携帯電話が鳴る。
耳に押し付けたそれから聞こえてくるのは女の声。
「ねえ……覚えてる? 昔あなたの遊び相手だったぬいぐるみのこと。私のこと覚えてる?」
ぬいぐるみ……。
俺がちっちゃいころは確かにそれなりにぬいぐるみが友達だった。
しかし……私だって?
「私、あなたに会いたい。会いたいの。だから、ね。もう玄関のところまで来てるの」
そこで通話が切れた。
玄関から俺の部屋まで当然ながらすぐである。
ぞっとした。
そしてまた鳴る電話。
何かの悪戯だろうと思いながら手にとって耳に押し付けた。
「くすくすくす。やっぱり階段がきついわね。でもなんとか上り終えたわ。もうあなたの部屋のドアの前まで来てるの」
そこでまた通話が切れる。
思わずドアを凝視した。わずか2mか3mほどの距離しかないところにいるというのか?
我知らず、携帯を握る手が震えた。
悪戯だ。悪戯だ。悪戯だ。悪戯に決まっている。決まっている。
そうじゃなけりゃ…………。
そして電話が鳴る。
びくっと震え、電話を落としてしまった。
それでもしつこく鳴り続ける。
ふるえる手でそれを拾い上げ、耳に押し付けた。
すると背中に何か触れる感覚とともに
「ねえ……私、あなたのすぐ後ろにいるの」
ぎいいいやああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ
「ミルファ、クマ吉ボディで遊ぶのやめれ」
「あっはっは。ごーめんごめん。遠隔操作のテスト中だったんだ」
そう、ドアの外にいたのは僕らがメイドさん――ミルファその人だった。
よく見たら俺の後ろの窓が開いている。そこからこっそりクマ吉ボディを入れさせたのだろう。
かつてミルファのデータ――言い方を変えれば意識――を入れていたクマ型のトイロボット。今更それを使って遊ぶとはずいぶん暇なことだ。
クマ吉は俺の背中をよじよじと登って頭に乗っかる。
あのころからここが自分の特等席なのだと言わんばかりに頭上に陣取ることはよくあった。
それを思えばこの感覚もなにやら懐かしい。
なんとなくクマ吉の前足を軽くいじってみたりした。
するとこちらに歩いてくるミルファ。しゃがみこむと俺を抱きしめてきた。
「ミルファ?」
「ん……」
抱きしめている腕で、体全体で、俺の存在を感じ取ろうとしているようで。
そしてそんな彼女がとても魅力的だったから、ミルファのポニーテールに結わえられた髪に指を通す。
その感覚にうっとりしていると俺の耳元で彼女は囁いた。
「でも、忘れちゃ駄目だよ? 貴明がクマ吉って呼んでくれた存在は今はここにいるんだから」
「だな、ミルファ」
歩いてくるよ。
彼女は俺のところまで来てくれたのだ。
だから、その体勢で俺はぎゅっとミルファを抱きしめた。
♪〜〜〜〜〜♪
唐突に鳴り響く着メロ。
思わずばっとお互い体を離した。
考えてみれば別に慌てる必要などないのだが、そこはそれというやつか。
とりあえず電話に出た。
「はいもしもし」
『あ、貴明様』
「イルファさん?」
電話の相手はイルファさん。ミルファも「姉さんが?」という表情を向けてくる。
そしてミルファは顔を近づけてきた。相手が相手だらから内容が気になるのだろうか。
それはそれとして。
「で、イルファさんどうしたの?」
そう言うと、向こうからはあまり好意的でない空気が漂ってきた。
『ひどいですよ、貴明様』
「えーと」
『私と貴明様との今日のデートはどうなっ……』
通話はそこで切れた、グシャッという音とともに。
痛い。痛いよ、ミルファさん。
ねえ、ミルファ。よっぽど鍛えてない限り人間の手って素手で携帯電話を握りつぶせるようにはできていないんだよ。
それを実際に口にできたらどれだけ幸せだっただろう。
しかしミルファが俺の手をつかみ、そのまま間接的に携帯を握りつぶしてしかも放さないという状況にあっては何も言えるはずがない。
なんかとげとげしたものが手に刺さるし、単純に手を掴む握力が痛いし。
ああ……。
「タ・カ・ア・キ?」
クマ吉ってロボサッカー時代から乱暴者だったんだよなー。
と、それが理性を持って行った俺の最後の思考だった。
あとがき
初めまして。虎空王(こくうおう)と申します。よく間違われるのですが虚(うつろ)ではなく虎(とら)です。
初めての投稿がこんなんでいいのかという思いもありますが、楽しんでいただけたら幸いです。
PC版がそろそろ出ますが、ミルファシナリオはあまり期待できそうにないですね。もっともイルファさんのエロCGがフライングしたという話は聞きますが。
「初音のないしょ」ならぬ「ミルファとおるすばん」っつーようなファンディスクでも出てくれば嬉しいですが、無理でしょうな。
では。