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「Triple Breaker! 後編(リリカルなのはA's)」

Rebel (2006-02-25 01:15/2006-02-26 18:02)
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 高町なのはは、決して運動が得意ではない。
 家族に魔法の事を話した後、父の家系に伝わる剣術を習い始めはしたが。
 姉の美由希とさえ、まともに打ち合えた例は無かった。
 同時期に習い始めたフェイトが、基礎技術の習得を終えているのとは対照的に。
 けれど、見取り稽古という言葉もある通り、動体視力は鍛えられていた。
 未だ本気とは言い難いとはいえ、シグナムの攻撃を凌げているのはそのためだった。

「くっ……ううっ」
「何て硬さだ、これは」

 結界の表面を火花と共に削られる恐怖に呻くなのは。
 レヴァンティンを振り切ったシグナムは、あまりの硬さに舌打ちしている。
 一見膠着状態に陥ったかに見えるが、その実なのはの集中力は散漫になる一方。
 決着がつくのは時間の問題、という所まで追い詰められていた。

 ――このままじゃ、負ける!

 自らの敗北を意識せざるを得ないなのはは、賭けに出る事にした。
 対して、勝利は間近と判断したシグナムは、瞬時に呼吸を整えて右腕を振り、

「レヴァンティン、カートリッジ・ロード!」
『Explosion』

 カートリッジの排莢と同時に炎を吹き上げるレヴァンティンを構え、突撃した。

「紫電、一閃!」
「く……!」

 その攻撃を予測していたなのはは、飛行に回していた魔力をも総動員して防御結界を強化。
 強烈な一撃を防ぐ事に成功するが、地表の砂漠へと墜落する。
 それを追う様に、シグナムは未だ炎をまとうレヴァンティンで、とどめを刺さんと向かって行った。

 ――ここまでは、計算通り!
「三……ッ!」

 地表すれすれで停止できたなのはは、風圧で砂が舞い上がる中、“仕掛け”を用意。
 続いて、後ろ斜め上に全速力で離脱する。
 右肩目掛けて振るわれたレヴァンティンをぎりぎりで避けると、

「二!」
『Divine Buster』

 ディバインバスターをシグナムに発射して、あっさりとかわされる。
 大量の砂塵が、シグナムを巻き込んで柱となって上空に舞い上がった。
 砲撃の勢いが加わり、後方への飛翔速度を増したまま、なのはは次の一手を打つ。
 充分な距離を取りつつカートリッジを一発ロードして叫びを上げると、

「一!」
『Divine Buster, Extension』

 長距離射撃用のバスターモードに変形したレイジングハートから、光の帯が伸びた。
 砂塵の柱から飛び出したシグナムは、その一撃を視認するや否や、

「カートリッジ・ロード!」
『Explosion, Bogen form』

 レヴァンティンの鞘を柄尻に接続してボーゲンフォルムに変え、

「翔けよ、隼!」
『Sturm falken』

 最大出力の魔力の矢を解き放った。
 それは狙い違わず、なのはの一撃に食らい付き。
 桜色の光と紫の光が、互いを食い合わんとせめぎ合う。
 そして、拮抗して譲らないまま、爆発を生じて消滅。

 その時、大技を放った直後のシグナムに、ほんのわずかな隙が生じた。
 なのはの狙い通りに。

「ゼロ!」
『Accel shooter』

 叫んだなのはがレイジングハートを高く掲げると、

「なっ……!?」

 砂塵に紛れて地表に敷設されていた、アクセルシューターの魔力弾三十発。
 その全てが、異変を察知して振り向いたシグナムに襲い掛かった。


 生命有るものの存在しない夜の街に、赤と金の光が乱舞する。
 近付いては離れ、離れては近付く。
 高層ビルの屋上で。
 舗装された車道で。
 障害物の無い空の上で。
 果てる事の無い交錯は、次のステージに移ろうとしていた。

「ラケーテンハンマー!」
「ハーケンスラッシュ!」

 互いの防御を突き破らんと繰り出された攻撃が、同時に発動。
 下方から、小型のロケットと化したグラーフアイゼンを突き上げるヴィータ。
 上方から、体重と突進の勢いを以ってバルディッシュで押さえ込むフェイト。
 バリア貫通特性能力を持つそれらは、どちらが上かを凌ぎ合っているかの如く。
 舞い散る赤と金の火花をものともせず、両者は歯を食い縛り、前へと進む。

 絡み合う視線から目を逸らさず、胸に去来する想いを糧に、各々の意地を通す。
 騎士の誇りと、主への忠誠と、勝利への執念。
 職務に対する誇りと、友や家族への愛情と、未来への希望。
 結果は互角。
 暴走するエネルギーが収束の限界を超えて解放され。
 両者は再び、自らの意思に寄らず、距離を空ける事となった。

「プラズマランサー!」
『Fire』

 体勢を立て直すと同時に、フェイトはスフィアを六つ形成し、一斉射撃。
 それを見たヴィータは、眉をしかめて対策を練った。
 魔力の矢を破壊しない限り、半永久的に追尾してくる始末に終えない魔法。
 だが、対処可能な魔法を撃つには、時間が足りない。

 ――なら、まずは弾く!

「てやあ――――ッ!!」

 グラーフアイゼンを振るって全てを弾いてから、

「シュワルベフリーゲン!」

 同じ数の鉄球を取り出し、次々に高速で射出して行く。
 新たにスフィアを形成して第二射を行なおうとしていた矢は、破壊されて消滅した。

 ヴィータの能力を考慮すれば、迎撃されるのは当然の事。
 一片の失望感もなく、フェイトは左手を掲げ、構成していた魔法を放っていた。

「プラズマスマッシャー!」

 威力は有っても発射速度の遅い魔法だが、つなぎと併用すればカバーはできる。
 プラズマランサーは、あくまで囮でしかなかったのだ。
 迎撃を成功させ体勢を崩した直後の攻撃に、ヴィータは防ぐしかないと判断し、

「カートリッジ・ロード!」
『Panzer hindernis』

 硬い魔力のシェルで身体の周囲を覆い尽くして、事無きを得た。
 だが、かなりの強度を誇る防御結界は、発動中は移動不可能という欠点も有った。
 その行動を取る事を狙っていたフェイトは、ここで奥の手を使用する。

「バルディッシュ、カートリッジ・ロード! フルドライブ!」
『Yes Sir. Load Cartridge. Zamber Form』

 コッキング・カバーがスライドし、カートリッジを二本排莢。
 瞬時に、鎌を基本とした形状をしているバルディッシュが大きく変形。
 剣の柄の様な形となり、続いてフェイトの身長程も有る光の刃が形成される。

 両手で柄を握って鋭くヴィータを見やり、一瞬のみ視線を交錯させるフェイト。
 そして、光の大剣を肩に担ぐ様に振りかぶると、更なる高みへと飛翔した。
 勝利をその手に掴むために。


 疾風の如く迫るクロノを迎え討たんと、はやては身体を緊張させる。
 だがここで、クロノは思ってもみなかった行動に出た。
 彼女の視界が回復したと見るや、右手のS2Uを高く放り上げたのだ。
 まるで、それを見せ付けるかの様に。

「え……?」

 ほんの一瞬、はやての意識がクロノから逸れ、宙を舞うデバイスに向けられる。
 それこそが、彼が狙っていた瞬間だった。
 はやてに向かって走り続けながら、

「スティンガーブレイド!」

 S2Uに待機状態となっていた魔法を発動させる。
 次の瞬間、何本かの光の刃が、はやての頭上に降り注いだ。

 魔導師は、デバイスを持たなければ魔法が使えないという訳では無い。
 ストレージデバイスであるS2Uは、魔法の記憶媒体としての役割しかないが。
 予め設定しておいた魔法を発動させる分には、手元を離れても問題はないのだ。

 その点、自動的に目標をロックオンするスティンガーブレイドは、うってつけ。
 発動さえさせれば、勝手に当たりに行ってくれるのだから。

「わわっ……」

 眼前に迫るクロノと、上空から迫る光の刃。
 どう対処して良いか咄嗟に迷うはやてだったが、右腕は勝手に上に向けられた。
 魔法攻撃に対して自動的に発動する様設定された結界を張るために。
 それは、あまりにも致命的な隙を作り出していた。
 相手が肉弾戦に来る可能性を失念していた、彼女自身のミスである。

「ごめん。……ブレイクインパルス」
「かは……!」

 力強い踏み込みと謝罪と共に放たれた肘打ちが、はやての鳩尾を抉る。
 身にまとうバリアジャケットで威力の大半が殺されても尚、強力な一撃。
 インパクトの瞬間、魔法による振動波も一緒に叩き込まれたためである。
 華奢な体が本人の意思とは無関係に吹き飛び、草原の叢の中へと沈んだ。

 クロノの所有する魔法では、はやてには届かないはずだった。
 だからこそ、彼女は防御結界の自動展開という魔法を使用していたのである。
 それに、デバイスと一体となり魔法を使用する彼女には思いも及ばなかった。
 手放したデバイスから魔法を発動すると言う、発想そのものが。

「でも……わたしは負けられへん」

 はやては思う。
 シグナムもヴィータも、未だに戦いを続けている。
 彼女達を守ると決めたくせに、真っ先に負けるなんて許されない、と。

 何とか立ち上がると、S2Uを再び手にしたクロノが迫って来ていた。
 魔法戦を主体とする自分では、肉弾戦では敵わないだろう。
 そう判断すると、はやては小さく呟いた。

「スレイプニール、羽ばたいて」

 発動した飛行魔法が、彼女の身体を高く空へと押し上げる。
 小さく舌打ちしたクロノも、地を蹴って空へと翔け上がった。

「リインフォース、スレイプ二ールの制御をお願い」
『了解、マイスターはやて。……大丈夫ですか?』
「まあ、ちょっときついけど、我慢できる」

 意識を連結しているデバイスと短い会話を交わし、はやては剣十字の杖を構えた。

「蒼天の王が命じる。眼下の敵を打ち砕く力を、今ここに。撃て、破壊の雷!」

 詠唱と共に晴天の空に局地的な暗雲が立ち込め、雷鳴が轟く。
 胎動する魔力の流れに瞠目したクロノの身体に、白き稲妻が駆け降りた。


 無闇やたらに神経を逆撫でされるだけだった会議が終わった。
 会議場からアースラに戻って来たリンディを、エイミィとクロノが出迎える。

 リンディの私室である和式の部屋で、三人は向かい合って座る。
 お盆の上に用意したお茶をエイミィが各々に配りながら、

「あはは……お疲れみたいですね、リンディ提督」
「ふふ、そうね。一生分の忍耐力を使い果たした気がするわ」
「心中お察しします、提督」

 話しかけてきたエイミィに疲れた笑みで応えるリンディを、クロノが労わる。
 建前はどうあれ、会議の内容が単なる吊るし上げなのは、二人も推測していた。
 だから、問題となるのは、はやて達に下る処遇をいかに軽くできるか、だった。
 その事を聞きたいのだろうと判断したリンディは、微笑みながら頷く。

「とりあえず、最悪の事態だけは避けられたわ。
 流石に、何のお咎めもなし、なんて上手くは行かなかったけど」

 エイミィが急須から湯飲みに注いでいる緑茶を眺めながら、リンディが結果を知らせる。
 その口調には、自嘲の色が現れていた。

「そうですか。……それで、提示された条件は何ですか?」

 母の手が緑茶に大量のミルクと砂糖を投入するのを、半ば諦めの境地で見つつ。
 自身は愛用のマグカップに入ったコーヒーをブラックで飲みながら、クロノが尋ねた。
 両手で持ち上げた湯飲みから緑茶を啜り、満足げにほっと一息吐いてから。
 真剣な表情を作ったリンディは、真摯な視線を向けて来るクロノとエイミィに向き合った。

「時空管理局上層部が、八神はやてとヴォルケンリッターに下した裁定は、無期限の拘束よ」
「そんなっ!?」

 お盆を胸に抱えたまま悲鳴を上げるエイミィを制し、リンディは言葉を続ける。

「ただし、アースラに所属する実行部隊が彼らを抑えられると証明すれば、一ヶ月の謹慎とする。
 各々代表を三名ずつ選出しての実戦形式の模擬戦闘によって、ね」
「一応聞きますが、アースラ側から出るのは……?」
「もちろん、貴方とフェイト、それからなのはちゃんに依頼するつもりよ」

 語られた内容に、嫌そうな表情を隠そうともせずに尋ねたクロノに、リンディは端的に答えた。
 ヴォルケンリッターからは、恐らくシグナムとヴィータとザフィーラが出る事になる。
 妥当な判断か、とクロノはそれを受け入れる事にした。
 五対五のチーム戦でないのは、はやてを出さないための方便であろうと悟ったためだ。

「僕は勿論、この役割りを勤めさせて頂きますが……二人には?」
「明日、私から話を通しておきます。はやてちゃんも含めてね」

 息子がそう言うのを解っていたのだろう。
 もう一度緑茶に口を付けてから、リンディはやや憂鬱そうではあるが、はっきりと話した。

「ヴォルケンリッターは、ある意味自業自得ですけど……
 なのはちゃんやフェイトちゃんには、少し悪い気がしますね」
「あの二人なら、友達のためにできる事に文句を言ったりはしないさ。
 蚊帳の外にした方が、却って怒られるだろう」

 神妙な表情でため息を吐くエイミィに、クロノは小さく肩を竦める。
 なのはとフェイトとはやての友情は、端からは計り知れないほど固い。
 それは、六年間間近に接してきたクロノには良く解っていた。
 その事に付いては、リンディやエイミィも承知しているだろうが。

「ふう……」
「どうしたんですか?」
「やりきれないなあ……って思ってね」

 かすかに俯いてため息を吐いたリンディに、エイミィが気遣わしげに尋ねると、

「排斥派の最右翼であるハワード提督……知ってるでしょう?」
「はい、自分にも他人にも厳しい人ですよね。融通が利かないきらいが有りますけど」
「彼はね……十七年前に、シグナムさんとの戦いで武装局員だった弟を失っているの」

 語られた理由に、相槌を打ったエイミィも、話を聞いていたクロノも瞠目する。

「屋内での戦闘で、レヴァンティンの起こした火災に巻き込まれて。
 リンカーコアを奪われた直後の魔導師に、逃げる術はなかった……」
「……でも!」
「そう。それは操られていたシグナムさんの罪ではないけれど。
 “闇の書”の軛から脱したからと言って、関係ないでも済まされない」

 泣きそうな顔でエイミィは黙り込む。
 だからこそ、彼女達は罪の清算のために管理局に属しているのではないかと。

「グレアム提督が“闇の書”破壊のために裏で動いていたのと同様に。
 ハワード提督も、復讐のために、無力な傍観者とならないために、管理局での権力を望んだ。
 それが、自分の関与しない所で全てが終わり、もう安全ですなんて言われても……」

 確かに、納得はできないかもしれない、と重い空気が立ち込めた。
 彼の意見に賛同しているのも似た様な境遇の人達だ、とのリンディの言葉に、更に空気は重くなる。

「とにかく、分からず屋達に上手く認めさせる様、頑張りましょう。
 詳細に付いては、三日後に関係者全員を召集して煮詰めるという事で」

 はやて達の未来に影を落とす事は、絶対させはしない。
 そう言うと、クロノはこの場での会話を打ち切った。


 シグナムに向けて殺到したアクセルシューターは、阻むもの無く全弾命中。
 湧き起こった爆煙で、彼女の姿を覆い尽くした。
 まともに食らえば、勝敗は既に決したも同然。
 そのはずが、なのははまだ戦いは終わっていないと理解していた。
 幾度の戦いを越えて培った、経験と勘によって。

「レイジングハート、エクセリオンモード……ドライブ!」
『Yes master. Excellion mode, drive ignition』

 カートリッジを排莢したレイジングハートに、環状魔法陣が展開され。
 瞬く間に、槍の形状へと変形する。
 全てのリミッターを解除したフルドライブモード、レイジングハート・エクセリオンへと。

 次第に薄れていく爆煙の中に、一人の女性の姿が見え始めて来る。
 甲冑のあちこちが綻び満身創痍の様相だが、大きな怪我は負っていない様だった。
 防御の薄い頭部を、交差させた腕と手にした鞘で庇っていたシグナムが両腕を下ろす。

「決着を、つけよう」

 と呟く口の動きを確認し、なのははレイジングハート・エクセリオンを構え直した。
 高速で飛翔して来るシグナムを見ながら更にカートリッジを使用し、

「アクセルチャージャー起動、ストライクフレーム!」
『A.C.S stand by』

 レイジングハート・エクセリオンの先端に光の刃を形成。
 展開された六枚の光の翼が、飛翔の時を待ち望んで打ち震える。

「エクセリオンバスターA.C.S――ドライブ!」

 そして、一際大きく光の翼が羽ばたくと、なのはの身体が弾丸の様に空を翔けた。
 迎え撃つシグナムも、鞘に収めたレヴァンティンのカートリッジをロードし、

「飛竜……一閃!」

 シュランゲフォルム――鞭状連結刃に、魔力を上乗せして撃ち出した。
 幾重もの帯となって襲い掛かる刃に、なのはのバリアジャケットが次々に切り裂かれる。
 だが、紙一重で致命傷を避けつつ、なのははシグナムの元へと翔け抜けた。

「ちぃっ!」

 展開した刃を引き戻しては間に合わないと悟り、シグナムは鞘を盾代わりにする。
 鞘の表面に施された防御結界と、レイジングハート・エクセリオンの刃が干渉し合う。
 両者の力のせめぎ合いは、なのはの攻撃に軍配が上がった。
 結界ごと鞘を打ち砕くと同時に、残りのカートリッジを全てロードし、

「ブレイク、シュ――――トッ!!」

 自らの出し得る渾身の一撃を、シグナムに対して撃ち放つ。
 生じた白い閃光の中に、シグナムの身体が消えて見えなくなった。
 なのはの勝利が確定した瞬間。
 そこで集中力が緩んだ事が、最後に訪れた陥穽となった。

「ま……だだ……!」
「えっ!?」

 もはや死に体となったシグナムが、それでも勝利を諦めず。
 砕かれた鞘を以って、咄嗟に事態を認識できなかったなのはの脇腹に打撃を与えた。
 故意か偶然か、シュランゲフォルムの刃によって切り裂かれた場所に。

「弾け……ろ」
「きゃああッ!」

 そして、気力を振り絞って残った魔力を鞘にかき集め、暴発させる事でダメージを追加。
 だが、彼女が敗北に抵抗し得たのは、そこまでだった。
 力尽きたシグナムは、意識を喪失し、地表へと落下して行く。
 無防備となった所へ痛撃を受けた、なのはもまた。

 風の音のみが響く砂漠に、二つの砂の柱が立ち、その場に動く者はいなくなった。


 バルディッシュ・ザンバーを振りかぶり、高速で飛翔して行くフェイト。
 自分の魔法障壁の強度ではどの道防げないと判断し、ヴィータは魔法を解除した。
 上空へ舞い上がって、フェイトとの距離を少しでも広げんと図りつつ。
 空になったグラーフアイゼンの薬莢室に、残り二発のカートリッジを装填。

 くるりと身を翻すと、決意を込めた瞳で迫るフェイトに向き直る。
 これがほとんど最後の勝機である事を、誰に言われるまでも無くヴィータは悟っていた。
 グラーフアイゼンの柄を両手で握り閉めると、

「グラーフアイゼン、カートリッジ・ロード!」
『Explosion. Gigant form』

 叫びに応えてカートリッジが二発共排莢され、鉄槌の部分が身長程に巨大化する。
 その光景を見ても、フェイトの飛翔速度が鈍る事は無かった。
 彼女は、更にバルディッシュ・ザンバーを持つ腕に力を込め、

「行くよ、バルディッシュ」
『Yes sir』
「疾風、迅雷!」
『Bright Zamber』

 大きさこそ変わらないものの、魔力の密度と輝きを増した刃が疾走する。
 触れるもの全てを切り裂かんとする、絶対の意思を宿して。
 対するヴィータも、巨大な鉄槌を手に、宙を翔け降りて行く。
 短くも長かった戦いに、決着をつけるべく。

「轟天爆砕!」
『Gigant schlag』

 翔け降りる赤の光と、翔け登る金の光とが、一つに交わる。
 互いの存在の全てを賭けて、倒すべき敵を討つべく、勢いを増す。
 刹那の勝負は、質量と重力加速度を味方に付けたヴィータがものにした。

 ――このままじゃ、撃ち負ける!

 この瞬間の敗北を認めたフェイトは、攻撃を逸らす事へ方針転換した。
 バルディッシュ・ザンバーの角度をずらし、ギガントシュラークの勢いを流す。
 少しずつ、ヴィータに気付かれぬ様、細心の注意を払って。

「んなっ!?」

 突然抵抗がなくなり、ヴィータが驚くと、その脇を金の光が走り抜けた。
 ギガントシュラークを回避する事に成功し、フェイトが上空へと逃れたのだ。
 このまま体勢を立て直されて上から攻撃を受ければ、敗北は必至。
 ヴィータは下へと流れる身体を押し留め、フェイトを見上げると、

「フェアーテ!」

 両足に魔力の渦を作り出し、弾かれた様に高く跳び上がった。
 高速飛行用の魔法を発動させて、追い付いたフェイトに打ちかかるが。
 身を捩った彼女に避けられてしまい、更に上空へと飛翔する。
 そして、身体を縦に半回転して方向を転換、再び突撃して行った。

「うあああああ――――ッ!!」
「はあああああ――――ッ!!」

 暗き夜空に、赤と金の魔力の光が華を咲かせる。
 残った魔力を全て注ぎ込み、後の事など考えもせずに、ただ勝利を望む。
 そして、二色の光は縺れ合いながら、ビルの一つに墜落して行った。

「「ハアッ……ハアッ……ッハア……」」

 フロアを数階ぶち抜いた、その墜落現場に、二人の少女の荒い息遣いが重なっている。
 床に仰向けに倒れた金の少女の眼前に、立ち上がった赤の少女が鉄槌を突き付け、

「あたしの……勝ちだ」
「うん。私の、負けだ」

 静かに、そして厳かに自らの勝利を宣言し、フェイトはそれを受け入れた。


 頭上に落ちてきた稲妻を咄嗟に防ぐ事ができたのは、幸運の部類に属するだろう。
 驚愕と恐怖の綯い交ぜになった感情で激しく脈打つ心臓を押さえ。
 今の魔法を防がれた事に、目をぱちくりさせて驚くはやてを見ながらクロノは思った。

 無論、“闇の書”の魔力で放たれていたなら、防ぐ事等不可能だったろう。
 けれど、現在のはやては自身の魔力でのみ戦っている。
 そうでなければ、今頃は黒焦げ確定なはずだった。

「へえ〜。今のを防いだんや? 何気にクロノ君って凄いんやね」
「まあ、防御魔法に関しては、ユーノに教授してもらったからな。
 少し……いや、かなり認めたくは無いが、彼は一流の結界魔導師だから」

 驚いたせいか、声が届く距離まで近付いても、はやては攻撃を仕掛けなかった。
 チャンスでは有ったが、戦闘の様子はモニターされている。
 あまり卑怯な手を使うと外聞が悪いため、クロノも彼女の質問に普通に答えた。
 その事が、彼自身に災厄をもたらす事になるなど、思いも寄らずに。

「それじゃあ、クロノ君は、わたしが思いっ切り攻撃しても大丈夫なんやね?」
「……なんでそうなる?」

 毒気を抜かれた様になったはやての雰囲気が一変し、クロノは訝しむ。
 その、猫が鼠を見付けた時に似た感じは、嫌と言う程覚えが有った。

「だって、今の魔法の威力はSクラスやったもん。そう言う事でしょ?」
「って……待て、はやて!」

 にんまりと笑った少女が、剣十字の杖を振りかざしたのを止めようとするが、

「あんじょう、きばってや〜」
「話を聞けえ――――ッ!!」

 間に合う事なく、はやての魔法は発動してしまった。
 普段の温厚さに隠れているが、彼女はなのはに負けず劣らず好戦的なのである。
 流石に、“闇の書”に主として選ばれるだけの事はあった。

「うわあああ、こいつは――ッ!」

 内心で頭を抱え、口は嘆きの声を上げながら、身体は襲い来る魔法を防ぐ。
 泣けるものなら泣いてしまいたい。
 それが、今の彼の偽らざる心境だった。

「じゃあ、次行くよ〜。
 彼方より来たれ、宿り木の枝。銀月の槍となりて、撃ち貫け!」
「それ、まともに当たったら死んじゃうだろうが――!?」

 必死の抗議は聞き届けられず、天に現れた魔法陣から七本の石化の槍が降り注ぐ。
 その内の五本をなんとか避けて、残りの二本をクロノは結界で防いだ。
 防ぎ切れなかった余波で、バリアジャケットの表面が石化してボロボロになる。
 そして、地表に落ちた五本の槍は、草原を広範囲に渡って石に変えていた。

 次に大技が来れば、もう受け切るだけの余力は無い。
 できれば使いたくなかった切り札を切る事を、クロノは決意する。
 魔力の絶対量の差を補うため、何度も映像記録と解析データを研究して修得した魔法。
 無駄と解っていても牽制の魔法を撃ち続けたのは、このための布石でもあった。

「星よ集え、全てを撃ち抜く光となれ……」
「その魔法は!? くっ……響け、終焉の笛――!」

 目を閉じたクロノの詠唱を聞いたはやては、つい遊び過ぎた事を悟って顔色を変える。

「貫け、閃光! スターライトブレイカー!」
「ラグナロ……」

 共に大技のため、魔法の完成に要する時間はほぼ同等。
 ならば、先に発動させた方が勝つのは道理である。
 なのはに比べれば、収束率も威力も若干劣るが、はやてを倒すには充分。

 周囲からかき集めた魔力により生まれ出でた光が、少女の身体を呑み込んだ。


 アースラの魔導師とヴォルケンリッターの模擬戦の日程が決定された。
 模擬戦とは言っても、魔法は基本的に殺傷設定の実戦形式。
 対戦相手と対戦場所は、完全にランダムで決められる。
 そうルールが定められた。

 できれば、こんな危ないルールは、今回限りにしておきたい。
 ゴリ押しして来た連中を脳内でギタギタに叩きのめしつつ、リンディはため息を吐く。
 幹部達の集まった会議場に設置された、三つの大きなスクリーン。
 そこに移る、転送ポートを通って対戦場所に現れた、六人の大切な部下達を見詰めながら。

 ヴォルケンリッターの危険性は皆無に近いと、リンディは確信している。
 だが、時空管理局と闇の書との因縁は、思いの他深かった。
 前回以前の闇の書との戦いで、身近な人物を失った年配の職員もいるのだ。
 事ある毎に騎士達の危険性を訴えて来るのも、仕方がないのかもしれない。
 だからと言って、はやて達に累が及ぶのを見過ごす訳にはいかないのだが。

 そして、模擬戦が開始されてから二十二分。
 なのは対シグナム戦は、両者ノックダウンの引き分けで幕を閉じた。
 二人が意識を取り戻したのを確認し、リンディは念話で話しかける。

『なのはさん、シグナムさん、身体は大丈夫ですか?』
「ぺっ、ぺっ……はい、私はなんとか」
「私も問題有りません」

 口の中の砂を吐き出しながら答えるなのは。
 涼しげに身体に付いた砂を払いながら首肯するシグナム。

 それから遅れる事、四分。
 フェイト対ヴィータ戦は、ヴィータの勝利で幕を閉じた。
 崩れたビルの床の上でへたり込む二人にも、リンディは念話で話しかける。

『フェイト、ヴィータちゃん、身体は大丈夫?』
「はい、大丈夫です、リンディ提督」
「あたしも大丈夫、問題ない」

 ぼうっと座っていたフェイトは、母の声に微笑んで答え。
 肩膝を立てて胡坐をかいていたヴィータも、ぶすっとしたまま頷いた。

 最後に、ヴィータの勝利から七分後。
 クロノ対はやて戦は、クロノが紙一重の勝利を掴んでいた。
 二人は折り重なる様に、叢の中に横たわっている。
 意識を無くして落下するはやての頭を抱え込んで庇ったまでは良いが、そこでクロノも力尽きたのだ。
 石化していない地面に落ちられたのは、偶然による奇跡だった。

『クロノ……クロノ、怪我は無い? はやてちゃんはどう?』
「リンディ提督……? はい、大きな怪我はありません。
 はやても、寝ているだけの様です」
『そう、良かった……』
「んん……?」

 気付いたクロノの返答にリンディが安堵の息を吐くのと同時に、はやてが目を覚ました。
 しばらく呆然としていたが、目の焦点が合うと、クロノの顔を見て微笑む。

「わたし、負けてしもうたな」
「正直勝てる気はしなかったんだが……運が良かった」

 身体を動かすのも億劫なため、二人はそのままの姿勢で語り合う。
 だが、はやてが身体をずり上げて両の頬を手で挟んで来た所で。
 女難による不幸属性を持つクロノは、唐突に嫌な予感に囚われた。

「一つ聞くが、何のつもりだ?」
「最初に言ったやろ。わたしが負けたら……」

 半目で問いかけると、はやては恥ずかしそうに頬を染める。

「いい! そんな口約束は無効だ!」
「そんな風に言われたら、傷付くやないの……」

 全力で拒否の意を示すが、却って煽る結果を招いたらしい。
 目を閉じたはやての顔がにじり寄り、焦ったクロノは逃げ様としたが、

「あん♪ クロノ君の、えっち」

 突き放そうとした右手が、結構量感の有る柔らかい何かを掴み。
 身体を動かそうと立てた左足の脛が、スカートの奥に当たっていた。

「ごごご、ごめん、わざとじゃないからッ!!」

 今度こそ全力ではやてから離れると、クロノは大声で謝罪する。

「ええよ、クロノ君なら♪」

 という声が聞こえた気がしたが、幻聴だと思い込む事にして。


 その後、何故かご機嫌なはやてと一緒に、クロノがアースラの艦橋に戻って来ると。
 模擬戦に参加していた他の四人も、既に戻って来ていたのだが。
 有無を言わさず、クロノはヴォルケンリッターの面々に捕まった。

「これは一体……?」
「ええと、ザフィーラとシャマルは最初からここで観戦してたんだよ。
 他のみんなも、クロノ君達が目覚めた頃には戻って来てたし」

 理由を尋ねたエイミィからの返答に顔を引きつらせたクロノが、外へと連行されて行く。

「クロノ提督、我々は一度、じっくり話し合う必要が有ると愚考する」
「責任、取ってあげて下さいね?」

 右腕を掴んだザフィーラと、左腕を抱え込んだシャマルが大真面目な顔で言うと、

「主が納得しているなら、私は構わないんだが」
「何言ってんだよ、泣き寝入りは駄目だろ」

 シグナムの複雑そうな顔と、ヴィータの不機嫌な顔が追従して来た。

「誤解だ! 事故だ! 冤罪だぁ〜!」
「兄さん、見苦しいよ。覚悟を決めて」
「面白そうだから、私も行く〜」

 引きずられながら無実を訴えるクロノを、硬い顔のフェイトも笑顔のなのはも助けてはくれず。

「もしかして、わたしって罪な女?」
「ふふっ……そうかもしれないね」

 残されたはやては、近くにいたエイミィと顔を見合わせて笑った。

 模擬戦は一勝一敗一引分でアースラの面目も立ち、ヴォルケンリッターは、一ヶ月の謹慎で済む事になったのだが。
 やや不満げな排斥派の幹部達に、リンディは、はやて達の自由に以後干渉しない事を約束させた。
 そして、その後はやて達を含むアースラのスタッフ全員での一泊二日の温泉旅行を企画して実行。
 勿論、諸費用は経費で落とすのを認めさせたとの事である。


後書き
 こんばんは、Rebelです。
 とりあえず、本作ではコミック版の設定は忘れて下さい(泣)
 色々と資料を集めてから書いてはいるのですが、新規の情報を逐次反映して行くのは難しい訳で。
 はい、言い訳です。ごめんなさい。
 反省として、SS03を購入して内容を熟知するまでは、なのはSSには手を付けない事にします。
 まあ、3/8発売予定ですし…これ以降新規の設定が出ない事を祈ろう…

 今回、前編を削除し、後編も没にして闇に葬ろうかとも思ったのですが。
 投稿してしまった以上は、感想を下さった方々にも失礼なので、後編も併せて残しておきます。

 あと、内容に付いて、少しだけ。
 戦闘に至らせるための設定に大きな穴ができてしまったのは、痛恨事でしたね。
 グレアムの行動を見る限り上層部は一枚岩ではないだろうと考え、下手すると管理局は世紀単位で闇の書と関わっていた訳だから、すぐ

には信用されないのでは、と思ったのが、執筆の動機だったのですが。
 色んな意味で考えが甘かったです。

 因みに、本作のはやては、クロノに好意は持ってるけど恋愛感情はない設定です。
 からかうと面白いからそうしてるだけ、と。


 では、レス返しです。

>博仏さん
 感想ありがとうございます。
 あまり見ない組み合わせで戦わせるために、設定がアレな感じになるというドツボに(泣)
 議題については、騎士達が問題を起こす都度挙がるという風にしたつもりが説明不足でした。
 常に果断即決で最善を取れる組織なら、グレアムが暗躍する必要もなかっただろうと思ったのですけどね。

>黒アリスさん
 感想ありがとうございます。
 コミックの発売を知ったのが発売日当日で、購入したのは前編を投稿した前日だったのです(汗)
 その時既に構成も終わって後編も半分過ぎてたので、書き終わってから読もうとしたのが仇に。
 何やら矛盾点が致命的な物っぽかったので削除するか迷ったのですが、後編まで出しときました。

>悠真さん
 感想ありがとうございます。
 クロノの強さに関しては、コミック版を読んでないので推測混じりなのですが。
 1期の時点で既になのはとフェイトに魔力で負けてましたし、6年後だと勝負にならないかなと。
 リーゼ達も、彼は努力型で才能はなかったと明言してたと思うので、こうなりました。

>RXさん
 感想&誤字報告ありがとうございます。
 確認した所、はやての一人称は漫画でもアニメでも「わたし」でしたね。
 勝手に脳内変換してました(汗)という事で修正してます。
 また、後編の三つ巴の戦闘の決着が、納得できるものでしたら宜しいのですが。


※ 2/26 コメント追加と指摘して頂いた誤字を修正。

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