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「まぶらほ〜鬼を宿すもの〜序章(まぶらほ)」

名前負け (2006-08-19 22:16)
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まぶらほ〜鬼を宿すもの〜


序章   少年と眠り姫


下校時刻を告げるチャイムが鳴って三十分。
西日に照らされ、真っ赤に染まった保健室は静まり返っていた。   
保健室の主と呼ばれる養護教諭紅尉清明に呼び出されて一時間ほど。
いいかげん帰ろうかな、と杜崎沙弓は考えていた。
学生とはいえ、高校生なりに忙しいのである。
まして、平均魔法回数八千回。日本でも有数のエリート魔術師学校、
葵学園の授業についていくのは楽なことではない。
書置きでもして帰ろう、と沙弓が立ち上がった。

「すまない、式森君を連れてくるのに時間がかかってね。まったく、この歳    かくれんぼをするとは思わなかったよ」
「嫌なものは嫌です。」

苦笑を漏らす養護教諭と苦虫を噛み潰したような顔の式森和樹が席につくの待って、沙弓も一時間ほど腰を下ろしてきた椅子に再び座った。
紅尉は座ると検査機器のセッティングに取りかかり、
そのわずかなあいだ、沙弓と和樹の会話だけが保健室に響く。

「ごめん、杜崎さん。なんていうか、背筋がゾクゾクッて」
「気にしないで。あれじゃ、嫌にもなるわ」

ひどくすまなさそうにしている和樹を優しく弁護しつつ、 紅尉が取り出してくる怪しげな機器に視線を向けた。
血圧計のような形をした検査器具から電極の着いたヘルメット状のものまで、  ありとあらゆる機器が所狭しと置かれていく。
和樹が紅尉の検査を嫌がる理由はこれらにあった。
否、正確に言えば、これらを使うときの紅尉の悦に入った表情が恐ろしいのだ。

「人聞きの悪いことを言わないでくれ」

余程顔に出ていたのか、紅尉が心外だといわんばかりに睨みつけている。
さらに、自分の実験もとい検査の正統性をつらつらと述べたが、
沙弓と和樹の冷たい視線が彼を黙らせた。
沙弓は椅子を紅尉の前までもずらして、腕をさしだす。
沙弓としてはさっさと帰りたいというのが本音である。
紅尉は慣れた手つきで血圧計のようなものを沙弓の腕に巻きつける。
数瞬後、電子音とともにモニターに数字がはじき出され、
紅尉は異常無しと書類に書き込む。
この魔法回数の検査に関して、特に心配はなかった。
魔法や策略、陰謀を乱発する二年B組には属しているものの、
彼女は比較的まともな部類である。
普段から、魔法を乱発することもほとんどない。
問題は次の検査だった。沙弓は自分の手が震えていることに気付いたが、どうにも震えが止まってくれる気配は無かった。
その時、震える手にそっと手が重ねられる。和樹だった。
自分のほうが臆病なくせに――。自分の顔が熱くなっているのを自覚したが、
すぐにもとのクールな表情に戻した。
だが、添えられた手を払いのけるようなことはしなかった。心地よかったから。
そう考えた時、ほんの少し胸の奥が痛んだ。
裏切るわけにはいかない。親友の気持ちも、このやさしい少年の気持ちも。
だから、沙弓は添えられた手をそっと外した。大丈夫だから、ありがとうという言葉を添えて。
沙弓の動揺が落ち着いたところを見計らって、紅尉は検査を再開した。
紅尉はメガネに別のレンズを数枚重ねて、沙弓の眼に光を当てたりしながら診察していた。
沙弓としては、先ほどの動揺や葛藤を見透かされているようで、居心地が良いとはいえなかった。
レンズを入れ替えたり、当てる光を換えたり検査が続くこと数分。
異常なし、という紅尉のつぶやきに沙弓はほっと胸を撫で下ろした。

「特に異常は診受けられない。眼球にしこんだ結界も全て作動している。まあ、検 査は定期的に行うが」
「次は式森君ね」

逃げようとする和樹を捕まえ、紅尉の前に座らせた後、
沙弓はライトの直射で疲れた眼をしばしばさせながら、
いかにもげんなりした様子の和樹を見守る。
やはり手馴れた手つきで、魔力回数を測る機器を和樹の腕に巻きつけると、
数字がはじき出される。

「六回か……」
「すいません」
「謝る事じゃないわ」

紅尉の呻きとも溜息ともとれるつぶやきに、保健室の空気は重くなる。
そう、式森和樹の魔法使用回数は残り六回、元々八回だった。
後六回使えば、塵となって消えてしまう

「まあ、使わなければいいわけだし。大丈夫だよ」
「君はそういつつも使いそうだから怖い」
「同感ね」

この事実は、沙弓が生活をするうえで常に気を張らなければならないことのひとつだった。
ふとしたことで、魔法を使ってしまうことは珍しい事ではない。
最近のニュースでも、この手の話題が載ることが多く、
政府や学会が多額の研究資金を使いながらも、有効な解決策を掴めていない事が問題となっていた。  
死なせるわけにはいかない、死なせたくない、死んでほしくない。
違う。
生きて欲しい。
それが、沙弓の正直な心だった。
もし、この一時の平穏を乱すものがいるなら破壊する。
それが誓い。

「杜崎さん、僕の検査終わったから」

和樹の声に反射的にそう、とだけ返す。
見れば、紅尉が残念そうに使えなかった機器を仕舞っている。
感傷に浸っていたのは明らかだ。
手を添えられたからかもしれないと、乙女チックなことを少し考えたが、
自分で自分の古傷を抉るほどマゾでもないので深く考えるのは止めた。

「帰りましょ、暗くなってきたし」
「ごめん、千早に少し会ってから帰るよ。先に帰ってていいから」

遅くなるかもしれないから、そうつけ加えて、和樹は紅尉の方に歩いて行った。
沙弓は口の中でだけ、そうと返すと鞄を取って帰ろうと思った。
親友である山瀬千早と会っている和樹は見たくなかった。
哀しすぎるから、虚しすぎるから。
自分が無力である事を見せつけられるから。

「千早によろしくって」

振り返って、今まで無かった扉に入っていく和樹にそう言うのが彼女の精一杯だった。


あとがき
はじめまして、名前負けといいます。
SS書くのはじめてです。
もし良かったら、感想とか、アドバイスとか頂けたらなと思います。
よろしくお願いします。

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