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「幻想砕きの剣 5-3(DUEL SAVIOR)」

時守 暦 (2005-09-07 19:09)
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「で、説明してくれるんでしょうね?
 一体何をどうやってあの聖水をパワーアップさせたのか」


「……まぁ、知られて困るような事でもないからいいけどよ…」


 リリィのプレッシャーを上手く受け流して、大河は踊り場に座り込んだ。
 休憩も兼ねて、しばらく腰を落ち着けることにする。
 ナナシが大河によりかかった。
 リリィの眉が少し動いたが、彼女は何も言わない。


「あれが何かって言われると……話がちょっと長くなるぞ。 いいか?」


「構わないわ。
 私は完全回復してるけど、アンタ達は違うでしょう。
 休憩の片手間にでも説明してよ」


 大河は一つ息をつくと、懐から封筒を取り出した。
 いうまでも無く、アシュタロスに貰ったエネルギー塊を包む封筒である。
 それをリリィに手渡した。
 開けて中を見ようとするリリィを慌てて制止する。


「これは?」

「質問に質問で返すが、何だと思う?」

「ラブレターじゃないわよね」

「欲しいならラブレターどころか、もっと濃い愛の証を注いでやるが。
 それはそれとして、その封筒の中身、何だと思う?
 封筒を開けずに答えてくれ」

「?」


 リリィは疑問符を浮かべながらも、封筒を弄り回した。
 封筒は透かして見れないので中身が何かはわからないが、固形物が入っているのは解かる。
 ちょっと大き目の小石くらいの大きさで、弾力はそれなり。
 目を閉じて魔力の類が感じられるか探ってみたが、魔力自体は感じられない。
 しかし、封筒の中から強い圧迫感を感じる。


「これは……魔力じゃないけど、強いエネルギーが入ってるわね。
 しかも私にも把握しきれないほど強大なエネルギー……。
 これ、何なの?
 こんなエネルギー、聞いた事もないわよ」


「それは後で答える。
 ちょっと封筒を貸せ」


 大河はリリィから封筒を受け取ると、両手で挟みこんで目を閉じた。
 ブツブツ口の中で呟く大河を訝しげに見るリリィ。
 構わず暫く続けて、大河は再び封筒を渡した。


「さて、それは何でしょう。
 もう一度調べてくれ」


 大河に言われたとおり、先程と同じ検査をするリリィ。
 大きさも弾力も変わらない。
 しかし、ただ一点だけ大きく変っている事がある。


「これは……魔力!?
 バカな、さっきまでは確かに得体の知れないエネルギーだったのに…それに、こんな術式も何の仕掛けもなさそうな封筒に魔力を留めるですって!?
 有り得ないわ!
 魔力を一点に留めるには、使い手による制御か魔法陣による仕掛けが必要なのよ」


 拡散する事なく、ただ静かに凝固している魔力の塊。
 反射的に封筒を開け、中身を覗き見た。
 今度は大河も止めない。

 封筒の中には、視認する事も可能な程の密度を持った魔力が渦を巻いていた。
 一流と呼ばれる魔法使い100人が、一生掛けても搾り出せない程の魔力量である。
 これだけの量があれば、フローリア学園全てを吹き飛ばすのも簡単だろう。
 それが相互干渉する事もなく、紙切れの中に納まっている。
 リリィのどんな知識を以ってしても、この現象の説明は出来ない。

 大河がリリィの手から封筒を取り返す。
 リリィはそれに気付かないほどに驚愕していた。
 封筒を取り返した大河は、もう一度封筒を両手で挟んで何事か呟き、懐に仕舞い込んだ。


「リリィ、リリィ。
 聞こえるか?
 これから説明するぞ〜」


「え? あ、ああ…」


 まだ意識が飛んでいるようだが、大河の呼びかけで戻ってきた。
 ちょっとショックが大きすぎたかと思ったが、これから話す事に比べれば生ぬるい。


「基礎的な事実から話を展開させていくぞ。
 ここ、根の世界アヴァターからは、幾つもの世界が派生している。
 だから、派生された世界にある物は全てアヴァターにも存在する。
 ここまで間違ってないよな?」


「……ええ、そうね。
 でも一応補足させてもらうけど、全ての物がアヴァターにあると言う訳ではないわ。
 成長した木を思えば理解しやすいと思うけど、根には葉っぱや実は無いでしょう?
 同じようにアヴァターに存在しなくても、それぞれの世界から派生している物はあるの。
 アヴァターには無いけど、アヴァターから派生した世界には存在する物も幾つか確認されているわ。
 本質的には結局同じ物みたいだだから、発展か進化した物だと思えばいいわ」


「そうなのか?
 でもまぁ、大筋は合ってるよな。

 俺の世界では、魔力の類は存在しなかった。
 ひょっとしたら存在してたのかもしれんが、どうもアヴァターで言う魔力とは違うらしい。

 ではここで問題です。
 俺の世界では魔力は『存在しない』。
 ならば、もしリリィが俺の世界に来て『魔法を使おうとしたら』、どのような結果になるでしょう」


 リリィは虚を突かれて考え込んだ。
 想像どころか、そのような事を思いつきもしなかったからだ。
 アヴァターには魔力がある。
 彼女の居た世界にも存在した。
 だから魔法が使える。
 しかし、アヴァターから派生した世界の中には魔力や魔法が存在しない場所もあるのだ。

 ならば、魔力が無い世界で魔法を行使しようとしたら?
 呪文を唱えても何も起こらない?
 いやいや、魔力は無くてもマナは世界に満ちている。
 使おうとして使えない事はないだろう。
 そもそも魔力とはマナと密接に結びついた、個人の持つエネルギーの一面でもある。
 仮に世界を移動した所で、魔力が消える訳ではない。
 しかし魔法とはある法則に従って魔力を動かし、それによって効果を発揮する技術。
 もしその法則その物が違っていれば、発動するかどうかすら怪しい。
 考えあぐねた挙句、リリィは仮説に仮説を重ねて結論を出した。


「………これは根拠が殆ど無い、空想や妄想に近い結論だけど……意図した魔法とは全く別の効果が出ると思うわ。
 魔力の認められていない世界に行ったとしても、私自身が保持する…発生させている魔力は消えない。
 何かしら魔力を使えば影響は出るだろうけど、魔法に関連している法則がガラリと変わっていればその効果は全く違ったものになる…んじゃないかな」


 リリィはそれ以上の推論は出来なかったようだ。
 それも証拠も根拠も無い想像を結論にするしか出来ず、かなりも不満が残っている。

 それを見て大河は、予想通りだとばかりに頷いた。


「間違ってはいない。
 例えば空気が無い世界に行っても空気自体はなくならない。
 分解されて消えるのがオチだけどな。

 が、それは確固とした性質と呼べる物を持った物質の話だ。
 魔力のように状況次第で幾らでも質が変わり、明確な定義を受けていない物だと話は違う」


「どうなるって言うのよ?」


「エラーが起きるのさ」


「はぁ?」


 何を言っているんだこのバカは、とリリィは顔に出す。
 言い方が悪かったと大河は少し考え込み、壁に5本の横線を書いた。
 その隣に、今度は6本の横線を引く。
 六本の世界の方に手を置いて、大河は説明する。


「この線の一本一本は、世界を形作る法則だと思えばいい。
 6本の方がアヴァターだ。
 例えばこの一番上の線は物理法則。
 2番目の線は数学の法則。
 3番目の線は時間の流れ、といった具合だな。

 そして、それはこっちの…」


 大河はもう一方の線…5本セットの方だ…に手を動かした。


「こっちの世界でも変わりない。
 しかし、この世界では一本だけ線が少ない。
 それは世界を構成する法則や要素が、アヴァターよりも少ない事を意味している。
 その要素…一番下の6番目の線は、魔力の存在を表す。
 ここまでOK?」


「……ええ、理解できるわ。
 一応アヴァターの中では常識の範囲内だものね」


「結構。
 んで、リリィがアヴァターからこの世界に移動するとだな…」


 線を横に結んでいく。
 物理法則を表した線同士を結び、数学の法則を表した線同士を結び、5本目まで結んだ。


「このように、アヴァターを支配する法則から、こっちの世界の法則の下にシフトする事になる。
 しかしここで問題が一つ。
 6番目の法則……魔力の存在を表す線は、どこに結べばいいのか?」


 授業よろしく指を突き付けられたリリィは、暫く考え込んだ。
 つまりこれが大河の言う所の『エラー』なのだろう。
 数学の問題を解いていたら、突然意図しない全く関係のない数字が放り込まれ、『これを使って問題を解け』と言われた様なものだ。
 自分ならどう対処するか?


「6番目の線は……消えていくか、他の法則に繋がれるかだと思うわ。
 そっちの世界に6番目の線を強引に生み出す、なんて事もあるかもしれないけど…人間一人移動しただけで、そこまでの大変動が起こるとは考えにくいもの」


「ハイ、リリィちゃん大正解」


「誰がリリィちゃんよ」


 リリィの抗議を黙殺して、大河は続ける。


「その通り。
 存在しないモノが捻じ込まれた世界は、その帳尻合わせというか、バランスを保とうとする。
 大抵は捻じ込まれる前に消失するんだが、入ってくるモノだって結構あるんだ。
 ヘタに世界を構成する要素を増やすと、何処で歪が出てくるか解かったもんじゃない。
 ある程度は耐えられるけど、それが長引けば世界のバランスが崩れかねん。
 ならば、どうすれがバランスを取れるのか?
 その答えが……これだ」


 大河はアヴァターの法則を表す6番目の線を、もう一方の世界を現す法則の一番上の線に繋げて見せた。
 それを見て、リリィは大河が何を言わんとしているのか理解した。


「魔力…その世界には存在しないエネルギーを、既存の何かに変換してしまうって事?
 例えば熱や電気に変えてしまえば、世界の負担は最小に近い…」


「そういう事だ。
 だがすべてが変換されるわけじゃない。
 そのまま入って来るモノもある…コレみたいにな。
 だからもし魔法の無い世界で魔力を使おうとしたら、変換された何か…熱や電気を利用した現象で、間接的に魔法を完成させなきゃならない。
 勿論、熱と魔力の性質は全くの別物だから、魔法を使うのに必要な法則も違う。
 ムリに魔法を起動させようとすれば、全く違った性質に従って動き、リリィが予想したように意図した結果とは全く違う現象が起きるだろうな」


「なるほど……」


「ちなみにもし魔力が熱に変換されるとして、リリィが俺の世界に来ると体温が大変な事に…」


「な、なるほど…」


 リリィは思わず納得した。
 理路整然と話す大河に違和感があったが、知識欲のためか大河の話にあっという間に引き込まれ、魔法使いとしての興味を満たそうとしている。
 自分が教えられている相手が、『あの』当真大河だと言うことも気にならない。
 しかし、リリィはふと我に帰った。


「でも、それが何の関係があるの?
 それで聖水を神水と呼べる程にパワーアップするなんてムリだと思うんだけど」


「それをこれから説明する。
 いいか?
 この結ばれた6番目の線だが、魔力を変換するという意味なのは理解できたな?
 しかし、これは実際には何に変換されると思う?」


「何って……それは…色々、としか言いようが無いわね」


「うむ、全くもってその通り。
 熱に電力、光に音、極端な事を言ってしまえば、どんな物にでも変換できる。
 物質に変化させるのは難しいから、やっぱりエネルギーになる事が多いな。

 ならば……1の量の魔力が、どれだけの量に変換されるのか?
 10の量の魔力は、やはり10の音にしか変化しないのか?
 それとも100の音に変換されるか?
 いやいや、ひょっとしたら1にしかならないかもしれない」


「その比率は変換する本人…というか、世界が決める事じゃないの?」


「それも間違ってはいない。
 が、それを自分で決める技術が存在する。
 異なる法則との結び付きを定義して、他の世界にある存在をこの世界に引きずり込んで変質させる。
 それが俺の切り札……聖水を神水にまで高め、凍りついた通路を溶かす熱気を作り出した『連結魔術』だ。
 あんまり大っぴらに使うと、世界に負担を掛けすぎてこっちが排除されかねないけどな」


「連結…魔術?」


 リリィは聞いた事も無い名前を反芻した。
 大体の理屈は理解できる。
 恐らくアヴァターには無い物質…というか先程の封筒に入っていたエネルギー…を何に変換するのか決め、またその倍率も決める物なのだろう。
 これで氷を溶かした熱を生み出し、聖水の中に癒しの魔力をストックした。
 あのエネルギー塊が何なのかは知らないが、あれ程の魔力に変換できるのだから、聖水に篭める癒しの魔力を量産する事も不可能ではない。
 どれだけの倍率で変換したのかは知らないが、充分すぎる程の量があった。

 しかし、リリィはそこでハタと気付く。


「ちょっと待って。
 それには根本的におかしい部分があるわ。
 だって、ここは根の世界アヴァターなのよ?
 ここから派生した世界にある物は、全てこのアヴァターに存在する。
 さっきは存在しない物もあるとは言ったけど、それも本質的には同じ物。
 根っ子が同じなんだから、エラーは起きないんじゃない?
 大河が言っている理屈だと、アヴァターに無い物…エネルギーが必要なんでしょ?
 そんな物は存在しないわ」


 確かにリリィが言っているのも事実である。
 大河の連結魔術は、全ての法則が存在する世界では使えないのだ。
 細工をするエラー部分が発生しないのだから、連結魔術の使いようが無い。
 しかし、そんな世界は今までにお目にかかった事もない大河だった。


「リリィ、一つ聞くぞ。
 アヴァターをさっき木に例えたよな。
 なるほど、確かに根っ子は一本の木に一つだ。
 枝分かれしてるけど、それを纏めて一つだな。

 じゃあ、木は一本だけしか存在しないのか?」


「…………まさか…アヴァター以外にも、根の世界と呼ばれる世界は幾つも存在する、とでも言う気?」


「大正解〜!
 やけに理解が早いじゃん」


 困惑しながらも、妙に納得した表情をしているリリィ。
 大河は説明が早いのは助かるが、何故こうもあっさり理解するのか不思議に思う。
 しかしリリィはあっさり言い切った。


「だって、私もアヴァターに初めて時には似たような事を考えたもの。
 全ての世界の根本、なんて言われるよりも、全く別の世界だと考えた方が理解しやすいじゃない?
 世界は広いんだから、このアヴァターだけから派生しているとは思いにくいからね。
 …それに実を言うと、今でもここが全世界の根本だって事も実感してないし。
 そもそも、ここが『根の世界』だって事を体感した人間なんていないと思うわ。
 この星が青くて丸いと、自分の目で見た人間が殆ど居ないのと同じよ」


「……そりゃまあそうだが」


 でも何となく納得行かない大河だった。


「で、結局そのヘンなエネルギーは何なの?
 アヴァターには存在しないエネルギーだって言うのは解かったけど、とんでもない量だったわ。
 そのエネルギーの半分でもあれば、山一つくらい簡単に吹き飛ばせるわよ」


「ああ、これは……なんつーか、バイト仲間の贈り物…というか押し付けられた物だよ。
 俺達にしてみればとんでもないエネルギー量だけど、そいつは…アシュタロスっていう魔神だ…根本的に生命としての在り方が違うというか、グレードが違うと言うか……ソイツにしてみれば、こんなの大した力じゃないらしい。
 魔力は魔力だが、どうもこの世界の魔力とは根本的に別物みたいだな…」


「魔神!?
 アンタそんなのと付き合いがあったの!?」


「悪いヤツじゃなかったぞ。
 ちと問題のある性格をしてたが……」


 物言いたげなリリィを制して、大河は横たわった。
 久しぶりに連結魔術を使ったので、脳に結構な負担がかかったらしい。
 今更頭が痛くなってきた。
 世界と世界の法則を結びつけるには、膨大な演算が必要になる。
 慣らしも無しに術を使ったので、反動が想像していたよりも強い。
 要するに知恵熱が出ているだけなので、放っておけばすぐ治る。

 太ももの辺りにかかる、ナナシの重みが心地よい。
 ナナシは既に寝息を立てている。
 大河の説明には催眠音波が含まれていたらしい。
 大河は寝転んだままリリィに問いかけた。


「他に何か聞きたい事はあるか?」


 リリィは頭を抑えて目を閉じる大河を見て、無理に話させていいものかと逡巡したが、この際だから聞きたい事を一息に聞いてみる事にした。
 大河の頭に響かないように、極力静かな声で問いかける。


「じゃあ、幽霊達を成仏させていたアレは何?」


「………俺にも解からん。
 あの大剣にも、自分の意思で変化させられる訳じゃない。
 ……………ただ、今日の事で少しだけ解かった事がある」


 大河はぎゅっと手を握り、トレイターの周りを舞っていた青い光を思い出した。
 あの光は、おそらく死者達が変化したものだろう。
 成仏したとナナシから聞いたが、何故かトレイターに纏わりついてる。
 それが自分の意思ならいい。
 しかし、もし何らかの理由でトレイターに呪縛されていたら?
 そして無理矢理武器にされていたら?

 考えるだけでも胸糞悪い。
 しかし、大河はそれはないと確信していた。


「あの大剣は……幽霊達を相手にする時には勝手に出てくる。
 そして囁くんだ…。
『奴らを救え、トレイターはその為に産まれてきた』ってな」


 暫くして、大河の頭痛は治まった。
 元々それ程酷い症状ではなかったので、大事を取って休んでいただけである。
 動くのに大した支障はない。

 ナナシの頭をお手玉しながら、大河は踊り場から続く階段を覗き込んだ。


「それで、どうする?
 風の音とかからして、もうちょっとで最深部みたいなんだが」


「そこにオバケさん達を怖がらせてる、悪い子がいるですの!
 ナナシは〜、断固として突撃を主張しますの!」


 真剣な顔でお手玉されながら、ナナシは主張する。
 しかしリリィはそれを聞いて苦い顔をした。
 そもそもここまで来た事が予定外なのだ。


「ナナシ、ゾンビだからって何処までもノータリンな発言しても許されるわけじゃないのよ。
 お友達を助けたいのは解かるけど、今回は明らかに無謀な先走り以外の何物でもないわ。
 戦力差も考えずに自分独りで吶喊した挙句、階段を転がり落ちて眠ってるなんて、呆れて物も言えないわね。
 そこを敢えて言わせて貰うけど、アンタがやろうとしたのは私達を巻き込んでの自殺みたいなものなのよ!
 脳味噌腐ってるのは解かったから、腐れた脳味噌なりにもう少し考えて行動しなさい!」


「はぅ……しょぼ〜ん」


 ナナシにも無茶をしたという自覚はあるのか、リリィの叱責に小さくなる。
 自分は元から死んでいるのでそれほどシリアスに考えていなかったが、大河とリリィはまだ生きているという事を忘れていたらしい。
 流石に大河もフォロー出来ず、リリィの叱責を黙って見ている。
 体だけで正座しているのは、彼女なりの反省の現われだろうか。
 …しかし体はリリィの方ではなく明後日の方向を向いていたが。


「大体アンタは非常識なのよ。
 並外れた頑丈さがあるとはいえ、生気を吸い取る幽霊の団体さんの中に突っ込んでいくなんて正気の沙汰じゃないわ。
 幾ら体が頑丈でも、アンタの体を動かしている魔力を吸い取られれば終わりなのよ?
 一応聖水を被って幽霊達を遠ざけてはいるけど、それでも結構な数が寄って来たでしょうが。
 それが何だって無傷でここまで辿り着いてるのよ」


「あ、あの……オバケさん達は、殆ど遊んでくれませんでしたの。
 沢山のオバケさん達が来てくれた時も、みんないつの間にか消えちゃってたんですの」


「そんな事は関係ない!」


「はぅっ!」


 ナナシのささやかな抵抗を一蹴するリリィ。
 ナナシの抵抗は、むしろリリィに火をつけたようだ。


「幽霊が来ようが来るまいが、問題なのはアンタのその無鉄砲さなの!
 さっき言ったように、自分から死にに行ってどうするの!?
 そもそもアンデッドなのに太陽の下に出てくるわ聖水を被って平気な顔をしているわ、普通なら10回成仏しても不思議じゃない事をやってるのよアンタは!
 首や手足がパーツ形式なのは許容するとしても、何で体から離れても平気な顔して動かせるのよ。
 眠っていたとは言え100年以上もツルペタロリっ娘体型なんて狙ってるとしか思えないわ!
 そっちの趣味の大きいお友達を狙い撃ちにでもする気かしら?
 残念ながらダーリンこと大河にそっちの趣味は(多分)ないわよ、無駄な努力だったわね。
 エロゲのヒロインの中に一人はひんにゅーキャラが居るのはいつもの事として、それはリコが居れば充分なの。
 アンタはキャラが被ってるのよ!
 ついでにダリア先生も要らないわ。
 巨乳は戯画のメガネキョヌー6分の1の法則に従ってベリオだけで充分!
 決して私の順位がキャラクターの中で少しでも上がるようにしている訳じゃないの」


「おいエロゲって何の話だ」


『当真大河エロエロ救世主列伝ブラリ首血飛沫の中に芽生える泥沼の劇』
 具体的に言うとヒロインは未亜で、常に光物を懐にしてアンタに近寄る女を滅多切りにしようと企んでいるわ。
 濡れ場を演じる度に死人がアンタの枕元に送り届けられるの」


「ブラリ首!?
 出演してねえよそんなの!?
 愛憎劇どころか、めっさダイレクトにヤってるじゃん!
 ってーか、話が脱線してんぞ」


 キャラを貶める発言があった事を深く謝罪いたします。
 そもそもリコとナナシはキャラが被っていません。
 むしろ真反対ですな。
 ひんぬーきょぬーなだけでキャラが被ってるなんて言われたら堪りませんよ、ええ全く。

 何とか我に帰ったリリィは、言いたい事(叱責と本音?)を言い終えたのか、少しは落ち着いていた。
 叱られた上に謂れのない中傷をぶつけられたナナシは缶ビールくらいに変化して沈んでいる。
 ……ただしCMで出てくる、人間よりデカイ缶ビール並みに。
 叱られて巨大化するヘンなヤツである。
 大河が押しつぶされそうになっているが、それはスルーされた。


「ま、どっちにしろ進むんだけどね…。
 今から戻っても無事に帰れるかは正直賭けだし、この奥に何があるのか、是が非でも拝まなきゃ…」


 リリィの耳には、幽霊達の悲鳴がしっかりと焼き付いている。
 救世主という言葉で、途端に脅えだした幽霊達の声が。
 あの脅えようは一体何だったのか?
 まるで救世主こそが“破滅”であるかのような言われ方だったではないか。
 義母の期待に応え、救世主なり、そして世界を救う事……失った彼女の故郷のような情景を、もう二度と生み出さない事。
 それがリリィが必死で歯を食い縛り、過酷な道を選んだ理由である。
 その決意を無にするかのような、幽霊達の姿。
 救世主に怯え、恨み、拒絶する姿。
 絶対に認める訳にはいかない。
 もし認めてしまえば、きっと自分は崩れ落ちて動けなくなる。

 あの幽霊達が見た『救世主』とは何なのか。
 その答えは、恐らくこの先にある。


「救世主が……あんなに怯えられるわけがない!
 行くわよ大河!
 幽霊達をあれほど怯えさせている物が何なのか、この目で見極めてやる!」


 振り返って大河を見るリリィ。
 しかし彼女の目は点になった。
 振り返って目にしたのは、大河ではなく白いふさふさ。


「……髪の毛?
 …………大河、どこ?」


「………こ…こだ…」


 足元から潰れた声。
 見下ろすと、大河の手らしきものが白いふさふさの中から突き出していた。


「………えっと…ナナシは?」


「はぁい…なんですの」


「うぎょるっ!」


「う、うわあぁぁぁ!?」


 白いふさふさが一斉に動き、ぐるりと回転した。
 現れたのは、巨大化したナナシの頭である。
 その下で大河が呻き声をあげる。
 どうやらトドメをさしてしまったらしい。


「な、ナナシ!?
 アンタどうしてそんなに巨大化してんのよ!」


「リリィちゃん達に迷惑をかけたナナシが悲しいやら情けないやらですの…。
 ついつい涙を流し続けていたら、涙腺から出てきた涙が外に出ずに頭に吸収されちゃったですの〜。
 ナナシは悲しくなって泣いたら、巨大化しちゃうですの〜」


「乾燥ワカメかアンタは!?」


 要らん特技を持っているヤツである。
 これはナナシをゾンビにした何物かが意図してつけた機能だろうか?
 もしそうだったら、ユーモア溢れすぎてマッドな人物だったに違いない。

 何はともあれ、大河をこの下から引っ張り出さねばならない。
 しかしこれほどに巨大化した彼女を動かすのははっきり言って不可能だ。


「だ、大丈夫よ、解かってくれればもういいわ!
 私も大河ももう怒ってないから!」


「ホントですの〜…?」


「本当よ本当!」


「…でもナナシが情けないですの〜」


「いいから!
 最初は誰だってそうなのよ。
 アナタはもう学習したから、きっと次の機会には上手くやれるわ!
 だから早く元に戻って」


 食べられそうで怖い、という最後の一言は胸中に沈めて、何とかナナシを元に戻そうとするリリィ。
 そろそろ大河は危険っぽい。
 赤い何かが溢れ出ている。
 大河の事だからすぐに復活するだろうが、さすがに今回はちょっとキツイかもしれない。


「解かったですの〜。
 元に戻るですの〜…………
……しゃきーん!」


 ナナシは極めてあっさり元に戻った。
 明らかに物理法則を無視した縮小の仕方をしていたような気がするが、きっと気のせいだ。
 リリィは先程目にした不可思議な何かを忘れようとする。


「ちなみにどうやって戻ったかはナナシにも解からないですの」


「きっとダメージを受けたんでしょ。
 キノコなんか食べてないのに、どうしてあんなに大きくなったのやら…」


 どうやらリリィのいた世界にはスーパーな真裡尾のゲームがあるらしい。
 ……足元のナニかは、見るのが怖くて目をそらしたままだった。

 結局、大河が回復するまで休憩が延びてしまった事を追記しておく。


 大河が何とか復活し、階段を下っているとリリィが話しかけてきた。


「あのさ、大河…」


「ん?」


「さっきまでは歯牙にも掛けてなかったんだけど……アンタ、ダウニー先生の授業の事覚えてる?」


「……笑いまくった事なら。
 次はどんなアフロで来ると思う?」


 リリィもそう言われてダウニーの中途半端アフロを思い出したが、何とか笑いを押さえ込む。
 ちなみにリリィ個人の希望としては、いっそハゲになって貰うのも手だと思う。
 あのアフロが一生続くのとどちらが幸せだろうか。


「意表をついて復元してくるんじゃない?
 あんな見苦しいアフロより、完璧なアフロの方がまだ格好いいと思うわよ。
 そっちじゃなくて…アンタ、救世主に不明な点が多く見られたり、“破滅”に関しても間違った事が伝えられているかもしれない、って言ったわよね?」


「ああ、あの話か……さっきの幽霊達を見て、信憑性が出てきたな」


 救世主についての情報、“破滅”についての情報。
 そこに何らかの意図的な操作が施されているのではないか、という疑惑。
 少なくとも、救世主には知られざる一面がある事は間違いない。
 その一面が一体何なのか。


「一番厄介なのは、意図的な情報操作が施されたんじゃなくて、長い年月の間に自然と情報が歪められた場合だな。
 何者かの意図が混じっていれば、それを発見できれば検証も出来るし、何よりも糸を手繰りやすい。
 しかしあっちこっちの私見や願望が混じっているとなると……」


「もう見当もつかないわね…。
 それに、アンタ“破滅”についても何か言ってたでしょ?
 その前にダウニー先生のアフロを見ちゃって、授業が崩壊しちゃったけど」


「あんな中途半端なアフロはアフロとは言わん。
 アフロをもじってフノコで充分だ」


「その心は?」


「それぞれの文字を中途半端に書いただけ。
 あの中途半端アフロには丁度いいだろ」


 フノコが定着するかどうかは別として、リリィもあれをアフロと認めていいものか迷っていた。
 心底どうでもいい話だが。


「それは置いておいて……アンタ、あの時何を言おうとしたの?
 どうせ無茶な想像をしたんでしょうけど、今の情報じゃ何を考えても無茶な結論になりそうだし…」


 大河は立ち止まった。
 後ろを無言で付いてきていたナナシが、大河の背に当たってよろめいた。
 ナナシを支えてやると、力のない笑みを向けてくる。
 どうやらリリィに叱られた事が、まだ糸を引いているらしい。

 リリィは大河よりも5段ほど先で立ち止まる。
 振り返って大河を見ると、何かを逡巡するような表情だった。


「……大河?」


「いや………他愛もない妄想だよ。
 聞いても不快になるだけだ。
 気にするな」


 そう言って、大河は再び階段を下り始める。
 ナナシがその隣に並び、大河と手を繋いだ。
 冷たい感触がしたが、大河は振りほどこうとはしない。

 大河の歩みに合わせて自分も階段を降り始めるリリィ。
 もう一度問いかけようとした時、大河が口を開いた。


「リリィ、そろそろ戦闘準備しとけ。
 下から感じるイヤな気配が強くなってきてる」


「え?
 ……これは…本当だ…。
 何で今まで気づかなかったのかしら」


 リリィが神経を研ぎ澄ませると、階段の下から物凄い怨嗟の気配が伝わってくる。
 それは階段の終わりが近い事、階段を降りきったらすぐそこに元凶がある事を意味している。
 リリィがこの怨嗟の気配に気づかなかったのは、あまりの強さに念を受け止めるどころか麻痺してしまった上、先程浄化されたが、幽霊の力の残滓を体内に入れていたため、探知能力に異常を来たしているためだ。
 落ち込みながらもナナシが大河にくっつこうとしたのは、この気配に脅えている為でもある。

 しかしナナシは足を止めようとしない。
 むしろ勇気を奮い立たせ、一歩でも前に進もうとしていた。


「この先に……オバケさん達を怖がらせている悪い子がいるんですの?」


「多分ね。
 ナナシ、さっきも言ったけど、ムリに戦闘に参加するんじゃないわよ。
 何が出てくるか解らないからね」


「解ってるですの。
 もう同じミスはしないですのよ。
 この腐りかけてるのか干からびてるのか判断のつかない脳に賭けて!」


 ものスゲー不安だ。
 そんな物に賭けるくらいなら、その辺の石ころにでも賭けて欲しい。
 しかしそれでも彼女にとっては重要な脳であり、また硬い決意の表れでもあるのだろう。
 なんとか自分を納得させて、リリィは下に降りていく。

 その間も大河は終始無言であった。
 まるで自分の考えを口にするのが怖いとでも言わんばかりに、懊悩を自分の中に押し込めようとしている。
 リリィをちらちら横目で見て、その疑念を口に出すべきか考えているらしい。


「……言いたい事があるならはっきり言いなさいよ」


「言いたくない。
 言いたくないが………言うべきなのか…」


「ダーリンが難しい事言ってるですの」


 別に難しくも何ともない事だが、ナナシは自分なりにトボケて大河を元気付けようとしているらしい。
 大河は礼にナナシの頭を撫でて、階下へ向かう足を速めた。

 リリィは慌ててついていく。


「ちょっと大河、もうちょっとゆっくり…」


「世界は……」


「へ?」


「世界は創造と破壊のバランスを保って存在するんだよな」


 大河はますます足を速める。
 まるで何かから逃げようとしているかのようだ。
 つまり……自分が口にしようとしている疑問から。


「創造は俺達、生物の営みだとすれば……なら、破壊は?」


 リリィが答えるよりも先に、大河は畳み掛ける。
 口早に、平坦に、機械的に。


「滅びだと思われている『死』でさえも、実際には創造の一環でしかない。
 死が滅びだと考えられているのは、人にとってそれが別れだからだ。
 しかしそれは決して滅びではない。
 滅びとは、文字通り消える事を意味するのだから」


「アンタ……何を言ってるの?
 死は滅びよ。
 生命が消えるのが滅びじゃないの。
 アンタが言っているのは、もっと大局的な視点というか……意思も価値観も持たない、もっと無機質な立場に立った視点の話だわ」


 リリィは大河が何を言おうとしているのか理解できない。
 しかし、漠然とだが嫌な予感がしている。
 本能が大河を喋らせるな、と告げていた。


「だが、世界ってのはそういう物だ。
 そんな視点から俺達を見ている。
 死んでも消える事なく、形を変えて巡り続ける。
 それは世界にとっては滅んだ内に入らない。
 世界の中にある物質の量は、決して減ってはいないのだから。
 ……上手く言えないな…。
 いや、言いたくないのか…。

 それに、死が滅び=破壊であると言うのは、あくまで一つの生命のサークルの中の話でしかない。
 世界は破壊と創造のバランスで保たれているけど、その天秤の一つの上にもう一つ天秤が乗っているようなモノかな…。
 つまり、生物の営みは、死も含めて須らく創造に属している……と俺は考える」


「私はちょっとそうは考えられないけど…。
 それで?
 アンタは何を言いたいの?
 何をそんなに………脅えてるの?」


 リリィに脅えていると指摘された大河は、反論もせずに口を閉ざす。
 しかし暫くするともう一度口を動かした。
 一度話し始めた以上最後まで話すべきだと考えたのか、一人ではその結論の重圧に耐えかねたのか。


「死が滅びではないとすると……破壊は別に存在する。
 そうでなければバランスが取れないからだ。
 バランスがとれず、天秤の崩壊した世界は飽和による停滞を迎えるか、それともそのまま滅びるか。
 創造と破壊がサイクルで訪れるとすれば?
 創造は文明を育む事、または存在し続ける事だろう。
 ならば破壊に当たるものは……」


 大河が口にしようとしている疑念に、リリィは気がついてしまった。
 その結論に反論しようとしたが、舌も脳も凍り付いてしまったかのように動かない。
 そして、その結論を一瞬でも受け入れ、納得してしまった。


「破壊に当たるものは………“破滅”に他ならない」


「………冗談でしょ…。
 何かの間違いよ。
 唯の妄想よ。
 アンタの適当なでっち上げよ!
 破壊は他に存在して、絶対に“破滅”の事じゃないわ!」


 感情に任せて叫ぶリリィ。
 その顔には、今までの何時よりも強い恐怖が表れている。
 もし大河の言うとおり、“破滅”が世界が存在するために必要不可欠な存在だったら?
 考えるのも恐ろしい。

 恐怖に縺れる舌を動かして、大河に反論しようとする。


「でもこれが最も理に適った結論だ。
 “破滅”がもたらす破壊が何なのかは解らないけど…」


「認めない…認めないわ!
 それじゃあ、私達は一体何なの!?
 救世主は、“破滅”を打ち払うものじゃない!
 アンタの言い方は、まるで“破滅”が世界を存続させるためのシステムの一部みたいじゃないの!
 “破滅”を放っておけば私達が滅び、“破滅”を滅ぼせば世界は停滞する。
 勝っても負けても、待っているのは絶望じゃないのよ!」


 この世界で一番厄介なこと、それは普通の事、当然の事。

 だからこそ、大河はこの結論を伝えるのに躊躇した。
 もし大河の懸念通りなら、決して勝利は得られない。
 適度に世界を破壊させ、適度に命を散らせる。
 そんな事は出来ない。

 そして“破滅”とは、単なる自然現象と同じであるという結論なのだ。
 幾度追い払おうと、決して消える事はない。
 創造と破壊のバランスが取れるまで、“破滅”は消えない。
 例え人類が総力を結集して抗おうとも、発達した文明と同じ分だけ破壊が与えられるまで、“破滅”は消えない。
 しかし、一体どれ程の代償を差し出せば世界の天秤は平衡を保てるのか。
 逆に言えば、それだけの破壊が与えられれば、“破滅”は放っておいても消える。
 もしそうならば、抵抗は無意味で、救世主の存在価値もなくなる。
 勝ち目もまた。
 “破滅”を打ち払う事即ち世界を滅ぼす道。


「救世主の資料が残っていない事も、これなら説明がつく。
 特別な何かをしたわけじゃなく、自然と“破滅”の方から消えたんだからな」


「黙れ黙れ黙れ黙れ!
 そんなのはアンタの妄想よ!
 絶対に、絶対にそんな事はありえないわ!
 もしそうだったら、私達は何なの!?
 “破滅”に殺されたお母さんは!? お父さんは!? 村の皆は!?
 世界が続く為に殺されたっていうの!?
 そんな筈ない!
 それじゃ殺される為に産まれてきた事になる!
 そんなの、そんなの絶対にウソだ!」


 恐怖を剥き出しにして、大河の口を塞ごうとするリリィ。
 大河もこれ以上喋るつもりはないのか、大人しく黙り込んだ。
 しかしそれで発した言葉が消えるわけではない。

 肩で息をするリリィは、散り散りに乱れた感情を制御出来ていない。
 大河も口に出した事で一層恐ろしくなったのか、両手がブルブル震えている。

 だから……瘴気を纏うほどに強くなった、怨嗟の気配に気付かない。 


「ダーリン、リリィちゃん!
 階段が終わってるですの!」


「!」


「なんですって」


 ナナシが指差す先には、階段が途切れ、また埃の積もった床が見えている。
 しかしそこからは、先程の霊団などとは比べ物にならないほど強烈なプレッシャーが迸っていた。
 そのプレッシャーを受けて生存本能が最大限に警報を鳴らす。
 否応なしに、先程までの会話を忘れて戦闘体勢に移行する。


「た、大河……これって一体…」


「わからん…。
 しかし、これの発生源が幽霊達を脅えさせる原因だろうな…」


 もしこのプレッシャーの主が原因ならば、場合によっては排除しなければならないだろう。
 しかし、リリィは完全に腰が引けている。
 大河も表には出さないが、内心では本気でビビっていた。
 これほどのプレッシャーを醸し出す相手と戦うとなると、勝率はどう見積もっても3割から2割を切る。
 何が待っているのか知らないが、その圧倒的な鬼気に呑まれて2人の体がまともに動かせない。

 しかし、それを全く感じつつも脅えていない能天気なゾンビ一人。


「ダーリン、リリィちゃん、しっかりするですの!
 救世主候補生がこんな事で怖がってたら、“破滅”となんて戦えないですのよ!」


 生意気にも(失礼)、至極説得力のある言葉を吐くナナシ。
 そうは言っても、2人の本能は最大級の危険を訴えている。
 この先に何かとんでもない物がある、と。
 足が先に進むのを拒むように硬直している。
 2人とも精神力で恐怖を吹き飛ばそうとしているが、拮抗状態に陥っているようだ。
 それでも立派という他ない。
 召喚器という武器を持っているとはいえ実戦経験の少ないリリィと、実戦経験はあるがそれ故に力量差がはっきりと理解できる大河。
 普通なら逃げ帰るか腰を抜かして動けないかである。

 それを見たナナシは何とか2人の緊張をほぐそうと考え始めた。
 まず最初に、ナナシの願望交じりの方法が浮かぶ。
 その方法は『ナナシのカラダを使って慰めてあげますの!』なんぞという物だった。
 しかしリリィも固まっているのを見て思いとどまる。

 ならば、少々下品だがその劣化版を使う。
 ナナシはこっそり2人の背後に回りこんだ。


「エ〜ンガチョっ!」


 ぬぷっ!


「「☆〆♂→♂in⇔out%!!!!!!!!」」


 大河とリリィのよろしくない場所に、ナナシの指が特攻かました。
 声にならない声で絶叫するリリィと大河。
 幸い内部には入らなかったものの、精神的ダメージは凄まじく大きい。
 特にリリィは年頃の初心な女性だけあって、その衝撃は大河の比ではない。

 軽く5メートルは飛び上がり、階段をすっ飛ばして落下していく。
 その真下を大河が階段落ちして転がっていった。


   ひゅ〜〜〜〜〜      ドン!     
ごろごろごろごろごろごろドガッ!


「むぎゅっ!」


 大河が階段を転がり落ちきった真上に、狙ったようにリリィが落ちてくる。
 大河は苦しそう……主に尻が……だが、リリィには怪我はない…肉体面では。


「な、な、な、ななななな」


「にょほほほほほほ☆
 2人揃って腑抜けているからオシオキですの〜。
 ああ、これがダーリンの××に触れた指……」


「何を考えてるのアンタはぁ!
 うっとりするな匂いを嗅ぐなしゃぶろうとするなぁ!!!」


 イヤな衝撃を伝えてくる下半身を両手で庇いながら、リリィはナナシに食って掛った。
 しかしナナシは口元に手を当ててイヤミったらしく顔を隠し、リリィの剣幕をどこ吹く風と受け流す。
 あまつさえ何やら倒錯的な表情で、大河に突撃させた指を見つめている。


「ア、アンタどこであんなの覚えて来やがったの!?
 ってーかいくら私達がビビってたからって、花の乙女に向かって何をするのよ!」


「あれはカエデちゃんから教わったんですの。
 何でも故郷の里と同盟を結んでいる、木の葉何とかの里に伝わる秘伝体術だそうですのよ。
 でもカエデちゃんの故郷では、これは男性が積極的に女性に迫る時の最終奥義だとか」


 リリィは余りに滅茶苦茶な話に絶句した。
 相変わらずリリィの下敷きになっている大河は、カエデから聞いた里の風習を思い出して苦い顔をしている。
 彼女の話では、里での恋人同士では肛○性愛が普遍的だったらしい。
 ホ○の事ではない……案外あるかもしれないが。
 ならばカ○チョーは、恥ずかしがったり嫌がったりする相手の体を強引に開かせるためのものなのかもしれない。
 大河の感覚で言えば、昼間だからと恥ずかしがるベリオを押し倒してナニするのと同じようなものだ。

 リリィは帰ったらカエデを一度徹底的に張り倒そうと心に決めた。


「……方法に関して言いたい事が山よりも高く海よりも深く宇宙よりも広くあるが…何はともあれ、緊張は解けたな…。
 でも礼は言わんぞ、ナナシ…」


「あ、あはは…やっぱりですの…?」


「当たり前よ!
 何が悲しゅうてカ、カカ……その、あんなのされてお礼を言わなきゃいけないのよ!」


 大河の上からリリィが退いた。
 よっこらしょ、と体の調子を調べながら立ち上がる大河。
 リリィ自体はそれほど重い訳ではないが、受身も取れずに階段から転がり落ちたし、リリィも重力によって結構なスピードで大河に激突している。
 しかしそこはやはり大河と言うべきか、痣も出来ていない。


「で、戦えそうですの?」


「ちょっと痛むけどな…。
 それにしても、ここは…」


 大河は周囲を見回した。
 一際広い空間で、目の前に佇む建造物は一見するとピラミッド型の儀式場に見える。
 やはり鈍い金色で、圧迫感は相変わらず大河達を責め立てる。


「……ここに何かがあるんだな…」


「普通に考えれば、この祭壇っぽい物の上に何かが設置されてるんだろうけど…。
 このプレッシャーは………」


 大河とリリィは、祭壇の前にある何かの塊に目を向けた。
 凄まじい鬼気を放っているにしては扱いが適当っぽく、保管されているのではなく無造作に放り出されているように見える。
 何の仕掛けも保護もなく、ただ『どうせ放置しておいても劣化もしないから』と言わんばかりに。
 それはやっぱり金色で、よく解らないが色々と棘が生えているように見える。
 階段を隔ててさえ伝わってきた圧倒的な怨嗟の気配は、明らかにそれから醸し出されていた。


「怖い……」


 畏怖の表情で、リリィが無意識に呻く。
 口にこそ出さなかったが、大河も同じだった。


「大河、トレイターを…」


「解ってる。
 さっきから『俺を出せ』って騒いでうるさいんだよ、コイツ」


 そう言いながらも、大河はトレイターを召喚した。
 変化させるまでもなく、トレイターは大剣に化けている。
 その周囲を一層強くなった青い光が飛び回っていた。

 更に、大河はリリィにアシュタロスの魔力塊を保管した封筒を渡した。


「何よ?」


「連結魔術で、ソイツを『リリィの魔力』の塊に変えた。
 それを持ってれば、いくら魔法を連発してもすぐに補充される筈だ」


「便利なものね……ひょっとして、さっき幽霊達と戦った時には『当真大河の体力』とかに変化させてたの?」


「ああ。
 こういう漠然とした変換は何度もやると世界や俺に負担がかかるから止めた方がいいんだが、そうも言ってられそうにないしな…」


 リリィが大河から封筒を受け取ると、その瞬間プレッシャーが増大した。
 冷や汗を流す大河とリリィ。
 ナナシでさえも、無意識のうちに後退する。


 ガシャン、ガシャンと音を立てて、目の前の塊が変形していく。
 まず手らしき物が分離して宙を飛び、胴が浮かび上がる。
 それに追従するように足と頭が宙を舞い、見る見るうちに人の形をとっていく。


「させるか!
 アークディアクル!」


 大河から渡されたエネルギー塊を当てにしているのか、初っ端から大技を叩き込むリリィ。
 普段よりも数段強い破壊力を秘めた冷気が、金色の塊に迫る。
 直撃。
 何かが凍りつくような音が響き渡る。
 しかし、次の瞬間には冷気は全て吹き飛ばされた。
 リリィの攻撃に続いて踏み込んでいた大河が、押し戻されてきた冷風に足を止める。

 大河が距離をとるためバックステップで下がった時、一際大きな魔力の発露が感じられた。
 リリィは苦虫を噛み潰したような表情で目の前に立つ物を睨みつけている。
 最大クラスの魔力を篭めて放った一撃を軽くあしらわれ…それどころか全く意に介されず…それどころではないと解っていつつも、プライドが傷ついたらしい。
 大河の背に隠れるように移動して、ナナシをこっそり階段に向かわせた。


「………冗談じゃねえぞ」


 顔を上げた大河の目に、金色の鎧を着込んだ巨人が写った。


 金色の鎧の巨人は、ガシャンガシャンとレトロな音を立てながら大河達に歩み寄ってくる。
 大河とリリィはそれに合わせてゆっくり後退する。


「リリィ、あれどうなってるんだと思う?」


「どうも幽霊の怨念だか何だかと同化してるみたいね…。
 あの怨嗟の気配は、この鎧の中身が原因みたい。
 恨みの念が集まって、鎧を突き動かしているんだわ。
 外側もかなり強化されてるわね。
 あの怨念を浄化できれば……」


 そうは言っても、リリィにも浄化は専門外である。
 不順な魔力を取り除く類の浄化は出来るが、呪いの類の浄化はベリオの専門だ。
 大河の手にある大剣に目を向ける。


「さっきの神水じゃ威力が足りないし、何より内側まで入り込めない。
 そうなると、アンタのトレイターが頼みの綱ね。
 物理的にぶっ壊すにせよ、あの怨嗟を浄化するにせよ、それ以上に有効な手段は現状では無いわ」


「……出番だ、と言いたい所だが…アレに突っ込まにゃならんのか…」


 リリィの魔法で牽制、大河の大剣で距離を取りつつ攻撃。
 妙に増えた青い光が、攻撃する度に怨嗟を少しずつでも削ってくれる筈だ。
 しかしそれも焼け石に水かもしれない。

 やるしかない。
 大河とリリィが腹を括った時、その敵意に反応したのか、鎧が両手を前に突き出した。


『……シカ……ナキモノ………ハイジョ…。
 …レヲ……トエル……メサイア…ミ』


 資格なき者を排除する。
 我を纏える者はメサイアのみ。

 鎧はそう言っていた。
 しかし大河達には、そんな事を気にしている余裕はない。
 疑問は色々あるが、何はともあれこの状況を切り抜けるのが先決だ。
 相手はロボットっぽいから、交渉の余地はない。
 よしんば在ったとしても、怨嗟の念に凝り固まって出来た得体の知れない何かが相手である。
 まともな交渉が出来るとも思えない。
 完全破壊か、撤退か。
 しかしそう簡単に逃がしてくれそうにはない。


「リリィ、行くぞ。
 視界を塞がないように牽制頼む」


「了解。
 行くわよ……ヴォルテカノン!」


 普段放っている電撃よりも数段強力な電撃が宙を裂く。
 一直線に突き進んだそれは、鎧を直撃した。

 その後ろから、大河が大剣を盾にして突っ込んでいく。
 まずは様子見。
 間合いに入ったらすぐに剣を振るい、すぐさま離脱する。
 そのつもりだった。

 ガチャ

 鎧の腕から、不気味な金属音を聞きつける。
 反射的に大河は身を翻し、大剣を前に振るう。


ゴォゥ!
 ガキィン


 振るった剣から、強い衝撃が伝わってきた。
 トレイターを弾き飛ばされそうになり、大河は両手を握り締めて堪える。
 しかし衝撃で押し戻され、大河は一度後ろに下がった。

 空中では、大河の大剣を強打した何かが飛び回っている。


「ろ、ロケットパンチ!?」


「何で嬉しそうなのよ!」


 宙を飛びまわっていたのは、鎧の腕から分離した拳だった。
 この状況で不謹慎ながら、大河はちょっと嬉しそうだ。
 しかしながら、何はともあれこれは好機でもある。
 あの手を一時的にでも動けなくすれば、それは鎧のガードが薄くなった事を意味する。

 すぐさまリリィは次の呪文を詠唱する。
 それを感知したのか、ロケットパンチが標的をリリィに変えた。
 阻もうとした大河だが、リリィが目配せすると、舌打ちしながら再び鎧に向かって突撃した。

 リリィを狙ったロケットパンチは、まっすぐ突っ込んでくる。
 それを充分引き付けて、リリィは呪文を発動させる。


「アークディアティル!」


 普段とは違い、冷気を最初から一点に集中させる。
 それによって突如空気が丸ごと凍りつき、その中にには入っていたロケットパンチも氷の中に閉じ込められた。
 しかし中でゴトゴト動いており、このままではどうせすぐに動き出す。
 リリィは氷の補強にもう一度冷気を叩き込んで、その場から離脱する。
 鎧に剣を打ち込む大河から見て90度の場所に移動して、鎧を狙って魔力を貯める。
 ここからなら、避けられても大河に当たる心配はない。


「もう一発、ヴォルテカノン!!」


 大河が間合いを取った瞬間を狙い、リリィは鎧に電撃を叩き込む。
 その手を見てつくづく思う。
 大河の手を借りているという事は気に入らないが、今の彼女には無尽蔵に魔力が使える。
 例え体が反作用で崩壊する程の魔法を連発した所で、恐らくこの魔力の量に比べれば消費量は塵にも等しい量だ。
 破壊力もブーストが掛かっているように、普段の威力の数段上を行っている。
 それを魔力消費も考えずに連発できる。
 理不尽なものを感じないでもない。

 しかしそれ以上に理不尽を感じるのは、それを受けた相手に全く効いていないという事。
 電撃を受けた鎧は帯電してはいるものの、意に介した様子は全くない。
 弾かれてはいないので効果はあるらしいが、単純に破壊力が不足しているのだ。
 大河が何発か叩き込んだ斬撃も、全く刃をが立たない。
 圧倒的なまでの防御力である。
 動き自体はそれほど素早くないからいいものの、これで機動力が高かったら目も当てられない。

 リリィに向き直ろうとする鎧の前に立ちはだかり、今度はその手を狙って剣を振るう。
 ロケットパンチの機能が付いているなら、連結が甘くなっているのではないかと思ったのだ。
 しかし、大河にはピンポイントを狙って大剣を叩きつけられるような技量はない。
 これまでは大質量で丸ごと押し潰すように振るっていたので、細かい狙いなど付ける必要がなかった。
 だが今度の敵は、思い切り叩きつけてもちょこっと傷がつく程度である。
 はっきり言って防御力の桁が違う。


「ちょっと大河!
 いつぞやのゴーレムを吹っ飛ばした勢いはどうしたのよ!?
 さっきだって幽霊を成仏させるばっかりで、物理的な攻撃力は殆どなかったじゃない!
 ここなら多少無茶しても簡単には落盤しそうにないから、この際一気に決めちゃいなさい!」


「出来るんだったらやってるわ!
 あの時みたいにトレイターの声は聞こえたままだけど、どういうワケかそっち系の破壊力は全然引き出せないんだよ!」


「アンタそれでも召喚器の主なの!?」


 必死に鎧から飛ばされるもう一方の手のロケットパンチを避け、鎧が動く度に宙を裂く棘から身を避ける。
 鎧はリリィよりも大河を先に排除する事にしたらしく、ロケットパンチを止めて片手で大河を掴もうと迫ってくる。
 それと同時に、背中から突き出ている棘というか角が激しく伸縮し始めた。
 もし掴まれば、あの角であっという間に串刺しにされてしまいかねない。

 リリィはリリィで、氷を砕いて自由になったロケットパンチを避けるので手一杯である。
 それほど複雑な機動をしている訳ではないのだが、スピードが速いので呪文を唱える暇がない。
 このままではいずれ体力が尽きて、手に捕まってしまう。


「ええい、この際だから博打を打つわ!
 大河、何が起こるか解らないけど上手く避けなさいよ!」


「んな!? ちょ、ちょっと待てリリィ!」


 慌てて大河は鎧から距離をとろうとするが、延びてくる角と手の猛攻がそれをさせない。
 リリィはと言うと、お構い無しに魔法を放とうとしている。
 いや、魔法ではない。
 魔法ならば呪文が必要であり、その詠唱をしている間にロケットパンチに掴まれてしまう。
 しかし、リリィは魔力を放出しようとしてはいるが呪文を詠唱していない。
 となると、どうなるか?


「密閉空間における魔力の相互干渉……何が起こるか解らないけど、他に手は無いわ!」


「ちょっと待てええええええぇぇぇぇ!」


 なんとリリィは、封筒から補給されるエネルギーまで動員して、魔力を放とうとしていた。
 遺跡に入る前にナナシに注意された通り、方向性の無い魔力が好き勝手に暴れまわると、当然魔力同士が衝突する事もある。
 その時に魔力がどんな性質を持っているか、またその干渉によって何が起きるか、全くもって予測がつかない。
 そんな恐ろしい事を、よりにもよって今までのリリィの生涯で最大の魔力量を使ってやろうとしているのだ。
 しかも、この辺りには鎧から放たれる怨嗟の念が渦巻いている。
 それはつまり負…人体に有害な傾向のある性質が大きく付与されるという事。
 ラスボス相手にパルプンテを唱えるより恐ろしい。
 むしろメガンテだ。

 実際には打てるてはまだ色々とあり、運に任せたこの策は下策と言える。
 しかし実戦経験が少ないリリィはそれに思い当たらず、具体案も無かったため短絡的にも実行してしまう。
 大河の絶叫を無視して、リリィは魔力を解き放った。


「でええぇぇぇぇぇいッ!」


「でえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 最初は気合、次は悲鳴だ。
 魔力が縦横無尽に吹き荒れる。
 芸が細かい事に、あるエリア内から出ないように結界を形成していたので魔力が拡散せずにぶつかり合う。
 あちらで炎が吹き上がり、こちらで柱が圧壊し、かと思えば地面が鋭く盛り上がる。
 更に重力でも遮断されたのか、吹き飛んだ破片が落ちてこない。
 リリィもロケットパンチで飛んでいた手も鎧本体も、重力が無くなっては足の踏ん張りようがない。
 木の葉のように吹き飛ばされる。

 大河も吹き飛ばされそうになったが、地面に剣を突き立てて踏ん張る。
 鎧から逃げられなかった事が逆に大河の窮地を救った。
 偶然リリィと鎧の延長線上にいた大河は、エネルギーの大暴走から守られた。
 鎧が暴走する魔力を全て受け止め、大河には何の影響も無かったのである。

 自らの悪運に感謝しながら、爆風その他でボロボロになった大河が立ち上がる。
 周囲はそれはもう酷い惨状で、ナナシが『魔力の相互干渉は危険』と言ったのも頷ける。
 あちこちに大地から突き出した鋭く巨大な突起がそそり立ち、床が熱で融解したりして、ちょっとした地獄絵図が出来上がっている。
 元からあった装飾の殆どは粉々に砕け散ってしまい、大河一人が無事だったのが不思議で仕方が無い。


「リリィ!
 どこだ!?
 おい返事しろ、へっぽこ考えなしのお馬鹿魔法使い!」


 流石に大河も頭に来て声を張り上げる。
 周囲を警戒しているが、鎧は遠くまで吹き飛ばされたのか、それとも埋まっているのか姿が見えない。
 しかし壊れてはいない事を大河は確信している。
 この程度で破壊されるようなら、大河の斬撃でとっくに潰れている筈だ。

 大河から少し離れた場所の瓦礫の山がゴトゴト動く。


「リリィか!?」


「…………誰がへっぽこ考えなしよ……と言っても、今回は反論も出来ないわ…」


 瓦礫を押し退けて、リリィが顔を出した。
 ムチャクチャやったという自覚があるのか、バツが悪そうだ。
 つい先程ナナシに偉そうに説教しておいて、自分がこのザマでは流石に立つ瀬もない。
 しかし、確かに戦況を変える事はできた。


「多分、あの飛んでくる拳は破壊できたわよ。
 完全に破壊する事は出来なかったけど、どうも本体から離れて飛翔する機能に異常を来たしたみたいね」


「ああそりゃよかった。
 でもな、それ以前の問題「ダーリン!!!!」 !?」


 突然ナナシの声が響く。
 次の瞬間、大河は強く突き上げられる。


「がっ…!?」


 大河の腹に、金色の拳が減り込んでいた。
 瓦礫の中から突き出た腕は、姿が見えない鎧のものだ。
 腕に続いて瓦礫を吹き飛ばし、鎧が全身を出現させた。
 所々凹んでいるが、致命傷にはほど遠い。

 鎧は動けない大河を掴み、自分に引き寄せる。


「このっ、離しなさい!」


 リリィが焦って攻撃しようとするが、如何せん距離が近すぎる。
 しかし、ここは多少大河に当たっても全力で攻撃するべきであった。
 リリィの魔法を喰らっても大河は何とか耐え切れるが、鎧から突き出した角に突き刺されば確実に致命傷になる。
 一瞬の躊躇いが、致命的な隙を作ってしまった。

 引き寄せられた大河は、何とか自由になる片手を動かしてトレイターを自分の前に押し出した。
 トレイターに幾つもの硬い何かが当たる音がする。
 大河を串刺しにしようと鎧から突き出した角が、トレイターにぶつかって阻まれた音だ。
 大河の耳に、ヒュッという風を切る音が響く。
 咄嗟に大河は首を前に突き出した。
 一瞬前まで頭があった場所を、湾曲した角が貫く。
 何とか避けた大河だが、変わりに首を固定されてしまった。
 引っ掛けられた首を支点に、鎧の上半身が回転し始める。


「ぐっ、うおおおぉぉぉぉ!?」


 思わず悲鳴をあげる大河。
 遠心力に振り回され、大河は体が真っ直ぐ伸びきってしまう。
 凄まじいGに圧迫され、大河は身動きが取れない。
 トレイターも手を離れて吹き飛んで行き、息も出来なくなった。
 その瞬間を狙って、角が大河に殺到する!


「ええーーいっ!」


 しかし大河は串刺しにされる事はなかった。
 唐突に別の方向から衝撃を与えられ、回転から弾き出されたのである。
 10メートルは吹き飛んで、受身も取れずに叩きつけられる。
 ガホッ、と肺の中の空気が全て吐き出される。
 薄れ行く意識を必死で繋ぎとめ、大河は顔を上げようとする。


「ナナシ!」


「きゃああああああぁぁぁぁぁーーーーー!」

「!?」


 耳に飛び込んできたのは、リリィの悲鳴染みた声。
 そして鎧の角でズタズタに引き裂かれているらしき、イヤな音。

 首を上げた大河の目に、鎧の回転に巻き込まれている何かが見える。
 それが何なのか理解する前に、回転から弾き出された何かが大河の前に落ちてくる。
 咄嗟に手を突き出して受け止めると、冷たく重い、しかし柔らかい何か。


「ナ……ナ………ナナシーーー!


 大河の手の中にあるのは、ナナシの頭だった。
 大河が墓で発見したロザリオが髪に絡まっている。
 うっすらと目を開けて、大河を見るナナシ。
 苦しそうな顔で、しかし微笑んで、何事か呟く。


「ダーリン、大丈夫ですの……?」


「ああ、大丈夫だよ!
 それよりお前、なんて無茶な事を…!」


 ナナシは振り回される大河に向かって一直線に駆けていき、鎧の回転に割り込んだのである。
 唐突に乱入してきた異物に回転が乱され、その衝撃で大河は放り出された。
 しかし乱入したナナシは、大河の代わりに回転に飲み込まれてしまった。


「ナナシは最初から死んでるですの……。
 それに、頑丈だから棘棘に突かれたって刺さらないですのよ…。
 でも…………成仏しちゃうかと思ったですの…」


「このバカ、俺のために……いくら死んでるからって、こんな…」


 大河は泣きそうな顔でナナシの頭を抱きしめる。
 それでもナナシはちょっとだけ困ったように笑い、何でもない事のように言ってのける。
 しかしその声は弱弱しく、今にも目を閉じて動かなくなってしまいそうだ。


「えへへ……ダーリンは、ナナシのダーリンだから…ナナシが守ってあげるんですの…。
 でも困ったですの……ナナシは平気なのに、ダーリンが泣いちゃいそうですの…」


「ナナシ…」


 大河はナナシの乱れた髪に手を通す。
 心地よさそうに目を閉じて、ナナシは満足そうだ。


ガシャン


「大河!
 気持ちは解るけど、鎧がまだ動くわよ!」


 しかし、悲しんだり後悔したりする余裕はない。
 まだ戦闘は続いているのだ。
 もう一度大河はナナシの頭を抱きしめる。


「ナナシ…悪いけど……」


「ハイ、解ってるですの…。
 ダーリン、いってらっしゃい………。
 ナナシは…ちょっと、休む…ですの………。
 出来れば…お休みの、キス………」


「ああ…行って、来ます…」


 ナナシはゆっくり目を閉じた。
 大河はその唇に、少しだけ口付ける。
 まるで新妻に送り出される夫のように。
 ナナシの頭を床に置き、大河は鎧を睨みつける。


「トレイター、来い!」


 久しぶりに心底怒りに震えながら、大河は吹き飛ばされていたトレイターを呼ぶ。
 大剣が大河の手の中に現れる。
 しかし何時もの青い光は飛んでいない。


「ナナシは俺のミスを庇う為に傷ついちまった…。
 この償い、貴様にもさせてやる!
 リリィ、援護を頼む!」


 大河は鎧に向かって突っ込んでいった。
 しかし今度は突き出した柱や瓦礫をうまく使い、鎧の視界に入らないように狡猾に近付く。
 大河を見失った鎧は、どうしようか一瞬判断に迷ったらしい。
 次の瞬間、鎧の腰が凍りついた!


「全っ開ッ!
 アークディアクルッ!」


 リリィが反動で自分の手すら凍りつく程の魔力を込めて、冷気を叩きつけたのだ。
 直接的な攻撃力は足りなくても、周囲の空気ごと凍りつかせる事は出来る。
 リリィの放ったアークディアクルは、見事に鎧の動きを封じ込めた。

 次の瞬間、接近した大河が思い切りトレイターを薙ぎ払う!
 初めて闘技場で戦った時を再現したかのような戦闘の流れ。
 リリィはそれを思い出して、鎧が消し飛ぶ事を確信する。


 ガギャァッ!


 しかし、その確信は大きな金属音と共に砕け散った。
 なんと鎧は、氷を強引に突き破った角を結集させて、大河の一撃を受け止めて見せたのだ。
 角の8割が大剣の根元に向かい、梃子の原理でトレイターを止めている。
 残りの2割が刀身を受け止めた。

 大河が構わず叩き斬ろうと全身に力を篭めるが、さらに角が氷を突き破って飛び出してくる。
 今度は大河本人を狙ってきた。
 しかし大河は飛び退かずに、むしろ懐に入り込む。
 密着した大河は、トレイターの柄を鎧の腹に叩きつけた。
 重い手応えが返ってきたが、鎧には殆ど傷がついていない。

 大河は鎧の脇をすり抜け、振り返り様にもう一撃叩き込む。
 再び迎撃してくる角。
 しかし大河は強引に軌道を変えて、途中からほぼ垂直に叩き降ろした。

グシャッ!


 鎧の角は空を切り、トレイターが鎧の膝を叩き壊す!
 今まで全く歯が立たなかった鎧の足を、ただの一撃で破壊してのけた。
 ガクッと崩れ落ちる鎧。
 チャンスと見た大河が追い討ちをかけようとしたが、踏み込もうとした瞬間に大河を鷲掴みにしようと、鎧の手が迫ってきた。
 仕方なく後退する大河。


「大河!
 パルス・インパルス!」


 大河に一言声をかけ、飛び上がって魔力を放つリリィ。
 リリィの意図を一声で理解し、大河は再びトレイターを振るう。
 また角が迎撃してくるが、大河の目的はそれであった。


 角が突き出した事で、鎧がバランスを崩して動きが止まる。
 片足が使い物にならなくなっているにも拘らず、角を突き出したので重心が移動したのだ。
 その瞬間、リリィが放ったパルス・インパルスが破壊された足に迫る!
 破壊された箇所に正確に着弾し、魔力が吹き荒れる!


 グググググ……
ガギャッ  ガガガガッ!

 カッ!
 グゴゴォォォォ…!


 鎧の片足は、完全に破壊された。
 しかし、今度は空中で動きが取れないリリィを狙って一直線に角が伸びる!
 大河はトレイターを上に突き上げて射線を妨げたが、一本だけ通過を許してしまう。


「くっ、シールド!」


 負担をかけすぎて、まともに動かない手を動かしてシールドを張るリリィ。
 しかし、そのシールドでは明らかに力不足である。
 高速で伸びる角は、一撃だけでもリリィに致命傷を与える事が出来る。


(くっ、直前に体を捻って致命傷だけ避けるしかない!)


 リリィが覚悟を決める。
 たとえ致命傷でなくても、恐らく戦えなくなるだろう。
 問題なく戦える程度に傷を押さえられるような攻撃ではない。
 リリィが歯噛みしたその時、凛とした声が響き渡る。


「爆ぜよ!!」


 ズドンッ


「なっ!?」


 横から飛んできたエネルギーが、リリィに迫っていた角を撃墜した。
 何者かの乱入かと、リリィはそちらに目を向ける。
 しかしそこに居たのは、見慣れた、しかし見慣れない人物だった。

 紫色のズタズタになった服を身に纏い、ぐらぐら揺れる首を抑えて真っ直ぐに立つ彼女。


「ふぅ……頭だけで体の所まで転がるのは骨が折れたわ…。
 ああ、目が回る…。
 それにしても痛覚が鈍くなってて助かったわね。
 回復が最小限で済まなかったら、間に合わない所だったわ」


「………ナナ、シ?」


 鎧から離れ、呆然と大河が呟く。
 それを聞いた彼女はニヤッと笑う。


「ナナシは今はお眠の時間。 私は……」


 彼女はその手に炎を出現させる。
 みるみる内に勢いが増して行き、やがてそれは彼女の手の中に集中した。
 アンダースローで炎を倒れていた鎧に投げつける。

バァン!

 爆発音が響き渡り、鎧が吹き飛ばされる。


「何処の誰だか知らないけれど、誰もがみーんな待っている!
 謎の魔法少女、ゾンビ改めホムンクルスのルビナス・フローリアスよ!


「ル、ルビナス!?
 っていうか、魔法少女って…」


「い、いいじゃない!
 一回言ってみたかったのよ。
 ひんぬー(泣)だし、身体的年齢も充分少女だもん。
 精神年齢はわからないし」


「少女ってあーた、そのボディ1000年くらい眠ってたんじゃ…」


 大河とリリィに突っ込まれて、恥かしげに頬を染めるナナシ改めルビナス。
 色々と突っ込まれると気まずくなりそうなので、慌てて二人の注意を逸らす。


「ほらほら、そんな事言ってる場合じゃないわよ。
 あの鎧、まだまだやる気十分よ」 


 ルビナスの言う通り、吹き飛んだ鎧は片足で再び立ち上がろうとしている。
 色々と言いたい事や聞きたい事もあるが、取り敢えずはこっちが優先だ。
 ルビナスは大河の後ろにリリィと並んで立つ。


「ダーリン、ちょっと待って………よし、強化完了!
 応急処置だけど傷にも細工しておいたから、ちょっとはマシになったはずよ」


 両手を胸の前で打ち合わせてから、大河に触れるルビナス。
 練成でもするのかと思ったが、大河はルビナスに触れられた途端に、体を何かが取り巻いた事を察知した。
 おそらくこれがルビナスの言う強化なのだろう。


「これは?」


「錬金術よ。
 あんまり強い力は使えないけど、結構違うわ」


 ニッコリ笑う。
 大河は彼女に微笑み返し、前に向き直って鎧に向かって走り出す。
 トレイターを青い光が包み始めた。

 残ったリリィはルビナスに物言いたげにしている。
 それを見たルビナスは、ちょっと困った表情で視線を返した。


「色々聞きたい事がありそうだけど、とにかくあの鎧を何とかしましょう。
 大体何かを聞かれたって、答えられそうにないもの」


「……解ったわ。
 でもこれだけは答えて。
 ナナシはどうしたの?」


「消えてなんかいないわよ。
 今は私が表に出ているだけ。
 2重人格みたいなものね」


 リリィはそれだけ聞ければ十分だとばかりに、大河を援護するため魔力を貯め始めた。
 ナナシも再びその手に炎を生み出す。
 2人は大河を頂点として三角形の位置に走り始めた。


 大河は驚いていた。
 体が軽い。
 それに意識が妙に澄み渡っている。
 五感が鋭敏になっている。
 これが強化なのだろうか。
 鎧が次に繰り出す攻撃が、何となく予測がつく。
 なにやら危険な薬品でドーピングしたようで不安だが、今は少しでも戦力を上げたい。

 鎧が残った手でロケットパンチを放つ。
 大河は大剣を振らず、柄だけを動かして強かに正面から打ち据えた。
 弾かれた手が鎧に戻る。
 その瞬間は、鎧が硬直する事を発見した。
 チャンスを逃さず、トレイターを両手で構えて一直線に突き出す。
 狙い通り、トレイターは残った腕に減り込んだ。
 すぐにトレイターを引くと、今度は背後からリリィが放ったパルスが直撃、さらにルビナスの撃った炎が着弾する。
 リリィのパルスだけでは破壊力不足だったが、それに触れたルビナスの炎が一気に爆発した。


「他人の魔力を媒体にして、周囲のマナを一斉に動かす錬金術の奥義よ。
 使える能力はちっぽけな物しかないけど、使いようによってはこんな事もできるんだから」


 ルビナスの自慢気な声が届く。
 しかしその声は、大河ではなく鎧に向けられていた。
 挑発されている事が解るのか、鎧は一際強く軋む音を響かせる。
 鎧の腕は、根元近くから吹き飛んでいた。


「よし、あの破壊後から魔法を叩き込んで、内側から破壊するわよ! ファルブレイズノン!」


 リリィが放った爆炎は、少々狙いを外したが破壊後に着弾した。
 激しく身悶え、鎧は身を捻る。
 それは攻撃が有効だという証である。

 この期に乗じて一気に畳み込もうとしたが、それは阻まれた。
 鎧が角を伸ばし、破壊後を覆ってしまったのである。


「くっ、小賢しい事を…」


 角は硬く、固定されており、破壊する事も吹き飛ばす事も出来ない。
 結局、まだ壊れていない体を破壊しなければならなくなった。
 しかし間接部分はともかく、他の装甲はとてつもなく硬い。

 それを見てリリィはげんなりする。
 魔力は補給されているが、体力はいい加減尽きてきているのだ。
 口には出さないが、大河も同様のはず。
 充分な体力が残っているのは、途中参加のルビナスだけ。
 それも酷い損傷のせいで、万全な状態とは言い辛い。
 四肢は破壊出来そうだが、そこから先に進めない。

 今の鎧は右腕を吹き飛ばされ、左手が行方知れずで、右足が砕けている。
 左足と突き立てた角だけで立っている状態だ。
 しかし角を破損箇所の防御や直立するために使うという事は、取りも直さず攻撃力が減る事を意味する。
 大河はそのチャンスを逃さずに、一気に鎧に向かって連撃を叩き込んだ。
 鎧は大河の攻撃を受けながらも、残った角で反撃してくる。
 中途半端な攻撃では、精々ボディに凹みができる程度なので無視しているのだ。
 事実大河の攻撃は、鎧の攻撃に阻まれて最後の一歩が踏み込めない。
 それでもリリィとルビナスの援護で、何発か有効打を与える事には成功していた。
 だが致命傷には程遠い。


「このままじゃジリ貧ね…ルビナスさん、何か手はない?」


「ルビナスでいいわ。
 ……あの鎧、怨念をエネルギー源にして動いてるのよね…。
 という事は…」


 ルビナスは何やら自分の世界に入り込んでブツブツ言っていたが、やがて何かを思いついたのか顔を上げた。
 大河に下がるように合図する。
 入れ替わりにリリィが前に出て、アークディアクルを放つ。
 それと同時に、ルビナスは先程使った、他人の魔力を使ってマナを動かす錬金術の奥義を放つ。
 同時に着弾したそれらは、鎧の殆どを氷に封じ込めた。


「ルビナス、どうした?」


「作戦があるの。
 ダーリン、連結魔術…だっけ? 今使える?」


「ああ……でも、あれをぶち壊せる位の物理的破壊力に変換させようなんてのはムリだぞ」


「ええ、解ってる。
 そんな事しても、あんまり意味ないしね。
 いい?
 作戦はこうよ……」


 ルビナスは鎧が氷から脱出するまでの短い時間を使って、作戦を伝えて二人の反応を見る。
 大河は少し難しい顔をしていたが、黙ってリリィから封筒を受け取った。
 リリィも疑わしげな顔だったが、何れにせよ今の自分には代案はない。


「じゃ、作戦開始よ!」


「応よッ!」


「しくじるんじゃないわよ!」


 大河は封筒を両手で挟んでリリィに触れ、もう一度封筒を両手で挟んでルビナスの手に触れる。
 知恵熱に頭を痛めながら、大河はトレイターを構えた。
 大河の手から流れ込んだ魔力がリリィの体内で渦を巻き、ナナシの手元に集中していた。


――――とにかく大量の魔力が要るわ。
――――連結魔術で、魔力とマナを補給してちょうだい。

 その瞬間に、鎧の動きを止めていた氷が砕け散る。
 しかしムリに破壊されかけた体を動かしたせいか、バランスを崩して倒れかける。
 角を地面に突き立てたり柱に打ち込んで並行を保ったが、リリィはその隙を逃さなかった。


「喰らえ、パルス最大出力!」


 リリィの手を反動で蝕みながら、巨大な魔力の塊が迫る!
 これで仕留められなければ、リリィには後がない。
 もう手はピクリとも動かないのだ。


――――リリィちゃんはまず、大きな魔力を叩きつけて。

 その隣で、ルビナスが奇妙な印を組んでいる。
 複雑に手を組み合わせて動かした後、両手で鎧の周囲を指差して円を描く。
 見る者が見れば、鎧の周囲にマナが集結している事がわかるだろう。
 続いてルビナスはもう一度印を組み呪文を唱え、手を突き出した。
 その手から炎が放たれる。
 錬金術の奥義と称したあの炎だ。
 しかし、今回は炎の色が少し違う。


――――私はマナを操って、鎧の周囲に高密度のマナを集める。
――――そうしたら、私が炎を放って魔力反応を起こさせるわ。
――――反応して生成されるのは、聖水と同じ浄化の魔力よ。

 燃え広がるのは炎のサガ。
 何かを術を経由して一気に広げるには、魔力球や稲妻を使うよりも効率がいい。
 そして今広げるのは、リリィの放ったパルスに反応して広がる浄化のマナ。
 媒体に触れて反応を起こしたマナは、鎧の周囲の怨嗟を削り取り浄化し始める。
 そしてそれは、鎧を補強していた怨嗟のエネルギーを減少させる事も意味していた。


――――浄化されれば、その分あの鎧の防御力も下がるはず。

 脆くなった鎧を砕かんと、大河がトレイターを構えて突っ込んだ。
 片手でトレイターの柄を持ち、もう一方の手で刀身を支える。
 牙突の体勢と言えば解りやすいだろうか?
 全力で踏み込んだ大河は、地面からの反動を利用して身を捻る。
 踏み込みの反発、足の捻り、腰の捻り、肩の捻り、腕の捻り。
 全てを連動させて、大河は大剣を突き出した。

ゴギャッ!

 鎧の中心に、トレイターが突き刺さった。
 しかし、貫くには至らない。
 が、それすらも計算済みであった。
 貫いた大剣から、青い光が注ぎ込まれる。


――――別に完全に貫く必要はないわ。
――――私が手を突き込めるだけの隙間を作ってほしいの。
――――出来れば、あの青い光を注ぎ込んで事前に浄化して欲しい。

 役目を果たした大河が、迫る角を思い切り斬り飛ばして道を空ける。
 すぐさまルビナスが接近し、大河が開けた穴に両手を突っ込む。
 その手には、地下に入って隠し通路を発見した時に拾った石…魔力を溜め込み、増幅する石!
 大河が補給した魔力が全て詰め込まれ、今にも爆発しそうだ。
 鎧に出来た亀裂に手を突っ込んだルビナスは、得意の錬金術を使って魔力の質を変化させる。



――――最後に、私が残った魔力全てを隙間から注ぎ込んで、一気に浄化を促進するわ。
――――内側と外側の2段浄化よ。 OK?


 外壁を削られ内側から浄化され、鎧はたまらず崩れ落ちた。
 浄化の魔力が内側を猛り狂っているのか、エネルギー源の怨嗟が消えていく。

 大河はルビナスを抱えて後退した。
 ルビナスはかなりの負担がかかったらしく、まともに動けない。
 大河が後退すると、すぐにリリィが2人を庇うように立つ。
 しかし、その警戒は不要であった。
 とうとう鎧はその動きを止めた。


「………やった、の…?」


「……………もう怨念は感じないわ。
 取り敢えずは大丈夫ね」


 慄く様なリリィの呟きに、顔を上げたルビナスが答えた。
 大河は力無く座り込む。
 ルビナスもその場に倒れこんで、荒い息をついていた。
 リリィは足が震えて真っ直ぐ立っていられず、よろよろと背後の柱に寄りかかる。


「は、はは…………勝っちゃった…。
 信じられない……ここで終わりだと覚悟決めたのに…。
 あ、あははは…」


「っく、ど、どうだ……これが、救世主クラス…ツートップと、ルビナスの、底力だぜ…」


「一瞬の勝機に心魂を注ぐ……もう二度とゴメンよ…」


 引き攣った顔で笑い出すリリィ。
 発作的に上がる笑い声は、まだ震えている。
 まだ勝った事が信じられない。
 鎧が今にも立ち上がってきそうで、リリィはまだ崩れ落ちた鎧から目を離せない。
 今になって腰が抜けたのか、壁に寄りかかった状態からペタンと座り込んだ。

 それ程に強力な敵だったのだ。
 全身を濡らす冷たい汗に気がついて、体が勝手に脅えていたのだと今更自覚する。
 緊張の糸が切れたのか、一頻り笑っていたと思うとリリィは唐突に気を失った。


「あ、おいリリィ!」


「大丈夫。
 気絶しただけだから…」


 力の入らない体で立ち上がろうとした大河は、ルビナスの言葉を聞いて一安心した。
 布団の変わりに上着でもかけてやりたい所だが、大河にもそれをするだけの体力は残ってない。
 ルビナスも迂闊に動くと、ボロボロにされた体が大変な事になりそうだ。


「う……あ、イテテテテ…」


「怪我が痛む?
 ゴメンね、治癒の術は応急処置程度しか思い出せなくて……」


「いや、充分助かってるよ…これは無茶な連結をした代償の頭痛…」


 グッと呻くと、大河も倒れ伏して気を失った。
 魘されるように唸っているが、それが代償とやらなのだろう。
 可哀相だが、打てる手はない。
 むしろルビナスも、少しでも休まなければならない。
 場所が場所なので警戒役も必要なのだが、この状況でそれを要求するのは酷である。
 大河の隣に寄り添って、ルビナスは眠ろうと目を閉じた。


「オヤスミ、ダーリン……次に起きた時はナナシかもしれないけど…」



ちわっす、時守です。
突然でなんですが…スランプしてます(涙)
誰でも一度は通る道なんでしょうけど…思った以上に辛いです。
電波が飛んで来る来ない以前に、全く筆が進みません。
掲示板が使えない間に、2,3話ほど書き溜める事が出来たので、修正しつつ週一のペースで投稿するつもりなのですが…。
書き溜めている分が無くなるまでには、何とか調子を取り戻せると思います。

今回はえらく設定優先というか、説明台詞が多いです。
ちょっと納得が行かなかったんですが、これでも色々と推敲を重ねているんです(涙)

さて、今回はルビナスが覚醒しました。
でもエルダーアーク使ってないなぁ…。
鎧もぶっ壊してしまいましたし、どうしたモンでしょーか…。

救世主の鎧って、あのトゲトゲくらいしか記憶に残ってません。
それに、作中ほど自由に伸びたり曲がったりしませんが…そこは突っ込まないでくださいな。


それではレス返しです!


1.ゴッド様

はじめまして、ゴッド様。
一応解説をつけましたが…やはり解りやすい説明は難しいです。
それに色々と後付したので、あちこちに矛盾が生じているかも…。
細かい事をすっ飛ばして要約すると、アシュ様の魔力を変換して、聖水をパワーアップさせただけなんです。


2.アクト様

連結魔術は戦闘中に使うには隙が大きいので、事前に使用準備しておくのです。
幻術結界のエネルギー源については、大した事は考えてない…というより気付いてもいなかった時守です(汗)
それに、案外描写されてないだけで在ったかもしれませんよ。


3.干将・莫耶様

大河達は直進して、しかも勝ってしまったようです。
もうこれ以上無いほどに疲労しきってますが、帰れるくらいの気力は残っています。

結晶については…あとの出番は、数える程しか思いついてません…なんとか盛り上げるか重要度を増さないと。


4.水城様

ああ、言われてみれば時守もSAGAで初っ端から突っ込んで行った覚えが。
あれは初心者にはキツイですよね……今のRPGでも、LV上げにうろついてたら偶にトンでもないトコに出ますけど。

遺跡はかなり広いと思いますが、原作では警戒しながら進んだ上、幽霊達とも何度も戦っています。
それに比べて、幻想砕きでは幽霊達の相手をせずに、一気に駆け抜けました。
細かい事を調べずに進むのなら、精々半日もあれば最下層に到達して帰ってこれるという設定です。


5.竜神帝様

一応説明しましたが…自分でもちょっと不満です。
リリィが納得するのが、簡単すぎてますから…。
もう少しゴネさせようかと思いました。


6.きりん様

い、言われて見ればその通り……メッチャやばい状況ですな。
でも、所詮は“あの”アシュ様ですから。
傍からはどれだけ危険に見えても、一斗カンを頭に直撃させ、バナナの皮に滑って転ぶ魔神ですから…やっぱり本人を見たら、みんな危機感を無くすでしょうねぇ…。


7.アルカンシェル様

ありがとうございます!
そこまで褒めていただけるとは…スランプなんぞ吹っ飛ばしてやるって気分になれました!

いいじゃないですか、原作やってなくても。
時守だって、原作が手元にあるのにやっていないKanonとかFateの二次創作を読みふけってます。
…友達に『二次創作から見ると知識が偏るからヤメロ』と言われましたが…いいじゃないか別に。

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