私はあなたに出会うために生まれてきた・・・・
僕はあなたと再会するためにここへきた・・・・
心を身体を、魂を燃やし・・・・
完全無欠の愛を貫くために!!
永遠にひとつになるために・・・・・
私(僕)たちは、ここに出会った・・・・・・
第一話・月
<堕天翅族>
アトランディアの宮殿に、美しい音色が響く中、透明な棺の中に一人の青年が眠っている。
美しい顔立ちは、どこか中世的だった。
その棺の傍らで、愁いを帯びた表情で青年を見つめる堕天翅がいた。
全身を覆うローブが頭からすっかりとかぶっていて、その姿は定かではないが、どうやら女性らしい。
そのとき、青年が眼を開いた
「頭翅様・・・!!」
「音翅か・・・・私はどれくらい眠っていた?」
棺がガラスのように弾けた。
青年は立ち上がり、頭上に浮かぶ生命の樹を見上げた。
「一万二千年でございます・・・・・」
「そうか・・・今、下界の様子は?」
「それが・・・愚かにも知恵の樹の実を食べし汚れた翅なし人により、見るも無惨な世界に・・・・」
「翅なしどもめ・・・・今も、我らの夢見を汚し続けるのか・・・」
「頭翅様・・・今ひとつ。我らを裏切り、トーマ様をも裏切った太陽の翼が・・・」
頭翅の眼が、生命の樹から離れる。
「よみがえったか・・・・奴が・・・・」
「ふたたび、我らに、戦いを挑んでまいりました・・・・」
「太陽の・・・翼・・・・」
頭翅は懐かしむように、それでいて愛しむように呟き、また生命の樹を見上げた。
<アポロ・尋問中>
「いつまで黙っているつもりなのかなぁ?君の名前は?年は?どこに住んでいるのかな?」
ディーバ基地。アクエリオン運用ベース。
かつて、人類が堕天翅族と戦ったときに建設された要塞都市の遺跡であり、アリシア王国があった場所に建造された遺跡を生かした基地である。
今、アポロがいるのは尋問室。
殺風景なコンクリートの部屋に、蛍光灯の青白い灯りと粗末な机がひとつあるだけだ。
その間を挟んでアポロとジェロームは対峙しているが、当人であるアポロは思いっきりふて腐れている。
両手を拘束されていれば、当然のことだろうが。
「おい!!いいかげんにしろよ!!」
頭でっかちの副司令は、いとも簡単に堪忍袋の緒を切らした。
「ぐはっ!!」
次の瞬間、ジェロームの顔面が、アポロのサンダルに踏みつけられていた。
空中で背後に身体を回転させ、床にキレイに着地する。
立ち上がると、ジェロームの顔面に頭突きを喰らわせ、その反動を利用して、身体を回転させたのだ。
拘束された状態でここまでとは、驚くべき運動能力である。
しかも、拘束された腕を無理やり回転させて前に持ってきた。
「くっ!!貴様ぁ!!」
傍にいた警備兵が銃を構え、威嚇射撃をしようとする。
が、それを不動が制した。
アポロは手錠を外そうとガチャガチャと繰り返していたが、突然目の前に現れた不動の蹴りを顔面に喰らって、勢いよく吹っ飛んだ。
だが、これに黙っているアポロではない。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
すばやく体勢を立て直すと、今度は手錠を嵌められたまま拳で不動に殴りかかった。
しかし、これもいとも簡単に避けられて逆襲されたあげく、見事に踏みつけられてしまった。
アポロは悔しそうに下から睨みつけるが、どうにもならなかった。
リーナやソフィアも薄く微笑んでいる。
「くっ!!てめぇ!!」
「人にモノを尋ねるときには、まず自分から名乗るものだ。少年よ、今生の名はなんという?」
「くっ・・・・アポロ・・・」
「ふっ・・・アポロか、良い名だ」
静かだが重い響きのある言葉に、アポロは自分の名前を話した。
そのころ漸く意識が戻ったジェロームだったが、何が起こったのかまったく覚えていなかった。
<シリウス・書斎>
「お兄様!!」
妹が呼ぶ声に、シリウスは振り向いた。
ディーバ基地にあるシリウスの書斎だ。当然だが二人の他、入ってくる者は誰もいない。
「ねえねえ、お兄様はどうだった?始めての合体!!」
シルヴィアはシリウスに甘えるように、はしゃぎながら聞いてきた。
普段はアリシア王家の者らしく大人な態度をとるのだが、シリウスと一緒のときはどうしてもこうなる。
ドブネズミのアポロとの合体だったことは差し引くとしても、あの未知の感覚はどうしたって忘れられるものではない。
足の先から頭のてっぺんを突き抜ける、大きな力の流れに身を任せるような感覚。
それが心に満たされたとき、爆発が起こったかのようだった。
さらに流れに全てを委ねれば、天にでも昇っていけそうなもっと大きな快感。
強く、そして優しく、全てを包んでくれるような大いなる力。
肌を重ねているかのように感じられる鼓動と体温が、感覚を高め自分の世界を広げてくれる。
「来るべき新世界の予感・・・・まるで一万本のバラの花に包まれて、愛しき人と朝を迎えるような」
「いやん・・・お兄様ったらそんな・・・はしたないことを」
シリウスの言葉にシルヴィアの妄想が始まったようだが、自分との合体だとは一言も言ってない!!
あくまでも、グレンと麗花との合体である!!
そんなことには構わず、シルヴィアの顔は真っ赤になっている。
「芳しき光・・・・楽園の輝き・・・だが、あのときは違った!!」
途端にシリウスの顔つきが険しくなり、白いバラの花びらが握りつぶされて床に落ちた。
シルヴィアも少し怯えた顔になる。
「あれは、美しくあるべき合体を汚すものだ!!野蛮な暴力でしかない!!」
シルヴィアは深く反省した。
自分にとって一番大切なものは、兄であるシリウスなのだ。
その兄が否定した物を、自分が肯定してはいけない。
「そうよ!!あんな奴、絶対に太陽の翼なわけがないわ!!お兄様こそ、翼なのよ!!」
「シルヴィア、翼のことを軽々しく言ってはならない」
「・・でも」
「言ってはならない!!」
シリウスは右手のブレスレットを押さえ、釘を刺すように妹を戒めた。
<地下牢獄>
ドーーン!! ドーーン!!
「出せぇぇぇ!!ちくしょおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!出しやがれ!!」
アポロは地下の牢獄に拘束され、扉を蹴り上げていた。
古めかしい造りは、中世頃のものだろうか。実際のところ、このディーバ基地やエレメンタルスクールは、ここを治めていたアリシア王家の土地で、街はもちろんのこと修道院や寺院まで利用しているのだ。
アポロが入れられている牢獄は、それらの建物の一つである修道院の地下に存在する。
しかし、もちろん中身までその時代のものではない。
ディーバ基地とその周辺施設は、過去の遺跡と現代科学、そしてオーバーテクノロジーと称するようなものまで駆使されている。
この牢獄に拘束された者の健康状態はもちろんのこと、声や姿まで、全てモニターされているのだ。
「こんな獣が、本当に太陽の翼だと言うのですか?不動司令」
暴れるアポロの映像を見ながら、ジェロームが言う。
「一万二千年前、アトランティス大戦において、堕天翅族と戦い人類を守った、と記される伝説の勇者・アポロニアスだと」
ジェロームは、創聖の書の一ページを指差した。
ソフィアはモニターを眺め、リーナは瞑想している。
だが、そうしながらも二人も話はちゃんと聞いていた。
「わからん!!」
「司令?」
ソフィアは不動の表情を読み取ろうとしたが、そこからは何も分からなかった。
餌をもらう鯉か金魚のように、口をあんぐりさせていたジェロームはようやく我に返り、さらに質問した。
「ちょ・・・ちょっと待ってください!!そんなどこの馬の骨とも分からない少年を、あなたはアクエリオンに乗せたって言うんですか?!」
ジェロームの慌てたような質問に、不動は平然と言い返した。
「アクエリオンが選んだのだ」
「え・・・・?!」
「馬が乗り手を選ぶように、アクエリオンがあの少年を選んだのだ」
振り向いた不動の表情は、やはり読めなかった。
そのとき、黙っていたリーナが口を開いた。
「月が」
「え?月・・・翼ではないの?」
「悪夢の月・・・・アポロニアスを凌ぐ、闇の翼・・・・悪を司る翼」
ソフィアの問いに、リーナは淡々と答えるだけだった。
「月の話は後にして、調査隊からの報告です。遺跡から、4体目のベクターマシンが発掘されたそうです。形状はベクターソルに似ているそうですが・・・・機体が黒一色で、赤い三日月のような紋様が入っているんです」
ソフィアが思い出したように報告した。
「そのままにしておけ。時が来れば、持ち主が現れる」
「え?!」
不動は謎めいた微笑を浮かべただけで、またモニターに見入ってしまった。
<エレメンタル>
集中治療ポッドの中に、グレンは横たわっている。
身体中にチューブを巻かれ、センサーでチェックされているが、どこから見ても重体だ。
「グレン・・・・私の力が及ばぬせいで・・・」
シリウスはガラス越しに、悔しそうに呟いた。
「たく、エレメントチャートのトップスリーって言っても、実戦でこのザマじゃなぁ」
「ピエール・・・」
シリウスに負けないくらいの背丈と身体つき。褐色の肌に後ろに縛った髪の毛。ピエールだ。
「俺が合体してりゃ、こんな無様なことにはならなかったのになぁ」
「ちょっと、ピエール!!」
挑発的なピエールの言葉を、シルヴィアが咎める。
が、シリウスはすました顔で、
「くだらん。自惚れか?見苦しい・・・・」
「ぐっ・・・・へぇ、自惚れって言葉は、どこぞの王子様のためのものだと思ってたけどなぁ!!」
言うが早いか、ピエールは炎を纏った蹴撃を放った。
炎が尾を引いてシリウスに迫ってくる。
だが、シリウスはそれを一瞬で半歩移動し、軸を外して避けた。
――ブォン!!
シリウスの口から呼気とともに振動波が放たれる。
「ぐお・・・うおぉぉぉ!!」
ピエールはガードして持ちこたえようとしたが、受け止めきれず背後に吹っ飛ばされた。
「くぅ・・・・ぬおりゃあぁぁぁぁぁぁ!!」
ピエールはお返しとばかり、両足に炎を溜め、一気に放った。
シリウスも応戦するように、再び呼気を放つ。
「ん?ええ!!」
そのとき、部屋に現れた麗花は戸惑いを隠せなかった。
こんなところで本気を出したりしたら、どんなことになるかわからない二人ではないはず。
「はぁっ!!」
「てやぁっ!!はぁ!!」
シリウスの口から再び呼気が放たれると同時に、麗花が二人の間に飛び込んだ。
同時に放たれた攻撃を受け止め、自らの気で吹き飛ばす。
「はあ・・はあ・・・」
「麗花!!すまない、大丈夫か?!」
シリウスは慌てて駆け寄り、様子を見る。
それは同時に驚きでもあった。
いくらディーバのエレメント候補生たちが、世界中から集められた才能と能力の持ち主だとしても、こんなことができる者は、まずいないと言っていいだろう。
エレメントスクールにおいても、互いの力量や能力に関して、詳しく知っているわけではないのだ。
「ええ・・・私は大丈夫。それよりも、私のせいでグレンがあんなことに・・・」
麗花はシリウスに支えられて立ち上がると、ガラス越しに眠るグレンを見た。
「君のミスじゃない・・・私が我侭を言わず、最初からヘッドとして機能していれば、こんなことには・・・・・」
「いいえ、私のせいよ。私が関わると、皆が不幸になる・・・・今回のことだって、きっと・・・」
麗花にはある特異な点がある。それは、サイコトレイリング能力と言って、他人の持ち物などから記憶や情報を読み取ることができる力だ。
彼女はこの力がかなり優れていて、それでエレメントに選出されたと言われていた。
だが、それは表向きの話で、実はその能力の高さゆえに奇妙な現象が起きてしまい、それに他人や周囲を巻き込んでしまうというのが本当の理由だった。
ゆえに、彼女は自分自身を『不幸を呼ぶ女』と称して、極力、他人と関わらないように生きてきた。
「私・・・本当に呪われているのかも・・・」
「ちょっと!!お兄様に近づかないでよ、この疫病神!!」
「シルヴィア!!やめないか!!」
「だってそうじゃない!!この女が関わると、いつも碌なことが起きないじゃない!!」
「シルヴィア!!」
兄に強く睨まれて、シルヴィアはそれ以上何も言えなかった。
麗花も、握り締めたお守りを、ただ見つめていることしか出来なかった。
そのとき、警報が鳴り響き、堕天翅族の襲来を知らせた
<シンジと赤い海>
碇シンジは、その日も赤い海を眺めていた。
昼も夜もないこの時の止まった世界に、シンジは記憶しているだけで10年以上も孤独に過ごしていた。
最初のうちは誰かが帰ってくるかと思って待っていたが、そのうち飽きてやめてしまった。
外見は、長く踵まで伸びて束ねただけの紫銀色の髪を覗けば、あのころとちっとも変わっていなかった。
いや、年齢を重ねてはいたが、普通の人間の成長スピードを下回って、ゆっくりになっていた。
ATフィールドは自分の意思で簡単に展開できたが、パターン黒という聞いたこともない結果が出てきたので無視することにした。
時々、おかしな夢を見た。
赤い髪と白い大きな翼を持つ男、そして自分に微笑む黒髪の女。
昔から知っているようで、少しも思い出せない・・・・・でも、暖かかった。
「誰?」
シンジはふと誰かに呼ばれた気がして、振り向いた。
視線の先には、大きな黒い空間があって、そこから何かが聞こえた。
それは、確かに自分を求める声だった。
「僕を誰かが呼んでいる・・・・行かなくちゃ・・・もしかしたら、僕に何か出来るかもしれないんだ」
人類が滅びてから、シンジはずっと考えていた。
あのとき、自分も何か行動を起こすべきだったのではないかと、考えれば考えるほど自分が関わってきた場面が思い浮かんできて辛かった。
――トウジが参号機に乗ったとき
――アスカが壊れてしまったとき
――レイの秘密を知ってしまったとき
この穴の先になにがあるのか、自分はまったくわからない。
でも、今度はもしかしたら・・・あるいは、誰かを助けられるかもしれない。
シンジに迷いはなかった。
「ごめん。僕、行くよ。ここにはもう帰ってこられないかもしれない・・・・だから、さようなら」
振り向いて呟いた言葉は、誰にも聞かれることなく波の音に消えた。
シンジがいなくなったとき、ただ、どこからともなく、
『僕のことは心配してくれないのかい?シンジ君』
という誰かさんの呟きが、世界に聞かれただけだった。
<牢獄と基地で>
「はらへった〜・・・・」
いつも、腹をすかせていた。
施設でも食料は不足していて、食べられない日もあった。
隣で眠っていたはずの仲間が、次の朝には冷たくなっていたこともあったらしい。
自分は施設に入らず、もっぱら奪っては食いつなぐ日々を送っていた。
それなのに、あの冷たい雪の降る日に、バロンは自分が食べるパンを分けてくれた。
「あう・・・・」
「食えよ、ボウズ。食えるときに食う、それが生き残るためのコツだぜ!!」
バロンと仲間になったのは、それからすぐのことだった。
「バロン・・・・」
アポロは天井を見上げて、呟いた。
そのとき、背後の扉が音を立てて開いた。
部屋のすみに飛びのいて、唸り声を上げる。
すると、入ってきたのは、あの部屋で見た車椅子の少女だった。
膝の上にサンドイッチのトレーが乗っている。
「そんなに怖がらなくてもいいのよ?弱虫さん」
アポロは何も言わず、サンドイッチをひったくると、一瞬で胃の中に収めてしまった。
「ふふ・・・まるで獣ね・・・」
「あん?獣」
アポロは訝しげに言い返した。
リーナも返す。
「不動司令が言ってた・・・・あなたは心の底に、闇の獣を飼ってるって」
アポロは改めて少女を見た。
少女は、自分の方を向いていなかった。
ふと、違和感を覚えて、アポロはリーナに近づいていく。
「お前・・・眼が見えてないのか?」
リーナは、アポロが手を動かしても、少しも視線を動かさない。
「ちゃんと見えるわ、心の眼でね・・・・」
リーナの瞳は、やはりアポロを見てはいなかった。しかし、アポロは確かにリーナから視線を感じていた。
「だから私、確かめにきたの。あなたが太陽の翼なのか・・・・それとも闇の獣か」
「つばさ・・・?」
彼女の言うことは、過去生の記憶のないアポロには理解できない。
リーナは微かに微笑んだまま、静かに言った。
「あなたは、どちらかしら?」
<アクエリオンギルティ>
『各機、起動準備終了』
『高次元量子制御装置、正常』
『進路クリアー、発進準備完了』
三機のベクターマシンが、カタパルトに移動し発進を待っていた。
「ベクターソル、発進!!」
「ベクターマーズ、発進!!」
「ベクタールナ、発進!!」
三機は、ブースターの力で大気圏外へと上昇していく。
遠方へ最短距離で移動するには、大気圏内を飛行するよりも早いのだ。
大気圏外から、目標の都市を目指して、ベクターマシンが降下を始める。
機体は高速のために発生した熱によって赤熱化、摂氏一五〇〇度を超える熱だが、空力制御フィールドに守られたベクターマシンに損傷はない。
ある程度降下したところで、三機は通常航行速度に減速する。
回復した機外モニターに真っ先に飛び込んできたのは、人間たちを捕獲する収穫獣だった。
「収穫獣が街の人を・・・!!」
シルヴィアの声が震えていた。
映し出された映像は、何体もの収穫獣によって、無数の人間が、次々と吸収されていくものだった。
「むごいことを・・・・・」
シリウスの表情も険しくなる。
過去、収穫獣に捕獲され、生還した者はいない。
都市がまたひとつ、滅びようとしているのだ。
「グレンの敵は、必ず!!」
麗花は、きっと顔を上げ、他のベクターに通信を繋いだ。
「ベクターソルより各機へ。フォーメーション、S・L・M、コードネーム『大いなるカタチ』」
決意を込め、今一度気合を入れなおす。
三機のベクターマシンが、ソルを頂点とした正三角形のフォーメーションを組んだ。
透明な輝きが、三機を繋ぐ。
『高次元量子レベル、増大!!』
『オーラ共鳴波、合体レベルに到達!!』
「念心!!」
「合体!!」
「GO!! アクエリオン!!」
麗花の宣言で、ベクターマシンがそれぞれ変形を始める。同時に合体に向けて、軌道軸が合わされていく。
コクピットに、光が満ちた。
「ああああ・・・あ・ああ・・」
麗花の眼が、恐怖に見開かれる。
ベクターマシンによって増大した麗花の感覚に、街の人々が感じた恐怖や悲しみが、なだれ込んできたのだ。
他人の苦しみに無頓着な人間なら、こんな状態でも戦えたかもしれない。
しかし、麗花の優しい心は、凄まじい恐怖に引き裂かれんばかりだった。
「イヤァァァァァァァァァァァァァァ!!」
「ん?!」
アポロは牢獄で、堕天翅たちの存在を感じ取った。
「どうしたの?」
「堕天翅・・・・う・・うあぁぁぁぁぁ!!」
リーナの問いも耳に入らず、アポロは恐怖の叫びを上げた。そして、リーナの膝に震えながら倒れこむ。
自分が倒れたことにも気がつかず、アポロは必死に恐怖と戦っていた。
「うぁぁぁ・・・・あ・・・あ・・」
不意に叫びが止み、アポロは脱力したように動かなくなった。
リーナが彼の首筋に吸い付いていた。
やがて、アポロは身体をゆっくりと起こし、真っ直ぐに立ち上がった。
「呼んでいる・・・・・」
アポロが呟いた。
他の誰がそこにいたとしても、見ることはかなわなかっただろう。
だが、リーナの心の眼には、はっきりと見えていた。
アポロの背中に、光り輝く、雄々しい翼が生えているのを。
その輝きが、アポロの全身を包み、一人の男が立っていた。
彼は、赤く輝くフレアのような髪をなびかせていた。
「おいしい・・・・」
リーナは白く輝く牙を覗かせて、ニッコリと微笑んだ。
「麗花のメンタルレベルに変調!!このままじゃ!!」
「感応フィードバックで、恐怖が増大。合体値、大幅ダウン!!」
ディーバ基地の司令室で、クロエとクルトが叫ぶ。
麗花のメンタルレベルを示すモニターに、不気味な黒いもやが、波打つように湧き出て広がっていく。
「合体解除!!指数も限界値以下です!!」
クロエが、さらにあせったように叫ぶ。
クルトも真剣な顔でモニターを、食い入るように見つめている。
ベクターソルはそのままフラフラと飛んでいく。まともに制御が出来ていないのは明らかだ。
全員の脳裏に、グレンの痛ましい姿がよぎる。
そんな不安を振り払うかのように、ピエールが立ち上がった。
「司令!!俺と麗花のテレポートチェンジを!!」
「テレポートチェンジ?!でも、あれは心身に多大な負荷が・・・」
「俺が、廃人になったら、泣いてくれるかい?」
心配そうなクロエに、ピエールはいつもどおりの調子で答える。
とたんに、クロエはムスッとした表情になる。
「麗花のことを、心配しているのです!!」
「つれないねぇ〜、クロエ」
そのとき、背後で聞き覚えのある声がした。
「セリアン!!」
いつの間にか、牢獄から出てきていたアポロだ。しかし、様子がいつもと違う。
まるで別人のような立ち振る舞いに、周囲もおもわず注目する。
「情けない・・・なんて、無様な戦いだ!!」
アポロは周囲のことなど意に返さず、モニターの前まで進む。
「戦士としての誇りを忘れたか!!セリアン!!」
その声が、ルナを操縦するシルヴィアの心に眠る何かを呼び覚ます。
次の瞬間、その表情が一変する。
「アポロニアス・・・・私を、愚弄するのか?!」
自分の口を押さえて、驚きの表情を浮かべる。
明らかに自分の声ではないそれに、戸惑いを隠せない。
『い、今のなに!?』
『シルヴィアの過去生を呼び出している!?』
シリウスも驚いている。
「ふふふ・・・ならば、私とともに、戦いの舞を踊って見せろ、セリアン」
満足げに頷きながら、アポロはシートに向かう。
『人格転移・・・過去生にアクセスしているの、この子?』
アポロを観察しながら、ソフィアは考えた。
「下がれ、私が行く!!」
「おいおい・・・今度は火傷じゃすまねぇぞ」
と、そのとき、アポロの動きが止まった。そして、何かに気がついたようにモニターを見る。
「ふん、怖気づいたか?」
「ふふ・・・どうやら、私の出る幕はないらしい。ついでに言うと、ピエール、貴様の出番もだ」
「はあ?!そりゃいったい、どういう意味だよ!?」
アポロ(アポロニアス)は意味ありげな笑みを浮かべると、ふたたびモニターに視線を移す。
傍にリーナが来ていた。
「悪夢の月が来るわ・・・・・もうすぐ、来るわ」
「そういうことだ・・・・・奴が来るならば、私が出て行く必要はない。なぜなら、奴は私よりも強いのだから」
その言葉に、周囲の空気が一変する。
伝説の勇者以上の力を持つ者、それが本当ならば、創聖の書に記されていない存在ということになる。
「上空に高次元量子反応を確認、このパターンは・・・・・データに存在しません!!」
クルトの声に、全員がモニターを見る。
「なんだありゃあ!!」
ピエールの驚きはもっともだった。
空中に黒い穴が開いたと思うと、そこから人間がゆっくりと落ちてきたのだ。
少年だろうが?
中世的な顔立ちに、黒曜石のような美しい黒髪。自分が落ちていることにも気がついていないのか、眼を閉じたままだ。
シンジは空中で目を覚ました。自分が落下しているのはわかっていたが、不思議と恐怖を感じなかった。
ふと眼を向けると、空を飛ぶ、三機の戦闘機らしきものが眼に入った。
シンジは、それに見覚えがあった。そして、その先にいる、人形のような白い怪物も。
――敵・・・・そうだ、あれは敵だ!!
――乗らなくちゃ・・・・アクエリオン・・・そうだ、彼女のところへ行かなくちゃ!!
――来い・・・・来るんだ!!
「動け!!ギルティ!!」
時間など、たったのだろうか?
はるか向こうから、その黒いベクターマシンは高速で飛んできた。
「謎のベクターマシンを確認、出力・・・・測定不能!!」
「停止確認・・・・彼がエレメント!?」
双子のエレメントは、驚愕している。
「あれは・・・・ベクターマシンなのか!?」
「でも、あんな機体、見たことないわ・・・」
シリウスとシルヴィアも同様だった。
だが、ベクターソルに乗る麗花は、苦しそうに息をつくだけで精一杯で、とてもそっちを気にする余裕はなかった。
そのとき、麗花は耳元で囁く声を聞いた。
『安心して、あの人が来たわ。もう心配しないで・・・・』
「あなたは、誰?」
視線の先にいたのは、身体に赤いローブを巻いた、青白い翼を持つ女性だった。
麗花は彼女の声に聞き覚えがあったが、それがどこだったのか、少しも思い出せなかった。
ベクターマシンは、シンジの真下に来て停止した。そのまま、吸い込まれるように、コクピットへ降下していく。
「ここは・・・コクピットだと思うんだけど・・・」
真っ暗な空間の中に浮かぶシートに、シンジは座っていた。
そのとき、背後で何かの気配を感じた。
『造られし、天翅・・・ヴァーチャーが一体、アクエリオン・・・』
「あの・・あなたは?」
シンジが振り向くと、そこには青年がいた。
黒い長髪を風のようになびかせ、牧師のような服、背に黒い翼を持つ青年が。
実態ではないことは、すぐに理解できた。
その姿は半分透けていて、空間の奥にある壁が見えていたからだ。
『魔法の言葉を教えてあげよう・・・創聖合体』
「創聖・・・?」
青年の視線は、シンジではなく、まっすぐに前を向いていた。
その視線に導かれるように、シンジはいつの間にか、操縦桿を握っていた。と、同時に、身体に這い上がるように、透明な膜のようなものが、つま先から頭のてっぺんまでをおおう。
眠っていた感覚が目を覚まし、シンジの意識が急速に覚醒する。
『呪文を唱えて・・・創聖合体』
その言葉こそは、大いなる力の扉を開け放す呪文。
人間が天翅と戦うために、必要な力の言葉。
紡ぎだす思いの力、アクエリオンの力!!
「創聖・・・合体」
シンジは呟くように、復唱する。
『創聖合体・・・君も、過去生を持つ者なのか?』
ウィンドウが開き、シリウスが映る。
続いて、もう一つのウィンドウが開く。シルヴィアだ。
『どうでもいいけど、急いで!!ケルビム兵が、本格的に暴れだしたわ!』
ケルビム兵は頭からレーザーを連射し、腕を振り回して傍若無人な攻撃を繰り返していた。
すでに都市の半分が破壊され、瓦礫の山がそこらじゅうに広がっている。
このままなら、全滅は時間の問題だろう。
「くっ!!麗花、シルヴィア、私がヘッドになって再度迎撃を試みる!!」
「了解!!お兄様!!」
「わかった・・・え?!この感覚は、いったい!?」
麗花は心を激しく揺さぶられ、一瞬、敵から気がそれた。
これを、ケルビム兵は逃さなかった。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「麗花!!」
シリウスが叫ぶ。
ベクターソルは、とつぜんの攻撃でダメージを受け、大きくバランスを崩した。
すかさず、ケルビム兵はソルを捕まえた。
機動をかけ、脱出を試みるが、今の麗花には無理なことだった。
「創聖合体!! GO!! アクエリオ―――――ン!!」
シンジが叫んだ。
ベクターマシンが急激に加速し、唸りをあげてケルビム兵に向かっていく。
迎撃するケルビムもレーザーを連射するが、ベクターマシンは隙間をぬうように、恐ろしい速さで避ける。
さらに、麗花のベクターマシンにも異変が起きていた。
ガッチリと捕まれていたはずなのに、黒いベクターマシンが近づいたと思うと、突然、急激に起動して脱出できたのだ。
それに同調するように、ベクターマーズも引き寄せられていく。
『これは・・・・あの、ベクターマシンの力なの?』
強くなった、力の奔流。
ベクターソル、ベクターマーズは、凄まじいスパークを放つ輝きに包まれて、見事なフォーメーションを形づくった。
『なぜだ・・・アポロ以上の力を感じると言うのに、この雄大さ・・・まるで、おおらかな風にのっているようだ』
『で・・でも!!この感じたことのない、快感はいったい!?』
シリウスは、例えようもない清涼感を感じ、思わず頬がゆるんだ。
麗花は身体の内側に、頬を上気させながら快感・・・いや、快楽を感じだしていた。
三機のベクターマシンは、ほぼ直線上に並び、次々に変形しながら、アクエリオンの形になっていく。
「う・・・うあぁぁぁぁぁぁ!!」
「お・・おおおおお!!」
「あ・・・・あ・・ああああああ!!」
三人は光のオーラに包まれながら、湧き上がる力と繋がる意識を感じ取っていた。
『ああっ!!ダメ、ダメ・・・・あ・・あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
『れ・・麗花!!はしたない・・・・う、うぉぉぉぉぉぉぉ!!』
麗花もシリウスも、最初のときとは違う、新たな力の誕生の感覚を共有していた。
麗花の脳裏に、過去生の記憶がフラッシュバックする。
空に浮かぶ地球を背にして立つ堕天翅、悪夢の月、アルテミス。
『アルテミス・・・・』
身も心も捧げても構わないと思うほど愛する男に声をかける。
彼の瞳が、慈愛に満ちた光をただよわせながら、女を見つめている。
『愛しているよ、ディアナ』
彼の言葉が心に響き、ローブを脱ぎ去って裸になりながら、胸の中に飛び込んだ。
自分よりも少し背の高い、彼の首筋のにおいを吸い込みながら、そのまま倒れこむ。
「彼が・・・私の過去生と一緒に・・・」
過去生の記憶を、今、初めて感じた麗花だったが、ホログラフとして映し出されたシンジの横顔を見ていると、胸の中に熱い思いが湧き上がるのを感じた。
――ジャキィィィィィ!!
「アクエリオンギルティ!!」
それは、鬼のような頭部を持つ、漆黒と紅の巨人だった。
背中には、本や図鑑でしか見たことのない、あの悪魔のような翼が羽ばたき、獣を思わせる鋭い瞳がギラリと光り、その目元には涙のような赤い痕が付いていた。
空中から降り立つその姿は、死神が審判を降しにきたかのようにさえ思えた。
「キレイな黒・・・・」
リーナが呟く。
「アポロに続き、またしても・・・・いったい、どうなっているんだ!?」
ジェロームは状況を理解できず、頭を抱えた。
その横で、アポロは不敵な笑みを浮かべている。
「な・・・いったいなんなのよ!?」
近くを飛行しながら、シルヴィアも驚きを隠せない。
「ギルティ・・・・でも、あの瞳が悲しげに見えるのはなぜなの?」
ソフィアは思わず、スクリーンに一歩、歩み寄った。
「奴は、殺意の牙と憎しみの翼を持ちながら、その優しさゆえに、いつも悲しみを秘めた瞳をしていた。戦場では、『殺戮』と弐つ名を付けられた私でさえ、その戦う姿に恐怖するほどだった・・・・・」
アポロは少し悲しげな表情を浮かべて、口をつぐみ、その禍々しい光景を思い出した。
アルテミスは自分と違って、自らの手を汚すことが少なかった。
人間たちの心に眠る、『大罪の獣』たちを呼び覚まし、殺し合いをさせる。
阿鼻叫喚の地獄絵図が広がり、殺意と憎しみが世界を支配した。
だが、それを見つめるアルテミスは、いつも大きな声で笑いながら、血の涙を流していた。
その後を、不動が続ける。
「殺意と憎しみ、それは優しさや愛しさと紙一重の思い。それを抱えながら、あえて戦いに身を投じた男の血涙を、いったい誰が蔑むことができようか・・・・・」
不動は高く片腕を振り上げて、叫んだ。
「その心意気や、良し!!戦え、ギルティ!!」
不動の声が司令室に響き渡る。
「さて、葬送曲を奏でよう・・・・・ディアナ、あとで話をさせてくれないか?」
「はぅっ・・・・・・ふふ、いいわよ、私の愛しい人」
シンジの問いかけに、麗花の過去生が反応する。
この会話に、シリウスは一人取り残され、司令室のメンバーも口をあんぐりさせている。
「う、美しい愛を語り合っているところすまないが、眼前の敵に集中してくれないか?」
「ん?ああ・・・・あの、ケルビム兵か。では、死んでもらおう・・・!!」
シンジが言うが早いか、ケルビム兵は危険を察知し、レーザーからビーム砲攻撃に切り替えた。
――ズキャアァァァァァァァ!!
もっとも、ギルティに防御や回避などは関係なく、一瞬、姿が消えたと思うほどのスピードで敵に近づき、貫手でコアを深く貫いていた。
そのあまりの速さに、司令室は息を呑んだように、シンと静まり返った。
「なんと静かな攻撃・・・・美しい」
シリウスも、幾分かズレタことを言っている。
「さて、君が送った雑兵は、このとおり倒されてしまった・・・・聞こえているか?頭翅」
その問いに、アトランディアでこの光景を見ていた当人は、驚きを隠せなかった。
だが、すぐにその顔に笑みがこぼれる。すなおに、嬉しいのだ。
太陽の翼と並び称された、もう一人の翼が復活したのだから。
司令室にも緊張が走る。まさしく、人間(過去生)と堕天翅のファーストコンタクトだ。
『アトランディアにいる堕天翅と通信できるなんて、この子のポテンシャルは、計り知れないわ』
ソフィアは冷静に分析した。
アポロも聞いている。
『聞こえているよ、もう一人の翼。君も、帰ってきたんだね』
「ふふ・・・その呼び名は、アポロニアスだけの物だと思っていたが・・・・まあ、元気そうで何よりだ。お前が復活したということは、すでに一万二千年が過ぎたということか、長いものだ」
『なぜだろう?僕は、愛しい翼を取り戻したいだけなのに・・・・』
「セリアンに奪われし、太陽の翼か・・・・・健闘を祈る」
『ありがとう・・・・僕のことを理解してくれるのは、君だけかもしれない』
ほんの数分程度の通信を最後に、今日の戦闘は終了した。
別の時空からやって来たエレメント、碇シンジ。
太陽の翼の生まれ変わりとされる、アポロ。
そして、彼らと深く関わった過去生を持つ少女、シルヴィアと麗花。
彼らがこの世界に何をもたらすのか、それはまだ、誰にもわからない・・・・
ちなみに、ベクターマシンが突如飛び立った遺跡は、その衝撃のためになくなってしまったということだ。
【シンジ】
アポロはよく食べるねぇ、どんなものが好き?
【アポロ】
あん?そうだな、ウシガエルの唐揚げとネズミの塩焼きだな!!
【シンジ】
ふ〜ん、わかった!!明日の朝食のメニューは、全員それでいこう!!
【ピエール】
やめんか!!次回、エレメントたち。次回は、観察しちゃうぞ!!
【シルヴィア】
あなたの全てを知っている!!
始めまして、トンプクと申します。
いつもはROMっているだけだったのですが、皆さんの小説を読んで、自分も投稿したくなってこんな電波を受信しました。
遅筆なので不定期な投稿になると思いますが、御意見、ご感想などよろしくお願いします!!