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「Triple Breaker! 前編(リリカルなのはA's)」

Rebel (2006-02-23 02:25/2006-02-26 18:00)
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 一切の容赦もなく煌々と存在している太陽。
 大気を循環させる風も、ただただ万物を乾かしていくのみ。
 巻き上がる砂塵が、大地の全てを削り取り、緩慢な死を運んで行く。

 そこは、見渡す限りの全てが砂に覆われた、滅びの惑星だった。
 どれほど気配を探っても、生物の営みを感じる事ができはしない。
 最初からそうだったのか、それとも滅びに至る何かが有ったのか。
 それは、誰にも解りはしなかったけれど。

 ――うー、暑いよー。これじゃ、お肌も髪も痛んじゃうじゃない。

 長い栗色の髪を左側頭部にポニーテールにまとめた少女が、内心で愚痴を零す。
 白いバリアジャケットに身を包んだ彼女は、体を流れ落ちる汗を気にしていた。
 重力に逆らう様に宙空に浮いて、散漫になりそうな意識を必死にまとめながら。
 圧倒的に水分が足りないせいで痛みを訴える目を、目前の女性に油断なく注いで。

「私の相手は君か。直接戦うのは、これが初めてだったな」

 もしかして、アンドロイドかなんかではなかろうかと疑ってしまう程の。
 憎らしい程涼やかな雰囲気を持った女性が、感情の見えない口調で話しかけると、

「そうですね。貴女の相手は、フェイトちゃんが引き受けてくれてましたから」

 暑さにやられて鈍くなった頭を縦に振り、少女は素直に同意してみせた。
 明るい赤毛をポニーテールにした、歴戦の兵である女性の言葉に。

「ああ、そうだったな。私と君とでは、私の方に分が有ったからだろう。
 無論、君がフェイトに対して劣っているのではなく、相性の問題だが」
「フェイトちゃんが、貴女をライバルと見定めたって理由も有ります。
 でも、いつも相性の良い相手ばかりで、楽をして勝てる道理はないんですよね。
 だから、胸を借りさせてもらいます」

 何かを懐かしむ様に口元を綻ばせた女性に、真剣な表情を作った少女が頷いた。
 すぐ間近まで迫った戦闘の予兆に、ようやく集中できる様になったらしい。

「手加減はしないぞ、高町なのは。
 決して戦いの最中に油断はするな。
 でなければ、死ぬ事になるかもしれない」
「もちろん解ってます、シグナムさん。
 貴女相手に油断なんて、できるはずもない。
 元より、私はいつでも全力全開が信条ですから」

 二人の口には、これから戦うとは思えない程に綺麗な笑み。
 これから始まる戦いを思い、身体に満ちる高揚感を楽しんでいるのだ。

 胸の中央に寄せた右手のレヴァンティンを縦に構え、刃に左手を添えるシグナム。
 レイジングハートを右腰溜めに構えて、先端を相手に向けるなのは。

 緊張を孕んだ空気が大きく膨らみ、そして――弾けた。


 常で有れば、夜であってもネオンの光の瞬く街に光は無く。
 半分に割れた月と、雲の隙間から覗く星だけが、荒涼としたビル郡を浮き彫りにする。
 そのかすかな光源で、夜目にも輝きをまとう金髪を振り、少女は周囲を伺っていた。
 一際大きなビルの、誰もいない屋上で。
 華奢な様でいて力強い自身の腕に、己が半身である戦斧を携えて。

 全ての人が死に絶えたかの様な静寂の中、にわかに吹いた寒風に。
 ぶるりと身を震わせた少女は、はっと上を勢い良く見上げて。
 次の瞬間、漆黒のマントを翻して、全力で後ろに飛び退いた。

「……ッ!?」

 それとほぼ同時に、数条の赤い光が、少し前まで少女のいた場所を撃ち貫き。
 鈍い破砕音と共に、コンクリートの欠片を無数に巻き散らした。
 その時既に、速さでは群を抜いた少女は、被害の及ばない場所にいたが。

「外しちまったか。まあ、当たるとは思ってなかったけど」

 聞こえて来たのは、この六年で聞き慣れてしまった声。
 鋭い眼差しを向けた空には、赤い色をまとう幼い少女。
 その蒼き瞳に宿るのは、ただ目の前の敵を倒す意思のみ。

「まさか、貴女と当たるとは思わなかった、ヴィータ」
「あたしが相手じゃ役不足だってか? 驕ってんじゃねーぞ、フェイト」

 金の少女から出て来た言葉に非難の色はなかったが、赤の少女は獰猛に唸った。
 何が気に入らなかったのかは、不機嫌そうな表情からは推し量れなかったけれど。

 見上げる者と見下ろす者。
 立ち位置は違えど、戦う者としての覚悟は同じ。
 何故戦わなければいけないかは問題では無く、戦うと決めたならそうするだけ。
 過ごした年月に差は有れど、その生の大半を戦いに費やした点では、二人は同位だった。

「そういうつもりはないけど。でも、良い機会かもしれない。
 いつか、貴女とも決着をつけたいとは思っていたから」

 戦斧を構えた金の少女――フェイトが、あくまで淡々と決意を告げると。

「言っとくけど、あたしがシグナムより弱いなんて考えは捨てろよ?
 でなきゃ、大怪我なんかじゃ済まねーぞ」

 気だるげに鉄槌を振った赤の少女――ヴィータが、投げ遣りに忠告の言葉を紡ぐ。

「忠告、承っておくよ」
「なら、良いけどさ」

 ふっと息を吐く様に、それぞれの口元にいっそ穏やかな笑みが浮かぶ。
 一瞬とも永遠とも付かない時間、確かに見詰め合う二対の瞳。

 絡み合う視線に憎しみは無く、そこに有るのは、相手の力を量る意図だけだった。
 もはや、主観的な時間の流れなど、その場では意味を為さず。
 どちらが先に、敵に牙を突き立てるために動くのか。
 その一点のみに、二つの意識が純化されて行く。

 そして――
 切欠が何だったのかは、互いに知る由も無く。
 二人の間で限りなく停止していた時が、怒濤の如く動き始めた。

「バルディッシュ――!」
「グラーフアイゼン――!」
「「カートリッジ・ロード!!」」

 凛とした意思を解放する、高らかな宣言によって。


 広い緑の草原に大きな一筋の舗装されていない道路。
 道路を飾り立てる様にそびえ立つ、大きな桜の並木。
 吹き抜ける風に抱かれ、意思があるかの様に宙を舞う桜の花びら。
 それは、守ると決めた“彼女”を見送った、凍える様な雪の日を想起させた。
 痛みを伴う記憶に、灰色の髪の少女は、魂を抜かれたかの様に立ち尽くす。
 わずかに目を細め、桃色の雪が乱舞する様を、ただ無心に見ていると。
 鋭敏になった聴覚に、乾いた土を踏み締める、硬い靴の音が届いた。

「どうやら、僕が戦うのは君の様だな」
「……そうやね。訓練でも戦った事はないから、少し楽しみ、かな」

 相手が先に仕掛けて来る事は無い。
 そんな確信と共にゆっくりと振り向いた少女の目には、黒装束に身を包んだ青年。
 可憐な少女の微笑みに、無表情ながらもわずかに頬が赤らんでいた。

「でも、意外だった。てっきり、君は観戦に回るものだと思い込んでいたから」
「うん。ザフィーラに頼み込んでな、代わってもらったんや」

 一つ咳払いをして居住まいを正してから、黒い青年が肩を竦めると。
 ペロリと舌を出した悪戯っ子の表情で、灰色の髪の少女はおどけてみせる。
 実際には、頼みでは無く泣き落としに近かったのだが、言う必要もない。
 また、青年の方も殊更事情を知る意味を感じなかった。

「夜天――いや、今は蒼天の王か。君の実力、量らせてもらうぞ、はやて」

 カード状だったストレージデバイス――S2Uを起動して、杖の状態にする青年――クロノ。

「ええよ。わたしも、君がわたしらを束ねるに値するか試させてもらうわ、クロノ君」

 対する少女――はやても、剣十字の杖――シュベルトクロイツを右手に、静かに宣誓する。

 高まる緊張に、空気が張り詰め、それぞれの陣営のリーダーたる二人を等しく包む。
 だが、はやての方は、そんなシリアスな雰囲気に耐える事ができなかった。
 真剣な顔で見詰めてくる生真面目なクロノをからかいたくて、うずうずして来たのだ。
 別段、その衝動を我慢する必要性を感じなかった彼女は、迷わず行動に移し、

「もし、クロノ君がわたしに勝てたら、ご褒美として唇にキスしたげよう。
 正真正銘、わたしのファースト・キスやから、有り難く頂戴してな?」

 そう言ったかと思うと、可愛らしくウインクして投げキッスまでサービスした。
 普段の冷静沈着な態度を無くして顔を真っ赤にしたクロノは、心底慌てふためく。

「な、ななな……い、いきなり何を言い出すんだ、君は!?」

 そんなクロノの様子を、

 ――めっちゃ可愛いなあ。負けたら、本当にキスしても良いかも。

 などと、他人事の様に評しながら、はやては真剣な態度に戻って構え直す。
 これ以上追求しても無駄と悟ったクロノも、動揺を鎮めて彼女に倣った。
 
「ほな、そろそろ始めよか」
「わ、解った。やるからには手を抜かないから、そのつもりで」

 先程までの崩れた空気を引きずらず、二人は静かに対峙して。
 次の瞬間、のどかな草原の並木道は、魔法の飛び交う戦場と化した。


 時空管理局では、月に一度、幹部全員を招集しての定例会議が行なわれる。
 緊急の事態で手を離せない者を除いては、必ず出席する義務の有るものだ。
 その会議の席で、幾度と無く挙げられ、否決されてきた議題が存在していた。
 挙げられた議題とは、闇の書の関係者を管理局から排斥するか否か、だった。

「まったく。世は全て事も無し、とはいかないと解ってはいるけど。
 あんな良い子達を、詰まらない争いの渦中に放り出す訳にも行かないし。
 誰か馬鹿に付ける薬を開発してくれないかしらね?
 そしたら、幾ら高くても絶対に買ってやるのに」

 日頃の温厚さをかなぐり捨て、リンディ・ハラオウンは小声で毒吐いていた。
 彼女は一線を退いたとはいえ、未だ提督の身分で管理局に在籍している。
 ついでに言えば、はやてやヴォルケンリッターの保護観察も担当していた。
 心身共に疲れるだけの会議とは言え、欠席する訳にもいかないのが現状である。

「リンディ、貴女、いつになく黒いわねえ。
 まあ、気持ちは解らなくもないけど、頭で考えるだけにしときなさい」

 隣に座る同僚兼友人のレティ・ロウランが、周囲を憚る様に小声で窘めて来る。
 だが、リンディと同意見なのは、表情に表れた不快感からも明らかだった。
 八神はやてを管理局に引き入れるに当たって、直接面接を行なったのは彼女だ。
 今回の議題がいかに的外れな代物なのかは、リンディと同じ位理解しているのである。
 毎度飽きもせずに声高に彼女達の危険性を訴える輩に、気分を害しているのは間違いない。
 尤も、主の危機に対して過剰防衛としかとれない行動を取る騎士達にも責任は有る。
 だからこそ、表立っては否定意見を出し辛いというジレンマも存在していた。

 そして、会議の開始される時刻が訪れた。
 ざわざわと雑談に興じていた面々が、突如波が引く様に静かになって行く。
 議長役を務める幹部が、会場に厳かに現れたためである。
 初老に差し掛かったその幹部は、ミッドチルダ出身のS級魔導師だった。
 闇の書事件後に退職したグレアムとも親しく、高潔さでは誰にも引けは取らない。
 公明正大という点では人後に落ちない彼の事を、リンディもレティも高く評価していた。

「それでは、今回の議題について……」

 議長席に着いた彼が、落ち着いた声音で開始の宣言を行なうと。
 今回の議題が挙げられるに至った過程が、粛々と読み上げられ始めた。

「茶番ね」
「茶番だわ」

 一時間に及んだ会議は、ひとまず五分間の休憩に入っていた。
 自動販売機の設置された休憩所で、飲み物を啜るリンディ達は重いため息を吐く。
 その愚痴の表す様に、会議の内容は芳しいものではなく。
 排斥とまでは行かずとも、騎士達が何らかの制限を受けてしまう可能性も高かった。
 アースラのスタッフは、果たして抑止力足り得るのかという疑問の声も上がっている。
 騎士達がもし反旗を翻した時、武力で押さえ込む事が本当に可能なのか、と。

「……これは、まずいかもしれないわね」
「そうね……打てる手は、そう多くはないでしょう」

 湧き上がる苛立ちを隠せずに親指を噛むレティに、疲れた様に力無く、リンディは頷いた。
 苦虫をまとめて幾つも噛み潰したかの如く、渋面を作って危機感を募らせるおばさん達。
 もとい、妙齢の美女達。

 物憂げにため息を吐く様子に、同じく休憩している男性陣の何名かが、何やら刺激を受けていた。
 このまま無き寝入りする様な真似をする気は全く無い二人ではあった。
 できれば、仲の良い三人の少女の間に亀裂が走る様な措置は取りたくはない、と。
 そうは言っても、現状では、他に手は見付かりそうになかったのである。

 そして、禄に対策を練る暇もないまま、休憩時間は終わりを告げたのだった。


 戦いが開始された瞬間、なのはの視界からシグナムが消え去った。

「なっ――!?」

 その意味する所を考えて行動していたら、戦いは終わっていただろう。
 第六感が打ち鳴らす警鐘に従い、なのはが全速力で後退すると。
 そのすぐ鼻先を、真下からレヴァンティンの切っ先が通り過ぎた。
 ぞっと背筋を駆け抜ける寒気に、一瞬なのはの身体が硬直してしまう。

「ちぃっ!」

 避けられたと悟ったシグナムは、舌打ちしつつ一回転して剣の軌道を横薙ぎに変え。
 息継ぐ間も与えず、硬直したままのなのはに斬りかかった。
 それを阻むかの様に、偶然か必然かは不分明ながら、なのはの意識が反応し、

『Protection』

 咄嗟にレイジングハートが張った防御結界に、レヴァンティンの刃が衝突。
 耳障りな金属音と共に激しく火花を散らしながら、

「きゃああ――ッ!」

 思わず目を閉じたなのはの身体は、車に撥ねられたかの様に軽々と吹き飛ばされた。
 それを見るや否や、シグナムはすぐさま追撃に移り、紫の魔力光をまとって飛翔する。

 ヴォルケンリッターとは、プログラムが人格と肉体を得て具現化した存在である。
 そして、はやてが正当な管理者となった今、プログラムの書き換えも可能だった。
 それはつまり、戦う相手に合わせて基本パラメータを変更して当たれるという事。
 対フェイト戦を想定したシグナムは、はやてに依頼してそれを行なっていた。
 すなわち、最大戦速を可能な限り引き上げたのだ。

 中・遠距離と比較して近接戦闘を不得手とするなのはに取って。
 今のシグナムは、正に天敵と言える存在となっていたのである。

「くっ……ああっ!」

 強烈な衝撃に揺れる脳を必死に働かせ、歯を食い縛って体勢を立て直すなのは。
 飛ばされた場所に目をやると、すぐそこまでシグナムが迫って来ていた。

 ――間に合わないッ!

 曲がりなりにも戦い慣れた勘からか、なのはは刹那の瞬間にそう判断する。
 そして、レイジングハートの先端をシグナムへと向けて、

「このおおっ!」

 術式も何も無く、シャワーの様に魔力をそのまま放出した。
 防御の強化を行なっていなかったシグナムは、ダメージを食らうのを嫌い、それを避ける。
 ほんのわずかな時間稼ぎだったが、魔法を構築するには充分だった。

「当たれぇぇ――ッ!」
『Divine Buster』

 なのはの主砲である魔法が発動し、近付くシグナムに向かって薙ぎ払われる。
 それはまるで、巨大な光の剣が振るわれたかの様に見える一撃だった。
 だが、身を翻したシグナムは、光の剣を避けると、一旦距離を取って呼吸を整える。
 距離が開いたとは言っても、そこはまだシグナムの射程範囲内。
 一足飛びに斬り込む事が可能な距離である。

「そう簡単には墜ちてはくれんか」
「流石に、あっという間に負けるのは、嫌過ぎますからね」

 直感でそれが解るなのはは、油断する事無くレイジングハートを構えたまま。
 微笑んだシグナムの独り言の様な呟きに、少しおどけて答えてみせた。


 補充された魔力を全身から吹き上げつつ、ヴィータはグラーフアイゼンを振りかぶる。
 そして、左手の指の間に挟んだ四個の鉄球を放り上げ、次々に撃ち抜いて行った。
 空間を引き裂き襲来する赤い光は、あたかも獲物を見定めた猛禽の如く――

「シュワルベフリーゲン!」
「くっ……!」

 ダンスを舞っているかの様にフェイトは三発まで避け、最後の一撃を斬り捨てる。
 そうなる事を読んでいたのか、ヴィータは新たに四個の鉄球を出現させていた。
 間髪入れずに、フェイトに向かって四条の赤い光が襲い掛かる。

「あああああッ!!」
「プラズマランサ――ッ!」

 吼えるヴィータに追従するかの様に、避けている間に構築していた魔法を発動。
 バルディッシュを振るった後に宙空に生成された四つのスフィアより、魔法の矢を撃つ。
 疾走。
 衝突。
 拮抗。
 相殺。
 そして――爆発。
 撒き散らされる爆炎の圧力が、戦う両者の距離を否応無く開かせる。

「あ――っ、も――! 腹立つ――ッ!」

 灼熱と化した空気の押し寄せる爆炎の中へと、ヴィータは躊躇無く飛び込んで行く。
 次の瞬間、勘に従ってグラーフアイゼンを振りかぶり――眼前に叩き付けた。
 その一撃は、彼女と同様に爆炎の渦に飛び込んだフェイトの防御結界に阻まれる。
 けれど、その抵抗はほんのわずかの時間のみ。
 澄んだ音を立てて、結界が硝子の様に粉々に砕け散る。
 勝利を確信したヴィータは、勢いに任せて鉄槌を振り抜くが、

「甘い!」

 短く叫んだフェイトは、結界を貫かれた勢いをも利用して、身体を回転。
 バルディッシュの光の刃が、ヴィータの首筋を目掛けて殺到した。

「こん……ちくしょお――ッ!」

 重い鉄槌の部分を引き戻したのでは手遅れとなると理解して、柄を突き上げる。
 鼓膜を劈く鈍い音と、痛みを伴う腕への衝撃。

「がっ!」
「防いだ!?」

 光の刃の軌跡にグラーフアイゼンの柄尻を合わせられたのは、幸運の産物だった。
 体重や力が劣っているために、勢いを殺すまでには至らなかったが。
 短い浮遊感を経て、ヴィータの身体の全てが、激烈な痛みに支配された。
 弾き飛ばされた彼女は、二転三転と硬いコンクリートを転がって行ったのだ。

「はうっ……!」

 その痛みに苦悶の声が漏れるが、ヴィータは途切れそうな意識をつなぎ止める。

 彼女の生の大半は、常に戦いと苦痛と絶望とが同居していた。
 身体が動ける限りは、戦わなければならない。
 戦う以上は、何を代償にしても必ず勝つ。
 それは、誓いと言うよりは、既に本能と呼ぶべきもの。

 すかさず自らの意思で転がり、ヴィータは一箇所に留まらない様にする。
 次の瞬間、彼女のいた場所に、フェイトのプラズマランサーが撃ち込まれた。
 転がる小さな身体を追尾するかの如く、金色の矢が次々と放たれるが。
 どうにか全弾回避する事に成功し、彼女は赤の魔力光を帯びて空へと舞い上がる。

 そして、天へと伸びる赤い光を追って、金の光が屹立した。


 その戦いは、彼にとっては、最初から勝算のない無駄な足掻きでしかなかった。
 魔力こそ人並み外れたものが有ったが、それを有効に操る才能には恵まれず。
 憶えた魔法を、一つ一つ馬鹿の様に繰り返し練習する事で習得して行った。
 だが、そんな努力により手に入れた力も、真の天才の前には蟷螂の斧と同義。

「ブレイズキャノン!」
「ん〜。ちょぉっと温いかなぁ?」

 クロノの発した炎の魔法を、魔力障壁を展開する事で、はやては危なげなく防ぐ。
 中距離用としては高い威力を持つ魔法に対し、正規の結界でもないのに小動もしない。
 小手調べの段階とは言え、互いの魔法資質の差は大き過ぎた。

「くそっ!」

 何度かの牽制の全てを、その場から動く事無く無効化され、クロノは舌打ちする。
 正面からの撃ち合いでは、まず勝ち目は無い。
 そう判断すると、瞬時に脚力を強化し、高く跳躍。
 予想通りはやてが目で追うだけで動かないのを確認し、S2Uを振るった。
 威力よりも進路のコントロールに重きを置いた、クロノの狙撃用の魔法が放たれ、

「スティンガースナイプ!」
「……懲りないなあ、クロノ君も」

 はやての呆れ混じり呟きと同時に弾道を阻む様に現れた障壁の前で、急激な方向転換。
 その光弾は、瞠目したはやてに追い切れない程の速さで弧を描き、背後から急襲。
 だが――

「防がれた!? 今のが!?」
「お、驚いたわぁ、もう。嫌らしい攻撃やなあ、ほんま」

 口ではそう言うものの、はやての態度には動揺は見られない。
 完全に虚を突いたはずの攻撃は、翳された彼女の掌の前に、霧散雲消していた。

「良く言う。完璧に余裕で受け止めたくせに」
「そうでもないんやけどね。でも、もう“まいった”してくれると助かるかな?」
「すまない。それだけは、御免被る」
「あ、やっぱり?」

 それでも、彼の心には諦めるという選択肢は存在しない。
 願えばいつかは届くのだと信じて、突き進むしかない。
 非才の身で有ると解っていたからこそ。
 愚直なまでに、厳しい修練を積み重ねて来たからこそ。
 得られたものもまた、存在していたのだから。

「……ふう。ここまで力の差が有ると、いっそ爽快かもしれないな。
 手間を取らせて悪いが、もう少しだけ付き合ってくれ」
「うん、ええよ。わたしも言ってみただけやし」

 肩の力を抜いて大きく息を吐いたクロノに、少々神妙にはやても応える。
 そして、大きな壁に対するクロノの再挑戦が始まった。

「ブレイズキャノン!」
「……? それは無駄やて!」

 瞬時に生成した炎の弾丸を撃ち出すと、眉をひそめたはやてが掌を前に翳す。
 だが、その弾丸は彼女ではなく、その足元に着弾した。
 非殺傷設定を解除されたそれは、地面を穿って土煙を巻き上げ視界を塞ぐ。

 ――彼女の防御は、魔法攻撃に対して自動的に発動されるもの!

 そう読んだクロノは、風の様な速さではやてに肉薄していた。
 はやての視界が戻った時、クロノは既に目と鼻の先。
 彼女の表情に、戦闘が開始されてから初めて、本当の驚愕が浮かんだ。


 再開された会議は、今やヴォルケンリッターの危険性を訴えるだけの場と化していた。
 そうなると必然的に、リンディとレティのストレスも雪達磨式に増えて行く。
 膨れ上がった苛立ちは、ぶちまけられる時を今か今かと待っている状態だった。

「そもそも、ヴォルケンリッターの主の危機に対する報復措置は異常すぎる!」
「自己防衛プログラムを消滅させたとて、いつかは復活するのではないか!?」
「早急に何らかの対策を立てるべきだ!」
「いや、五人を分散配置する事を検討するべきだろう!」
「――――――――!!」
「…………!!」

 各々勝手な意見が野次の様に飛び交うが、話は一向にまとまらない。
 どこまでも非生産的なやり取りに、リンディのこめかみには青筋が浮き出していた。
 両手を組んで口元を隠しながら推移を見守るレティも、似た様なものである。

「うふ、うふふ、ふふふふふ……」
「く、くくくくく……」

 それはもう、怪しい笑いが口から漏れようというものである。
 幸いな事に、議会に参加している連中は、皆がみんな気付かなかったが。
 二人の美女の表情筋は、ちょっと他所の殿方には見せられない有様になっていた。
 身にまとう雰囲気も、噴火寸前の活火山の様相を呈している。
 後は、わずかな刺激で爆発する事間違いなし、という感じだった。

「どうする? 殺っちゃう?」
「無駄よ、馬鹿は死んでも治らないわ。保証しても良いくらいよ」

 普段が温厚なだけに、切れるとブレーキが効き難くなる様だ。
 二人が二人とも、カード状のデバイスを取り出して、手の中で何となく弄んでいる。
 今の彼女達の心象風景を端的に表すと、こんな感じだろうか。

 ばかどもがあらわれた。
 ばかどもはたわごとをとなえた。
 リンディはさついをおぼえた。
 レティはばかどもをみくだした。

 とりあえず、彼らの懸念は理解できなくもないが、あまりに滑稽過ぎる。
 良い年をした大人達が、十代半ばの少女の危険性に怯えるなど、無様の一言だ。
 これ以上の醜態を見続けるのは拷問に等しく、無意味を通り越して害悪だろう。

「……止めないわよね?」
「冗談。思う様にやりなさいな」

 大きく何度も深呼吸してから、リンディはレティに最終確認を取った。
 力強いお墨付きをもらい、決意を胸に席を立って、大声で議長に呼びかける。
 その途端に、単なる酔っ払いの巣窟と化した会場が静まり返った。
 たった一人の、外見上は華奢な女性の雰囲気に呑まれて。

「今回の議題となったヴォルケンリッターの危険性に付いてですが……
 保護観察官として接する機会の多い私からすれば、杞憂としか思えません。
 主である八神はやて嬢は言うに及ばす、四人の騎士の性質も善良と判断できます」
「……だが、それは貴女が庇っているだけなのでは……!」
「申し訳ないのですが、私の発言が終わるまで、発言をお控え下さい。
 ――――いや、むしろ黙れ」
「は、はいっ!」

 滔々と話し始めたリンディを、幹部の一人が糾弾しようとするが、一睨みで撃墜。
 その変貌振りに戦慄する周囲に頓着せず、彼女はそのまま話を続ける。

「失礼しました。話を戻しますが、私は心から信じているのです。
 ヴォルケンリッターの人柄も、アースラのスタッフの強さも。
 とは言え、彼女達を良く知らない皆様方の懸念も尤もでしょう。
 そこで、私からの提案なのですが――」

 リンディはふっと息を吐く様に頬の筋肉を緩め、全身を耳と化した幹部達に、

「こういう方法はいかがでしょうか?」

 ある一つの妥協案を提示したのである。


後書き
 こんばんは、Rebelです。
 前作「6 years later」のはやて編の後日談風で有りつつ、微妙に異なる時間軸のお話。
 戦闘書くのが苦手なくせに、半分以上が戦闘シーンという無謀さですが、お楽しみ頂けたでしょうか。
 あと、タイトルには大した意味はないので、深読みしないで下さい(笑)
 後編も半分以上は書き上がってるので、あまり時間を置かずにお届けできるかと思います。

 それが終わったら、封印してるコミック版リリカルなのはA'sを読むぞー。
 と言うことで、失礼しました。


 それでは、コメント欄にするか迷ったのですが、こちらで前作のレス返しを。

>博仏さん
 感想ありがとうございます。
 言われてみれば、クロノの境遇って、原作の高町恭也と似た部分が有りますね。
 生来の真面目さに加えてリーゼ達に遊ばれ過ぎて、老成するしか逃げ道がなかったというのが、私の書くクロノの設定です。
 「6 years later」はクロノ編で終了ですが、今回の短編も楽しんで頂けると嬉しいです。

>セラトさん
 感想ありがとうございます。
 すみません、まるっきりクロノが小恭也な感じになってしまいました(汗)
 第三期は、有ったとしてもOVAかなあと諦めてたり。

>琥珀さん
 感想ありがとうございます。
 幼少時から仕事一辺倒で周囲を大人に囲まれてると、あういう性格になるだろうなと言う事で(笑)
 割と良い感じだったなのはが気にならなくなる程、フェイトの世話にかまけてたようなので、くっつくなら彼女かなと。
 エイミィとのカップリングも、可能性は高いと思いますが。

>黒アリスさん
 感想ありがとうございます。
 クロノの性格設定に付いては上記の通りですが、あっさり両想いになると詰まらんと言う邪心も。
 恭也の恋人は、私的に言うと、忍=那美>フィアッセな感じだったので、リリカルでの違和感は少なかったです。
 てか、OVA版Sweet Songs Foreverで、既に忍が公式設定での恋人になってましたし(笑)

>A・ひろゆきさん
 感想ありがとうございます。
 終了を惜しんで下さったのは素直に嬉しいですけど、あの形式ではこれ以上は無理かなと(笑)
 代わりに、微妙に設定を引きずった短編をちょこちょこ投稿したいと思っています。
 予定は未定ですが(爆)

>悠真さん
 感想ありがとうございます。
 「6 years later」に関しては、最初からメインの五人で話を作る事を決めてました。
 仰る通り、きちんと終わらせるのが第一で、惰性で続けて後を濁しまくるのは、本意ではないですしね。
 今回の短編も、終わる目処が立ってからの投稿なので、未完にはしないつもりです。


※ 2/26 指摘して頂いた誤字を修正。

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