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「6 years later -Case Crono-(リリカルなのはA's)」

Rebel (2006-02-13 02:05)
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 この世界は、決して単純ではなく、いつでも正しい訳でもない。
 いつだって、こんなはずじゃなかった事ばかりだ。
 たった三歳の時、彼はその事実を思い知る事になった。
 今では記憶も朧気で、記録映像の中でしか姿を見る事ができない父。
 はっきりと憶えているのは、自分を抱き上げてくれた力強い腕。
 髪の毛がくしゃくしゃになるまで撫でてくれた大きな手。
 そして、とても優しい人だった事だけだった。
 その父が亡くなったのが、彼が三歳の時だったのである。

 預かっていた艦のクルーを全員逃がした後、立派な最期を遂げたと言う。
 素晴らしい人だったと、父を知る誰もが褒め称える。
 けれど、そんな愚にも付かない賞賛が、一体何の役に立つと言うのだろう?
 気丈な母の悲しみや、自分の憤りを和らげる事はできはしないではないか。
 例え、父が何の取り得のない人間だったとしても、生きていて欲しかった。
 そう願ってしまう事が、意味の無い事でしかなかったとしても。

 持って生まれた素養のせいか、それとも育ってきた環境のせいか。
 ほんの小さな頃から、クロノはそう考えていたのだ。
 それは、幼児の思考としては、異常なまでに大人びていた。

 大きな魔法資質を持った彼は、わずか五歳の時から厳しい魔法の訓練を始めた。
 いくら才能が有っても、それは苦行以外の何者でもなかったのだが。
 ひたすら基礎を積み上げる事で、彼は才能を伸ばして行った。

 ほとんど笑う事もなく、訓練に明け暮れる我が子を、母のリンディは心配した。
 彼女としては、残された息子には、平穏な人生を歩んで欲しかったのだけれど。
 時空管理局の提督としては失格かもしれないが、親としては当たり前の感情。
 だが、クロノは母の気遣いに感謝しながらも、普通に生きる事を拒んだのだ。

 もはや、リンディとしては、諦めて見守る以外の選択肢を持たなかった。
 息子が生き急ぐ理由の一つが、自分のためである事も解っていたので。
 そのため、最高の師を与えてやる事が、唯一できる事だったのである。
 選んだ師が、戦闘技術以外では問題大有りだったのは、完全な誤算では有ったが。
 “彼女達”は、外面は完璧だったのだ。
 クロノが被った被害に関しては、リンディだけの責任ではないだろう。


 闇の書の事件が収束してから数ヵ月後。
 仕事を早めに切り上げたクロノは、管理局の転送ポートへと早足で急いでいた。
 目的は、故郷のイギリスに帰郷するグレアムとリーゼ姉妹を見送る事。

 強い自責の念から道を違えたグレアムは、依頼退職という形で管理局を去る事になった。
 使い魔であるリーゼ姉妹も、それに加担したため、同様に依頼退職したのである。

 空気の音と共に扉が開くと、その向こうには、三人の人物が彼を待っていた。

「見送り感謝するよ、クロノ執務官」

 めっきりと老け込んだ感のある中央の男性が、クロノに力なく笑いかける。
 以前と変わりのない様な、見る者に安心感を与える穏やかな雰囲気を湛えて。

「はい、グレアム提督」

 それに対して無表情に頷くクロノの雰囲気は、やや硬いものだった。
 闇の書事件収束から今日に至るまで、何度もグレアムと話す機会は有った。
 もう、この場で話す事も特にはない。
 だが、感傷の様なものは確かに存在していたのだ。

 父を亡くした後、グレアムは父親代わりであったし、尊敬もしていた。
 執務官を務めるクロノにとって、仕事に対する真摯な姿勢は、一つの目標でもあった。
 だが、それでもグレアムの取った手段は、クロノには許容できる事ではなかったのだ。
 一人の幸薄い少女を絶望させ、死より惨い状況に追いやる事で世界を救おう等とは。

 広い視野で見れば、感情を排すれば、グレアムが正しい事はクロノも理解している。
 けれど、例え優柔不断の謗りを受け様とも、最後まで諦めてはいけないとも思っていた。
 最後の最後まで、救う術が無いかを探して足掻き続ける事を。

 けれど、グレアムを非難する気も、軽蔑する気もクロノにはない。
 グレアムが、あえて自分一人で罪を被ろうとしたのだと気付いていたから。
 恐らく、正当な手続きを踏めば最終的には認められたであろう、はやてへの非道な措置。
 時空管理局の掲げる理念を貶めないために、彼は一人でそれを行なったのだろう、と。

 想いは、リーゼアリアとリーゼロッテに移る。
 母を通じて、グレアムが魔法と格闘の師として付けてくれたのが、彼女達だった。
 以来、良い意味でも、悪い意味でも可愛がってもらっていた。

 魔法技術を教える事を担当してくれたリーゼアリア。
 ――あれは、なかなか飛行魔法が上手く使えなかった頃の事。
 ミッドチルダで最も高いビルの屋上に、クロノはある日無理矢理連れて来られた。
 彼女はクロノを、屋上の縁に、下界を見下ろす様に並んで立たせてから、

「クロノはもう、飛行魔法を使えるはずだよ。間違いなくね?
 後は、“人間は空を飛べない”という思い込みの殻を破れば良いのよ」

 そう言うと、聖母の様な微笑みを浮かべ、彼をそこから蹴り落としてくれた。

「う、うわあああ――――ッ!?」
「早く飛ばないと、そのままぺしゃんこだよ――ッ!」

 情けない悲鳴を上げるクロノと一緒に落下しつつ、心底楽しそうに叫ぶ猫娘。

「無茶言ってないで、助けろ〜〜ッ!」
「大丈夫、為せばなる! そーゆー訳で、頑張ってみよ〜!」

 その時に何とか飛べたので、今でもここにこうして生きている。
 禄でもない記憶が掘り起こされたせいで、クロノは嫌そうに首を横に振った。

 そして、格闘技術を教える事を担当してくれたリーゼロッテ。
 ――体が出来上がっていない事もあり、その頃の訓練は主に体を鍛える事だった。
 だが、たまに組み手をすると、容赦なく動けなくなるまで叩きのめされた。
 軋む体を引きずってベッドに向かおうとすると、首根っこを捕まれ連行されて。

「駄目だよ〜? いっぱい運動したんだから、ちゃんとお風呂には入らなきゃね〜?」
「ひ、一人で洗えるよ! 変なトコ触るな!」

 お風呂で頭から泡立てられ、振り向いて抗議しようとすると。
 水滴をまぶして白く輝く裸身が目に入り、慌てて前を向く。
 早熟だった彼は、母のリンディとさえ、一緒に風呂に入った事は稀だったのだ。

「おや〜? いっちょまえに照れちゃって。ん〜? なに赤くなってるのかな〜?」
「や、やめろ、触るな、くっつくなあっ!」

 背中から抱き締められ、押し潰された柔らかい何かの感触に赤面するも、許してはもらえず。
 体の隅々まで洗われた後、のぼせるまで湯船に浸からされた。
 やっぱり禄でもない記憶に、クロノは頭を抱えてその場にうずくまる。

「何でこんな思い出ばっかりなんだ……」

 嘆いてみた所で、過去が変わる訳でもない。
 その事実は、益々クロノを落ち込ませる事になったが。


 そんな彼の様子を、自分達に対する憐憫や悔恨の情から来たと考えたのか。
 リーゼロッテが歩み寄り、やや小振りな胸にクロノの頭を抱き締める。

「クロスケ、そんなに落ち込まないで」
「……別に、落ち込んでる訳じゃないぞ」

 リーゼロッテの考えているのとは違う意味で落ち込んではいたが。
 彼女のするがままに任せていたクロノは、背中を何度か軽く叩いて離してもらう。
 そして、解放されたクロノに近寄り、頬に優しく唇を添えるリーゼアリア。

「そうだよ、あんたは何も間違っちゃいないんだから」
「……解ってる」

 二人の気遣いを素直に受け取り、クロノはどうにか微笑みを作る事ができた。
 リーゼ達も微笑みを返してから、主であるグレアムの傍に寄り添い、

「またいつか逢おう、クロノ君」
「じゃあ、クロスケ、元気でね」
「風邪なんかひかない様に。それと、いつでも遊びに来てね」
「はい、グレアム提督。リーゼ達も元気で」

 もう一度別れの挨拶を交わすと、転送魔法の光に包まれて姿を消した。
 それが、クロノが見た、三人の最後の姿となったのである。

 三人を見送った後も、しばらく誰もいない転送ポートを眺めてから。
 やや落ち込んだ気分でクロノが艦橋に戻って来ると、

「クロノ君、お見送りは済んだ? 何なら、一時間くらいは休憩してても良いよ」

 アースラでの同僚であるエイミィ・リミエッタが、変わらぬ笑顔で出迎えてくれた。
 士官学校での同期で有り、ずっと一緒に仕事をして来た、二つ年上の大切な友人。
 魔法資質こそあまり高くはなかったが、それ以外の能力は優秀で、リンディの信頼も厚い。
 指揮能力には若干の不安が残るものの、実質アースラのナンバー・スリーでもある。

 彼女と出会った当初、クロノは某姉妹のせいで、軽い女性不審になっていた。
 そんな心理状態のために、女性と言うだけで彼女を邪険に扱ったものだが。
 それでもめげる事無く、何かと最年少のクロノの面倒をみてくれたのである。

「ああ、仕事中に無理を言って抜けてしまって済まなかった。
 これ以上は流石に悪いし、業務に戻るよ」
「そう? なら良いんだけど」

 性格のタイプとしてはリーゼ達に似ていて、実際三人は友人として仲も良かった。
 そしてエイミィは、必要以上に相手の心に踏み込まず、適度な距離を測るのに長けていた。
 クロノがまがりなりにも笑える様になったのは、彼女の影響が大きいのである。
 士官学校に入るまでは、どこか張り詰めていた彼が、心の余裕を感じさせるまでになった事。
 その点に付いては、リンディやリーゼ達からも、最大級の感謝を贈られてもいた。

「クロノ君には、私みたいなのが付いててあげないとね?」
「何だ、それは。別に頼んでないぞ。……でも、感謝する」

 クロノが赴任する事が決まっていたアースラへ、彼女も志願したと知った時のやり取りだ。
 以来、一番信頼のおける友人、そして同僚として付き合って来た。
 不思議と、恋愛めいた感情が双方に芽生える事はなかったが。
 それは、この関係を、恋愛と言うフィルターに掛ける事を嫌ったせいなのかもしれない。


 そして、時間は現在へと戻る。
 魔導師としてのクロノは、S級の資格を取得できた時点で、それ以上を望むのを諦めた。
 魔法資質の伸びはほぼ頭打ちだったし、何より本物の天才達と身近に接しているのだ。
 自分の限界がどこに有るのかは、嫌と言う程理解できていたから。

 その後は、彼女達が働き易い環境を維持するため、指揮官として上を目指して。
 ほんの数ヶ月前に、艦隊の指揮権も預かれる提督の資格試験に合格する事ができた。
 時を同じくして、同僚兼親友のエイミィも、管制司令の資格を得ている。
 彼女自身の強い希望もあり、配置換えはせず、アースラ勤務のままになる事も決定していた。

「だけど、クロノ君もこれでようやく安心できるよね」
「何の事だ、エイミィ?」
「だって、大事件の際はリンディ提督が作戦に参加するという条件でやって来たでしょ?
 いつ情勢が変化して、新しい提督が赴任して来ないかって心配してたんじゃない?」
「別に、僕やリンディ提督以上の能力を持ってれば、従う事に否やはないぞ。
 一体何が言いたいんだ、君は?」

 アースラの艦橋にて。
 いつもの様に、哨戒任務を行なっている合間のエイミィの言葉に、クロノは眉をひそめた。
 慇懃を絵に描いた様なクロノは、上官に対して非礼な態度を取った事はない。
 無論、部下に対して横暴な態度を取る事もだ。
 それは、気に食わない相手に対しても、変わる事はなかったのである。
 その事を一番良く知っているはずなのに、エイミィの態度にはどこか含みが有った。
 ニンマリと、どこぞの双子の使い魔を思わせる笑みを口元に浮かべているのだから。

「これで、フェイトちゃんの任務に最大限の注意を払ってあげられるじゃない。
 優しいお兄ちゃんとしては、譲れない一線だったんじゃないの?」
「言うに事欠いて、何を馬鹿な。僕は任務に私情を挟んだりはしないぞ」

 意地悪げな笑みのまま発せられたエイミィの言葉に、疲れた様にため息を吐く。
 確かに、クロノは任務に関して、フェイトをえこひいきする様な真似は一切していない。
 同性で年も近いユーノに対しては、割と厳しいと言えなくもなかったが。

「おっ、さっすが♪ 最年少で提督になった人は言う事が違いますな」
「……やけに絡むな。僕は、何か君を怒らせる様な事でもしたか?」
「べっつにー♪ ただ、もうちょっと素直になれば良いのになあと思っただけだよ」

 追い討ちをかける様にからかいの言葉を口にするエイミィに、クロノは半目を向けるが。
 何事もなかったかの如く、彼女は話は終わりとばかりに仕事に戻った。

「何なんだろうな、一体」

 長年組んできた相棒の、見慣れてしまった頭のアホ毛が跳ねるのを眺めつつ。
 疑問を抱きながらも、クロノもまた、意識を仕事へと切り替えた。


 哨戒任務を終え、エイミィに幾つかの指示を与えた後、クロノは執務室に戻った。
 アースラの任務は基本的にロストロギアの捜索や封印、魔法による災害への対処だ。
 そんな事件が頻繁に起こるはずもなく、提督の仕事はデスクワークが主である。
 幼少時から実戦の最前線に立っていたクロノにとっては、退屈な面もあるが。
 退屈だからと言って事件を望むほど、酔狂な性格もしていなかった。

「……?」

 執務室のドアの傍で壁に背を預けていた少女を見つけ、クロノは少し面食らった。
 この時間にいるはずのない少女――義妹のフェイトに、意識して軽い口調で話しかける。

「どうしたんだ、フェイト?」
「あ、兄さん。学校終わったから、少し顔を見に」

 そう言えば、ここ最近は顔を出してなかったなと、クロノは納得した。
 地球を主な生活の場とした母や義妹と、アースラで生活している彼とは接点が少ない。
 一線を退いた母の力を借りるほど大きな事件も、幸いにして起きてはいなかった。
 アースラで執務官として働いている義妹も、今は学業を優先する様に言い含めている。
 そのため、フェイトとは週に二回程、リンディとは月に一回程しか会っていないのだ。

「君はこの執務室へはフリーパスに設定してあるんだから、中で待ってれば……」

 恐らくは、公私混同を意識しているのだろうフェイトに、少し呆れるクロノ。
 見られて困る様な重要な情報を、部屋に放っておく失敗などするはずもない。
 そう言ってはいるのだが、彼女は頑なにアースラでは公人として振舞っている。
 そんな彼女の態度が誰を倣ってのものかは、彼自身だけが気付いていなかった。

「良いの。早く顔を見たかったから」

 嬉しそうな微笑みと共に言われた台詞に赤面し、ごまかす様に咳払いする。

「ま、まあ、でもちょうど良かった。今手が空いた所だったんだ。
 一時間くらいなら大丈夫だから、レストルームで話をしようか」
「うん、そうだね」

 まだ夕食も取ってないし、それくらいは許されるだろう。
 そう判断したクロノの提案に、表情に喜色を乗せたフェイトは、控え目に頷いた。

 アースラのレストルームの一角で、二人はテーブルを挟んで向き合って座っていた。
 定められた食事の時間が過ぎている事もあり、人影はまばら。
 そのせいもあって、落ち着いた雰囲気で近況に付いて話し合う。

「そうか。リン……母さんも元気でやってるみたいだな」
「ん。最近は、なのはの家の喫茶店の手伝いもしてるみたい」

 コーヒーをすすりながら言うクロノに、フェイトも紅茶を飲みながら頷く。
 親としてより上司として向き合う時間の長かった母の事を、クロノは思い浮かべた。
 フェイトを引き取った事は、彼女にとってもプラスに働いたらしい。
 こうして幸せそうに母について話す妹を見ると、そう思える。
 かつての、自虐的な影をまとわせた少女は、もうそこにはいなかったから。

「兄さんは、次の休みはいつになるの?」
「……そうだな。まだしばらくは無理そうだ。母さんにも言っておいてくれないか」
「解った」

 フェイトの質問に少し言い淀んだが、予定を告げると、落ち込んだ雰囲気が返って来た。
 正式に提督になって間もないため、クロノは幾つかの雑用に追われている。
 一日の通常業務は然程忙しくは無いが、拘束時間がとにかく長い。
 それに、提督就任に関する諸般の手続きのために、何度か管理局に赴く必要もあった。
 家族としてどうかとは思うが、しばらくは忙しい日が続きそうではあったのだ。

「ごめん。もう少ししたら有給休暇を取って、三日くらいは休もうと思ってる。
 そうしたら、母さんも一緒にどこかへ遊びにでも行こう」
「ほんと? きっと母さんも喜ぶと思う」

 軽く息を吐いてそう言ったクロノに、今度はフェイトもはっきりと微笑んだ。


 小さく手を振るフェイトに別れを告げ、クロノは執務室に戻って行った。
 すると、ドアを開いて中へ入ろうとした所で、突然エイミィから通信が入る。
 いつもの柔らかな空気が消え、やや緊張気味の彼女に、クロノは短く用件を尋ねた。

「現在監視中の世界の一つで、大規模な魔力震が感知されたの。
 人為的な破壊活動か自然災害かは、未だ不明」
「解った。確かあの世界は、文化レベルが低かったな。
 魔法だとすると、別世界の人間によるものか、現地人が神降ろしでもしたか」

 魔力とは、人の体のみならず、世界の全てに等しく宿っている。
 飛び抜けた力を持つほんの一握りの人間だけが、それを体系付けて利用できるのだ。 
 ミッドチルダ式の魔法はその際たるもので、それは科学技術に限りなく近い。

 だが、若い世界では、地表を駆け巡る魔力の流れが一箇所に吹き溜まり、暴発する事もあった。
 その世界の地形、自転や公転の周期、季節や天気。
 様々な要素が揃った時に発生する、天然の魔法陣によって。

 そして、現地の人間が魔法以前の未熟な儀式で神降ろしを行ない、暴走させる事も有る。
 詰まる所、神降ろしとは、純粋な力を集約させ、術者の意図する方向性を与える儀式なのだ。
 発現した力を制御できなければ、あっさりと暴走するのである。

 時空管理局では、その様な事態にも対応していた。
 あまりに規模が大きいと、平行して存在している他の世界にも影響を与えるためである。

「一応、観測のみで静観する事になると思うが、現地に武装局員を派遣してくれ。
 それと、フェイトがまだ艦内に留まっているはずだから、待機を指示する様に」
「了解」

 本局に提出する書類を作成していた端末を閉じ、クロノは早足で歩き始めた。
 急いで艦橋に向かい、全体の指揮を執らなければならない。
 その表情は既に、優しい兄から、冷徹な提督のそれになっていた。

 そして、一時間が経過し――
 結果として、観測された現象は自然災害によるものと判断された。
 自然災害である場合、管理局側では必要以上の干渉は行なわない。
 災害の規模が時空に影響が無いなら、収束するまで放っておくのである。
 例えそれが、その世界の多くの人命を奪うものであったとしても。

「……辛いか、フェイト」
「うん……でも、仕方の無い事だって解ってる。
 どんなに頑張っても、救えるのはわずかな人達だけなんだって事も」

 艦橋の艦長席でスクリーンを無表情に眺めていたクロノは、傍らに立つ妹を気遣う。
 この様な場面に立ち会った事は皆無ではないとは言え、十代の少女には辛いだろうと。
 これが、いっそ人為的な犯罪や、ロストロギアによるものなら管理局も介入できる。
 だが、時空管理局とは、神の真似事をして遊んでいる組織ではない。
 それに、何もかもに首を突っ込むには、人手も力も足りな過ぎる。
 どんなに納得できなくても、手を出してはいけないケースもあるのだった。

「君の待機命令は解除しておく。現状では、力を借りる局面もないだろうからね。
 家に戻って休んでいい。ごくろうだった」

 悲しげに瞳を揺らす妹を見るに忍びなく、クロノはそう言ったのだが、

「いいえ。最後まで見届けさせて下さい、艦長。
 これは、絶対に通らなければいけない試練なんです」

 金の髪を左右に振ったフェイトは、強い意思を込めた視線で兄を見詰めた。


 その決断に内心で感嘆し、若干口元を緩めたクロノは、詫びの言葉を口にする。

「そうだな。君はもう、一人前の執務官だった。
 こんな命令を出すのは、失礼と言うものだったな」

 かつて、自分が幼い頃にも、リンディとの間に似た様なやりとりが有った。
 それを鮮明に思い出し、クロノは自らの発言を恥じる。
 彼もまた、フェイトと同じ様に最後まで見届ける事を選んだのだ。
 だから、気持ちを切り替え、彼女を傍に置いておく事にする。
 真摯に仕事に取り組む妹を気遣うのは、全てが終わってからで良い、と。

「観測データを見る限り、すぐに状況が変化する事もないだろう。
 この間に、交代で休憩を取っておこうか」
「じゃあ、フェイトちゃんから行って来てね。
 私もクロノ提督も、もう少しだけデータを見てなきゃいけないから」
「了解」

 フェイト、エイミィ、クロノの順で、二十分ずつ休憩をして来る。
 栄養重視の味気ない夜食を終えて艦橋に戻ったクロノが見たのは。
 艦長席に座って、うつらうつらと船を漕いでいるフェイトの姿だった。

「まったく。意地を張って無理なんかするからだ」

 安堵にも似たため息を吐き、上着を脱いでフェイトの肩にかけてやる。
 普段健康的な生活を送っている少女には、徹夜はきつかったのだろう。
 そう考えた所で、下から見上げる視線を感じて顔を動かし。
 そしてクロノは、意味有りげな視線を向けて来るエイミィの元に向かった。

「フェイトをあそこに座らせたのは君の指示か?」
「うん。気疲れからだろうけど、凄く眠そうだったからね、頭が揺れてたし。
 座らせておけば、すぐに眠っちゃうだろうと思って」

 その心遣いは感謝するべきものだろう。
 意識の大半をスクリーンに向けながらも、クロノはエイミィに頭を下げた。

「助かる。正直、僕が休む様に言っても聞いてくれなかっただろうから」
「素直に受け取っておくけど……どうしてだかは理解してる、クロノ君?」

 そこへ疑問を返され、面食らったクロノは、エイミィの横顔を見詰める。

「何か言いたそうだったのはその事か。
 正直、君が何に付いて言ってるのか解らないんだが」
「はあ……クロノ君は、もう少し女心ってものを知る必要があるね」
「どういう意味なんだ?」
「フェイトちゃんはね、クロノ君に一人前だって認めて欲しいの。
 一日でも早く、隣に並んで立てる様になりたいと思ってるんだよ」

 厳しい顔をしたエイミィの言葉に、クロノは訳が解らない。
 フェイトの事は一人前と認めていて、既に戦闘では敵わないとも判断している。
 それだけでは駄目なのか、と目で問いかけると、

「これ以上は、私の口からは言えないね。
 後は、クロノ君が気付くか、フェイトちゃんが自分から話すか。
 できれば、前者である方が望ましいとは思うけど」

 そう言って、エイミィは興味を失った様に口をつぐんだ。


 やや重くなったその場の雰囲気をかき消す様に、艦橋の入り口が開く。

「遅くなりました〜! あれ? フェイトちゃん寝てる」
「お邪魔します。……本当やね、ちょっと気持ち良さそうかも」
「ヴォルケン・リッター、シグナム、入ります」

 極めて軽い雰囲気で、なのはとはやて、それとシグナムが入って来た。
 この時間は、日本の健康的な中学生であれば、眠っていて当たり前。
 それに、この二人が来る事も聞いていなかったクロノは、エイミィを睨んだ。

「なのはとはやてを呼んだのは君か、エイミィ?」
「そうだよ。フェイトちゃんだけ待機ってのは不公平でしょ?
 どうせ、明日……もう今日か。土曜日で学校は休みのはずだし」

 どんな理屈だそれは、と内心で頭を抱えたが、態度には表さず。
 渋面となった顔をなのは達に向け、クロノは口を開いた。

「あ〜、せっかく来てくれたのに申し訳ないが、帰ってもらえないだろうか。
 今回のケースは監視に留めるから、君達の手を借りるまでもないんだ」
「え? でも、フェイトちゃんは一応残るんだよね? 寝てるけど」
「そうそう。何や、邪な意図でもあるかと勘ぐってしまうわ」

 だが、心底意外だという目付きのなのはとはやては、異口同音に食い下がって来た。
 こりゃ説得に苦労しそうだ、とクロノはため息混じりに肩を竦める。

「フェイトにも帰る様に言ったんだけどね。
 最後まで見届けたいと言って自分から残ったんだ。
 決して、何らかの意図が有って引き止めた訳じゃないぞ」
「あ、あはは……やだなあ、クロノ君。そんな目で見んといて」

 じろりと睨まれたはやては、ばつが悪そうに笑い、身をくねらせてしなを作る。
 主の形勢不利と見て、ここでシグナムが口を挟んで来た。
 はやてが任務に携わる場合は、待機でしかなくても守護騎士の誰かが一人は付く。
 そして、戦闘が有る場合は、余程忙しくない限りは四人全員で出張る事になるのだった。

「フェイトをここで寝かせておく訳にもいかないでしょう。
 宜しければ、私が仮眠室まで運びますが」
「……ああ、頼めるか?」
「ええ? クロノ君が運んであげるべきだと思うな、私」

 シグナムの案に頷いたクロノに、なのはが意外そうに言葉をかける。
 彼女の場合は他意はないだろうと、クロノは憮然としながらも理由を述べた。

「そうしても良いんだが、若干二名、邪推しそうな人間がこの場にいるんでね。
 それに、艦長としてこの場を預かる責任もあるから」

 棘の有る言葉に、その二名が、視線を泳がせて下手な口笛を吹いた。
 思わず苦笑するなのはの横から、シグナムは眠るフェイトに歩み寄り、

「それでは、運びます」

 起こさない様に静かに抱き上げ、外へと連れて行った。
 それを見送った後、なのはとはやては真剣な表情でクロノを見やる。

「エイミィさんから話が有った後、フェイトちゃんから事情は聞きました。
 それで、私達もこの事件を見届けたいと思って来たんです。
 邪魔はしませんから、ここにいて良いでしょうか」
「フェイトちゃんだけに辛い思いをさせる訳にもいかんと思って。
 私達は友達やから。だから……」
「……解った。その覚悟が有るなら充分だ。ここで待機していてくれ」

 物見遊山で来た訳ではないと解り、クロノも真剣な表情で頷く。
 この三人が一緒なら、これからも誰一人間違った道には進むまい。
 そう、保護者全開な安堵感を胸に抱きつつ。

 クロノ・ハラオウン、二十歳。
 誠実で何事にも真剣な所が美点だが、妙に老成している所が欠点な青年だった。


後書き
 他の4編に比べて間が空いてしまいましたが、シリーズ最終話のクロノ編です。
 ユーノに比べて恵まれた扱いの多い彼ですが、この話でも例に漏れず。
 ついでに、グレアムもちょっと持ち上げてみました。
 猫姉妹も含めて美味しい設定なのに、A'sではああなっちゃいましたから。

 構成がどうにも上手く行かず、少し読み辛いかもしれませんが。
 現時点ではこれ以上直せないと判断したので、投稿しときます。

 それでは、レス返しです。


>左京さん。
 感想ありがとうございます。
 まあ、この話のユーノは、そこまでエッチじゃないでしょうね。
 確かに妄想とは言え、孫だけで何十人は多過ぎですが(笑)

>DMさん。
 感想ありがとうございます。
 なのはやすずかは性格がのほほんとしてるので、怒るならアリサくらいかなと。
 でも、正体を知った後も、なのはは一緒に風呂に入ってた様なので、彼だけに責任を問うのは酷かも。

>A・ひろゆきさん。
 感想ありがとうございます。
 ユーノの状況としては、サミーの敵方の鳥少年に近いでしょうか。
 あそこまで気の毒って訳でもないでしょうけど……たぶん。

>博仏さん。
 感想ありがとうございます。
 格好良いユーノはもはやユーノじゃないので、私が書く彼は、これからもこんな感じかと(笑)
 フェイトは恋愛的にはユーノと似た立ち位置なので、少し優遇しちゃってます。

>悠真さん。
 感想ありがとうございます。
 書き手としては、かなり未熟なので、褒められると違和感があったり(苦笑)
 私も原作版から知ってるクチなので、ユーノを邪魔に感じたりしたのですが、慣れました。
 少なくとも、アニメ版準拠で行くと、なのは×クロノは可能性ゼロだと思います。

>黒アリスさん。
 感想ありがとうございます。
 私の場合は、プリティサミーの方が受け入れられなかったんですけどね(笑)
 リリカルなのはも、A'sがなければ受け入れられなかったかも。
 リボンに関しては、最終回でお揃いだったけど、絶対深い意味はないだろうなと思ってあの展開です。

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