「人は自由を得たのち、いくらかの歳月を経過しなければ自由を用いる方法がわからない、か」
「マーコレーの言葉ですね」
エヴァのつぶやきに、茶々丸は律儀に答えた。
コーヒーの代金を払ったエヴァはちらりと空を見上げる。
今の自分ならすぐにでも麻帆良を飛び出していけるが、
(よく考えれば、どこに行こうかなど考えてもなかったな)
まるで籠にとらわれた鳥のように、ただここではないどこかに逃げ出そうとしていただけ。ところがいざ籠の扉が開いても行くべき場所もなく、いまだ籠の止まり木に止まっている。
「まあ、ここは居心地が悪いわけでもない」
麻帆良に張り巡らされた結界はうざいが、それ以外は比較的快適な環境だ。
それに、無聊を慰める興味の対象もいる。
「しばらくはここにとどまるか」
つぶやくとエヴァは席を探す。その目に、テーブルに覆いかぶさるように居眠りをしている少女を見つける。
正確には少女の姿をした人物―――先ほど思い浮かべた興味を引く対象だ。
「横島」
エヴァが少女に声をかけると同時に
「横島さん?」
横島のテーブルを挟んだ反対側から、同じように横島を呼ぶ声がした。
「んぁ?」
両方向から呼ばれた横島は、のっそりと上体を起こした横島は、目をこすりながら自分の左右を見比べる。
「エヴァちゃんたちと…ネギとアスナちゃん?」
つまりどういう状況かと、横島は寝ぼけ眼で左右を見る。自分から右手にはエヴァと茶々丸。左手にはネギと、カモを肩に乗せたアスナ。両者は睨み合いというには険のない様子で、横島のテーブルを挟んで向き合っている。
「まずは座ったらどうだ?」
「あ、はい」
「……」
ネギは素直に、エヴァはそっぽを向きながらも、しかし席に着く。
座ってから、最初に口を開いたのはネギだった。
「こ、こんにちは、エヴァンジェリンさん」
「フン!気安くを交わす仲になったつもりはないぞ」
「こんにちは、ネギ先生」
照れとも緊張ともつかない表情のネギに、エヴァはどこか苦手意識を帯びていそうな表情で、茶々丸はいつもの無表情で応える。
そんなエヴァの様子を、アスナがにやついた表情で眺めていた。
気づいたエヴァが何のつもりかと問う前に、アスナのほうからその理由を口にした。
「聞いたわよ――。エヴァンジェリンさん、あんた、ネギのお父さんのこと、好きだったんだってね」
ぶーーーーっ!
「うわ、汚ぇ!」
エヴァは口の中のコーヒーを褐色の霧に変えて噴出し、噴射先にいた横島はあわててその圏外に飛びのく。
口の中の液体がなくなったエヴァは、すぐさま机を乗り越えて、あわてた様子のネギを締め上げる。
「き、き、貴様!私の夢の内容を…!」
「い、いえ、あの…!」
「お、落ち着けよ、エヴァちゃ…」
「そそのかした貴様も同罪だっ!」
「ごぶっ!」
止めに入った横島だったが、エヴァの裏拳がみぞおちに入り「だから…誤解だって…」とつぶやきながら、テーブルに突っ伏した。
「マスター、本当なのですか?」
「ええい、うるさい!」
赤い顔をして涙目で言うエヴァ。
しばらくして落ち着きを取り戻せたのか、エヴァはだいぶ顔色が変化したネギを開放した。
しばらくして、ネギと横島が持ち直してから、エヴァは口を開いた。
「…ああ、そうさ。好きだったよ」
「あ、本当だったんだ」
再び、意地悪い笑みを浮かべるアスナだが、エヴァはそれを無視してこう続けた。
「だが…奴は死んだ」
「え?」
軽い驚きを得て、アスナはエヴァの顔を改めて見る。エヴァの目元には涙が――たぶんさっきの秘密を知られたことによる羞恥心とは別の理由の涙が浮かんでいた。
だがそれもつかの間。エヴァが小さく息をつくと、顔は再びいつもの、感情を感じさせないような無表情に戻っていた。
「私の呪いもいつか解いてくれるという約束だったのだが…。
まあ、くたばってしまったのなら仕方なかろう。
それに、横島が呪いを解いてくれたしな」
言い終えると、エヴァはカップに口をつける。
エヴァは、ただ事実を読み上げているだけで、なんら感情を表すような言葉は言わなかった。だが、その緑色の目は、どこか憂いを含んでいるように見えた。
(ふん…バカめ)
胸中でつぶやいたその言葉は、死んだ想い人に向けたものか、それともそんな男に想いをささげてしまった自分に向けたものなのか。
だが、そんな憂いの思考は、ネギの言葉で吹き散らされた。
「でも、エヴァンジェリンさん!
僕、サウザンドマスターと、父さんと会ったことがあるんです!」
「…何だと?」
ネギの言葉で、エヴァの中に名状しがたいほどの歓喜があふれるが、すぐにそれは勢いをなくす。
15年の待ちぼうけ。この長い時間によって証明されたナギの死という事実は、子供の証言一つで覆るようなものではない。
だが…
(だが、もしかして…)
心のうちにそっと蘇る希望。しかしエヴァはそれを無視して言う。
「何を言っている。確かにあいつは10年前に死んだ!
お前は奴の死に様を知りたかったのではないのか?」
「違うんです!」
エヴァの否定に、しかしネギの言葉は続く。
「大人はみんな、僕が生まれる前に死んだって言うんですけど…」
ネギはテーブルに立てかけていた杖を手に取る。
「けど…僕は六年前に、確かにあの人に会ったんです
そのときにこの杖をもらって…」
ネギは手にした杖を握り締める。
その杖は、確かにサウザンドマスターが愛用していたものだった。その事実は、ネギの証言を裏づける。
それをネギが手渡されたということは…。
(まさか…本当に…)
「だから、きっと父さんは生きています。僕は父さんを探し出すために、父さんと同じ立派な魔法使いになりたいんです」
自分の夢を語るネギ。しかしその言葉は、エヴァの耳には入っていなかった。
聞こえるのは、早鐘のように強く早く鳴り響く、自分の鼓動の音。
「そんな…。奴が…サウザンドマスターが生きているだと……」
エヴァは自分の声が震えているのと、眦から涙が零れ落ちるのを認識した。
霊能生徒 忠お! 二学期 1時間目 〜ワンドのA・逆位置(緩やかな始まり)〜
サウザンドマスターが生きている。
その知らせに、エヴァの目に写る世界がばら色に輝きだした。
「ハハハハ!そーか、奴が生きているか!こいつは愉快だ!アーハハハハ!
ハッ!殺しても死なんような奴だと思ってはいたが!ハハハハハハハッ!」
茶々丸を引き連れて、エヴァは笑いながら歩いていた。その隣を、ネギとアスナ、そして横島も歩いていた。
「フハハ!そーか、あのバカ!フフハハッ!
まあ、まだ生きていると決まったわけではないがな!フハハハハッ!」
「うれしそーね」
「はい」
言っていることとは裏腹に、生きていることを確信しているような口調のエヴァに、アスナは額に汗を浮かべた笑顔で、茶々丸は無表情ながらどこか嬉しそうな顔で言う。
その横で、横島は今にもスキップでもしそうなエヴァの背中を眺めていた。
エヴァが自分のストライクゾーンに入っていれば話は違うが、彼女は明らかに守備範囲外。嫉妬の理由はない上に……
(好きな相手と死に別れは、辛ぇよな)
横島は足を速めると、高笑いをあげるエヴァの頭をなでてやる。
「ははにゃ!?…な、なんだ?」
半端に高笑いを中断して、エヴァは憮然と横島を見る。そこには横島の嬉しそうな微笑があった。
「よかったな、エヴァちゃん」
「ん?お、おう…」
表情は変えず、しかし黙って頭をなでられるエヴァ。
エヴァは、上目遣いに横島を見る。その笑顔と頭に感じる横島の体温が、昨日の夜に抱き上げられたときの記憶を思い出させる。その居心地が良いとも悪いともいえない不思議な感覚に導かれるように、一つの問いがエヴァの口を突いて出た。
「…あ、あのな、横島…。その…何か思うところはないのか?」
「ん、何だ?」
「その、だ。サウザンドマスターが生きていたことを喜んでいるわけだが…」
「良かったな、好きなんだろ?…ってつまりはエヴァちゃんもアスナちゃんと同じ親父趣味…」
「違う!というか、な…何か感じんのか?こう、モヤモヤした対抗意識というか嫉妬というかそういう……ああっ!もういい!気安く撫でるな!」
なぜか頬を赤くしたエヴァは、今更ながら横島の手を跳ね除ける。
「な、何を怒ってるんだ?」
「フンッ!」
首をひねる横島と、高笑いをやめて再び歩き出すエヴァ。
それをチャンスとして、ネギがエヴァに尋ねた。
「あの、エヴァンジェリンさん。それでですね。
手がかりはこの杖しかないんですが「―――京都だな」…え?」
エヴァが先回りして回答した。
「京都には、奴が一時期住んでいた家があるはずだ。奴の死が嘘だというなら、そこに何か手がかりがあるかもしれん。
ちょうどいいではないか?」
「ちょうどいい…って、どういうことですか?」
「横島さんはともかく、ネギ、あんた先生でしょ?」
エヴァのちょうどいいという発言に、首を傾げる横島とネギにアスナは呆れたといった感じで言った。
「私たちは来週から―――」
「―――来週から僕達3−Aは、修学旅行で京都・奈良に行くそうで…もう準備はできましたか!?」
『はーーーーーーーーいv』
ネギの問いにクラスの大半が声を返し、残りは苦笑するかさめた表情でその様子を眺めるかしていた。
昼休みにアスナに修学旅行のことを聞いて以来、ネギのテンションは最高潮だった。
初めて得れた父の情報、しかもすぐに行くことができるなんて…!
「うわぁーーーー!楽しみだな、修学旅行!早く来週が来ないかな!」
鳴滝姉妹と一緒に、もう待ちきれないという様子でばたばたするネギ。
教室の廊下側最後尾から、横島はそれを見ていた。
(修学旅行…か)
「どうした、不景気な顔をして」
「ん?そんな風に見えたか?」
隣の席に座るエヴァは、横島の顔に浮かんでいる微妙な表情を見て言う。
「京都といえば日本文化の中心だぞ?」
「興味あるのか?」
そういえばエヴァは囲碁部と茶道部に所属してたっけと、横島は思い出す。
「ああ。お前も私の京都観光に付き合うがいい」
「う〜ん。行きたいのは山々なんだけど…美神さんが怒るしなぁ…」
「美神?…お前の、仕事先の上司か?フン。下らん。あれほどの力を持つ者が…」
「………美神さんの恐ろしさを知らねぇから、そんなことが言えるんだよ」
「………そんなに恐ろしいのか?」
「美神さんを怒らせるくらいなら、ひのき棒と鍋のふたを装備して魔王に戦いを挑んだ方がましだ」
冗談っ気がまるでない表情で言う横島に、エヴァはどうコメントしてよいか分からず眉根をひそめる。
ちょうどその時、教室前方の扉が開いた。開いた先にいたのはしずなだった。
「ネギ先生、横島さん。学園長がお呼びですよ」
「あ、はーーーい」
「ん?俺も?」
しずなの声に、ネギはそのままのテンションで元気に、横島はいぶかしげに答えたのだった。
「え…しゅ、修学旅行の京都行きは中止!?」
突然の知らせに目を見開くネギの後ろで、横島はどういう状況なのかと考えていた。その視界には右手に包帯をまいた学園長ともう一人、美神美智恵の姿があった。
しずなにつれられて学園長室に行った横島とネギを待っていたのは、学園長と、そして日本オカGの最高顧問、美神美智恵だった。どうして彼女がここにいるのかを問う前に、挨拶もそこそこに学園長は、包帯の巻かれていない手で髭をなでながらこう言ったのだ。
すなわち「修学旅行の行き先が京都じゃなくてハワイになるかもしれない」と
「きょ、きょ〜と〜……きょうと……きょ〜とぉぉぉぉ……」
「いきなり中止なんて、何があったんすか?」
珍妙な舞を踊りながら壁に手をついてうなだれるネギ。一方、修学旅行と関係ない横島はそれを無視して学園長に尋ねる。
「ふむ、中止とは決まっとらん。ただ、先方がかなりイヤがっておってのう」
「先方?京都の市役所とかですか?」
「いや…う〜む、なんと説明してよいやら…」
「関西呪術協会よ」
言い渋る学園長に代わって、隣にいた美智恵が言う。その聞きなれない単語に、ネギは首をかしげる。一方、一度ここでその名前を聞いたことがある横島は、額にいやな汗をかきながら、確信に近い悪い予感、をひしひしと感じていた。
ああ、また面倒なことになるんだろうな、と。
関西呪術協会は、さかのぼれば陰陽寮にその端を発する。
平安とは名ばかりの、魑魅魍魎が跋扈する、霊的に富んだ都を守護する彼らは、その当時としては、おそらく世界最高水準の霊的、魔法的技術を持っていた。しかし朝廷の栄華が衰えるとともに、その庇護下にあった陰陽寮も衰退していく。それに止めを刺したのは、戦国末期に海外から流入した、魔法と霊能の概念だった。
それまでの日本において、魔法と霊能の違いは判明せず未分化であった。だがその違いを明確にする概念の流入により両者は区別され、そして差別が始まった。魔力容量の違いはあれ、方法さえ学べば基本的に誰でも使える魔法。それに対して霊能は、才能がなければまったく使うこともできない。その事実は、霊能の才を持たざる者達の中に嫉妬を生み、また人外の存在が使う術もことごとくが霊能であるという事実は、その嫉妬に大義名分を与えた。結果、マジョリティである魔法使い―――彼らの言うところの陰陽術師はマイノリティである霊能力者―――彼らの言うところの異能者を放逐した。
日本において魔力を使う術、魔法の術体系は陰陽寮が独占していたため、日本には魔法組織の陰陽寮と、その他の霊能組織という構図が出来上がった。
その均衡が崩れたのは江戸幕府崩壊、大政奉還の時だった。陰陽寮は、公式には廃止になったが、尊皇派の政府の元、日本呪術協会として再編成され、さまざまな権限を与えられた。彼らは、日本を裏から支える存在として、栄華を取り戻しのだ。
だが、その当時はまだ、日本呪術教会は、霊能に対しては差別的ではあるが、西洋魔法に対しては寛容、というより好意的だった。富国強兵の流れに従い、より進んだ西洋魔法を取り入れ、魔法使いを招き入れ、巨額の資金を投じて巨大な学園都市、麻帆良学園すら築き上げた。
しかしその流れは、第二次世界大戦によって反転する。GHQの占領政策の下、日本呪術協会に与えられていた権限が、すべて剥奪された。それを担当したのが、西洋魔法使いだったのだ。日本呪術協会はGHQの政策と戦後の混乱により、規模を縮小し関西の一組織へと零落した。その組織こそ、関西呪術協会だ。
その後、混乱が収まり、日本呪術協会の再編を目指そうとした関西呪術協会だったが、そのころには高度経済成長によって幅を利かし始めたGSや、組織の規模縮小時に離脱した魔法使い達が作った関東魔法協会をはじめとする魔法組織が各地にあり、日本呪術協会の影響力は完全に消え去っていた。
「そしてそれから半世紀。古くからの霊能への差別と、第二次大戦での西洋魔術師への遺恨で、関西呪術協会は外部と孤立した閉鎖的な組織になってしまった、というわけじゃ」
「へぇ…そうだったんですか」
学園長の語った、日本の魔法使いの歴史にネギは感心したように頷く。一方、横島は不可解さを表情に表していた。
「ふむ?何かわからないことでもあったかのう?」
「あ、いや、そうじゃありません。大体の事情は分かりました。
要は、その協会が西洋魔術師のネギがやってくるのが気に食わない、ってことっすよね?」
「うむ、まあ、そんな感じじゃ」
「え…!?じゃあ、僕のせいですか!?」
言われてきづいたネギは、驚きと絶望の混じった声を上げる。
それを見た学園長は、まあ聞きなさいと落ち着かせて、話を続ける。
「ワシとしては、もー喧嘩はやめて西と仲良くしたいんじゃ。そのために特使として西へ行ってもらいたい」
「僕が…特使?」
振って沸いた大役に、ネギの顔が強張る。それを落ち着かせるような泰然とした態度で、学園長は引き出しから封筒を取り出した。
「ふぉふぉ。そう難しいことではない。この親書を向こうの長に渡してくれるだけでいい。だが道中向こうからの妨害があるやもしれん。彼らも魔法使いである以上、生徒達や一般人に迷惑が及ぶようなことはせんじゃろうが……ネギ君にはなかなか大変な仕事になるじゃろ…どうじゃな?」
どうかと訊かれて、ネギは考える。
これを届けるという役目を引き受ければ京都に、父の手がかりがあるかもしれない場所に行くことができる。
だが、それと同じくらいに、マギステル・マギ――立派な魔法使いを目指すものとして、平和の手助けをしたいという感情もある。
迷うべき要素はない。
「わかりました。任せてください、学園長先生」
はつらつとした、しかし必要以上の気負いもない笑顔で、ネギは答えた。
それを見て、学園長も笑顔になる。
だがその一方で、ネギの隣に立った横島の表情は、いよいよ険しいものに、というより引きつったものになっていく。
閉鎖的な関西呪術協会。修学旅行。親書。そして、オカG所属である美智恵の存在。
それらのピースが、横島に、一つの未来予想図を作らせる。
わずかな否定の可能性を求めて、横島は学園長の隣に立つ美智恵に問いかける。
「…あの…隊長?だいたい予想がつくんすけど…」
「あら?それじゃあ、遠慮する必要はないわね」
美智恵は笑顔でそういうと、それから表情を引き締めて、横島に問いかけた。
「横島君。オカルトGメンとして、あなたに特使と親書の護衛を要請します」
「あ、やっぱり…」
「え、えええぇっ!」
美智恵の言葉に、横島は諦観のため息を、ネギは驚きの声を上げた。
「って、そこで何でお前が驚くんだ?」
「え、だ、だって、これは魔法使い同士の問題であって、横島さんやオカルトGメンは霊能力者の組織じゃないですか?」
「まあ、そりゃそうなんだよな…」
横島はネギの言葉に同意しながら、美智恵に視線で説明を要求する。
美智恵は気がすすまなそうに答えた。
「シェア拡大の布石よ」
「……ああ、なるほど」
「…?どういうことですか?」
美智恵の一言に、横島は得心が行ったという風に、ぎゃくにネギはますますわけが分からなくなったという風に言った。
美智恵は、そんなネギの様子に微笑ましいものを感じながら説明を進める。
「今回の親書は単に東と西の関係改善にとどまる話じゃないの。
今の関西呪術協会は鎖国をしていた江戸時代の日本と同じ感じなのよ。そのせいで、ほかの魔法組織はおろか、オカルトGメンも関西の方ではほとんど活動をできていないの。
その『鎖国』中の関西呪術協会に、たとえ同じ魔法組織であっても融和的な外交チャンネルを造るって言うことは、関西を囲んでいる壁に罅を入れることになるのよ。それを機に、他の魔法組織の魔法使いや霊能力者も関西に進出できるようになるわ」
「さらに言うなら、その罅入れにオカGが絡んでいるとなれば、後々の関西進出に際して、民間GSに先んじることができる、ってわけさ」
「え…あ、そうですか…」
美智恵と、付け加えられた横島の解説に、ネギは納得しつつも、どこか釈然としないものを感じる。つまり横島の護衛は、美智恵の言うとおり、オカルトGメンのシェアの拡大のための下準備なのだ。
そのことは頭では理解できるが、10にも満たない子供としての感性では、打算に満ちたその行為は、どこか納得できないものだった。
うつむき加減のネギ。その頭に、そっと手が載せられた感触がして、ネギは顔を上げる。
「ほれ、あんまり難しく考えるなよ」
手の主は横島だった。横島は白い歯を見せる笑顔で、ネギの頭をなでる。
「別に悪いことするわけじゃないし、それにただオカGのため、ってわけでもないんでしょ?」
後半は美智恵に向けた言葉だった。彼女は肩をすくめる。
「ええ。あなたの派遣をすることによるメリットは、それ以上に霊能力者の地位向上という意味があるのよ。関西では、霊能力者への差別が厳しいって、知ってるでしょ?」
美智恵の言葉に、横島は頷く。
関西の古い地区などでは、部落差別などと同様に、霊能力者への差別というものも存在する。横島が小学生の頃に住んでいた地区は比較的新しく開発されたところで、それほどひどくはなかったが、それでもそういう話や、学校で頻繁に配られる『差別や虐めはやめよう』という手紙の存在から、そのことは知っていた。
「霊能力者が特使の護衛――物々しい言い方になるけど特使団の一員として、関西に行くって言うことは、西の長が霊能力者を認めるということのつながるわ。
魔法使いの存在が表に出ない以上、急速な効果はないかもしれないけど、少なくとも魔法界ではかなりの効果があるのよ。まして、その霊能力者があなたなら、ね」
「俺ならってどういうことっすか?」
いきなり自分のことを出されて、首をかしげる横島。
それを見て、やり取りを黙ってみていた学園長が口を挟んだ。
「なにを言っとるんじゃか…。横島君は、あの有名な『文珠使い』横島の妹じゃろ?」
「……へ?」
俺が俺の妹?
その意味が分からず、横島は脳をフル回転させる。
俺は文珠使いで、俺に妹はいなくて、俺は今、女で妹…
「あっ…ああ!そういうことっすか!」
「ええ、そういうことよ」
数秒黙考して、横島はその意味をようやく捉え、美智恵は横島にウインクをした。
つまり、横島忠緒が、あの『文珠使い』横島忠夫の妹としてネギを護衛するということだ。
『文珠使い』横島は、文珠を使えるという特性のみならず、『人界最強の道化師』ヨコシマと同一人物であるという噂もあり、裏の世界ではかなりの話題になっている。魔法界でも噂になっているということから、かなりの知名度なのだろう。
たとえ本人でなくとも、その妹の霊能力者が護衛につくというだけで、かなりの宣伝効果と、そして抑止力になるだろう、というわけだ。
「まあ、そんなわけで、ただの打算だけじゃないからさ、俺もついていっちゃだめか?」
「えっ、も、もちろん、ダメなわけないじゃないですか!
むしろ大歓迎です!こちらこそよろしくお願いします」
横島の問いに慌てて答えるネギ。先ほどの横島たちの会話の真意は分からないが、とにかく横島が協力してくれるということは分かった。
昨日までもうお別れしなくてはならなかった憧れの人と、もうしばらく、しかも一緒に旅行にいけるなんて…!
(って、違う違う!これはあくまで仕事と、それから父さんの行方の手がかりをさがすための旅行なんだ!)
慌てて浮かんできそうになる妄想を振り払う。だがそれでも湧き上がる喜びは抑えられず、思わず顔に笑みが浮かんでしまう。
一方、横島はそんなネギの心理にまったく気付かず、美智恵と学園長に、神妙な面持ちで問いかける。
「えっと…学園長、ひょっとして今朝言っていた、条件って…」
「うむ、修学旅行への同行がそれの一部じゃ」
「い、一部?」
「なぁに、そう難しいことじゃない」
まだあるのかと、顔を引きつらせる横島に、学園長は引き出しから、布でできた輪を取り出す。それは腕章だった。腕章には『特別風紀委員』と書かれている。
「って、何すかこれ?」
「見てのとおり、腕章じゃよ、風紀委員のな。横島君には、今日から風紀委員をやってもらう」
そう言って、横島に腕章を渡す学園長。横島は半ば呆然とそれを受け取って、それをしげしげと眺める。
「……………………………………………………………………………………………………正気っすか?」
「なんじゃ?不満か?」
「いや、不満じゃないっすけど…」
戸惑う横島の脳裏には、高校時代、風紀委員と名乗る体制の犬達との、熱い戦いの日々が甦る。
休み時間ごとに、かならずどこかのクラスで繰り広げられる、体育の時間の前後に生じるとされる魅惑のアヴァロン。それを探求せんとする夢追い人たる自分の前に立ちはだかる不逞の輩(注:どっちが?)。降り注ぐボウガンの雨から始まり、催涙ガスから電流が流れる有刺鉄線。燃える情熱を踏み消そうとするその様は、まさにハンバーガーヒル。
「…少なくとも、俺は風紀委員とかそういうのとは、むしろ対立する立場のキャラだったような…」
「しかし、これがあると護衛には便利じゃぞ。
特別風紀委員は広域指導員と同じ権限が与えられるからのう。団体行動中に別行動をとっても大丈夫なんじゃ」
「…そうっすね。んじゃ、引き受けます」
少々考えた横島だったが、結局それを受け取ることにした。
やはり修学旅行において自由に動けるだけの権限は不可欠であり…
(それにこれをつけていれば、不審がられることもなく……!)
「ああ、それからのう。その腕章には発信機がついておるからのう。麻帆良内なら何をしているか一発で分かるから、気をつけるんじゃぞ」
「……い、いやっすねぇ。そんな悪用なんかするはずないじゃないっすか」
『巡回にかこつけてお宝拝見大作戦』を見破られ、がっくりと来る横島。
だがすぐに気を取り直して、今度は美智恵に、ある意味もっとも重要かつ、場合によっては致命的な質問をする。
「あ、あの…それで隊長…このことは、その、美神さんは…」
「ええ。令子のにはちゃんと承諾はとってあるわよ」
「ほっ……よかったぁ…」
露骨な安堵のため息を、涙ながらに漏らす横島。
ある意味、これが最大の懸念事項だった。もしここで「あなたから令子に許可をもらってきなさい」とでも言われようなものなら、自分は間違いなく石に噛り付いてでも麻帆良に残ったことだろう。
「というわけで、ハイ、これ」
美智恵は持っていた厚みのある大判の封筒と、それに添えてカードを渡す。
「…こ、これ!GS免許じゃないっすか!?」
「ええ、『更新』しておいたわ」
更新、に妙なアクセントを置いていう美智恵と、『更新』された免許を見て硬直する横島。ネギは不審に思い覗き込むが、しかしまったくその理由が分からない。
GS免許を見たのは初めてなので良く分からないが、事前に聞いていた生年月日、そこに貼られている写真も、印字された横島忠緒の名前や性別も、まったく異常が見られないからだ。
そう、そのGS免許は15歳の少女、横島忠緒のものに間違いなかったのだ。
「こ、こ、これ、って…」
「向こうで何かあったとき、免許がなくちゃ困るでしょ?」
あまりの展開にどもりまくる横島に対して、美智恵は平然と対応し、学園長はといえば、おかしそうに笑うのをこらえている。ただネギだけは、状況が飲み込めず首をかしげる。
しばらく、ショック状態だった横島だが、ネギにこれ以上、不審を抱かせるわけにもいかず、ため息混じりに答えた。
「お、お手数をおかけしました……」
「いいえ、別にかまわないわよ」
笑顔で答える美智恵に、横島は答える気力がなかった。
(ああ…だんだん俺が男だったっていう証明がなくなっていく…)
軽くアイデンティティの消失を感じながら、横島は渡された封筒を広げる。
その中にあったものは、霊障に関する報告書と、そしてそれに付随する依頼書だった。それも一件や二件ではなく、しかもまだ未解決。その上、依頼先はすべて美神所霊事務所になっていた。
「隊長、何すか、これ?」
「令子からの交換条件よ。旅行に行くなら、その前にこれを全部片付けてからにしなさいって」
「ふうん…これを全部…………って、待てぃ!ぜんぶってどんだけあるだ、これ!?」
頷きかけて慌てて数える横島。依頼の数は合わせて二十件程。今日を含めても修学旅行までは六日、一日辺り三件…。
「って無茶っぽいっすよ!?これなんか現場が北海道とかだし!?」
「ま、そこらへんはがんばって」
「が、がんばれって言ったって…」
横島は改めてその厚い紙束を見る。
これが百件とか五十件とかなら、あるいは単なる嫌がらせとして逆に手を抜ける。だがしかし、この二十件という数字は、無理をすればあるいは何とかなりそうな数字だ。それはつまり言い換えれば
(できなかったら、手を抜いてたってことでしばかれる…っ!)
どの道、全力で励む以外、選択肢はないらしい。
「まあ、力を取り戻すための修行だと思って気楽にやりなさい」
「へぇい…」
意気消沈しながら、横島は頷いた。
何はともあれ、これで学園長と美智恵が伝えたいことはすべて伝えた。
学園長は美智恵と軽く目配せした後、背筋を伸ばしてこう言った。
「では、修学旅行は予定通り執り行う。頼むぞ、ネギ先生、横島君」
「はいっ!」
「うっす…」
ネギはやる気満々で、横島はすでにつかれきった様子で、そう答えたのだった。
たとえ目に映ったとしても、それに意識を向けていなければ、それを見たとは言えない。
言い換えれば、たとえ目に映っても、相手に意識されなければ姿を消しているのと同じ……いや、消えているということすら目撃されないのだから、完全な隠行である。
「ふうん…なかなかに面白いねぇ、魔法って奴は」
「魔法はあいつらの呼び方や。符術って呼んでくれへんか?」
「おや、そりゃすまなかったね」
人通りの多いメインストリートに面するカフェで、二人の妙齢の美女が向き合っていた。
片方は豊かな銀髪と色の濃いルージュで唇を彩ったビジネススーツの美女。もう片方は扇情的なほどに肩を露出させた和服の、メガネをかけた美女。ただでさえ飛びぬけた美貌は目立つものであるのに、加えてその容貌は人目を引くことは間違いなく、下心をもって声をかける男がいてもおかしくはないだろう。
だが、そんな男の一人どころか、二人を見て噂しあうようなものすらいない。もちろん、そのカフェが無人というわけではない。多くの客で席のほとんどが埋まり、店員が忙しそうに歩き回っている。
まるで、彼女達が見えていないような振る舞い。だが、それはない。
「おまたせしました」
彼女達が見えていること証明するかのように、一人のウェーターが紅茶を持ってきた。しかし色香立つ二人を前にしても、彼の営業スマイルには何の変化も見えない。まるで目の前の美女達が、取るに足らない普通の客であるかのような反応だ。
「認識阻害。見えていてもそれに興味が行かないようにする、ってわけか」
「下手に姿を消すよりずっと隠密度が高ぉてええんですえ」
和服の女―――千草は言うと、運ばれてきた紅茶に口をつける。
そして、紅茶で潤した唇で、彼女は本題に入る。
「…それで、その横島忠緒いう嬢ちゃん、ほんまにあの『人界最強の道化師』の妹さんなんか?」
「ああ、間違いないさ。ほら」
銀髪の女――メドーサは紙の束を渡す。そこには、エヴァンジェリンとの戦いから算出された、横島忠緒の戦闘能力が示されている。
読んでいくうちに、千草の顔色が変わっている。
「こ、これはほんまなん?」
「本当さ。少なくともこの小娘は、おそらく私と一対一で互角に戦えるだけの力を持っている」
「そ、そんな…そんな異能者が今まで無名やったなんてありえますん?」
「さあねぇ…だが、こいつが実在することは事実さ。そして、アンタが言っていた、鍵になる娘と一緒に、親書を携えて京都に来ることはほぼ間違いない。しかも、どうやらこのエヴァンジェリンとかいう吸血鬼も一緒のようさ」
「な…」
状況の最悪さに、千草の顔色はいよいよ蒼白になっていく。メドーサはその様子に苛立ちを募らせる。
(チッ…こいつはいけないねぇ)
仲間意識などはないが、計画を進める上でこの女に降りられるわけにはいかない。
「大丈夫。アンタには私達がついているんだ。吸血鬼と霊能力者の小娘一人、こちらで引き受けてやるさ。特に、小娘の兄貴には仮があるからねぇ」
「そ、そうですな…。それならお任せしますえ?」
「ああ、任せな」
メドーサは舌なめずりをしながら、資料についている横島の顔を見る。
(早く来なよ、横島ぁ…こんどこそ、殺してやるからねぇ…)
「ネギの奴、どこ行ったのかしら?」
「こっちちゃうかな?」
放課後、アスナと木乃香は、修学旅行のための買出しに誘おうと、ネギの姿を探していた。学園長室に行ってみたが、ちょうど出たところだったらしい。
「横島さんも、やっぱりまだ修学旅行の準備とかしてへんのかな?」
「そうかもね、今日、知ったばっかりみたいだったし」
見つけたら横島さんも誘おう、と言おうとした時
シュボガン!
「のああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「よ、横島さぁぁぁん!?」
そんなに離れていないところで、爆発音と横島の絶叫、そしてネギの悲鳴が聞こえた。
「な、なんでこうなるんや」
ぷすぷすと香ばしい香を立てながら、横島は地べたにうつぶせに倒れていた。
その右手には、先端に星のついた棒―――ネギの練習用の魔法の杖が握られていた。
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫なわけあるか!」
「あたっ!」
横島は飛び起きると、ステッキでネギの頭を軽くはたく。
「だいたい、失敗したら爆発するなんて聞いてないぞ!」
「そ、そんなこといったって、その呪文で爆発なんて聞いたことないですよ!」
「その杖が悪いんじゃないっすか、兄貴?」
「そう、かな?」
カモにいわれたネギは、横島が手にした杖を受け取って、呪文を唱えて軽く振る。
「プラクテ・ビギ・ナル
アールデスカット(火よ灯れ)」
ネギが杖を振るうと、ライター程度の火が生まれる。
「…上手くいくのに…」
「…なんか教え忘れてるんじゃないのか?」
「そんなことないと思いますよ。というか、普通失敗した場合は何も起こらないのが普通ですし……。やっぱり、もう一度やってみたらどうですか?」
「……よし、わかった」
横島はネギから再び杖をもらいうけ、目を瞑って集中。魔力を取り込み、指先に放出するイメージを作り…
「プラクテ・ビギ・ナル!
火よ灯れ(アールデスカット)!」
気合とともに杖を振るい
チュドム!
「ム゛ギゃァァァァァァ!」
「よ、横島さはーん!」
杖の先端に、巨大な炎が灯ったかと思うと、次の瞬間には爆発。
横島は絶叫を、ネギは悲鳴を上げる。」
「な…なんでこうなるんやぁ…」
「ぼ、僕にもさっぱり…」
「だ、大丈夫っすか、横島の姉さん?」
うつぶせに涙を流す横島に、ネギも申し訳なさがいっぱいになる。
「魔法を教えてくれ」
学園長室を出た後、横島はネギにそう切り出した。
どうしてかと問い返したネギに、横島は恥ずかしそうに答えた。
「なんつーか、ほら、スキルアップってやつさ。俺もまだまだ修行の身ってやつだしさ」
その言葉に、ネギは目が覚めるような衝撃を受けた。
横島の実力は、一週間前の桜通りと日曜の特訓で知っている。だが…あれだけの実力を持っていてなお、自らを修行の身として更なる高みを目指すなんて…!
「分かりました!僕にできることがあるなら何でも協力します!」
意気込んで答え、さっそく人目のつかない校舎裏の林の中で、魔法の練習を始めたのだが…
「…才能ないのかな、俺?」
「そ、そんなことはなっすよ!むしろきっとすごい才能があるんだと思いますぜ!」
あきらめかける横島に、カモは一生懸命に励ましの言葉をかける。実際、ネギも横島には才能があると思っていた。初心者魔法で自爆などという前代未聞の大失敗を曝してはいるが、発動したというだけで、かなりのものなのだ。
だが、爆発の原因が分からない。
そのことに、ネギは無力感を感じざるを得なかった。
お世話になった恩人に何の報いも返せない悔しさ。
やる気ある生徒に何の有効な指導を思いつけないという、教師としての悔しさ。
(僕は、どうしたら…)
途方に暮れるネギ、その様子を知ってかしらずか、横島はネギに何気ない様子で問いかけてきた。
「なぁ、ネギ。そもそもなんで火を灯す呪文が基本なんだ?」
「あ、はい。それは、ギリシャ神話に由来するんですが…プロメテウスの神話って知ってますか?」
「プロメテウス…ってぇと、確か人間に火を与えて、罰として岩に括り付けられ、大鷲に肝臓を毎日啄ばまれるって罰を受けた巨人神だっけか?」
以前、修業の過程で読んだ本の知識を掘り起こして答える横島。ネギは概ねあっています、と頷く。
「プロメテウスは、知恵と聖戦の女神アテナと鍛冶、冶金の神ヘパイストスから、工業技術とそれに使用する炎を盗み出して、人間に与えたんです。だから、炎は同時に技術の象徴で、魔法という技術を学ぶ上でも、まずは炎を、ということになったんです」
「なるほどなぁ…」
聞き終えた横島はしばし考えて、真剣な表情でネギの方を向いた。
「ネギ!」
「は、はい」
「お前達の魔法って、そもそもギリシャ語を使うのが基本だっていったよな。だからギリシャ神話のエピソードに従って、炎の呪文からスタートしてるんだろ」
「はい、けどそれがなにか…」
「だったら!」
横島は飛び起きて、ネギの肩をつかむ。
「だったら!俺はまず、あの武装解除っていう呪文から入るべきじゃないか!?」
「え…ええっ!?」
あまりに突拍子もない話に、ネギは驚き、しかしすぐに否定する。
「む、無理ですよ!だって、あれってかなり高度な呪文なんですよ!
それなのにいきなりそこからなんて…」
「まあ聞けよ、ネギ」
横島はネギの目を覗き込む。その真剣なまなざしに、ネギは言葉を失う。
「ネギ。俺の霊能で使うのは、タロットだ。つまり俺の霊的属性は、ギリシャ神話より、むしろタロットと縁の深いカバラ魔術――つまり旧約聖書に近しい。
そこでだ、旧約聖書における、人間の自我の目覚め、ってのはどんなエピソードだ?」
「えっ…ええっと…。確か蛇にだまされて知恵の木の実を食べて…それから恥ずかしいという感情を覚えて、服を……あっ!?」
横島の言わんとしていることに、ネギもようやく気がついた。
ギリシャ言語に由来する魔法を操る魔法使いが、ギリシャ神話になぞらえて魔法を習得するなら、カバラ魔術に縁の深い霊的属性を持つタロットを使う横島は旧約聖書になぞらえて魔法を学ぶのが良いのではないか、ということだ。
もちろん、それは愚にもつかない妄想かもしれない。単なるこじ付けかもしれない。だが、何もせずにいるより、その可能性にかけた方が、遥かにましなのではないか?
「分かりました!では、今から教えるので見ていてください」
「わかった!ありがとう、ネギ!」
気合を入れて立ち上がったネギをみて、横島の心の中に歓喜の叫びが沸き起こる。
(おっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
これで美人のネーチャンどもの裸を拝み放題だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!)
その歓喜の声は、もしネギが聞いたら首を括りかねないほど、欲望に忠実な叫びだった。
そう、横島が魔法を覚えようと思ったのは、すべてはあの武装解除を覚えるためだった。
初級呪文の連続失敗で習得までの道のりが厳しいと判断した横島は、急遽方針を展開、一か八かで、一気に目的の魔法にチャレンジすることに決めたのだ。
旧約聖書がどうのこうのというのは、すべて煩悩によって加速した脳がでっち上げた嘘理論だったのだ。
「風花 武装解除(フランス・エクサルマティオー)!」
ネギは魔法で作った人形に、武装解除の魔法をかける。魔法をかけられた人形は、その着ていた服のみを、見事に花びらに変えた。
服を直しながら、ネギは横島に尋ねる。
「こんな感じです。やってみますか?」
「がんばってください、姉さん!」
「おうっ!」
気合十分で、横島は立ち上がり杖を構える。
思い出すのは、ネギに言われた、魔法の使い方。
(万物に宿るエネルギーを、呼吸するように体内に取り込んで、指先から放出する)
魔法のイメージ、それをつかむことは、意外と簡単にできた。魔法は水、霊力は波。エヴァに言われたことを基点に、横島は波ではなく、その構成要素である水、魔力の存在を捕らえる。
それを取り込むイメージ。いろいろ試行錯誤したが、一番なのは猿神に教えられた呼吸法だった。ひょっとしたら、仙術は霊能だけではなく、魔法にも通じる部分があったのかもしれない。
最後に、集めた魔力を指先に向けて放出するイメージを作る。だが…上手くいかない。何か、細いストローから水を噴出そうとしているような抵抗がある。
このままでは駄目だ!横島は悟り、切り札を出すことにする。
捕らえた魔力への集中はそのままに、わずかに残った意識領域で、叫ぶ。
(煩・悩・全・開!)
それは賭けだった。その奥義により霊力が増大するのは自明だったが、はたして魔力もそうかはわからなかったからだ。
そして…賭けには、勝った。
小川のような勢いの魔力は、一気に決壊したダムから噴出した鉄砲水のような怒涛の勢いで流れ出す。
これならいける!
確信に近い手ごたえを受けながら、横島は叫んだ。
「風花 武装解除(フランス・エクサルマティオー)!」
そして―――
視界が全て花びらで埋まった。
「失敗、いや、成功か?」
横島は微妙な表情で、服が消し飛んだ人形を見つめる。人形にも傷はついていないし、その点においては成功だろう。だが…
「けど、自分の服までふっとんじまったしなぁ…」
横島は言いながら、自分の体を見下ろす。自分も杖とバンダナを除くと、一糸まとわぬ素っ裸になっていた。横島の眼下には、豊かな胸がその存在を主張するが…。
「自分の体だと思うとなえるよなぁ…」
それ以前に反応するべき主体がない。ややブルーになってネギのいたほうを向く。見ると、ネギのスーツもきれいさっぱり消滅していた。その余波で吹き飛ばされたのか、カモは近くの木の枝に引っかかって気絶している。
「ああ…わりぃ…お前も剥いちまったのか」
「ケホ、ケホ…いったい、何のことで…あ」
突然の暴風と花吹雪にむせっていたネギは、ようやく自分と、そして横島の姿に気付く。
二人とも、春の風の中に、その生まれたままの姿を曝しているのだ。
春の昼下がりの、柔らかな光が指す林の中、何かを隠すこともなく悠然と立っている横島。その姿に、ネギは一瞬、全てを忘れて見とれ、そして次の瞬間に、猛烈な勢いで赤くなる。
「だっ、だだだっ、駄目ですよ!な、なな、何か着て下さい!」
必死に目をそらして横島を見ないようにするネギ。対して横島は、そんな努力などまったく無視で、肩を竦める。
「そうはいっても、着る物なんて……ぁ…あれ…」
言いかけて、横島は自分の体調の異変に気付く。頭がふらつき、そして足元が揺らぎ…
「よ、横島さん!?」
倒れようとする横島を、慌ててネギが抱きとめようとする。しかし体格と体重の差は埋められず…押し倒されるような形で、ネギも倒れる。
「うわぁっ!」
尻餅をつくような体勢でネギは倒れ、その胸に顔を押し付けるような形で、横島も倒れた。
とりあえず、横島が転んで頭を打つということは避けられたことでネギは安堵して、横島の顔を覗き見る。横島は目を回して気絶しているようだった。その頬は少し赤くなってる。
(魔力の使いすぎの症状、かな?)
とりあえず横島をどかして楽な姿勢に、とネギはまず起き上がろうとして。
もにゅん♪
(こ、この感触はぁっ!)
しかし身動きした瞬間、横島の柔肌の感触に動きが止まる。
足から腹部にかけては横島の柔らかな、しかし確かな質量と骨格を持った体が薄布一枚はさまずに直接ふれ、特に腹部には女性の象徴である乳房があたり、その存在を主張してる。横島の頬はまるでこちらの心音を聞くかのように胸に押し付けられ、頭髪からは、ほのかな汗の匂いに混じり、女性特有の甘い香が鼻腔をくすぐる。
それらの全ては、姉にも感じたことのある感覚だった。
だが、決定的に違う点があった。それは、ネギの内側、口から飛び出ないかと思うほどに脈打つ心臓だった。姉に抱きしめられたときに感じる安堵とはまったく逆方向の反応。しかし、それを不快とは思えない。むしろ…むしろずっとこまま…
(って違う違う!ななななっ!何も感じてない!違うんだ!僕はそんな疚しい気持ちとかそういうのは全然ないんだ、というか僕は誰に言い訳してるの!?)
混乱し、混乱し、ただひたすら混乱する思考。
どうしたものかと、周りを見渡すが、カモは枝の上で気絶し、かといってかの状況で助けを呼ぶわけにも…
「ネギーーーーッ!何かあったの…って?」
渡りに船というタイミングで、ちょうどアスナの声が聞こえてきた。
これぞ天佑と、ネギはそちらのほうを向き…
鬼がいた
顔は真っ赤、鐘型の飾りがまるで角のように見える。牙すら生えているように見えるのは錯覚だろうか。とにかく、そのアスナっぽい格好をした鬼の背後に、木乃香の姿があった。木乃香は真っ赤になった顔を両手で覆い、しかし指の隙間からしっかり見ながらこう言った。
「うわぁっ…、昼間からこんなところで…大胆やなぁv(///)」
ああ、確かにそういう風にみえるよね、普通。
ネギは妙に醒めた自己分析をしながら
「このエロガキ!横島さんに何したのよ!?」
と叫んで跳躍した、アスナの靴底を眺めていた。
それから半時間ほどして横島が釈明をするまで、寮に連れ帰られたネギは、蓑虫状に縛られた上に逆さ釣りにされ、裁判だか尋問だか良く分からない、ほとんぞ黄色い声に占められた質問攻めにあったのだった。
つづく
ども、レポートが厳しい状態になってる、詞連です。ちなみにいまさらですが、私の読み方は「しれん」ではなく「ことば つらね」です。どうぞよろしく。
なお、関西呪術協会の話は、完全に私の脳内妄想です。本編の設定とかと矛盾してても知りません、知りませんとも。
ではレス返しを。
>ふゆあき氏
初めまして詞連です。
お待たせしました第二部。学園長のお願いは大方の想像通りです。
これからもがんばります。
>雪龍氏
惜しい!二番でした。
お仕置きではなく、お仕置きに近い労働です。
>ふむふむ氏
お待たせしました。
戦闘能力は最強クラスですが、人格的にはヒエラルキーの底辺を彷徨ってます。
お互いがんばりましょう。
>ikki氏
笑ってもらえて何よりです。
エヴァには活躍してもらいますとも。なんたって、敵を異様に強化しちゃいましたし。
>D,氏
ええ、次回は着せ替えイベントです。っと言っても私自身にセンスがないので、あまりいいものにはならないでしょうが、というか、実はいまだしっかり横島忠緒を想像出来ない。
>暇学生氏
ぬらりひょんの条件は大方の予想通りでした。
なおエヴァとの関係は百合というよりノーマルに近いかも。
>T城氏
たぶん初めまして。これからも期待に沿えるようにがんばります。
>スケベビッチ・オンナスキー氏
というわけで「ことば つらね」です。音読する機会もないでしょうが、良ければ覚えておいてください。
エコー付で待っていただいて感謝します。
誤字指摘は毎回感謝しております。本当にありがとうございます。そして申し訳ありません。誤字ゼロをめざしてがんばります。
>わーくん氏
お待たせしました。掴みはOKだったようで何よりです。
あの人は、老い先が短いんでしょうか。下手すりゃあと100年くらい生きても不思議じゃないような気も…(笑)
これからもがんばります。
>rin氏
対価は予想通り労働でした。GSメンバーは秘密です。
>TA phoenix
学園長の片手は現在修復中です。
しっかりとつかめたようで何よりです。
ご期待に沿えるようにがんばります。
>SIMU氏
おひさしぶりです。短くて申し訳ないです。
今回は大体私的基準どおりの長さでした。
>舞―エンジェル氏
フラグは立ったというより立ちかけです。乙女心は難しいのです。
刹那フラグ…立てれるかなぁ…あの子はがちでこのちゃん好きだし、原作の人間関係はなるべく壊したくないからなぁ…。
>黒川氏
修学旅行にはいきますとも。出ないと放った複線回収できないですし。
のどかのアーティファクトぉぉぉぉぉぉっ!?やべぇぇぇぇぇぇっ、考えてなかったぁぁぁぁぁぁぁぁっ!…な、なんとかします。
第三部、行けるといいなぁ…個人的にはネギまの終了まで続けたいと思っていますが…。
>MESO氏
シロとコタローについては一応苦しい言い訳を考えてます。
次回はご希望通りアスナの誕生日編。がんばります。
>神〔SIN〕氏
大筋では修学旅行編を変えるつもりはありませんが、バトル展開はかなり変わるかもしれません。
横島は現在美少女…私も今回の終わりのシーンを考えるとき、何度も唱えて自己暗示をかけました。私だって信じたくねぇ…orz
第二部もがんばりマッスル。
ふぅ、終了。
さて、次回はご要望どおりアスナの誕生日イヴ。予定通りいけばGSキャラが3人ほど出ます。二人以上当てれたらすごいです。ご褒美は出ませんが。(笑)
では…。