「ごめん!私がいたせいで」
任務を受けた和樹は日本のとある山岳に出向いたところ、依頼を受けた杜崎沙弓と遭遇、二人でいるところに対象であるバケモノと鉢合わせし、戦闘に入ったのだが、沙弓は和樹の戦う中に自分も加わろうとしたが、和樹に比べてはるかに力がないことから狙われ、それを守ろうとした和樹がダメージを負いながらも勝利したところである。
「なあに、アイタ・ペアペア」
「あ、アイタ?なにそれ」
「さ、こんなところにいつまでもいたってしょうがない。帰ろうか」
「若獅子と南の島の少女」
「クッ…油断した。まさか、あんな海獣がこんなところに潜んでいるなんて」
悪態をつく黄金の鎧を身に纏う少年、和樹は左腕に刺さって牙を引き抜く。
荒れる息を整えながら周囲に意識を向けて敵の襲来に対して警戒する。
ただでさえ、視界の悪い森は豪雨によりさらに視界が悪くなり、雨音で聴覚も頼りない。
「ライトニングボルト!」
自分のカンと今までの経験に従って放った雷光に手応えを感じず、今の攻撃で相手に自分の位置を知られたと考え、和樹は場所を離れた。
「ッ…毒か、ヤツの毒は全身の麻痺、確か数時間で抜ける程度らしいけど、ヤバイな」
思うように動かなくなっていく体を引きずって進み、切り立った崖に出た。
片膝をついた和樹はハッとしてその場を飛び退く。彼がいた場所は森の中から放たれた炎が通過した。
木々をへし折る音とともに巨大な蛇のような影が現れた。
「…今のままじゃ勝てる見込みはゼロ……ッチ!」
残る力を振り絞って和樹は崖から海ヘ飛び込んだ。
――――――――――――――――――――
――「…これは俺の力だ!!母上や親父のものじゃない!!俺の力だ!!」
「そんなんじゃない…この聖衣は、親が偉いからじゃない!これは!俺が努力して勝ち取った称号だ!」――
「!!」
過去の記憶から逃れるように飛び起きた和樹は左腕に鋭い痛みを感じ押さえる。
「あ、起きた!」
幼い声に振り向くと褐色の肌の少女と老人がいた。
「まだ寝てなよ」
少女に押され、和樹の体は再び横になる。
「ここは?」
「何言ってんの、タヒチに決まってるじゃん」
「と言っても本当の周りにある小さな離島だがな」
少女の足りない説明を老人が補う。
(『ポリネシア諸島に現れると言う巨大な蛇の調査及び、対象の排除』…か、対象はリヴァイアサンと判明……排除の方は、ものの見事に返り討ちに合った)
「クソ……情けない」
自分自身に悪態をつき、額を覆う、黄金の獅子となって早数ヶ月、危険な任務だっていくつもこなしてきた自分が逃げる事しかできなかった事が腹立たしかった。
「何かしらわけ有りみたいじゃのぉ」
「ワケアリ?」
「あんまり触れて欲しくない思い出があるってことじゃよ」
「ふ〜ん」
少女は意味がよくわからなかったのか曖昧な返事をして和樹の枕元に座った。
「ホラ!“アイタ・ペアペア”」
「?」
「『気にしない』、よ!ここじゃ昨日とか明日なんて気にしないで楽しくやろうよってワケ!!」
少女の明るさが沈んだ気持ちを楽にして心地よかった。
「そうだ、俺は和樹」
「カズキ?私はヒナウだよ!」
楽しそうに話し始めた二人を見て満足そうに頷いて出ていった老人に気づかず、二人は話し続ける。
珍しく和樹の口数が多いのは恐らく“ただの和樹”として振舞う事ができるからであろう。どこへ行っても何らかの肩書きを背負ってしまう彼にとってこれほど自由を感じる事は初めてかもしれない。
「オラァ!ジジィ、耳遠くなった振りしたってムダだかんな!!」
二人の会話が男の罵声によって止められた。外を見ると体中に刺青をした大柄な男が数人取巻きを連れて老人に怒鳴りつけている。対する老人は聞えなかったかのように作業を続けている。
「今度から黒真珠の養殖を倍に増やせって言ってんだよ!!」
「めんどくさいから、イヤじゃ」
「コ、コノヤロウ!!」
男たちは罵声を浴びせるだけで手を出そうとしないあたり、どうやら老人を痛めつける事が自分たちにとってマイナスにしかならないということを理解しているようだ。
「まったく…フランス人に飼いならされおって、いきがるんじゃないわい」
老人のほうもその事がわかっているらしくこうもハッキリとモノが言えるのだろう(元々の性格もあるであろうが)。
だが、その事がわかっていないヒナウが飛び出した。
「コラー!!ジーちゃんをいじめるな!!」
棒を振り回して男に飛びかかるが、額に指を当てられて暴れるヒナウの持つ棒は全く男には当たらない。
「小さい子じゃないか。やめろよ」
これで助けてもらった事の恩返しにでもなるかな、と思って和樹が割って入った。
「ガキが口はさむんじゃねぇ!」
まだ11の和樹の態度が気に入らなかったらしく男はナイフを出して怒鳴る。
「あーあ、ピエラの兄貴を怒らせちまった」
「逃げた方がいいぜ!ガキ」
取巻きたちはその様子を面白そうに見ている。
「ホラァ」
脅しのつもりで顔すれすれに振られたナイフを和樹はつかまえてみせた。そして木の枝を折るかのようにナイフの刃を折った。
「……」
ピエラと呼ばれた男と取巻きたちは呆然と折れたナイフを眺め、慌てて逃げ出した。
聖闘士の闘法の基本は物体の原子を破壊する事にある、この程度の事は朝飯前なのだ。
「そうだ!俺の聖衣!ヒナウ、俺の金色の鎧を知らないか!?」
ヒナウの肩に手をおき、焦り気味に訊くがヒナウは和樹がピエラたちを追い払った事に喜んで浮かべていた笑顔を消して首を横に振る。
「そっ……か」
(俺はまだ視界にないと呼び出せない…)
沈んだ和樹の顔を両手でおさえヒナウはニコリと笑う。
「カズキ!アイタ・ペアペア!」
―――――――――――――――――――――――――
「なあ、じいさん、他の家族は?」
夜、遊び疲れて眠ってしまったヒナウに膝枕をして髪を撫でていた和樹が近くに座る老人に訊く。彼女の雰囲気から親が出かけているという物が感じられなかった事から予想はできていたが、あえて訊いた。
「息子と嫁がおったが死んだ。本島に用事ができて向うに行ったときに銃で撃たれてな。それと七つはなれた兄もいたんじゃが、漁の手伝いに出てそれっきり帰らぬ人になった。三人ともヒナウが物心つく前じゃからヒナウは、両親はおろか兄の顔も知らん」
老人は天を見上げて話す。和樹も老人と同じように見上げるが、そこに自分の守護星を見つけることはできなかった。
「カズキ、人生の先輩として悩みを聞いてやるぞ」
「………俺の両親って両方とも凄いんだよ。多くの人に慕われて多くの人が親につかえている。俺は……その親が嫌いなのかもしれない。自分の努力が全部の親のおかげだって言われて…」
星を眺める和樹の顔は普段の歳に不釣合いなほどに落ち着いたものではなく、年相応の傷つきやすい少年の顔をしていた。
苦しかった、自分の血のにじむような努力が全て「さずがはアテナの〜」という言葉で片付けられるのが。
辛かった、苦しむ自分の姿を他人に見せないように自分を演じることが。
彼は黄金の獅子であろうとすると同時に助けを求めていることを誰かに気づいて欲しかった。
「……カズキ、おまえのその努力の大元はなんじゃった?そのことを忘れてはいないか?」
老人の言葉を何度も何度も心の中で繰り返してから和樹は口を開いた。
「俺は、ライオンのように雄々しい自分でありたい」
「ライオンはいつもいつも雄々しいわけじゃないぞ。大切なモノが危機になった時、初めて雄々しい姿を見せるんじゃ。それ以外は自然体じゃよ。狩りを終えて戻ってくるメスを子とじゃれ合いながら待つ」
和樹は誰と一緒のときが一番自然体なんだろうと考えながら眠りについた。
このとき、和樹は自分を追いつめた海獣が近づいている事を感じることはできなかった。
―――――――――――――――――――――――――――
朝から和樹はヒナウに連れられて、滝を見に行ったり(流れる水を逆流させた)、果物を取りに行ったり、浜辺で水遊びをしたりと一日を遊ぶ事に費やした。思えば、訓練と御曹司としての勉強が山済みの生活を送ってきた彼にとって星の子学園以外でここまで開放的に楽しむ事ができたのは初めてだ。
今は砂浜に腰を下ろして、ギリシャ神話を中心としたさまざまな話をヒナウに語り聞かせている。
「…ていう女性を背中に乗せた牡牛は突然駆け出して……寝た、か」
パチッと放電した右手を見て昨日老人に言われた事を思い出す。
「さすが人生の先輩…俺の認めないようにしていること全部見抜いてやがる」
嫌味を言われ続け、無関心でいればいつか慣れると思っていた。確かに慣れた……だが、今までの和樹にとってそれは誤魔化しでしかなかった。
それを認めたとき、妙におかしかった。嫌味に苦しんでいた自分、強くあろうとした自分がおかしかった。視線を手からヒナウのあどけない寝顔に移す。
「バカだ…バカだ俺…いつからだろうな、強くなってみんなを見返してやろうなんて考え出したの…これだよ……これを守りたくて…これが守りかったんだよ。本当にバカだな、初心を忘れて必死にあがいてアホらしい嫌味なんかに心、乱されて…アハ、アハハハ!!」
何故か涙がこぼれた。笑い声と一緒に涙が次から次へと目から流れた。
「カズキ、泣いてるの?」
いつの間にヒナウは目を覚ましていた。
「違う、違うよヒナウ。おかしいんだ、おかしくてたまらないんだ。それなのになんか涙が流れてくるんだ。おかしくてたまらないのにな」
顔に手を当てて涙を隠すように笑うがそれでも手の隙間から涙は流れる。それをヒナウはじっと見ていたがやがて和樹の頭を抱きしめた。
和樹はただそれに従い、涙を流しながら笑い続けた。
――――――――――――――――――――――――――
夕方、和樹とヒナウは手を繋いで歩いていた。
「今日は遊んだね♪カズキいきなり泣いちゃうし!」
「そのことじいさんには言うなよ」
「どうしよっかなぁ♪」
和美やクロードが見たら血の涙を流して羨ましがりそうなほどの仲良く、肌の色さえ気にしなければ本当の兄妹のようにしか見えない。
村が見えてくる辺りまで来たとき明かりが妙である事に気がつき、和樹はヒナウを抱き上げて走り出した。
海に近く、村からやや離れた位置にあるヒナウと老人の家が燃えていた。
「た、助けて!!」
恐らく、和樹のいないタイムングを見計らって脅しに来たのであろうピエラが必死の形相でこちらに逃げてくる。
「ひ…ぎ!!」
突然、彼の体からいくつもの槍がはえ、ピエラは絶命した。倒れた彼の後には鱗やヒレがある人影が多数立っていた。近くには恐怖で腰が抜けたらしい老人が這って逃げようとしている。その遅さから老人の存在に気づいていないようだ。
「マーマン…リヴァイアサンの雑兵か。ヒナウ、隠れていろ」
そっとヒナウを降ろし、マーマンに雷光を叩き込む。
「ライトニングボルト!」
雷光に飲まれ、一瞬にして家を襲ったマーマンたちは吹き飛んだ。だが、海からマーマンたちが続々と姿を現す。
「ッチ!ライトニングボルト!」
出てくる敵、出てくる敵をライトニングボルトで打ち落とすが、ライトニングボルトは単発式で一度に一つの方向にしか放つ事ができない。
撃ち漏らしたマーマンたちと格闘戦となり、そのせいで海から上がってくるマーマンを落とす事ができないという悪循環だ。聖衣のない和樹の肉体は常人と同じであり、敵の持つ槍に突かれれば簡単にピエラの仲間入りだ。避ける事によって隙ができてしまう。
「こい!来いよ獅子座の聖衣!!」
地面にライトニングボルトを放ち、周囲の敵を一掃する。大振りのライトニングボルトの隙をつき、一体のマーマンが頭上から槍を持って迫る。
とっさに片手を上げて受け止めようとするが、聖衣を身につけていない事を思い出す。この手を犠牲にして撃ち落すと思い直したとき、燃える家の中からいくつもの光りが和樹を包んだ。その光りは槍を受け止めた。和樹はわずかに口元をゆがめてから。槍ごと敵を殴った。和樹の身には光り輝く黄金聖衣が装着されていた。
「ありがとう。獅子座の聖衣」
しかし、聖衣が来たところで状況は変わらない。海から上がってくるマーマンに向けて放てる己の技はライトニングボルトのみである。幻魔拳もあるが、敵一体一体に一々使うなんて面倒な事はやらないし、やっている暇がない。
(何か…広範囲攻撃……魔鈴さんに一度だけ見せてもらった流星拳!あれなら!)
「いくぞ!流星…いや!ライトニングプラズマ!!」
海から現れようとしていたマーマンたちが一掃された。
雑兵がつきたのか巨大な蛇の姿をした海獣リヴァイアサンが姿を現した。
「もう負けない。初心を取り戻したからな!ライトニングボルト!!」
リヴァイアサンの長い胴体に雷光が直撃するが、リヴァイアサンは全く効いていないらしく少しよろめいただけですぐにその鋭い牙で襲い掛かってくる。
跳んでかわそうとした瞬間、背後にある木の陰にヒナウの気配を感じ取った和樹は腰を落とし、突っ込んでくるリヴァイアサンを受け止めた。
(前回も思ったがヤツの皮膚は何でできているんだよ。ライトニングボルトの衝撃を吸収するほど強靭な皮膚って言うところまでは納得するとして、なんで雷まで効かないんだ?ヤツの皮膚は絶縁機能もあるのか?)
「ヒナウ!じいさんを連れてもっと離れろ!」
「うん!」
老人を引きずるように引っ張って離れていくをも確認してからリヴァイアサンを投げ飛ばす。
「燃え上がれ…俺の中に眠る獅子よ……今こそ、その牙を持って対象を滅せ!!」
通常以上の小宇宙を燃やす和樹にリヴァイアサンは恐怖を感じた。和樹の体から漏れる小宇宙がスパークし、パチパチと火花を散らす。
「貴様の皮膚がどれだけ凄かろうと!これでどうだ!ライトニングプラズマ!!」
数十万を越える煌めきがリヴァイアサンの強靭な皮膚を直撃するが、その連打は全く効いておらず、和樹があがいている様にしか見えない。
だが、その煌めきたちが徐々に一点に集中し始めた。
「オオオオオオオ!!」
過去に星矢は蜥蜴座の白銀聖闘士・ミスティという男と戦ったとき、流星拳を大気の壁によって防がれた事があった。それを破るためにとっさに使った技が、流星拳を一点に集めた貫通力を持つ技、彗星拳だった。
「いけぇぇぇ!!」
それと同じことが今、起ころうとしている。ライトニングプラズマが完全に一点に集中されたとき、リヴァイアサンの体を黄金の獅子の放つ雷光が突き破った。
リヴァイアサンの上げる絶叫の中を和樹は走り、突き破った部分にありったけの小宇宙を込めた拳を振り上げた。
「これで終わりだ!!ライトニングボルト!!!」
―――――――――――――――――――――――
「ごめんね、カズキ。カズキが流れ着いたとき、その鎧をかくしちゃえばずーーっとヒナウの家にいてくれると思ったの。
でも、行かなきゃね。カズキは皆を助ける人だもん!」
泣くのを我慢して必死に笑顔を作っているヒナウの頭を撫でる。
「また来る」
とだけ言い残して和樹はこの島を去った。
その約一年後、彼は千早と神代に出会う。
――――――――――――――――――――――
「今度、旅行に行かない?」
山道を歩いていると突然、和樹が振り返り、言った言葉に沙弓は数秒間理解できず、呆然としてから顔を真っ赤にして詰め寄る。
「そ、それは!ふ、ふふふ、ふたりっき「みんなでさ、紹介したい子がいるんだよ」…そうよね。そんなはずなわよね…」
あからさまに落胆した沙弓を不思議そうに眺める。
彼はあれから数回、あの島を訪れている。
だが、幼く可愛らしかった少女が美しい少女へと成長し、兄として慕っていた少年の事を恋焦がれるようになっている事は未だに気づいていない。
あとがき
アーレスです。
こりもせず、また外伝なんぞを書いている始末です。
次の外伝は玖里子嬢と凜嬢のどちらかを出そうと考えております(え、デビルキシャーですか?今のところ出そうという案はありません)。
「前回の逃亡者たちが弱すぎる」っと言う意見が多いので言いわけさせてもらいますと、黄金聖闘士が人数差ごときで苦戦したらそれはそれでまずいでしょ?
それではまた………君は小宇宙を感じた事はあるか!?
レス返し
>D,さん
そういう子達の話も作っていくつもりです。
>樹海さん
牡羊座のムウが言っておりましたが、「聖闘士の戦いの勝敗を決めるのはどれだけ小宇宙を燃焼させるか」ですから。(そこまでやる気になるかどうかは別問題ですが)
>ななしさん
がんばります!