「久しぶりだなあ、ここに戻ってくるのも」
古びた扉の前に立ち郷愁の念なんかに浸ってみる。
美神さんとこ辞めて二年と半年位か、辞めてからは妙神山に住み込みで修行してたから、三ヶ月に数回使うか使わんかだったからなあ。
でも、これからはこの部屋でまた生活できる、感慨にふけりながら、扉を開け中に入る。
一応危険が無いかを確認してから、部屋に入り電気を点け、居間を見渡す、その光景を見て、思わずため息をついてしまう。
居間の真ん中に置いてあるちゃぶ台は綺麗なもので、畳なども人が住んでいないのにも関わらず痛んだ様子も無い。
主が長い間居なかったなんて嘘のような在り様だ。
俺が居ない間の管理をしてくれている、おきぬちゃんや小鳩ちゃんそれにシロ達には本当に感謝が尽きない。
美神除霊事務所を辞めるとき、妙神山に住み込むから、ここの部屋は引き払うと言ったとき、おきぬちゃんが、
「横島さんが居ない間の部屋の管理は私に任せて下さい、その代わり偶にで
いいですから、帰って来て下さい」
なんて言ってくれて、始めは遠慮したんだけど、俺も日常の象徴として残して置きたかったから、お願いしちゃったんだよな。
それで、家賃の話になったら美神さんが、
「それなら、家賃は私が払ってあげるわ」
なんて言うもんだから、事務所中パニックになって、天変地異の前触れかーなんて叫んだら、鉄拳制裁くらって、あれは特に痛かったなあ。
シロとタマモも、
「拙者も先生の家を護るでござる」
「私は横島が、いつ帰ってきてもいいように非常食置いといてあげるわ」
って言ってくれるし、人口幽霊一号まで、
「貴方への扉はいつでも開いています、ですから今後とも気兼ね無くいらっしゃて下さい」
とか言ってくれて、みんなもそれに頷いてくれるから、ほろりとくるし、あの時の感動は俺の感動シーンベスト3には入っている。
そのあと、熱くなった目頭そのままにお礼を言ったら、みんな急に顔を赤くして俯いちゃって、
その時の美神さんのあまりの無防備さに、ついお約束して、美神さんもお約束を返してくれて、本当に懐かしい。
俺が懐かしさに頬を緩めていると、コーンとちゃぶ台の上に置いてある可愛らしい狐のタイマーが三分経ったことを教えてくれた。
タマモ愛用のタイマーと同じ物らしく、いつの間にか置いてあったので、ありがたく使わせてもらっている。
びりびりと非常食のふたを開けると、湯気とお揚げの香ばしい匂いが食欲を駆り立てる。
ずるずると麺をすすり、熱熱とお揚げを食べ、ずずーとスープを飲み干す。
ふー、ごちそうさまでした。
一応自分でも料理は出来るんだが、置いてある非常食を食わんと帰ってきたって感じにならねーんだよな。
窓際に行き夜空を見上げる、季節は冬でさらに深夜だからか、こんな場所でも星がよく見える。
もうすぐ二十歳か、あの選択をしてから早三年、高校を辞めて妙神山で修行し、神魔間のデタントを護るために奔走した三年間。
まったく、俺の青春返せっちゅねん。
でも仕方ねえか、ルシオラを見捨ててまで選んだ世界なんてものを、柄にも無く護りたいなんて思っちまったんだから。
しかし拙いな、俺が夜空を見上げて感慨に耽るなんて、下手したら壊れ指定ものだぞ。
でも今日くらいはいいか、この前こなした依頼で漸くデタント崩壊の危機も一時的ではあるが去り、とりあえず日常に帰ってこれたんだから。
まあ、昨日までやってた酒宴の騒ぎ疲れ、それに一人の時間が取れなかったせいでもあるな。
さて、もういい時間だし寝るかな。
夜空から目線を外し、布団を出そうと立ち上がると、瞬間首筋を舐めあげられた様な悪寒が走った。
あー畜生、俺の日常回帰はお預けかよ、周囲に緊張を張り巡らせ生唾をごくりと飲み込む。
この手の勘は外れたことが無いし、これがなければ俺はとっくの昔に死んでいただろう、故に油断は出来ない。
神魔の過激派だろうか、だとしたら拙い、いくらこのアパートが霊的結界で守られていようと、被害はま逃れない。
自分の迂闊さに臍をかむ、何の為にここから離れたと思っている、こういう事態を起こさないためだろうが。
どうする、文珠で転移するか?だめだ俺だけが狙いならともかく、相手が全く判らん状況でこの場から居なくなるのは早計過ぎる。
かちかちと時計の秒針の刻む音がやけに耳に響く、ちらりと時計に目をやると、日付は二月一日になり、時刻は一時を指そうとしていた。
動くかまだ待つか、汗がつうと額から流れ落ちる。
時間は一分も経っていないが、もう五分は経ったように感じる。
もう一度ごくりと喉を鳴らす、その時かちりと秒針以外の音が聞こえた、一
時になったみたいだ。
その時刻に合わせるようにして、居間に異常が現れる。
目の前の中空に一本の線が入ったかと思うと、まるで眼を開くようにして広がり、遂には完全な円となり、直径1m程の円形の窓の様になった。
出現した窓を霊視する、黒一色の窓に複雑な魔方陣が薄らと描かれているのが視える。
どくん、何なんだこの違和感、窓の向こう側から呼ばれているような感じ、どくん、どくん、今すぐ文珠を使い転移しろと勘が告げている。
どくん、どくん、どくん、早くここから離れろと、うるさいほど警鐘が鳴り響く。
ぞくっ、やばいと思ったときには遅かった。
窓に描かれた魔方陣が光ったかと思うと、凄い力が俺の体にかかり、窓の中に引っ張り込もうとする。
えーと、多分あの魔方陣の効果は、召喚または送喚であり、仮にこのまま発動したら、見知らぬ所にぶっ飛ばされる可能性大です。
って余裕かましてる場合じゃねぇー、やばい、やばい、やばい、何がやばいかって、肉体じゃなくて、霊体だけが引っ張られているとです。
肉体ごとならともかく、霊体だけが飛ばされて肉体からの霊力供給が無くなると、ぶっちゃけ死にます。
文珠を使おうにも、文字を入れるのに集中した瞬間ぶっこ抜かれそうです。
つまり、絶対絶命の大ピーンチ。
どうする、このまま我慢して助けを待つか?
却下、そもそも今日は一人にしてくれと言ったのは俺、助けは見込めない。
なら、答えは出てる、少しでも霊力を保持した状態で突っ込み、活路を見出す。
くそー、みんなとの楽しい日常はまたしばらくお預けか。
俺は目の前に浮かぶ、魔方陣の先を睨みつける、みとけよー絶対帰ってきて日常を謳歌しちゃるからな。
覚悟は出来た、それなら後は突っ込むだけだ。
双文珠を出し念を込める、集中した分抗う力が弱まり、ずるずると肉体から引っ張り出される。
今はそんなの無視して念を込める、込める念は単純、複雑なイメージなんて必要ない、たった一言それだけを込める。
よし出来た。もう留まるのも限界っぽい、込める念が単純じゃなかったら込めれなかっただろうな。
それじゃ、双文珠に込めた誓いを言葉にしてから行こうかね。
「絶対、帰ってくる」
言って、留まるための力を抜き、自分から魔方陣に突撃する。
そして、俺は運命に出会う。
あとがき
はじめまして、九十九と申します。
横島君の行き先は、タイトルからも解るように、ばればれですね。
この話は前々から構想自体はあり、この度ついに投稿することにしました。
皆様のような素晴らしい作品には遠く及びませんが、
完結目指して頑張ろうと思います。
何分始めての試みなので、至らない点が多々出てくると思いますが、
その時は、ご指摘のほどお願いします。