいた。
しかも、三つ指をついて深々と頭を下げていた。なにより、服を着ていた。
和樹とて男である、エロ心の一つや二つ持っている。故に少し残念だった。
とりあえず、後ろ手でドアを閉める。葵学園は開国前の伝統を引きずっている
ため、男女交際には厳しい。
女人禁制の男子寮で、女の子を連れ込んでいる状況を誰かに見られれば、
最悪退学処分すらありうる。

「えと、君は、一体誰かな?」
「私、宮間夕菜と申します。このたび、葵学園に転校してきました。」

和樹の言葉に夕菜の顔が一瞬曇ったが、それがあまりにも短く些細な変化だったので、和樹が気付くことはなかった。
だから、「覚えてるわけないですよね」という、彼女が洩らした呟きに気付くはずが無かった。

「そうなんだ。それはいいとして、なんで、僕の部屋にいるの?」
「妻ですから」
「誰の?」
「和樹さんのに決まってるじゃないですか」

和樹の問いに、今にもイヤンイヤンと言いそうな雰囲気で、
顔を真っ赤にしながら、二つに縛った後髪を振っている。
何がおきているのか、さっぱり理解できなかった。
誰か説明してください、そう心の中で叫んだ瞬間、ノックの音がした。
もしや、風紀委員か!?なんとか、誤魔化さなければ。
しかし、焦る心とは裏腹に和樹のとった行動といえば、遠慮無しに叩きつけられる拳に揺れるドアとなぜか、ドアの向こうを睨みつけている夕菜をみて、オロオロしていただけだった。

「鍵開いてるみたいだから、勝手に入るわよ」

ドアの向こうから女の声がする。夕菜は急に立ち上がって今にも開きそうになったドアを蹴りつけた。

「帰ってください。和樹さんは今取り込み中です」
「なら、なおさら邪魔しないと」
「帰ってください。和樹さんは誰にも会いません」
「ちょっと、その声は夕菜ね。なんなら、三人でもいいわよ」
「駄目です。嫌です。拒否します」

しかし、夕菜の叫びも虚しく、こじ開けるようにしてドアは開かれた。
三年生の徽章をつけた女性だった。モデルもかくやというスタイルに、
きつめの大人びた顔立ち、まるで女優のような美人だった。
葵学園の有名人、裏生徒会長こと風椿玖里子だ。
彼女は迷うことなく和樹に近寄った。

「さあ、しましょう」

へっと和樹が間の抜けた声を出しているうちに、服のボタンが全て飛んだ。

「なななななにをするんですか?」
「いいことよ、気持ちいいこと」
「こういうことはですね、もっとお互い良く知り合ってから……ていうか、どうし て風椿先輩が僕の部屋に!?」
「私のこと知ってるなら話は早いわね。固いのはアソコだけで十分てことで、
 はやくしましょう」

ゴキブリのように後ずさるが、女性の手は猶も和樹のズボンへとその魔手を伸ばしていた。
まさか、こんな所で強姦にあうとは、想像だにしなかった出来事に和樹はパニック状態に陥っていた。
わけもわからず逃げまわっていたが、背中に固い感触があった。ドアである。
玖里子自らの服に手をかけながら、和樹を追い詰めていく。
デットエンドもしくはヘブンズゲートだ。
誰か助けてください、そう本気で叫ぼうとしたとき、和樹の退路を塞いでいたドアがガラガラと音を立てて崩れ去った。
突如背もたれを失った和樹は頭を固い床に打ちつける。
夢にちがいない。痛みで霞む目を開ければ、そこには前髪を切りそろえた日本人形のような少女が顔を紅潮させてこちらを睨みつけていた。
しかも、首筋にはなぜか冷たい感触ピタッとはりついている。
間違い無く、刃物しかも、日本刀だ。

「お前が私の良人か、しかも変態とは」
「な、なにがだ?」

よく見れば、玖里子にボタンを飛ばされたり、ズボンをずり下げられたりしているあいだに、ひどい格好になっていた。
それにしても、妻とか良人とか変態とか、おまけに強姦されそうになってるし、
いったいどうなってるんだ。

「あ、神城凛」
「凛さん」

玖里子と夕菜も気付いたのか、目の前の少女を注視している。
和樹は凛を信じられないものを見るような目で見るしかなかった。
刀を首筋に張りつけたまま、自分の短所を列挙し始めたのだ。

「貴様のような男を生涯の伴侶としなければならないとは何たる屈辱」
「もういいよ、やめてくれ」

和樹の力のこもらない声は少女には聞こえていないのか。
なおも、和樹を睨みつけ、手は刀を強く握り締めすぎているため白くなっていた。

「この場で死んでもらう!」

振り上げた刀に日光が反射してきらめく。

「和樹さんから離れてください!」

 事態を固唾を呑んで見守っていた夕菜が立ち塞がる。

「宮間家の女性ですか。邪魔をするなら眠ってもらうことになります」
「和樹さんを傷つけるとことだけは許しません」

徐々に二人の少女の間に、きな臭い雰囲気が流れる。
夕菜の元に精霊の煌きが収束し、凛が持つ刀は虹彩を放っている。
夕菜の元に集った精霊がウンディーネとして形をあらわしたとき、凛は床を蹴って斬りかかっていた。
女子高生が戦っているとは思えない光景に唖然と見ているしかなかった。

「そこにいると危ないわよ」

声をかけられたほうを見ると玖里子が手招きして呼んでいた。
その場にいると、本当に戦いの余波を受けそうだったので、大人しく玖里子の元へ避難した。
そういえば、なぜ彼女達は争っているのだろう。
自分の命とも言える魔法まで使って。
何故、いま隣にいる女性は助けてくれたのだろう。
よく考えれば、自分はあまりにも現状を理解できてなかった。
説明を請うため隣を見れば、玖里子は冷めた目つきで夕菜と凛の戦いを見ていた。少なくとも和樹にはそう見えた。
その目を見ると、先ほどまで自分を襲っていた時の玖里子の表情まで造った笑みのように思えた。

「風椿先輩はあの二人とは違う匂いがしますね」
「まあね、大人の色気ってヤツ」
「いや、そうじゃなくて雰囲気です」
「そう、けっこう鋭いわね。アフターケアの準備を出来たし、私も行こうかな」

彼女はそういうと懐から霊符を取り出すと、
嬉々として戦いの渦の中に入っていった。
しかし、その表情はさきほどの冷めた顔つきと違い、
やはり嘘臭い造った表情だった。
玖里子が加わって、さらに戦闘は激化し、それに比例して、和樹の部屋と数少ない家具の破損率は鰻上りに上昇した。

「玖里子さんも凛さんも、和樹さんには手を出さないでください」
「男の一人占めはんたーい」
「その男は私が斬ります。それで何もかも解決します。」

夕菜はキッと凛を睨む。

「だいたい、凛さんも和樹さんを狙っているんでしょう」
「いくら家の命とはいえ、軟弱モノと結婚などしたくありません」
「和樹さんの悪口は許しません」
「夕菜ちゃんも家の命令じゃないの。夕菜ちゃんの家、今落ち目だしー」

玖里子が口を挟む。まるで、二人の感情を煽るように。

「私は違います!私と和樹さんは約束したんです」

夕菜の感情に感応して周囲の精霊が勢いを増す。
精霊が夕菜の周りを乱舞するさまに、玖里子と凛は思わず身構える。

「だから、だから、私はあなた達とは違います!」

水流が龍のようになり、部屋の中心近くにいた夕菜を基点に部屋を内側から喰い破るように四方八方へ襲いかかった。
和樹は動けなかった。目の前に迫る龍の顎を前にしても、ただ呆然と見守るしかなかった。
そして、顎が身体を喰いちぎらんとする寸前で、気を失ってしまった。


これは夢だ、式森和樹はそう確信した。
目の前に広がる光景はあまりにも現実感が無く……違う。
ただ、ありえないのだ。目の前に広がる光景は、自分が一度体験したことを俯瞰しているような状態が。
数年前。中学生と思われる自分と、黒髪を腰辺りまで伸ばした友人と、そして、自分が最も大切にしている愛しい人。
優しい想い出。これはきっと――。そう、大切な約束をした日の想い出。
ふと、涙が頬を伝うのを感じた。触れようと思ったが、動く手も足も身体も何も無かった。
だから、目の前の光景を見ていることしか出来なかった。 
長髪の女の子が言う。
「みんなで一緒の高校に行かない?そうすれば、ずっと一緒よ」
「知らないところに行くのは不安だけど、和樹君がいればって思うよ」
「千早は女の友情より式森君への愛情を選ぶのね」
「さ、沙弓。大きな声で言わないでよ」
愛しい人――ショートカットの似合う活発な少女は恥ずかしそうに笑う。
「みんなで行けるといいね」
幼い自分も笑ってそう言った。
本当に幸せだった頃、あまり長くは無かったけど、
一番幸せだった頃の優しい想い出。
ああ、このあと、どうなってしまったのだろう?
あんなに幸せだったあの頃は、何処へいってしまったのだろう?
目の前で崩れて行く幸せだった頃の想い出を前に、
ただ見ていることしかできない。
手を伸ばすことも、崩れた破片を拾うこともできず、
哀しみを叫ぶことすらできない。
ただ、意味の無い疑問に胸を痛め、その場に佇む自分を呪った。
夢の終わりは、無力を呪う自分と、そんな姿を見て泣いている黒髪の少女の泣き顔だった。


「また、泣いてるの?杜崎さん」

声が出た。残酷な夢は終わったらしい。
久しぶりに昔の夢をみた。昨日、山瀬千早に会いに行ったからだろうか。
ふと、和樹はゆさゆさと揺られていることに気付いた。

「式森君、意識が戻ったみたいね」
「うん、もう大丈夫だよ」

霞む視界を目を凝らしてみれば、自分の顔を心配そうに覗きこむ長髪の少女の姿だった。
和樹は身体を起こしてもらい、礼を言いつつ周囲を眺める。
窓ガラスは吹き飛び、数少ない家具は薙ぎ倒され、あるいは破壊され、部屋の中は無残な有り様だった。
そして、部屋の隅には、この部屋を破壊したと思われる三人の美少女が正座させられており、三人が三人とも、実に申し訳なそうにうなだれている。

「何があったのか、教えてくれるかな?」
「ええ、一応三人から事情は聞いたから、適当に掻い摘んで話すわね」
「じゃあ、まず僕が気を失っている間に何がおきたのか?そのあたりから頼むよ」

長髪の少女――杜崎沙弓が軽く頷いて話し始める。
この騒ぎを鎮圧したのは沙弓らしい。
どうやったのかと和樹が聞くと、彼女は携帯電話を取りだし、110番を押す真似をした。
他人の部屋でテロリスト並みの破壊を行った三人でも警察は厄介らしく、沙弓の制止に大人しくに従ったようだ。
というより、詳しく聞くと夕菜の精霊魔術が爆発した時点で三人とも、
部屋の惨状と気を失った和樹を見て茫然自失としていたようだ。

「和樹さん、本当にごめんなさい。信じてもらえないかもしれないけど、危害をく わえるつもりは無かったんです」
「その、すみませんでした。本家の命令で頭に血が上っていました。情けない話で すが」
「ごめんね」

それぞれに謝罪と弁解を述べる姿は、色濃く反省の態度が見て取れた。
まあ、反省しているようだし、命に別状は無かったし……ん?
なんで生きてるんだ?
和樹は自分がウンディーネの直撃をくらう寸前だったことを思い出した。

「僕、なんで生きてるんだ?」
「これよ」

和樹の問いに沙弓は一枚の破れた紙片を取り出す。

「霊符?」
「そうよ」

それは確かに玖里子が使っていた霊符だった。

「式森君が襲われる寸前に発動するようにしこんでいたんでしょうね。
 違いますか、風椿先輩」
「まあね、さすがにヤバイ状況だったから」

そう言えば、アフターケアがどうとか言っていたかな、いまいち纏まらない記憶を手繰っていると沙弓の眼がスッと細められ、
まるで三人を射抜くかのような鋭い視線になった。
その視線は睨まれていない和樹が見ても、ゾッとするほど冷たく暗い視線だった。

「そろそろ話の本題――なぜ、あなた達がここにいるのか?
 話してもらいましょうか」

ふと、場が沈黙する。三人とも少し言いあぐねているように思えた。
想像はつくから私から言いましょうか、と沙弓が提案しようとしたとき、玖里子が沈黙を破って話し始めた。
和樹の先祖のこと、その遺伝子が和樹に凝縮されていること、
探魔士がそれらの情報をばら撒いたこと、風椿や神城、宮間といった名家の事情、それぞれの家が和樹の遺伝子を狙っていることが話された。
途中、夕菜が自分は家の意志に関係無く、純粋に和樹のことを想っているだとか、
凛が家の意志など関係無く、軟弱者と結婚する気など無いなどの反論を挟んだが、和樹は黙って聞いた。

「帰ってくれないかな」

俯いたまま、和樹はポツリと洩らした。

「待ってください、私は……」
「出ていけって言ってるんだよ!」

何か言おうとした夕菜の声を抑えて、和樹は三人に向け、感情を剥き出しにして怒鳴った。

「人をなんだと思ってるんだ。僕は君達の家の道具になる気なんてない」
「違います、私は本当に和樹さんのことが……」
「違わない!君も風椿先輩も神城さんも何も違わないだろ!」

和樹は夕菜の方を睨みつけ、声を張り上げる

「とにかく、出ていってくれ!僕は君達と関わりたくない!」

和樹の言葉に夕菜は立ち尽くした。
不意に背を向け、部屋から飛び出していった。彼女の頬にほんの少し光るものが見えた気がした。

「いいの? 夕菜ちゃん、泣いてたわよ」

玖里子が口を開く。凛が確かに、と頷く。

「それで? 僕にどうしろって言うんですか?」

わかっている。彼女の涙を見て、怒りはすでに収まっている。
彼女の話をまったく聞かなかったことに対する罪悪感と気まずさだけが胸に残っていた。
玖里子が和樹の心を見透かしたように話す。

「あのね、わたしたち、夕菜ちゃんと前から知りあいだったんだけどさ。あの娘、 帰国子女なのよ」
「……」
「外国に行く前に、すごく優しくしてくれた男の子がいたんだって。その子のおか げで凄く励まされたらしいの。心当たりない?」

和樹の胸に暖かいものがしみわたる。
涙に頬をぬらした幼い少女、少女の願い、雨上がりの夏の日に降った雪、少女の眩しい笑顔。
ああ、彼女が夕菜だったのか。

「今日がその日なんだって」

玖里子の最後の言葉は、ほとんど聞こえていなかった。
涙にふるえているであろう少女を追った。幸運なことに、見つけるのにはそれほど時間はかからなかった。
公園の前を背を震わしながら歩いている。

「待って!」

肩を掴んだ。彼女はビクッと肩を振るわせると恐る恐る振り返った。
目が合った。目は涙のせいで赤く腫れ、愛らしい顔を歪めていた。

「ごめん、さっきは酷いこと言って。思い出しよ、あの女の子が宮間さんだったんだろ」

彼女は黙って首肯した。

「ごめん、もう一度話そう」

しかし、彼女は首を横に振り

「もういいんです。和樹さんが思い出してくれたなら……
 もうご迷惑はかけません」
「待って、話を……」
「和樹さん、わたしはあなたのことを忘れたことは一度もありませんでした。あな たとの約束があったから、わたしはわたしでいることができました。
 だから……ありがとうございました」

夕菜はそういうと和樹の手を振り切って走り出そうとした。
止めないと、泣き顔のまま彼女と――彼女と別れたくない。笑顔を見たい。
だから……
和樹はそっと手を天にのばす。あの頃より大きくなった掌で天を掴むように、亡くしたものを取り戻すように。
光が空を覆い、ちらちらと白い結晶が舞い降りてくる。
それは寒さを感じさせない暖かい雪。

「雪……あのときと同じ」

彼女は振り返る、驚きを隠せない表情で。

「あのとき、この雪を見て、君が笑顔になってくれたから……だからもう一度」
「でも、和樹さん、魔法は……どうして?」
「いいんだ、あと五回もある。それに、もう一度君の笑顔を見たかったから。
 君を引き止めることはできないかもしれない。
 ならせめてもう一度笑って欲しい」
「こんなことされて、行くことなんてできるわけないじゃないですか」

彼女はそういうと、和樹の胸にそっと顔を寄せようと……

「不埒な」

ビクッとして、二人が振り返ると、神城凛が抜き身の刀を持って佇んでいた。その後ろには玖里子がニヤニヤと見ている。

「あれだけ激怒していたのに、なんかいい雰囲気になっちゃって……夕菜ちゃんも やるわね」
「男女関係はもっと清く正しくあるべきです。やはり式森和樹は斬るべきです」
「玖里子さんも凛さんも邪魔しないでください」

そして、また再開された激しい舌戦に、和樹は巻き込まれないよう身を縮めるしかなかった。


――時間は少し遡って、和樹が出ていった後の部屋――

杜崎沙弓と風椿玖里子が残された部屋は微妙な空気が漂う。
ちなみに凛は沙弓といたくないからか、二人を探しに行くといって出ていった。
ややあって沙弓は口を開く。

「風椿先輩は行かないんですか?宮間に先を越されますよ」
「あなたに言う必要はないと思うけど。あなたこそ、神城が動いているのよ、杜崎 としては放っておけないんじゃない」
「私はあなた達とは違う。私は式森君をどうこうするつもりはない」
「あら、そのわりにはずいぶんご執心に見えたけど」

嫌な女だと沙弓は思った。こちらの胸の奥を見透かそうとわざと感情を掻き立てるような話し方をしてくる。

「もうこれ以上、彼に付きまとうのは止めてください。彼の心があなた達に動くこ とは万に一つもないわ」
「さあ、それはどうかしら」

ピリピリなどという表現では生易しいほど場の空気が緊張してきた。
そのとき、ふっと白い何かが割れた窓から入り込んでくる。

「……雪?」

空を見上げれば、雪が降っている。寒くはない、むしろ胸に優しいものがしみこむような暖かさ。
だが、沙弓は形のよい唇を噛んだ。皮が破け、じわりと血が滲む。

「あと六回しか使えない魔法をこんなことのために使うバカ。そうこれが式森和樹 なのね。興味湧いてきたかも……」

風椿玖里子はそういうと、部屋から出て行った。
まさか、こんなところで魔法を使うとは、沙弓は身体から力が抜けるのを感じた。
あと五回使えば、和樹は塵となりこの世から消える。
沙弓は頭を振り、よくない想像を振り払う。
携帯を取りだし連絡をいれる。

「もしもし、紅尉先生ですか?沙弓です。式森君が魔法を使いました」

(こちらでも確認した。あと五回だな)

「ええ、とにかく、いまから和樹を連れてそちらに行きます。検査の準備をしてく ださい」

(もちろん、そのつもりだ。それと、彼女達は何処まで知っている?)

「彼女達自身は、遺伝子と魔力のことしか知らないはずです。しかし、上層部のこ とはわかりません。どれも、一筋縄では行かない家ばかりですから。
 しかし、少なくとも神城の当主は知ってるはずです。あの事件の生き残りですか ら」

(そうだったな。まあ、あれだな、とにかく式森君にはキツイお説教が必要だとい うことだ)

「そうですね、では後ほど」

電話を切る。声が震えていた。紅尉にもわかっていただろう、だから最後に茶化すような言葉を入れたのだろう。
震えている。言いようのない不安が沙弓を襲っていた。
だが、彼女は何もかもを振り払い、走り出す。
自分の命をかえりみないバカにお灸を据えるために。


あとがき


え〜と、ずいぶんと期間が空いてしまいましたが第一話完結です。
すいません。夕菜をキシャー化させないと心に誓ったものの、
というと原作的な展開以外想像できませんでした。オリジナルって難しい……
次の話はベヒーモス編と和樹、千早、沙弓の過去話の一部です。
やっと千早がでてきます。やっとだせます。
一応、和樹×千早でやっていきたいと思います。
では、今後ともよろしくお願いします。


レス返しです


ななし様
はい、キャラクターは壊れない様に気をつけているつもりですが、
沙弓とかはオリジナル要素をいれてるのでちょい壊れてるかもしれません。
夕菜はキシャー化はしません。(ギャグモード以外は


ミーハ―様
もしよろしければ、今後とも応援よろしくお願いします。

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