1月30日 SIDE 間桐 桜
「告げる」
よどんだ空気が変化した様に感じられる。
お爺様が、サーヴァント召喚の呪文を唱えている。
お爺様の側では蟲達が、キィキィと鳴き声をあげている。
「告げる」
空気が徐々に重くなっていく。
目の前にあるのは石の蛇、その背中は不思議な光沢を持つ金属板と融合して、胴体半ばで金属板とともに切断されている。その鱗の一枚一枚そして切断面まで写実的に彫り上げられていて、今にも動き出すのではないかと思わせる。
「汝の身は彼の者が下に、彼の者の命運は汝の下に。」
空気の重さが加速度的に増していく。
足元には、サーヴァント召喚の魔方陣がある。
此処に居る事で私はこの儀式で召還されるサーヴァントのマスターになってしまう。
でも私は動くことが出来ない。
「聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うならば応えよ。」
空気の重さが頂点に達した。
何時まで経っても慣れる事のない悪臭、
蟲の棲家たるマキリの工房
「誓いをここに。」
空気に流れが生まれる。
あらためて絶望が私の中に訪れる。
「我は常世総ての善と成る者」
空気の流れは旋風と成りだんだん大きくなっていく。
私は平穏な今が少しでも長く続けばそれで良い。
「我は常世総ての悪を敷く者」
旋風は、周囲の重くなった空気を引き寄せ、その存在感を増していく。
姉さんと殺し合いなんてしたくない。
「汝三大の言霊を纏う七天」
突如、旋風に歪みが生じ、不安定に揺れだす。
先輩に私の本性を知られたくない。
「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ」
旋風は吹き飛び、閃光が瞬き、轟音が響く、集っていた重みは周囲にばら撒かれる。
閃光の中に右手に何かを掲げ持ち、左手に何かひらひらした物を握った男性の影が映し出される。
そして、身を切るような冷風が吹き付けてきて、辺りの悪臭を押し流す。
その時、腕に焼き鏝を押し付けられたかの様な痛みが走り、私は思わず目を閉じた。
…目を開くと、旋風は一人の男性に置き換わっていた。
この人が、英雄として活躍し死んで伝説になった幽霊、あるいは神話や伝説にその名を残す登場人物、英霊だろうか?
外見だけを見れば私より1〜2歳位上のように思う。優しげな表情を浮かべた愛嬌があるという表現が似合う顔の額の所にバンダナをまいて、何処にでも有るようなありふれたジーンズの上下をよれた状態で着て、両手をジージャンのポケットに突っ込んでいる。
そこに英雄という言葉から連想される威圧感はなく、
神話や伝説の登場人物のような神々しさも感じられない。
その立ち姿は現代の若者にしか見えない、その身に秘めた魔力以外は。
「あ〜、君が俺のマスターかな?俺の名前は横島忠夫。君の名前はなんて言うのかな。」
そして周囲の空気の重さを吹き飛ばすかのように軽い口調の質問を私に向かって投げ掛ける。
「………」
私は彼になんと答えたら良いのだろうか?
戦いたくない人間が、戦う為に呼ばれた存在に。
「…そうじゃ、そこにいる娘。間桐桜が、御主のマスターじゃ。」
答えを返さない私に代わって、お爺様が横島と名乗った存在にそう返事を返す。
「そいつは良かった。わざわざサーヴァントとして召喚されたんだ。やっぱり、マスターは女の子じゃなくちゃな。よろしくな、桜ちゃん。」
横島さんは、その愛嬌のある顔に好色そうな表情を浮かべてそう言った。その発言と表情に私は顔を顰める。
『やっぱり、男ってそういうものなんだ。』
「ふむ、そいつは良かったのう。それはそうと横島とやらよ、御主は何のサーヴァントじゃな。」
そう横島さんに返事を返すお爺様の声には、何時もには無い硬さがある。
「俺か、俺はアサシンのサーヴァントだ。それよりも爺さん、人の事を訊く場合は、自分の事から名乗るべきじゃないのか。」
横島さん、いえアサシンは周りを見回しながら不快そうな声音でお爺様に返事を返す。
「かっ、かっ、かっ、わしは、御主のマスターの祖父で、間桐臓硯という者じゃ。ところで、わしは横島忠夫と言う名を聞いた事が無い。御主は、生前何をしていた英霊なのじゃな?」
お爺様の疑問は私も感じました。神話・伝承の登場人物、それに英雄と呼ばれる人の中に、横島忠夫という名前は思い浮かばないし、現代の若者の衣装や柔和な表情は、英雄と呼ばれるには迫力不足に感じられる。
「俺は、生前ゴーストスイーパーを生業にしていんだが。
…それにしても気持ち悪い部屋だな。」
ゴーストスイーパー、初めて聞く名前です。名前からして、幽霊退治をおこなう職業なのかしら。それにしても、英霊でもこの部屋を気持ち悪く感じるものなのですね。
「ゴーストスイーパー?、一体それは何じゃ。」
数百年生きたお爺様もゴーストスイーパーというものを聞いたことが無いようです。その衣装や日本人でありながら、外来語を使うところからして近代もしくは現代の英霊なかしら?
「その名の通り、悪霊退治などをおこなう職業さ。」
悪霊退治、それを生業にしていたという事だけれども、それで生計が立ったのだろうか。なんて余計な思いが生まれる。
「悪霊退治、つまり霊退治の専門家ということか。それは好都合じゃ。それで、霊退治どの様に行なうのじゃな。それと宝具は一体どの様な物かな。」
お爺様は、アサシンに能力を確認する。お爺様の目的は、聖杯の獲得だ。私のサーヴァントの能力を確認する事は当然だろう。
「爺さん、それはどういう意図の質問だ?俺のマスターは桜ちゃんだ。何であんたがそんな事を訊く。」
アサシンは警戒と不信を滲ませてお爺様に問い返した。
「なに、桜は多少引っ込み思案でな。ちょっとした老婆心じゃよ。」
それに対して、お爺様は、軽く返答を返す事で、誤魔化した。
「なら、あんたがマスターとなれば良かったんじゃないのか。」
アサシンは、滲ませていた警戒を強めて、お爺様に疑問を突きつける。
「わしなんぞがマスターになっても、年寄りの冷や水というものじゃろう。」
お爺様は、それに対してまた軽い返答でアサシンの問いを受け流す。
「ならば、爺さん、あんたは聖杯戦争に参加しないって事か。」
アサシンは、警戒を解かぬままお爺様にさらに突っ込んだ疑問を突きつける。
「参加するもしないも、サーヴァントを持たない者は聖杯戦争に参加しようが無いわな。ところで、わしは、別の英霊を召喚としたんじゃが、なぜ御主が召喚されたんじゃろうかな?」
お爺様は、再び返答を受け流すと今度はお爺様の方が疑問を投げ掛けた。
そう、お爺様は、ゴーゴン三姉妹の末女メデゥーサを召還すると語っていた。
「さてね、何か召喚の際に不確定要素が混じったんじゃないのかい。」
お爺様の問い掛けに対するアサシンの言葉は、どこか韜晦しているように感じられる。
「まあいいじゃろう。それではアサシンよ。必ずや桜に、勝利を導いてくれよアサシン。」
お爺様は特にそれを追求することも無く、アサシンとの話を打ち切る。
「ふむ、桜ちゃんの為に出来る限りの事をすると約束しよう。
それじゃ行こうか、桜ちゃん。」
アサシンは、それを受けて、私を連れて工房を出る。
私はアサシンに戦いたく無い事を伝えなければいけない。アサシンは私の願いを聞いてくれるだろうか。
続く
CLASS アサシン
マスター 間桐 桜
真名 横島 忠夫
筋力 D
敏捷 B+
耐久 B
魔力 D
幸運 D
宝具 B
スキル 気配遮断 E
スキル カリスマ E 隔意無く他者に接する事で、他者の信用を得る事ができる才能。
詐術 B 言葉やちょっとした行動により他者の思考や行動を少し誤導することが出来る技術
回避術 B 研き抜かれた第六感で自分に向かってくる攻撃を止めたり、避わしたりする事が出来る。その第六感はアルバイト時代に培われたものである。
霊能力 異界ともいうべき並行世界の住人である横島は、魔術ではなく、霊能力を使う。彼の霊能力は、威力の割りに、消費魔力が少ないという特徴がある。
サイキックソーサー 霊力を一箇所に固めた霊気の盾兼、投擲武器。その硬さはBランクに値するが、守れる面積の狭さ、投擲武器としての連射性の悪さ、投擲後に隙が出来るといった欠点がある。
ハンズオブグローリー 霊気を集めて作った鈎爪。変幻自在にその姿を変える事が出来るが、その強度はCランクしかない。
文珠 霊気を物質化するまで圧縮した宝珠。その存在は伝承にも記されている。文珠1個に漢字一文字をキーワードとして入れる事で、凝縮した霊気を100%コントロールするという能力を有し、文珠を連ねて使い単語を作る事で効果と応用範囲は広がる。その性能は文珠1個で、Bクラスに値する。
宝具 陰陽文珠(唯、君を想う)
魔神アシュタロスを相対した時に生まれた1個に2文字入れる事ができる文珠。その性能は文珠とは桁外れで、A++ランクに値するが、4回しか使用する事が出来ない。
レンジ 0〜30
種別 万能宝具
横島忠夫は、異界というべき並行世界において、魔神アシュタロスを倒した英雄達の中核を成した人物である。
彼は、両親が海外に赴任した苦学生の時にゴーストスーパー(GS)の元にアルバイトとして雇われ、そこで神族にGSの才能を見出され、上司であるGSを守るためにGSの才能を磨いた。そして、上司であるGSの前世での因縁である魔神アシュタロスが現れた時、世界と契約を結び、魔神アシュタロスを倒して、人類滅亡の危機から世界を救った。
その後の人生は人脈と才能を駆使して、GSとしてさまざまな事件を解決し、天寿を全うした。