この作品は、拙作「革命の日(まぶらほ+ネタバレにつき未記入)」の続編です。
前作を読んでからのほうが、話がよくわかると思われます。
また、クロスした作品の都合上、男から女へのTSを含みますのでご注意を。
人間の三大欲求といえば、食欲、性欲、睡眠欲である。
人によって、三者の強弱はあるものの。
起きたばかりの人間にとってみれば、三番目、睡眠欲を最も強く感じるだろう。
それが休日の早朝ともなればなおさら。
玖里子も御多分にもれず、とても眠かった。
強靭な自立心によって、日が昇る前に目を覚ますことが出来たが。
ベッドの温もりから起き上がることは出来なかった。
「…ん、…」
起きなければいけない。
分かってはいるのだが、掛け布団という安住の地を自ら捨て去ることは、とてつもない精神力が必要なのだ。
それが本格的に寒くなり始めた季節の、それも明け方ともなればなおさら。
せめて、あと1分。
そう思って、さらに深く掛け布団をかぶってしまうのだった。
しかし、この1分という区切り。
酔っ払いの、酔っていない、という発言のごとく、まず当てにならない。
大抵、気付いたときには、かなりの時間が経っているのだ。
それも、致命的なほど。
「玖里子さん、おやようございます!」
「ひぇっ」
転移魔法特有の発光現象が起こったかと思うと、玖里子しかいなかった部屋に、人影が一人分増えていた。
彼女はにこやかに朝の挨拶をすると、部屋を見回し始めた。
「玖里子さん、どこですか?
今日も絶好のデート日和なんですよ。
早く和樹さんのところに行きましょう」
「お、おはよう、夕菜」
人影は――いわずもがな、ではあるが――夕菜であった。
玖里子は布団から半分顔を出し、恐る恐る、挨拶を返した。
しかし、その姿は夕菜の逆鱗に触れてしまった。
彼女のはらわたが瞬時に沸騰し、すさまじい形相と魔力の顕現を促した。
「なにしてるんですか、玖里子さん!
朝は私が和樹さんとデートに出かけるための貴重な時間なんですよ!
着替えて待ってないとダメじゃないですか!」
それなら私を置いていって、と思うが、玖里子は口に出さない。
かつて、うかつにもそう言ってしまった瞬間、部屋が吹き飛んだのだ。
張本人いわく、親友がデートのお誘いに行くのに付き添わないような薄情者には当然の仕打ちです、とのこと。
それ以来、たとえ寝不足であろうとも、早朝には起きて着替えるようにしていた。
が、今回は本当に眠れていなかった。
風椿の関連企業がとてつもないミスをやらかしてしまい、それを内々で処理するための作業が、なんと今朝の未明までかかってしまったのだ。
いくら毎週おなじ時間に起きているとはいえ、ほんの2時間足らずの睡眠では、特定の時間に起きることは不可能である。
通常なら徹夜という選択肢もありえたが、すでに別件で二徹していたのだ。
眠らずにはいられなかった。
メイドに起こさせることも考えたが、決して高くはない彼らの魔法防御力では、万が一夕菜が暴走したときに命が危ない。
玖里子は、たった一人で危機に立ち向かうことにしたのであった。
無論のこと、無策ではなかったが。
「夕菜、そっちの冷蔵庫にジュースが入ってるわ。
今日の各種イベントのデータをまとめた書類を見ながら、自由に飲んでいいから」
「え、いいんですか。
じゃあ、お言葉に甘えて」
昨日のうちに部下にまとめさせた、本日おこなわれる大小さまざまなイベントの情報。
前評判にはじまり、主な展示内容、混雑具合、などなどを網羅したそれは、流し読みしただけでも5分はかかる分量である。
飲み物もつけておけば、夕菜はくつろぎモードに入って、しばらくおとなしくなる。
その隙に、玖里子は着替える。
基本的に目先のことか、はるか妄想の先しか見えていないので、事前準備さえしておけばある程度は御することが可能なのだ。
それを悟るまでに出た犠牲は少なくなかったが。
ともかく、急いで仕度を済ませた玖里子は、デートを夢想して興奮する夕菜の魔法によって、慌しく転移させられるのだった。
瞬間的に視界が切り替わり、殺風景な廊下と、それをふさぐ男の集団が目に映った。
男たちは対魔法用の防護服を身にまとい、身が隠れるほどの大きさの盾を各自で構えている。
そんな異様な光景にもかかわらず、玖里子は睡眠時間が圧倒的に不足していたため、いつもより激しく『転移酔い』に苛まれて、その場にうずくまってしまった。
すると、背後から近づいてきた男に即座に抱きかかえられ、有無を言わさずに、男たちとは逆のほうへ運ばれた。
そのまま部屋の中まで連れ込まれそうになるのを、玖里子は制止した。
「大丈夫よ。
ここでいいわ」
「何を言ってるんです、顔が真っ青ですよ。
そんな状態で、流れ弾に当たったりしたら――」
「こんな状態でも、この中で最も魔力が高いのは私よ。
突発的なアクシデントに対応するために、この場にいるべきだわ」
気丈にそう言って、玖里子は床に下りた。
さすがに座り込んだが、顔は上げたままである。
そして、彼女の視線の先で、さっそく戦闘が始まろうとしていた。
「またあなたたちですか!
どうして私と和樹さんのデートを邪魔するんです!」
玖里子が下がったことにも気付かず、息をまく夕菜。
それに対抗するように、対峙する男たちも気勢を揚げる。
「ふん、貴様が和ちゃんとデートしようなどとは、片腹いたいわ!
我ら『奇跡のカップルを守り隊・青組A班』の名に懸けて、ここは一歩も通さん!」
「なんですってー!
もう怒りましたよ、覚悟してください!」
たった一言の挑発でキれてしまった夕菜は、手にすさまじい量の魔力を集め始める。
それを見た『守り隊』も、即座に対応する。
「総員、対ショック体勢!
男をみせろよ!!」
「「「「押忍!!」」」」
防護服のフードをかぶり、腰を深く落として、体の前面に盾を構える。
同時、夕菜の手から焔が叩きつけられた。
「殺――――!」
「なんのぉ!!」
最前列の一人が一歩前に出て、盾で受け止めた。
すさまじい威力を秘めた魔力の塊は、しかし盾の表面で拡散、跡形もなく消えてしまった。
男はしかし、それに喜ぶ様子も見せず、冷静に残心をしてから、集団の最後尾へと下がった。
それを見た夕菜は、ますます息をあげる。
「キ――!!
いつもいつも、忌々しいです!!
どうして邪魔をするんですか!」
「なんと言われようとも、ここは通さん!」
「なら、通れるまで叩くだけです!!」
たちまち照射される第二撃。
しかしそれも、先ほどの焼き直しのように、問題なく防がれてしまった。
それにより、さらに息をまく夕菜と、気勢を揚げる『守り隊』。
一定のテンポで循環する光景に、玖里子は安堵して、一息ついた。
「この様子なら、しばらく大丈夫そうね」
「ええ、『守り隊』は伊達じゃありませんから。
といっても、あなたから提供された装備のおかげですけどね」
「優れた装備も、使う人間あってこそだわ。
あの攻撃を防げることは、十分誇っていいことよ」
「ありがとうございます」
陽一が性転換してから、もうじき半年が過ぎようとしていた。
一人の人間が男から女へと変わってしまうことは、周囲にも様々な影響を与える。
それが姫ともなれば、なおのこと。
まず最初に、『陽一』という名前を変えることになった。
名は呪である、という言葉があるように、名前というものは意識と深い結びつきがあるのだ。
ネットやゲームで、性格が変わる人間が多いが、その原因の一つに偽名を使っていることが挙げられる。
つまり、名前を変えることで、性格も変化する可能性が高いのだ。
今回の場合、外見上、男が女になってしまったのだから、思考もそれに合わせて変化させなければならない。
世間に溶け込むためももちろんだが、なにより自己存在の矛盾で苦しんでしまうからである。
晴れ着を着ればかしこまるように、コスプレをすればキャラになりきるように。
外見と内面は、切っても切れない関係にあるのだ。
また、男性と女性の体では、同じように見える部分ですら、大きな差異がある。
肌や髪の手入れなど、覚えなくてはいけないことは多い。
体育館での男女別の授業程度では知らされなかった知識も必要になってくる。
まあ、話は長くなったが、とどのつまり。
体の変化に伴って、意識も変化させる必要があり、その第一歩として名前を変えることになったのだ。
「名前は…安直に『陽子』でいいんじゃない?」
「先生、安直過ぎます」
「でもね、難しいのにすると、慣れるまで時間かかるわよ。
私の『恵』だって、『けい』って読んでたのを『めぐみ』に変えただけだし」
「そういうもんですかね」
「まあ、『陽』の字を引き継いでるわけだし、いいんじゃないかな」
という具合に、名前は『陽子』と決まった。
名前を変える作業は、問題なく済んだ。
途中で役所から医師に問い合わせがあったが、特筆するべきことはなかった。
問題は、名前を変えたあとにあったのである。
陽一あらため陽子が名前を変える理由は、体の性別が変化したため、である。
よって、名前を変えるついでに、戸籍上の性別も変えるのは、ごく当然の流れだった。
が、思い出していただきたい。
陽子の通っている学校は『男子校』である。
体が女になった時点ですでに怪しいものだったが、戸籍が変わった時点で決定的に、陽子が在籍できる理由がなくなってしまったのだった。
「やだ! 和樹と離れるなんて、絶対に嫌!」
「そんなこと言っても、仕方ないだろ」
「和樹はボクと離れ離れになってもいいの!?」
「そりゃ、僕だって嫌だけど――」
「なら、いっしょにいようよぉ」
「そうは言っても…」
「陽子さん、我侭を言っては言ってはいけませんよ」
「だって、だってぇ――」
「女の子が男子校へ通うなんて無茶です。
『花君』でさえ、途中でばれてしまったんですよ」
「先生、微妙にメタ発言…」
「おっと失敬。
とにかく、やめておきなさい。
取り返しのつかないことになって、和樹君を困らせる気ですか」
「取り返しのつかないこと…?」
「分かってないようね。
ただでさえ姫番というものが出来るほど、男子生徒は飢えているのよ。
そこに本物の女の子が放り込まれたら…ねえ」
姫番というのは、『姫』の色香にふらふら〜と引き込まれた生徒を食い止めるためのボランティアである。
姫は素の状態でも全校生徒のアイドルであり、特に風呂上りの姫は妖しい色気を放っているため、吸い寄せられる者があとを絶たない。
そんな不埒者を食い止めるのが姫番なのである。
姫が男でもそれぐらい危ないのに、本物の女になったことが知られた場合、どうなってしまうのか。
想像に難くない。
こうした説得のおかげで、陽子は転校に同意した。
転校先は、今の高校から少し離れた、郊外の女子高である。
共学校ではないのは、同年代のカウンセラーが見つからなかったためだ。
身近でサポートできないため、日ごろの行動の矯正ができない。
よって、男子の目に入らない女の子の本音に接することで、カルチャーショックを与えて、女の子としての思考や言動を身につけることが目的である。
とはいえ、どぎついところでは歪んでしまいかねないので、寮もあるような品のいいお嬢様系の進学校が選ばれた。
離れ離れになった二人は、週末の休日には必ずデートに行くようになった。
が、ここで出てくるのが夕菜である。
他の家々は、式森家や玖里子の手によって流された、和樹は女装癖があり、かつ男色家、という情報のおかげで、手を出さなくなった。
元々、生まれてくる子供の能力は博打な面があり、婿の風評による家への悪影響を考えると、そこまでして子を作らせようという気にはならなくなったのだ。
しかし、夕菜だけは違った。
最初から家の意向に関係なく、和樹に迫っていこうとしていたぐらいだ。
和樹の風評など関係ない。
むしろ自分が更生させてやる、と息巻いているのだった。
そんなわけで、毎週毎週、デートの邪魔に来ているのである。
玖里子を道連れにして。
「いつもいつも、ご迷惑をおかけします」
「いえいえ、もう毎度のことですから。
それに、あなたも被害者なんですから、そう気に病むことはないですよ」
「そう言ってもらえると、助かります」
もちろん多大な魔法回数を誇る夕菜のこと。
妨害には攻性魔法が、おしげもなく使用された。
その舞台となった藤森寮は、一日にして半壊した。
ただちに宮間家に金を出させ、風椿建設の総力をもって建て直されたが、その際玖里子は学校側に提案した。
おそらく今回のようなことが頻発するので、寮に対魔法防御を付与させてほしい、と。
そのための費用は風椿が持つと言えば、学校側に断る理由はなかった。
さらに玖里子は、軍用の対魔法用装備も、研究所からの試作品レベルではあるが、十数セット貸与した。
寮が半壊した際、和樹を守ろうとして怪我をした者がいたからである。
もし重傷者を出してしまえば、もみ消せなくなるからだ。
まあ、和樹と陽子が気に病むだろうことと、玖里子自身も気の毒に感じたからというのもある。
当初は、怪我をしなければそれでいい、と思っていたのだが、『守り隊』なるものが結成され、一定の座学と訓練を受けたことで、案外「使える」存在になったのは嬉しい誤算であった。
正面から魔法にぶつかって、一撃なら耐えられるようになってくれたおかげで、研究にフィードバックできるだけのデータが取れるようになったのだ。
もちろん風椿以外には漏らしていないが、おかげで和樹防衛に堂々と予算をさけるようになったのである。
『守り隊』と夕菜の攻防は続いていたが、ついに『守り隊』が膝を屈する時が来た。
一撃なら耐えられるとは、逆に言えば、二撃目は耐えるのが難しいということである。
人海戦術で防御を交代し続けたものの、ついに守り手が尽きてしまった。
全員一丸となって防御するも、疲れ果てた体では耐え切れず、全員一度に吹き飛ばされてしまう。
しかし、『守り隊』は負けたわけではなかった。
元々、彼らは夕菜の攻撃を防ぎきれるとは思っていない。
最初から時間稼ぎが目的なのだ。
その意味では、彼らは戦う前にすでに勝利している。
そうとしらない夕菜は、勝利感に酔いつつ、意気揚々と進攻した。
そして「P−ROOM」と書かれたドアの前で足を止める。
P−ROOMとは姫専用部屋、プリンセスルームの略である。
つまり、和樹の部屋だ。
「和樹さん!」
壊さんばかりの勢いでドアを開ける夕菜。
そして見えた部屋の中は、しかし無人だった。
「どこに行ったんですか、和樹さん!」
咆哮をあげる夕菜の後ろで、玖里子は盛大なため息をついた。
「いいかげん、朝来たときにはすでに出かけてるって、学習すればいいのに」
「陽一、――と、ごめん」
「あはは。
いいよ、和樹。
ボクもまだ慣れてないからね」
「おっと、陽子こそ、一人称が違うぞ」
「あ、そうか。
『わたし』も、だね」
それから数時間後、和樹と陽子は町を歩いていた。
夕菜が襲来すること、もう数十度にわたり、その対処法はすでに確立されている。
夜が明ける前に出てしまい、早めに陽子と会って、自然公園などに行くのだ。
朝食は、陽子が作ってきてくれたお弁当を、公園にて二人で食べる。
そして一週間のことを報告し合って、店があくまで静かに過ごす。
10時を回ったころから、二人は街中へ移動する。
それからの過ごし方は、ウインドウショッピングをしたり、映画を見たり、その日によって様々である。
そして昼食を食べて、また歩き、夕食を食べてから別れる。
週末はいつもこのように二人で過ごすのだが、今日はちょっと予想外な出来事があった。
「そんな細かいこと、気にすることないって。
オレだって、もう10年経つのに一人称『オレ』だぜ」
「恵さんと陽子ちゃんとじゃ、性格がぜんぜん違うからね。
それに恵さんだって、よそ行きのときは『わたし』って言ってるじゃないか」
思いがけなく、ある一組の男女と街で会ったのである。
その二人とは、豊実琴・恵夫妻。
豊恵の旧姓は吉川。
例の、高校生のときに性転換をした元男性だ。
夫の実琴は和樹たちの高校の先輩であり、なんと元姫である。
夫妻には和樹も陽子も共に、陽子の性転換に際して色々とお世話になっていた。
陽子は恵に、男から女へと変わるという事について。
和樹は実琴に、そうした女性を恋人にするということと、姫という役割について。
他の人には聞けないようなことでも、この夫婦になら相談することができた。
そして、少なくない困難を乗り越えて、見事夫婦となった二人の姿は、和樹と陽子にとって、理想の将来像なのである。
実琴と恵のほうも、自分たちに境遇がよく似ていることから、嫌な顔一つせず真剣に悩みを聞いたりした。
そうして、性転換の先輩カップルと後輩カップルは、親しい付き合いをするようになったのだった。
「でも、よかったんですか?
せっかく、お二人で水入らずのデートだったのに」
「いいんだよ。
どうせこの時間は街をぶらつくつもりだったんだ。
ダブルデートってのも、面白いしな」
「はは、じゃあお言葉に甘えて」
実琴と恵で二人っきりのデートというのは、小姑である麻琴の陰謀もあり、そう頻繁にあることではなかった。
和樹と陽子は、そんな二人の邪魔になるのでは、と思ったが、実琴と恵としては、せっかくの偶然を楽しみたいという気持ちが強かった。
夫妻に説得されて、四人で行動することにした両カップルだったが、ゲームセンターにて四人同時対戦で遊んだり、バイクショップに行って恵から薀蓄を聞いたりと、なかなか有意義に過ごすことが出来て、みな満足できた。
しかし、時間は過ぎて、日が翳り始めたころ。
先輩カップルがレストランを予約しているため、街中の広場で別れようとしたとき、事件は起こった。
「見つけましたよ、和樹さん」
「ゆ、夕菜さん!?」
おどろおどろしい声に振り返ると、そこにいたのは夕菜だった。
外回りを担当する『守り隊・青組B班』の妨害を抜けて、和樹たちに到達してしまったのだ。
向こうから玖里子と『守り隊』が駆けてくるが、間に合わない。
夕菜が魔法を放つのは、一瞬で済む。
陽子だけなら自力でかばえるだけの自信が和樹にはあったが、ここには実琴と恵と、そして無関係の一般人が多数いる。
巻き込むことはできない。
和樹は魔力を高め、魔法によって夕菜の攻撃を食い止めようとした。
だが、予想に反し、夕菜は魔法を放たず。
もっと最悪な『言葉』を放ったのである。
「和樹さん、なんでそんなオトコオンナと付き合ってるんですか!
そんなワケのわからないバケモノ、和樹さんにふさわしくありません!」
それは、禁句だった。
あまりの暴言に、場が凍りつく。
「夕菜、あんたなんてことを…」
ここしばらく、夕菜のお守りをしてきた玖里子でさえ、頭が真っ白になった。
確かに、急に男が女になってしまい、周囲も扱いかねている部分がある。
よく見知った男友達のはずなのに、体は女性という矛盾。
しかし、そのことに最も悩んでいるのは、陽子自身なのだ。
自己を肯定する自分と、否定する自分。
そんな二つの狭間で揺れる心を、奈落に突き落とす発言だった。
「バケモノ…オトコオンナ…」
「っ! 陽一、落ち着くんだ!」
「かずき…っ、ごめん!」
呆然とする陽子。
彼女を抱きしめようとした和樹の手は、しかし振り払われてしまう。
陽子はそのまま走り出してしまった。
あまりのことに固まってしまった和樹だったが、次の瞬間、烈火のごとく怒り出した。
「おまえは何の権利があって、陽一を追い詰めるんだ!」
叫びと共に、急速に高まる魔力。
怒りのあまり、和樹は貴重な魔力回数を消費して、夕菜を滅ぼそうとしていた。
しかし集まった魔力は、あたりを焦土に変えてなお余りある量だ。
あわや大惨事かと思われた、そのとき。
――スパンっ!
「和樹、おまえは馬鹿か。
泣いて走り去った女の子を放っておいて、そんな些事にこだわるなんて。
こんなゲスに関わっている暇なんて無いだろう。
早く行け」
言葉より先に手を出したのは、和樹の後ろにいた恵だった。
元不良だけあって、その一撃はすばやく、和樹を正気に帰すだけの威力があった。
「でも…」
「場所なら実琴が追ってる。
携帯で連絡をとれ」
「ありがとうございます!」
恵の機転に感謝して、走り出す和樹。
「和樹さん、どこに行くんですか!」
話は終わってないとばかりに、和樹を追いかけようとする夕菜。
しかし彼女の前には、『守り隊・青組B班』が立ちふさがる。
「なんなんですか、あなたたちは」
夕菜の誰何の声を無視して、『守り隊』は気合を入れる。
「おまえら、ここで男を見せるぞ!」
「「「「ウッス!」」」」
そして、夕菜の魔法とB班の意地が激突した。
「和樹、こっちだ」
携帯で誘導してもらい、たどり着いた場所は駅前の広場だった。
ベンチに座る陽子と、離れたところから見守る実琴と。
ぱっと見では分からないが、『守り隊』のメンバーもいるのだろう。
和樹が広場に入ると、実琴は携帯をしまい、任せた、というようにうなずいた。
それを受けて、和樹は陽子の前に立つ。
陽子は、泣いてはいなかったものの、ずっとうつむいたままだ。
「陽一」
和樹が声をかけると、陽子の肩が震えた。
しかし、顔は上げられなかった。
「陽一」
再び、和樹が呼びかける。
「気にすることはないよ、あんな女の言うことなんて。
陽一は――」
「ボクは、」
慰めを遮って、陽子が口を開いた。
「ボクは、こんなボクでも、和樹と付き合っていいのかな」
不安そうな問いかけ。
しかし、和樹にとっては今更な話だ。
「いいにきまってるじゃないか」
「だけどボク、こんな体だし…」
「なにいってるんだよ、陽一。
君をこんな体にしてしまったのは、僕のせいだろう」
「でも…」
「それに、男だった陽子を好きになったのは僕だよ。
陽一が変っていうなら、僕だって変じゃないか」
「和樹はいいんだよ。
ちゃんと男の子だし、かっこいいし、ボクを守ってくれるし…」
「陽一…」
「でもボクは…」
陽子は、すこし意固地になっていた。
そんな様子に、和樹はしびれを切らした。
「納得できないなら、無理に納得しなくていいよ」
「、和樹?!」
突然の発言に、思わず顔を上げる陽子。
その目に映ったのは、近づいてくる和樹の顔。
唇が、避けるまもなく接近し、
そしてキスを落とした。
あまりの事態に硬直する陽子。
彼女の思考が動き出したのは、暖かさを感じたからだ。
冷たい風をさえぎる温もり。
陽子は、いつのまにか和樹に抱きしめられていた。
「和樹…」
「僕はね、陽一が好きだよ。
たとえ男でも、性転換して女になったのだとしても。
もしも指が欠けたり、腕が取れたり、足がもげたりしても。
僕は変わらず、陽一のことを愛し続ける」
「和樹、うれしいけど、例えが不吉すぎるよ」
「ごめん」
「それに、さっきから陽一、陽一って。
ボクは陽子だよ」
「それもごめん」
熱に浮かされたような顔から、一転してしょげる和樹。
彼の顔を見て、ようやく陽子の顔に笑みが戻った。
それにつられて、和樹も笑みをみせる。
二人の笑顔に、周囲で見守っていた人々にも、笑顔があふれた。
それは、冷たい秋風を吹き飛ばす、やわらかな光景だった。
二人はそのまま帰路に着いた。
電話で、各方面に帰ることを告げてから、電車に乗る。
このときに電話をかけるのは、夕菜妨害作戦の終了合図と、途中で万が一アクシデントがあった場合の早期発見のためである。
妨害作戦の終了といっても、実際には暴走した夕菜を鎮める、もしくは被害が出ても問題ないところに誘導する、そして撤退、という手順を踏まねばならず、まだまだ作戦は続くのだった。
多くの人が奮闘している中、自分たちだけ帰るのは申し訳なく感じるが、二人がいたところで火に油を注ぐだけであり、心配をかけないためにも早く帰ったほうが皆のためなのだ。
玖里子をはじめとする関係各位に諭されて、二人は割り切ることにしていた。
電車に揺られること、十数分。
中規模のターミナル駅に到着し、二人のデートが終了する。
二人でホームに下りて、次の電車が来るまでの間、抱きしめあい、別れを惜しむ。
今日はあんなことがあったあとだから、いつもより積極的で、何度か口付けも交わした。
やがてホームに電車が入ってくると、二人はいっそう強く抱き合った。
ドアが開き、乗客が降りきってホームが空き始めるころ、最後のキスをして、名残惜しげに別れる。
しかし二人のどちらも乗らないまま、ドアが閉まり、電車は走り出してしまった。
といっても、二人は乗り損ねたわけではない。
これは、名残惜しさをいつまでも引きずらないための、別れの儀式なのだ。
抱きしめる手を緩めた二人は、その片手を互いに握り合い、睦まじく階段を上がる。
そして、階段の上で待っていた二人組みの女子と会ったときが、本当のデート終了である。
この女子二人組みは、陽子と同じ高校の生徒であり、『奇跡のカップルを守り隊・赤組』のメンバーである。
和樹は陽子を二人組みに託し、代わりのように、二人組みから紙袋を手渡される。
紙袋の中身は、陽子の手作りのお菓子であり、『守り隊・青組』に供されるものだ。
元姫からの贈り物として、男どもに非常にありがたがられる、『守り隊・青組』の活力の源なのである。
もちろん渡すときには、和樹が姫の姿になり、一人一人手渡しだ。
自分たちのデートを手伝ってくれたのだから、多少のサービスは、むしろ和樹の側から買って出ていた。
さて、『守り隊・赤組』とは、陽子の所属する学校の女子生徒による、陽子・和樹カップル防衛組織である。
言うまでもないが、『青組』は和樹の所属する学校の男子生徒によるものだ。
二つの『組』は、目的を同じくする組織として、交流盛んである。
これがもとでカップルになった者もいて、組織運営の良い循環作用を生んでいる。
その『守り隊・赤組』は、陽子が夕菜のメインターゲットでないことと、女性陣で構成されていることから、後方支援が主な任務だ。
行き帰りの送迎も行うが、その性質は、防衛線というよりは早期警戒網である。
帰りの迎えのときには、そのついでに陽子のお菓子を和樹に渡す、兵站輸送任務も負っている。
それ以外には、デートの順路についてのオブザーバーや、お菓子作成の手伝いなどが仕事だ。
『青組』との格差が激しいが、女子に荒事はさせられない、ということで、どこからも苦情は出ていない。
数人、女子で実働任務を希望する例外もいるが、彼女らは『青組B班』に混ざることで不満を解消している。
そうした二人組みと談笑しながら、陽子は帰りの電車に乗った。
しかし、陽子は家には帰らない。
転校した学校でも寮に入っているからだ。
女の子の生活を身近で学習する目的で、陽子は再び寮生活を送ることになった。
そんなわけで、二人組みと共に、学校近くの寮に帰った。
寮に着くと、陽子は談話室へ向かう二人と別れ、一度自室へと戻る。
陽子の部屋は、他の寮生の部屋から離れたところにある。
まるで隔離されているかのようだが、これは隔意からではない。
その逆で、あまりの人気のために、他の者たちから離されているのだ。
慣れた仕草で廊下を進むと、部屋の直前の曲がり角の手前に、長机が横向きに置いてある。
セットで椅子が二脚あり、二人の女子生徒が座って待機していた。
彼女たちは陽子に気がつくと、朗らかに言った。
「おかえりなさい」
「ただいま戻りました。
王子様番、いつもごくろうさまです」
「いえいえ、たいしたことじゃありませんから」
にこやかに短い会話をして、陽子は机の脇を抜けた。
ここまでくれば、言わずとも分かると思うが。
陽子は、この学校で『王子様』をしているのだった。
『王子様』とは、近隣に男子校も共学校もないこの郊外の女子高で、女子生徒に潤いをもたらすために生まれた制度のこと。
見目麗しい数人の生徒が、男装をするのである。
どこかで聞いたような制度だが、あれのネガポジ反転だと思えば間違いない。
『王子様番』も、もちろん寮内での王子様の安全を守るボランティアである。
といっても、荒々しい男子校と違って、ここは優雅を旨とする女子高。
無理に王子様に迫ろうとする者や、それを暴力で食い止めようとする者など、いようはずもない。
少なくとも、建前上は。
ふらふら〜
ふらふら〜
――ドスッ
――バシッバシッ
「しっかりしろッ!」
「イテテ…」
「目を覚ませ!
人生を棒にふりたいか――ッ!!」
「はっ!!」
だから、こんな音が聞こえても、知らないふりをしてあげるのが、双方のためである。
陽子はそのまま自室へと戻った。
部屋のドアには「P−ROOM」と書かれている。
王子様専用部屋、プリンスルームの略だ。
もう見慣れたもので、気にせずにドアを開け、荷物を置いて服を着替える。
しかし、着替えたのは部屋着ではなく、まるで宝塚のような装飾華美な服――王子様の衣装だった。
簡単に着脱ができるよう工夫して作られたそれは、慣れた手つきと相まって、あっというまにデート着と取って代わる。
着替え終わった陽子は、用意してあった紙袋を持ち、部屋を出た。
向かうのは、談話室だ。
談話室には、『守り隊・赤組』の面々が集まっていた。
先に談話室へと向かった二人組みが、召集の合図をだしたからだ。
といっても、合図を出す前から、大半のメンバーがそろっていたが。
陽子が談話室に入ると、暖かい声で出迎えられ、陽子もまた、柔らかい声で応える。
『守り隊』の輪に入った陽子は、紙袋からお菓子を取り出して、お礼を言いながら一人ずつ手渡していく。
自分のために頑張ってくれている人たちへの、感謝の気持ちだ。
これがあるから、『守り隊』の隊員は毎週頑張れるのである。
余談だが、同じころに、和樹も姫の格好をして同様の感謝をしているはずだ。
渡し終わったら、雑談タイムである。
内容は、やはり今日のデート報告が主だ。
このときは、談話室にいた他の生徒も、『守り隊』の輪に近づいてくる。
また、彼女らのために別枠で用意されたお菓子も提供される。
内心、陽子のお菓子は『守り隊』だけの特権にしたいのは山々であるが、そんなことになったら有形無形で問題が起きるのは自明のこと。
自分たちには一人ずつの手渡しであり、他のものは大皿での一括提供、という程度の差別化で抑えている。
ちなみに陽子の人気であるが、これがかなり高い。
中性的な顔であり、健康的な男子だったためにスレンダーな体型。
性格もよく、女の子初心者であるためにやらかす天然ボケの数々。
きれいで可愛らしいキャラクターとして、全校に親しまれているのだ。
彼氏持ちだと知れ渡ったあとも、若干の変動はあったものの、むしろ人気はより強固になった。
なにせ、相手は可愛らしい顔をした男子である。
二人そろうと、見ようによって、百合カップルにも薔薇カップルにも見える。
なので、元々のファンに加え、百合な人、ヤオイな人、異性装な人、などなど、特殊な性癖の人々が集まったのだ。
陽子の側も、決してそうしたアブノーマルな人を否定しないので、ファンからの信認が厚い。
まあ、性転換する前は薔薇な人に分類されていたのだから、理解せずにはいられないのである。
楽しく雑談をして、談話室中に就寝の挨拶をしてから、部屋に戻る。
王子様の衣装を脱ぎ、明日の仕度や寝る準備をして、ベッドにつく。
陽子は掛け布団をかぶり、枕もとの写真たてに向かって、おやすみなさい、と言った。
その写真に写っている和樹も、同じころ、陽子が写った写真に向かって、同じように、おやすみ、といった。
こうして、二人の休日は終わるのだった。
あとがき
はい、そんなわけで、革命の日の続編をお送りしました。
本当は書く気なかったんですけどね。
原作の「革命の日」も、本当は続かないはずが、ファンの声援に負けて続編を出したことですし。
アニメが予想以上にいい出来だったので、思い切って書いてみました。
が、いざプロットを考えると、もう挫折しそうに。
夕菜が出てこない理由が見当たらず、そうすると陽子が瞬殺されてしまう未来予想図ばかり…。
となると、防衛隊が必要かなー、とかプロットを組んで書いてみると、とんでもない長さに。
これでも、機嫌の悪い夕菜にボコされて自信喪失した葵学園生が4th姫になったり、とかのエピソードを削りまくったんですがねぇ。
ちなみに、今回の話は原作の10年後を想定しています。
前話で麻琴を医者として出したので、学生が医者になるのはそのぐらいかかるかな、ていう理由です。
坂本家、せめて冬姫ぐらい出したかったんですけどね。
もう大学生になってるので、うまく絡められませんでした。
そうそう、誰も指摘してなかったんですけど。
前回、とんでもないオリキャラ、「真琴」さんを出現させてしまいました。
誰だよおい、て感じですね。
今回は特に注意して「麻琴」にそろえたつもりです。
では、最後までお読みくださり、ありがとうございました。
以下、レス返しです。
>Dさん
凛も出そうかと思ったんですけどね…。
つだみきよ作品は、法律的には普通の世界なので、刃傷沙汰はまずかろうと思って出せませんでした。
>戒さん
楽しんでいただけたようで、とてもうれしいです。
ありがとうございます。
>イスピンさん
すみません、坂本様は出せませんでした。
草稿では、坂本親衛隊が夕菜に向かって万歳アタック、とかあったんですが(笑
舞台設定が原作10年後なので、30近い大人にそんなことさせるのもどうかと思い、書き換えてしまいました。
>サイサリスさん
つだみきよ作品を知らない方にも読んで頂けるなんて、とても嬉しいです。
そう続きを希望されてしまうと、書かずにはいられませんでした(笑
>干将・莫耶さん
タイトルは、実はとても悩みました。
本当は、もっとまぶらほ寄りなタイトルでしたが、元ネタ表記を未記入にしたので、思い切ってそのまんまな題名にしました。
ここまでタイトルで分かる人がいるなんて、予想外でしたね。
>カリノさん
いい勘してますね(笑
その通り、女性名は陽子です。
草案では男女兼用の名前だったんですが、文章だとマンガと違って変化がはっきりしないので、女性名に書き換え易い名前にしました。
好きなキャラですか…私はやっぱり河野君ですかね。
>naoさん
パタリロですか。
昔、衛星放送のアニメでちらっと見た記憶しかないです。
台無しとまでは言いませんが、ちょっと絵柄が違いすぎますね。
>kjさん
実を言えば、オチはタイトルを変更したあとに思いつきました。
それまで和樹を活躍させられなくて悶々としていたんですが、我ながらいい解決方法だったと思います。
>水城さん
私もファミコン好きです。
そうそう、今作書くために読み直したんですが、秋良って身長すごい伸びるんですね。
ぜひネタにしようと思ったんですが(以下略
ちょっと残念です。
>レーンさん
すみません、苗字はとくには決めていません。
調べても分からなかったんですが、『加賀』ってどなたですか?
ブリード加賀かと思ったんですが、彼の名前は城太郎ですし。
よろしければ教えてください。