梅雨明けの空は、妙に青かった。
何物にも遮られない太陽の光が窓から降り注ぎ、部屋の中を暖めている。
夏を感じさせる暑さだ。
「――ふう」
玖里子は紅茶を一口飲み、ため息をついた。
書類仕事が、ついに片付いて『しまった』のである。
これから、『ある用事』のために、他校まで出かけなければならない。
その『ある用事』というのが、気を重くさせている原因だ。
しかし、やらなければならない。
これは家からの命令なのだ。
個人的な感情を挟む余地はない。
それに、『彼』を狙っているのは風椿家だけではない。
玖里子がためらえばためらうだけ、先を越される危険性が増える。
早々に覚悟を決めなければならない。
「――しかたがない、か」
覚悟を決めるのは、車中でもできる。
玖里子はそう思い、とりあえず出かけようとした。
そのとき。
「玖里子さん!!」
ドアが、ずがんっ、というありえない音を立てて開いた。
これはドアだけでなくて、壁まで修理が必要かもしれない。
とっさに修理費の概算をして、開いた相手に請求しようと考え、張本人を見る――
「あら、あなたは宮間の…」
夕菜、といったか。
たしか明日にでも転校してくる予定の生徒だ。
少々強引な手を使われたので、記憶に残っていた。
宮間家なら、支払能力に問題はないだろう。
修理費の請求を割り増しすることを考えながら、とりあえず用件を確かめることにした。
「なんn「和樹さんはどこですか!!」――…」
…。
なんなのだ、この女は。
他人の家の建具を壊し、そしてこちらの言葉を遮って怒鳴るとは。
宮間家が落ちぶれたのは、このあたりに原因があるかもしれない。
しかし、『和樹』…。
あの『和樹』だろうか。
やはり宮間家も狙っているのだろう。
もっと早く動くべきだった。
だが、なぜここに怒鳴り込んでくるのだろうか。
彼とこことの関係なんて、端から――そうか、そういうことか。
「あなた、知らないのね」
「? 何をですか?」
「『和樹』君、ここにはいないわよ」
「ええ!? どういうことですか!!
隠すとためになりませんよ!」
たちまち夕菜の右手に顕現する火の精霊。
部屋の調度を焼き尽くすのに十分な量である。
その在りように冷や汗と頭痛を覚えながら、玖里子は口を開いた。
「落ち着きなさい。
私はこれから彼のところに向かう予定だから。
あなたも一緒にくる?」
「え、いいんですか」
たちまち夕菜は無邪気な笑みを浮かべ、精霊が姿を消す。
玖里子は再びため息をついた。
わざわざ宮間を『彼』の元へつれていくのは、おおきな失点だ。
しかし、あの魔力をここで暴れさせられると、いくら後々請求するとはいえ、たまったものではない。
ただヤりさえすればいいのだ。
『彼』に関してなら、多少あとからでも挽回はできる。
そう玖里子は判断し、夕菜を車で連れて行くことにした。
「ええ!?
和樹さん、葵学園に入学してないんですか!?」
「そうなのよ」
探魔士によって、葵学園にあった『式森和樹』の個人情報がばら撒かれた。
そこには葵学園に入学したとの記述があった。
しかし――、
「ウチの事務のミスなのよね」
合格通知を出したことと、入学することとは、必ずしもイコールではないのだ。
エリート校である葵学園においても、例外は存在する。
和樹は葵学園の入学を蹴って、一般的な高校に進学したのであった。
しかし葵学園の事務は、恣意か過失か、和樹が入学したつもりで書類を作成してしまったのである。
当然、4月の頭でことは発覚したのであるが、書類とデータの訂正が6月までそのままだったのだ。
「ふぅ――」
思わず、玖里子はため息をついてしまった。
ことによると、何人か首をきらなければいけない。
面倒なことである。
憂鬱になり、玖里子は窓の外へ顔を向けた。
空が、憎いぐらいに晴れている。
と。
住宅地にあって、一際大きく、目立つ建物が見えた。
学校だろう。
「ついたようね」
到着したのは、郊外にある男子校。
そこそこ有名な進学校である。
本当に和樹が入学したのが、この学校だ。
奇しくも、葵学園とおなじ全寮制である。
いや、だからこそ彼が入学したのだろう。
夕菜からも、学校が見えるようになった。
なにやら、気合を入れている。
「和樹さん、浮気してたら許しませんよ」
「ないない、ここは男子校よ」
しかし、このとき。
それがある意味、真実になっているとは。
少なくとも玖里子は、知るよしもなかったのである。
「ようこそお越しくださいました」
車から降りた二人は、応接室に通された。
校長が丁寧に応対する。
玖里子は――そのほうが話が早いので――葵学園の生徒としてではなく、風椿家として連絡を入れたのだ。
そうすると学校側としても、下にも置かぬ扱いにせざるをえない。
校長は、自分の生徒と同年代の少女に、へりくだってみせた。
しかし玖里子は、その様子を当然のものとして、用件をきりだした。
「早速ですが、式森和樹くんを呼び出していただけませんか」
「申し訳ありません。
もうしばらくお待ちいただけませんか」
実にタイミングが悪かった。
学校側は、この時間に和樹を呼び出せない理由があったのだ。
しかも、部外者には漏らしてはいけない類の。
「どういうことでしょう。
事前に連絡をいれていたはずですが」
「ええ、承っております。
しかし、現在学校行事の最中でして。
前々から予定していたことですから、なにぶんスケジュールの変更がきかず。
申し訳ありませんが、あと1時間ほどで終わるとおもいますので」
冗談ではない。
なぜ私がこんなことで1時間も無駄にしなければならないのか。
ただでさえ、宮間夕菜をつれてくるはめになったというのに。
これ以上の面倒は御免である。
玖里子は口を開こうとした、が、しかし。
先に夕菜が切れた。
「どういうことですか!
私と和樹さんを引き裂こうというのですね。
今すぐ会わせなければ容赦しませんよ!」
キシャー!
夕菜は手に火の精霊を顕在させる。
これには校長がおののいた。
ここは魔法におけるエリート校ではなく、彼も魔法とは縁のない人物だ。
いまだかつて、ここまで攻撃的な魔法を、これほど間近で見たことがない。
冷や汗があふれ、歯の根があわなくなる。
玖里子は事後処理の面倒をおもい、またため息をついた。
しかし一瞬で気を持ち直すと、この夕菜の暴走に乗ることにした。
手遅れだし、宮間家に責任を被せてしまえばいい。
それに、自分もこんなことは、さっさと済ませてしまいたいのだ。
椅子から立ち、校長の傍により、目線を合わせて、言う。
「彼女、見ての通り暴発しやすいですから。
案内してくださるほうが、双方のためになりますよ」
にこりと笑う。
なおのこと震え上がった校長は、這うようにして応接室をでて、案内のための教員を呼びに行った。
二人が案内されたのは体育館だった。
どうも、学校行事の最中らしい。
どんな内容なのかは、なぜか「見れば分かる」の一点張りだった。
教員の様子から、それは説明が難しいから、ではなく、説明をしたくないからのようだった。
どんな行事なのかしら。
二人の間に、不安がつのる。
体育館の扉の前に来ると、教師が止まった。
そのまま、ためらった様子で固まる。
早くしてほしい、と玖里子は思うが、その尋常でない様子に、催促の声を上げづらくなる。
いや、自分がしなくても夕菜が、と思い、横を見ると。
夕菜は首をかしげていた。
「玖里子さん、音楽が聞こえませんか?」
「音楽?」
なにやら、ポップな曲と歌声が聞こえてくる。
先月のオリコンチャート8位の曲だ。
玖里子にも聞き覚えがあった。
音の元は、体育館の中のようである。
「カラオケ大会、なのかしら」
なるほど、学校行事としては、いささかふさわしくない。
部外者には、あまり見せたくないだろう。
しかし、それだけにしてはガードが固すぎる。
まだ何かあるのだろうか。
二人が中の様子を想像し始めたのに気付いたのか。
教員が折れた。
「いまから扉を開けますが。
決して声を上げないでください」
「理由を聞いてもよろしいですか?」
「この学校の生徒にとって、とても楽しみな行事の最中だからです。
ぶち壊しにはしたくないのです」
「分かりました。
声を上げないことを約束します」
「ちょっと待ってください。
和樹さんを呼んでくれるんじゃないんですか!?」
また夕菜が暴走しかける。
しかし、そんな様子にも気付かないほど沈痛な面持ちで、教員は答えた。
「彼はこのイベントの主役なのです。
とりあえず今は、一目見るだけにしていただけませんか。
後ほど、かならずお会いさせますので」
「…わかりました。
今は我慢します」
夕菜の魔力が静まる様子をみて、玖里子は安堵のため息をついた。
いい加減、幸福がなくなってしまいそうな勢いである。
しかし、と玖里子は考える。
和樹が行事の主役?
事前調査では、無趣味で成績もあまりよくない、平凡以下の生徒だった。
その彼が主役とは。
いったい中で何が行われているのだろうか。
その疑問に答えるように、教師が扉に手をかけた。
「では、いいですか。
扉を開けますよ」
そうして、扉は開かれた。
中にあったのは熱気。
体育館いっぱいの男子生徒が、暑苦しいまでの熱気を発散している。
まるでアイドルのコンサートのようだ。
いや、まさしくその通り。
ステージの上では、着飾った女の子3人が、マイクを片手に歌を披露している。
きれいだ。
思わずそう言ってしまうほど、ステージが絶妙だった。
ステージに当たる色とりどりのライト、それに映えるよう作られた華麗な衣装。
そしてなにより、それを着る女の子たち。
整った顔立ちをしている。
少々動きがぎこちないが、それも愛嬌のうちだ。
スピーカーから聞こえてくる歌も、なかなかうまい。
少々声が低いが、耳障りというほどではない。
いま売り出し中のアイドルユニットだろうか。
と、急に扉が閉じてしまった。
教員が閉めたのだ。
「なにをするんです!?」
まだ和樹を発見できてないのに。
いらただしげに問う玖里子に、しかし教員は答えた。
「そろそろ、声を出してしまうと思いましたので。
あそこで声を上げられると、こちらも困ったことになりますから」
「おっしゃる意味がよく分かりません。
夕菜、あなたからも言って――夕菜?」
加勢を頼もうと横を見ると、夕菜の様子がおかしい。
目を見開き、口を震わせて、しきりになにかをつぶやいている。
「和樹さんが…和樹さんが…和樹さんが…和樹さんが…和樹さんが…」
尋常ならざる様子に、そちらを見なかったことにした。
教員に振り向き、質問を変えることにした。
「それで、和樹くんはどこにいたのですか?
ステージ上には見当たりませんでしたが」
「いえ、ステージ上にいましたよ」
「…三人の女の子しかいないようでしたが。
そもそも、彼女らは何者ですか?」
「私からは、式森和樹くんがこの行事の主役だとしか言えません」
「つまり、あの女の子たちは前座、ということでしょうか?」
「いえ、あれこそこの行事の目玉です」
「はっきりおっしゃっていただけません?」
玖里子は苛立っていた。
そもそも、この件は気が進まないのだ。
なのに、やたらと厄介ごとばかり起きる。
面倒をかける夕菜は、肝心なときに役に立たない。
一体、なにが起こっているというのだ。
口を開くのをためらっている教員に、ますます苛立つ。
「つまり、和樹くんはステージ上にいるんですね」
「ええ、まあ」
「しかし、ステージ上にはあの3人組しか見えませんでしたが」
「…そのとおりです。
ステージ上には3人しかいません」
「それはおかしくありませんか?
あそこにいた3人はスカートをはいていましたよ。
式森和樹くんは男――」
――え?
まさか。
まさかまさか。
そういうこと、なのだろうか?
問いかけるような目線に、教員は頷いた。
「ステージ右にいた子、その子が式森くんです」
玖里子はそのまま、意識を手放した。
その学校には、姫制度、というものがあった。
郊外の男子校で、女っ気が全くない校内に潤いを。
しかし、女の子を実際に連れてくるわけにはいかない。
ならば、ということで。
勢い余って、かわいい男の子に女装させてしまったのだ。
しかも、学校公認で。
もっとも、平常授業は普通の制服で、スカート姿は行事の時に限るのだが。
細かいところは省くが。
つまるところ。
和樹は女装して、ステージで活躍していたのである。
その後、保健室で目を覚ました夕菜と玖里子は、そのまま控え室に通された。
丁度、ステージが終わったのである。
控え室までの道中、案内に来た生徒会役員に姫制度についての説明を受けた二人は、いろいろな意味で暗くなった。
「そうね、たしかに校外にバラしたくない話ね」
「部活動の地区大会とかで遠征することはあるんですけどね。
今年の『姫』たちは成り立てですから、まだ経験してませんし。
正直、3人への悪影響を考えると、あまり会っていただきたくないのですが」
「ごめんなさいね。
私も気が進まないけど、仕方がないの」
これからのことを思うと、とても頭が痛かった。
控え室に入って、また一騒動あった。
3人の『姫』が着替える前だったのだ。
『姫』になって、まだ2ヶ月弱。
行事以外では(比較的)普通に男の子として生活しているのである。
それなのに、女装姿を外部の人間に見られた。
しかも女の子に。
たちまち『姫』たちはパニックになったのだ。
生徒会長らに静められるまで、いろいろと大変だった。
「で、あなたが式森和樹ね」
「ええ、そうです」
ゴスロリ、というのだろうか。
やたらとレースのついた豪奢なワンピースに身を包んだ――よく見れば男子とわかる――生徒が、観念した表情で答えた。
「あなたの家系、優秀な魔術師が多いのよ。
ハッカーのおかげで、そのことが知れ渡ってね。
実家から子種をもらってくるように命令されたんだけど――」
「子種!?」
「そうなの。
でも、ねぇ」
再度、和樹を見る。
確かに、よく見れば男子と分かるのであるが。
実にかわいらしい。
そこらへんの女よりも、よほど。
おまけに、羞恥に顔を赤らめ、うつむき加減だ。
庇護欲をかなり刺激する。
「たたない、なんてことは、ないわよね」
「…」
ますますうつむいてしまう。
まさか。
そんな玖里子を押しのけるように、夕菜が和樹に食らいついた。
「和樹さん! 夕菜です。
覚えてませんか?」
「夕菜…さん?」
「そうです、夕菜です!
結婚するって約束はどうなるんですか!?」
「結婚!?
なんのこと!?」
「忘れちゃったんですか、あの約束!
私が引越しする日、雪を降らせてくれたじゃないですか」
「雪…じゃあ、君があのときの」
「思い出してもらえましたか!
そうです、あのときの結婚の約束です!」
「そうだったね。
でも、ごめん。
その約束は、あきらめてもらえないかな」
「ど、どういうことですか、和樹さん!」
「…好きな人がいるんだ」
「誰ですか、その不届き者は!?」
「それは…」
言われてから、しまった、という顔をする和樹。
しかしそれは、嘘がばれることを恐れるものではなくて、隠し事がばれることを恐れる顔だ。
まさかまさか。
再度、とてつもない不安が、玖里子の胸に押し寄せる。
和樹は一瞬だけ、この部屋の誰かを見た後、生徒会長に視線で訴えた。
生徒会長は、それに答えた。
「和樹君、大丈夫だ。
なにがあっても、僕らが祝福してあげるよ」
「…ありがとうございます」
そう言って、和樹は椅子から立ち上がった。
そして部屋の隅で、事の成り行きを見ていた二人の『姫』に近づいた。
いまや、和樹の顔は、羞恥以外のもので赤くなっている。
和樹は二人の『姫』のうち、背の低い一人の前に来ると、真っ赤な顔で、うつむいてしまった。
まさかまさかまさか。
玖里子の不安は、すでに確信に変わろうとしていた。
夕菜は、いまから起きようとしている事態が、よく分かっていないようだ。
逆に、生徒会長をはじめとする部屋の面々は――もう一人の『姫』ですら――わかっているようだ。
暖かい空気が、部屋に流れている。
それに後押しされるように、和樹は口を開いた。
「陽一、君が好きなんだ!」
その瞬間、部屋の空気が固まった。
和樹は、緊張と不安と、いろいろなものがない交ぜになって。
陽一は、あまりにも突然の出来事に。
他の男たちは、二人の邪魔をしないように。
夕菜は、脳が認識を拒否して。
玖里子は、不安がピンポイントで的中してしまったために。
「…」
と、そのとき。
陽一の目から、涙が。
「え、よ、陽一?!
ごめん、いやだったろう」
「違うよ、いやじゃないよ」
「え?」
「突然だったから、驚いただけ。
和樹こそ、僕は男だけど、いいの?」
「構わないよ。
僕はどうしようもなく、陽一のことが好きなんだ」
「嬉しい!」
和樹に抱きつく陽一。
それを見て、部屋の中が沸きかえった。
おめでとう。
よくやった和樹。
いいもの見たぜ。
めでたいなぁ。
ここまで引っ張りやがって。
これで安泰だ。
部屋の男全員が、口々に祝福する。
女二人は固まったままだが。
和樹が一度、陽一の肩を持って、体から離す。
そして手をとると、手前に引き上げた。
立ち上がる陽一と、それを胸で受け止める和樹。
二つの影が、そのまま一つに重なろうとした。
しかし、そのとき。
陽一が、ふらり、と体を揺らすと。
そのまま力が抜け、和樹の胸に倒れこんでしまった。
「陽一?
…どうしたんだよ、陽一」
ただならぬ様子に、生徒会長が駆け寄ってくる。
「ちょっとごめんよ。
…いかん、意識がない。
誰か! 救急車を呼べ!」
「わかりました!」
「え、そ、そんな!!」
たちまち狼狽する和樹。
陽一を抱えたまま、床に座り込んでしまう。
「陽一、冗談でしょ? 陽一!」
「いかん、和樹。
陽一をゆするな」
意識を失ったものを揺すぶるのは厳禁である。
しかし、半ば錯乱した和樹には、そのことが分からない。
「陽一! 陽一!」
「落ち着くんだ和樹!」
「そんな、嘘でしょ。
せっかく、せっかく気持ちを確かめられたのに」
「和樹、陽一を離すんだ。
安静にさせなきゃいけない」
「そんなこと――そんなこと。
僕が認めない!」
「和樹?」
様子がおかしい。
和樹の目の色が尋常ではなかった。
それに生徒会長が気付いたときには、全てが遅かった。
「僕が! そんなことは! 認めない!
うわあああああぁぁぁぁぁーーーー!!!」
和樹の雄たけびとともに、光が炸裂する。
魔法の発動に伴う光だ。
貴重な和樹の魔法が、いま消費された。
光は部屋を埋め尽くし、窓や扉からあふれ、周囲を太陽のように照らす。
しかし、光は目を焼くことはなかった。
暖かい、癒しの光だった。
やがて光が収まると、蛍光灯に照らされた元通りの部屋が、そこにはあった。
いや、ひとつだけ。
和樹の抱いている陽一だけが、そのありようを変えていた。
ステージ用のかつらが床に落ち、しかし頭からは豊かな髪が、床に垂れている。
胸は倍ほどに膨れ上がり、そのせいか陽一は苦しそうな顔をしている。
とっさに和樹がブラジャーのホックを手探りではずすと、すぐに顔が和らいだ。
その様を見た生徒会長が――和樹の殺意を込めた視線にさらされながら――陽一の体に触れると、その変化がすぐに分かった。
陽一は、女の子になっていたのだった。
よく分からないながらも、駆けつけた救急隊に陽一を預け、生徒会長が付き添って病院へ行った。
本来なら和樹がついていくところだが、彼は女装したままであることと、生徒会長から用事を言いつけられたので、後から行くことになった。
「陽一のつかっていたブラシ、洗濯前の下着を持ってきなさい」
フェティシズム漂う台詞だが、生徒会長は真剣な顔で、なおかつ事態が事態だ。
渋々、和樹は承諾し、着替えてすぐに行動した。
ちなみに、玖里子と夕菜は再び保健室に収容されていた。
そして陽一は。
意識を失ったまま病院に運ばれ、そこで目を覚まし、生徒会長から事情を聞いていた。
やがて、遅れてきた和樹が病室に駆け込んできて、通行証代わりに手荷物を生徒会長に渡し、陽一に駆け寄って手を握り、
そのまま意識を失った。
今度は陽一が慌てたが、生徒会長は落ち着いて言った。
「おそらく、無茶な魔法の使い方をしたせいだろう。
明日にでも目を覚ますさ」
「会長は、今回のこと、分かっていらっしゃるんですか?」
「推測だけどね。
しかし、おそらく事実だろう」
そして会長が語った内容は、数日後、医師によって裏付けられた。
「元から女の子だった?!」
「どういうことです?」
「やっぱりね」
それぞれ、三者三様の反応を返したが。
最後の生徒会長の一言に、視線が集中した。
「知ってたんですか!?」
「まあ、そうかな、って思ってたって程度だよ。
陽一、最近貧血が多かったり、関節やお腹が痛くなったりしてたろ」
「それが、どうかしたんですか?」
「いわゆる、予兆というやつだよ。
僕も又聞きでしかないから、正確なところは先生に聞こう」
そういって、医師に目を戻す。
咳払いをしてペースを取り戻すと、医師は話し始めた。
「いわゆる「半陰陽」と呼ばれる状態です。
ごくまれに、染色体の異常や遺伝子伝達に何らかのミスが生じた場合に、見た目は男なのに、染色体は女性である場合があるのです。
魔法の影響を受けなかったサンプルを調べた結果、陽一さんはこれに該当すると判断しました」
「判断しました…て、ねぇ」
「急に言われても…」
思わず顔を見合わせる和樹と陽一。
にこやかに笑いながら、生徒会長が補足する。
「陽一に起きていた不調は、ホルモンバランスの変化などが原因だと思うよ。
で、激しい動悸のせいか、あるいは純粋にタイミングが悪かったのか、あのとき倒れてしまった。
それを和樹は魔法で治そうとしたんだけど、原因が体のつくりにあるからね。
あまりある魔力で、体を作り変えてしまったんだよ」
「和樹の魔力ってすごいんだね」
「あと6回だけどね」
謙遜のつもりで言った和樹の一言が、部屋を暗くする。
「ごめんね、和樹。
貴重な一回を僕のために…」
「いや、だって陽一のためだから。
悔いはないよ」
「でも――」
「じゃあ、こうしよう。
和樹は陽一に、貴重な魔法回数を使った。
そこで陽一は、人生の何割かを和樹のためにつかうこと。
つまり、」
「「つまり?」」
「とっとと結婚して、和樹に尽くすこと」
「け、結婚?!」
「な、なにを言い出すんですか会長!」
そうですよね、先生。
和樹がそうふると、しかし医師は面白そうに肯定した。
「いいところに気付くわね。
陽一君の体は、すでに女の子。
何枚か書類を書けば、すぐに戸籍も変えられるわ。
そうしたら結婚もできるわよ」
「「そ、そうなんですか!?」」
「しかし、あなたたちって、あの子の後輩なのよね。
奇縁というかなんというか」
「あの子?」
「豊実琴っていうんだけど、知らないかしら」
「何代か前の『姫』ですよね」
「あら、さすが生徒会長。
じゃあ、この症状についての情報も?」
「ええ」
「あの、どういうことなんですか?」
「その実琴はね、私、豊真琴の弟なのよ」
「「ええっ!?」」
「でね、その彼女もね、半陰陽で性転換した女性なのよ」
「「ええっ!!?」」
「さすがに、個人の病状に関することだからね。
それほど広まってはいないけど」
「一度聞いたら、忘れられない話よね」
けたけた笑う二人と、顔を見合わせるしかない二人。
「まあ、その彼女にカウンセラー頼むから。
経験者だから、心強いわよ」
「『姫』制度についても、理解あるしね」
「本来なら、ここで男として生きるか、女の子になるか決めるんだけど。
もう女の子になっちゃってるしね。
そこの和樹くんと、いい仲なんでしょ。
女の子について、じっくりと勉強しなさい」
口々に言われて、もう頷くしかない二人。
顔を見合わせて、どちらからともなく笑った。
体についての不安も消えて、性別の壁も消えて。
ごく幸せなカップルとして、これからやっていける。
そんな祝福を、全身で感じて。
二人は身を寄せ合って、なんとなく、キスをしてみた。
ちなみに。
後から事の顛末を聞いた玖里子は、脳が限界に達したため、三度寝込んだ。
「もう、勘弁して」
あとがき
というわけで、if:和樹が別の学校に入学していたら、をお送りしました。
…ちょっと変えすぎましたが。
勘のいい方はタイトルでオチが読めたと思いますが、これは「つだみきよ」作品のクロスです。
(プリンセス・プリンセス、革命の日)
前にちょっと思いついたのを、最終巻発売記念にいっちょ書いてみるか、と一念発起したものの。
最終巻であれこれ書かれてしまったせいで、うまくキャラを登場させられず。
本当は、原作における生徒会長の『姫』時代にしようと思ってたんですが。
予定を変更してオリジナルな時代に。
なんとか真琴を出すことができましたが。
いざまとめてみると、まぶらほキャラが凛すら出てこない始末。
もうダメダメですが。
大目にみてもらえるとうれしいです。
それでは、最後までお読みくださり、どうもありがとうございました。
またそのうち、ネタが沸いたころにお会いしましょう。