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「黄昏の式典 第十七話 〜決意の証〜(GS+東京アンダーグラウンド+その他)」

黒夢 (2006-02-11 20:55)
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GSチームサイド


「いよいよ正念場ね……」

正面のスクリーンにはっきり映し出されている同数の勝ち星を見つめ、美神は知らぬうちに乾いていた唇を舐める。全四試合が終わり、その時点で勝ち星が同数の場合にのみ適用される大会特別ルール、タッグ戦。まさか、最初の一人に自分が入るとは思いもよらなかっただけにらしくもなく緊張してしまう。

「それより美神さん……一つ、聞いてもいいですか?とても大事なことなんです」

そこに響く声は美神の共闘者となる心強いパートナー、人類唯一の文珠使いであり、どこからか広まった武勇から似つかわしくも無い魔神殺しと言う大層な異名を付けられてしまった横島忠夫のものだ。普段では滅多に見られないシリアスな面持ちを顔に貼り付けているため、一見すると別人のようにも見える。

「なによ?」

美神はぶっきらぼうに答えながら、逆に問い返す。大方、横島の聞きたいことはわかっているからだ。

「なぜ、なぜほとんど無傷で試合に勝ったはずの俺が、ボロ雑巾のように冷たいコンクリートの地面の上に転がっているのでしょうか?」

「ふっ……あっっったりまえでしょうがこのアホがーーーー!!確かに私はアンタらしくないって言ったけど、それでもやり方ってもんがあるわ!!あんな子ども相手に情けなく逃げ回って、うちの評判に関わるじゃない!!少しは雪之丞とピートを見習え!!」

地面に転がる横島の頭をどこからか取り出したスリッパで思い切りはたきながら、美神は絶叫する。確かにあの戦い方は実に横島らしい。それは否定しない。否定しようが無い。というよりあれ以外の戦い方が思い浮かばない。だが、だがしかし、いくらなんでも子ども相手にあれはないだろう。あの心無い戦い方のせいでどれだけ純真無垢な心に傷がついたことか。

しかしながら、見た目に反して戦闘経験豊富なシエルからすれば悔しくはあるもののそこまで大事ではない。むしろ油断していた自分を反省してこれからの教訓にしているぐらいだ。もっとも横島に対して苦手意識を持った事は間違いないだろうが。

なお、美神は事務所の評判に関わるとかなんとか言ったが、これ以上どうやっても悪くなる事は無いので問題ない。

まあ、それはともかく。確かに横島なら小細工など使用せずに真正面から戦っても恐らく勝てたはずだ。それだけの力が横島にはあるのだから。

だが、横島にだって言い分がある。

「だって、だって怖かったんですもん!今までのちびっ子ら格闘技能があったり変身能力があったりとんでもない炎出したりしてめっちゃくちゃ強かったじゃないですか!!というか案の定あの子もかなり強かったですよ!?」

「んなこと見ればわかるわ!ったくホントどうなってのよ。あの歳であれだけの力があるなんて……タマモとシロを連れて来なかったのは正解ね」

「まあ、そうっスね……」

妖狐のタマモと人狼のシロ。二人とも基本能力と潜在能力では大会参加者にも決して負けていないが、まだまだ動きにムラがあり、とてもじゃないがこういった大舞台での実戦に耐えられる錬度ではない。そもそも他の大会参加者と比べると戦闘経験の桁が違いすぎる。現状の本気になった横島と美神にいい様にあしらわれるレベルでは、この大会での結果など目に見えているだろう。

「……そういえば、横島クン。いくつぐらい文珠のストックがあるの?」

横島の文珠は相手の能力が明らかになっている場合、効果的な戦術を作り出せる使い勝手の良い霊具だ。美神は決して自分の力を過信してはいない。先ほどの次鋒戦は裏をかいて何とか勝利を収める事ができたが、もし再びチェルシーと戦えば勝率は激減すると考えていた。仮に一人でテイルかルミナのどちらかと対等以上に渡り合うためには文珠が必要不可欠なのである。

美神の記憶が正しければ確か大会一ヶ月前から溜めさせて、この島に到着した時には四十個ほどあったはずだ。意識を集中させて横島は蓄えた文珠の数を大まかに確認すると、自分でも驚いた様子で答えた。

「えーと……五十個ぐらいあります」

「は?……ご、五十個!?この島に来る時より十個も増えてるじゃない!てっきり無駄使いしてると思ってたけど……」

一瞬呆けた声を出してしまったが、それも仕方が無いだろう。ただでさえ反則的な能力の行使を可能にする文珠が五十個。正直、これだけあれば使い方次第でアルクェイドや赤屍を筆頭にした大会上位者とも勝てるかどうかは別にして互角以上に渡り合えるのではないのだろうか。

文珠を作り出す横島自身、なんでこれだけ文珠のストックがあるのか疑問らしく、未だに地べたに倒れ伏しながら腕を組み、首を傾げている。なお、どうやらすでに傷は完治したようだ。追記しておくが、常人なら全治一、二週間の傷を数分で、だ。

「でも、なんか違和感あるんスよね。普段なら意識しなけりゃ作れないのに、なんていうか、勝手にどんどん作られてるみたいなんです」

「え?勝手に、作られてる?……もしかしたら、霊的エネルギーが……でも、それだと横島クンだけなのは……」

何か気になる事でもあったのか、美神は横島に聞こえないように小声でぶつぶつ呟きながら何やら考え込んでいる。

「美神さん?」

近くで内緒話をされればと気になるのと同様に、こうやって一人で考え込む姿を見ているとやはり気になってしまうのが人の常だ。横島は今まで身体全体を受け止めてくれていた冷たく堅いコンクリートの地面から身体を起こすと、傍らに立つ美神に声をかける。しかし、思考に没頭している為なのか返答がない。もう一度横島は声をかけようとしたが、それよりも早く美神が口を開いた。


「横島クン。タッグ戦だけど、できればアレを使わずに勝つわよ」


前触れも無く急に言われた為、ほんのわずかなあいだ言葉の意味を飲み込めなかった横島だが、そこは長い付き合いだ。すぐに美神の言わんとする事を理解すると、大げさに驚き喚いた。

「えっ!?アレって、まさかアレですか!?普段ならどんな相手にも情け容赦なく理不尽とも言える戦力差で徹底的に叩き潰す美神さんがアレを使わない!?……もしかして、頭でも打っ、ぶべらぁ!!」

「切り札を見せたくないだけよ。もしもの時のためにね」

言いながら右手に握り締められている神通棍はご愛嬌だ。先端に赤い液体が付着しているような気もするが……うん、気のせいだろう。

「し、試合前のパートナーにこの仕打ち……やっぱり俺らしく=美神さんにしばかれるなのか……」

試合中にシエルの凍れる笑顔を見て気づいた嫌な方式を改めて思い返し、それもあながち冗談ではないのではと今になって思ってきた横島だった。

「馬鹿なこと言ってないでそろそろ行くわよ。とりあえず、横島クンはテイルって方を相手にして。それで……」

美神は歩きながら大まかにいくつかの作戦を横島に授けると、数個の文珠を受け取る。これで準備は整った。相手の実力は観戦を通じて重々承知しているが、それを上回るものが自分たちにはある。

「さーて、アシュタロスを散々コケにした最強ペアの力を見せてあげるわ!」


アンダーグラウンドチームサイド


美神と横島が作戦を練っているころ、こちらも試合に備えて万全の態勢を整えている……わけがなかった。

チームの勝敗を決する試合前だというのにタッグ戦のパートナー同士であるルミナとテイルは真っ向から向かい合い、互いにネチネチと嫌味を言い合っている。

「足を引っ張らないでくれよ」

「それはこっちの台詞だぜ!」

かれこれ十分ほどずっとこの調子だ。この二人は元からかなり仲が悪い。一時期はそれなりに付き合えていたのだが、それはあくまで最終的な目的のための手段が重なっていたためだ。それが終わってしまえば後に残るのはこうした醜いとも微笑ましいとも取れる衝突だけである。

「はぁ……大丈夫なのかしら?」

止めるという行為自体が火にガソリンを注ぐようなものだと経験から理解しているチェルシーは遠目から二人のやり取りを眺め、思わずため息をつく。

「どうだろう?」

チェルシーの傍らに立つシエルも地上に上がってからは見慣れた光景に苦笑いを浮かべていた。実を言うとこの四人。今はみんな仲良く?何故かルミナの家で暮らしている。他にも数人の同居人がいるのだが、ここでは省略させてもらおう。

いつもならギリギリのところでルリが止めに入るのだが、この場にその停止役はいない。

結果。

「上等だ!そこまで言うならオレ一人で勝ってやるぜ!!」

「相変わらず馬鹿だね。君が手を出さなければ勝ってやるとボクは言ってるんだよ」

どこまでも際限なく二人の不機嫌メータは上がり続けていった。

((駄目かもしれない))

闘技場を喧しく進む二人の背中を見ながら、これから試合に出る敵チームに敗北した女性陣は同時にそう思ったという。


黄昏の式典 第十七話 〜決意の証〜


闘技場サイド


あえて動きにくい大穴から離れた場所を陣取った美神と横島は試合に向けての最終確認をしていたのだが、不意に感じ取った反発し合う微妙な雰囲気に気づき、そちら側に顔を向ける。視線の先ではルミナとテイルが横目で睨み合いながらお互いに牽制し合っていた。

「仲間割れっスかね?」

横島はボソリと呟くが、そう思うのも仕方が無いだろう。あの二人の放つ気配は本当にこっちをほっぽって今にも戦い始めかねないほどなのだ。この状況が良くわからない方は、雪之丞&タイガーのデート現場を偶然目撃した横島の纏うものを想像して今のルミナ達に当てはめていただければ良いだろう。

(なんにせよ、好都合だわ)

美神は邪悪に口先を吊り上げ、二人を見据えながら声を出さずに笑う。どうしてあそこまで険悪なやり取りをしているのかはわからないが、これは利用できる。

「あ〜あ。こんな試合、やるだけ時間の無駄ね。ねぇ、横島クンもそう思わない?」

「え?」

突然の奇妙な言動に横島は小さく戸惑いの声を上げるが、美神は肘で横島を軽く突付き、意味ありげな視線を送る。それで横島も美神の意図に気がついた。悪役がするようなあくどい笑みをニヤリと浮かべ、横島は違和感が無い様に美神の後に続く。

「そうっスよねー。結果がわかってる試合なんて面倒なだけっスよ」

申し合わせたかのように美神に合わせる横島。これらの揺さ振りによってルミナとテイルの身体が微かに震えたのを二人は見逃さなかった。この機を逃さず二人は一気に畳み掛けに入る。

どうでもいいが、断じて一作品の主人公が取るべき戦術ではない。

「しかも相手が見るからに頭の悪そうなのと」

「根暗そうなのじゃそもそも勝負になるのかどうかも心配ですよ」

本当に何の打ち合わせも無かったのかといっそ問い詰めたくなるほど息のあったやり取り。これだけでも二人のチームワークの良さの一端がうかがい知れる。止めとばかりに二人はわざとらしい高笑いを始めた。

「……おい、しっぽ頭。テメーに話しがある」

それをしっかり聞きながら、ルミナはいつものどこか子ども染みた声色を打ち消す押し殺した声で隣に立つテイルに声を掛ける。

「奇遇だね。僕もちょうど言いたい事があったところだ」

テイルもまた冷え切った声でルミナに応じる。二人の視界には、すでに一人ずつの相手しか見えていなかった。


「特別試合!美神選手&横島選手VSテイル選手&ルミナ選手!!始め!!」


開始の合図が闘技場に響き渡るや否や、ルミナは美神へと、テイルは横島へと漲る怒りに背中を押され弾丸の如き勢いで同時に駆けた。

(かかった!!)

美神は当初の目論見通りに分断できた事を密かにほくそえみ、できるだけ横島たちから距離を取ろうと自ら後方に下がって行く。

「時間の無駄かどうか……たっぷり教えてやるぜ!!」

開幕の祝砲代わりに放たれた風の刃は地を削りながら一直線に美神の下へと疾る。その速度は人の足、いや、騎馬よりも遥かに勝っているが、精神を集中してしっかり把握していればかわすタイミングを計るのはそう難しい事ではない。

それをピートが身を以って教えてくれた。

(後は横島クン次第ね)

風に流される栗色の髪の合間から見えた横島の後姿を眺めながら、美神は接近してきたルミナへと神通棍を振り下ろした。


「大口を叩いていた割にはその程度かい!?」

「くッ!?」

変幻自在の謳い文句は伊達ではないといったところか。四方八方縦横無尽あらゆる角度から大気を切り裂く音を引き連れて襲い来る水の刀・穿水刃に横島はさっそく苦戦していた。雪之丞は強引な力技でこれを攻略していたが、横島にはあそこまで強固な鎧も闘いを楽しむ闘争心もついでに覚悟もない。

現在は持ち前の回避スキルと直感、前の試合では温存していたサイキック・ソーサーまでをも用いてようやく防ぎきれているが、それも長くは続かないだろう。

(つ、つえぇぇーーーー!!こいつ、こんなに強かったのか!?)

美神からテイルの相手を任された時は雪之丞も中盤までは押していたし、何とかなるだろうと幾分か楽観していたが、実際に相対してみるとテイルの強さが良くわかった。色々と厄介な要因はあるが、何よりも水の操作がずば抜けている。まるで手足の延長、いや、正しく手足のように自由自在に水の刃を操るのだ。一瞬でも気を抜けば瞬く間に両断されかねない。

「ッ!!」

頭上から迫る必殺に感づき、横島はギリギリでそれを横に跳びずさりかわす。だが、完全にかわしたと認識していたそれはまるで蛇のように空中でうねりを上げ、波打ちながら横島の左腕を浅く切り裂き鮮血を夕焼けの空に散らしていく。

「ッてぇ!?」

思わぬ激痛に横島の口から苦悶の声がこぼれるが、動きを阻害するほどのものでもない。この程度、いつもの日常の中に置いては掠り傷ですらない。だが、テイルにとっては大口を叩いた相手へ初めて与えた傷。喜悦からかテイルの口元が歪み、眼には怪しい輝きが満ちる。

その時、本当にわずかながらテイルの気が穿水刃から逸れた。それは一秒ほどの空白。しかし、横島にとっては試合が始まって以来、テイルが初めて見せた好機。

横島は正しく瞬時に文珠を取り出すと現状を打開させるための文字を刻み込む。できた隙はほんの一瞬。それも今の一間で使い果たしてしまった。ならばここからは、自分の力で切り開くのみ。

「これでも喰らいやがれ!!」

体勢が崩れる事も、自分が危機に立たされる事も今は考えない。正面から振り下ろされる刃を服に掠らせながらかわすと、とにかく形振り構わず出来た隙間に文珠を放り投げた。

「ハハハッ!!そんなビー球で何をしようと……!?」

絶望的な状況に立たされ自棄にでもなったのかと、テイルは向かってくるとても矮小な小さな玉を、ひいては無駄な抵抗を行う横島をあざ笑う。だが、それもほんのわずかな間だけ。

とても矮小な小さな玉が淡い輝きを放ったと思うと、異変は起きた。

「クッ……これは!?」

まず感じたのは自身の身に重く押しかかる重圧だった。それは一瞬でテイルの周囲の圧力を増し、喜悦の表情は容易く驚愕へと変貌していく。

「馬鹿な……重力を……!?」

信じられない事だが、間違いない。自分の周りだけ、否、正しく自分にかかる重力だけが急激に増している。

「ク、ソッ……!!」

テイルは気丈にもそれに抗おうとするが、抵抗も空しく地面に『倒』れ伏した。

それを皮切りにして生き物のように脈動のある動きを以って横島を苦しめていた穿水刃の刃は一瞬止まり、テイルは完全な無防備状態となった。当然、これを逃す横島ではない。崩れた体勢を立て直し、すぐさま新たな文珠を二つ手の平に精製するとわずかな停滞すらなく投げつけた。

「同じ手を喰らうとでも……!」

テイルは重圧が消えた事を確認すると、立ち上がり際に穿水刃を向かってくる文珠へと向けて振るう。どういう原理なのかまではわからないが、あの玉が今の現象に関係しているのは間違いない。ならば、その元を断てばいいだけのこと。

その判断は間違いではない。いや、むしろ正しいとすら言うべきだろう。だが、この場で取るべき最高にして最善の選択はその場から即時退避する事であったといえよう。

なぜなら――――そこに刻まれている文字は、否定しようの無い破壊だけを撒き散らすものなのだから。

穿水刃が文珠に到達するかしないか正にその瞬間。テイルは確かに見た。何よりも美しく輝く、二つ霊力の宝石に刻まれた、『爆』という文字を。

一瞬後、テイルは爆炎に包まれた。


「な、なんだぁ!?」

突如として背後から響き渡った爆音と大気を掻き乱す爆風に驚き、ルミナは慌てて振り返る。まず眼に飛び込んできたのは黒々とした暗雲の煙。そこでいったい何が行われたのか。周りに倒れていた石柱は瓦礫となって乱れ飛び、煙の上がる中心地は爆撃を受けたかのような穴を穿っている。

だが、テイルにこのような攻撃手段は無いはずだ。ならば、消去法でいけば誰がこの惨事を引き起こしたのかおのずと知れる。そして、誰に対してこの惨事を向けられたのかも。

「しっぽ頭!?」

その考えに行き着いたルミナは慌てて風の能力で辺りを覆う煙を吹き飛ばそうとするが、そううまく事を運ばせるほど、ルミナの相手を務めている彼女は甘くはない。

ヒュンッ、と風を切る音が背後から疾る。

伸びてきたのは霊気で形成された光の鞭。鞭は己自身に意思があるかのように蠢き、ルミナの握る子烏丸の刃を捕らえ、拘束する。

「なっ……!」

「私相手に余所見するなんて、ずいぶん余裕じゃない」

光の鞭の先から響く声の主は誰か。そんな事、言うまでも無い。

世界最高のGS、美神令子。

美神は神通棍の柄の部分を握り締め、不適な面持ちと眼差しを以って背後からルミナの背中を射抜く。

「……切り札は最後まで取っておくんじゃなかったのかよ?」

漏れ出た声にこそ余裕はあるが、その実、相手から注意を逸らした自らの迂闊さを叱責する苦し紛れの言葉であろう。それがわかっているからか、美神の表情は崩れない。

「切り札は隠してるから切り札なのよ。バレてんのに使わないなんてもったいないでしょう!」

言いながら、美神は腰の部分に片腕を回すと文珠を一つ握り締める。それは何の文字も込めていない言うなれば空の文珠。文珠を精製する事は横島にしかできないが、文字を入れる事ぐらいは美神にもできる。

だが、無茶はしない。美神の役割はルミナを倒す事ではなく、足止めし、体力を消耗させる事なのだから。しかし、せっかく相手が背中を見せてくれているのだ。その好意を無碍にする事など美神にはとてもできない。

込める文字は美神にとっても相性の良い『雷』。それを美神はルミナへと放り投げた。何かが接近する気配を感じ取ったルミナは神通鞭が巻きついた子烏丸を逆手に持ち直し、美神と相対するために向き直る。

「は?」

しかし、向かってくるのはビー玉ほどの小さな玉。これはいったいなんなのか。ルミナがそう疑問を感じた瞬間。

目の前の小さな玉から膨大な電撃が発生した。

「うおっ!?」

ルミナはほとんど反射的に風の盾を眼前に作り出し、雷をやり過ごそうとするが、簡易性の盾では全てを防ぎきる事はできずに頬を電撃が掠り、火傷を作って消えていく。

「くそっ……!」

思わず毒づいたルミナの額から一筋の汗が流れ落ちる。ルミナはピートとの戦いで力を消耗し過ぎていた。その証拠にこの程度の力の行使で疲労が身体を蝕む感覚が身体全体に広がっていく。恐らく現状では本来の能力の良くて半分程度しか行使できていないだろう。

一方の美神、横島は試合前に文珠で体力、霊気ともに最高値まで回復させている。

つまり、このタッグ戦は試合前からハンデがあったのだ。試合前に気づいていたのならまだ対策の立てようもあっただろうが、それも後の祭り。

「悪いけど、もう少し付き合ってもらうわよ!」

今は美神を何とかして倒す方法を考えるしか道は無かった。


「や、やったか……?」

爆発の余波によって吹き飛ばされた身体を起こし、横島は恐る恐る煙の先に視線を向ける。煙はなおも爆心地から上がり続け、それだけでも爆発の威力の一端がうかがい知れた。

はっきりいって、ここまで爆発の規模が大きくなるとは文珠を使用した横島でさえ予想していなかった。恐らく横島自身の力量が上がっている事などが要因に挙げられるのだろうが、これでは倒す倒さない以前に死んでいるのではないかと心配になってきてしまう。

だが、結論で言えばその心配は杞憂だった。

「え?」

何かが耳元を高速で通り抜けたかのような耳鳴りがして、横島は思わず手を顔へと持ち上げる。その際に小指の先が頬に触れ、ヌルッとした赤い液体が付着している事に気づいた。

「やってくれたね……!」

その時、未だ黒々と立ち込める煙の奥から声が響いた。あの先から呪詛の念を零す声の主など、一人しかいない。

ゆっくりと、それでいてしっかりした足取りでテイルが黒煙の中から姿を現す。見た限りでは左腕に傷を負っているようだが、致命傷でもなければ深くもないようだ。

「なっ……も、文珠の『爆』が二発も直撃したのにまだまだ元気っぽい!?」

かつて魔族ですら一撃で吹き飛ばした『爆』。しかも横島でさえ呆然とする領域にまで高められた爆発に晒されてなお生きていた事も驚きなのに、かつあの状況で完璧ではないにしろ防ぎきられた事に驚愕する。

「……正直、ボクは君の実力を見誤っていたよ。無様とも言える動作で油断させて狡猾に自分のペースに引き込む……周りにいなかったタイプだ」

コポッと、微かな音を立てながら爆発によって散り散りになった水がテイルの手元に集う。数秒後には、穿水刃が再び形成されていた。

「ここからはボクも本気でいく。今までと同じだとは思うな!」

宣言と同時に振るわれるのは、死の軌跡。流動する水は万物を引き裂く千変の爪となり、そこに絶対死を約束させる。だが、横島とて数々の異形と戦いそれでもなお生き残ってきた一流の戦士。幾度もの絶対死が約束された状況を覆してきた者だ。それは、今回も例外ではない。

「やべ……!!」

それは嘲笑か、はたまた賛辞の意か。見る者を底から凍て付かせる笑みを表情として薄く貼り付け迫り来るテイルを見据えながら横島は思考する。間合いという概念が存在しない穿水刃の刃から逃れる事はほぼ不可能。かといって文珠は今から出しても間に合わないし、侮りという悦を捨て去ったテイルが相手ではサイキックソーサーは心許無い。

「なら、こいつしかねー!『栄光の手(ハンズ・オブ・グローリー)』!!」

横島は縮む気持ちを震い立たせるかのように声を張り上げ、右手に霊力を集中させる。一瞬後、現れ出でたのは霊力を高レベルで収束させた手甲のようなものだった。一見すれば雪之丞の用いた魔装術に似通っていると思われるが、実際はかなり異なる。

それは属性がどうだという話ではなく、運用方法が、だ。

「ハッ!」

テイルはまるでそこに自らの持つ全ての力を乗せるかのように短く息を吐き、領域内に捉えた横島の頭上に向けて垂直に穿水刃の刃を振るう。

ガギィンと、何か硬いもの同士がぶつかり合ったかのような小気味良い音が広い闘技場に響き渡る。

「!?」

見れば、手甲の形態を取っていた横島の『栄光の手』は剣状の霊波刀に変化して穿水刃を受け止めていた。自らがさっき戦った雪之丞の用いていた魔装術と似たような物だと当たりをつけていたテイルは少々呆気に取られたような風貌を表に出したが、それもほんのわずかな間だけ。

「無駄だ!」

自らを叱責するかのように咆哮し、テイルは穿水刃の刃をさらに開放させる。新たに出でた刃は十。まるで木の根のように枝分かれをした十刃は地を滑り、天を突き、曲線を描き、横島を切り刻もうと静かに疾る。

それを横島は、

「どわああぁぁ!?」

人間を止めているとしか思えない角度に身体を曲げながらあろう事かかわしてしまった。

元々『生きるためなら格好なんてクソ喰らえ!』精神を師の美神から受け継いでいる横島だが、人外よりも人外らしい、というより人外でさえ目を見張ってしまうほどだが、その辺の自覚はあるのだろうか?

「なっ!?」

当然、まっとうかどうかは別にして正しい人間をしているテイルはそのありえない動きに気を取られ、身体の動きが不覚にも停止してしまう。まあ、これは仕方が無いだろう。むしろこれが横島だと慣れてしまっている周辺の方々がおかしいのだ。

「喰らえ!」

もちろんこんな絶好の隙を横島が見逃すはずも無く、すぐさま文珠を取り出しテイルへと投げつける。

「しまっ……!」

気づいた時には、遅かった。すでに文珠はテイルのすぐ側に迫っており、とても回避できそうに無い。先ほどの爆発の威力を身を以って知っているため、思わず歯を噛み締める。とっさに穿水刃を崩し、水壁として何らかの攻撃を待つ。

「……?」

だが、いつまで経っても衝撃どころか攻撃の兆しすら見えてこなかった。不発かとテイルが思い始めたその時。


ピキッ。


何かが罅割れるかのような軽快な音が、静かに、響き渡った。

「バカな……」

音の出所など、捜す必要すらなかった。なぜならそれは、テイルの正面から響いたのだから。

スゥと、冷たい風がテイルの頬を撫でて消えていく。目の前で光が乱反射を起こし、幻想的な輝きを醸し出す。

テイルの正面。100tにも達する水が、一滴残らず凍り付いていた。

「は、ははは、ふはははは!!どうだ!アンタが水を操るのはわかってたからな!!ならその水を凍らせちまえばどうする事も出来まい!!」

予想以上の成果を得られた事によって気を良くしたのか。横島は高笑いをしながら踏ん反り返る。

これは美神に授けられた作戦の一つだ。水を操るのなら、その元である水を凍らせてしまえば良いと。

ちなみに氷だからテイルが操れないという確証はどこにも無かったのだが、それを言えば絶対にやらないと分かっていたのであえて美神は横島に教えなかった。まあ、結果オーライといったところだろう。

「くっ……」

テイルは呻く。能力者に氷使いという分類が存在する以上、水使いであるテイルにとって格段に効率が落ちるのは確かだ。加えて今のテイルはまだ完全に雪之丞戦の疲労が消えていない。わずかに残った水を操り、氷を砕くにしてもそれだけで能力の使用限界を超えてしまいかねないほどに。

しかし、驚くべきは100tにも達する膨大な水を一瞬で凍りつかせる能力だ。

『倒』し、『爆』発し、『凍』らせる。これらはテイルの能力者の定義に当てはめれば『重力』『炎』『氷』の能力が必要になってくる。それを、横島は全て使いこなせ、なおかつ高レベルに位置するというのか。

この時、テイルは初めて横島に対し畏怖の念を覚えた。

「けど、詰めが甘い!」

気落ちする気持ちを奮い立たせるかのようにテイルは叫び、横島の下へと駆ける。走りながらテイルはいたる所から水の粒を集め、右手に流動する水の刀を形成した。

「え゛ッ!?」

すっかり勝利者気分を味わっていただけに横島はそれを見た瞬間ギクリと身体の動きが鈍った。慌てて栄光の手を振り下ろされた水の刀の辺りに持ち上げ受け止めるが、内心では動揺で胸一杯だ。

「な、なんで……水は凍らせたのに!?こんなん、話が違うやないか!!」

美神から水さえ凍らせれば八割方勝ちだと言われていただけに横島は表情を引きつらせながら狼狽する。

「空気中には水素っていう水があるんだよ!!それに氷だっていつかは融けるに決まってるだろう!!」

確かにテイルにとって最高の攻撃力は失ったが、まだまだ切り札はある。テイルは自ら剣を引き、後方に下がる。

「水は万物を切り裂く鋭利な刃!それをオマエに教えてやる!!」

テイルの咆哮に呼応するかのように水の刀が四方八方に四散する。唯一の武器を放棄するというテイルの意図を掴みかねた横島だったが、再び頬を何かが掠った。慌てて右腕で擦るようにそこを拭って見ると、予想通り、赤い血が、付着している。

その瞬間、言い様の無い悪寒が身体中を蹂躙した。

ここはヤバイ、すぐに離れろと本能が警報を鳴らす。

無意識の内に作り出した文珠は『護』。何から身を護るつもりなのかは横島にもわからない。だが、こうしなければ自分は死ぬと確信していた。

「水瀑殺!!」

咆哮は文珠の発動とほぼ同時だった。幾重にも折り重なった水の針はその切っ先を横島に向け突き刺すでも斬り付けるでも無く、抉り取らんと宙を疾る。それを阻むのは、光を発する優しき防壁。全ての水は空中で停止し、光の壁によってそれ以上進む事は出来ない。

手負いの獣――――

何故か、横島の脳裏にそんな言葉が浮かんできた。

今のテイルを表す言葉は正にこれだ。美神に言われた作戦ではとにかく能力を使わせまくって疲労したところを叩く手はずだったが、冗談ではない。確かにテイルの体力は試合当初と比べれば格段に落ちているだろう。対する横島は体力、霊力ともに多少は消費しているが、まだまだ十分戦える程度は残っている。

現状で有利なのはテイルではなく横島だ。だというのに、横島は怯んでしまった。気圧されてしまった。テイルの放つ殺気に、胸に秘める意思に。

「もらったーーーー!!」

はっと意識を戦場に移せば、目の前にテイルがいる。テイル自身あまり能力の乱用は避けたかったのだろう。すぐさま光の壁を破れないと見切りをつけ、早々に再び刀を形成し直し気を伺っていたのだ。

「あ……」

そして今、『護』の文珠の効果は切れた。横島は呆然と振り下ろされる水の刀に見入る。今からでは文珠は間に合わない。サイキックソーサーも間に合わない。栄光の手も、間に合わない。

八方塞がり。

現状を打開できる手は、横島には無い。このまま時間が過ぎれば横島は絶命する。テイルの瞳には、人を斬り捨てる事に対して戸惑いが無いのだから。

(死ぬ……?)

まるで他人事のように、横島は内心で呟いた。何だかちっとも現実感が湧かない。

自分が死ぬ?

それはつまり、彼女の意思も一緒に―――――


「横島クン!!」


唐突に、聞きなれた声が鼓膜を振るわせる。次に感じたのは腕から伝わる痛みと浮遊感。何かに腕を引っ張られ、背中から地面に激突した。だが、横島は泣き言を言わない。視線を腕に移せば、光の鞭が絡まっている。十メートルほど先からは激しい舌打ちが聞こえてくる。

すぐに美神に助けられたのだと横島は理解した。だからこそ、申し訳ない気持ちで一杯になる。せっかくテイルの相手を任されたというのに、それさえもこなす事が出来ず、手間をかけさせてしまった事が。

とりあえず、礼を言わなければと横島は気落ちしながらも口を開く。

「あ、ありがとうござい「任せたわよ!!」……え?」

何が、とは言えなかった。すでに美神は横島の後ろに回り込んでしまっている。いったいなんだと美神が視線を向けている方向に眼をやると……視認できずともわかる馬鹿げた風の刃が……。

「ってなんやそりゃーーーー!?」

叫びながらもとっさに精製した文珠に『護』の文字を込める。風の刃は周囲を破壊ながら美神たちへと襲い掛かるが、軋む事はあってもギリギリ『護』が突破される事は無かった。

「ハァッハァッハァッ……」

犬のように荒い息を吐きながら横島は滝のような汗を流す。本当に、ギリギリだった。ひょっとしたら突破されるのではというぐらいギリギリだった。そんな横島の内心を知ってかしらずか、美神は安堵の息を吐き出す。

「ふう、危なかったわ」

「危なかったわ、じゃない!なに考えてんやこのアマーーーー!?」

助けてくれた事は感謝しているが、それでもいきなり死線に放り出すなどプラマイ0だ。というより横島式採点方では驚かせた分マイナスだと言っていい。

「しょうがないでしょ!私じゃあんなの防げないんだから!!」

こちらもこちらで物凄い剣幕で詰め寄る横島に負けじと声を張り上げる。辺りに漂っていた張り詰めた緊張感は、良い意味で一瞬にして吹き飛んだ。


美神と横島が言い争っている間にルミナとテイルも合流していた。

「どうしたんだい?ずいぶん手こずってるみたいじゃないか。相手が女だから全力で攻撃できないなんてあまいことは言わないでくれよ」

「うるせー。てめぇだって苦戦してるみたいじゃねーか」

二人は顔を合わせた途端に憎まれ口を叩き合うが、それもすぐに止め、わずかに沈黙する。

「……しっぽ頭。マジな話でどうだ?」

「……七、いや、六割が限界だね。他の試合の間に多少回復していたけど、今の戦いでまた消費した。君はどうなんだい?」

「正直、半分あるかどうかだな」

「状況は厳しい、と。しかも相手はそれを見越して消耗戦に引き込もうとしてるね」

それは戦いの中で感じた違和感の行き着く結論でもあり、正解でもあった。美神たちの当初からの狙いは消耗戦だ。本来ならば疲労が抜けきっていないルミナに横島をぶつけ即時決着といきたいところなのだが、そのためには美神がテイルの相手を務めなければならなくなる。正直、それは相性的にも厳しい。

ならば、いっそうの事ルミナの相手を美神が務め、テイルを横島に当てる方が良いという結論に達したのだ。

恐らく消耗戦になるだろうが、最終的にGSチームが勝利する方法を選んでいたのである。

現状でそれを覆す手は……ある

だが、それはひどく気に入らなく、ストレスが溜まる。二人は横目で睨み合い、不適な笑みを交し合った。

そしてルミナは子烏丸を、テイルは周囲に水の球体を浮かべ改めて前方の美神たちへと構えなおす。

「この試合だけだぜ」

「当然だね」

最後に言い捨て、二人は同時に駆けた。


「ッ!横島クン!!」

ルミナとテイルが接近してきた事を捉えた美神は言い争いを中断させ、神通鞭を構える。横島も栄光の手を出現させ、攻撃に備えていた。

「喰らえーーーー!!」

走りながら、ルミナは抜刀する。放たれた風の刃は美神たちを分断させるかのように縦の軌跡を地面に刻み、砂塵を巻き上げながら襲い掛かる。

「そうはいかないわ!!」

恐らくルミナたちの意図は分断させたところでどちらか一方に総攻撃を仕掛けることだ。その場合、狙われるのはこちら側の最高戦力である横島となる。現状で横島を失うのは敗北に繋がり、心情的にも許せるものではない。とっさに美神は神通鞭で横島を捕らえ、分断される前に自分の側に引き込む。

「ぐえッ!!」

その際に誤って首に鞭を巻きつけてしまい、引っ張った際に奇声が漏れ出ていたような気もするが、気のせいだと切り捨てる。次いで訪れた風の刃は地面に断裂を作り出し、遅れてきた風圧はそれだけで人を吹き飛ばせるほどだが、二人は身を低くして耐えた。

不意に美神の周りが暗くなった。

「上!?」

とっさに上空を仰ぎ見ると、上空に飛び上がったテイルが優々とこちらを見下ろしている。恐らく、先ほどの風の本当の意図は美神達の分断などではなく、テイルを上空に飛ばす事。

「波洸輪!!」

テイルの周囲に控えていた水が円形に広がり、二人を取り囲むようにして凶悪な牙を剥く。

「この野郎!!」

横島は『凍』の文珠で襲い来る水を全て凍らせるが、それらが罅割れ凶器に等しい氷柱となって落ちてくる。美神が鞭の一振りでそれら全て叩き落すが、その顔には隠しようのない焦りが浮かんでいた。

(連携してる……!!)

明らかにルミナとテイルの攻撃が繋がっている。どうやら、勝利のために手を結んだらしい。

ならば、次に来るのは――――

その考えにいたった瞬間、美神はハッと眼を見開き、とっさに横島の手を握ると視線で語りかける。突然、手に走った温かみに頬を朱に染めた横島だったが、その視線に込められたものを察すると表情を改めた。

その一瞬後――――耳元で、とても小さい声が響く。

「詰みだぜ」

最早何も語る事はないだろう。あるとすれば、ただ一言。烈風が、捲き起こった。

台風を連想させる風は美神と横島を瞬時に飲み込み、さらに規模を大きくしながら周囲に破壊を撒き散らしていく。気づけば、暴風は結界に激突して四散していた。

「……さすがに、やったよな」

暴風に巻き込まれた瓦礫やら石柱やらが山のように積み重なったソレを遠目から見据えながら、ルミナは静かに言葉を零す

「これで無事なら人じゃないね」

冗談を交えてテイルは言うが、その言葉の端には勝利への確信があった。持てる全ての力を注ぎ込んだ奇襲とも言うべき連携攻撃。見ていた限り、美神たちが何らかの防御手段を講じたようには見えなかった。間違いなく、烈風は直撃した。

ふと、テイルは司会を見上げる。何故か双眼鏡のようなものを取り出して瓦礫の山を見ているが、念のための確認だろうと当たりをつける。そうだ。あれに巻き込まれて無事なはずが無い。すぐにでも勝利宣言が行われる。そう思いながら、テイルは瓦礫へと背を向け、控えの場へと戻ろうとする。ルミナも同様の事を思ったのだろう。それに続き、歩き出そうとした。

正に、その時だった。

身を焦がすほどの、何かが、肌に纏わりついたのは――――

闘技場全体を震えさせるような轟音が、遥か背後から聞こえてくる。驚愕を顔に貼り付け、振り返った先には、瓦礫の山など消え失せていた。より正確に言うならば、天高く飛ばされていた。飛び散った瓦礫は隕石の如く闘技場のいたる所に降り注ぎ、墓石のように地面に突き立っていく。


「――――危なかったわ。後一秒……いいえ、半秒遅かったら死んでたかもね」


次々と降り注ぐ瓦礫の音に混じり、声が響く。その声の主が誰なのか、テイルとルミナは当然知っていた。それは遥か先に立つあの女性だ。四肢の付け根や手の甲、胸元には薄く光るガラスのような物が彩られ、身体には張り付くようでいて力強い印象を受ける衣を纏っている。

「どうやら……人じゃなかったみたいだね」

冗談交じりでテイルはそう嘯くが、とても笑える状況ではない。なにせ、規格外とも言うべき迸る闘気の全てが二人に向けられているのだ。

二人は同時に誰に言われるわけでもなく、心中で同じ事を思った。

勝てない――――

テイルはあの美神を見て人じゃないと言ったが、それは違う。

アレは、美神令子は人にして、横島忠夫というパートナーと協力する事で人の限界を遥かに超える力を手にしただけだ。


ヘルシング・裏稼業チームサイド


観客や選手が大海の波のようにざわめきを上げている最中、ここにありえない組み合わせが誕生していた。

「クス……なるほど。アレが魔神と呼ばれるアシュタロスを滅ぼした彼等の切り札ですか。文字通りの合体によって互いの霊波を共鳴させ、通常時とは比較にならない力を得る。言葉にすればひどく簡単ですがその実、繊細なコントロールを必要とするとても危険な行為だ。それを可能にしているが……」

「文珠。一説によれば全ての力の方向性を操ると言われる至高の霊具。私も長く人でなしどもと関わっておりますが、人でありながらアレほどの力を保持している者を多くは知りません」

もっとも、この大会に来てからはそうでもありませんが、とウォルターは赤屍から引き継いだ言葉を締め括る。

赤屍は心底面白そうに、嬉しそうに変貌した美神を直視しながら闘気とも殺気とも言えぬ何かを微かに纏い始める。その様は、銀次が初めて雷帝へと変貌した時に見せたものとまったく同一であった。

「というか、ここの人達って化け物の私より化け物らしいんですけど……」

不遇によって吸血鬼となってしまったセラスは誰に言うわけでもなく呟くと脳裏に今までの試合を思い浮かべてみる。……どう考えても周りと比べたら自分がひどく矮小で子猫のように可愛らしい存在に思えて仕方が無いのだが。

「ククク……近頃の人間は本当に面白い。この場にエヴァンジェリンやブリジット、メレムがいれば、もっと面白い事になっただろうに」

喜悦に喉を鳴らしながらアーカードはかつて出会い、楽しい時間を共に過ごした旧友達の顔を思い浮かべる。もっとも、旧友と思っているのはアーカードだけなのだが……。

もし彼等が今の言葉を聞いていたとしたら外聞などかなぐり捨てて「ふざけんな!!」と絶叫した事だろう。

「あの……お話中のところ申し訳ありませんが、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」

周りに充満する険悪とも好戦的とも取れる空気の中で、果敢にもほのぼのとした空気を以って対抗しようとする者がいた。その者はどこぞのネコ姫様との死闘を生き延びたタレ属性の持ち主であり、この場にいる者達の中ではセラスに負けず劣らず穏やかな雰囲気を醸し出している。

彼の名は天野銀次。試合中の記憶が無いため何故セラスにびびられているのかよくわかっていない好青年だ。

「なんですか?」

赤屍は視線だけ銀次へと向け、穏やかな口調で聞き返す。

「何故、自分はこの席に座っているのでしょうか?」

銀次が聞きたくなるのも仕方が無い。前門の虎、後門の龍ならぬ右席の赤屍、左席のアーカード状態なのだから。しかも前の席にはウォルターが、後ろの席には毒蜂が陣取っており、四方から奇妙な重圧を感じる。

「クス、聞きたいですか……?」

何やら危険な空気が倍増したように感じられる。銀次はタレ状態のままで首が捥げるのではないかと心配になってしまうほど思いっきり首を横に振った。実際には再び雷帝状態になった場合にすぐさま押さえつけるためなのだが、それはあえて言わなかった。

「……そろそろ本題に入ろうぜ」

どこか緩和した空気を引き締めるかのように、今まで沈黙を守っていた蛮が静かな口調で周りに告げる。それだけで、七人の間に緊張感が走った。当然の事ながら、この場にアンデルセンはいない。もしいたら険悪を通り越して殺し合いに発展しているだろう。

「……では、私から話させてもらうよ」

不意に、毒蜂はどこからか飛んで来た一匹の蜂を指に乗せながら会話の堰を切る。

「この会場中を隈なく調べた結果、驚くべき一つの可能性に行き当たった」

「可能性、ですか?」

「そうだよ、セラス嬢。この会場には私達……大会参加者以外の生命が何一つとして存在していない」

「……は?」

信じられない仮説をあっさり口にする毒蜂に、セラスは呆然と眼を見張った。何を馬鹿なと思いながら辺りに視線を走らせる。辺り一面どこからどう見ても人の群れ。こうして数千人以上の人間が騒いでいるではないか。

だと言うのに蛮達は、

「ちッ……やっぱそうか」

「うん……」

「クス、まさかここまで大掛かりな仕掛けがあるとは……私ですら思いもよりませんでしたよ」

まるでわかっていたかのように毒蜂の言葉を肯定している。見れば、ウォルターもアーカードも動揺すらせず当たり前のように今の言葉を受け止めている。なんだか一人慌てている自分が空しくなってくるが、それでも納得などできるはずがない。

「ちょ、ちょっと待ってください!だ、だって、あんな動いて、話してるんですよ!?」

「嬢ちゃんがわかんねぇのは当然だ。こいつは無限城ご自慢の『半仮想空間』……非現実を現実に、現実を非現実に置き換える虚像そのものだからな。つまり、ここに限れば現実が現実だとは限らねぇんだよ」

「……えーと」

親切に説明されているのはわかるのだが、申し訳ないことにセラスは蛮の言っている事がちっとも理解できない。

今の説明で唯一気になった事と言えば……

「嬢ちゃんって……たぶん、私の方が年上だと思うんだけど……」

「あァ?なんか言ったか?」

「……いいえ」

なんとなく、言っても無駄だと悟ったセラスは肩を落としながら諦めた。

「話を戻すが、これは恐らく間違いないだろうね。なにせ、他ならぬ銀次君が肯定しているんだ」

「…………」

何故そこで銀次の名が挙がるのかも非常に気になるセラスであったが、これ以上話の腰を折るのもどうかと思い立ち、口を閉ざし聞き入る事にした。

「……毒蜂様。先ほど『大会参加者以外に生命が無い』と仰いましたが、それではドクター・カオス氏は何処へ?」

ウォルターはその職業故に無限城に纏わる話を知っていたからか、毒蜂の言葉を真実として受け止め、残る謎について追求する。

「わからない。少なくとも、周辺にはいなかったね」

ゲストとして呼ばれておきながら開会式以降いっこうに姿を見せない世界最高の錬金術師と呼ばれるドクター・カオス。

彼こそが何らかの鍵を握っている事はほぼ間違いない。

その時、闘技場から閃光が走った。どうやら試合が終了したらしい。会場中から歓声が爆発音の如く響いてくる。そんな中、蛮はこの機に乗じて隣に座る赤屍を睨みつけながら口を開いた。

「赤屍……こいつもシナリオの一つだってーのか?」

周りに聞こえぬように呟く蛮に、赤屍もまた声を潜めて返答する。

「さあ?どうでしょうか……私が知らされているのは『彼の存在』と呼ばれるモノと『運命』と『自由』を象徴した札についてだけですので」

「『運命』と『自由』の札……?」

聞きなれない単語に蛮は眼を細めるが、赤屍はいつも通りの凍れる微笑を浮かべるだけだ。

「裏返ってしまっている世界にとっての切り札ですよ。どうやらそれ事態を逆手に取ったジョーカーも存在するようですが、基本的には私達という存在がそこに当てはまります」

「どういう意味だ?」

「今はまだ知らなくて結構ですよ。いずれ、時が来ればわかる事です。それよりも、あなたは何も詮索しない方が良い。真実を知る者がより高い位置にある真実を知ろうとすれば、それだけで時計の針は進んでしまう。せめて、第六試合全てが終わるまでは時計の針を持たせなければならないのですから」

(でなければ、不完全なこの世界は容易く崩壊してしまいますからね)

最後は言葉としてではなく、胸の内でのみ呟く。その視線の先には、美神と横島に勝者宣告を行う司会の姿があった。


あとがき


どうもー黒夢です。

今回の投稿が非常に遅れてしまった事をまずはお詫びさせていただきます。この時期は私にとっても忙しく、中々パソコンの前に座る機会が無かったのです。それらの関係でこれからの投稿は恐らく四月頃まで月に一、二度になると思いますが、どうぞご容赦のほどをお願いいたします。

さて、大会初のタッグ戦となった今回ですが、大部分の皆様の予想通りGSチームの勝利で終わりました。元々アンダーグランドチームには試合前の消費など悪条件が重なっていたので、妥当なところだと思っています。

唯一のネックがテイルの秘技『影水針』だったんですが、よくよく考えてみたら動き回っている横島の身体に打ち込むのは難しいですし、原作の方でも立ち止まり、油断していた秋絃相手にしか使っていなかったのでそう簡単に多用できるものではないと判断しました。

ちなみに合体後を書かなかったのは面倒になったからではなく、単に結果が見えてしまったからです。

それなら思い切って大会の裏側を見せた方が良いのではないか、と。


設定がかなり複雑になってきたので重要な箇所だけを大まかに纏めてみました。なお、わかりやすいように今まで出していなかった事も付け足して書いているのでアレ?と思うのもあるかもしれません。


・そもそも大会としての『黄昏の式典』は存在しない。言うなれば仮初の『黄昏の式典』。

・仮初の『黄昏の式典』は外界から隔離されている。

・仮初の『黄昏の式典』に勝利者などは存在しない。

・仮初の『黄昏の式典』は真なる『黄昏の式典』への布石であり準備期間。

・世界は一つの目的のために動いている。

・『彼の存在』とは単一ではなく、群体でもない。

・『運命』の最重要カードはAとK。

・『自由』は自由故に明確な数字配列が無く、ジョーカーのみを特殊として扱う。

・ドクター・カオス、鷲羽が完成させようとしている通称『世界の縮図』。

・アルクェイド、ブギーポップは『今』の世界にとっての異端。ジャバウォックは『今』の世界にとっての使途。

・世界が反転しかけている。

・仮初の『黄昏の式典』は無限城と繋がっている。

・不完全な世界。


とりあえず、これぐらいですかね?

色々とフェイクの設定も盛り込んでいるので、なんとも言えませんが。作者である私が現時点で重要だと思うのはこれぐらいです。他のは辻褄を合わせるためのおまけのようなものが大部分を占めます。

まあ、でも、これだけだとチンプンカンプンですので、私がこの事態に対しての原因『彼の存在』への参考にした存在を挙げ、ヒントを出したいと思います。

まずは参考にした存在ですが、Fate/stay night・Fate/hollow ataraxiaに登場した『この世全ての悪(アンリ・マユ)』です。

ヒントは『この世全ての悪』の意味そのままです。

それと、『彼の存在』とは私が考えたオリジナルネームであり、名前自体に深い意味はありません。もちろんオリキャラを出さないと断言している以上、中身はオリキャラではありません。

わかりやすく言うと、『彼の存在』が大切な中身を覆う脆い卵の殻で、重要なのは黄身である中身だと言う事です。

遅れたお詫びにもう一つだけ決定的な、この世界の根本を曝け出すヒントを。

それは『クロスオーバー』という世界観、それを作る際に絶対に避けては通れないありのままの、そのままの矛盾です。

実を言うと、答えは一番最初に、『黄昏の式典 第零話』ですでに言ってしまっているんですよね。

これ以上書くとうっかりボロが出てしまいそうですので今回はこのぐらいにさせていただきます。どうしてもわからない点についてはレスにてご質問ください。できるだけわかりやすく、喜んで説明させていただきます。

次回、黄昏の式典 第十八話 〜動き出す真実(前編)〜をよろしくお願いします。


なお、けっこう次回対戦表を載せて欲しいとの要望があるので載せさせていただきます。

第六試合 デモンベインチーム VS火影チーム

先鋒戦  エルザ    VS 花菱烈火

次鋒戦  大十字九郎 VS 水鏡凍季也

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