<横島side>
「NOOO―――――――――――――――――!!!」
場所は再び裏路地
ドラム缶ロボなら通れないのでは? と淡い期待をいだかせた狭い通路に間抜けな悲鳴がこだまする
横島はオリンピック選手も真っ青な逃げ足を弱めずにそっと後ろを振り返ってみた
希望は見事にうち砕かれ、暴走した清掃ロボは後方約五メートルをホコリに空き缶はたまた壁に貼られたポスターまでもを跡形もなく取り除き、ありとあらゆる物を飲み込むモンスターのように『掃除』という名の破壊活動にいそしんでいる
ただし、横島を猛烈な勢いで追いかけながら
清掃ロボが通ったあとは鏡のようにピカピカに磨き上げられているので、おそらく人間が『掃除』されてしまうと、このロボットにかかれば肉片一つ残らないだろう
「どーせ俺は汚れた人間ですよーだ、ちくしょう!」
そんな横島の声に反応したのか、掃除の鬼と化している清掃ロボはモップを固定している四本のアームの内の一本を動かした
機能性重視の無骨なロボットアームはモップでピカピカになった裏路地に転がっていたある物を拾う
それは―――
『ゴキブリを二秒で殺す殺虫剤(試作品)』
「って、俺は害虫かあぁぁぁーーーーっ!」
ブシュゥゥッ、と問答無用で噴射されたスプレーはまっすぐに横島へと飛散する
「ぎゃぁぁあ! 目に、目に入った! ガホッ、ゴホッ、喉が焼けるーッ!!」
特有の刺激臭が鼻をつらぬき、目がジクジクとしみて涙で前が見えないなか、横島はどうにかモクモクと立ちのぼる化学薬品から抜け出した
若干足下がふらつく、身体の頑丈さには自信がある横島もこの殺虫剤にはかなりこたえた
いや、むしろ殺虫剤だったからこそここまで効いたのかもしれない、と日ごろの生活態度のせいで自身の体質が黒い節足動物の同居人に近づいていることに戦慄してしまう横島だった
―――ヴンッ
重く、風を巻き込む音
とっさに後ろを振り返る。涙でぼやける視界にうつったのは、掃除の鬼と化した清掃ロボがこの世から横島を『掃除』するべく振り殴ったモップだった
避ける、なんて出来るはずがない、そもそも一振りで一面のホコリを究極的なまでに取り除くのだ。その動きも速さも人間の目で捉えきれるようなものではない
案の定、人をも殺せる鈍器となったモップは風のうなりとともに横島の腹へ直撃した
とある文珠と霊能少年 第四話
序章の四 魔神殺しの少年のお話 The_Mazinn−Breaker
<横島side>
「がッ、ハ・・・!」
腹が貫通するのではないかというほどの衝撃に肺の中の空気が無理矢理ひねり出された、身体に回るはずだった酸素が無くなったせいで力が抜ける。モップにはさらなる力が加えられ目の粗いコンクリートの壁に横島を叩きつける
反射で頭をかばう、しかし全ての衝撃は殺しきれず、ガツンと強打した背中に激痛が走った
「ぐぅッつ! 危ねぇっ!」
そこに加えられる第二、第三、第四、の攻撃
横島はアスファルトに飛び込み、まるで地面に杭を打ち付けていくように振り下ろされたモップを転がるようにして避ける
だが、そんな横島をあざ笑うかのようにさらなる追撃が襲いかかる
四連撃
横島の左右にくり出される第一、第二の攻撃が牽制の役割を果たし、第三の攻撃が回り込むように動いて逃げ道をふさがれる。そして、本命の第四の攻撃が横島の命を刈り取る死神の大鎌のように振り下ろされる
四本の腕があるからこそ可能な、人にあらざるモノの攻撃
「さ、サイキックソーサー!!」
横島は地面に転がったまま、とっさに霊気の盾をかざしてその四撃目を防いだ、支えている腕がギシギシと悲鳴をあげるがどうにか持ちこたえる
今のは危なかった、もしあと数瞬ガードが遅れていたら、カボチャ程度の強度しかない人間の頭など木っ端微塵にふきとんでいただろう
最悪の想像を振り払うために手のひらの角度を変え、モップに加えられた力のベクトルをそらす。不意にバランスを失ったモップは重い音をたてて首のすぐ横の地面にめり込んだ
「く、くらえっ!」
そして、横島は防御に使っていたサイキックソーサーをそのまま投げつけた。文珠のない現在で使える数少ない攻撃手段のなかのさらに数少ない遠距離攻撃、しかし霊気を凝縮した堅固な盾は雑魚霊なら一発でしとめる威力を持つ
横島と清掃ロボの距離は一メートル弱、重たいドラム缶の機械は避けることも出来ずに直撃―――
―――直撃しない
清掃ロボはまるでハエでも追い払うかのようにあっさりと、本当にあっさりとサイキックソーサーをモップではじきとばした
「なっ!・・・」
絶句する横島、サイキックソーサーが通じないということは文珠を除いた遠距離攻撃ではダメージを与えられないことを意味する。となると残された選択肢は霊波刀か栄光の手〈ハンズ・オブ・グローリー〉に頼るしかない
でも勝てるのか?
あの四本の鈍器を相手に接近戦で勝てると断言することが出来るのか?
死への恐怖にゾクンと背筋が凍る
清掃ロボの『掃除』は続く、三回の攻撃の後の必殺の一撃。典型的な、しかしだからこそ確実に相手をしとめる四連撃
「つッ! くおらぁあ!!」
横島は素早く跳ね起き、強引に身体をひねって後ろに跳びさった。無茶な動きのせいで足に強烈な負担がかかるが、前頭部の三センチ前を通り過ぎたモップのことを考えれば正しい判断だっただろう
次の『掃除』に備えて何時かのテレビで見たうろ覚えのボクシングの構えで右手にサイキックソーサーを展開する横島。これで戦闘能力が飛躍的に上がるとはさすがに思わないが、せめて防御力ぐらいは上がってほしかった
だが、以外にも清掃ロボはバックをして横島から十メートルほど距離をとった
暴走が止まってくれたのなら嬉しいが、依然として白い煙が噴き上がっているところを見るとそんなあまい願いは通じないらしい。おそらく熱を持ったモーターを冷まして次の最強最速の四連撃で勝負をつける、というのが妥当だろう。
ここまでイカレたロボットだと呆れを通り越して笑えてくる
横島は思わず天を仰いだ。表通りでは眩しかった月の光も狭くてホコリっぽい裏路地には入ってこない
自分は一体何をやっているんだろう、と思う。思い返せば見知らぬ街に飛ばされたり二時間も裏路地をさまよったりと散々な目に遭っている気がする
というか、明日から夏休みじゃなかったのか?
「最悪な夏休みになりそうだな・・・」
そう言わずにいられない
清掃ロボは十分な休憩がとれたらしい、横島が薄暗い裏路地に顔を戻したときには白い煙を上げながら横島に向かって走り始めていた
薄暗い裏路地の向こうから迫り来るのは四腕の化け物
次の攻撃をくらえばまず間違いなく死ぬだろう、臨死体験は何度もしたことがあるからよく分かる
けれど、死ぬつもりなど毛頭ない、そんなことをしたら彼女に失礼だ
脳裏に浮かぶのは自分を愛してくれた魔族の女性、その彼女から貰った命はドラム缶にくれてやれるほど安くはない、もとより――
――――童貞で死ぬなんて論外だ
「・・・金はないから弁償しねえぞ! サイキックソーサー!!」
振り上げた右手にあるのは青白い光を纏う六角形の盾サイキックソーサー、横島はそれを思い切り投げつけた
清掃ロボに、ではなく、その手前のアスファルトに
ドン、とサイキックソーサーが爆散した、裏路地の薄いアスファルトの細かい破片が弾け、舞い上がった土煙が視界を遮る煙幕となって裏路地一帯にたちこめる
月の光が無くなった暗闇の中、清掃ロボとの戦いは二ラウンド目に突入する
反撃開始の狼煙とともに
<横島side>
横島がおこした土煙は清掃ロボの目を潰すためのものとしては失敗だった
暗視機能も搭載された高性能カメラは土煙によって五十センチ手前しか見えない状況であってもピストルの弾でさえはじきとばす伝達回路とシステムを備えている
仮に、横島がメージャーリーガーの凄腕ピッチャーであっても、サイキックソーサーは本体にとどく前に全てモップで防がれるのだ
感情のない機械は煙の中で無様にあがく人間に再度カメラの標準をあわせて直進してくる
だが、横島もそんなことは百も承知だ。最初から土煙には目潰しの役割は期待していない
土煙の役割は
わずかな月明かりを遮断して裏路地を完全な暗闇にすることだ
「サイキック猫だまし!」
パァン、とはぜるような音と共に生み出されるのは強力な閃光、相手が人間ならば思わず目をおおっていただろう。しかし、相手が人間ならばだ
当然人間ではない清掃ロボには大した変化も見られず、横島へ最強最速の四連撃をくり出す
それに対して横島は後ろに跳び退くだけ、清掃ロボにとってそんな行動は悪あがきにしかならない
はずだった
目で追えないほどの、常人では知覚すら出来ないほどの速度で振られたモップは横島の十センチ手前で空をきる
懲りずに清掃ロボは再び四連撃をくり出した、けれども全ての攻撃は横島の手前で振られてゆく。まるで、見えない敵と戦っているかのように
「むははははっ、カメラ潰し成功! どんなにハイテクだろーが処理できる情報の量には限界がある。対女子更衣室の監視カメラ用の知識がこんな時に役に立つとは!? 俺って時々すげーっ」
サイキックソーサーでつくり出した暗闇によってカメラの感度を限界ギリギリにまで上げさせてそこにサイキック猫だましの閃光をたたき込む。真っ昼間でも眩しい強力な光は、いとも簡単に受光量の限界をオーバーさせて奥に潜む視覚伝達回路を焼き切ったのだ
いささか不純な動機で身につけたスキルだがこの際それはおいておこう
「これで反撃をくらう心配はなくなった。いくぜ、霊波刀!」
横島は右手に纏った栄光の手を霊波刀に変化させ、その場で暴れることしかできなくなった清掃ロボを斬りつける
ギャインッ、という金切り音と共に清掃ロボの薄い鉄板を強引に二つのピースに引き裂いた
「ふっ、またつまらぬモノを斬ってしまった」
カッコつけて言ってみたが、あいにく誰もいない裏路地でホコリにまみれた状態ではマヌケそのものだ、ドッと疲労感に襲われた
ともかくどうにか助かったようだ、横島はぷはーっと息を吐き出しながらズルズルと腰を下ろす。全力疾走した上に霊力も使ってクタクタだ、もう指一つ動かしたくなかった
―――――パチパチッ
ギョッとした。闇の向こうで清掃ロボの残骸の一つが火花を生み出している
―――――バチバチバチバチッ
さらにもう一方、もう片方の残骸にも青白くはじける火花が音をたてて噴き出す
―――――バチバチバチバチバリバリバリバリッッッ
張り裂けるような音と同時、左右から闇を引き裂くように、うねる大蛇のようにいくつもの花火が縦横無尽に暴れ回る。先程の戦闘で体力を奪われた横島はこれ以上逃げることが出来ない
「やっぱりこうなるのか――――――――ッ!!」
横島が何とか叫んだ後に
清掃ロボの燃料炉と激しい火花が激突し、一つの巨大な爆弾と化して大爆発を巻き起こした
更新が遅くなってすみません
皆さまに忘れ去られていないか心配な牛丼好きのピエロです
今回は戦闘シーンの練習的な意味合いを込めて作りました
横島の戦闘能力はこれぐらいです。横島最強、文珠で一掃! というのも面白いと思ったのですが、原作のパワーバランスを考えて力押しよりもセコイ策略で勝つような感じにしていきたいです
ここで登場した清掃ロボはオリジナルのモノです、とある大学の試作品でアクシデントに弱い、というどうでもいい設定があったりします
そして、ついに次の第五話では今まで沈黙を守ってきた『アノ方』が登場します。更新が遅いですが楽しみにしていただけたら幸いです
ちなみに、後日通報を受けた風紀委員の転移能力者が清掃ロボを弁償させるために赤いバンダナ少年を追いかけ回すという逮捕劇が学園都市で繰り広げられたりられなかったり・・・・・・
機竜様
感想ありがとうございます
緊迫した戦闘描写が伝わっていたようなのでかなり嬉しいです
法師陰陽師様
このSSは原作と同じ時間軸で進めてゆく予定ですので、もう少し話が続きます
ですが、横島が禁書目録世界の人々と深く関わり出すという意味では実質的には序章は終わり(のはず)です
なるべく早めに更新したいのですが月末は忙しいのでのんびりと待っていて下さい
ピーマン様
暴走した機械は強い(あと最後には必ず爆発)というのは私の持論です。普通の清掃ロボではあっさり勝ってしまって面白くなさそうだったので腕を何本か付け加えてパワーアップさせました
感想ありがとうございます
黒夢様
返事が遅れてすみません
>掃除ロボがこんなに強いSSを見たのは初めてでしたので楽しめました
やりすぎかな〜、と思っていたのですが意外に好評(?)なので非常に嬉しいです
谷境のララバイ様
お褒めにあずかり光栄です、自分の中で勝手に師匠と仰いでいる谷境のララバイ様からそう言っていただけると心強いです
月一更新・・・・・・難しいかも・・・・・・
のんびりと待っていただけると幸いです
雷帝様
>さすがにこれで壊した事で弁償を請求される事はないと思います
うっ、しまった! と内心冷や汗・・・
プロットなんて禄に書かずにテンションオンリーで書き上げているので、このような理詰めのご指摘は非常にありがたいです
文珠についてですが、序章が終わればバンバン登場します。ただし、力押しの『爆』や『滅』などは極力使わないつもりです
楽しみにしてくださってありがとうございます。年内に更新できるか微妙ですががんばらさせていただきます